STUDY REPORT / 2026年7月度 勉強会
宮崎県の商業高校で実施された講義の実況報告。上場企業200社の前より100倍難しかったと語られた現場で、最初の20分に何が起きたか。
この回の前半は、講師が宮崎県の商業高校に招かれて行った講義の事後報告にあてられている。報告者は三人いる。段取りをつけた佐藤氏、教員向け講義に同席した石山氏、生徒向け講義に同席した石塚氏である。三人の報告が一通り終わったところで講師本人が「全然面白くねえなって聞いてるんで、僕説明します」と割って入り、そこから実況が本人の口に切り替わる。この割り込み自体が、この回のもうひとつのテーマである「伝え方」の実演になっている。
報告の中心にあるのは、事前に教員側から共有されていた「生徒は受け身だ」という前提が、実際の講義では成立しなかったという事実である。教員が挙げた問題点は、質問しても答えない、上の空、寝る、意見を求めても言わない、というものだった。ところが講義当日、生徒たちは二十分ほどで自発的に発言しはじめ、講師の携帯電話を取り上げて回し見し、講義終了後には次の授業が始まってもなお列をつくって質問を続けた。
講師はこの落差を、生徒の資質ではなく授業の設計とコミュニケーション能力の問題として説明する。前日に行われた教員向けの講義でも、「何でもいいから質問してください」と振って誰も手を挙げなかったという同じ現象が起きていた。先に大人が沈黙しているのだから、生徒が沈黙するのは当然だという筋立てである。ただし、教員たちは講義後に本人へ直接質問しに来た。その一点をもって講師は「その時点で多分皆さんより優秀です、学校の先生」とコミュニティ会員に言い放っている。
もうひとつの軸は、この登壇の難易度の位置づけである。講師は直前に上場企業向けのイベント(ロックウェル・オートメーションの年次カンファレンス)で登壇しているが、高校のほうが「100倍ぐらいきつかった」と述べる。理由は聴衆の目的の有無にある。企業の来場者は何かを変えたくて来ているが、高校生は何を求めて学校にいるのかが分からない。しかも売店では「有名なYouTuberだったら話を聞きたい」という声が漏れ聞こえていた。つまり期待値がマイナスから始まる場だった。
この回を貫く一本の線:受け身なのは聴き手ではなく、聴き手を受け身にしている場の設計である。掴みとは内容の前段ではなく、聴き手の立場を「見せられる側」から「参加する側」へ移す作業そのものである。
セッションは、話の途中から始まっている。佐藤氏が、学校側から一度断られた経緯を説明するところからである。最初の打診に対して返ってきたのは「怪しいです」という言葉だった。教育委員会があり保護者がいるという環境のなかで、講師が何者なのか学校側が判断できず、その時点で話はいったん止まっている。
再開のきっかけは講師の出版が決まったことだった。佐藤氏は校長室に乗り込み、マーケティング委員長である久保先生と教員たちに、説得というより「一緒に勉強していきましょう」という形で持ちかけた。東京の展示会に久保先生が足を運んで講師と直接話し、それを学校に持ち帰って校内でプレゼンし、さらに近隣の十一校の教員を呼び込んで一緒に受講させる、という組み立てで実現にこぎつけている。
佐藤氏は対象校について、商業高校なので女性が七割、男性が三割であること、母子家庭の生徒が多い学校であることを補足し、「女子力がものすごく強かった」という印象を述べた。この人数構成が、後述する掴みの内容(K-POPや漫画の話題から入ったこと)と無関係ではない。
発言では「女性が7割、男性が3割」とされている。校名は本セッションでは明示されていないが、宮崎県宮崎市の県立宮崎商業高等学校について公開されている生徒数は男子177人・女子670人で、女子の比率は約79%、男子は約21%となる。女子が多数という方向性は発言と一致するが、比率の度合いは公開データのほうがさらに偏っている。なお同校は2022年4月の学科改編で「商業科」から商業マネジメント科・グローバル経済科・情報ソリューション科に再編されている。登壇先が同校であるという確認は取れていないため、対応関係は要確認
図:セッション内の発言と、宮崎商業高等学校について公開されている生徒数の比較(Claude作図/単位:%)。発言は登壇先を特定せずに「商業高校」として語られたもの。
石山氏の報告によれば、登壇の前日に教員との打ち合わせが持たれている。そこで講師が「生徒たちの問題は何ですか」と尋ねたところ、教員側から出てきたのが、受け身である、質問しても答えない、上の空で寝てしまう、意見を求めても言わないので何を考えているか分からない、という答えだった。これに対する講師の反応は「それ厳しいですね。そういう受け身の子たちに感情を動かして行動を変えさせるのは難しいですね」というものだった。
翌日の教員向け講義は、質問から始まっている。マーケティングという科目があることを確認したうえで、それを教えている教員に手を挙げさせ、その教員に向かって「マーケティングを一言で教えてください」と振った。石山氏はこの場面を、生徒を変えなければいけないと言いながら、実は自分たちが変わらなければいけないのではないかと思わせる内容だった、と要約している。
講師自身の説明はより直截である。「何でもいいから質問してください」と言って誰も手を挙げない、これは問題ないと切り出したうえで、自身のビジネススクールや経営者相手でも同じ現象が起きるのだから、これは日本人の病気だと述べた。そのうえで「先生たちが病気ということは、生徒も病気なんです」「先生たちが質問できないのなら、生徒が質問できるわけがない」と接続している。この接続は、問題の所在を生徒から社会全体へ広げる一方で、その場にいるコミュニティ会員自身にも刃を向けている。皆さんが面白くないということは、皆さんの部下も面白くないのだ、という形で聴き手に返している。
結果:約2時間の講義の後半では教員が積極的に質問に来るようになり、二時間目からは前のめりになったと報告されている。終了後には佐藤氏のもとへ四〜五校から次の依頼が入った。講師は、講義後すぐに質問しに来たという一点を根拠に「その時点で多分皆さんより優秀です、学校の先生」と会員に述べている。
翌日の生徒向け講義では、この教員たちが教室の後方で参観している。参観者は合計十七名、十一校からの参加だった。講師は生徒の前で教員に対しても「この問題、先生たち分かりますか」と意地悪な質問を投げている。石山氏はこの場面を「みんな下向いてます、刺されないように」と描写した。生徒が沈黙する構造を、生徒の目の前で大人に再現させてみせたことになる。
講師は、この登壇の出発点が通常より不利だったことを具体的に語っている。昼食のために学校の売店へ行ったとき、生徒たちの声が聞こえてきた。「有名なYouTuberだったら話を聞きたい」という声である。外からも「YouTuberが来るらしいけど、違う有名なYouTuberだったら聞きたいのにね」という会話が漏れ聞こえた。講師の整理では、これは「有名でないYouTuberの話は聞きたくない」という宣言であり、始まる前からハードルを高く設定された状態だった。そこへ本人が現れれば「なんだこのおっちゃんは」という反応になる。それを全部ひっくり返す作業が今回の実務だった。
掴みの材料は、生徒側の文脈から取られている。講師の通称が漫画『東京リベンジャーズ』の登場人物と同じであること、ただし自分は二十年三十年前からその名前を使っていること、K-POPで誰が好きか、日本のインフルエンサーとの交流があること。石塚氏は、最初に「こんにちは」と返ってきた挨拶を講師がその場で「先生よりも元気がいい」と褒めた点を、生徒が発言しやすい空気をつくる起点として挙げている。
講師によれば、掴みに使ったのは最初の十分ほどで、そこに集中した。授業の内容は「ぶっちゃけ何でもいい」というのが本人の立場である。四十分から五十分しか時間がないのだから、生徒が興味を持ってそのままリサーチするか、行動を変えてくれればそれでよく、その方向に振り切ったという説明だった。実際の講義内容としては、学校で教えてくれないお金と金融の話、オンラインセミナーでも使われる「最もお金を増やせる方法はどれか」という選択式の問い、日本のGDPや実質賃金、円の水準といったデータ、そして外貨を稼ぐ必要があるという話が扱われている。
ノートを取るな。二回目のクラスでは最初から掴みが効いていたため、講師は生徒に「ノートも取らなくていい」と指示している。理由は「ノート取ってる暇あるんだったら喋ろや」であり、授業で重要なのは板書を写すことではなく議論することだ、という立場に直結している。この主張は、次のレポートで扱うファシリテーションの議論の入口でもある。
掴みが効いたことを示す具体的な描写として、講師の携帯電話が生徒に取り上げられ、K-POPアイドルの写真を見るために教室内で回されたという場面が語られている。「そろそろ返してくんねえかな、俺の携帯」という本人のぼやきが、そのまま距離の縮まり方を示している。最終的には、生徒が一人ずつ列に並んで質問し、本を持ってサインを求め、次の授業が始まっても離れようとせず、教員が教室に戻したという状態になった。
講師は、この高校での登壇を、直前に行った上場企業向けイベントでの登壇と比較している。本人の言葉では「ホームでよりも100倍ぐらい」、そして上場企業が二百社ほど来ていた場と比べても「きつかった」。難しさの根拠として挙げられたのは、聴衆の目的の有無である。
上場企業の場
来場者は「何かを変えたい」という目的を持って来ている。名刺交換に来る担当者も、何かを得るか、何かを変えるために接触してくる。前提として、話を聞く動機が成立している。
高校の教室
高校生が何を考えているか分からず、何を求めて学校に来ているのかも分からない。そのうえ年齢差がある。講師の表現では「高校生からするとおっさん」であり、期待値は事前にマイナスまで下げられていた。
この比較から講師が引き出した結論は、学校での登壇は「なかなかできない経験」であり、だからこそ会員を連れて行って自分の代わりに登壇させたい、というものだった。付け加えられたのは、いつもやっているプレゼンテーションのやり方とは完全に異なる、という警告である。
セッション中で「ロックウェル」「ロックライブ」と呼ばれているのは、ロックウェル・オートメーション ジャパンの年次イベント ROKLive Japan 2026 と考えられる。同イベントは2026年7月8日に東京・赤坂インターシティコンファレンスで開催され、ユーザー事例としてホンダと平田機工が登壇したことが公開情報で確認できる。セッション内で講師が「本田さんとかもすごいね」と言及している点はこれと整合する。一方、発言中の「上場企業200社ぐらい来てる」という来場規模については、主催者側の公開資料で裏付けが取れなかった要確認
石塚氏の報告は、講義そのものではなく、講義後に生徒と接触して集めた反応にもとづいている。女子生徒からは講師の外見に関する感想が多く、どの角度が良いかで盛り上がるという状態になっていた。男子生徒からは「あんな大人になりたい」「まずとりあえずYouTube見ますわ」という反応が出ている。石塚氏がこれを重視しているのは、知識を伝えるだけでなく、もっと知りたい、こんな大人になりたいと思わせる方向に感情が動いた証拠として見ているからである。
もっとも印象的な回答として紹介されたのは、高校三年生の女子生徒とのやりとりだった。修学旅行や文化祭や体育祭といった行事が並ぶなかで今回の講義はどれくらいの位置かと尋ねたところ、「トップに入る」という答えが返ってきた。何番目かまでは教えてもらえなかったが、高校生活のなかでトップレベルの思い出になった、という言葉だったという。
講師自身が最も印象に残ったと語ったのも、一人の女子生徒である。その生徒は「私はすぐにお金が欲しい」「これに一番必要なのはコミュニケーションだと分かっている」と前置きしたうえで、コミュニケーションをさらにどう上げればいいかを尋ねてきた。講師はこれを本質的な質問だと評価し、この子は伸びると判断している。やりとりの最後に、その生徒は「まずコミュ力だけ鍛えて、さっさと稼ぎます」と言って去っていった。
講師の総括:「何ヶ月何年も講義をやっているうちの会員さんよりも、むしろ学生の方が優秀なんじゃねえか」。年齢差が二倍以上ある相手にもしっかり響いたという事実から、講師はメッセージを会員に折り返している――「学生ができるんだったら皆さんもできるでしょう」。
講師の結論は、生徒が受け身だったわけではなく、先生の授業が面白くないだけだ、というものだった。この主張は方程式の形で提示されている。自分の講義がつまらないから喋らない人はどれくらいいるのか、と問い返したうえで、何かしら興味があるから講義を受けているのであって、そこで喋らないほうが質が悪い、という組み立てである。学生は臨機応変で、興味があり、好奇心もたくさんある。受け身なのではなく、きっかけを作るのが上手くない教員の側の問題であり、その根は教員のコミュニケーション能力の低さにある、という診断で締められている。
帰属の明示:「先生のコミュニケーション能力が圧倒的に低い」「教え方が下手くそなだけ」は、二日間の観察にもとづく講師個人の見解である。一方で、学校の授業は年間の指導計画と評価規準に縛られ、単発の外部講演のように内容と手法を自由に選べる立場にない。外部講師の一回性と、教員の継続性・評価責任を同じ土俵で比較することの妥当性には異論がありうる点を併記しておく。
報告の途中で、講師は次回の日程を告知している。11月18日、高校三年生を対象にした講義で、今回の二クラス八十人ではなく学年全体、およそ250人が集まる規模になる見込みである。そこに登壇するのは講師本人ではなく、コミュニティの会員である。本人の言葉では「僕の代わりに登壇する」経験であり、学校という場で登壇する機会はなかなか得られない、という位置づけで募られた。
この募集には条件の説明がついている。ひとつは、いつものプレゼンテーションのやり方とは完全に異なるということ。もうひとつは、上場企業に話す場合より百倍難しかったという実感である。つまり、このオファーは成功体験の分配ではなく、難度の高い実地演習の提供として提示されている。講師が最後に置いたミッションの定義は「日本人病をどうやって解決するのか」だった。
あわせて、教員向け講義の後日談も語られている。数名の教員が講義資料を求めてきたが、佐藤氏はその場では「マイキーさんに聞いてみます」とかわしている。講師の回答は、条件付きの保留だった。あの場で空気感を作っただけで、学校に戻ればいつもの授業をやるだろうから、実際に授業のやり方が変わって生徒の評価が上がったのであれば、その先生には渡そうかと思う、というものである。資料を配ることではなく、行動が変わったことを渡す条件にしている点が、この回の姿勢を端的に示している。
本レポートのテーマ(高校登壇の実況と掴み)に属する質疑を収録する。ファシリテーション論・日米の評価基準に関する質疑、および他人評価と伝え方に関する質疑は、それぞれ別レポートに振り分けている。
Q. 空気が読めない、時間がかかりそうだと感じた場面では緊張するのか。
ほぼ緊張しない、というのが回答だった。ゲームのように「どう解きほぐしていくか」を攻略している感覚に近く、ロックウェルの登壇でも同様だったという。ただし例外も語られている。スプラトゥーンのプレイを上級者の横で見られている時と、プロゲーマーにアドバイスをもらうために横で見てもらう時は緊張する。ボロクソに言ってくれという状態に自分を置いているので、入り口で「いきなりぶっ飛ばされるかも」という感覚はあるが、それも二秒ほどで治まるという。
Q. K-POPや『東京リベンジャーズ』を掴みに使ったのは、高校生向けと決まってから用意したものか、もともと持っていた知見か。
もともと知見があったもので、何も用意していない、という回答だった。テーマについても「先生たちを成績で評価しよう」というアイデアが突発的に浮かび、構成は後から考えればいいという進め方をしている。準備をしない理由の一般論は別レポートで扱うが、ここでの含意は明快で、掴みの材料は事前準備の産物ではなく、日頃の雑多な接触の蓄積から取り出されている、ということである。
Q. 今回は教室で講演が行われたようだが、教室という場はどうだったか。
その点については何も考えていない、という回答だった。プレゼン会場ではないし、学校の設備には限界があるので、そこにこだわった話はしなかったという。会場設計を重視する講師の他の回の主張と比べると一見矛盾するが、ここでは制約が動かせない場合に労力を配分しないという判断として語られている。物理設計に注ぎ込む余地がない分、掴みの十分間に資源を集中した、という読み方ができる。