「調べて終わり」をやめると、市場の端が見えてくる
この回は、参加者の一人から「なぜマイキーはサンディスクの契約条項というところまで辿り着けたのか、そのリサーチの道筋を教えてほしい」という依頼が出たことから始まっている。つまり結論の解説ではなく、結論に至る配線図の公開である。講師はホワイトボードを使い、AIブームという誰もが知っている現象から、SSDの長期契約というほとんど誰も見ていない場所まで、どういう連鎖をたどったのかを一段ずつ描いていった。
出発点に置かれた原則はきわめて単純で、リサーチは単発で終わらない、必ず連鎖する、というものだった。ある企業が良くなったということは、どこかの企業が悪くなっている。どこかが危うくなったということは、どこかが儲かっている。この対称性を前提に置くと、一つの事実は必ず次の問いを生む。講師は、事業相談や企業分析の課題を出したときに返ってくるレポートの多くが「調べて終わり」の単発型になっていると指摘し、それが仮説を立てられない状態の正体だと述べた。
連鎖の具体例として示されたのが、ハイパースケーラーのGPU大量発注という公知の現象から始まる経路である。GPUの受注残が積み上がるならデータセンターは増設される。データセンターを動かすにはメモリが要る。メモリ業界にはDRAMとNANDがある。話題はHBMに集中し、SK・マイクロン・サムスンはそこへリソースを寄せる。ならばNANDは手薄になる。手薄になった場所を取りに来るのは誰か——ここでキオクシアとサンディスクという名前が出てくる。講師は「ほとんどの人は上流側は濃いが下流側が薄い」と表現し、実際にAIを回すには全部が成立しないと動かないのだから、みんなが集中していない側にこそ空白があると述べた。
そしてもう一段深いところに、メモリ業界が長く抱えてきた問題が置かれる。ボラティリティである。良いときと悪いときの差が激しく、何個売れるか分からないから工場の稼働率が読めず、在庫が余れば値を下げるしかない。だから投資家に評価されてこなかった。では何が安定をもたらすのか。答えは契約期間で、短期契約が長期契約に変わる瞬間こそが業界の性質そのものが変わるシグナルだ、というのがこの回の中核の主張だった。
健康診断と水鉄砲と、前田さんへのLINE
開始前の雑談はいつも通り体調の話から始まった。講師は内臓の不調について「一応マシにはなっている」としつつ、健康診断に行けと言われたので行ってくる、と述べている。普段は定期的に受けておらず、DNA検査のようなものはしているが腹痛がちょこちょこある、という程度の説明だった。この時期の講義は、後半でも「汗がやばい」という発言が出るほど、立って歩きながら話す形式で行われている。
続いて話題は誕生日会でもらったプレゼントに移る。スプラトゥーンの水鉄砲を二つ手に入れた、パソコンを置く台がないのでペットボトルを積み上げて台を作っている、といった具合で、講義が始まるまでの数分間はゲームの話で埋まった。Switch 2ではモニターに出力すると画面が白っぽく飛ぶ現象が起き、結局Switch 2側の設定が原因だったこと、新しく買うなら先に設定を確認したほうがいいことが共有されている。大会では小山さんチームと対戦して圧勝だったこと、プロプレイヤーに操作の根拠を尋ねたら「感覚」と返ってきて「一番参考にならない答えが来た」と笑った話も出た。
最後に、この日は前田さんが不在だったため講師が代打で登壇することになった経緯が語られ、前田さんに鍵の件でメッセージを送るというやり取りを挟んで本題に入っている。なお終了後の告知では、東京イベントの申込が金曜締切であること、運動会形式の企画が想像より面白い内容になっていること、誕生日会で葉巻144本とドライヤーを贈られたことへの謝辞が述べられた。
リサーチは点ではなく線である
講師がまず黒板に書いたのは「リサーチは連鎖する」という一行だった。何かを調べる動機は、多くの場合インパクトのある出来事から生まれる。大きなニュース、変革、良いIRあるいは悪いIR。しかしそこで手を止めると、その出来事が他のどこに波及しているかが見えない。ある企業の増収は業界全体の追い風なのか、それとも同業が沈んだぶんの移動なのか。自分のパン屋の売上が伸びたのは、パン業界が伸びているのか、他のパン屋が死んでいるのか、あるいは業界全体が沈むなかで自分の店だけが何かの理由で生き残っているのか。この三つは同じ数字でありながら、意味がまったく違う。
この考え方は後半で「システム・シンキング」という名前で整理し直される。物事を点ではなく線で捉え、要素同士が影響し合っている構造として見る。GPUの受注残が増えるならデータセンターが増え、データセンターが増えればHBMに投資が偏り、HBMに偏ればNANDが手薄になる。手薄になれば確保の動きが出て、確保の動きは契約形態の変化として表に出る。講師は「サプライチェーンは連鎖している」という言い方でこれを補強し、AIブームだからNVIDIAを買う、で終わるのが一般的な反応であり、GPUが売れるなら次に足りなくなるものは何かと問えるかどうかが分岐点だと述べた。
講義で「メモリが手薄になった場所を取りに来た」とされたサンディスクは、2025年2月21日にウエスタンデジタルから分離し、Nasdaqに「SNDK」として上場した独立企業である。分離にあたりウエスタンデジタルは発行済株式の80.1%を株主へ按分交付した。分離後はウエスタンデジタルがHDD、サンディスクがNANDフラッシュとSSDを担う体制となっている。またキオクシアとサンディスクは四日市工場・北上工場を共同投資で運営する25年以上の合弁関係にあり、2026年には合弁契約を2034年12月まで延長、同年8月には両工場へ約5兆円を投じる計画を公表している。講義で両社が並べて語られる背景には、この製造上の一体性がある。
ボラティリティはどこから来て、どうすれば消えるか
メモリ業界が長く低く評価されてきた理由として、講師はボラティリティの大きさを挙げた。値動きが激しいのではなく、受注の波が激しい。今月100個、来年50個、その次は150個、さらに次は30個といった具合に需要が揺れる。ところが工場は稼働率が命であり、100個作ると決めたら作らざるを得ない。30個しか売れなければ70個が在庫として残り、捌くには値を下げるしかない。次に何個売れるか分からないという不確実性が、そのまま価格の不安定と業績の不安定に変換される構造である。
そしてその不確実性の源泉が短期契約にあると講師は指摘する。来年までは発注するが再来年は約束しない、今月は買うが来月は分からない——この条件で商売をしている限り、設備投資の計画は立たない。逆に言えば、契約が数年単位に切り替われば、需要の波は契約書の中で平準化される。だから見るべきは価格でも出荷量でもなく、契約期間が変わるシグナルがどこに出るかだ、というのがこのパートの結論だった。
サンディスクは2026会計年度第3四半期および第4四半期初頭にかけて、AI・ハイパースケーラー顧客と複数年の供給契約(同社の呼称で New Business Model 契約)を締結している。公表情報では、第3四半期に結んだ3本だけで残存履行義務が約420億ドル規模、8顧客・10本の契約合計ではフロア価格ベースの最低見込み収入が約939億ドルとされる。契約は3〜5年の固定ないしレンジ内価格を含み、スポット市況への露出を構造的に下げる設計だと説明されている。講義で語られた「短期契約から長期契約へ」という仮説は、少なくとも契約形態の変化としては公開データ上も確認できる。
同じ構造は他の業界にもある――ウェーハ、鉱山、そしてイチゴ
仮説が立ったら、同じ動きが他にもないかを探す。これが講師の言う次の手順である。まず同じ半導体業界のなかから先行事例として挙げられたのがシリコンウェーハだった。ウェーハは典型的な不安定業界で、不況になれば買い叩かれ、足りなくなっても急には増やせないから価格が跳ねる。その業界が安定化した転換点はスマートフォンの普及期であり、スマホが今後も売れるという見通しが立ったことで、供給側を確保するための長期契約が成立していった。
次に、業界そのものを変えて探す。ここで出てきたのがEVと電池材料の鉱山ビジネスである。リチウムやニッケルはロンドン市場などで日々価格が動くため、鉱山の業績は本質的にギャンブルに近い。しかしEVを作る側からすれば、電池材料を確保できなければ一台も出荷できない。結果として自動車メーカーは市場調達をやめ、鉱山会社と5年から10年の直接契約を結び、鉱山開発に資金を出してまで囲い込みに動いた。確保するために何をしたのか、と問えば答えは同じで、短期契約を長期契約に変えたのである。
そして講師は、その場にいた九州の菓子店経営者に話を向ける。ショートケーキが今後売れると読み切り、ホテルから5年分の予約が入ったとしたら何をするか。答えは即座に返ってきた——イチゴ農家と5年契約を結び、そのかわり継続購入を条件に2割の値引きを引き出す。参加者からは、桃などを自社農園で持つ菓子店が増えている、垂直統合だと感じる、という補足も出た。半導体もEVも菓子店も、やっていることは同じだという確認がここで取れている。
| 事例 | 主役の需要 | 細る場所 | 採られた手当 |
|---|---|---|---|
| AI/メモリ | GPU・データセンター増設 | HBM偏重でNANDが手薄 | 複数年の供給契約で数量と価格を固定 |
| 半導体ウェーハ | スマートフォンの普及 | シリコンウェーハの供給能力 | 長期契約への切替で業界が安定化 |
| EV/電池材料 | EV量産計画 | リチウム・ニッケル等の鉱石 | 鉱山との5〜10年直接契約・開発出資 |
| 菓子店 | ショートケーキの長期受注 | イチゴの安定調達 | 農家との複数年契約+数量割引 |
シリコンウェーハについて講師は「日本企業が世界シェアの過半を握る」と述べた。公開情報では信越化学工業とSUMCOの2社で世界市場のおよそ6割(信越化学約42%、SUMCO約18%とする集計)を占めるとされ、過半という認識は整合する。EV側では、テスラがPiedmont Lithiumと5年間の販売契約を結び、メキシコ・ソノラのプロジェクトや中国の贛鋒鋰業とも直接契約を進め、電池メーカーを経由しない「直接購買」に踏み出したことが報じられている。ブラジルのヴァーレとはニッケルの長期契約も結んでいる。講義の「鉱山と5年から10年の直接契約」という説明は、個別の年限までは事例ごとに異なるものの、方向としては裏づけられる。
最後の一手はアナログだった
ここまでの経路をたどれば仮説には到達できる。しかし講師はその先にもう一段置いた。本当に長期契約が決まっているのかを確認するために、海外の投資家コミュニティに所属している知人——株を保有している人、株主総会に出る人——へ直接メッセージを送り、事実かどうかを尋ねたのである。返ってきた答えは肯定だったが、それでも講師は自分の目で確認していないことを理由に、公の発信では「長期契約が多くなっているみたいですよ」という伝聞の表現に留めたと明かした。
この部分は、リサーチの精度を決める要素が知識だけではないという主張につながっている。講師は冒頭で「知識が大事なのと同時に、コミュニケーションが重要」と述べ、ハイクラスになるほどその比重が上がるとしていた。決算書に書いてあることと、現場で本当に起きていることの間に残る隙間は、最後はアナログな確認でしか埋まらない、というのがこの回の締め方である。
講義の終盤、参加者が「今日も大暴落していて感情がおかしくなりそうだった」と発言している。2026年6月8日の日本株市場は、前週末の米国株急落を受けて日経平均が前週末比2,563円安(-3.85%)の64,024円で引け、一時の下げ幅は3,100円超に達した。背景には、予想を上回った5月の米雇用統計を受けたFRBの利上げ観測、および中東情勢の悪化と原油高があり、6月5日の米国市場ではSOX指数が前日比10.3%安と半導体株に下落が集中していた。講義中の「チャートなんて波打っているだけ」という講師の応答は、この当日の地合いを受けたものである。
質疑応答
宿題・アクションアイテム
- 自分の業界について、直近の良いニュース・悪いニュースを一つ選び、それが「どこの誰の損得と連鎖しているか」を最低三段先まで書き出す。
- 自分の業界で「主役が伸びたときに必ず細る場所」がどこかを特定し、そこの供給者を挙げる。
- その供給者の契約形態(短期/長期、数量固定の有無)が過去3年でどう変化したかを、決算資料または取引先への直接確認で調べる。
- 同じ構造を持つ事例を、自分とは遠い業界から最低二つ探す(講義では半導体ウェーハ・EV鉱山・菓子店が例示された)。
- 調べきれなかった項目は「分からない」として残し、伝聞は伝聞の形でしか発信しない。