本レポートの概要
(株の希少化)
/S&P下落20%
宇宙資源法2017
SpaceXの上場構造の解説を終えたあと、講師は話を一段引き上げた。今回の上場が特殊なのではなく、株式分析のやり方そのものが変わる転換点に来ている、という主張である。「今日の講義に出ていない人はお疲れ様でした」という言い方で、ここからが本題だと宣言された。
骨格はこうである。過去20年の米国株式市場はエクイタイゼーション、すなわち株式の希少化によって支えられてきた。自社株買いによって市場から株数が減り続け、分母が縮むから株価が上がりやすい。この構造が成立していたのは、低金利で負債コストが資本コストを下回っていたからで、企業は安い負債で調達し、高い資本を自社株買いで減らすことでWACCを最小化してきた。
ところが金利環境が変わった。10年債は約4.3%、投資適格社債は約5.5%まで上がっている一方で、S&P平均の資本コストは4〜5%程度に収まっている。負債のほうが高くつく可能性が出てきた。すると企業は資本を増やして負債を落とす方向に動く。だからIPOと新株発行を急ぐ。GoogleはすでにAI投資の原資として大規模な株式発行に動いており、SpaceXもOpenAIもAnthropicも同じ判断の上にいる、という読み筋である。
その帰結として講師が示したのが、IPOブームが起きた局面ではマルチプルが低下しやすいという経験則だった。高い倍率で評価されてきた未公開企業が、上場した瞬間に期待ではなく現実で評価される。だからこそ早く上場したい。同時に、分散先の枠が増えることでトップ企業の値上がり余地が削られ、年金や401k経由の資金が「余っている株」を高く買わされる歪みも生まれる。そして最後に講師は、日本がこの議論を輸入して誤用するだろうと予言した。
回の締めくくりは宇宙産業の勢力図である。アメリカが低軌道の技術とマネタイズに寄っているのに対し、ルクセンブルクは1980年代から宇宙と通信に国策で振り切り、2017年に宇宙資源法を整備して、資源を採って売ってよいというルールそのものを作った。政府・企業家・労働組合の三者による合同行為、ESAとの連携、インドの低コスト打上げへの接近――宇宙版シリコンバレーとしての設計が語られた。
エクイタイゼーションという20年の追い風
講師はまず、過去20年の株式市場の構造を一語で要約した。エクイタイゼーション、株式の希少性である。市場から株の数が減り続けてきた。分母が縮めば、同じ利益でも一株あたりの価値は上がる。株が上がりやすい環境の本質はここにあった、というのが出発点である。
この構造を支えていたのがWACCの最小化という企業行動である。低金利下では負債コストが資本コストを下回る。だから企業は負債で調達し、その資金で自社株を買い戻して資本を圧縮した。負債側の比重を上げ、資本側の比重を下げることで加重平均資本コストを下げる。アメリカの株価が長期にわたって上がり続けた背景には、この流れがあった。
図1:講師が板書で示した調達コストの水準。10年債と投資適格社債は市場実勢、S&P平均の資本コストは講師の説明値。出典=講義内の説明。Claude作図。
逆転が起きようとしている
いま起きようとしているのは、この関係の反転である。10年債は約4.3%、優良企業の投資適格社債でも約5.5%まで上がってきている。一方でS&P平均の資本コストは4〜5%程度。負債で借りるより株を出したほうが安くなる可能性が出てきた。そうなれば企業行動は反転する。資本を上げて負債を落とす。だからみんなIPOを急ぐのだ、というのが講師の結論である。
この判断にいち早く動いたのがGoogleだと講師は指摘した。Googleが850億ドル規模の新株を発行するというニュースは、まさにこの計算に基づくものだという。資金調達の必要が高まる一方でフリーキャッシュフローが悪化しており、コストを見直したときに株式発行のほうが安いという答えが出た、という読みである。
発言との食い違い:講師は質疑の中で「バークシャーが100億ドルを年間買っていく」と述べたが、公開情報上のバークシャーの100億ドルはこの調達に対する一回限りの私募出資であり、年間の継続買付として発表されたものではない。
IPOブームはマルチプルを削る
ここから講師は、いま自分たちの間で議論になっているという論点を持ち出した。過去40年、年間1万2,000件規模のIPO事例を検証した結果として、IPOブームが起きるとマルチプルが低下する傾向が強い、というものである。
含意は重い。これまで未公開企業は大きな倍率で計算されていたから、VCもスタートアップも高い金額で買ってもらえた。ところがIPO局面でその倍率が縮むと、最初にうまくいったソフトウェア企業に続いて上場した企業が、次々に資金調達できなくなったり潰れたりする。過去に繰り返されてきたのはこの構造だ、と講師は言う。さらに、上場ブームがあった年の翌年のS&Pリターンについて、20%の確率で下落するという数字も提示された。
つまり、1.5兆ドルという数字は共通しているが、講師はそれを純供給の増加として、JPモルガンは需要(自社株買い)の総額として提示している。どちらの読みを採るかで「株の希少性が終わるのか」という結論そのものが変わるため、この食い違いは本レポートで最も注意を要する箇所である。
なお「過去40年・年間1万2,000件のIPO検証」「上場ブームの翌年にS&Pが20%の確率で下落」という統計の出所は特定できなかった。
期待から現実へ
講師が強調したのは、上場の意味そのものである。非公開である限り、企業は期待で評価される。市場に出るということは、現実で評価されるということだ。SpaceXが宇宙とAIの領域で最初にこれをやってしまった以上、これから上場する宇宙関連企業は高いマルチプルで計算されなくなる。OpenAIやAnthropicが急いでいるのは、今後の調達に響くからにほかならない、という見立てである。
もう一つの副作用が、分散先の増加である。これまでNVIDIA、Google、Microsoftを買っていた投資家が、OpenAIが上場すればそちらに分散させようと考える。SpaceXにも、Anthropicにも。すると既存のトップ企業の値上がりが鈍る。大きな枠が新しくできてしまう、という言い方であった。
歪みは弱い側に寄る
市場の歪みについても言及があった。アメリカが401kの規制を緩和したことで、こうした領域にも年金資金が入ってくる。希少性があるため、あり余っている株を高く買わされる年金運用が生まれる。さらに中間ファンドを通して高い手数料を払って買う人もいる。それが下支えにはなるが、構造としては弱者から取る形になっている、という指摘である。
この論点は後段でも繰り返され、中間業者が2〜30%を取るのに規制が入らないことへの言及、そして「イーロン・マスクは日本の年金受給者のような層の金を狙っている」「ラストリゾートだ」という発言につながった。
日本は周回遅れだから、同じ話にはならない
講師がこの回で最も強い調子で述べたのが、日本への波及である。アメリカが資本コストを上げている状況だから日本も上げたほうがいい――という主張をする経済アナリストが必ず出てくる、と講師は予言した。そして「こういうバカなやつが必ず出てくるので見ておいてください」と続けた。
理由は、両国の出発点が違うからである。アメリカはずっと低金利のもとで負債を増やし資本を圧縮してWACCを下げてきた。その流れを組んだからこそ株が上がった。一方で日本は、負債はよくない、株を発行しようという方向で市場に株を流し続けてきた。アメリカは金利環境が変わったからこそ今また変化しようとしているのに、日本は何も考えずに「結果が同じになったから日本のやり方が正しかったのだ」と思い込む者が出てくる。周回遅れなのだから話が違う、というのが講師の主張である。
アメリカ(これまで)
低金利 → 負債で調達 → 自社株買いで資本圧縮 → WACC最小化 → 株の希少化。金利環境の変化を受けて、いまこれを反転させようとしている。日本(講師の整理)
負債は悪という前提 → 株を発行して市場に流す。結果として形は似ても、到達した経路と局面が違う。周回遅れの位置にいる。参加者からは、証券アナリストの見え方が根本から変わるのではないか、誰もまだこれを言っていないのではないか、という反応が出た。日本のバブル期のような局面に戻るかもしれないという観測も出たが、講師は日本が圧倒的に周回遅れである以上、同じようにはならないだろうと応じている。市場は混乱するだろう、という見通しも示された。
ルクセンブルク――ルールを作る国
回の最後、話題は宇宙産業の地理に移った。見なければいけないのは、製造のアメリカと、ルールを作るルクセンブルクの関係地である、と講師は述べた。
ルクセンブルクはもともと鉄で成り上がった国だった。だが原油高で鉄の価格が過剰供給に陥り、国を支える柱として弱くなった。そこで1980年代に宇宙と通信へ振り切る決断をする。税制を整え、宇宙資源法を作った。アメリカの戦略が低軌道の技術、つまり衛星に寄っているのに対し、ルクセンブルクが狙っているのは資源である。月でエネルギーを作る、レゴリス(月の砂)と水を使ってエネルギーを生み出すといった技術のスタートアップと研究所を集中的に集めている。
この体制の特徴は、政府・企業家・労働組合という三者の合同行為として宇宙戦略が組まれた点にあると講師は説明した。免税措置でスタートアップを掻き集め、旧工業地帯にルクセンブルク大学の研究所やラボを作り、宇宙工業地帯そのものを作ってしまった。連携相手は欧州宇宙機関(ESA)で、ルール作りから人材発掘までを一体で進めている。宇宙分野で最高レベルのエンジニアが揃っているのはルクセンブルクだと言われている、というのが講師の見立てである。
「海で獲った魚は売っていい」という論法
法的な論点も整理された。国連の規定により、宇宙や他の天体はいずれの国も領有してはならないとされている。これに対するアメリカや中国の論法はこうである。海そのものは領有できなくても、海で獲った魚は売っていい。同じように、宇宙で採った資源は売っていいはずだ。ルクセンブルクはこの解釈を法律として明文化した。
そしてその法律のもとで、日本のispaceがNASAに月の砂を売ったことが大きなニュースになった、と講師は述べた。アメリカにも宇宙関連の法律はあるが、それは安全保障上の枠組みであり、アメリカ国内企業を優先する内容である。対してルクセンブルクの法律はオープンソースモデルであり、国として外に開く姿勢を取っている。ここがルールとインフラの流れを作っている国である理由だ、という説明であった。
ispaceについては、2020年にNASAが月レゴリスの購入を公募した4件の契約のうち2件を、日本のispaceとルクセンブルクのispace EUROPE S.A.が獲得しており、月資源の採取に関する世界初の商業取引と位置づけられている。ルクセンブルクの2017年法がispace EUの参加を可能にした、という関係も確認できる。さらに2025年1月には、ispace-EUROPEが同法に基づく欧州初のミッション認可を取得している。
発言との食い違い:講師はルクセンブルクを「スイスと並んで中立国」と述べたが、ルクセンブルクは1949年のNATO原加盟国であり、軍事的中立国ではない。19世紀の条約で中立が定められた歴史はあるが、第二次大戦後にその地位は放棄されている。
インドとフィンランド
いまルクセンブルクの企業が最も注目している市場はインドだと講師は言う。インドは月に到達するロケットを1億ドルで作ってしまった。ハリウッド映画より安い水準である。コストの安い開発拠点を使いたい宇宙系スタートアップが、インドの開発現場にリーチしている。インドの宇宙研究自体は1970年代前半にガレージから始まり、そこに国が組んでいった経緯がある。
ヨーロッパ域内でも役割分担がある。ドイツやフランスにはエアバスがあり宇宙事業を手がけている。レーダー分野で世界トップはフィンランドで、その企業が注目されている。こうしたヨーロッパの技術が集まる流れを作っているのがルクセンブルクであり、宇宙版シリコンバレーのような位置づけになっている、という整理であった。
ピック&ショベルをどこまで自分で辿れるか
日本の宇宙産業について問われた講師は、似た集積は存在すると答えた。日本の宇宙系スタートアップは銀座や新橋に集まっており、衛星のサプライチェーンとしては日本の技術がよく機能している。面白い企業もあるだろう。ただし見るべきはそこではない、と講師は言う。
結論はAIと同じ構造である。宇宙産業が立ち上がったときに、ピック&ショベル――つまり金を掘る者ではなく道具を売る者――のどこまでを自分でリサーチできるか。最近AIで繰り返し教えているのと同じ感覚で、SpaceXの収益が上がってきた先のサプライチェーンを自力で辿れるようになるかどうかが重要だ、というのが締めくくりであった。参加者からは「SpaceXはある意味トラップで、他の企業を見ていたほうが面白い」という受け止めが返り、講師も「狙っていくならそちらのほうがいい」と応じている。実際、SpaceX上場後に他の宇宙系企業の株価は下がっているが、供給する側は赤字だろうが何だろうが関係なく勝つ、という補足がついた。
このテーマで交わされた質疑応答
この回から持ち帰るべき調査項目
- 米10年債・投資適格社債の利回りと、主要指数構成銘柄の株主資本コストを自分で並べ、逆転が実際にどこまで進んでいるかを確認する。
- JPモルガンが公表している2026年の自社株買い総額と株式発行見込みを一次情報で確認し、純供給が増えるのか減るのかを自分で判定する。
- IPOブームとマルチプル低下の関係を扱った学術研究を探し、講義で言及された「40年・1万2,000件」に相当する検証があるかを確かめる。
- ルクセンブルク宇宙資源法(2017年7月20日)の条文を読み、所有権の成立要件と許認可の枠組みを整理する。
- 宇宙産業のピック&ショベル――推進系、素材、地上局、レーダー、電源――の各層で供給を握っている企業を、自力でリストアップする。