「うちの組織を変えたい」という現場からの問いに、講義側と実務側がまったく違う答えを出した回の記録。
前半の講義が「組織にはルーティンと暗黙知が積み上がっている」という理論を提示したのに対し、質疑は一気に実務の話に落ちた。最初の質問者は、ルーティンは文化なのかそうでないのかと問い、自分は文化になる手前のものだと考えている、なぜなら文化は変えられないがルーティンはある程度模倣も導入もできるはずだから、と述べた。そしてボトムアップなのかトップダウンなのか、どう導入しどう維持するのかで悩んでいる、と続けた。
講義側の答えは、創業ルーティンに近い話であり、いろいろ試しながら変化していくしかない、ルーティンだけでは難しくサーチとの組み合わせが要る、そしてこの点に明確に答えられた研究は自分の知る限りない、という慎重なものだった。現実的なやり方としては、全体を急に変えるのは難しいので、賛同してくれる数人を集めて小さいところから徐々に広げることではないか、と付け加えている。
これに対して実務側(マイキー氏)が、まったく別の角度から反論した。文化や伝統はむしろ変わるものだ、なぜなら外部からの影響を受けて進化してきたからだ。一方で個人の習慣は進化しない。習慣化されてしまうと自分の意識では変えられず、壊そうとしても元に戻る。したがって文化になっているよりも習慣になっている方がたちが悪い——というのがその主張である。そこから導かれる処方箋が「外部的圧力を加えるしかない」であり、それを社員に落とし込むなら恐怖か金しかない、という断定に至った。
このパートは、価値判断が大きく分かれる主張を含む。講師自身が「ジョークじゃなくて真剣に言っています」と述べている通り、本人の一貫した立場として語られているが、労務管理・組織開発の実務における一般的な考え方とは相当の距離がある。本レポートでは、どこまでが講師の見解かを明示したうえで、対立する見方も併記する。
ルーティンが暗黙知の集合体であり「変更困難」であるなら、変えるには外から力を加えるしかない。この回の後半は、その「外からの力」を誰がどう設計するかという一点をめぐって展開した。恐怖と金、PEによる買収、経営陣が引くロードマップ、そして最後にはティール組織のグリーン段階が成立しない理由まで、すべてがこの問いの変奏である。
最初の質問者(上野氏)の問題意識は明確だった。ルーティンは文化になる手前のものではないか。文化になってしまうと変えられないが、ルーティンは変えられるし、他社がやっていることを特定して模倣することもある程度できる。とすればルーティンは習慣でありながら、努力して意識的に続けなければならないものでもある。では、それを誰がどうやってルーティンにするのか。組織学習だとすれば、ボトムアップなのかトップダウンなのか。
加えて彼は、導入のきっかけを具体的に想定していた。「うちの組織はやばい」という認識から変えなければという話になり、ルーティンを導入する——というのが普通の流れではないか。では、どう導入し、どう維持するのか。
講義側の回答は三段構えだった。第一に、ルーティンには創業ルーティン・投資ルーティン・変化ルーティンの三つがあり、この質問は創業ルーティンにもっとも近い。組織がまだ形成されていない段階で、どう組織を作り、知を蓄積する土台を作るかという話だからである。第二に、この段階ではいろいろ試しながら変化していくしかない。そしてルーティンだけでは難しく、いかにサーチをうまくやるかとの組み合わせが必要になる。第三に、探索して得たものを他者とどう共有するかという論点については、自分が知る限り明確に答えられているものはない、と正直に限界を示した。
同じセッションのなかで、ルーティンの種類が二通りに語られている。講義本体では「創業期・成長期・成熟期」、質疑では「創業ルーティン・投資ルーティン・変化ルーティン」。前者はライフサイクルによる区分、後者は機能による区分で、性質が異なる。どちらが原典に対応する分類かはセッション内では確認されておらず、本レポートでも裏取りできていない。読む側は、この回で二つの軸が混在していた点を意識しておいた方がよい。
実務的な落としどころとして講師が示したのは、以前にも語られた「組織内部に小さな組織を作り、そこから発展させて少しずつ大きくしていく」という手順だった。全体を急に変えるのは難しいので、賛同してくれる仲間を数人集め、小さいところから徐々に広げる。質問者はこれをDX導入と同じ構図だと理解し、「ある程度は上から保護してもらわないと厳しい」と応じた。講義側もこれに同意し、さらに、この部分は学習だけでなく仲間集めの問題として立ち上がってくるのではないか、と付け加えている。
ここで実務側が議論を反転させた。文化か文化でないかという問いの立て方そのものが違う、というのである。文化や伝統は、今まで進化してきたものではないか。日本の文化や伝統は最初からこの形だったわけではなく、中国や朝鮮半島から、さらにはアメリカやヨーロッパから影響を受けて変わってきた。つまり文化は外部要因によって変化してきたものだ。
ところが習慣は違う。習慣化されてしまうと、自分の意識でそれを変えることはきわめて難しい。人は自分の作り上げた習慣や意見を基本的に曲げない。だから、文化と伝統になっているよりも習慣になっている方がたちが悪い——これがこの回のタイトルにもなった逆説である。
そこから処方箋が導かれる。ほとんどの人の行動パターンは既に習慣化しているのだから、自分で壊そうとしても元の習慣に戻る。したがって外部的な圧力を加えない限り、人の習慣は変わらない。例として挙げられたのは、一日一時間大きな声でプレゼンの練習をしようと決めても三日で終わる、という話だった。そして講師は、もし家族が人質に取られて一日一回プレゼンをしろと言われたら猛烈にうまくなるはずだ、という極端な例を出し、外部的圧力でなければ習慣は変わらない、それを社員に落とし込むなら恐怖か金でしかない、と結論づけた。
「習慣を変えられるのは恐怖か金だけ」というのは、この回における講師(マイキー氏)の見解であり、講義を担当した前田氏の理論的説明とは別のレイヤーの主張である。講師自身も、これはジョークではなく真剣な主張だと明言している。
一方で、組織行動論や行動変容の研究では、外発的動機(報酬・罰)は短期的な行動変化には効くが持続性が低く、内発的動機や自己効力感、周囲の行動規範(社会的証明)の方が習慣の定着には効くという知見が広く共有されている。また、恐怖に基づくマネジメントは短期の成果と引き換えに、心理的安全性の低下・情報の隠蔽・離職率の上昇を招くという指摘も多い。この回では、こうした対立する見方は検討されていない。
講師はこの議論を企業レベルにも拡張した。日本企業のルーティンと習慣が「文化」として固定化された結果、企業価値が上がらない。だからプライベート・エクイティが日本に入り込み、買収して無理やり変えさせるという事態が起きている、という説明である。既にルーティン化された人が大勢いる組織は、外部圧力でなければ変わらない、というのがその見立てだった。
セッションでは「10兆円の予算を組んで買収している」と語られたが、この数字に直接対応する公開データは確認できなかった。確認できた範囲では、日本のPEによるディール総額は4年連続で年間3兆円超、PEがM&A全体の約3割を占める水準にあり、個別ファンドではベインキャピタルが2029年までに5兆円を投資する計画を公表している。また、PAGは不動産ファンドを含め130億ドル規模のディールを日本で狙っているとされる。発言の「10兆円」がどの範囲(年間投資額か、ドライパウダー総額か、複数年の計画合計か)を指すかは特定できず、発言をそのまま裏付けることも否定することもできない。
「外部圧力でしか変わらない」という主張には、脅しとは別の系統の実装例も添えられた。講師が挙げたのは、既存のルーティンを同じ形のまま進化させた人物としてのジェフ・ベゾスである。
その説明はこうだった。プレゼンテーションは人の感情を動かす行為であり、感情が動けば意思決定する側はまともな判断ができなくなる。だから社内からプレゼンを排除し、すべてロジックで判断できる状況を作る。外部向けのプレゼンでは相手の感情を動かすことが重要だが、内部向けでは相手をロジックで説得する能力が必要だ——この切り分けを制度に落としたのがアマゾンの社内改革の一つだった、という整理である。講師はこれを「今まで否定されていたことをプラスに変える発想」と呼んだ。
後継者であるアンディ・ジャシーについては、別種の圧力として語られた。自分の事業部以外のことも全部理解し、解決案を常に持っておけという要求を、抜き打ちの質問で担保する。答えられなければ降格させる。降格したくない、クビになりたくないという人が大勢いれば、一日のルーティンが変わる——結局、強制的にやらせた方が早いのが事実だと思う、というのが講師の締めくくりだった。
セッションでは「パワーポイントは6枚までと決めた」と語られたが、公開されている事実はこれと異なる。アマゾンは2004年、ベゾスの決定により社内会議でのパワーポイントを全面的に禁止し、代わりに6ページの「ナラティブ・メモ」——箇条書きではなく、主語と述語のある文章で構成された6ページの文書——を用いる方式に切り替えた。会議冒頭の約30分間、出席者全員が黙ってこれを読み、その後に議論する。ベゾスの理由は、スライドは論理の飛躍を発表者のカリスマで覆い隠せてしまうが、6ページの物語構造を持つメモを書いて思考が明晰にならないことはありえない、というものである。
つまり「スライドの枚数を6枚に制限した」のではなく「スライドそのものを廃止し、6ページの文章に置き換えた」が正確である。講師の議論の趣旨(感情ではなくロジックで判断させる仕組み化)自体は、この事実によってむしろ補強される。
なお、ジャシー式の会議運営とアマゾンの人事運用については、2025年12月19日の回で詳しく扱われている。
質疑はここから、探索のルーティンと通常のオペレーションのルーティンをどう配分するかという論点に移った。質問者は、現状のフェーズで何割をどちらに割くかを決めるのが戦略であり、経営者が決めるものというイメージでよいか、と尋ねた。
講師の答えは、割合は業務レベルと人材レベルによって変わる、というものだった。社員が全員無能なら一つずつ変えていくしかないが、超優秀なら作業の半分を今すぐ変えると言ってもすぐ適応できる。だから比率を一律に決めるのは難しい。質問者が「では何を見てどちらのルーティンが足りないと判断するのか、数値化は難しいのでは」と重ねると、講師は、それは自分の経営資源をどれくらいに見積もっているかに依存する、と応じた。外部の人間が「あなたの会社は全員無能です」と判定することはできない。経営者が自社の人材を見積もったうえで、一年後にここまで持っていくというロードマップを示し、毎月変化させていく。そのロードマップは経営側が出す必要がある、というのが実務的な答えである。
ロードマップは早すぎることも遅すぎることもある。思考の水準を引き上げたいなら「ちょっと疲れるくらい」が最適で、簡単すぎると模索しなくなり、変化が急に来たときに対応できなくなる。下に合わせて緩やかにすると、上に合わせている組織に勝てなくなる。ただし成長産業か安定産業かで前提は変わり、成長産業ではスピードを評価基準にして人を入れ替えることもありうるが、安定産業では現状維持プラスアルファでマジョリティに合わせてもよい、という留保も付けられた。
続いて質問者が提起したのが、この回でもっとも実務的に刺さる論点だった。探索のルーティンで新しいものが見つかったとき、会社が大きく方針転換するなら、それまで築き上げてきた他のルーティンを全部壊さなければならない。ルーティンという概念のなかに「こちらを頑張ればあちらが壊れる」という要素が混在しているように感じる、というのである。
講義側はこれに対し、前回扱った創造的破壊とこの概念はある意味で対立する部分がある、選択をどうするかという問題を突きつけているのではないか、と応じた。実務側はさらに層を分けて整理した。同じルーティンのまま精度を上げるのか、それともプロセスそのものを壊すのか。算数の勉強を小学一年生の範囲でやり続けるのか、上の学年まで進むのか、というのが前者。勉強方法そのものを変えるのが後者である。どちらもアウトプットは出るが、まったく違うアウトプットになる。
| 精度の破壊 | システムの破壊 | |
|---|---|---|
| やること | 同じルーティンの中身を進化させる | プロセスそのものを作り直す |
| 該当する局面 | 今のプロセス自体は悪くないが、もう少し進化できるとき | プロセスが長年生かされたままで、産業のライフサイクルが終わりかけているとき |
| 講義中の例 | 講義でよく喋る人が、伝え方を変えるという形でルーティンを変える | 喋らないというルーティンを組んでいる人が、喋ることから始める |
産業レベルの例として挙げられたのが富士フイルムである。デジタルカメラが出てきてフィルムが使われなくなる局面で、フィルムを進化させるのは筋が悪い。だが同社には、フィルム開発で蓄積した暗黙知があった。コラーゲンの扱い、ナノレベルの粒子を精密に配置する装置——それらをヘルスケアに展開した。フィルムのスキルそのものを改善する必要がない時代になったのだから、仕組み自体を壊さなければならなかった、という説明である。
富士フイルムは2007年にスキンケアブランド「アスタリフト」を投入した。同社の説明によれば、この開発に使われたのはフィルム由来の四つの基盤技術——コラーゲン研究、光の解析と制御、抗酸化、独自のナノテクノロジーである。カラー写真フィルムは厚さ約0.2ミリで、その主成分の一つがコラーゲンであり、品質を安定させ、保湿し、劣化を防ぎ、弾力を保つための知見が蓄積されていた。ナノ分散技術は、成分を微細化して角層へ届ける処方に転用されている。
講師が述べた「フィルムのコラーゲンがヘルスケアに使える」「ナノ粒子を精密配置する装置がある」という説明は、公開情報と整合する。
議論は組織段階論に移った。質問者は、アンバーやオレンジのような階層的な組織ならルーティンを上から入れられるが、全員が意思決定に関わるグリーンのような組織ではルーティンの変化が難しいのではないか、と問うた。
講師の答えは断定的だった。ティール組織のグリーンを実現するのは不可能である。前提条件として全社員が優秀で全社員がリーダーシップを取れる会社など存在しないからだ。グリーンとは自分のなかのビジョンのようなもので、実態はほとんどがレッド、アンバー、オレンジである。必ず無能が紛れ込んでいて、その意見を聞いたら会社は潰れる。だから、そういう人を一人でも減らそうという方向性としての目標地点がグリーンなのであって、考えるべきはグリーンの土台を作るか作らないかだけだ、というのがその論理である。
参加者がGAFAMですらグリーンではないのかと確認すると、講師は「絶対になっていない」と応じた。アマゾンは限りなくレッド寄り、あるいはオレンジ寄りのグリーンと言いつつオレンジである。上層部だけを見ればグリーン的に見せてはいるが、開発メンバーもいれば過酷な労働をさせられる層もいる以上、全体としてグリーンはありえない、という見方である。
歴史上グリーンが成立するときには、内部における全人的な献身が必要になる。同じ価値観を共有し、そこに自分の人生を賭けられるか、理念を共有できるところまで教育できるか。欠員が生じて新しい人が入ってくれば簡単に崩れる。だから必ず閉じた組織にならざるをえない。歴史的な地盤や、地縁による長年の信頼といった別の要件がある場合に限り、それを利用して現代的にアップデートした組織を作るという意味でグリーンと呼べるかもしれないが、ゼロから作るのは不可能である。維持には目に見えないコストが莫大にかかり、それはルーティンと暗黙知にまで織り込まれている必要がある。
この議論は外部環境論にも接続された。外部から圧力がかかっているときは、組織も民族も必ず内政を強くするところから始める。中国は多数の国境から侵入を受け続けてきたため統治を強める方向に向かった。欧州のうち安全な位置にある国々は、脅威が薄いがゆえに人権が尊重される社会になりうる——外部圧力が強ければ人権もへったくれもない、というのが講師の見立てである。参加者が「平和であることの贅沢のようなものか」とまとめ、日本も島国ゆえに外部圧力が乏しく、平和思考が生まれたという話に接続された。
組織の発達段階を色で表す枠組みは、フレデリック・ラルー『Reinventing Organizations』(2014年)による。Red / Amber / Orange / Green / Teal の五段階で、Tealは自主経営・全体性・存在目的を特徴とする。
セッションで参加者が「1万人ぐらいのオランダの看護師の自主的なコミュニティ」と述べたのは、2006年にヤン・デ・ブロックが立ち上げたブーツゾルフ(Buurtzorg)を指すと考えられる。同社は10〜12人の管理者なしチームで在宅看護を行い、現在およそ9,000人規模、本部はわずか28人の支援スタッフで運営されている。人数の桁は発言とおおむね一致する。
ただし食い違いが一点ある。ラルーはブーツゾルフをGreenの事例としてではなく、Teal(ティール)の代表的事例として挙げている。セッションでは「グリーンを形成している例として作者が言っている」という形で語られたが、原著の分類はTealである。この差は、この回の「グリーンは実現不可能」という主張の射程にも関わるため、そのまま記しておく。
組織論の延長として、DAO(分散型自律組織)が議論された。ある参加者は、コンセプトとしては正しいものだと思っており、マイキークラブで試してもよいと考えたことがある、と述べた。憲法にあたるルールを決めておき、発言者にトークンを渡すといった形で貢献に応じた権利を配る。投票権の少ない側が多い側から委譲を受けて民主化する設計もありうる、という構想である。
これに対する批判は、トークンを持つ者の力が強くなりすぎる構造になってしまった、という実績面からのものだった。さらに実務側は、DAOが成立する前提として、参加者が全員優秀であり、かつ評価制度に全員が納得していることが必要になる、と指摘した。それはきわめて難しい組織だ、というのである。選挙との対比も出た。金融のプロが10人いても、素人が90人いれば投票では負ける。政策を真剣に考える有権者と、自分にとって得かどうかで投票する人の一票が同じ重みを持つ。DAOでそこを変えれば平等ではなく公平性の話になり、DAOのコンセプト自体が変質しかねない、という論点である。
議論の着地は、DAOがあったにもかかわらず何も起きなかったという事実そのものが、グリーンの組織は本当には存在しないという先ほどの結論の裏付けになるかもしれない、というものだった。提起した本人は、これはあくまで仮説であり、ユートピアではないかと思っている、と留保を付けている。
Q. ルーティンは文化なのか、文化になる前のものなのか。導入はボトムアップかトップダウンか。どう維持するのか。(上野氏)
A. 講義側は、創業ルーティンに近い話であり、試しながら変化するしかない、ルーティンだけでなくサーチとの組み合わせが要る、明確に答えた研究は知る限りない、と回答。現実的には賛同者を数人集めて小さく始め、徐々に広げる。上からの保護も要る、という点で質問者と合意した。
Q. 恐怖でルーティンを変えられるという話は面白い。探索側のルーティンと通常オペレーションのルーティンの配分を決めるのが戦略であり、経営者が決めるというイメージか。
A. 配分は業務レベルと人材レベルで変わるため一律には決められない。経営者が自社の資源を見積もったうえでロードマップを示し、毎月変化させる。負荷は「ちょっと疲れるくらい」が適切で、緩すぎると変化に対応できなくなる。
Q. ルーティンは会社にいる人のマジョリティの性質に寄っていくというイメージか。
A. 成長産業か安定産業かで変わる。成長産業ではスピードを評価基準にして人を入れ替えることもできるが、安定産業で現状維持プラスアルファのフェーズなら、マジョリティに合わせてもよい。
Q. 経営者にとって最も重要なことは何か。
A. 暗黙知をどう形式知化するか。そのためには引き出す質問能力が要る。社員が海外出張から持ち帰る情報は100%アウトプットされていないので、それを100に近づけるには相手のコミュニケーション能力に依存するだけでなく、こちらの質問能力が重要になる。ここがSECIモデルのポイントになる、という整理である。
Q. 探索ルーティンで新しいものが見つかると、既存のルーティンを壊さなければならない。ルーティンの概念に矛盾が混在しているのでは。
A. 講義側は、前回扱った創造的破壊とある意味で対立する概念であり、選択の問題を突きつけていると応じた。実務側は、同じルーティンの精度を上げる破壊と、プロセス自体を壊す破壊に分けて整理し、富士フイルムを後者の例として挙げた。
Q. 業界ごとに適切なルーティンは分類されているのか。ライフサイクルが終わりかけの業界は探索側を入れるということか。
A. 廃れているところはシステムから壊さなければならない、というのが答え。フィルムが使われなくなる時代にフィルムを進化させても意味がない、という例で説明された。
Q. グリーンのような組織ではルーティンの変化が難しいのではないか。ルーティンは上からガシッと入れた方がよいのか。
A. グリーンの実現は不可能、というのが講師の答え。全社員が優秀でリーダーシップを取れる会社は存在せず、実態はレッド・アンバー・オレンジである。考えるべきはグリーンの土台を作るかどうかだけ。トップダウンで入れた方がよい、という質問者の理解にも同意した。
Q. GAFAMですらグリーンにはなっていないという認識でよいか。
A. 絶対になっていない。アマゾンは限りなくレッド、あるいはオレンジ。上層部はグリーンのように見せているが、全社を見れば無理である。「グリーンを目指す」と言っているだけで、実態はオレンジ・レッド・アンバーを回している。
Q. グリーンが本当に最強なのか。中国共産党を見るとレッドが最強なのではないか。
A. 講師は、中国共産党は一部グリーンのようにも見えるがレッドともオレンジとも言え、曖昧だと応じたうえで、支配主義が強いと述べた。外部からの圧力が強い環境では内政を強める方向に向かう、という一般則が示された。
Q. DAOについてどう考えるか。平等な一票なら選挙も同じではないか。
A. 提起した参加者は、憲法にあたるルールに沿った行動でトークンが自動的に配られるなら、貢献に応じた権利という意味でより公平だと考えている、と述べた。実務側は、DAOの成立には参加者全員が優秀で評価制度に全員が納得していることが要り、実現は難しいと応じた。議論は、DAOが結局何も生まなかったこと自体がグリーン組織の不在を裏付けるという仮説で着地した。