エキスポ振り返りから始まった雑談は、途中から「なぜ日本企業は海外展示会で成果を出せないのか」という構造論に変わった。講師が韓国・台湾・中東で実際に使っていた出展の設計思想、そして営業部隊を二つに割るという運用が語られた回である。
この日の冒頭は、メディア寄稿の話から始まった。日経・プレジデント・ダイヤモンドといった媒体からの依頼が増え、寄稿のペンディングが20本ほど溜まっている、という近況報告である。講師は「自分には権威性も何もないから何を振ってもらっても構わない」と編集側に伝えており、むしろ知らない分野を振ってくれと頼んでいるという。専門家として取材を受ける人ほど自分の名誉や正確性へのこだわりが強く、話せる内容と話せない内容の線引きが厳しい。そこを外すことで、自分の知らない領域を調べる機会に変えている、という姿勢が語られた。
そこからエキスポの振り返りに話が移る。講師の評価は「合宿とは違う、客が目の前にいる究極のアウトプットの場だった」というもので、参加者は自分の殻を破ったと総括している。同時に「講義になると急に大人しくなる」という苦言も添えられた。ここまでが近況としての前段である。
本題は、そこから派生した海外展示会論だった。日本の展示会は物足りないので海外に殴り込みに行けばいい、という発想を起点に、講師は過去に韓国・中国・香港・台湾・ドバイで企業の出展を請け負っていた経験を持ち出す。そこで語られたのは、展示会の成果は当日の話術ではなく、出展前に何を積んでおいたかでほぼ決まるという設計論である。現地弁護士、物流、通訳、法人設立、税務──契約に至るまでに必要な機能をすべてパッケージとして事前に組み、そのパッケージごと出展企業に売る。これがない限り、日本企業は「行って、出して、終わり」を繰り返すだけになる。
講師が繰り返し例に出したのは、5日間の会期を持つ海外エキスポに出展したときの話である。このときの出展目的はリスト獲得ではなく、プロダクトの資金調達と投資家の発掘だった。資金調達には上限がある。いくらでも集めればいいというものではなく、どこまで調達するかを事前に決めて臨むものだからだ。
ここから講師の発想が反転する。上限があるのなら、その上限に到達した瞬間に自分の仕事は終わる。だから5日間かけて薄く集めるのではなく、初日に全部取ってしまえば残り4日は出なくていい。実際、初日で目標の3倍を調達した。調達額が目標を超えたということは、投資家を選べる側に回ったということでもある。その後の4日間、講師は「これだけやったのだから経費を出せ」と交渉し、広州と深圳に遊びに行っている。
この運用が成り立った背景として、セミナー会場を押さえて営業をかけ、集客を丸ごとジャックしたという手法が語られた。空いているセミナー会場を確保し、そこで独自に集客して盛り上げる。警備が入らない程度に暴れる、というのが講師の表現である。目的がリストであれば上限がないので同じ戦法は使えず、来場者数に依存する消耗戦になる。投資の場合は「1人がいくらでも出せる」ため、一点集中が効く。
講師がインドの大型ビジネス展示会に関わった経緯が語られた。主催側のボードメンバーに、かつて講師のもとで学んでいた人物がいる。その人物から協力を求められた際、講師は「マイキークラブとして出展してもいいが、この条件を満たせ」と逆提案した。その条件が、出展パッケージの整備である。
講師の観察はこうだ。日本企業は海外に出展しても、ブースにただ立っているだけで何もしない。仮に現地企業が興味を持って来たとしても、その先の契約に必要な現地弁護士、物流、法人設立の手続き、対応する資料──そうしたものを何一つ準備していない。だから「行って、出して、終わり」になる。これを中国でも台湾でもドバイでも見てきた、と講師は言う。
そこで提示された整備順序は具体的だった。第一に、日本人の最大の壁である英語に対して通訳を入れる。第二に、契約書を複数パターン想定して国際弁護士を用意する。第三に、交渉が次段階に進んだときの通訳と、現地法人設立に必要な書類まわりの担当者を押さえる。第四に、現地の資料とそれに対応できる日本側の資料担当をパッケージで揃える。講師が関わっていた案件は機械製造系・技術系が多かったため、輸出手続きや現地法人設立まで含めて全部用意しなければ意味がないという判断である。
さらに、インドのように州によって法律が異なる国では、進出先の候補が港湾関連を含めて3〜4カ所程度に絞られる。その各地域のスペシャリストと、絡む業種ごとの専門家まで揃えた上でオファーをかける。極端に言えば、資金のやり取りの部分まで主催側でハンドリングしてしまうぐらいのサービスでなければ成立しない、というのが講師の主張だった。出展費用プラスアルファでこのパッケージを売る形にしない限り、そもそも話が進まないという趣旨である。
この進言から2年が経過しているが、主催側の準備は整っていない。出展企業自体はいるが、成約はほとんど決まっていないという報告を講師は受けている。「そっちが主催なのだから、準備できる母体を作った上で日本企業に声をかけなければ失礼だ」という言葉で、この話は締められた。
窓口には英語が話せる人を置いているのか、という質問に対し、講師の回答は明確だった。英語が話せるからインドで戦えるわけではない。インドの英語はヒンディー訛りの英語であり、日本人が学校で習った英語とは別物である。中東の英語も同様で、留学経験の有無とは関係なく聞き取れない人は聞き取れない。アジアからもアフリカからも人が来る展示会では、それぞれ異なるイントネーションの英語に対応する必要がある。
したがって、必要なのは「英語ができる人」ではなく「その地域の英語に対応した経験値のある人」である。講師自身は中東でのビジネス経験から中東英語を理解できるが、全社分を自分が見られるわけがない、という現実的な指摘で結ばれた。
対比として語られたのが韓国企業である。韓国企業の出展に同行したときは、こうした準備を全部用意してくる。それが当たり前になっている、というのが講師の観察だった。
準備が整えば、会期中の動き方も変わる。講師の運用では、ブースで待つのではなく他国のブースに出向いて声をかけまくり、自分たちのブースへ連れてくる。そのうえで営業部隊を二つに分ける。
自分たちと関連性のある領域の企業を担当する。相手は同業あるいは近接領域なので、中身を細かく見られる。ここには専門性の高い人間を当てる。ごまかしが効かない代わりに、話が通じれば深い提携に繋がる。
自分たちと無関係な業種を担当する。相手はその分野の素人なので、カスタマイズできるという話の見せ方次第で高い見積もりが通る。プレゼン力の高い人間を当てる領域である。
この分割の根拠として講師が挙げたのは、相手の目線である。同業に近いほど内部を見られてしまうため、専門性で応じるしかない。逆に、自分たちのシステムを未知の業種に導入するという話になれば、相手は判断基準を持たない。そこには高い価格を提示しても通る余地がある、というのが講師の説明だった。
あわせて語られたのが、韓国系・台湾系企業に入っていたときの営業方針である。できないことも全部「できます」と言え、というものだ。ただし講師はこれを無条件のハッタリとしては語っていない。しっかりヒアリングをして、相手から悩みが出てきて初めて「できます」が成立する。契約が取れた後に改善して実装すればよく、その過程で自分たちに何が足りないかが見え、それがパッケージ開発のネタになる、という順序である。
セッション後半、8月のエキスポに向けた話が出た。講師は今回のエキスポで課題が見えたとして、何人かに外部の特別トレーニングを受けてもらう方針を示した。費用は講師が負担し、国内で実施する。7〜8月頃の開始見込みで、オンライン受講も可とされた。あわせて、メンバー間でノウハウを教え合う形も提案されている。
講師の反省は「人の使い方を完全にミスった」という点にあった。人数がいればいるほど戦略の幅は出るが、今回はその配置と分散の設計を誤ったという自己評価である。
書籍については、9,000冊の追加増刷が決定し、累計4万5,000部になったという報告があった。出版社からは「このペースはバグっている」と言われたとのことで、通常は1,000〜2,000部単位で刻むのが一般的らしい。このペースなら4カ月目に入る時点で5万部に到達し、最短記録になる見込みだと語られた。
資産運用エキスポについては、1月開催分の予定は押さえてあるものの、出展が確定した段階ではないという状況報告にとどまった。
英語が話せればインドで戦えるわけではない。インドはヒンディー訛りの英語で、日本人が習った英語とは別物。中東英語も留学経験と関係なく聞き取れない。その地域の英語に対応できる経験値のある人を置く必要がある。
交通費などの補助は通してある。問題はそこではなく、準備の段階がそもそも整っていないこと。インド人だけでなく中東・アジア・アフリカからも来場するため、対応の幅そのものが足りていない。
韓国企業で出展したときは全部用意してくる。それが当たり前になっている。
本を配るだけで何も売らない出し方もありうる。ただし海外で調達するものが今はない。インドの案件については前述のパッケージ整備が前提になる。
そうなる。相手の知らない領域にカスタマイズできるという見せ方をして、高い見積もりで通す。逆に同業に近い相手だと中を見られるので、専門性の高い人間が入る。