感動を届けたいのか、金が欲しいのか
この回の後半、リサーチ論から話が転じて、講師が実際に関与した新宿・歌舞伎町の店舗の再建事例が語られた。方法論の抽象度が高いまま終わらず、同じ思考がどう現場の指示に落ちるのかを見せた部分である。冒頭に置かれた問いはきわめて単純だった。「感動する商品を届けたいのか、それとも金が欲しいのか、どっちなのか」。返ってきた答えは金だった。投資家に返済しなければならないからである。ならば、と講師が最初に出した指令は、品質を上げることではなく下げることだった。
比喩として使われたのは寿司である。腕のいい職人に高級寿司を作らせるのではなく、回転寿司レベルの寿司を出せ、と言っているのと同じことをやった、という説明だった。参加者の菓子店経営者に向けても、あなたの店のケーキは美味しいと思うが、コンビニ程度、あるいはその辺の店のクオリティのものを出せと言っているのと同じだ、と具体化している。クリームも砂糖もイチゴも桃も、こだわらずに全部スーパーで買ってこい、というレベルの話である。参加者からは率直に「怖すぎます」という声が上がった。
なぜそうなるのか。金が欲しいのであれば、見るべき指標は味ではなく回転率と教育制度だからである。職人の腕に依存した味は、その職人が辞めた瞬間に消える。講師は「信藤さんだからこそ美味いケーキが作れるのであって、スタッフは同じ味を出せない」「同じ味を出させるには5年10年の修行が必要になる」と述べ、誰が辞めても安定した味が出る体制のほうが、金を目的とするなら合理的だと説明した。
事業相談で答えを言わない理由
この事例の前段として語られたのが、講師が事業相談でどう振る舞うかという話だった。相談に来る人の多くは「これをやろうと思っているがどうか」という形で来るが、別業界から質問を引っ張ってくると答えられない。つまりリサーチをしていないか、誰かに言われたか、自分に都合のいいやり方をしているだけだ、という診断になる。参加者の一人は「とても身につまされる」「自分の分かっている範囲でしかやらない」と応じた。
すでに事業やプロジェクトが走ってしまっている場合、講師は質問の仕方を変える。走らせたままにして、これとこれとこれを調べてくださいと投げる。それだけで戦略が変わる。そして絶対に答えは言わない。こうしたらどうですか、これを調べてみてくださいという形にすると、相手の戦略が自分で変わっていくからである。参加者は「質問を受けて自分で探して自分で見つけたものは、後の行動も違ってくる」と受け止めた。
なぜ促す形を取るのか、という理由が続けて明かされる。もし自分がその会社の内部に入ってしまったら、最初に言うのは「そのプロジェクトを潰せ」だからである。合理的ではないから、という理由で潰しにかかる。ボードメンバーの7割を切ってくれと言うこともある——邪魔だから、と。それは外部からの助言としては使えないので、方向性の修正という形に変換している、という説明だった。講師はこれを「だから自分はコンサルができない」という言い方で締めている。
看板を裏返す――アナログリサーチと帰納法
参加者から「その店の改革でデータはどこから取ったのか」と問われ、講師はアナログなリサーチだと答えた。具体的には、歌舞伎町の人の流れを実際に見ている。歌舞伎町の入口からゴジラロードのほうへ入ってくる人の目的は三つしかない。映画館(東宝シネマ)に行くか、歌舞伎町タワーに行くか、キャバクラ・ホストに行くかである。
目的が決まっている人間は、道に向けて看板を出しても目を向けない。目的地がすでに決まっているからである。ならば狙うべきは、その目的が終わった後に帰る人の流れになる。そして観察してみると、その帰り側に看板を向けている店がなかった。さらに、表通りに向けて看板を出しているのは流行っていない店で、流行っている店は看板をあまり出していなかった。ならば逆側に向ければ勝てる——これが講師が「帰納法です」と名指しした一手だった。
この点については参加者から「それは帰納と言えるか微妙ではないか」という異論も出ている。周りの店の流れの割合を見ているのなら帰納に入るかもしれない、という条件付きの同意にとどまった。講義の中で講師の分類にその場で留保が付いた数少ない箇所であり、この回が一方向の講義ではなく相互検証の場になっていたことを示している。
ボトルネックは炭の吸い出しだった
看板の向きに続いて手が入ったのがオペレーションである。講師は提供までに30分かかっていた工程を7分で出せと指示した。方法は単純で、それまで口で行っていた吸い出しの作業を、掃除機を使って吸い上げる方式に変えたのである。参加者から「業界的にそういうやり方はなかったのか」と問われると、講師は「そうやって作ったほうが早いから」とだけ答えた。口で吸うより掃除機のほうが速い、それ以上の説明はない。
なぜそこに手を付けたのかという質問には、そこがボトルネックだと判断したからだと答えている。客は平均して2時間半滞在していた。2時間半なら1日10回転が上限になる。これを1時間半に縮めれば、同じ営業時間で15回転から16回転が可能になる。提供が速いことは他の客にも伝わるので、客入りの動きそのものが速くなる。加えて、2時間半その場にいるのは客にとっても暇であり、ビジネス客のように短時間で切り上げたい層の需要が取りこぼされていた——30分だけ、45分だけ利用したい人がいる、という指摘である。講師自身、提供が速いという理由で特定の店を選ぶと述べた。
指示の範囲は看板とオペレーションに留まらない。金の使い方、在庫の管理方法、酒の量まで全部見たうえで指示を出したと講師は述べている。どういう工程で作っているのか、在庫はどうなっているのかを把握したからこそ、掃除機という一点に手が入った。
質問だけで業界の構造は読めるか
この事例が成立した背景として、講師は質問力の話に戻る。自分はその業界を知らないが、他業界のデータが頭に入っているので、おそらくこうではないかという仮説を質問の形にして投げる。相手がイエスと答えれば、その構造がこの業界にも当てはまると分かる。以前の事業面談で相手から「うちの業界にいたんですか」と聞かれたのは、この方法を使った結果だったと明かしている。
したがって、業界の知識は相手のほうが必ず詳しい。菓子業界について自分が調べるより、その経営者に聞いたほうが確実なことは山ほどある。こちらがやるのは構造を当てて質問を設計することだけで、イエス・ノーの積み重ねで業界の図が見えてくる。何を質問していいか分からないという状態は、そもそも知識が足りていないか、知識はあっても聞き出すための筋道が頭の中で文章になっていないかのどちらかだ、と講師は述べた。
「日本人はルールを守るので回答が揃い、業界構造が読みやすい」という命題は、講師の実務経験に基づく見解であり、公開された比較調査に基づくものではない。文化間の行動差については、ホフステードの文化次元論における不確実性回避傾向の高さなど、日本を相対的に規範志向として位置づける研究は存在するが、「回答が揃うため業界構造が推定しやすい」という実務上の含意まで検証した研究は確認できなかった。対立する見方として、回答が揃うのは規範意識ではなく、質問される側が波風を立てない返答を選ぶ社会的望ましさバイアスによる、という解釈も成り立つ。この場合、揃った回答は業界の実像ではなく建前の一致を示していることになるため、イエスが揃ったことを構造の裏づけと読むのは危うい。本レポートでは講師の見解として帰属させたうえで、この対立見解を併記する。要確認
質疑応答
宿題・アクションアイテム
- 自分の事業について「感動を届けたいのか、金が欲しいのか」を言語化し、どちらを選ぶかを決める。
- 金を選んだ場合、品質を落としてでも回転率・再現性を上げられる工程がどこかを特定する。
- 自分の店舗・事業の滞在時間/提供時間/1日あたり回転数を実測し、上限がどこで決まっているかを確認する。
- 属人的な品質(自分にしか出せない価値)に依存している工程を洗い出し、辞めた瞬間に消えるものを列挙する。
- 自分の商圏で、人が「何の目的で」通っているかを現地で観察し、看板・導線がその目的の前後どちらを向いているかを確認する。
- 他業界の人に対して、構造の仮説をイエス・ノーで答えられる質問に変換して投げる練習を一件行う。