STUDY REPORT / 2026年4月度 勉強会

日章丸事件と既得権益の突破――正当性から逸脱した1隻のタンカーが、70年後の国益になった話

主宰:マイキー氏/歴史補足:渡辺氏 | 制度理論・第2回 実例編
EXECUTIVE SUMMARY

制度理論の教材として、日章丸事件ほど分かりやすいものはない

イラン石油国有化
1951年
モサデク政権
日章丸のイラン入港
1953年
戦後8年目
破られた正当性
英米に喧嘩を
売らないという常識
出光の人事制度
四無主義
(クビ・定年・出勤簿・組合なし)
70年後の帰結
イランが日本船の
ホルムズ通過を容認
議論の射程
1企業の利益を
超えた国益

制度理論の質疑が一段落したところで、マイキー氏が「正当性の話に入ったので、YouTubeで喋ろうと思っていたことを軽く」と切り出したのが、この回の後半である。テーマは、なぜイランが日本の船だけをホルムズ海峡に通すのか。マイキー氏の答えは、その理由が70年以上前の一つの事件にまで遡るというものだった。日章丸事件である。

この話がこの回に置かれたのには理由がある。日章丸事件は、制度理論の教材としてほぼ理想的な構造を持っている。既存の正当性があり(戦後日本は英米に逆らわない)、その正当性の外に出た行為者がいて(出光佐三)、その行為が当時は狂気と見なされ(国内から袋叩きに遭った)、しかし結果として新しい正当性が承認され(裁判で正当性が認められた)、そしてその記憶が70年後に国際関係の資源として作動している(イラン外相の発言)。前回のレポートで扱った「制度起業家は、すでに起きている制度の危機に乗る」という構図が、そのまま当てはまる。

マイキー氏の語りに対して、歴史面から補足したのが渡辺氏だった。渡辺氏は、イランと日本の結びつきが日露戦争にまで遡ることを指摘している。近代化を迫られ、規範的な制度に縛られた国家が、どうやって近代化を果たして西洋と肩を並べ、さらに打ち勝つのか――日露戦争の勝利はイランにとって励ましだった。イランではシャー・ナーメになぞらえた作品が書かれ、日本は近代化の手本として見られていた。つまり、出光の行為は無から生まれたのではなく、すでに存在していた見えない資源の上で成立した、という読み方である。

後半は話題が現代に移り、中国企業論、翻訳と英語の問題、日本の外交力、そして最後に出版とマーケットの近況で締めくくられている。一見ばらばらに見えるが、通底しているのは同じ問いである。既存のルールの上に乗りながら、そこから出ようとすることは可能なのか。渡辺氏は、いまの中国企業はまさにそれをやっており、成功しているとは言えないが、ついてくる国は実際にいる、と述べた。

セッションを貫く1本の線

正当性から逸脱する行為は、その瞬間には「頭がおかしい」と評価される。マイキー氏はこの言葉を何度も使った。だがその評価は、逸脱の結果が出るまでの暫定的なものにすぎない。逸脱が成功すれば、それは後から新しい正当性として制度に組み込まれる。日章丸事件が示しているのは、正当性の変更には結果と時間がかかるという、身も蓋もない事実である。

PART 1

なぜイランは日本の船だけを通すのか――2026年の発言と、1953年の記憶

マイキー氏はまず参加者に問いかけた。イランのアラグチ外相が、日本の船だけは特別に通すという趣旨の発言をしたニュースを見た人はどれくらいいるか。相当数が手を挙げたことに、マイキー氏は「さすがっす」と応じている。日本関連の船舶に対しては安全な通過を認める用意がある、という内容であり、世界で話題になった。なぜ日本だけなのか、というのがこの話の入口である。

📌 Claude補足:アラグチ外相の発言と、その後の経緯

イランのアッバス・アラグチ外相は2026年3月20日、共同通信の電話インタビューで、日本との協議を経た上で日本関係船舶のホルムズ海峡通過を認める用意があると述べた。この勉強会(4月8日)はその約3週間後にあたる。その後、日本の外務省は4月29日、ペルシャ湾で足止めされていた日本関係船舶1隻がホルムズ海峡を通過したと発表しており、大型タンカーが日本へ向かったとされる。国連事務総長も自由な航行を要請している。

背景として、当時イランは米国・イスラエルとの対立から海峡を事実上閉鎖する状況にあり、その中で日本を含む一部の国に例外を設けた形である。日本は原油の約7割をホルムズ海峡経由で輸入しており、海峡封鎖は日本経済に直撃する。なお、韓国の中央日報日本語版もこの件を報じた際に日章丸事件との関連を取り上げており、マイキー氏の読み筋は日本国内だけの見立てではない。

マイキー氏がもう一つ根拠として挙げたのが、アラグチ外相自身の経歴である。あの人はもともと駐日大使であり、日本のことも理解している、というのがマイキー氏の説明だった。ただしマイキー氏自身、日章丸事件が今回の発言に直接関連しているかどうかは分からない、と留保をつけている。アラグチ外相が日本に非常に強い縁があることが、今回の発言に至った背景の一つではないか、という自分の推測として述べた形である。

📌 Claude補足:アラグチ外相の駐日経歴

セイエド・アッバス・アラグチは1962年生まれ、1989年にイラン外務省入省。1999年に駐フィンランド大使(エストニア兼任)、2004年に外務省附属国際関係学院院長、2005年に外務事務次官(法務・国際問題担当)を経て、2008年から2011年まで駐日イラン特命全権大使を務めた。その後2013年から外務省法律・国際問題担当次官、2018年から政務担当次官、2024年に外務大臣に就任している。2022年春の外国人叙勲で旭日重光章を受章し、駐日時代の回顧録『イランと日本』を刊行してもいる。マイキー氏の「元駐日大使」という認識は正確である。ただし在任は2008〜2011年であり、マイキー氏が述べた「元々日本の大使」という表現以上の年代の特定はこの補足による。

PART 2

日章丸事件――「頭のおかしい日本人」が既得権益に穴を開けた

マイキー氏の語る経緯はこうである。当時のイラン首相モサデクが突然、これからイランが石油の利権を国有化すると宣言した。それまでイランの石油を独占的に支配していたのは、イギリス資本のアングロ・イラニアンである。イギリスは激怒し、海軍を送り込んだ。これがペルシャ湾での対立になる。そこにセブン・シスターズと呼ばれる石油メジャー各社が同調し、イランの原油を運ぼうとする船に対して物理的にも法的にも妨害する体制が敷かれた。

📌 Claude補足:国有化からアバダン危機まで

モハンマド・モサッデクの下、1951年3月にイラン国民議会がほぼ満場一致で、英国資本のAIOC(アングロ・イラニアン石油会社、後のBP)の国有化法案を批准した。イギリスはこれに猛反発し、イランの石油を買わせない経済封鎖を実施、イラン経済は窮地に陥った(アバダン危機)。マイキー氏が挙げた「セブン・シスターズ」は、当時の国際石油資本7社の総称で、現在はエクソンモービル、シェル、BP、シェブロンなどに集約されている。

なお、この事件の政治的帰結として、1953年には利益を奪われたイギリスと共産化を恐れたアメリカ(CIA)が関与したクーデターによってモサッデクは失脚し、自宅軟禁のまま生涯を終えている。マイキー氏はクーデターには触れていないが、日章丸の入港と同じ1953年の出来事であり、この直接取引が長続きしなかった理由の一端でもある(出光による直接取引は1956年に終了)。

そこに登場するのが出光興産である。マイキー氏の説明では、当時の日本の石油会社はほとんどが外資系に握られており、国内大手12社に対して外資系資本が国内市場を牛耳っている状態だった。出光佐三だけが「いやいや、それはおかしいだろう」と考え、そのために嫌がらせを受け、供給を止められたりもしていた。

出光佐三の動機は、イランへの共感ではなかった

マイキー氏が強調したのがここである。出光佐三はイランの民族独立と国有化に共感してはいたが、最も大事なことはイランに共感することではなく、日本人を守るために、アメリカやイギリスの石油会社の封鎖を突破することだった。突破しなければ二束三文でやられるぞ、という状況判断である。イラン側からも1年半にわたってラブコールが送られていたが、動けずにいた。

その膠着を破った「穴」が、マイキー氏の説明の中で最も制度理論的な箇所である。アメリカとイギリスが、イラン石油を二束三文で買い叩くための共同販売会社を作った。それを見た出光側は、「石油が止まっている間に自分たちは買い付けに行っているのはおかしくないか。じゃあ俺らもその間に行っちまおうぜ」と判断する。まずアメリカとイギリスが買いに行くなら、自分たちが行っても国際法上問題ないだろうという論理で動き出したのである。これは、既存の正当性を正面から否定したのではなく、既存の権威者自身の行為を根拠として使った点で、典型的な正当性の獲得手法になっている。

夜、灯火を消して、行き先を偽って

マイキー氏の語る航海の詳細はこうである。神戸港を出航するとき、行き先はサウジアラビアだと偽った。大型タンカーであるにもかかわらず浅瀬を走らせ、夜間は電気を消して航行した。そうして封鎖を突破し、イランに到着する。到着したイランでは、人々が沸き立ち、日本を歓迎する雰囲気になった。イギリスとアメリカから圧力を受けて見捨てられていたイランが、初めて「ここで日本が来てくれた」と受け止めた、というのがマイキー氏の説明だった。この出来事はイランの歴史の教科書にも載っている、という。

帰国後、出光は裁判にかけられる。しかし結果としては、その正当性が認められた。マイキー氏の表現では、イギリスやアメリカが牛耳っていた国有会社に風穴を開けた、これが出光がやったことだった、ということになる。

📌 Claude補足:日章丸の航海と裁判の実際

1953年3月23日、出光興産のタンカー「日章丸(二世)」が神戸港を出港し、イラン南西部の港湾都市アーバーダーン(アバダン)へ向かった。イギリスは「イランから石油を買う船は撃沈も辞さない」として海軍を派遣しており、そのただ中での航海である。

帰国後の裁判について補足すると、アングロ・イラニアン社は東京地方裁判所に提訴したが、最終的に訴えは取り下げられ、出光側が実質的に勝訴する形で決着している。マイキー氏は「裁判としてはこの正当性が認められた」と述べており、結論としては整合するが、判決による勝訴ではなく訴え取り下げによる決着であった点は付記しておく。なお、この事件は百田尚樹の小説『海賊とよばれた男』の題材になっており、勉強会でもその点に言及があった(渡辺氏が「事実というよりかなり脚色は多い」と注意を促している)。

出光佐三が裁判で語った言葉

マイキー氏が最も印象に残ったと述べたのが、出光佐三が裁判の場で語った内容である。戦争に負けたことで日本精神そのものが消えかけていたが、これを行うことによって、民主主義の中でも日本精神が生き続けられることを証明できた、という趣旨だった。出光は「士魂商才」という言葉を使っている(武士の魂に、商いの才)。マイキー氏はこれを、当時からすれば完全に狂気と見なされる行為でありながら、日本人を合理的に守るためには聞いていられない、という判断だったと整理している。

PART 3

渡辺氏の補足――日露戦争、ミカド・ナーメ、そして大家族主義

マイキー氏に促されて、渡辺氏が歴史的経緯を補足した。渡辺氏の指摘は、イランと日本の結びつきが日章丸よりはるかに前、日露戦争の時点まで遡るというものである。明治政府が、当時イランを苦しめていたロシアに日露戦争で勝ってしまった。同じく近代化の必要に迫られ、規範的な制度に縛られていた国家が、どうやって近代化を果たして西洋と肩を並べ、あるいは打ち勝ったのか。これはイランにとって大きな励ましだった、というのが渡辺氏の説明である。

渡辺氏はさらに、イランの歴史的叙事詩シャー・ナーメになぞらえて、明治天皇を讃える書物が書かれたことに触れた。シャー・ナーメには伝説的英雄ロスタムが登場するが、それに擬えられた作品が編まれたという。イランにとって日本は友人であり、自らの近代化の手本として見られていた。だとすれば、共通の敵――帝国主義に対してどう戦うのか、という実際的な方法と精神性を、イランはある意味で日本に見ていた。そこに見事に応えたのが出光佐三だった、というのが渡辺氏の読みである。

📌 Claude補足:ミカド・ナーメとは何か

渡辺氏が言及した作品は『ミカド・ナーメ(天皇の書)』である。1905年にホセイン・アリー・ターッジェル・シーラーズィーによって著され、イラン版古事記ともいえる『シャー・ナーメ(王書)』になぞらえて、明治天皇の即位以来の国造りと日露戦争を叙事詩の形式で記述している。全体を通じて、日本がアジアに新しい光を投げかけたとする内容である。日露戦争の勝利はイランにおける立憲革命にも影響を与え、日本の歴史を学ぼうという日本ブームも起きた。渡辺氏の説明は史実と整合しており、文字起こしで「三門」「白ジー」と聞こえる箇所は、それぞれミカド・ナーメ、シーラーズィーと判断した。

なぜ出光の行為が英雄的に映ったのか

渡辺氏は、出光の行為が英雄的に受け取られた理由を、出光自身の立ち位置に求めている。出光は既得権益に逆らう存在であり、日本の中では成り上がり的な出自から立ち上がってきた。渡辺氏の言い方では、それこそ制度理論を利用して、技術においても組織においても立身していった人物である。

渡辺氏が挙げたもう一つの実績が、満州鉄道の件だった。当時の日本政府や大本営が「この規格、この技術でやれ」と言ったことにあえて反対し、永久凍土のような環境で油が凍ってしまう問題に対して、石油の品質改良をずっと行っていた。その結果として満鉄が成立した面もある、という指摘である。常に独立した、自分の信じるところに従う行動を取っていた人物だった、というのが渡辺氏の評価だった。

大家族主義と四無主義

マイキー氏が挙げたのが、出光の人事制度である。大家族主義と呼ばれ、絶対に解雇しない、定年もない、出勤簿もない、労働組合もない。家族としてみんなでどうやって経営するかを考えましょう、という体制を作ったのが出光佐三だった。渡辺氏はこれを、組織の合理性よりも伝統的な家族主義を取った点として捉えている。そして、侍というのは実は合理性よりも人間関係や主従関係を優先し、そのために経済合理性を割って出るような強さを持っている存在であり、死を選ぶ、自分の合理性を捨てるということがあえてできるということは、新たなフィールドを開き、制度を自分で作り得る存在だったということだ、と述べた。

📌 Claude補足:出光の「四無主義」

マイキー氏の挙げた人事制度は、出光興産の「四無主義」として知られる。クビなし、定年なし、出勤簿なし、労働組合なし、の四つである。人間尊重を掲げ、社員の自主性と裁量の自由を重んじた。実績としても、戦後に国内外の資産をほぼ失った状況で、出光佐三は一人の従業員も解雇しなかったとされる。マイキー氏の説明は公開されている記述と一致している。この体制についてマイキー氏は「今の時代だとちょっと通用しないですけど」と留保を付けており、渡辺氏はこれをヨーロッパ的な効率・利益最優先の合理主義への反発として位置づけた。なお、これを現代企業の人事制度として推奨する文脈では語られていない点に注意されたい。

参加者のあいだで、これがNVIDIAのジェンスン・ファンの経営と似ているという指摘が出ている。渡辺氏は「社会規範の再定義をできる人なんですよね、こういう人は」と応じた。

PART 4

いまの中国企業は、同じことをやっている――ただし日本は「真逆」ではない

マイキー氏は、出光が「日本人のための石油会社を作ろう、アメリカやイギリスのための石油会社は作らない」と言って作ったことについて、いまの中国と似ていなくもない、と述べた。イギリスやアメリカの既得権益から逃れて、自分たちのプラットフォームを作っていくという構図である。だから今の中国企業を見ていると、その目線では面白い、と。

渡辺氏はこれを詳しく敷衍した。中国企業は資本主義という一つの制度に完全に乗っていながら、常にそこから出ようとしている。どうやって変えられるか、どうやってゲームチェンジができるかを常に試している。もちろん成功しているわけではない。しかし、それに対してついてくる国が実際にいるのは確かであり、彼らにとっての一つの栄養になっているのは事実である。当時の日本のように――というのが渡辺氏の評価だった。

最も重要な但し書き:日本が真逆をやっているのは、意識的な選択ではない

マイキー氏がここで釘を刺したのが、この回で最も注意深い発言である。日本がいまやっていることは、たしかに西洋やアメリカがやっていることと反対に見える。だからといって「自分たちが正しいのだ」ということにはならない。渡辺氏はこれを引き取り、日本は真逆というより「ないことにしてしまっている」状態だ、と述べた。中国がやっているのは、それを分かった上でその真逆をやるという意識的な行為であり、だからこそ再定義を込めた行為になる。分かった上での逆張りと、認識していないがゆえの不一致は、まったく別のものである。

渡辺氏はさらに、出光の行為の射程について踏み込んだ。既存のルールが、当時の植民地主義や帝国主義の延長線上で社会の閉塞感をかえって作り出す。前田氏が講義で触れた鉄の檻のようなものを、どうやって壊す動機にするのか。出光の行為は、その時の企業の利益だけではなく、いまの国益になっている。それはすごくないですか、というのが渡辺氏の問いかけだった。1企業の利益を超えた、と。マイキー氏はこれを「70年前の出来事を未だに持ってくれている」とまとめている。

ただし日本は、支持基盤に気を使いすぎている

この流れで、日本の対外的な振る舞いへの批判が出た。マイキー氏は東日本大震災の際に台湾からの支援に関税をかけた例を挙げ、あまりにも国内の支持基盤に気を使いすぎているのではないか、と述べている。渡辺氏はその理由をプレゼン能力に求めた。自分の考えていることと相手の欲しいものをすり合わせる力がプレゼン能力の一つであり、価値を共有し、ともにディールを行っていける力がないのではないか。日本は明治まで外交に非常に強かった時代があり、条件はその時より強いはずなのに、なぜディールができないのか、という問題提起である。

「国内が発展しすぎた」という説明

マイキー氏が挙げた理由は、国内が発展しすぎたから、というものだった。渡辺氏はここに翻訳の問題を重ねている。本来なら英語を使わなければ高等な学問はできないが、日本は日本語だけで高等な学問ができる。翻訳が行き渡りすぎたことが、逆説的に外向きの力を弱めた理由にもなっている、という指摘である。日本以外の国では、高等教育は英語でなければそもそも読めない。

関連して、早稲田大学のビジネススクールが英語で授業をしても、受講者がGPT等で翻訳して受けてしまい、中身がずれているという話が紹介された。マイキー氏自身も、アメリカにいた頃は日常会話はできても経済用語・科学用語・医学用語は日本の漢字のように意味の予想がつかず、意味が分からないところから始まったと述べている。いまでも論文を読んで分からない単語はあり、その時はきちんと調べる、と。英語の単語数が増え続けるのは英語の特質だ、という応答もあった。マイキー氏は、分からない英語は基本的に英英で調べているが、たまに英日でも調べる、ただし自分はYouTubeで日本語で発信しているため、日本語に置き換える作業が大変だ、と述べている。

日本語で発信しているのに、海外からの視聴者が多い

マイキー氏は、自身のYouTubeがアメリカから5〜6%程度の視聴を得ていること、中国・台湾などの中華圏や韓国の視聴者も多いことを挙げた。翻訳字幕を通じて見ているらしい、という推測である。マイキー氏の評価では、中国人のコメントは日本人のコメントより水準が高く、きちんと調べている。渡辺氏は、中国からのコメントには二通りあると整理した。マウントを取ってくる「お前中国の何を知っているんだ」という類と、中国をよく勉強してくれているという感謝の類である。そのうえで渡辺氏は、マイキー氏のまとめ方と、公式発表とは違う角度・切り口が面白いのだと述べ、中国の経済状況に対するこの切り口は中国人ですら珍しいものだ、建築をトイレの風で見るような視点だ、と評した。

バイアスについての、マイキー氏の立ち位置

この文脈でマイキー氏が述べた自己規定が、この回の見方を規定している。中国には中国のバイアスがあり、日本には日本の、アメリカにはアメリカのバイアスがある。自分にバイアスがないとは言えないが、どうでもいい。一番何が合理的かを考えて喋っているだけである。中国が覇権を取ろうがアメリカが取ろうがどちらでもいい、日本の経済が今後衰退しようが上手くいこうがそれもどちらでもいい、どちらでも勝てるから――という立場である。渡辺氏も「どちらが覇権を取ろうが、メリットとデメリットは同じくらいだと思う」と同意した。この回の日本論・中国論は、いずれもこの立ち位置から発されたものとして読む必要がある。

PART 5

回の終わりに――出版、プライベートクレジット、そして2026年のIPOレース

最後の30分ほどは連絡事項と近況で構成されている。制度理論とは直接つながらないが、この回で共有された情報として記録しておく。

出版まわりの依頼

マイキー氏から、本を購入した参加者へのAmazonレビュー投稿の協力依頼があった。前田氏が、初席で協力している人にはすでに割り振りを決めて依頼していること、徐々に増えてきていること、書籍の応援に入っていない人でもコメントを入れてもらえれば増える分には問題がないことを補足している。ただし注意事項として二点が示された。一つはAIを使わないこと、もう一つはマイキークラブにいるといった、マイキー氏の環境に合わせるような内容を一切入れないことである。

刊行状況については、今日の発行でプラス5,000部の増刷になり、最短で5万部までは持っていくつもりだ、翌日に2万5,000部発行と5万部への最短到達を交渉する、という話があった。1か月弱で7,000部から5万部という数字に対して、前田氏が「何年も当たるやつを1週間くらいで」と応じ、マイキー氏は「みんなこれを勘違いしてほしくないのは、絶対こんなにうまくいかないよ、普通に考えて」「みんな1万部売るのも超必死なのに」と釘を刺している。

あわせて、資産エキスポの手伝いの募集があった。前田氏の説明では、やることは本を配るだけだが、それをどれだけイベントにできるかが本題であり、来ないと分からないことが多く、状況を見ながら変えていく可能性が高い。だから直接どうリサーチし、それをどう反映していくかを目の前で見たほうが生きた情報になるのではないか、という誘い方である。入力フォームと来場者登録のURLが共有され、3時間ごとの時間割で入力してほしいという依頼だった。

プライベートクレジットとNAV

マイキー氏は前日のYouTubeでプライベートクレジットについて話しており、お金の流れが今後大きく変わると述べた。参加者から「下手すると世界恐慌になりかねないのではないか」という反応が出たが、マイキー氏はNAVを制限しているのでそこがヘッジになっている感じがする、と応じている。NAVは資産価値の指標だが、もう一つ返済率という指標があり、リーマン・ショック当時と状況がある意味似ているのではないかと見ている、という説明だった。参加者が「CDSのようなものか」と問い、マイキー氏は、不透明になっていて戻ってこないところにずっと突っ込み続け、それがついにバレたという構図であり、透明にしろと言われたら実は誰も儲けていないことに全世界が気づく、という見立てを示した。

この部分は結論が出ていない

プライベートクレジットについては、マイキー氏自身が「またちょっとあれは別で喋ります」と述べており、この回では踏み込んだ説明がなされていない。上記はあくまで断片的な見立ての記録であり、判断材料としては不十分である。要確認

2026年のIPOレース――なぜみんな急いでいるのか

OpenAIとAnthropicの上場に向けた財務指標の資料がマイキー氏の手元に来ている、という話から、この回で最も具体的な市場の話が始まった。マイキー氏は、OpenAIのCFOが強い発言をしていた件に触れ、CEOとCFOが完全に分裂している、サム・アルトマンとCFOのサラ・フライヤーがぶつかっている、と述べている。

では、そんな状態でIPOできるのか。マイキー氏の答えは「一応できる」だった。そして、なぜどこも急いでいるのかの理由として挙げたのが、Nasdaqのルール変更である。2026年5月からルールが変わり、従来はNasdaq-100に入るまで相当な時間がかかっていたものが、営業日15日間だけで入れる仕組みになる。これが先行者利益になるため、SpaceXが6月に上場したいと言い始めている。年内のブームのうちに15営業日を通過してNasdaq-100に入れば、莫大な資金流入の流れができる。だからOpenAIもAnthropicもそこに合わせて動いており、イーロン・マスクはさらに早く、5月の変更に間に合わせて6月に上場させろという中身で動いている、という説明だった。

📌 Claude補足:Nasdaqの「ファストエントリー」ルールとSpaceX

マイキー氏の説明はほぼ正確である。Nasdaqは2026年3月に Nasdaq-100指数(NDX)の新しい「ファストエントリー」ルールを採用し、2026年5月1日から発効した。内容は、現在のNasdaq-100構成銘柄の時価総額上位40位以内にランクされる銘柄が、対象取引所での15日間の取引を経て、他の銘柄を除外することなく指数に追加されうる、というものである。対象企業は上場7営業日目の終了時点で評価され、シーズニング要件を除くすべての指数適格基準を満たす必要がある。従来は数千億ドル規模の企業でも最低3か月、場合によっては1年待たされていたため、大きな変更にあたる。

SpaceXについても、マイキー氏の「6月に上場したい」という発言は結果的に正しかった。SpaceXはティッカー SPCX でNasdaqに上場し、価格決定が2026年6月11日、上場日が6月12日とされている。目標評価額は1株135ドルベースで1.75兆ドル規模、調達額は750億ドル規模と報じられた。マスクは上場時点で創業者・CEO・CTO・会長を兼ね、議決権の約85%を保持する見込みである。参加者から出た「スターリンクをスピンオフせずSpaceXとして上場するのか」という問いに対しマイキー氏は「その話も出ている」と答えるにとどめ、セカンダリーが動き始めているとだけ述べた。実際にはSpaceXとしての一体上場となっている。

両社の比較について、マイキー氏は逆説的な見立てを示した。最終的に成長する可能性があるのはOpenAIだが、確実性はAnthropicである。OpenAIの財務問題は2029年までは不安定だろうと見ている。理由として挙げたのは、いまB2Bを取っているOpenAIがB2Cを取りに行こうとしているが、その成長目標がかなり大きく、この段階でB2Cを取れるとは思えないこと。1,500億ドル規模のサブスク目標も、現時点では数字として厳しいこと。一方、ジョニー・アイブを引き抜いたデバイス関連は本格的に動きそうで、成長の起点の中に入っていた、と述べている。スマートグラス、スマートランプといった計画にはマイキー氏自身「よく分からない」「Appleみたいにコケるんじゃないか」と懐疑的だった。

Anthropicについては、ソフトウェア会社からの脱却に相当するものが投資家向け資料には出てきていない一方で、最初からPBC(パブリック・ベネフィット・コーポレーション)であるため手続き上の課題がない、という評価である。OpenAIはPBC化の手続きが大きな課題になっている。さらにマイキー氏は、OpenAIの利益率がかなり低下していること、Anthropicのデータセンター・インフラ投資計画がOpenAIのおよそ3分の1規模であるため収益化しやすいことを挙げた。参加者からは、資源を囲うための長期契約でCAPEXが実質的に高額化するシステムになっており、それをどこまで回収できるかという指摘が出ている。マイキー氏は、株式交換が多くNVIDIAやマイクロソフトとも株式交換しているため、自分たちのデータセンターやGPUを買ってもらう契約と結びついた循環型の金融になっている、と応じた。そのうえで、特化型という観点ではGoogleとAmazonが入っているAnthropicのほうがTPU、Trainium、Inferentia、GPUと選択肢があり、コスト削減の面で優位性が高いのではないか、と述べている。

📌 Claude補足:OpenAIのCEO・CFO対立とAnthropicのPBC

マイキー氏が述べた「内部分裂」は、この勉強会の2日前にあたる2026年4月6日前後に報じられた内容と一致する。OpenAIのCFOサラ・フライヤーは社内で、IPOのタイムラインが性急すぎると警告しており、第4四半期の上場を推すサム・アルトマンと対立しているとされる。フライヤーの懸念の根拠は、今後5年間で6,000億ドル超のクラウドサーバー容量に対するコミットメントであり、収益成長が鈍化する中でこれをリスクと見ている。アルトマンが2026年第4四半期の上場を望む一方、フライヤーは2027年の上場を目標としていると報じられた。マイキー氏が「OpenAIは最短でQ4なので年末」と述べた点も、この報道と整合する。なお、フライヤーは2024年にNextdoorからOpenAIに移り、2025年8月以降はアルトマンではなくアプリケーション部門CEOのフィジ・シモに報告する体制になっている。

Anthropicについては、マイキー氏の指摘どおり設立当初からパブリック・ベネフィット・コーポレーションである。高度なAIを人類の長期的利益のために責任をもって開発・維持することを目的として定款に掲げ、財務的利害を持たない5名からなる独立機関「Long-Term Benefit Trust」が取締役の一部を選任・解任する権限を持ち、その比率は時間とともに拡大する仕組みになっている。

最後にマイキー氏は、IPO前に投資家向けの目論見書がこちらに来るので、その時点で出せる情報は出すつもりだと述べ、SpaceXについては小澤サミットの場で話す予定だと付け加えた。「あまり上場してほしくない。マイキークラブのプレゼントにネタが使えなくなる」という冗談で締められている。なお韓国から入った連絡として、BTSのチケットが1枚50万円になっているという話も共有された。

この節の扱いについて

PART 5 に含まれる企業・銘柄・IPOに関する記述は、2026年4月8日時点での勉強会参加者の見解と、Claude による事後の事実確認である。本レポートは投資助言ではなく、勉強会の記録と事実確認を目的としている。特定の証券の売買を推奨するものではない。

HOMEWORK

宿題・アクションアイテム

  1. 日章丸事件を、制度理論の枠組み(既存の正当性 → 危機 → 逸脱 → 新しい正当性の承認)に当てはめて自分で図解する。特に、出光が「英米自身が買い付けに行っている」という事実を正当化の根拠に使った点は、正当性獲得の手法として応用可能かを検討する。
  2. 自社・自業界において、「既存の権威者の行動そのものを根拠にして、自分の逸脱を正当化できる場面」がないかを探す。
  3. マイキー氏と渡辺氏が指摘した「日本は真逆をやっているのではなく、ないことにしている」という論点について、自分の業界に当てはまるかを検証する。意識的な逆張りと、認識不足による不一致は結果が全く違う。
  4. 『海賊とよばれた男』を読む場合は、脚色が多いという渡辺氏の注意を前提に、史実(アングロ・イラニアン社の提訴と取り下げ、1953年のクーデター、1956年の直接取引終了)と照らし合わせながら読む。
  5. Nasdaq-100のファストエントリー・ルール(2026年5月1日発効、上位40位・15取引日)が、今後のIPOの時期選択にどう影響するかを、自分が追っている銘柄で確認する。
GLOSSARY

この回に出た概念

日章丸事件
1953年、出光興産のタンカー日章丸(二世)が英国の封鎖を突破してイランから石油を直接買い付けた事件。アングロ・イラニアン社が東京地裁に提訴したが訴えは取り下げられた。
アングロ・イラニアン石油会社(AIOC)
イランの石油を独占していた英国資本の会社。後のBP。1951年に国有化された。
セブン・シスターズ
当時の国際石油資本7社の総称。現在はエクソンモービル、シェル、BP、シェブロン等に集約されている。
士魂商才
出光佐三が用いた言葉。武士の魂と商いの才。裁判の場で、日本精神が民主主義の中でも生き続けられることを証明したと述べた文脈で語られた。
四無主義/大家族主義
出光興産の人事方針。クビなし、定年なし、出勤簿なし、労働組合なし。組織の合理性より伝統的な家族主義を優先した。
ミカド・ナーメ
1905年にシーラーズィーが著した叙事詩。イランの『シャー・ナーメ』になぞらえ、明治天皇の国造りと日露戦争を描いた。イランが日本を近代化の手本と見ていた証左。
ファストエントリー・ルール
Nasdaq-100指数の新規則。2026年5月1日発効。時価総額上位40位以内の新規上場銘柄が15取引日で指数に追加されうる。
PBC(パブリック・ベネフィット・コーポレーション)
公益を定款上の目的に掲げる米国の会社形態。Anthropicは設立当初からPBCであり、OpenAIは移行手続きが課題とされた。
NAV/返済率
プライベートクレジットの評価に用いられる指標。マイキー氏はNAVの制限がヘッジになっている一方、返済率の不透明さにリーマン期との類似を見ると述べた。