資源依存理論の講義は、途中から日本企業の中国合弁という生の実務に着地した。中川氏の現場証言を軸に、サムスンの撤退手法とテスラの単独出資を並べて、依存の解除がなぜこれほど難しいのかを追う。
この動画は3本に分割しています。本ファイルは2本目、中国サプライチェーンをめぐる質疑と証言を扱います。理論の定義部分とパン屋の比喩は1本目、政治学的な読解と明治の話は3本目にあります。
前田氏への質問は素朴なものだった。外部から調達したほうが安いのなら、自前で作っていては価格競争にならないのではないか。前田氏の答えは一行で終わっている。「逆に、それでやられたのが日本です」。調達コストだけを見て安いところへ発注する。その安いところが中国だった。結果として起きたのは、単なるコスト最適化ではなく、一社・一国への依存の固定化である。
ここから議論は理論から離れ、中川氏の実務証言に移った。投資家が上場企業にグローバル展開を要求し、企業は海外M&Aを重ねる。製造業でそれをやれば製造拠点も海外になり、最も多い行き先が中国になる。ところがその中国法人は、たとえ自社の連結子会社であっても中国のサプライチェーンの内側で動いている。しかも単独では設立を許されず、必ず中国企業との合弁になる。「がんじがらめで、もう撤退もできない。売却しかできない」——これが中川氏の言う「負のサプライチェーン」である。
対比として二つの事例が置かれた。ひとつは2019年に中国のスマートフォン生産から完全に手を引いたサムスン。もうひとつは合弁を組まずに単独出資で中国に入ったテスラである。どちらも「依存の解除に成功した側」として語られたが、後述するとおり、その成功要因の帰属については講師の見解と公開データのあいだにずれがある。
依存は入口では安く見える。外注も海外移管も、短期のコストは必ず下がる。問題は出口で、依存を解除するコストは入るときのコストの何倍にもなる。中国合弁の場合、そこに出資比率規制・技術移転・現地サプライヤー網・そして会計上の減損という四重のロックがかかる。資源依存理論の言葉で言えば、これは制約吸収に失敗したまま長期依存に入った状態である。
前田氏が示した構造は単純である。調達コストのみを判断基準にすると、発注先は一社に収斂する。分散していれば交渉の余地が残るが、一社に寄せた瞬間に相手側へ権力が移る。さらに一国に寄せれば、それは企業間の依存ではなく地政学的な依存になる。「複数のサプライチェーンを構築しておく」「自分のところにも残しておく」——前田氏が挙げた対抗策は、いずれも短期コストを意図的に捨てる行為である。
加えて前田氏は「丸投げしてはいけない」という原則を置いた。この点についてマイキー氏が重ねた一言が、資源依存理論と制度理論の接点を突いている。「丸投げしたから、結局それが正当性になって何も考えなくなった」。外注が合理的な選択として始まり、やがて「そういうものだ」という前提に変わり、最後に思考の停止として定着する。依存が正当性に転化する経路がここで示されている。
講義では語られなかったが、日本の防衛分野では供給網の脆弱性が政策課題として明示的に扱われている。防衛生産基盤強化法(2023年6月成立、同年10月施行)により、国がサプライチェーンを直接調査し、供給網強靱化・工程効率化・サイバー対策・事業承継に経費を支出する枠組みが整備された。防衛省の資料によれば、2026年3月末までに321件・約585億円分の計画が認定されている。依存の解除にはこの規模の公的支援が要るという、コストの実額の目安になる。
以下は中川氏が自身の見聞として述べた内容である。公開データでの裏づけが取れない部分は、そのまま証言として扱い、末尾に確認事項として整理した。
日本の人口縮小を背景に、投資家は上場企業へグローバル化を要求してきた。それ自体は当然の要請であり、企業は何十年も海外M&Aを続けてきた。ただし製造業がそれをやる以上、生産地も海外になる。「中国で製造していない会社は、上場企業ではまずない」というのが中川氏の見立てである。
問題はその先にある。中国法人は日本企業の連結子会社であっても、実際のサプライチェーンは中国国内の網の中にあり、親会社のコントロールが及ばない。しかも単独出資は許されず、中国企業が必ず合弁相手として付いてくる。この二重の構造によって、撤退という選択肢が事実上消える。残るのは売却だけだが、売却時には安い値段を提示され、法律上の制約も次々にかかる。簡単には売らせない設計になっている、というのが証言の要点である。
さらに踏み込んだ発言として、防衛関連の大手(三菱重工・IHI・川崎重工のうち一社という言及の仕方だった)でも製造拠点が中国にあり、知人が監査で現地工場に行っている、という話が出た。最もコアな部分は最終的に日本で作っているが、かなりの部分は中国で製造している。半導体も同様で、日本国内の生産と同程度の量を中国側で作っている。製薬も日本では作っていない。最終組立が日本であれば表示上はメイド・イン・ジャパンになるが、コアの部品はメイド・イン・チャイナである——という主張である。
この部分は中川氏の個人的な見聞として語られたものであり、企業名も断定を避けた形で述べられている。公開情報からは裏づけが取れなかった。防衛装備品の調達では供給網リスク対応が防衛省の契約条項として定められており、装備品の完成品から部品・構成品に至るまで国内で確保する方針が政策文書に明記されている。したがって「防衛のコアを中国で製造している」という主張は、政策上の建前とは明確に矛盾する。実態としてどこまで該当するかは本レポートでは判定できない。証言と公開方針の食い違いとして、そのまま残す。
マイキー氏はこの構造を「蟻地獄」と表現した。中国のネットワークの組み方は余白を一切生ませない設計になっている、という見方である。加えて、中国側のダイナミック・ケーパビリティの速さも指摘された。自分の弱みを即座に見つけ、そこを埋め、埋めたところから次を展開する。資源依存理論の言葉に置き換えれば、相手を自分の側に取り込むことで依存の向きを反転させる戦略を継続的に実行している、という評価になる。
中川氏の証言にある「一社では許されない、必ず中国企業が合弁で付いてくる」は、自動車をはじめとする多くの分野で長く事実だった。ただし制度面は変わっている。中国国家発展改革委員会は2018年4月、自動車分野の外資出資比率制限を段階的に撤廃する方針を発表し、新エネルギー車は2018年、商用車は2020年、乗用車は2022年に出資規制が撤廃された。2022年版の外資参入ネガティブリストで完成車製造の出資規制は全面的に解除されている。
つまり制度としては単独出資が可能になった分野が広がっている一方で、既に組んだ合弁から抜けるコストは下がっていない。証言が語っているのは制度の話ではなく、既存の合弁と現地サプライヤー網に埋め込まれた実態のほうである。この区別を付けておかないと、「規制が緩和されたのだからもう問題ない」という誤読が生じる。
マイキー氏が「うまい撤退の仕方」として挙げたのがサムスンである。語られた筋書きはこうだ。中国と韓国の関係が悪化するなか、中国国内の自社工場では設備投資を入れず、あえて旧世代の生産方式のまま置いていった。新しい工場はベトナムなどに建てた。そのうえで、中国で作っていた既存モデルを「時代遅れのもの」として定義し直し、新しい折りたたみ端末のトレンドを海外工場で立ち上げた。つまり撤退の前に、撤退する対象の価値を先に下げておく。マイキー氏はこれを「制度理論・文化づくりをしてから撤退する」やり方だと評した。
時期は一致する。サムスン電子は2019年10月末に中国・恵州のスマートフォン工場を閉鎖し、中国でのスマホ生産から完全に撤退した。中国での需要低迷と労働コスト上昇が背景として報じられている。ベトナムへの移管も事実で、サムスンは2000年代後半から組立工程をベトナムへ移しており、現在は同国で20万人規模を雇用、ハノイ郊外の工場から世界へ出荷している。
一方、食い違いがある。講義では「折りたたみが中国で作れなかったので海外に工場を移した」という因果で語られたが、初代Galaxy Foldは2019年9月に韓国で先行発売され、サムスンのフラッグシップ開発・製造拠点は韓国・亀尾(クミ)工場である。折りたたみ端末の立ち上げ先はベトナムではなく韓国国内とみるのが自然で、「中国で作れないからベトナムへ」という説明とは順序が合わない。ベトナムは主力ボリュームモデルの生産地であり、旗艦の新カテゴリ立ち上げ地ではない。撤退の巧拙という論旨自体は成り立つが、折りたたみを撤退の動機として置くのは無理がある。
そしてこの手法が日本企業には取れない理由が、その場で示された。減損である。いま売れば減損だ、特別損失になる、と言われると上場企業は動けない。「損までしてやるか」となれば、選択肢は「そのまま置いておく」しか残らない。中国で減損だ不正だと騒がれるくらいなら現状維持でいい、という判断が積み重なっている——これが中川氏の説明である。会計上の認識コストが、戦略上の撤退判断を封じているという構図になる。
中国に入る外資が飲まされる条件として、講義では二つが挙げられた。合弁で作らされて株を取られること、そして技術と設計図を中国政府に提出しなければならないこと。ホンダが広汽と組んだのはその典型である。GEもガスタービンで全て合弁だった、という補足も入った。そのなかでテスラだけが合弁ではなく単独で入れた。マイキー氏はその理由を、イーロン・マスクの交渉力と、中国メーカーにもEV技術を提供するという前提を差し出したことに帰属させている。
テスラが100%出資で中国に入ったのは事実である。2018年5月10日付で上海に単独出資の「テスラ上海」を設立し、2019年1月7日に上海市臨港産業区でギガファクトリーの建設を開始した。中国初の外国企業単独出資による完成車工場である。
ただし順序が重要で、制度変更が先に来ている。2018年4月のボアオ・アジアフォーラムで習近平国家主席が自動車分野の外資規制緩和に言及し、その約1週間後に国家発展改革委員会が段階的全廃を発表。新エネルギー車はその2018年のうちに出資比率制限が撤廃された。テスラの上海法人設立はその翌月にあたる。
したがって「イーロンの交渉力で例外的に認められた」という帰属は、制度緩和のタイミングを考慮していない。テスラが最初の一社になったこと自体には交渉と誘致の要素があっただろうが、法制度が開いていなければ単独出資は成立しなかった。講師の見解として尊重しつつ、制度要因を併記しておく。
なお「設計図を中国政府に全部提出しなければならない」という点は、外資への技術移転強要として国際的に繰り返し問題提起されてきた論点だが、要確認全ての外資に一律に課される明文の法的義務として確認できたわけではない。
撤退・単独進出のいずれも、依存を切る前に代替資源を先に用意している。サムスンは移管先の工場、テスラは制度が開いた瞬間を捉える速度。資源依存理論で言う制約吸収が先行し、その後に切断が来る。
代替を用意しないまま長期依存に入り、出口で会計上の損失認識という別のコストが立ち塞がる。撤退判断が経済合理性ではなく、損失の見え方で決まる状態になっている。
理論の定義に関する質疑は1本目、政治学的な議論は3本目に振り分けています。
前田氏:逆に、それでやられたのが日本である。調達コストだけを考えて安いところ=中国に発注した結果、中国に依存することになった。対抗策は、一社・一国に寄せず複数のサプライチェーンを構築しておくこと、そして自分のところにも残しておくこと。何でもかんでも丸投げしてはいけない。日本自体がこの理論で説明しやすい対象になっている、という補足があった。
マイキー氏の補足:丸投げした結果、それが正当性になって何も考えなくなった面もある。
マイキー氏:中国のネットワークの組み方は蟻地獄であり、余白を全く生ませないシステムがうまく組まれている。加えて中国側のダイナミック・ケーパビリティが速い。自分の弱みを即座に見つけて埋め、そこから展開し、相手を取り込むという資源依存理論そのままの戦略を取っている。
マイキー氏:中国の自動車メーカーはハイブリッドでは日本勢にも海外勢にも勝てないと見ており、2000年代初頭からEV構想があった。当時EVで最も技術が進んでいたのがテスラで、イーロンが中国メーカーにも技術を提供するという前提で入っていったため、単独出資が通った。ホンダが広汽と組んだのとは対照的である。中国進出では通常、合弁で株を取られ、技術と設計図を政府に提出することになる。
(本レポートPART 3のClaude補足のとおり、2018年4月の外資出資規制撤廃という制度要因が先行している点を併記する。)
中川氏:市場の桁が一つ違い、実際に売れた。日本で作るより安く、品質もそこそこ良い。2000年以降の右肩上がりで営業利益の恩恵は相当受けている。依存が全てマイナスだったわけではない。ただし今は日中関係の悪化で、何とかしたくても合弁なので何もできない状態になっている。製薬も大手は中国で作っており、全て合弁で単体ではやらせてもらえない。
マイキー氏もこの点を後の総括で引き取り、「依存は0か100かではなく、メリットもデメリットもある」と整理している。
この回の議論を実務の手順に落とすと、判断の単位が一つ増える。調達や移管を検討するとき、通常は入口のコスト(単価・初期投資・立ち上げ期間)だけを比較する。そこに出口のコスト——解除にかかる時間、必要な代替先の構築費用、資本関係の解消条件、そして会計上認識される損失——を並べて初めて、依存の是非が判断できる。中川氏の証言が示しているのは、出口コストを見積もらないまま入った企業が、二十年後に売却という一択に追い込まれる姿である。
| 論点 | 講義で示された内容 | 事実確認 |
|---|---|---|
| サムスンの中国撤退 | 2019年に撤退。設備投資を止めて旧世代の生産方式のまま置いていき、新工場をベトナムへ | 時期・撤退・ベトナム移管は一致。恵州工場を2019年10月末に閉鎖 |
| 折りたたみ端末 | 中国で作れなかったので海外へ工場を移し、折りたたみで新モデルに移行した | 要確認初代Galaxy Foldは2019年9月に韓国先行発売。旗艦製造拠点は韓国・亀尾工場 |
| テスラの単独出資 | イーロンの交渉力と技術提供の約束で、合弁を回避して100%で入れた | 単独出資は事実。ただし2018年4月の外資出資規制撤廃が先行しており、制度要因の併記が必要 |
| 合弁義務 | 中国では単独進出は許されず、必ず合弁になる | 新エネ車2018年・商用車2020年・乗用車2022年に出資規制撤廃。証言は既存合弁の実態を指す |
| 防衛のコア部品 | 防衛関連大手でも相当部分を中国で製造している | 要確認公開情報では裏づけ不能。防衛省の政策文書は国内確保を方針として明記 |
ひとつ、撤退は「決断」ではなく「設計」である。サムスンの例が示すのは、切る対象の価値を先に下げ、代替先を先に立ち上げるという工程管理だった。
ふたつ、会計上の損失認識が戦略判断を歪めるという自覚を持つこと。減損が怖いから置いておく、という判断は、経済合理性ではなく見え方の管理である。
みっつ、依存の恩恵も帳簿に載せる。中川氏が繰り返したとおり、中国依存は営業利益の面で相当の恩恵をもたらした。依存を悪と決めつけると、次の依存先を選ぶときの判断基準を失う。