組織エコロジー理論の中核概念「密度依存モデル」を、正当性効果と競争効果という二つの力の合成として読み解いた講義パート。
この回の前半は、前田講師による組織エコロジー(組織生態学)理論、なかでも密度依存モデルの講義にあてられた。冒頭で講師が明示したのは視点の反転である。これまでの勉強会で扱ってきた理論の多くは、組織が主体的な意思を持って動き、その結果として何かが変わるという前提に立っていた。組織エコロジー理論はその前提そのものに疑問を投げる。組織は環境によって選ばれたり選ばれなかったりする存在であり、分析の単位は個々の企業ではなく、同じ形態を持つ組織の集団――ポピュレーション――である。
その上で講義の中心に据えられたのが密度という変数だった。ここでいう密度とは、ある業種のなかにどれだけ多くの企業や店舗が存在しているか、という一点に尽きる。講師はこの単一の変数から二つの正反対の力が同時に発生すると説明した。ひとつは正当性効果である。同種の店が増えるほどその業種は社会に認知され、人々はそれを当然のものとして利用するようになる。ラーメンを食べたいときに人はラーメン屋が集まっている場所へ向かうし、AIサービスを提供する会社が一斉に増えたからこそAIを使う人が急速に増えた、という具合である。もうひとつは競争効果で、店が増え続ければ顧客の増加には限界があるため、企業は意図するとしないとにかかわらず潰し合いに入り、廃業が増える。
この二つの力の合成が、講義の象徴的な図として示された逆U字モデルである。横軸に密度、縦軸に設立のしやすさ(設立率)を取ると、一定の水準までは正当性が優位で設立率が上がり、ピークを越えると競争が優位に転じて下がっていく。そして消滅率はこれとちょうど鏡合わせの形を描く。密度がもっとも濃いところで、もっとも多くの企業が潰れる。講師が「この形がどうこうというよりも」と繰り返し前置きしたように、覚えるべきは曲線の形状ではなく、増えすぎたら減り、減りすぎたら増えるという調整メカニズムそのものである。
実証例として挙げられたのがアメリカのビール産業だった。1880年代に急速に企業が設立され、1900年代に競争が激化して淘汰が進み、1920年の禁酒法でいったん業界が死んだように見えたにもかかわらず、その後また新しい企業が参入して密度が回復した。密度が濃ければ減り、薄ければ増える――この往復が統計的に観察されるという話である。日本のコンビニエンスストアも設立数で見れば同様の傾向にあると講師は付け加えた。
講義後半で提示されたのが、この理論のもっとも実務的な含意だった。企業の生き残りは戦略や能力だけで決まるのではなく、いつ参入したかというタイミングに強く左右される。競争が緩い時期に設立した企業は立地も人材も有利な条件で押さえられるため、その優位が長く残る。逆に競争が激化した後に入った企業は、悪い立地と採りにくい人材のまま戦わなければならず、その不利もまた残り続ける。講師はこれを「タイミングが良ければそんなに能力がなくても生き残れてしまうこともある」と表現した。同じ論理は撤退と投資にも適用され、競争が激しい時期は事業として苦しいが売却先は見つけやすい、みんなが狙っているタイミングで投資すれば利益は分け合うことになる、といった形で展開された。
密度という単一の変数が、正当性と競争という正反対の二つの力を同時に生む。この二つの力の勝ち負けが入れ替わる点こそが業種のピークであり、企業の生死を分けるのは能力よりもその曲線のどこで参入したかである――というのが、この講義パート全体を貫く主張である。
講義は理論の内容説明より先に、視点の置き方の説明から始まった。講師の言葉を借りれば、これまでは組織が主体的に動く流れを扱ってきたが、今回はむしろ組織が環境によって選ばれたり選ばれなかったりするという視点で物を見る。したがって個々の企業がどうかという話ではない、という宣言である。
この理論が答えようとする問いも、そこから導かれる。なぜ社会にはこれほど多様な組織、多様な業種が存在するのか。もし本当に合理的な形態というものが存在し、かつ全員が合理的な選択をするのなら、誰もが同じ業種を選ぶはずである。にもかかわらず多様性が維持されているのはなぜか、というのが組織エコロジー論の出発点だと講師は説明した。
分析にあたっては層を区別することが要求される。個体が個々の企業、生物種にあたるのが業種、生態系にあたるのが市場である。組織エコロジー論がもっとも注目するのは、このうち組織形態のポピュレーション、すなわち同じ形態を持つ組織の集団のレベルである。密度依存モデルが扱うのは、同じ形態の組織の集団のなかでどれだけ密度が高いか――言い換えれば、その業種のなかにどれだけ店や企業が多いか――という一点であり、密度の高い業界と低い業界では組織の動向そのものが変わる、というのが主張の骨格である。
講師が説明した理論は、組織エコロジー(organizational ecology)あるいは個体群生態学(population ecology)と呼ばれる組織社会学の一分野にあたる。マイケル・T・ハナン(Michael T. Hannan)とジョン・フリーマン(John Freeman)が1977年の論文「The Population Ecology of Organizations」(American Journal of Sociology)で提示し、1989年の著書『Organizational Ecology』で体系化した。
そのなかで密度依存モデル(density dependence model)を定式化したのは、ハナンとグレン・R・キャロル(Glenn R. Carroll)である。両者は1992年の共著『Dynamics of Organizational Populations: Density, Legitimation, and Competition』(Oxford University Press)で、労働組合・新聞社・ビール醸造業・生命保険会社・銀行という五つのポピュレーションを対象に、密度が正当化(legitimation)と競争(competition)という二つの社会過程の関数であるという理論を定式化した。低密度では正当化が支配的に働いて設立率が高く死亡率が低くなり、高密度では競争が支配的になる――講師が説明した内容と、理論の骨格は一致している。
密度依存モデルの核心は、密度という単一の変数が二つの正反対の効果を持つという非対称な構造にある。講師はこれを時間順に説明した。
密度が上がる、つまりその業種のなかで企業や店が増えてくると、まず認知が増える。みんなに知られるようになるのである。講師が挙げた直近の例がAIだった。AIという言葉をなんとなく聞いたことはあっても触れる機会がなかった人が大半だったところに、サービスを提供する会社が一斉に増えた結果、使う人が急速に増えた。つまり、ある業種が利用されるためには、その業種のなかで同じような企業や店が増えること自体が重要になる。ラーメンを食べに行きたいと思ったとき、まったく関係のない場所へ行くよりラーメン屋の多い場所へ行くという行動が、まさにこの効果である。集まっていること自体が客を呼ぶ。講師はこれを正当性評価、レジティマシー(legitimacy)と呼んだ。
ところが店が増え続ければ、いくら客が増えるといっても限界がある。その限界に達すると企業間の潰し合いが始まり、生き残るために否応なく競争せざるをえなくなる。廃業が増え、店の数は減っていく。講師はこの局面をコンペティション効果、競争効果と呼んだ。
店や企業の数に対して、客の増える割合のほうが圧倒的に大きい状態。業界が儲かりやすく、参入すれば生き残りやすい。講師いわく「その業界で儲かりやすい状態」。
客の増加が頭打ちになり、企業数だけが増え続ける状態。利益を上げにくく、店を出してもすぐ潰れやすい。講師いわく「競争が激しい状態」。
右肩上がりに見えても必ず逆方向に転じる。しかも転換のタイミングはずれる。部分的に見れば客が増えているように見えることがあり、店を出したい人からは登り調子に見える。ところが全体で見ると状況は変わっており、「客が増えたと思ったにもかかわらず、思いのほか儲からない、生き残るのが大変だ」という事態が起きる。局所的な繁盛と業界全体の局面は別物である、というのがこの警告の内容である。
この二つの力の合成を一枚の図にしたものが、講義で示された逆U字モデルである。横軸に密度、縦軸に設立のしやすさを取る。ある程度まで密集が進むと人を呼ぶ効果が働くため、一時期までは儲けやすい構造になる。しかし頂点に達すると動きは完全に逆転し、企業数は減少に転じて生き残りにくくなる。講師はこの逆転を「必ずピークがある」「対称的に動く」と表現した。
そして講師が同じ重みで強調したのが、もう一枚の図――消滅率のグラフである。設立のしやすさが逆U字なら、潰れやすさはその鏡像を描く。密度がもっとも濃いところでもっとも多く潰れる。講師はこれを「鏡合わせのものを見ているようなイメージ」と説明し、結局この理論が言っているのは「同じ業界に企業が多ければ生き残れなくなるので必ず淘汰される、だから必ずピークがある」という一点に尽きると要約した。数字や曲線の形を覚えることに意味はなく、企業が作りやすいかどうかは密度・正当性効果・競争の三つの関係でしか決まらない、という見方こそがポイントだという整理である。
講師は密度・正当性・競争の三つの関係だけで説明すると述べたが、理論上この三つは並列の変数ではない。密度が独立変数であり、正当性と競争はその密度から生じる二つの媒介過程である。ハナンらのモデルでは、設立率は正当性の増加関数かつ競争の減少関数として定式化され、その合成が非単調(non-monotonic)な逆U字を生む。講師の「3つの関係」という言い方は実務者向けの簡略化として理解するのが妥当で、厳密には「1つの変数から生じる2つの力の合成」と読むほうが理論の構造に近い。
「本当にそうなのか」という問いに対して講師が挙げた具体例が、比較的よく知られているというアメリカのビール業界である。設立数と密度、そして生き残りの関係を見ていくと、増えれば増えるほど廃業率が上がり、行きすぎると調整が入り、開業しすぎればまた戻ってくる。そうした往復が統計的にも観察される、という説明だった。
講師はその順番も具体的に辿った。1880年代に急速にビール企業が設立され、伸びていった。次に1900年代に入ると競争が激化して潰れ始めた。そして1920年に禁酒法が施行され、見た目のうえでは企業数がいったんゼロになった。ところが一度死んだように見えた業界に対して、その後また新しい企業が参入し始め、新しい業態として再び増えている状態になった。つまり密度が濃ければ減り、薄ければ増える。この繰り返しであり、業種に対する店の多さと生き残りやすさは逆相関にある、という結論である。日本のコンビニも設立数の推移で見れば、この逆U字に近い形が観察できると講師は付け加えた。
講師が挙げたアメリカのビール産業の研究は、Glenn R. Carroll と Anand Swaminathan による「Density Dependent Organizational Evolution in the American Brewing Industry from 1633 to 1988」(Acta Sociologica, 1991)にあたる。この研究はアメリカ市場で操業した7,709のブルワリーのデータを用いて密度依存モデルを検証したものである。
ただし一点、講師の説明より慎重に読むべき事実がある。同じデータを用いた分析レベル別の検証では、地域レベルと州レベルでは理論の予測どおりの関係が確認された一方、都市レベルでは予測された関係が見出されなかったと報告されている。講師は「統計的にも見られますよ」と述べたが、公開されている研究結果では、どの範囲を「ポピュレーション」と置くかによって理論の当てはまりが変わる。これは講義後半で講師自身が限界として挙げた「ポピュレーションの境界が曖昧」という問題が、実証データのうえでも現れていることを意味する。
禁酒法については、憲法修正第18条が1919年に批准され、執行法であるヴォルステッド法(National Prohibition Act)が1919年10月28日に制定、施行は1920年、廃止は1933年である。講師の「1920年」という年号は施行年として正確である。
講師が例示した日本のコンビニエンスストアについて、2026年時点の公開データを確認した。全国の総店舗数は5万6千〜5万7千店前後で頭打ちとなっており、2025年は56,659店である。大手3チェーンはセブン-イレブンが約2万1,700店、ファミリーマートが約1万6,100店、ローソンが約1万3,800店で、いずれも小幅ながら増加している一方、業界全体では微減傾向にある。出店余地が乏しくなったことで、各社は新規出店よりも既存店の建て替えや立地の見直し、1店舗あたりの収益力向上へ軸足を移している。
設立数(新規出店)が減り、総数がピーク付近で横ばいから微減に入っているという構図は、講師が説明した逆U字の頂点近傍の挙動と整合的である。ただし大手3社だけが増えて全体が減っているという内訳は、密度依存モデルが扱う「企業数」ではなく「シェアの集中」の話であり、この点は質疑で久保田氏が提起した寡占の論点につながっている。
講義のなかで、実務的にもっとも重い含意を持つ論点がここで提示された。競争が激しい時期と緩い時期では、そこで作られた企業の生き残りやすさが変わってしまう、というものである。
講師の説明はこうだった。競争が激しい時期に設立すると、その激しさの影響が設立後もそのまま残る。したがって企業の能力があるかないかにかかわらず、タイミングが悪ければずっとかなり大変な思いをしなければならない。逆に楽な時期に作った企業は非常に生き残りやすい。コンビニを例に取れば、最初期に作った企業はよい立地を取れるし、よい人材も確保しやすい。つまり非常に有利な条件で戦える。競争が激化した後では、立地も悪く、よい人材も採れない。そのハンディを抱えたまま戦わなければならない。タイミングによって競争の条件そのものが変わってしまう、という主張である。
講師が説明したこの効果は、Glenn R. Carroll と Michael T. Hannan が1989年に Administrative Science Quarterly に発表した「Density Delay in the Evolution of Organizational Populations: A Model and Five Empirical Tests」で定式化された密度遅延という概念にあたる。
両者は五つの異なる組織ポピュレーションを対象に、設立時点の密度水準が持続的な効果を持つことを示した。高密度期に登場した組織は資源の初期賦存が乏しく、ニッチが埋まっているために周縁部しか空いておらず、その乏しい資源賦存が自己強化的に働いて、時間の経過とともに異なる条件下で設立された組織との死亡率の差を増幅していく、というメカニズムである。講師が挙げた「立地が悪い、よい人材が採れない」という説明は、この理論でいう資源賦存の乏しさ(liability of resource scarcity)の具体例として、理論と正確に対応している。
なお、この「設立時の条件が永続的に刻まれる」という考え方は、より広くは組織理論における刻印(imprinting)の議論に属する。組織エコロジーにおける密度遅延は、その刻印効果を密度という変数で説明したものと位置づけられる。
講師はここから、理論を実務判断へ橋渡しした。まず経営戦略における参入のタイミングと撤退のタイミングがきわめて重要であるという点である。参入の重要性はここまでの説明で理解されるが、撤退についても同じ論理が働く。競争が激化している時期はその業界で戦っていても利益が出にくい状態だが、逆にその競争の激しさゆえに事業は高く売りやすい。だから儲かっているか儲かっていないか、客が多いか少ないかだけではなく、その業界の動向や流れを見てタイミングを考えることが重要になる、という主張である。
さらに講師は、密度依存モデルを使えば、その業界がまだ伸びるのか、それとも衰退に向かうのかをある程度統計的に予測しやすくなると述べた。ガートナーが各業界の現在のステージを示しているのも、トレンドだけでなくこうした理論的背景から推測することが可能だからだ、という説明が添えられた。
講師は最後に、この理論は投資のタイミングにも使えると述べた。みんなに人気があるところに投資すればどうなるか――利益をみんなで分け合うことになる。したがって「みんなが全然狙わないタイミングで入るのが一番いい」というのが講師の結論である。これは密度が低い局面、すなわち正当性効果が競争効果を上回る局面で入れという主張であり、密度依存モデルの逆U字の左半分に相当する。
ただしこの主張には留保が必要である。密度が低い局面には、これから立ち上がる業種と、すでに衰退して人が去った業種の両方が含まれる。逆U字のどちらの側にいるかを判別できなければ、「誰も狙わないタイミング」は単に業種の終わりを意味する。講師自身も講義前半で「部分的に見れば増えているように見えることもあるが、全体で見ると違う」と局面判別の難しさを指摘しており、この二つの注意は対で読むべきものである。
講師はどの理論も単独で完璧ということはなく、新しい理論が出て必ず補完していくと前置きしたうえで、密度依存モデルの限界を四点挙げた。
| 限界 | 講師の説明 |
|---|---|
| 企業の主体的意思の無視 | 企業が戦略的に意思を持って動くことによる影響を、このモデルは初めから計算に入れていない。 |
| ポピュレーションの境界の曖昧さ | 近い業界が影響を及ぼし合う。ラーメン屋が増えると牛丼屋が減ることはあっても、その逆は起きないといった非対称もある。飲食業で括るのか、ラーメンと牛丼を別に扱うのか、業種の境界がどこかが非常に分かりにくい。 |
| グローバル化による地理的境界の消失 | 地域的な境界がずれてきており、地理的・物理的な境界をどこに設けるのかが分かりにくい。とりわけデジタルの世界ではその境界を見つけることが非常に難しい。 |
| 参入コストの低下 | 逆U字が観察されてきた理由の一つは、ある程度の参入コストがあったためにすぐには全員が入れなかったことにある。参入コストが下がれば密度は急速に上がり、その場合に何が起きるかへの対応は理論としてまだできていない。 |
四つ目の参入コストの論点は、講師自身が現在進行形の問題として提示した。クラウドを使えば誰でもすぐ会社が作れるという状態が広がれば、手軽な起業によって密度が急速に増える。従来の逆U字は参入に摩擦があることを暗黙の前提としていたため、その摩擦が消えたときにモデルがどう振る舞うかは未解決だ、という指摘である。この論点は、この後の質疑で参加者が繰り返し突いた場所でもある。
Q&A