資源依存理論は「資源」の理論ではなく権力の理論である。この回は前田氏が理論の定義部分を担当し、マイキー氏がNetflix・Appleの事例と実務への翻訳を重ねた。
この動画は3本に分割しています。本ファイルは1本目、理論の定義とフレームワークの使い分け、そして事例編を扱います。
前田氏が最初に置いた注意はこうである。「資源依存」と聞くと石油や鉱物のような物理的資源を想像してしまうが、この理論はあくまで組織の理論であり、より正確には権力(パワーバランス)の理論である。前提は二つ。組織は自分たちだけでは存在できず、自分たちだけではコントロールもできない。そして組織を取り巻く環境が、組織のあり方と行動に制約をかける。月面で誰にも干渉されずに動いているわけではない、という言い方がされた。
この理論の独自性は、環境との関係を「適応」ではなく「依存」として捉え直したところにある。コンティンジェンシー理論の環境適応は、環境に合わせて自分が変わることを説明する。資源依存理論はそこを反転させ、どの程度環境に依存しているのかを見る。適応は能動的な響きを持つが、依存は制約の受け取りである。ただし受け取るだけで終わらないのがこの理論の面白さで、依存の向きを操作すれば権力の向きも変わる。だから戦略の理論になる。
後半、マイキー氏が事例で肉付けした。Netflixがディズニー作品の供給を断たれてオリジナル制作に舵を切った話、Appleが液晶パネルでサムスン・LG・シャープを競わせて相見積もりの構造を作った話、そしてApple Watchで外部技術を内部に取り込んでいった話である。結論として提示されたのは、「外注するときは、外注した後にその技術をどう内製化するかまで考えろ」という実務原則だった。外注はコストを下げる行為ではなく、依存を買う行為である。
資源とは「生き残り・成長・目標達成に必要で、かつ自分の外側にあるもの」である。この定義に従うなら、資源とはそもそも依存しなければ手に入らないものだ。ゆえに問いは「依存するかしないか」ではなく、どこにどれだけ依存し、逆にどこから自分に依存させるかになる。依存の完全な排除は不可能であり、目指すべきは依存の配置設計である。
この回の前田氏の講義は、ほぼ全体が用語の定義に費やされた。定義を把握していないとこの理論そのものの把握ができなくなる、という理由が述べられている。
前田氏はまず、依存の時間軸を分けた。短期では、どこかに依存したり提携したりすると、取得コストや運営コストは安く済む。一方で不確実性は高い。自分たちでコントロールできる範囲が小さいということは、何か起こったときに対処する能力がないということであり、つまりレジリエンスが低い状態である。ところが長期になると、コストと不確実性の両方が上昇する。最初に安く見えたものが、時間とともに二重に高くつく。
ここから前田氏の処方が出る。どこかへの依存は減らしていかなければならない。逆に、他の組織に自分の方へ依存させてしまえれば、非常に優位な立場に立てる。
組織理論は多くの場合、組織の内部と外部環境という二分法で対象を見る。この理論では、内部は合理性でコントロールし、外部環境は制約として現れる。従来の理論が外部環境との関係を「適合」と呼んでいたところを、この理論は「制約」「依存」と言い換えた。自由にはできない、周りから圧力を受けて行動が制限される、それによって動きが変わる、という捉え方である。前田氏は、それまでの理論ではこの両面をきちんと説明できていなかったと述べた。
前田氏の説明では、この理論は1960年代に生まれ、60〜70年代のアメリカを背景としている。オイルショック、激化する社会運動、政府規制の強化。社会的な不安定さが増した時代である。当時すでに制度理論やコンティンジェンシー理論はあったが、それだけでは現実と乖離する面が多く、「今までの組織論はこれではダメだ」という疑念から新しい枠組みが求められた。そこで外部環境と権力の作動を暴き出す枠組みとして登場したのがこの理論だ、という筋書きである。
資源依存理論の原典は、ジェフリー・フェファー(Jeffrey Pfeffer)とジェラルド・R・サランシック(Gerald R. Salancik)の『The External Control of Organizations: A Resource Dependence Perspective』(1978年)である。この点は発言と一致する。
一方、前田氏は「この理論は1960年代に生まれた」と述べたが、体系化された著作としては1978年刊行であり、1960年代に成立していたわけではない。ただし源流にあたる論文群は1960年代にあり(下記エマソン1962年など)、また同書は「1970年代まで形式的に理論化されていなかった外部資源重要性の帰結を定式化した」と説明されている。「思想の源流は1960年代、理論としての成立は1978年」と読み替えるのが妥当で、発言をそのまま年代として引用すると15年前後のずれが生じる。
所属について。前田氏は会場からの補足を受けて「スタンフォードのジェフリー・フェファーと、カーネギーメロン大学のジェラルド・サランシック」と述べた。フェファーのスタンフォード(GSB)は正しい。サランシックは要確認カーネギーメロン在籍の時期がある一方、原典執筆期の所属はイリノイ大学とする資料もあり、本稿の検索範囲では執筆当時の所属を一次資料で確定できなかった。
前田氏は源流として3つを挙げた。ある意味この3つの組み合わせがこの理論だ、という整理である。
| 源流 | 内容 |
|---|---|
| 社会交換理論 | 交換の非対称性に注目する。情報の非対称性が代表例で、一方が情報を大量に持ち他方が持たないとき、持つ側が強い。情報に限らず、資金でも技術でも同じ。この非対称性が権力の構造に変わる |
| 権力依存 | 権力が生まれる源は依存関係である。どの程度依存するかが、そのまま権力の大きさに変わる |
| オープンシステム理論 | 組織はいかに外部の資源を取り込んで生き残っていくか、という視点 |
ここで言われた「権力依存」は、リチャード・M・エマソン(Richard M. Emerson)「Power-Dependence Relations」(American Sociological Review 第27巻31–41頁、1962年2月)を指すとみて差し支えない。エマソンの核心は「権力は人の属性ではなく社会関係の属性である」という命題で、「Xには権力がある」という文は「誰に対して」を指定しない限り空虚だとした。
そしてAがBに依存する度合いは、(1) BによってしかAが達成できない目標へのAの動機的投資量に比例し、(2) A–B関係の外側でその目標が入手できる度合いに反比例する。前田氏の説明した「必要性 + 他で代替できないこと」がそのまま数式的に定義されている。この回の後半でマイキー氏が語った「相見積もりが取れるようになると交渉力が上がる」は、この(2)の項を操作する行為にあたる。
なおセッション終盤に渡辺氏が「エマソン」の名を挙げて政治学的接続を論じており、参加者側でも同じ出典が共有されていた。
原典の貢献として前田氏が挙げた第一は、効率性と有効性を明確に分けたことである。効率性は内部の調整力、有効性は外部の交渉力。この二つは同時に走るものではなく、比較的対立関係になりやすい。そしてこの理論の立場では、有効性の方が影響力が強いと論じられる。内部をいくら磨いても、外部との交渉の座標が悪ければ結果は決まってしまう、という含意である。
組織にとって①生き残り、②成長、③目標達成のために必要であり、かつ組織の外部にあるもの。技術・人材・資金はもちろん、正当性やIPも該当する。一概に何と限定できず、必要なものはすべて当てはまる。
外部にある特定の資源に対して、組織が頼らざるを得ない状態。必要なのに自分で持っていない。だから頼らなければならない。その行動が依存である。資源とは元々、依存しなければ手に入らないものだという含意が生じる。
権力の定義は、この依存がどのくらい強いかで測られる。初期モデルではこれは相対関係で語られた。組織AとBがあったとき、Aの方が強いのかBの方が強いのか、という形である。
この回の終盤、マイキー氏が前田氏に確認を取りながら、次の講義で出てくるはずの概念としてムチュアル・ディペンデンス(相互依存度/「相思相愛」の状態)とパワー・インバランス(権力の不均衡/「圧倒的格差」)を予告した。前田氏は「そこまで行くつもり」と応じている。片思い状態から相思相愛へどう持ち込むかが戦略になる、という枠組みの提示である。
※この2語を本格的に扱った回は別レポート「相互依存と権力不均衡」で既に整理済みのため、本稿では予告の事実のみ記録する。
参加者から出た「ファイブフォースも資源依存理論で説明できるのか」という問いが、この回で最も長い議論になった。
前田氏はまず「完全にではないが相関性は高いと言える」と答えた。ファイブフォースも環境が強く影響してくる枠組みであり、代替可能性というキーワードが両者に共通して現れる。視点としては非常に近い、という評価である。
加えて前田氏は、マイケル・ポーター自身が政治に強い関心を持つ人物であり、政治構造も学んでいたのではないか、したがって影響を受けていてもおかしくないと述べた。ただしこれは「直接言及したものは見たことがない」と自ら留保を付けている。
マイキー氏はここで「別問である」と踏み込んだ。ファイブフォースは供給業者が強いとこの業界の利益は削られるかという、売り手側の目線で業界全体の構造を見る枠組みである。それに対して資源依存理論は買い手側・内部側の交渉力の話になる。
どうすれば競争に勝って利益を出せるかという戦略的視点。市場や業界の全体構造をどう見るか。相手をリサーチして相手の弱点と自分の強みを調べる「スカウター」のような道具。
どうすれば外部に振り回されずに自分の組織が権力を保ち続けられるかという組織論。組織間の1対1、または1対多数の依存関係を測る。自分の戦闘力のどこが足りないかを見る道具。
そして両方を組み合わせると非常に強くなる、というのがマイキー氏の結論だった。理論と理論を組み合わせることで一つの流れができる。経営戦略から事業戦略へ降りていくときに、その間をつなぐのが資源依存理論だ——自分たちの立ち回りはどこに行くのかを決めるもの、という位置づけが提示された。
この文脈でマイキー氏は、自作のフレームワーク分類表に触れている。世界的に使われる主要なフレームワークは大体560ほどあると言われるが、メインの40程度を、経営戦略で使える箇所・事業戦略で使える箇所、クラシック型・アダプティブ型といった軸で分類したものだという。参加者の一人がハーバード関係者に見せたところ「AIで作ったのか」と言われたが、実際は本人が頭の中で覚えたものを短時間で書き出したものだ、という逸話が添えられた。
マイケル・E・ポーターがファイブフォースを世に出したのは、ハーバード・ビジネス・スクール准教授時代の1979年のHBR論文「How Competitive Forces Shape Strategy」であり、翌1980年に『Competitive Strategy』(Free Press)として体系化された。2008年にHBRで「The Five Competitive Forces That Shape Strategy」として改訂版が出ている。
つまり資源依存理論(1978年)の方がファイブフォース(1979年)より1年早い。前田氏の「ポーターが資源依存理論の影響を受けていてもおかしくない」という推測は時系列上は成立しうるが、要確認ポーターが資源依存理論に言及した記録、および「ポーターが政治に強い関心を持っていた」という人物評は、本稿の検索範囲では裏取りできなかった。前田氏自身も「直接言及したものは見たことがない」と述べており、推測として扱うべき箇所である。
前田氏がTSMCと中国の戦略を挙げたのに続き、マイキー氏がより手前の事例で構造を示した。
Netflixはディズニーやワーナーの映画コンテンツを借り受ける形で成り立っており、コンテンツ供給への依存度が極端に高かった。そこにディズニー+が始まり、「もうディズニー作品は出さない」という圧力がかかる。これが外部圧力であり、この時点で強いのはディズニー側である。Netflixの回答は、膨大な予算を投じたオリジナル作品の制作だった。リソースを自前化することでディズニーへの依存を断ち切り、自分がパワーを持つ側に回った。
ディズニー+は2019年11月12日に launch し、マーベルとスター・ウォーズのコンテンツを自社サービス専用に引き揚げた。Netflixとのライセンス契約終了にあたり、ディズニー側は営業利益で約1.5億ドルの減少を見込むと説明していた(2019年2月時点のCNBC報道)。供給を止める側もコストを払っている、という点は発言では触れられていない論点である。
なおディズニーが引き揚げを公表したのは2017年で、実行が2019年である。また既存契約の残存により、2016〜2018年の一部作品が逆にNetflix側へ約6年間流れる取り決めも残っていた。依存の切断は宣言の瞬間ではなく、契約の残存期間をまたいで段階的に進む——実務的にはここが重要になる。
マイキー氏の整理では、Appleは特定企業への依存を極端に嫌う。それでも依存せざるを得ない箇所はあり、TSMCやソニーのCMOSセンサーは依存度が高い。対して液晶パネルのように複数社を競わせられる領域では、サムスン・LG・シャープを並べて相見積もりが取れる構造を作った。発注先が複数あるという状態そのものが交渉力になる。各社が自分の強みをプレゼンしてくる側に回る。
第二の手が内部化である。マイキー氏は「iPhoneは元々CPUをIntelに依頼していて依存度が高かったが、自社設計に切り替えた」と述べ、重要なリソースは外部圧力を避けるために吸収していくのがAppleの戦略で、その最も分かりやすい例がApple Watchだった——外部技術を全部内側に取り込んで交渉力を高めた——と説明した。
公開情報と照らすと、この箇所は発言と事実がずれている。iPhoneのメインプロセッサがIntel製だった時期はない。iPhoneは当初からARMベースの独自系列(後のAシリーズ)を用いており、AppleはAシリーズを起点に垂直統合を進めた。IntelがiPhoneに供給していたのはCPUではなくモデム(ベースバンド)で、2019年にAppleがIntelのスマートフォン向けモデム事業を買収している。
一方、Macについては長年Intel製CPUを採用し、2020年末のM1からApple Siliconへ移行した。Apple Watchについては2015年4月の初代モデルに独自SiP「Apple S1」が搭載されており、「Apple Watchが内部化の分かりやすい例」という趣旨自体は事実に沿う。
したがってこの事例は、「iPhoneのCPU」を「MacのCPU」と読み替えれば構造の説明として成立する。発言を黙って書き換えないためここに食い違いとして残すが、論旨(重要リソースの内部化による交渉力確保)そのものは公開データと整合する。
ここからマイキー氏の実務原則が出る。外注化は外部依存を強くする行為である。だから常に言っているのは、何かに外注する場合は外注した後にその技術をどう内製化するかまで考えろということだ。内製化が進めば相手の依存度が上がり、こちらの交渉力が上がる。
別のコミュニティの経営者が事業売却を相談してきた際、生産ラインの9割を外注しており内部に何もない状態で「うちの強みは外注先ネットワークをたくさん持っていることだ」と主張したという。マイキー氏の反論は単純である。同じことをやって外注化すれば、その強みは丸ごと再現できてしまう。内部に自前のものがないのにM&Aの買い手として振る舞おうとしていた点を批判している。
処方はこうだ。外注が多いのであれば、外注でコスト削減できているものを内製でも成立させられるなら順次取り込む。最終的には多少高くついてもよいから内製化させ、それによって交渉能力を上げる。この延長がM&Aである。内部にリソースが溜まるほど交渉力が強くなり、結果として企業価値も上がる。
この評価はマイキー氏の見解として提示されたものである。対立する見方として、ファブレス/アセットライトを積極的に選ぶ戦略(設計・ブランド・顧客接点に資源を集中し製造は外部に委ねる)は半導体・アパレル・SaaSで広く成立しており、「内部に何もない=弱い」と一律には言えない。焦点は外注の多寡ではなく、外注先が代替可能かどうか、そして代替不能な外注先に交渉上の急所を握られていないかである。
中国サプライチェーンに関する質疑と、政治学的な議論は別レポート(2本目・3本目)に振り分けています。
前田氏:スタートアップで考えるとよい。自分たちで生成AIを作り出すのはハードルが高いので、他から借りるか特許使用権を共有して使用料を払う方が最初は安い。建物で言えば、マンションを建てる側と入居する側の違いである。入居する方が初期コストは低い。ただし最終的に儲かるのは建てる側だ。本来は資金があるなら作った方が将来的には合理的だが、資金がないから最初は借りるしかない、という関係になる。
→ PART 2 で詳述。前田氏「相関性は高いが完全に同一ではない」。マイキー氏「ファイブフォースは業界全体の構造を見る経営学ベース、資源依存理論は組織間の依存を見る社会学ベース。組み合わせると強い」。町田氏が以前提出した事業計画表について、どこまでがファイブフォースでどこからが資源依存理論だったかを自分で切り分けてみるという宿題が出された。
マイキー氏:その切り分けを自分の作った資料に当てて確認するのが一番早い。必ず重なる部分が出てくる。マクロからミクロへ降りる流れとして両者を接続するのが実務的である。
小澤氏自身が、コントロール手段としてM&A・ジョイントベンチャー・役員の派遣と受け入れ・多角化・ロビイングを列挙した上での問い。前田氏の回答は取締役会のメンバー構成だった。外部の人をどう取り込むか、いつからその力を借りるか、どこと関係を強めるか。1社だけでは偏るのでA社・B社・C社から入れることで、他企業との提携の力も使えるうえにパワーバランスも取れる。
前田氏:そこが本当に重要なポイント。もう一つ付け加えると、依存度が強すぎると、実は買収されない。コントロールが強ければ買収しなくても自分でコントロールできてしまうので、買収する方がコストに見合わないと判断される。この論点は取引費用理論と併せて見ると大枠がクリアになる、として次回以降の予告になった。
前田氏:そこは問題が出てくる。結局パワーバランスの話になる。やりすぎると支配されるかどうかの関係になるので、弱者の戦略が別に存在する。最終的には自分たちの独自価値をどこかで持っていないと駄目だという地点に落ち着く。関連してバウンダリー・スパニング(境界を越えて外部と接続するポジション取り)が挙げられ、以前扱ったストラクチャル・ホールのバウンダリー・スパナーと同じ論点だと補足された。ポジション・技術・知識のいずれかに強みを持てないと生き残れない。
マイキー氏の補足:依存度を相手に高めさせすぎると独占禁止法に引っかかる。今それに直面しているのがGAFAのような企業で、資源依存が強くなりすぎた結果として独占企業になり、Googleなどはあえて分化させるなどしてバランスを取りながら強くなっている。昔の日本の財閥に近い構造である。
前田氏:最初は体力がないので、どう体力をつけて成長していくかという問いに変わる。アスリートの成長と同じで、最初は体力も技術もない。だからいろいろな人から教わって身につけていく。成長の段階と規模の段階によって取るべき戦略が変わるため、弱者の戦略と強者の戦略はそれぞれ別に存在する。比較的ゲーム理論的なアイデアが入っている。
補足として重要な限定が置かれた。この理論はあくまで2者の関係で、どちらが強いか弱いかを見るものであり、「大企業対中小企業」という属性の対比ではない。小さいからといって大企業の戦略を真似るのは「明らかに良くない」。
講義の締めに、マイキー氏が「パン屋シリーズ」として全体を一枚の構図にまとめた。
パン屋は小麦を製粉所から購入する。ある日「明日から値上げする」と言われたら、パン屋は従うしかない。これがパワーバランスが小麦側に傾いている状態である。ここから4つの派生が示された。
| 状況 | 何が起きるか/どう動くか |
|---|---|
| ①依存は必ず悪ではない | その小麦が三ツ星レストランに供給されているなら、「三ツ星で使われている小麦です」という信用が手に入る。依存が情報としてブランド化される。0か100かではなく、メリットとデメリットが同時に存在する |
| ②サプライチェーンの多角化 | 1社からしか仕入れていなければ交渉力は完全に相手側。農家や商社など他の調達先を増やすことで「別から買う」という選択肢が生まれ、値上げ圧力を弱められる |
| ③外部取締役の受け入れ | 依存度が極端に強い場合、相手側の社長や役員を自社の取締役に迎える。これにより外部からの圧力を弱める。日本のOEMメーカーの商社などが実際に用いる非市場戦略の一種 |
| ④相思相愛(相互依存)へ持ち込む | 小麦屋が最高級の小麦を出し、その小麦を最大限に活かせるのはこのパン屋しかいない、という両想いの状態。ここまで持っていけば交渉力の構図が変わる |
マイキー氏が最後に置いた警句。こだわりが強ければ強いほど、相手に対する依存度は高くなる。ここの小麦でなければ使わない、ここの鶏肉しか使わない、ここの牛しか使わない——そうなると交渉能力は弱くなる。
ただし逆転条件がある。そこで最高のパフォーマンスを出せるなら、「あの焼肉屋しかうちの肉を最大限に活かせない」という評価が生まれ、関係は両想いに向かう。こだわりが依存になるか相互依存になるかの分岐点は、そのこだわりが相手にとっての価値を生んでいるかである。
一方、パン屋に顧客が100件あるのに小麦屋が1社しかない状態はパワー・インバランス(圧倒的格差)と呼ばれる。この格差があるのかないのか、相互依存に持ち込めるのか——ここが次回以降の講義の主題になると予告された。