シュンペーターのマーク1・マーク2を「拡大するサーチ」と「深めるサーチ」に読み替えたところから、議論は大学と企業の断絶、産学連携が契約段階で止まる現実、蓄電池という巨大市場、そして「あなたの話が面白くないから売れない」という身も蓋もない結論へ流れていった。理論の回でありながら、実務の話が最も濃く出た1時間の記録である。
前田氏の講義でマーク1(企業家的レジーム)とマーク2(定型的レジーム)が提示された後、主宰講師がそれを進化理論の用語へ翻訳し直した。マーク1の企業家に何ができるかといえば、そもそも何も持っていない。だからサーチを始めるしかない。つまりマーク1とはサーチの拡大のフェーズである。対してマーク2の大企業はすでにサーチができている。だから今度はそれを進化させなければならない。これがディープなサーチのフェーズにあたる。
この読み替えが効いてくるのは、時代背景を重ねたときである。かつては情報と情報の組み合わせ自体が大企業の専有物、つまりマーク2の領域だった。ところが現在はほとんどの情報が民主化され、誰でも手に入るようになった。ということは、リサーチ自体がマーク1の状態――誰でもできる状態――になってしまった。そうなると差がつくのは深さの側であり、深く掘れるかどうかは人材に依存する。だから優秀な人材の価値が上がる。前田氏が「マーク2の割合が強まっている」と述べた背景を、主宰講師はこう補強した。
そして議論は具体へ降りていく。大学は幅も深さもスペシャリストだが、実現する資金がない。企業は資金を持つが、研究者が何を言っているか分からない。この断絶をどう埋めるかという話になったとき、参加者から生々しい実例が次々に出てきた。
講義開始前、直近のエキスポ出展の振り返りが語られた。獲得数は全体で5,600程度に達しており、通常は10%行けばすごいと言われる中で、エキスポなら5%で十分という感覚からすると数字がバグっている、という評価だった。ただし書籍経由の数も混ざっているため、正確な集計はこれからだという留保が付いた。来場者の4分の1という規模であれば、会場に来ている人をほぼ反映したサンプルとして十分すぎる、という見立ても示された。ここで米国の雇用統計が3%程度のサンプルしか取っていないという話が引き合いに出され、視聴率も4,000件程度だという比較が続いた。
エキスポ終了後には、日本の先物商品系で最大手の取引会社から問い合わせがあり、登壇の打診と1時間ほどの打ち合わせがあったという。提案した企画は、先方のYouTubeチャンネルと自分のチャンネルで同時にライブ配信を行い、こちらの視聴者を先方の口座登録へ促す代わりに、5分間のアピールタイムだけ渡して残りは自由に話すという形だった。「その提案は初めてです」と言われたという。
プレゼン内容については、10数回のプレゼンで何が最も刺さるか分かったので、刺さらなくなるまでは中身を少しずつ変えながら擦り続ける方針が示された。包括的に人を巻き込むならマクロ的な話で部分的に刺す方がやりやすく、専門特化するとそれ以外の人が全員離脱する、という理由である。書籍については9,000部が見えており、来週中には1万部が視野に入る、8月末までに7万部まで持っていければ1年以内に10万部に届く、という見通しも語られた。他の出展者については、展示会自体を回収できていないところが圧倒的に多いようだ、という観察が添えられた。
この雑談は、この回の後半で展開される「良い技術より伝える力」という主題と、そのまま同じ軸の上にある。
質疑の中で、企業家はリスクを取っているのかという鋭い問いが出た。質問者の仮説はこうである。企業家はアップサイドで得られる利益の期待値と、ダウンサイドで損する期待値を比べ、ダウンサイドと同等以上のセーフティネットを自分に用意できていれば、そもそもリスクだとは思っていない。むしろそうでない限り始めるインセンティブが働かない。ならば、ダウンサイドのリスクが社会的に排除されている国――キャリアを積んだので失敗しても転職できる、ベーシックインカムがあるので食うには困らない――ほど企業家が増え、創造的破壊も起きやすいのではないか。
前田氏はこの点の事例は把握していないと率直に答えた。そのうえで主宰講師が、アントレプレナーシップという語そのものの整理を示した。この語はもともとフランス語で、仲介人を意味する。そして確立した理論は存在していない。多くの論文や理論を読んでも、共通点として出てくるのは極めて単純なことで、柔軟性が高いかどうかだけだという。
なぜ確立した理論がないのか。求められる企業家精神やリーダーシップは時代によって変化するからである。必要な人材もリーダー像も、その時々で変わる。主宰講師は地域差の例を挙げた。ヨーロッパではウェルビーイングやサーバント・リーダーシップ、オーセンティック・リーダーシップのような、優しさを基調としたスタイルが好まれる。一方で発展途上の環境では、そんなことを言っている場合ではない。生き残るためにLMX理論のような、優秀な人材を選別的に引き上げていく手法が求められる。だから「これが正解」という形は業界ごとにも決まらない。むしろ決まってしまったらそれは同質化だ、というのが主宰講師の立場だった。
ただし共通して求められるものはあるとされた。コミュニケーション能力である。そしてアントレプレナーシップを鍛えるために世界各地で行われてきたのは、人が集まる場所を作ることだという。そこで様々なリーダーがコミュニケーションを交換し、何が最適なのか、どういう情報があるのかをやり取りする場が必要になる。国内企業が社内の一部をカフェに変えてコミュニケーションの場を作っている例が挙げられた。また、米国の研究者が「日本に最も足りないのはアントレプレナーシップだ」と言うとき、それは言い換えれば柔軟性が足りないと言っているのと同じだ、という読み替えも示された。主宰講師は柔軟性を「どうでもいいということ」と表現した。合理的であれば何でもやる、という構えである。
この流れで、大学でリーダーシップを専門とする参加者(中川氏)にも意見が求められた。回答は、AIの時代によってリーダーシップのスタイルも変わっていくと考えており、部下の能力を引き出すために上司がどう土壌を整えるかという意味での柔軟性だ、というものだった。さらに踏み込んで、コマンド型はAIが全て担うようになるため不要になっていく、として「ガーデナー・モデル」という表現が使われた。種が芽を出し花が咲き実がなるように調和を取る。台風が来ることもあり、育つ種も育たない種もあると分かったうえで場を整える。そういうモデルが良いのではないか、という見解である。
大学のリサーチとガーファムのようなマーク2企業のリサーチは、深さの種類が違うのではないか、という指摘から議論が始まった。主宰講師も違うと同意した。大学はマネタイズよりも興味で深く入っていく。だから企業がくっつかない。ニーズが違うので資金が出ないのである。大学はサーチの幅も深さもスペシャリストであり、企業がアクセスできないところまで到達して理論を組み立てる。その点では企業より圧倒的に強い。問題は、実現する資金がないことだけだという整理だった。だから大手企業が大学を使ってさらに深く掘るという役回りになる。
ここから、日本企業の思考様式への批判が展開された。日本ではマーケティングと言いながらマーケットインのことしか考えていない企業が多い。しかし米国では、プロダクトアウトからどうやってマーケットインへ持っていくかがイノベーションだと捉えられている――これが主宰講師の見立てである。市場が飽和しているときはマーケットインが有効だが、新しい産業ではプロダクトアウトでなければ切り替えができない。ガーファムはマーケットインでない方向からのアプローチをうまく使いこなしているのに、大学側はそこにうまく適応できていないのではないか、という問題提起だった。
では何が橋渡しになるのか。答えは企業との対話だとされた。企業が求めているものと違うことを研究している可能性があるのだから、研究側も市場という視点をベースとして持つ必要がある。ただしマクロすぎたりディープすぎたりして市場と合わないということが起きる。だから重要なのは、なぜこのディープな研究をやっているのかを繋ぎ合わせて伝えるストーリーテリングだ、という結論になった。
参加者からは、共同開発をやっていたが川下(実用側)のスケールが小さく、相手が求めることを1個しかケアしてくれず、こちらが有用だと主張しても整合性が合わないまま時間だけが過ぎて喪失感があった、という経験が語られた。主宰講師の応答は端的だった――それはプレゼンの問題ではないか。質問者は「まさにそうだ、響かなかったのだと思う」と受け止めた。
別の参加者(小賀氏)から、1週間前に実際に起きた事例として、ある大学研究室と上場企業CFOの面談を自分がセッティングしたという話が出た。コラボレーションと資金提供の話をしたが、最大の問題は契約だった。
構造は単純である。研究が成果を出し、企業がそれを事業化するとき、大学の教員はその要素技術を論文にしたい。ところが企業は出さないでくれと言う。教員の側は、論文が書けなければ自分の業績にならず、資金をもらっていても意味がない。企業の側は、それを出されては困る。結果として平行線になった。素晴らしい要素技術があるにもかかわらず、企業としてはそれを5年でも10年でも自分のものにしておきたい。分野としては創薬の案件だったという。
この場面で、アカデミアの側から「publish or perish(発表するか、さもなくば消えるか)」という言葉が紹介された。論文を書かなければ生き残れないという研究者側の構造である。特許にすればよいのではないかという指摘も出たが、話は特許ではなく、独占的実施権(エクスクルーシブ)を一定期間持ちたいという企業側の意向に集約されるのではないか、という整理がなされた。
論文として発表することが業績になる。発表できなければ資金をもらっても自分の評価には繋がらない。publish or perish という言葉が示す通り、発表は生存条件そのものである。
要素技術を5年でも10年でも自社のものとして囲い込みたい。NDAで外部へ出さないようにしたい。独占的実施権を一定期間確保することが事業化の前提になる。
解決の方向としては、共同研究開発の成果を持つ別会社を50%ずつで作る案や、ジョイントベンチャー、大学基金やVCの活用といったアイデアが出された。小賀氏は、日本の大学基金の運用利回りが極めて低く、これから日本にインフレが来るにもかかわらずインフレ以下の収益しか出せていない点も問題だと指摘した。アイビーリーグはもっと高い利回りを出している、という比較である。技術は地方大学も含めて相当に埋もれており、韓国企業や中国企業に持っていかれる前に日本国内でなんとかしたい、という動機が語られた。
小賀氏の関心は蓄電池に移った。前日に面談した会社は蓄電池のリサイクルを手がけており、上場を目指しているという。時価総額はいくらを目指すのかと聞いたところ2〜300億円という答えが返ってきたため、3千億を目指してくださいと返した――そういう話だった。社長は40代で、中国で長く事業を行い、中国で技術を抜かれてどうしようもないと判断して日本に戻ってきた人物だという。
市場側の条件は整いつつある。データセンターの横には蓄電池を置かざるを得ない。グリッド用途については中国系の蓄電池は使えないという話になっており、これは価格の問題ではなくナショナルセキュリティの問題であるため、安いからという論理が通らない。もし日本製にリプレイスされれば極めて大きい。加えて東京都の住宅向け施策のように、補助が全額出る領域も存在する。「明らかにプロミシングだ」というのが小賀氏の評価だった。
世界の蓄電池(ESS)出荷量シェア(2026年上期・出典:CnEVPost報道の集計値)。講義では「90%のマーケットシェアを持つ」という表現が出たが、単一企業の水準としては公開データと異なる。
ここで主宰講師の見解が最も強く出た。世界中を回っていた頃から、日本の技術でリプレイスすれば市場が取れるという案件はいくつもあった。しかし結局のところ中国にリプレイスされてしまう。研究室も技術者もスタートアップも数多く見てきて、打ち合わせに入るたびに「これはリプレイスしたら市場を取れる」と思うのだが、ことごとく逃していく。
その診断は明快だった。技術ありきの話をしている限り取れない。技術者がまずそこに気づくべきである。良いものだから売れる、リプレイスしたら強い――そんなことは分かっている。それでもリプレイスできていない理由は何かというと、あなたの話が面白くないからである。だから処方箋も一つしかない。プレゼンテーションを勉強して、人に伝えられる能力を上げること。主宰講師は「技術なんかクソ食らえぐらいに思っている。何をやろうがプレゼンがうまければ入れ込める」とまで言い切った。
この見方は当然一方に寄っている。技術の優劣そのものが評価される場面や、調達要件・認証・規制といった伝達力では動かせない障壁があることも事実であり、「全てはプレゼン」という断定は講師の見解として受け止めるべきである。ただし、実務の場で技術者側が伝達を軽視しがちだという指摘自体は、この回の産学連携の事例とも整合していた。
小賀氏の前日の面談でも、同じ構造が語られていた。より大きな市場があることを社長はある程度分かっているが、それを実行できる人がいない。役員は現場へ行かず、現場は役員が何をしているのか分からないと思っている。社長は一人で理解しているがどうにもならず、DXはコンサルに投げてしまった。引き継ぎ手がいないまま上場が近づいている。さらにバリュエーションについても、EV用電池の評価倍率で語っているため全く評価が取れないが、データセンター用蓄電池という文脈に置き換えれば話がまるで変わる、という指摘も出た。同じ技術でも、どの文脈に置くかで評価が変わる――これもまた伝え方の問題である。
前田氏は事例を把握していないと率直に回答。主宰講師が、アントレプレナーシップはフランス語で仲介人を意味し、確立した理論は存在せず、論文を横断して共通するのは柔軟性が高いかどうかだけだと補足した。求められるリーダーシップは時代と地域で変わるため、特有の理論が成立しないという説明である。
主宰講師によれば、マーク1は何も持っていないところから始めるのでサーチの拡大にあたり、マーク2は既にサーチができているのでそれを深めるディープなサーチにあたる。現在は情報が民主化されてリサーチ自体がマーク1の状態になったため、差がつくのは深さの側であり、そこを担える人材の価値が上がっている、という補強だった。
主宰講師は大学はやや別だと回答。大学は幅のサーチも深さのサーチもスペシャリストで、企業がアクセスできない領域に到達でき、そこは企業より圧倒的に強い。ただし実現する資金がない。だから大手企業が大学を使ってさらに深く掘るという役回りになる、という整理だった。
中川氏の回答。コマンド型の指示はAIが担うようになるため不要になっていく。部下の能力を引き出すために上司がどう土壌を整えるかという柔軟性が重要になり、種が芽を出し実をつけるように場を整える「ガーデナー・モデル」が良いと考えている、という見解が示された。育つ種も育たない種もあると分かったうえで調和を取る、という言い方だった。
違うという同意のうえで、埋めるのは企業との対話だという回答。大学はマネタイズより興味で深く入るため企業と噛み合わないが、研究側も市場という視点をベースに持ち、なぜこのディープな研究をやっているのかを繋げて伝えるストーリーテリングができるかどうかが要になる、とされた。
特許ではなく独占的実施権を一定期間確保したいという企業側の意向に集約される問題だろう、という整理がなされた。解決案としては、成果を持つ別会社を50%ずつで設立する、ジョイントベンチャーを組む、大学基金やVCを使う、といった方向が挙げられたが、結論は出ていない。主宰講師は、ロードマップが見えるようにすることが先ではないかと述べた。
主宰講師の回答は一貫していた。技術ありきの話をしている限り取れない。良いものだから売れるという話は分かっているが、リプレイスできていない理由は「あなたの話が面白くないから」であり、必要なのは市場にどうはめていくかという営業とプレゼンの力である、と。なおこれは講師の見解であり、規制・認証・調達要件など伝達力で動かせない障壁もある点は併記しておく。
前田氏がIonQを挙げた。ここで重要なのは、Googleにおけるエリック・シュミットのように、技術とエコシステムを繋げる人物の存在である。何かに特化するのではなく、いろいろなものを繋いでいく役割――以前扱ったバウンダリー・スパナー――が重要になる、という説明だった。あわせて理論的な受け皿として、ロン・アドナーのイノベーション・エコシステム(強い技術が失敗する理由を説明する理論)が紹介され、別の機会に扱うと予告された。