制度理論・第2回/同質化(アイソモーフィズム)の役割・段階・便益と副作用、そして硬直化への対処
この回は、前回に置いた「制度の定義」という土台の上に、制度がどうやって出来上がるのかという作動原理を積み上げる時間だった。講師(前田氏)が冒頭で釘を刺したのは、前回いちばん誤解を招きそうだと感じていた点である。同質化すれば制度になる、という単純な等式は成り立たない。同質化しても制度化まで至らないものはいくらでもある。ただし逆向きの命題は成り立つ。同質化がなければ制度化は起こらない。同質化は制度化に至るための一つのステップにすぎない、という限定こそが今回の出発点だった。
そのうえで議論は、なぜ組織や市場が同質化するのかという動機の話へ進む。ここで提示された補助線は「生存」と「競争」という二つの視点だった。生存という尺度で見れば同質化のメリットは大きい。みんなで協力し、同じ型を共有したほうが生き残りやすい。しかし競争という尺度に切り替えた瞬間、同じことをやっている者同士は差別化できず、競争そのものが成立しにくくなる。同質化は、この二つの軸の上でメリットとデメリットを同時に生むトレードオフとして扱われる。目的の側から言い直せば、同質化は社会的承認と生き残りのために起こる。
次に時間軸が入る。同質化には段階があり、ざっくり三つに分けられる。初期の多様性、中期の拡散、後期の制度化である。多様性の段階では、いろいろな人がいて、いろいろな考えがあり、その中で何がいちばん効果的か、効率的かが追求される。いくつかのモデルが生き残ると、今度は「これがいいよね」という模倣が始まり、拡散が起こる。拡散しきったものは常識になり、制度化に至る。重要なのは、この過程で動機がすり替わっていくことだ。最初は効率性を求めて始まったものが、拡散の段階を経て、最後には「みんながやっているから」という理由だけで実施されるようになる。講師はこれを形骸化と呼び、硬直化(イナーシャ)の温床として位置づけた。
後半は処方箋である。利点を伸ばす方向としては標準化とデファクトスタンダードの獲得、つまり自分がルールメーカーの側に回ること、そして信頼の強化。欠点を抑える方向としては両利きの経営(深化と探索の同時追求)とデカップリング(本音と建前の使い分け)。ただし質疑では、その処方箋自体がまた流行として同質化していくのではないかという指摘が出て、講師は「おっしゃる通りになります」と正面から認めた。同質化は避けられるものではなく、避けようとすること自体が新しい罠になる。だから常に「同質化するものだ」という前提で、どう壊すかを意識し続けるしかない――これがこの回の到達点だった。
この回は雑談ではなく、前回の補足から始まった。講師は前回、正当性が必要だという話と、制度理論における制度の定義が一般的な用法と違うという話をしていた。その続きとして同質化を扱うにあたり、自分の説明が誤解を生みそうだと感じていた箇所を先に潰しにかかっている。「同質化をするからイコール制度化するわけではない」「ただ同質化がないと制度化しないんですよ」という二段構えの言い方は、本人も「かなり乱暴な気はする」と断りつつ、現段階でいちばん掴みやすい捉え方として提示された。
この慎重さには理由がある。同質化を制度化と同一視すると、同質化しているのに制度になっていない状態――たとえば業界内で横並びの慣行が広がっているだけで、誰も当たり前だと思っていない段階――を見落とすことになる。逆に、同質化を一方的な悪として扱うと、後半で出てくる「外圧に対する強さ」という側面が説明できなくなる。講師がこの回の最後に「まずは同質化の特性を知りましょう」と繰り返したのは、善悪判断より先に性質の理解を置く、という順序の指定だった。
講師が言及した「新制度派(新制度論)」は、組織社会学では neo-institutionalism と呼ばれる系統を指す。中核となる論文は Meyer & Rowan(1977)"Institutionalized Organizations: Formal Structure as Myth and Ceremony"(American Journal of Sociology, 83巻340–363頁)と、DiMaggio & Powell(1983)"The Iron Cage Revisited: Institutional Isomorphism and Collective Rationality in Organizational Fields"(American Sociological Review)である。Meyer & Rowan は、組織が公式構造を採用するのは効率のためではなく、制度化された社会的期待に適合して正当性を得るためだと論じ、その適合が内部の効率要求と衝突するときに構造と実際の活動を切り離す「デカップリング」が起きると説明した。後半で講師が挙げる処方箋としてのデカップリングは、もともとこの1977年の論文で「組織が生き延びるために実際にやっていること」として記述された概念である。
同質化がなぜ起こるのかを、講師は二つの視点に分けて説明した。生存という視点から見ると、同質化のメリットは大きい。みんなで協力したほうが生き残りやすいからである。一方、競争という視点に立つとデメリットが大きくなる。全員が同じことをやれば差別化できず、競争としては成立しにくくなる。同じ現象が、どの尺度で測るかによって正反対の評価を受ける。
この二つを目的の言葉に置き換えると、同質化の目的は社会的承認と生き残りの二つになる。講師はここで、これはあくまで便宜上いちばん重要な点をピックアップして分かりやすくしているのであって、見方によってはこれだけではない、と留保をつけている。理論を道具として渡すときに、道具の適用範囲まで一緒に渡すという姿勢が一貫していた。
協力が成立しやすく、集団として生き延びる確率が上がる。外部からの衝撃に対して内部でコントロールが効く。正当性が強まり、社会的信頼が増し、取引コストが下がる。
全員が同じ型に収束するため差別化が消える。競争優位は初期段階では差別化によって作られるので、同質化はその逆方向に作用する。結果として競争優位を喪失する。
同質化のステップには複数の提唱のされ方があるが、この回ではまず三段階に整理された。初期は多様性の段階で、いろいろな人といろいろな考えがあり、その中で何が効果的か、効率的かが追求される。そこからいくつかの仮説とモデルが生まれ、良さそうなモデルが絞られてくると、みんながそれを真似し始める。これが拡散の段階である。拡散が進むと、そのやり方は常識になる。この常識化のイメージが制度化だ、というのが講師の説明だった。
前回扱った三つの同質化圧力――強制的・模倣的・規範的――は、この三段階に重ねて理解できる。多様性が多い初期には強制的な同質化圧力が強くなりやすい。拡散期に入ると模倣による同質化が起こりやすい。後期には規範による同質化が働き、制度化に至る。ただし講師は「必ずしもこういうステップではなくて、実は重なっているところがいくらでもある」と明示的に注意した。段階論はあくまで見取り図であり、現実には三つの圧力が同時並行で働いている。
この三段階の中で講師が特に強調したのが、急激に拡散が進む時期、すなわちティッピングポイントの存在である。ここを超えられるかどうかで、その組織や市場が強固なものになるかどうかが決まる。超えられなければ制度化には至らない。普及の曲線はゆるやかなS字を描き、最初はかなりゆっくり、途中で急速に拡大し、最後にまたゆっくりになる。講師はこの形状から、制度理論のプロセスはイノベーター理論(普及理論)と相関性が高いので、一緒に見ると分かりやすいと補足した。
講師が言う「イノベーター理論」は Everett M. Rogers の『イノベーションの普及』(初版1962年)で提示された採用者分類(イノベーター/アーリーアダプター/アーリーマジョリティ/レイトマジョリティ/ラガード)と、累積採用率がS字カーブを描くという記述を指す。制度理論側でも、採用曲線の前半と後半で採用の動機が変わるという知見は実証的に確認されている(PART 4 の Tolbert & Zucker 1983 を参照)。ただし両者は説明対象が異なる。Rogers は個人・組織が新しいものを採用する意思決定過程を扱い、DiMaggio & Powell は組織フィールド全体が同型化していく構造を扱う。曲線の形が似ていることと、背後のメカニズムが同じであることは別問題なので、重ねて使うときは「形が似ている」という水準にとどめるのが安全である。
三段階モデルとは別の切り口として、講師は「ディマジオ・パウエルという人が提唱しているもの」として四つの過程を紹介した。最初、市場の参加者や組織にいる人はバラバラで共通点がない。そこでまずお互いにコンタクトを取り、コミュニケーションが増える。それを続けているとルールが決まり、誰がリーダーかが決まる。講師はこれを「主の決定」と表現した。さらに進むと、みんなが必要とする情報が似てくる。その情報に向かって収集と共有が起こり、必要な情報量が急速に拡大する。情報が集まって共有されることで共通意識が芽生え、制度化に至る。
| 段階 | 講師の説明 | 原典の記述 |
|---|---|---|
| ① 相互作用の増加 | バラバラな参加者が互いにコンタクトを取り、コミュニケーションが増える | フィールド内の組織間の相互作用の程度が増大する |
| ② 支配構造の出現 | ルールが決まり、誰がリーダーかが決まる(主の決定) | 明確な組織間支配構造と連合パターンが出現する |
| ③ 情報負荷の増大 | 必要な情報が似てきて、収集・共有される情報量が急速に拡大する | フィールド内の組織が処理すべき情報負荷が増大する |
| ④ 共通意識の形成 | 共通意識が芽生え、制度化に至る | 共通の事業に関与しているという相互認識が発達する |
この四段階は Paul J. DiMaggio と Walter W. Powell の1983年論文「The Iron Cage Revisited」で「structuration(構造化)」として提示されたもので、原文では ①組織間の相互作用の増大、②明確な組織間支配構造と連合パターンの出現、③組織が対処すべき情報負荷の増大、④共通の事業に関わっているという参加者間の相互認識(mutual awareness)の発達、の4つとされる。講師の説明は原典の順序と内容を正確になぞっている。なお講師は音声上「リマパウエル」と発音しているが、これは DiMaggio & Powell の聞き取り上の揺れとみられる。同論文は2023年時点で6万8千件超の被引用を持つ、組織論で最も引用された論文のひとつである。
同質化が起こることで生じる利益として、講師は正当性の強化を最初に挙げた。同質化には正当性が必要だという話を前回していたが、逆に同質化することで正当性を強めることもできる。正当性が強まれば社会的信頼が強まる。組織・市場・産業の安定性が増し、安定性が増せばリスクが低減する。信頼性が高まれば取引コストが下がる。ここで講師が使った例は銀行の金利だった。信頼性が高い会社や人のほうが、安い金利で資金を借りられる。信頼があることで、さまざまな面でかかるコストが下がるという説明である。もう一つの利益は比較可能性で、ルールや定型化が進むことで、産業内の企業や技術を横並びで比較・測定できるようになる。
不利益の側は三つ挙がった。第一に競争優位の喪失。競争では差別化が初期段階の有効な戦略だが、同質化はその反対方向への運動なので、競争優位としては基本的に逆に働く。第二に変化への脆弱性。みんなが同じ方向を向くということは、変化に弱くなるということである。第三が形骸化で、講師がこの回でもっとも時間を割いた論点だった。最初は効率性を求めて起こった同質化が、最終的には「何だかよく分からないけれどみんながやっているから」という理由だけで実施されるようになる。この硬直化の一形態として、講師はイナーシャ(慣性)という語も挙げている。
形骸化については実証研究があるとして、アメリカの地方政治制度の事例が紹介された。選挙で勝った政党が支持者を公務員に採用していたため汚職が蔓延し、それを是正するために公務員制度が導入された。汚職を防ぎ、能力の高い人材を採用できるようにするという明確な目的があった。ところが普及していく段階になると、目的は消え、「みんながやっているから導入します」という単なる模倣になっていた、というのが研究の結論である。
内容から見て、これは Pamela S. Tolbert と Lynne G. Zucker による1983年の論文「Institutional Sources of Change in the Formal Structure of Organizations: The Diffusion of Civil Service Reform, 1880–1935」(Administrative Science Quarterly 28巻22–39頁)である。米国の都市が公務員制度改革を採用した過程を分析し、早期採用は各都市の内部的な組織要件(都市の特性が採用を予測できる)と結びついているのに対し、後期の採用では都市の特性がもはや採用を予測せず、正統な構造形態という制度的定義と結びついていた、と報告している。講師の「最初は目的があったが、途中から模倣に変わった」という要約は、この研究の核心と一致する。
一方、年代には食い違いがある。講師は発言中で「1940年代50年代とかでアメリカで」と述べているが、この研究が対象としている期間は1880年から1935年であり、公務員制度改革(Pendleton法は1883年)の普及もこの時期にあたる。1940–50年代という年代設定は該当しない。研究の論旨自体は講師の説明どおりなので、年代だけが記憶違いの可能性が高いが、発言を黙って書き換えず食い違いとして記録しておく。
同質化には利点と欠点の両方があるので、使い分けが必要になる。利点を強化する方向として挙がったのが標準化と信頼の強化である。標準化とは、自分が市場や組織の作り手の側に回ること、つまりデファクトスタンダードを握ることを指す。ルールメーカーになれば、制度に対して主導権を握る側に立てる。信頼の強化のほうは、信頼があることでレバレッジが効くという話だった。一緒に組んで事業をやりませんかと言われやすくなるし、資金も借りやすくなる。それを利用して事業や勢力をさらに拡大することもできる。
欠点をカバーする方向として挙がったのが、両利きの経営とデカップリングである。両利きの経営とは、知の探索と知の深化を両方やること。一つのことを深く考えることと、知らない世界に飛び込んでとりあえずいろいろ知ってみること、この両方をやらなければならない。両方やることで硬直化を防ぐ。デカップリングのほうは、講師の言い方では「本音と建前を使い分けましょう」ということだった。
「知の探索(exploration)と知の深化(exploitation)」という対概念は James G. March が1991年の論文「Exploration and Exploitation in Organizational Learning」(Organization Science)で定式化したもので、両利きの経営(organizational ambidexterity)として経営学に定着させたのは Charles A. O'Reilly III と Michael L. Tushman である。デカップリングは前述のとおり Meyer & Rowan(1977)の概念で、原義は「組織が制度的圧力への適合を掲げながら、実際の活動をその構造から切り離して温存すること」。講師の「本音と建前」という訳し方は語感としては近いが、原義では「建前を掲げること自体が正当性の獲得手段である」という点まで含む。つまりデカップリングは欺瞞ではなく、正当性と効率が衝突する環境で組織が生き延びるための構造的な解として記述されている。
質疑の流れから、参加者の一人(マイキー氏)が別の角度を持ち込んだ。多様性から制度化へ向かうプロセスで実際に何が決め手になるかというと、結局は多数決になる。そして多数決で票を取るのはプレゼンが上手い人間である。つまり、プレゼンが上手い人間が制度を作れてしまう、という身も蓋もない指摘だった。そこからルールを制度化していく流れを作ると何が強くなるかというと、SMM――シェアードメンタルモデル(共有メンタルモデル)だという。
SMM は、組織を人の集合体と捉えたうえで、そのメンバー全員が持っている共通認識のことを指す。会社や店舗でいえばマニュアルにあたる。これをサイクルさせて水準を上げていく。講師の説明では、細かい共通認識が積み上がることで、集団としての最低ランクの認識水準が上がっていく。マイキー氏はこれとペアになる概念として TMS――トランザクティブ・メモリー・システムを挙げた。制度化された状況の中で、誰が何に詳しいかという分布を組織が把握している状態のことで、中国のことなら誰、犬のことなら誰、というように正確な情報の在り処を引き当てられる仕組みを指す。SMM と TMS が両方存在していることが、組織体であることの条件だという整理だった。
シェアードメンタルモデル(shared mental models)はチーム認知研究の概念で、Cannon-Bowers, Salas & Converse(1993)らによるチーム効果性研究の系譜に属する。トランザクティブ・メモリー・システムは Daniel M. Wegner が1980年代に提示した概念で、「誰が何を知っているか」についての共有された知識を通じて集団が個人の記憶容量を超えた情報処理を行う仕組みを指す。いずれも組織論・社会心理学で確立した概念だが、本レポートでは提唱者名と初出年の一次資料までは確認できていないため、年代表記は避けた。なお、この両概念を「制度理論の中で SMM と TMS がセットで組織体を定義する」とする整理は、標準的な制度理論の教科書的記述ではなく、マイキー氏独自の接続である点に注意されたい。