前回のネルソン&ウィンターに続き、この回はその源流であるヨーゼフ・シュンペーターに遡った。新結合・創造的破壊・企業家という三語がどこから来て、初期と後期でなぜ主張が反転したのか。そして産業が進化するとき何が起きているのかを、支配的デザインとパス依存性という道具立てで整理した講義の記録である。
この日の講義(担当:前田氏)は、前回のネルソン&ウィンターによる企業進化理論の続編として、その理論に最も強い影響を与えた人物へ遡る形で組まれた。イノベーションの父と呼ばれるヨーゼフ・シュンペーターである。講義は産業そのものが進化するという前提の確認から始まり、シュンペーターの人物像と主張、創造的破壊という概念、そしてその概念が進化理論の用語へどう翻訳されたかという順に進んだ。
産業の進化とは何かという問いに対して、前田氏はいくつもの具体例を並べた。馬車が自動車になり、その自動車がいまEVへ移りつつある。ファクシミリがメールになり、さらにSNSやチャットツールへ移った。レンタルビデオ店が動画配信になった。共通しているのは、どの場合も産業の本質的な機能――移動手段、通信手段、映像を伝える手段――は残ったまま、それを実現する手段だけが丸ごと入れ替わっている点である。つまり産業が消えるのではなく、産業を構成する技術と構造が入れ替わる。
この入れ替わりが起きるとき、企業数が変化し、競争が激化し、技術が進化し、市場構造が変わり、そして人の行動が変わる。前回扱った組織エコロジー理論の逆U字――参入企業数が成長期にピークを打ち、淘汰されて減っていく曲線――が、ここでも同じ形で登場した。ただし前田氏は、この曲線の最終局面で企業数が再び上向く理由に注意を促した。衰退期に増えているのは古い産業の企業ではなく、次の産業へ入ってきた新しい企業である。産業の死と誕生は、同じ時間軸の上で重なっている。
講義開始前の雑談は、直近のNVIDIAの決算をめぐるものだった。SK hynixやマイクロンの株価が急伸したこと、推論需要の主戦場が当面GPUベースから動かないだろうという見立て、各社のASICが上がってきても柔軟性ではGPUが依然として高いという整理が並んだ。そのうえで主宰講師が最も評価したのは、NVIDIAの投資の仕方だった。ネオクラウド領域で複数社に出資し、それぞれ異なるビジネスモデルで動かせるようにしていること、GDPRなど欧州の個人情報保護に対応できる体制にも資金を入れていることが挙げられた。
参加者からは、直近の決算で最も伸びたのがGPUでもデータセンターでもなくネットワーク関連だった点が指摘された。ということは、ブロードコムが握っているエコシステムを自社側へ取り込む意図が視野に入っているのではないか、という読みである。ただしシェア率については、両者とも今の水準がそのまま続くとは見ていない。価格が高すぎる製品には必ず代替品が現れ、そこにシェアを取りに来る。10年経って半分を保っていればそれでも化け物だ、という温度感だった。主宰講師は、ジェンソン・ファン自身もシェア低下は織り込んでいるはずで、いま優先しているのはシェアではなくエコシステムの拡大に見える、とまとめた。
シュンペーターはオーストリア生まれの経済学者である。前田氏はまずその人物像から入った。世界一美人の妻を持ち、ヨーロッパ一の馬術師になり、世界一の経済学者になる――この三つの願望を公言していたという逸話が有名で、本人は自分の中では達成できたと語っていたとされる。つまり相当にプライドの高い人物だった、という紹介である。
彼の主張の核は、資本主義の本質は安定ではなく変化にある、という点にある。資本主義とは変化をベースに組み立てられた社会システムであり、その変化を起こすものがイノベーションである。イノベーションはどう起きるか。古い知と知を組み合わせる。これを新結合と呼ぶ。そして新しいものを生み出したなら、既存のものを壊さなければならない。壊さなければ新しいものが入る場所がないからだ。
この「発想の原点はどこにあるのか」という質問が質疑で出たとき、主宰講師から踏み込んだ回答があった。入り口はマルクスである。マルクスは資本主義が崩壊すると説いたが、シュンペーターはそれをシステムの問題としては受け取らなかった。資本主義が壊れるとしても、それはシステムの欠陥によってではなく、イノベーションが積み上がり続けた結果として自然に壊れるのだ――そういう読み替えをした、という説明である。マルクスに対する強い敬意を保ちながら、結論だけを反転させた。
主宰講師の見立てでは、これは相当な逆張り思考である。社会主義的な公平分配がうまく機能した時代は人類史にも動物の世界にも存在しないのだから、システムの欠陥で資本主義が壊れるという議論は成り立たない。だが技術やアイデアが進化し続けた先に、戦争なのかウイルスなのか分からない何かによって壊れる可能性はある。そこまで見ていた人物だ、という評価だった。なおこれは講師の解釈であり、シュンペーター研究の標準的な整理とは力点が異なる可能性がある点は留めておきたい。
シュンペーターの主張は、初期と後期で向きが変わる。前田氏はこれをマーク1・マーク2という呼び方で提示した。マーク1では、変化を起こすのは新興の企業家である。つまりスタートアップこそがイノベーションの担い手だ、という立場をとる。ところが約30年後、これが真逆になる。イノベーションの鍵を握るのは強い企業、大企業、そして独占企業だという主張に転じるのである。
その理由は単純だった。巨大な企業は積極的に投資でき、研究開発を継続的に行える。小さな資本と大きな資本のどちらが強いかと言えば、当然大きな資本が強い。だから独占企業の方がイノベーションを起こせる――こういう論理である。前田氏は、どちらが正解かという問題ではなく、イノベーションがどちらで起こりやすいかという視点そのものが変わったのだと整理した。
| 観点 | マーク1(企業家的レジーム) | マーク2(定型的レジーム) |
|---|---|---|
| 担い手 | 新興の企業家・スタートアップ | 大企業・独占企業 |
| 参入障壁 | 低い。誰でも入ってこられる | 高い。革新活動が少数に集中する |
| 市場環境 | 乱立し、変動が激しい | 安定し、顔ぶれが固定されている |
| 強みの源泉 | 発想と身軽さ | 資本力と継続的なR&D投資 |
| 決まる要因 | 人ではなく、技術の性質と市場環境によって、どちらのレジームになるかが決まる | |
重要なのは、前田氏がこれを「人に依存する話ではない」と明言した点である。企業家精神が旺盛かどうかでレジームが決まるのではなく、その産業の技術特性と市場環境の側がどちらのレジームを要求するかで決まってしまう。企業家的レジームか定型的レジームかは、選ぶものではなく置かれるものだという整理である。
産業ライフサイクルと参入企業数の概念図(講義で示された逆U字を Claude が作図)。衰退期の再上昇は、旧産業の企業ではなく次の産業へ入ってきた企業を含むため。実測値ではなく概念図。
産業構造が変化して多様なものが乱立すると、どこかで落ち着きどころが必要になる。ここで現れるのが支配的デザインである。前田氏の説明はプロセスとして語られた。最初はそれぞれが自分たちのやり方こそ最良だと主張する。そのうち不要なものが削除されていく。そして洗練されたものが残り、それが多くの人に受け入れられる一般的な形に変わっていく。
例として挙がったのがスマートフォンのフルタッチスクリーンである。iPhoneより先にブラックベリーが出ており、ボタン式で、性能や通信性ではそちらの方が優れていたという話もある。しかし結果として支配的になったのはAppleが出したiPhoneのスタイルだった。何が優れていたかではなく、何が支配的になったかが産業の形を決める。
そして、いったん決まってしまうと抜けられなくなる。これがパス依存性である。よく挙がる例はキーボードの配列で、合理的ではないと分かっていても、みんなが前から使っているから抜け出せない。慣れたものから離れることの移動コストが高すぎるため、合理的かどうかに関わらず慣れた方が選ばれ続ける。
前田氏は、冒頭の雑談で出たNVIDIAのCUDAもこの枠で説明した。単に便利だから使われているのではなく、パス依存性があるから抜け出せないという言い方もできる、と。ただし同時に、世代が変われば使い方の感覚も変わるため、10年後に同じものが選ばれ続けるとは限らないという留保も付いていた。
進化の方向を決めるもう一つの層として、選択環境が挙げられた。法規制、政策、そして助成金である。前田氏が現在進行形の例として示したのはエネルギーだった。データセンターは大量の電力を必要とするが、エネルギー供給には制約がある。ならば蓄電池が要る、自家発電が要る、そして高騰する電気代にどう対応するかという問題が出てくる。この対応の過程で産業構造自体が書き換わる。
ここには留保も添えられた。理屈のうえでは環境が変われば勝者も変わるはずだが、この領域では体力のある企業が強くなる構造になっているため、いわゆるガーファムの支配から抜けられるかというと、産業構造が変わっても抜けられないだろうというのが現時点の見立てだ、と。多様性と選択が組み合わさって初めて進化が起きるのだから、競争がなくなれば進化は止まる。この点が最後に確認された。
質疑で最も議論が深まったのは、マーク2が現代に当てはまるのかという問いだった。質問者の論旨はこうである。シュンペーターが生きていた時代なら大企業のR&D機構からイノベーションが出ただろうが、イノベーションのジレンマで指摘されたように、同じ用途の中で新しい産業を作るとき大企業は痛みを伴う。だから今はマーク1側に主役が戻っているのではないか。
これに対する前田氏の回答は逆だった。むしろマーク2の割合が強くなっていると認識している、と。根拠として挙げられたのが、まさに冒頭の雑談で扱ったNVIDIAである。GPUとAIのエコシステムだけをやっている方が利益率は高く、痛みを伴わない。ところがネットワーク側へ進むということは、ブロードコムと競合するということだ。利益率は下がり、競争は激化し、コストのかかる構造になる。それを承知のうえで、あえて選んでいる。
前田氏はこれを「土を耕す作業」と表現した。広い範囲の土を耕さなければ種を蒔く範囲がない。そのためには今の痛みを引き受けなければならない。エコシステムを拡大したいという意図が先にあり、痛みはその代償として選ばれている、という読み方である。
創造的破壊で生まれる産業とは、携帯電話がiPhoneになったように、消費者の体験そのものが変わるものだという認識だった。NVIDIAの例は、もともとあった二つの産業を一社が両方持つという話に見え、自分のメイン収益の産業を壊しているようには見えない。
侵食しても構わないという発想でやっている。ラディカル・オプショナリティという考え方で、自分のところを侵食するような新しいものを、既存事業と一緒に進める。片方だけでは生き残れないという立場である。Amazonはこれを推奨しているくらいだ、と。
主宰講師はここに実例を足した。NVIDIAが自分で自分を壊した最も分かりやすい例はゲーム向けGPUだという。もともとゲーム業界に流していたものを一般市場へ流し始め、セグメントを変えることで混ぜてしまった。その結果としてゲーミングPCが普及し、Steamのようなものが生まれた。専用ハードを買わなくてもパソコンでゲームができる、という状況が作られたわけである。
さらにムーアの法則にも言及があった。新しいチップを次々と市場へ投入することで市場価値が下がる状態を意図的に作ろうとした――結果としては価格が上がってしまったが――という読み方である。自分たちの既存サービスを自ら壊しに行くことで相手も巻き込む戦略で、2012年から2013年頃のNVIDIAがそれをやっていた、という整理だった。
前田氏は、そうした宗教的影響とは違うように見えるとしか言えないと回答。主宰講師が補って、入り口はマルクスだと説明した。マルクスは資本主義が崩壊すると説いたが、シュンペーターはそれをシステムの欠陥ではなく、イノベーションが積み上がった結果として起きうるものと読み替えた。
主宰講師によれば、ドイツの経済学者ゾンバルトの言葉を借りたもので、両者は先輩後輩の関係にあたるという説明だった。書名と関係性については Claude補足に公開情報との差分を記載している。
前田氏はむしろマーク2の割合が強まっていると回答。NVIDIAがネットワーク領域へ進むことは、利益率が下がりブロードコムと競合することを承知のうえでの選択であり、エコシステム拡大のために「土を耕す」痛みを選んでいると読める、という説明だった。
侵食しても構わないという発想でやっている、という回答。ラディカル・オプショナリティという考え方で、既存事業と、それを侵食する新規事業を同時に進める。片方だけでは生き残れないという立場で、Amazonはこれを推奨しているほどだと補足された。
主宰講師がゲーム向けGPUを例に挙げた。ゲーム業界に限定していた製品を一般市場へ流し、セグメントの壁を壊したことでゲーミングPCが普及し、Steamのようなプラットフォームが生まれた。2012〜13年頃の話として整理された。なおドリームキャストへの搭載という点は事実と異なる(Claude補足参照)。
前田氏は、実は枚数はいつもの3分の2程度で、増えているのは1枚あたりの情報量だと回答。今回は講義のイメージをAIに投げて出てきたものをそのまま使ったという。多くの人は説明時に詰め込もうとするが、本当は引き算の方が重要で、今日の方が頭に入りにくかったはずだ、という実演を兼ねた説明だった。質問者はケーキの食べ歩きに喩え、1日に3〜4個食べるより1個の方が味の印象が残ると応じた。