「まともにやったら勝てない」を出発点に置いた出展設計
この回は、前半が「営業とは何か」をめぐる雑談、中盤が制度理論の講義(別レポートで扱う)、そして後半が5月の資産運用EXPOにどう出展するかという実戦計画で構成されている。本レポートが扱うのは、前半の営業論と後半の出展計画である。両者は雑談と実務のように見えて、実際には同じ一本の線で貫かれている。すなわち、すでに評価が固まっている土俵の上で、まともに評価されようとすると弱者は必ず負ける、という前提だ。
講師の見立ては明快だった。資産運用EXPOに来るのは大手運用会社、ファンド、保険会社、そして自分より桁違いに規模の大きいインフルエンサーである。その場で「良い商品です」「信頼できる運用実績です」と正面から名乗りを上げても、社会的承認の量で先に決着がついてしまう。だから承認の総量で勝負するのをやめ、会場内で最も注目を集める行動は何かだけを設計変数にする。出てきた答えが、自ブースで他の出展者のセミナー資料やデータの誤りを、マイクを持って会期中ずっと指摘し続けるという計画だった。
この発想は、冒頭の営業論とまっすぐつながっている。商品の中身にこだわる前に、どう見せるか・どう提案するかで結果はほとんど決まる、という主張がそこでは繰り返されていた。エルメスやヴィトンの紙袋が中身と無関係にインパクトを残すのと同じで、パッケージそのものがプレゼンであり営業である。とすれば、展示会におけるブース設営と立ち居振る舞いもまた「パッケージ」であり、そこが凡庸なら中身は届かない、という結論になる。
「売ってから仕入れる」——商品より先に、売る力を置く
講義開始前の30分弱は、営業をめぐる雑談に費やされた。話の起点は「営業さえできれば大抵のことは解決する」という断定である。サービスの内容やアイデアの良し悪しは、売る力の前ではほとんど問題にならない、と講師は言う。むしろ商品のことを先に考えている時点で営業ができていない、という言い方までされた。
そこで示された具体的な手順が「売ってから仕入れる」である。仕入れてから売る発想はもう負けだ、という。先に顧客を設定し、その顧客のどこに響くかを設計し、響くものを伝えて受注を取る。仕入れはその後でよい。狙いは値引き交渉力ではなくキャッシュフローと在庫リスクにあると明言されていた。先に売ってしまえば資金は回り、自分がリスクを抱え込まずに済む。
実例として挙げられたのは、参加者の一人が「いつ来るか分からない、どんな商品か分からない、だから価値がある」というロジックで商品を売った話である。この話には参加者から「詐欺との境目はどこか」という率直な質問が出た。講師の答えは、騙す意図があるかどうかであり、本人に騙す意図がなければ問題ではない、というものだった。ここは価値判断が分かれるところなので、講師の見解としてそのまま記録しておく。実務上は、表示や勧誘の適法性という別の軸が必ず要る。
パッケージはブランドであり、営業である
同じ商品でもパッケージを変えるだけで別の商品になる、という話からブランド論に接続した。エルメスやヴィトンの紙袋はスーパーのレジ袋でも機能上は足りるのに、なぜそうしないのか。あれ自体がプレゼンであり営業だからだ、という説明である。逆に言えば、作り込んだサービスは「これだけの負荷をかけている」というプレゼンを可能にするので単価を上げられる。美容師のカットが4,000〜5,000円のところで、技術ではなく提案で単価2万円を成立させられる、という例が出た。
ただし講師は、付加価値を高める力と営業力はイコールではないと釘を刺している。付加価値は要素の一つにすぎず、必須でもない。中国製より数倍高いものを売ってきた経験を引いて、「安いから売れる」は言い訳だと切って捨てていた。
片道切符と、面白さは磨けるのかという問い
営業力をどう鍛えるかという話題で出てきたのが、片道切符の逸話である。営業担当に片道のチケットだけを渡して海外へ送り、目標額の契約を取るまで帰ってくるなと言う——中国時代にそれをやらせていたし、それが一番鍛えられる、と語られた。追い込まれた営業を持つ会社は伸びる、という実感が添えられている。現代の労働法制や安全配慮義務の観点からは当然そのまま真似できる話ではないが、ここでは当時の実践としてそのまま記録する。
そして「売れる人」の条件として挙げられたのが、面白いこととしつこいことの二つだった。20代で数百億を稼いだ知人の例は、営業のしつこさだけで不動産を売り切ったという。人前や嫌われることを一切気にせず、逃がさない。この「面白さは後天的に磨けるのか」という質問が、そのままこの回の後半——EXPOでの振る舞い設計——に効いてくる。
承認では勝てない会場で、注目を取りにいく設計
講義の終盤、話は5月の資産運用EXPOへの出展に移った。ブースを出して本を配る、というだけなら何の変哲もない。だが「本当にそれだけですか」という問い直しから、全体を組み直す議論が始まる。運営会社との打ち合わせでは常識的な提案しか出てこなかった、という前提のもとで、結論は「全部ぶっ壊す」に着地した。
掲げられたテーマは、本人の言葉をそのまま借りれば「出禁」である。主催者に見つかり、注意され、怒られる位置まで意図的に行く。なぜそこまでやるのかという理由は、極めて散文的に語られていた。会場に来るのは大手運用会社や巨大インフルエンサーであり、正当性で正面から勝負して勝てるはずがない。ならば、その場で最も目立つ異物になる以外に、来場者の足を止める方法がない——という計算である。
具体策として挙がった四つ
第一に、他の出展者や登壇者がセミナーで使っている資料・動画・データを参加者に集めてもらい、自ブースでそれを一つずつ検証して、誤りと判断した箇所を根拠つきで指摘し続ける。「あそこのブースではこう言っているが、この理論が成り立たない現代の条件下では成立しない」という形で、毎時繰り返す。8時間を3日間、通しでやると宣言された。
第二に、ブースの中に在庫を置かない。通常の出展社は本や配布物をブース内に積み上げてパンパンにするが、そうしない。本がなくなったら台車でトラックまで取りに行き、その台車を目立つ装飾でデコレーションして、運搬そのものを会場内の移動広告に変える。
第三に、喫煙所である。ここは半分冗談、半分本気として語られたが、講師は展示会では必ず喫煙所に入り浸る、あれはリサーチだと述べている。展示会の情報は、ブースの前ではなく喫煙所で流れるという実感に基づく行動だ。
第四に、会員には知り合いの出展ブースの手伝いに入ってもらう。理由は後日説明するとして伏せられたが、自ブース単独ではなく、会場内の複数地点に人を配置するという発想が示唆されている。
もっとも、この計画には周囲から素直な懸念も出た。初日でいなくなったら2日目・3日目はどうするのか。知り合いが巻き込まれて仕事を失いかねない。講師自身は、香港の展示会で同じことをやって警備員まで来た経験を引きつつ、そのときはその場で資金調達を決めたのだから結果は出ている、という立場を崩さなかった。
資産運用EXPO【夏】は2026年5月15日(金)〜17日(日)、東京ビッグサイト東7ホールで開催されている(主催:RX Japan)。講義中に出た「5月15日から17日」「今回は東7ホールだから意外と小さい、1会場だけ」という発言は、公開情報と一致する。会期中の来場時間は10:00〜18:00(最終日は17:00まで)とされており、「8時間ぶっ通し×3日」という表現も会場の開場時間とほぼ整合する。
また「あまりにやりすぎると8月の大阪のエキスポに出られなくなる」という発言についても、資産運用EXPO【関西】は2026年8月28日(金)〜30日(日)、インテックス大阪6号館で開催予定であることが確認できた。大阪開催の存在と時期の認識は正しい。
香港の展示会で資金調達をしたという話で、講師は最初「1発ピッチ30億円」と述べ、直後に「3000万ドルなので45億円ですね、当時と」と言い直している。3,000万ドルが45億円になるのは1ドル=150円前後の為替水準であり、30億円になるのは1ドル=100円前後である。同じ案件に二つの円換算額が並んでいるため、どちらの時点の為替で語っているのかは発言からは確定できない。案件自体の裏付けとなる公開情報も見つからなかった。要確認
井上尚弥になれない者は、どう有名になるか
この回で最も筋の通っていた部分は、「なぜ自分はこの戦い方を選ぶのか」を、逃げずに自己規定してみせたところにある。使われたのはスポーツの例だった。
出発点は野球の新庄剛志である。パフォーマンスを始めた当初は「野球に怪我をさせる気か」と怒られ、やめてくれと言われ続けたが、やり続けた結果、首脳陣のほうから「次はいつやるんだ」と予算の話になった。結果として野球界全体が盛り上がった。ただ試合をしているだけでは盛り上がらないと分かっているからああいうことをやっているのだ、というのが講師の読みである。同じ構図として、人気が落ち赤字に傾いたアメリカンフットボールのチームが、試合以外の楽しみを用意して観客動員を回復させた事例も挙げられた。いずれも業界の従来のフィールドを意図的に壊しにいっているという評価だ。
そのうえで、「この種の行為を批判してよい人間は一種類しかいない」という線引きが提示される。ボクシングで言えば、話題性で注目を集めた亀田兄弟に対し、実力だけで勝負すべきだと批判できるのは井上尚弥のような圧倒的な実力者だけだ、という主張である。総合格闘技なら、朝倉未来的な話題づくりを批判できるのはエメリヤーエンコ・ヒョードルだけ。そして自分は、どの業界でも井上にもヒョードルにもなれないので、亀田・朝倉の路線で行く——それがこの出展計画の自己規定だった。
正当性で戦える側
実力そのものが社会的承認に直結する。話題づくりを必要としないし、他人の話題づくりを批判する資格もある。講師の分類では井上尚弥、ヒョードルがここに入る。ただし、この位置に立てる人間はごく少数である。
正当性を持たない側
実力の総量では勝てない。だから業界の常識を一部壊し、視線を集め、有名プレイヤーになるところから入る。講師が自分を置いたのはこちら側であり、EXPOの計画はこの位置からの手であると明示された。
そして「両方をやり切った例」としてフロイド・メイウェザーが挙げられた。50戦50勝という実力と、TMT(The Money Team)という派手な自己演出の両方を成立させ、結果として格闘技界で最も稼いだ。実力と話題性は二者択一ではない、という含みである。
講義では「亀田兄弟のパフォーマンスを批判した人間がいる、それが井上(尚弥)だ」という形で語られたが、井上尚弥が亀田兄弟を名指しで批判したという明確な発言は、公開情報の範囲では確認できなかった。確認できたのは、井上がプロ転向前の当時のボクシング界について「好きじゃなかった。勝てる相手を選んで行われる試合がテレビ中継される時代だったから」と述べており、これが当時の王者たちへの否定と受け取られている、という報道である。名指しの批判ではなく、時代の興行のあり方への評価だ。
むしろ報道上多く見られるのは、亀田側から井上への批判(亀田京之介が井上を「試合前から負けてる」「情けない」とSNSで批判、亀田和毅の「勝つ自信がある」発言など)である。矢印の向きが発言と公開情報で逆になっている可能性が高い。講師の議論の骨格——「実力者だけが話題づくりを批判できる」という線引き自体——は成立するが、その例示に使われた事実関係は確認できていない。要確認
フロイド・メイウェザー・ジュニアが50戦50勝(27KO)の無敗で引退し、史上初の無敗5階級制覇を達成していること、「Money」の異名と The Money Team(TMT)の看板を掲げていたことは事実である。2015年のパッキャオ戦のファイトマネーは約2億1,000万ドルと報じられており、「格闘技界で最も稼いだ」という講師の評価は誇張ではない。
一方、エメリヤーエンコ・ヒョードルが朝倉未来のパフォーマンスを批判したという発言は、検索した範囲では該当する報道が見つからなかった。ヒョードルが実力主義の象徴として語られること自体は一般的な認識だが、この具体的な批判発言については裏付けが取れていない。要確認
刺さっていない層に届かせるには、見え方を変えるしかない
EXPOの計画から一段引いて、講師は参加者全員に問いを投げた。自分が扱っている商品は、いま「その商品にしか興味がない客」にしか届いていないのではないか。それは、これまでの業界の正当性をみんなが守ってきた結果、その正当性に反応する客にしか響かない形になっているからではないか、と。
例に出たのが時代劇である。視聴者に年配層が多い状況で、伝統的な作り方のまま高校生に響くかといえば、答えは否だ。ならば、業界にあった作法のどこをどう変えれば高校生が見るのかを考える。これが「見え方を変える」ということであり、自分たちが持っている正当性からどれだけ外れられるかが、新しい市場へのリーチと同義になる。
この論理は営業・プレゼンとも接続された。需要のあるところでは黙っていても売れる。プレゼンの技術が問われるのは、需要がないところにどう売るか、需要をどう作り出すかの局面であり、そこでは相手の目線を変えるしかない。回り道に見えるが、最終的にそこへたどり着く導線をサービスや営業の設計に埋め込めるなら、新しい市場に手が届く——という整理である。
変革プレイヤーとは、見え方の流路を作る人
この回では、制度理論の用語である「制度的企業家(institutional entrepreneur)」を日本語で変革プレイヤーと呼び替える場面があった。その中身は破壊ではない、と講師は繰り返す。ボクシングを「殴り合い」としてしか見ていなかった人に、別の視点を与えて、流入しやすい流れを作る。これまで刺さっていなかった層に多角的な視点を与える活動を、地道に続ける。それが変革プレイヤーの実態だ、という説明だった。
ただし、視点を与えてもそれが面白くなければ誰も見ない、という但し書きが付いた。「面白そうだ」「これなら自分でもできそうだ」と感じさせられるかどうか。参加者の一人が「それはどれだけ人を巻き込めるかということか」と言い換えたのに対し、講師は、むしろ自分のやっていることが面白いと思われるか、ムカつくと思われるか、気持ち悪いと思われるかという感情の動かし方の問題だと答えている。別の参加者が「プレゼンですね」とまとめて、話が閉じた。
質疑応答
A. 売れる、というのが講師の回答。単価が2万でも3万でも売れる、というのが提案の技術であり、サービスを作り込めば「これだけ負荷をかけている」というプレゼンが成立して単価を上げられる。ただし、付加価値を高める力と営業力はイコールではなく、付加価値は要素の一つで必須ですらない、という留保が付いた。
A. 磨ける、と即答。人と違うことをやれば面白い、というのが理由である。質問者本人について、人目を気にしないタイプならそのままの振り切り具合でいい、と回答した。「頭のおかしいやつのほうが面白い」という言い方で、振り切ることそのものが差別化になるという趣旨だった。
A. なる。くまモンやディズニーを例に、IP産業は商品ではなくIPが確立しているから人が集まり、関連グッズが売れる構造だと説明された。身近な単位でも同じで、地域の中で何に人気があるか、住民が好んでいるのに現状では提供されていない領域はどこかを見て強調できれば、そこが市場になる。制度の隙間の考え方をローカルに応用した回答である。
A. 自分のブース内でやる、と明言。会場内で暴れれば主催者に問題視されるが、ブース内なら問題ない、という判断である。むしろ主催者に把握されることは望んでおり、注意されたら「どこまでが許容範囲か」を質問攻めにして、境界線上で続けるという段取りだと説明された。
A. 参加者からの率直な懸念。講師は、退場になったら残り2日は会員に任せて自分は行かなくて済むからいい、という調子で受け流しつつ、香港の展示会では警備員が来ても続行し、その場で資金調達を決めたという経験を根拠にしていた。真面目な話として、そこまでやらないと弱小が勝てるわけがない、というのが最終的な回答である。
持ち帰り
- 自分の商品が届いている層を書き出し、届いていない層を特定する。いま反応している顧客は、業界の既存の正当性に反応しているだけではないか。届いていない層に届かせるには、見え方のどこを変える必要があるかを一項目に絞って言語化する。
- EXPOで使う「反証ネタ」を集める。各所のセミナーや講演で使われている資料・動画・データを収集し、講師に送る。ブース企画のアイデアも随時受け付ける、とされた。
- 知り合いの出展ブースの手伝いに入る。理由は後日説明するとして伏せられたが、会場内の複数地点に人を置くこと自体が設計に組み込まれている。
- 自分の営業を「売ってから仕入れる」形に組み替えられるか検討する。先に顧客を設定し、響く設計をしてから受注を取る形にできる商材が、手持ちの中にあるかを洗い出す。