制度理論・第2回/同質化の対外的な強さ、埋め込み、そして「制度を設計した側」の視点
前半で扱った同質化の議論を、講師は次の論点に引き継いだ。制度には制度ロジックというものがあり、ロジックが違う者同士が出会うと対立が起こりやすい。しかし同質化を壊すには、まさにそのロジックが違うところから人を連れてこなければならない。そして制度ロジックの中でもっとも大きな影響を持つのは宗教である――この宣言から、この回の後半が始まる。講師は「宗教の理解がなくて、果たしてビジネス的に勝てますか」とまで言い切った。
渡辺氏がこれを受けて提示したのは、宗教を先に定義するのは難しいが、私たちが当たり前だと思っている多くのことは、実は長い時間をかけて培われてきたものだ、という視点だった。家族の形が文化圏ごとに違うこと、父親中心の核家族もあれば母親中心の文化もあること、長男が他の兄弟に対して特別な位置を占めること――これらは他の民族では違う。規制だと思っていないところが実は規制であり、組織を作り上げているものだと思っていないものが実は組織の構成要素になっている。無意識のレベルで自分たちを作っているものを一つずつ解いていくと、制度の強さが見えてくる。渡辺氏はこの回を通じて、宗教を「その社会が何を問題とし、何を乗り越えてきたか、その歴史そのものが日常的な常識にまで掘り下げられたもの」と定義した。
ここから議論はレヴィ=ストロースの冷たい社会/熱い社会へ、そしてインドのカースト制度と植民地統治の設計論へと展開する。この回でもっとも重要な転換は、同質化を「壊すべきもの」としてだけでなく「外圧に対する防壁」として捉え直した点だった。渡辺氏によれば、同質化した冷たい社会は外から敵が来たときに極めて強い。逆にデカップリングすれば、外敵が来たときに裏切り者が出る。組織の強さは、その文化や社会がどういう困難を、どういう地政学的条件のもとで乗り越えてきたかによって決まる。だから、ここで同質化が働くべきなのかそうでないのかは、歴史を見なければ判断できない。
そして最終的な問いは、インドと日本に向かう。カーストは身分制度ではなく、一人ひとりの人生における課題が違うという価値観であり、それを階層の引き剥がしに用いたのがヨーロッパの植民地統治だった、というのが渡辺氏の主張である。この見立てが正しいとすれば、インド人経営者の世界的な強さは、課題が固定されているがゆえのコミットの深さと、異なる層と交渉し続けることで鍛えられたコミュニケーション能力に由来することになる。日本が士農工商を失って得たものと失ったものも、同じ枠組みで論じられた。
この論点は、質疑応答の流れの中から自然に生まれた。参加者が「講義中の同質化を意識的に壊す時間を設けても、結局そのグループ内の同質化に戻ってしまうのではないか」と問い、講師が「戻る。だから他業界から人を入れるしかない」と答え、渡辺氏がその「他業界」の中身としてアカデミズムを提案した。その延長線上で講師が「別途やろうと思っているのだが」と前置きしつつ持ち出したのが、制度ロジックという概念だった。
制度ロジックが違う組織同士は対立しやすい。だからこそ、同質化を壊すためにはロジックが違うところから連れてこなければならない。そして、その制度ロジックの中で最大の影響を持つものは宗教である。講師はこの接続を提示したうえで、渡辺氏に振った。以降のセクションは、その応答を再構成したものである。
「制度ロジック(institutional logics)」は Roger Friedland と Robert R. Alford が1991年の論考「Bringing Society Back In」で提示し、その後 Patricia H. Thornton と William Ocasio が発展させた概念で、社会には市場・国家・家族・宗教・専門職などの複数の制度秩序があり、それぞれが独自の組織原理と正当化の論理を持つとする。したがって講師が「制度ロジックの中で最大の影響を持つのは宗教」と述べたのは、この枠組みが並列に扱う複数のロジックのうち、宗教に特別な重みを置く立場を取ったことになる。理論の標準的な記述では宗教は複数のロジックの一つであり、序列は付けられていないため、これは講師の見解として区別しておく必要がある。
渡辺氏が持ち出したのは、レヴィ=ストロースによる冷たい社会と熱い社会という二分法だった。冷たい社会は同質化(アイソモーフィズム)が起きていて、大きな問題が起こっても組織内部でコントロールしてしまう。これはこれで一つのメリットで、破綻しない。外部に対して強い。外から敵がやってきたとき、この同質化がなければ一気に終わる。「同質化は悪い」とよく言われるが、外圧に対しては極めて強い、というのが渡辺氏の要点である。
逆に、同質化を意図的に逆行させる、つまりデカップリングをやろうとしている最中に外敵が来たらどうなるか。裏切り者が出る。だから、ここでアイソモーフィズムが働くべきなのか、そうでないのかは、その組織がどういう特質と条件を持ち、どういう地政学的条件のもとで何を乗り越えてきたかを見なければ判断できない。冷たい社会が長らく強かったのは、外敵に対して強かったからである。しかもここでいう外敵とは多民族だけでなく、自然環境、その地方特有の獣、病原菌なども含まれる。一見すると動的でない、活発でない、競争的でない社会であっても、そこには強い合理性がある。
内部で問題を処理し、破綻しない。外部からの攻撃・自然環境・疫病といった外圧に対して極めて強い。閉鎖性が防壁として機能する。
グローバル化した現在、閉鎖社会は脆い。通貨まで受け入れないなら別だが、通貨と市場を無視できない以上、閉鎖の外部にある責任を負わざるを得ない(渡辺氏)。
冷たい社会(sociétés froides)と熱い社会(sociétés chaudes)は、フランスの人類学者クロード・レヴィ=ストロースが1962年の著作『野生の思考』(La Pensée sauvage)で提示した対概念である。原典では、冷たい社会は無文字の小規模社会で、贈与の循環によって財が交換される平等主義的な社会とされ、時計のような機械にたとえられる。同じ動きを繰り返し、エネルギーの損失が小さく、エントロピーをほとんど生まない。対する熱い社会は資本主義的な近代西欧文明で、蒸気機関のような熱力学的機械にたとえられ、大量のエネルギーを使ってエントロピーを生み、その作動は資本家と労働者のような階級差に依存している。
ここで注意が必要なのは、原典の対概念は「歴史をどう扱うか(変化を内部に取り込むか、打ち消すか)」の区別であり、「外圧に強いかどうか」の区別ではないという点である。渡辺氏の用法は原典の枠組みを組織論に転用した拡張であり、レヴィ=ストロース自身がそう論じたわけではない。着想として有用だが、出典上の主張として扱うべきではない。
渡辺氏の宗教の定義は、信仰の体系としてのそれではない。ある社会が何を問題とし、何を乗り越えてきたか。その歴史そのものが、日常的な常識のレベルにまで掘り下げられたもの――それを宗教と呼んでいる。だからその民族の歴史を見なければ、その民族の課題は見えてこない。企業についても同じで、この企業が直面している課題がどこにあるかを考えるうえで、この視点はどちらの方向にも使えなければならない。
ここから、埋め込み(エンベデッドネス)の議論が出てくる。私たちは自分が何に埋め込まれているかを自覚できない。しかし埋め込まれていることによって得ている力もある。渡辺氏は「日本人には日本人の強みがあるのだから、それをどう使いこなせるかを考えなければならない」と述べつつ、同時に「今の資本主義、この設計された競争においては日本人はすごく弱い」とも言った。両方を並べて提示している点が重要である。
この文脈で出てきたのが、リーダーシップの定義だった。組織全体にはハンドルがあり、開放的な社会・組織であるか、閉鎖的な組織であるかは、その時期とその時の問題によって実際に切り替えられている。それを個人に先立って言える人がリーダーである。個人には分からないので、リーダーに従わされているだけに思うかもしれない。しかし個人はリーダーを選んでいるし、そのリーダーだからこそ正しく導いてもらったのだ、と渡辺氏は言う。何となく過ごしていても、必ず誰かのリーダーに従っているはずであり、そのリーダーに対しては妥当性をもって「ついていきたい」という動機が働いているはずである。
質疑の中で、参加者からインドのカースト制度についての問いが出た。仏教があったところにカーストが入ったのはなぜか、という問いである。渡辺氏の回答は、この回でもっとも密度の高い部分になった。
まず整理として、いま「カースト」と呼ばれているものの価値意識そのものは、ヒンドゥー教が元々持っているヴァルナである。この価値観はきわめて古く、仏教化されても消えない部分があった。インドで仏教が支配的だった時期は非常に短く、7世紀には衰退している。その後、イスラム教やペルシャ系の征服王朝ができ、14世紀あたりからヨーロッパが入ってくる。大航海時代にポルトガルが入り、イギリスが入る。ここで統治者は「インド人をどうやって統治するか」という問題に直面し、分割統治や、彼らの価値観に順じた形での組織化を行った。
渡辺氏によれば、「カースト」という言葉自体はポルトガルから来ており、インドの現地に対して有効だったから使われた。そしてそれは、支配者が支配しやすくするために作られたものである。ただし、なぜそれが人々の中に入り込めたのかという参加者の問いに対しては、5000年かけて作ってきた家族意識のような価値観があり、そのほうが人々にとって合理的だったからだ、と答えている。法律というのは、外から入れたものを内側で「合理的だ」と思ってもらえなければ機能しない。支配者が勝手に作っただけの法律は支持されない、というのが渡辺氏の見立てだった。
語源について:発言どおり、英語の caste はポルトガル語・スペイン語の casta(血統・家系の意)に由来する。この語は中世からイベリア半島の諸言語に存在し、英語でこの意味を持つ綴りの初出は1613年とされる。ポルトガル人は1498年に海路でインドに到達した最初のヨーロッパ人で、彼らが現地の内婚的・世襲的な社会集団にこの語を適用した。「カースト」は南アジアの言語には存在しない外来の語であり、現地の概念はヴァルナ(サンスクリット語で「色」)とジャーティ(「生まれの集団」)である。ここまでは渡辺氏の説明と一致する。
食い違うのは「誰が制度として固定したか」である。渡辺氏は「ポルトガルによって作られた」「ポルトガルは法律として作った」と述べているが、公開されている歴史記述では、ポルトガルが供給したのは主として語彙であり、多様な集団を単一の序列化された行政カテゴリーへ統合・固定したのはイギリス植民地政府だとされる。とりわけ1871年に開始された英領インドの国勢調査が、住民に職業と出生に基づく「カースト」への自己分類を強い、それまで流動的だった諸概念を一つの語に統合したことが決定的だったと指摘されている。渡辺氏自身も「14世紀あたりからヨーロッパが入ってくる、ポルトガルが入ってきてイギリスが入ってくる」と述べており、イギリスの関与を排除してはいないが、制度化の主体をポルトガルに帰した点は、公開データの記述とずれる。発言を書き換えず、差として記録する。
「5000年前から」という年代について:要確認 インダス文明の成立は紀元前3300年頃、ヴェーダ時代の開始は紀元前1500年頃、ヴァルナの記述が現れるリグ・ヴェーダの成立は紀元前1200年頃とされるのが一般的な年代観で、「5000年」はインダス文明の起点に近いが、ヴァルナの価値観そのものの年代としては幅を持って受け取るべき数字である。
参加者から、インド人とパキスタン人が職場で激しく対立する経験が語られると、渡辺氏はこれも制度設計の産物だと応じた。インドとパキスタンを分割させたのはイギリスであり、混在していた二つの価値観の民族をはっきり分け、差別するような法律を作り、しかも憎しみ合うような設計をした制度を作ったからこそ、対立が表面化するに至った。それ以前、インドとパキスタンの混在地帯はずっと平和にやっていた。なぜ近代になって突然対立が激化したのかという問題は、この制度に帰着する、というのが渡辺氏の説明である。背景としては、イギリスがロシアとグレート・ゲームを行っており、住み分けを作ることでイギリスの言うことを聞きやすい国を作る必要があった、という指摘も添えられた。
渡辺氏はこの枠組みを日本に折り返した。日本人にとっても、身分階級としての士農工商は価値観として入りやすかった。日本人も一枚岩ではなく、いろいろな種族と価値観を持つ人たちがいた。そこに対してこういう分け方をすることが合理的だと、みんなが納得した。もし日本が植民地化されていたら同じことをされたはずだ、とも述べている。
そして、住み分けにはデメリットだけでなく価値もあった、というのが渡辺氏の踏み込んだ主張である。分けられていたからこそ、そこに一つの洗練が生まれた。混ざればいいものもできるが、同質化も進む。日本が士農工商を失って何が起こったかというと、圧倒的な同調圧力が生まれた。目に見える社会的な格差が生まれないことによって、かえって同調圧力が強まってしまった、という見立てである。
同じ視点は戦後にも向けられた。GHQが日本を研究したうえで政策を打ったことは事実であり、その意識は今も国民の中から抜け出せていないのではないか、という問いが参加者から出て、渡辺氏は「植民地化された国民は全部持っていると思う、未だに」と応じた。イラン、中東、トルコ、ギリシャなども同様であり、それが内乱の火種になる場合もある、と補足している。
質疑の後半、参加者からインド人経営者の多さについての問いが出た。サンダー・ピチャイをはじめ、米国大企業のトップにインド出身者が目立つのはカーストの上位層だからか、という問いである。渡辺氏の回答は、カーストの上下ではなく、カーストの構造そのものに理由を求めるものだった。
カーストによって教えられる勉強も文学も全く違う。なぜなら、その人の人生における課題が違うからである。同じインド人だから、同じ市場にいる者同士だから競争する、というのではない。この人生における自分の課題はこれだ、と決められているのがヴァルナ本来の意味である。だから下層なら下層なりに、やらなければならないことが決まっている。逆に、自分のビジョンではないことに手を出すのはダメなのだ、と渡辺氏は言う。
そのうえで、渡辺氏は現代の私たちとの対比を置いた。私たちは選択肢に晒されていることで軸がぶれる。こういう人生がいいな、と次々に思っているうちに、自分の中心軸を失う。軸を失った人間がインド人に勝てるわけがない、という結論だった。マイキー氏も、インドにはドアを開けるだけの仕事があり、それを4代続けている人がいる、手紙を出すだけの担当者が休んでいるから手紙が出せない、といった具体例を重ね、スペシャリストとして戦ったら勝てない、コミット力が違う、と応じた。同席した参加者からは、パキスタンの縫製工場でミシンの押さえ金を担当する人が生涯その仕事をしていた、という同種の経験も語られた。