速さは性格ではなく、立場から出てくる
ショートドラマの話が一巡したあと、議論は「なぜ中国はそういう発想になるのか」という問いに移った。渡辺がその問いを投げ、中国研究の側から返ってきたのが「身の証しを立てる」という概念である。自分に注目を集め、自分を正当化し、相手との関係のなかで自分を立たせる。これを日常の感覚として鍛えている、という説明だった。
例として挙がったのが、中国の女性の喧嘩である。家の中ではやらない。町に出て、私はこの人にこんなことをされましたと、周囲のオーディエンスに向けてプレゼンを始める。ここでは正義の所在ではなく、表現力の優劣が勝敗を決める。明らかに非のある側でも、圧倒的な表現能力を持っていれば、相手のほうが悪いという空気が作られる。マイキーは中国語がほとんど分からなくても、表現方法だけでどちらが勝つか分かったと述べた。
日本はここが違う、という対比が続く。いじめられた、嫌なことを言われたという話を、理解者や共感してくれる相手にだけ話して、結果として何も解決しない。悪いかどうかを全員にジャッジさせるところまで話が行かない。その背景には、自分を見てくれている人がいる、正しく判断してくれる人がいるという前提がある。中国ではその前提が成り立たない。政府は頼れず、財産すらまともに保全されない。だから身内を大事にするし、その場で身の証しを立てられなければ終わる。
後半、話は速度と信用の関係に移る。アメリカで十年以上金融をやってきた日本人グループが日本の会社を買収し、意思決定の遅さに苦しんでいるという実例。中国の風力発電が海外勢を追い抜いたとき、サイクルの速さが決定打だったという話。そして、信用がないからこそ振り切れる、逆に信用ができると遅くなるという一般化。最後に、信用そのものを買収で買ってしまう中国企業の動きへと続いた。
身の証しを立てる――表現が正当性を作る社会
渡辺が投げた問いは、なぜこういうアイデアの発想になるのか、というものだった。返ってきた説明は、中国のeコマースが伸びる構造から入っている。同時代に同時接続する人数が多く、その場で巨額を売り切ってしまう人たちがいる。日本のYouTuberに比べて、彼らははるかに濃密な時間を作っている。客がどう反応し、臨機応変にどうすれば売れるかを、実地で見続けている。
その上で持ち出されたのが、ローマ法の研究などでも論じられる「身の証しを立てる」という概念だった。自分に注目させ、自分を正当化し、相手との関係のなかで自分を立たせる。中国ではこれが日常感覚として根を張っており、家族のなかでも大勢がいる場でも、自分がいかに気の毒な立場か、自分の主張にいかに正当性があるかを常に考えていなければ生きていけない環境だ、という整理である。
マイキーは自分の観察を重ねた。中国のもめごとの動画を見ていると、昔の日本の男子校の世界を女子の世界でやっているような印象を受ける。学生同士が街中で囲まれながら訴え合い、明らかに右側が悪い場面でも、右側が圧倒的な表現能力を持っていると左側が悪いという空気になる。結果として左側が集中攻撃される。正義もクソもない。そこにあるのは、表現方法が善悪を書き換えてしまう力である。
中国側の切実さについては、より具体的な説明が続いた。政治的な立場はその場の臨機応変な対応で決まり、対応を誤ればそこで完結してしまう。疑われたら終わりである。だから誰が味方をしてくれるか、このときは誰に振ればいいかを全部想定したうえで議論に臨む。根回しが重視され、その延長線上に賄賂もあり、それすらきわめて合理的な行動として位置づけられる。すべてを計画したうえで動いており、守ってくれるのは身内しかいないことを知っている。
対して日本は、この人は道徳的にこうだからという前提に安住しているように見える、という指摘だった。いざとなったら周りが支えてくれると思っているので、その場で身の証しを立てる必要がない。マイキーはこれを「プレゼンできるかどうか」の問題として引き取った。愚痴を裏で言っても解決しない。被害を公開の場でマイクを持って語れる人間は、それだけで状況を動かせる。口に出ていなければ、共感以前に何も始まらない。
この議論のなかで、中国は「ここ二百年は植民地だった」「二百年間の中国の屈辱と言っている」と語られた。しかし中国自身が用いる歴史的枠組みは「百年国恥(百年国耻)」であり、第一次アヘン戦争(1839年)から中華人民共和国成立(1949年)までの約百年を指す。この語は1915年の二十一か条要求への抗議のなかで民族主義者の言葉として登場し、以後、中国の教育・政治言説の基盤として使われている。
発言の「二百年」は、公式な歴史概念としての百年国恥と一致しない。アヘン戦争以前の清朝の版図拡張期まで含めて数えれば二百年という言い方も不可能ではないが、中国国内で共有されている枠組みは百年である。この差は小さく見えて、「日本の失われた三十年どころではない」という比較の重みに直結するため、外部で引用する際は補正が必要になる。なお、チベットへのイギリスの影響、新疆をめぐるイランやロシア・イギリスの圧力、清朝末期の北洋艦隊建設といった、講義で挙げられた個別の史実については、いずれも一般に知られた経緯と整合する。
相互理解の非対称についても言及があった。中国は日本の著作をずっと翻訳し続けており、そのための雑誌も多数ある。一方、日本で中国を紹介するものはほぼゼロに近い、という評価である。共通の敵がいないことが大きい、という整理も出た。中国には常に仮想敵があり、把握しなければやられるという環境に置かれてきた。日本は、共通の敵がいたとしても、そのことをよく知らない。知らなくても侵略されないからである。中国人や韓国人の悪口を言う人は多いが、彼らの強みではなく弱みの話しかしない。強い部分を見たときに「これをカバーしているのだから、あいつらすごいのではないか」という意見にならないこと自体が問題だ、という批判だった。
最後に置かれた一言が印象的である。中国人のやり方で日本人に真似できないものの一つは、敵と握手できることだ。自分の親を殺した敵とも笑顔で握手できる。それができなければ勝てない。感情に囚われている限り無理であり、大陸に生きる人間の強さはここにある、と。
太極拳の対比――即断即決は準備の結果である
参加者から出た質問は具体的だった。中国には「急げ急げ」の国民性があるのか。太極拳のようなゆっくりしたイメージがある一方、中華料理は強火で一気に作るスピード勝負でもある。ネット通販のライブ配信で、女性が数秒ごとに服を切り替えてパンパンと売っていく動画が非常にバズり利益も出ていると聞いたが、そこに理屈はあるのか。韓国には「パリパリ(早く早く)」の文化があって、飛行機のシートベルト着用サインが点いていても降りようとするほど急ぐ。中国はどちらなのか、という問いである。
答えは、どちらかではなく両方だった。中国の基本的な考え方は同居であり、その根にあるのが対比である。柔らかさと硬さ、光と闇。対立する二つをどう結びつけるかを考えるので、速さだけということはあり得ない。太極拳が大事にしているのは、外側が柔らかく、内側にどう硬いものを持つかという構造であり、その対比を自分の体の中でコントロールする技術である。硬い相手には柔らかく、柔らかい相手には硬く。これがすべての法則だと考えている、という説明だった。料理でも人間関係でも、フィールドは違っても共通してこれがある。
この整理はさらに一段掘り下げられた。中国は圧倒的な競争のなかに生きている。競争社会にいること、自分がどう圧迫されているかということに敏感でいるからこそ、どこに活路があるかが見える。だからスピードが速い。それが自分の活路だと分かっているから迷いなく動ける。自分の活路を知らなければ、それが目の前に現れても掴めない。速度は性格ではなく、置かれた立場と準備の関数として説明された。
遅いことがブランドを毀損する――日本企業買収の現場から
スピードの話に、マイキーが前日の実体験を接続した。アメリカで金融を十年以上やってきた日本人グループに呼ばれて会ってきたという。元シティバンク、アメリカで金融十二年といった経歴の、四十代後半から六十代の面々である。付き合いのある銀行もJPモルガンやゴールドマンといった層で、日本で金融の会社を一社買収し、さらに上場企業を二社ほど買収する計画を持っていた。
その彼らが最も困っていることとして挙げたのが、仕事のスピード感が合わないという一点だった。とにかく遅い。買収した会社のオーナーになっているにもかかわらず、こちらの指示のスピードに作業が追いつかない。内部が混乱している。日本の会社を買ったが想像以上にやばい、という表現が使われた。十数年アメリカでやってきたことで、自分たちの側がアメリカのスピード感になってしまっている、という自覚も語られたという。
ここでマイキーが出した結論が、この節の核心である。遅いということは、それ自体がディスブランディングになっている。事前に聞いていた段階では、マイキー自身もそのグループから営業をかけられた経験があり、胡散臭いと感じていた。ところが会って話を聞いてみると、経歴も実績もしっかりしていて、すごいメンバーだった。にもかかわらず、日本のスタッフメンバーを集めて営業に行かせると、意思決定が遅く、プレゼンが下手で、知識量がない人間が金融商品を扱うことになる。その結果、商品そのものがディスブランディングになっている、と指摘した。
風力発電で起きたこと――信用がない側の高速回転
同じ構図の先例として持ち出されたのが、風力発電である。中国は風力でも世界一であり、しかも太陽光とはまったく逆の戦略を取っている、という前置きから始まった。同じ再生可能エネルギーでも、市場に合わせて別の戦略を組む能力が高い。相手の心理と行動パターンを読んだうえで、相手が入れないような参入障壁を作ってしまう。そこが上手い、という評価だった。
技術の起点は海外にある。マイキーの説明では、一九八五年にデンマークの会社がチベットやウイグルの側に出資してゴールドウィンドという会社ができ、そこから中国の風力発電技術が始まった。自分たちに知見がないので海外企業を誘致しまくり、ドイツ、アメリカ、デンマークから技術が入ってきた。そして二〇〇二年、中国政府が国内サプライチェーン比率七十パーセントというルールを作る。その十年後、そのルールを撤廃した。理由は「もう全部できあがったから」である。七割から八割を自前で持ったというメッセージであり、その後、海外企業はどんどん追い出されていった。
構図の説明としては正しいが、具体的な年号と主体には食い違いがある。
国産化率七十パーセントのルールについて。公開情報では、この規制は二〇〇五年七月四日に導入され(当初は風力発電の特許権入札プロジェクト向け、同年内に一般の風力発電所プロジェクトにも拡大)、二〇〇九年末に撤廃されている。二〇〇九年十月二十九日の第20回米中商業貿易合同委員会で、中国政府が撤廃に合意した経緯も記録されている。発言の「二〇〇二年に義務化、その十年後に撤廃」は、導入が三年早く、撤廃は三年遅い。実際の適用期間は十年ではなく、およそ四年半である。つまり「十年で作り上げた」のではなく、「四年半の保護期間で世界最大の風力タービン製造基盤と市場を作った」ことになり、実際のスピードは発言よりさらに速い。この期間の短さこそが、この節の主張を強める材料になる。
ゴールドウィンドの成り立ちについて。同社(新疆金風科技)は一九九八年に武鋼らによって設立された会社で、国家863計画の枠組みと政府資金を背景に持つ。その前身にあたる新疆風能は、デンマークからの約320万ドルの供与を受けて、新疆・達坂城に中国初の風力発電所を建設した。同発電所は一九八九年に稼働し、デンマークのボーナス・エナジー製150kWタービン13基で構成されていた。発言の「一九八五年にデンマークの会社が出資してゴールドウィンドができた」は、年も設立主体もずれている。デンマークの資金と技術が起点になったこと、場所が新疆であることは事実だが、それは企業設立ではなく発電所建設であり、金風科技の設立はその約十年後である。
海外勢が脱落した理由として挙げられたのが、開発サイクルの速度だった。GEも入ってきたが中国の開発についていけなかった。ドイツの企業も同様で、とにかくサイクルが早すぎた。ここでマイキーが出した説明が、この回全体の要になる。
この比喩はYouTuberにも展開された。登録者十万人を超えると動きづらくなる。周りの世間の目があるので、ちゃんと気にしましょうと考えるようになる。これも同じ構造である。そのうえでマイキーは逆側に問いを投げた。振り切れていない人に聞きたいのだが、あなたには守るべき信用があるのですか、と。能力がない、何もできないというのなら、信用などまだないのだから、振り切ってやるしかない。
信用は後から買えばいい――ブランド買収という解
参加者から出たのが、その信用そのものを買ってしまう動きである。アンタスポーツによるプーマの件、ラッキンコーヒーによるブルーボトルの件、そしてシーインによるエバーレーンの件が挙げられた。エバーレーンはニューヨークのサステナビリティ系ブランドで、サプライチェーンを全部公開していることで知られている。その対極にあると見られてきたシーインが買った。信用は後から全部買えばいい、という発想が中国のトレンドになっているのではないか、という見立てだった。
マイキーの応答は、買収の後にどういう意図が置かれているかが重要だというものだった。買収時には各国の競争当局が入る。その審査を通す絵を描くのがうまい。そしてストーリーを作る。実際、中国企業は買った後にうまくいっている例が多い。プーマの前のアークテリクスも、買ってからきちんと育てた。サプライチェーンがしっかりしていることに加えて、そこにブランドが乗ると強い、という評価である。教育がうまいのだろう、という言い方がされた。
シーインについても同じ論が展開された。初期の頃はパワハラだ、強制労働だと言われていたが、やり切った結果として巨大になり、信用度が後からついてしまった。もはやデミニミス(少額輸入品の免税)に頼らなくてもやっていける状態になっている。アメリカの政策としてデミニミス免税が解除されても、それほど響いていない。アメリカでの売上は下がったが、その分を欧州で取ったので関係がない、という整理だった。ここから「人は攻撃されればされるほど強くなる」という話に接続し、最近の進化論のトレンドでもあるという補足が付いた。日本人は攻撃されると逃げる、基本的に攻撃を嫌がる、という対比で締められている。
図1:講義で言及された中国資本による海外ブランド取得案件の規模比較(単位:億ドル、公表額ベースの概算)。出典:各社発表および報道をもとにClaude作図。
アンタスポーツとプーマ。発言では「プーマを買収した」とされたが、公開情報では買収ではなく持分取得である。アンタスポーツはピノー家の投資会社グループ・アルテミスとの間で、プーマ株式の29.06パーセントを15億ユーロ(約18億ドル)で取得する契約を締結したと二〇二六年一月二十七日に発表した。完了は規制当局の承認を前提として二〇二六年末が見込まれている。アンタは公開買付けを行う意思は現時点でないと明言しており、将来の協業の選択肢を検討する段階にある。筆頭株主になるが、経営権の取得ではない。
ラッキンコーヒーとブルーボトル。発言では「ラッキンコーヒーがブルーボトルを買収した」とされたが、実際に取得したのはラッキンコーヒーの筆頭株主である大鉦資本(Centurium Capital)である。ネスレから4億ドル未満で取得することで合意しており、これは二〇一七年にネスレが68パーセント持分に支払った4.25億ドルを下回る。ラッキンとブルーボトルは独立して運営され、両ブランドを統合する計画はないとされている。事業会社による買収と、支配株主のファンドによる取得は、統合の含意がまったく異なる。
シーインとエバーレーン。これは発言どおりである。シーインは約1億ドルでエバーレーンを取得することで合意し、二〇二六年五月に成立が報じられた。エバーレーンは独立ブランドとして運営を継続し、サステナビリティ方針を維持するとされている。
期待値が先行していた――ブロードコム決算をめぐって
講義の終盤、マイキーが話題を切り替えた。ブロードコムの決算が最悪だった、という一言である。もっとも本人の評価は否定的ではなく、あそこまで落ちてくれるならチャンスだと述べた。エコシステムがしっかりしているので、やるなら好機だという読みである。
参加者からの問いは、何を基準に市場が動いているのか分からない、というものだった。ある半導体企業は化け物のような決算を出しても上がらないのに、予想を下回ったときだけ驚くほど下げる。これに対する答えは、企業ごとに求められているものが違う、という一点だった。ある程度のトレンドはあるが、要求水準は個別である。数字を出して当たり前だと見なされている企業は、すでに収益が出ているところである。
ブロードコムについては、風呂敷を広げすぎていたという評価がされた。二〇二六年中に一千億ドルの売上に到達すると言ってしまっている。それに対する結果がどうだったか、という話になる。マイキーはあわせて、決算発表後にブロードコムの株が二十パーセント下がり、マーベルの株が六パーセント上がったことに触れた。マーベルがS&Pに入るかどうかという話も出ており、戦略がうまいので入ってくるだろうという見立てが語られた。指数の構成銘柄はどんどん入れ替わればいい、弱肉強食で強いものが勝てばいい、という姿勢である。マーベルについてはその日に緊急でYouTube動画を上げたという告知も添えられた。
この講義は二〇二六年六月五日に行われており、ブロードコムの第2四半期決算は二日前の六月三日に発表されている。時系列は整合する。
ただし、一千億ドルという数字の中身が食い違う。公開情報では、この一千億ドルは全社売上高ではなく、AI半導体売上の通期目標である。報道によれば、株価下落の主因は決算数値そのものよりも、ホック・タンCEOがこのAIチップ売上一千億ドルという通年目標を引き上げなかったことへの失望だった。あわせて第2四半期の売上高が市場予想を下回っている。「二〇二六年中に一千億ドル売上」という発言は、対象を全社売上と取ると過大になる。
要確認 下落率については、六月の月間で株価がおよそ15パーセント下落したとする報道が確認できる。発言の「二十パーセント」およびマーベルの「六パーセント上昇」は、講義当日の日中値動きを指している可能性があり、日次の終値ベースでは確認できなかった。なおマーベルは二〇二六会計年度に過去最高の81.95億ドル(前年比42パーセント増)を計上しており、年初来で株価が大幅に上昇していたことは公開情報と整合する。
質疑応答(このテーマに属するもの・全件)
宿題・アクションアイテム
- 自分に「守るべき信用」が実際にあるのかを点検する。ないのであれば、慎重さを理由に動かないことは合理的な判断ではない。
- 中国の太陽光発電と風力発電で戦略がどう違うのかを調べる。同じ再生可能エネルギーで真逆の戦略が取られている、という指摘の裏を取る。
- 仮想敵を自分で設定し、その強みの側を調べる。弱みの列挙ではなく、「これをカバーしているのだからすごい」と言えるところまで見る。
- 買収案件については、事業会社による取得なのか、支配株主のファンドによる取得なのか、持分比率は何パーセントなのかを必ず切り分けて読む。
- ブロードコムの一千億ドル目標が全社売上なのかAI半導体売上なのかを確認したうえで、期待値先行の度合いを測り直す。