STUDY REPORT / 2026年7月度 勉強会

他人評価からの脱却
――言葉を選ぶから、何も伝わらなくなる

準備をしない、言葉を選ばない、指摘される前提で動く。高校登壇の報告から派生した、伝え方と評価をめぐる議論の記録。

EXECUTIVE SUMMARY

エグゼクティブサマリー

2秒指摘された緊張が治まるまでの時間
15分前数百人の前での登壇で資料を直す時刻
準備ゼロ高校登壇・上場企業向け登壇ともに
「興味深い」営業で最悪のフィードバック
約8割営業手法を変えなかった企業(要確認)
曲1個ライブの感想で絞るべき対象

高校登壇の報告が一段落したあと、議論は伝え方と評価の問題に移る。起点になったのは、この回の冒頭付近で講師が報告者二人の話を途中で止めた出来事だった。「話が下手すぎるんで、もういいです」「全然面白くねえなって聞いてるんで、僕説明します」――九分過ぎに入ったこの割り込みは、単なる苛立ちではなく、後半で理由が明かされる仕掛けになっていた。

講師が挙げた理由は一つである。二人とも、言葉を選んでいた。移動中の車内では、二人とも非常に良いフィードバックを講師に対して喋っていた。そのテンションのまま喋ればよかったのに、何十人何百人という人の前に出た途端に言葉を選びはじめ、何を言っているのか分からなくなった。だから止めた、という説明である。

ここから、言葉を選ばせているものは何かという問いが立つ。講師の答えは、人の目を気にしているからであり、もっと言えば「うまくやろうとしているから」である。そして、自分の中で考えている「うまくやる」の定義は外部から変えられない。だから、いくら講師の側が「うまくやる」の定義を変えて伝えても無視される。実際この回でも、冒頭で情報量を減らせと指示したのに、出てくる発言はすべて情報を増やす方向だった――という指摘に接続される。

もう一つの柱は、評価を誰に預けるかという問題である。学校では先生に気に入られている生徒の成績が良く、会社では上司に気に入られている人が昇進する。その構造に巻き取られると「他人評価ベースのロボット」になる。講師は自分がそこから外れていることを、学校時代に教員から嫌われていた話や、YouTubeで何を言われても構わないという姿勢で示している。そして最後に、言葉が通じない相手へのプレゼンという質問を通して、伝達を決めているのは言葉ではなくアクションだという結論に至る。

このレポートを貫く一本の線:言われない唯一の方法は、何もしないことである。指摘されることを前提に置いた瞬間、言葉を選ぶ理由が消える。

PART 1

言われない唯一の方法は、何もしないこと

参加者から、評価されている感じ・値踏みされている感じにどう向き合っているのかという趣旨の質問が出た。講師は自身がほぼ緊張しないと前置きしたうえで、例外としてスプラトゥーンの上級者にプレイを見られる場面を挙げている。「ボロクソ言ってくれ」という状態で見てもらうので、入り口では「いきなりぶっ飛ばされるかも」という感覚があるが、それも二秒ほどで治まる、という説明だった。

質問者が「言われるのを前提に何事にも取り組んでいるということか」と確認したのに対し、講師は「言われる前提でやらないと、そもそも何もできない」と返している。そしてその直後に置かれたのが、この回でもっとも短く鋭い定式化である。

「言われない唯一の方法は簡単ですよ。何もしないことなんですよ。」

この定式化に対して、質問者は自分が最初に喋ろうとしたときの躊躇がまさにそれだったと認めている。講師の側の感覚は徹底していて、何を言われても「じゃあ直せばいいんでしょう」で終わる話であり、むしろ指摘してもらったほうが自分は楽だ、という立場である。指摘を負債ではなく短縮として扱っている。

PART 2

準備をしない、という主張

高校での掴みにK-POPや漫画の話題を使った件について、事前に用意したのかという質問が出た。回答は、もともと知見があったので何も用意していない、というものだった。テーマ設定についても同様で、「先生たちを成績で評価しよう」というアイデアが突発的に浮かび、構成はその後に考えればいいという進め方をしている。本人の表現では「ぶっちゃけで言うと、ほぼ何も準備してない」。さらに、上場企業向けのイベント登壇の際も同様に準備をしていないと明言している。数百人の前でのプレゼンでも、始まる十五分前に資料を直すような状態だという。

ここで重要なのは、準備をしないことが手抜きとして語られていない点である。講師の問いは「そもそも準備って何なのか」であり、知っていることを喋るのは単にストーリーテリングをするだけの話ではないか、という整理になっている。普段からやっているのなら、相手に合わせて喋る内容を変え、つなげていくだけのことであって、そこまで難しい作業ではない、という立場である。

前提条件を落とさないこと:この主張が成立しているのは、話す材料が日常の接触のなかにすでに蓄積されているからである。講師自身「いつも人と喋っていたらネタなんかいくらでもある」「いつもそのとき全部喋っているだけ」と述べている。つまり「準備しない」は、準備を本番前の作業から日常側へ全面的に移した状態を指しており、無準備で登壇してよいという意味ではない。この前提を落とすと危険な処方箋になる。

関連して、興味の偏りや会話の引き出しの少なさを悩みとして挙げた参加者に対し、講師はつまらないものをどう面白く伝えるかという能力が極めて重要だと返している。トレーニングもチャレンジもしないのであれば喋れなくなるのは当然である、と。さらに、決められたトピックでしか喋れないことのほうが不自然だとして、知らないトピックこそ最も喋りやすいと主張した。「それ何ですか」と聞けばいいだけの話であり、自分がやったことのない分野なら「それ何ですか」「どういう意味ですか」「それってこういうことですか」と聞きまくれるのだから、むしろ質問量は増える。裏返せば、質問できない人は話の内容を全部知っている人か、知らないこと自体を諦めている人のどちらかだ、という整理である。

もう一つ、この文脈で示されたのが市場との類比だった。すでにある市場に対して同じことをやるのが古いやり方で、優秀な人やスタートアップは価値の再定義をして新しいものを作っていく。だから年齢を重ねるほどその能力が欠落していくのではないか、という見立てである。興味のないものを興味あるものとして提示し直す作業は、価値の再定義と同じ操作にあたる。

PART 3

なぜ二人の報告は止められたのか

この回の九分三十五秒付近、講師は報告中の二人を遮っている。「二人とも話が下手すぎるんで、もういいです」「全然面白くねえなって聞いてるんで、僕説明します」。そして「マジで話つまんなくて四人ぐらい抜けましたからね、今ので講義」と付け加えた。この場面の理由は、後半の議論のなかで明かされる。

講師によれば、二人はもともと車の中で非常に良いフィードバックを本人に対して喋っていた。そのテンションのまま喋ればいいと思って登壇を頼んだのに、何十人何百人の前に出た途端、テンションではなく言葉を選びはじめた。だから「もうダメだこりゃ」と思って止めた、という説明である。伝えるべきだったのは、自分が何を感じたか、どこで感情が爆発したか、である。それを素で喋ればよかった。

説明するな。講師の指示は明快である――みんな説明してしまうから伝わらなくなる。例として挙げられたのはライブの感想だった。誰の曲か、誰が歌っているかといった構成の説明は要らない。「あの子めっちゃ可愛かったです」「めっちゃかっこよかったです」でいいし、さらに言えば曲を一つに絞って「あの曲だけはマジでみんなに聞いてほしい」と言ったほうが伝わる。

言葉を選ばせている原因について、講師は二段階で説明している。表層には人の目を気にする心理がある。しかしその奥には「うまくやろうとしている」という動機がある。そして、自分の中にある「うまくやる」の定義は、外から書き換えられない。だから講師の側がいくら「うまくやる」の定義を変えて伝えても無視される、という構造である。

その証拠として持ち出されたのが、この回そのものだった。冒頭で情報量を減らせと伝えたにもかかわらず、その後に出てきた発言はすべて情報を増やす方向だった。質問に対しても、最初に答えを出さずに逆の順序でやっている。理論としてちゃんと伝えているのに、理論と逆をやるのだから全部失敗する――という指摘である。講師は、それがこの場でまさに実演されていると述べた。

帰属の明示:公衆の面前で報告者を遮るという手法は、講師が意図的に選んだ教育的介入である。本人も「教材にする」意図を他の回で語っている。一方で、この手法が全ての場面で有効とは限らず、心理的安全性を損なうリスクを指摘する立場もありうる。この回の文脈では、報告者本人が後で笑いながら受け止めており、関係性が成立している場での介入であった点を併記しておく。

PART 4

「興味深い」は営業で最悪のフィードバックである

参加者の一人から、AI 検索最適化(LLMO)をテーマにしたセミナーを聴講した際の違和感が持ち込まれた。興味のある人が集まっているのでそれなりに上手に話されてはいるが、施策としては数年先に効いてくる性質のもので、いま踏み込んで取り組む人がまだ少ない。そういうテーマをどう持っていけばいいのか、という質問である。

講師の回答は、製品の側ではなく人の側から入れ、というものだった。この人が面白そうだ、この人から勉強したいという、より本能的な部分をくすぐればいい。数年先の技術で自分たちには関係ないと判断されている状態なら、サービス内容がどうでもよくなっても「その人から受けたい」と思えば買うのではないか、という筋立てである。

判定基準:営業をやっていて最も駄目なフィードバックは「興味深い」という言葉が出てくることである、と講師は述べた。感心はしたが行動は起きていない状態を示す語であり、そこで終わっているという診断になる。聴講した参加者の感想も「なんとなく上手だなぐらいに聞いてしまった」というもので、まさにその状態だった。

講師はここで、直前に読んだという研究データを持ち出している。複数のスタートアップを対象に、うまくいった企業とうまくいっていない企業の圧倒的な違いを調べたところ、分かれ目は技術ではなく営業方法を変えたかどうかだった、という内容である。営業をしたことがない、あるいは営業を従来どおりにやっていた、プレゼンテーションもフォーマットに合わせてやっていた企業が約八割を占め、それらは基本的にうまくいっていない傾向が強い。逆に、営業方法と喋り方とプレゼンテーションを変えた会社はうまくいっている、という対比だった。

📌 Claude補足:引用された研究データについて

セッション中で「さっき見た研究データ」として語られた、うまくいかない企業が約8割という具体的な数値については、出典となる調査を特定できなかった要確認。発言も「研究データは見ました、さっき」という形で出典名を伴っていない。

ただし、主張の方向性自体には裏づけになりうる公開研究がある。RIETI(経済産業研究所)のスタートアップ成長要因に関する分析では、販売先との頻繁な対面接触が不可欠であり、製品開発において販売先と概念実証を重ねる必要性が高いと指摘されている。また経済産業省九州経済産業局のベンチャー企業成功要因分析調査でも、技術力単独ではなくユーザーニーズの把握と市場理解が成否を分ける要因として挙げられている。「技術だけでは押し込めない」という主張は、これらと整合的である。数値だけが裏取りできていない。

講師はこの話を「技術なんかどうでもいい」という持論に接続し、身近な例として、人は技術で店を選んで行くわけではない、と述べている。そのうえで、先の技術であっても「今から手に入れておいたほうが得をする」という形に持っていかなければならないのに、聴講したセミナーではそれが曖昧で、先行者利益のイメージが聴き手についていなかったのではないか、という診断で締めた。結論は「自分の製品を説明しているだけでは上手くない」である。

PART 5

他人評価ベースのロボットにならない

教育制度をめぐる議論の終盤で、講師はこの回で最も一般化された主張を置いている。人の評価を気にするのではなく、自分として何をやっていくか、人に何を見せていくのか、どうやってコミュニケーションを考えていくのかが重要である、という主張である。にもかかわらず人の評価の話ばかりになっているのは意味がない、という強い言い方だった。

その根拠として示されたのは、評価の連鎖である。学校では先生に気に入られている生徒の成績が良い。会社では上司に気に入られている人が基本的に昇進する。その構造に巻き取られていくとロボットになってしまう。他人評価ベースのロボットである。そこから脱却したほうが人間味があるのではないか、というのが講師の立場だった。

自身についての説明はこうである。他人の評価をまったく気にしていない。YouTube で何を言われようが構わないし、嫌われようが「そうですね」で終わる話でしかない。実際、日本の学校の先生からは嫌われていたが、米国の高校では逆に非常に気に入られていた。授業中にテロリズムをやり、鹿を捕まえて授業に持ち込むような生徒だったにもかかわらず、である。中学一年生のときに理科の自由研究で爆弾を作って教員にひどく叱られた話を、米国の高校でしたところ、教員から「私にも作り方を教えて」と言われた、というエピソードが対比として語られた。

ここで反転していること:同じ行動が、評価する側の基準が変われば逆の評価を受ける。つまり評価とは行動の性質ではなく、評価者の基準の関数である。だとすれば、評価者の基準に合わせて自分の行動を決めるのは、自分の判断軸を他人の関数に委ねることに等しい――という構造が、この対比から読み取れる。

講師が置いた結論は、最も大事なのは人の評価基準ではなく、何を面白いと感じるか、どうやって自分で考えて反応するか、である、というものだった。この結論が、ファシリテーションの議論(別レポート参照)へつながっていく。

PART 6

喋らない人はどう扱われるか――講師見解と、その扱いの難しさ

参加者から、以前の講義で紹介された「海外の外資系で働いていたとき、喋らないやつは省かれる」という言葉が印象的だったという発言があり、そこから話が展開した。講師も、自身が米国の学校にいた頃、喋らない生徒は周囲から省かれていたと応じている。喋れない人もいるのではないか、という問いに対しては「じゃあなんでいるの、となってしまう」という返答だった。聞きたいのは相手の意見であり、どう感じてどう思ったかを聞かないと分からない以上、反応もフィードバックも返さない人は場にいる意味がない、という論理である。

この立場は実務にも適用されていると語られた。打ち合わせで喋らない人がいた場合、二度と呼ばない。建設的なものが生まれないのだから来なくていいと言う。クライアントにも平気で「次はあいつを呼ばなくていいです」と伝える。会社員時代には、喋らない上司を会議室から追い出したこともあるという。初期作業だけであれば別だが、初期作業はいま AI ができるのだから、喋れる人だけでいい、という結論だった。

帰属と対立見解の併記:この主張は、議論の質を最大化するという目的に対しては一貫している。一方で、発話量と貢献度は必ずしも一致せず、その場で黙って持ち帰って考える人、日本語や当該分野が母語・専門でない人、内向的な処理特性を持つ人を、貢献していないものとして排除するリスクがある。組織論の側では、発言機会の偏りを設計で是正すること(事前に意見を書かせる、指名の順番を設計する、少人数に分けるなど)がファシリテーションの標準的な手法とされる。つまり「喋らない人を外す」と「喋らない人が喋れる設計にする」は、同じ問題への別解であり、この回では前者のみが語られている。

講師自身は、この主張を自分の立場の低さと結びつけて語ってもいる。会社員時代には一番下の部下だったが、それでも上司に求めていたのはファシリテーションだった。自分がファシリテーションするのは構わないが、ただ聞いているだけの上司は要らない。だから「なんで僕の上司をやってるんですか」という質問もした、という話である。役職の上下ではなく、その場で機能を果たしているかどうかで見ている、という点では一貫している。

PART 7

言葉が通じない相手には、アクションが届く

最後の質問は、言葉が直接通じない相手にプレゼンするとき何を意識するか、というものだった。講師の回答は一語で「アクション」である。

根拠として語られたのは、直前の上場企業向けイベントでの実例である。講師はそこで日本語でプレゼンテーションを行った。会場には外国企業も複数来ており、彼らには日本語が分からない。ところが手の動き、身体の動き、言葉の出し方、声の発し方だけで、複数の企業から「うちでもプレゼンしてくれ」というオファーが入った。海外の大手企業のトップメンバーから仕事のオファーを複数受けたが、彼らは話している内容を全く理解していなかった、という説明である。

講師の整理では、プレゼンテーションは言葉ではなくアクションでほぼ決まると言われている。言葉が通じなかったとしても、この人が何かを伝えようとしている、気持ちが伝わる、というだけで相手の感情は動く。だから内容はどうでもいいのではないか、といつも思っている、という結論だった。

📌 Claude補足:「言葉ではなくアクション」の根拠とされやすい法則について

プレゼンが言葉以外で決まるという主張の根拠として一般に持ち出されるのが、メラビアンの法則(7-38-55ルール)である。言語情報7%・聴覚情報38%・視覚情報55%という数値だが、この数値の射程は狭い。原典の実験は、孤立した単語という限定的な刺激を用い、話し手の「好意・嫌悪」という態度だけを判断させたときに、判断が言葉の意味より声や表情に強く左右された、という結果である。また7・38・55は一本の実験から出た値ではなく、二チャネルずつを扱った別々の二つの実験を統合して提案された重みであって、三チャネルを同時に操作して直接測定された値ではない。

つまり「コミュニケーションの93%は非言語である」という一般法則ではなく、言葉と非言語が食い違ったときに受け手がどちらを信じるかを示した結果である。ただし今回の事例は、聴き手が日本語を解さず言語情報がそもそも欠落していた場面であり、非言語チャネルのみで態度が伝わったという点では、この実験条件にむしろ近い。講師の観察自体は否定されないが、根拠として数値を一般化することはできない。

図:メラビアンの法則として流通している 7-38-55 の比率(Claude作図)。数値は「言葉と非言語が矛盾した条件下で、好意・嫌悪の判断がどう左右されたか」を示すものであり、コミュニケーション全般の寄与度ではない。

この文脈で、講師はもう一つ観察を添えている。最初に声をかけてきたのは、あるライフサイエンス企業の副社長だった。通訳もつけずに喫煙所まで来て話しかけてきたという要確認(企業名は文字起こしからは特定できない)。対して日本企業は、だいたい懇親会で声をかけてくる。外国企業の人たちは懇親会の前に話しかけてきた。行動の速さの差である、というのが講師の見立てだった。

Q&A

質疑応答

本レポートのテーマ(伝え方と他人評価)に属する質疑を収録する。高校登壇の実況に関する質疑、ファシリテーション論と評価基準に関する質疑は、それぞれ別レポートに振り分けている。

Q. 会話の引き出しの少なさが自分のネックだが、どうすればよいか。

普段から人と喋っていればネタはいくらでもあるはずだ、という回答だった。講師自身も準備はせず、そのとき喋っていることを喋っているだけだという。さらに、決められたトピックでしか喋れないことのほうが問題で、知らないトピックこそ最も喋りやすい。「それ何ですか」と聞けばいいだけであり、自分がやったことのない分野なら質問量はむしろ増える。裏返すと、質問できない人は話の内容を全部知っているか、知らないこと自体を諦めているかのどちらかになる、という整理が示された。

Q. AI 検索対策(LLMO)のように、数年先に効く施策を扱うセミナーで、まだ客が来ていないテーマをどう持っていけばよいか。

製品ではなく人から入れ、という回答。この人が面白そうだ、この人から勉強したいという本能的な部分をくすぐれば買う。あわせて、営業で最も駄目なフィードバックは「興味深い」という言葉が出ることであり、その状態で終わってしまっているのではないかという診断が示された。さらに、スタートアップの成否を分けたのは技術ではなく営業手法を変えたかどうかだという研究データ(出典未特定)が引かれ、「自分の製品を説明しているだけでは上手くない」で締められた。

Q. 米国では小学校(実際は幼稚園)から発表の練習をすると聞いた。そこでコミュニケーション力や議論する力が養われるのか。日本では話をしてもどう返せばいいか迷子になり、言葉を発すること自体が先に立っている気がする。

幼稚園からやる、という即答だった。そこから話は、喋らない人がどう扱われるかへ展開している。以前の講義で紹介された「外資系では喋らないやつは省かれる」という言葉が引かれ、講師も米国の学校で喋らない生徒は省かれていたと応じた。打ち合わせで喋らない人は二度と呼ばない、会社員時代には喋らない上司を会議室から追い出した、初期作業は AI ができるのだから喋れる人だけでいい、という実務上の扱いまで語られている(PART 6 に対立見解を併記)。

📌 Claude補足:Show and Tell について

質問で言及された発表訓練は、米国で Show and Tell と呼ばれる活動を指すと考えられる。自分にとって大事な物やトピックを持参し(show)、それについて大勢の前で話す(tell)というもので、米国の幼稚園・小学校では広く取り入れられている。3歳前後から始まる例もある。話し終えたあとに質問タイムが設けられる点が特徴で、聞き手は質問するスキルを、話し手は質問に明確に答えるスキルを同時に訓練する構造になっている。「幼稚園からやる」という講師の回答は公開情報と整合する。

Q. 言葉が直接通じない相手にプレゼンするとき、意識することはあるか。通訳が入るとタイムラグが発生し、反応も読みにくい。

アクションである、という回答。上場企業向けイベントで日本語のみでプレゼンしたところ、内容を理解していない海外企業のトップ層から複数のオファーが入った実例が挙げられた。手の動き、身体の動き、言葉の出し方、声の発し方、立ち振る舞いだけで相手の感情は動く。プレゼンテーションは言葉ではなくアクションでほぼ決まると言われている、というのが講師の整理だった。最初に声をかけてきたのはライフサイエンス企業の副社長で、通訳もつけずに喫煙所まで来たという。日本企業は懇親会で声をかけるが、外国企業は懇親会の前に来る、という行動の速さの差も添えられた。

ACTION

宿題・アクションアイテム

  1. 直近の自分の説明・報告・プレゼンを一つ選び、削れる情報を数えて実際に削る。冒頭で結論を出す順序になっているかを確認し、なっていなければ書き直す。講師の指摘は、理論と逆をやっているから失敗する、である。
  2. 自分が誰かに何かを伝えるとき、言葉を選んでいる瞬間を特定する。選んでいる理由が「うまくやろうとしているから」なのかどうかを自問し、選ばずに素で喋った場合に何が起きるかを一度試す。
  3. 自分の商材・テーマについて、製品説明ではなく「この人から受けたい」と思わせる入り方を一つ設計する。相手から「興味深い」と返ってきた場合は、そこで終わっているサインとして扱う。
  4. セッション終盤で講師が出した投資側の宿題:光通信・データセンター関連として挙げられた Innolight(イノライト)、Coherent(コヒーレント)、Lumentum(ルメンタム)、および Corning(コーニング)と藤倉について各自でリサーチする。あわせて、講師が独自に用いている「アクティブ層/パッシブ層」という株式の見方についても調べること。※この投資テーマの詳細は同日の別テーマであり、本レポートでは扱わない。
GLOSSARY

用語集

他人評価ベース自分の判断軸ではなく、教員や上司からの評価を基準に行動する状態。講師はこれを「ロボット」と呼び、そこからの脱却を主張した。
「興味深い」営業のフィードバックとして最も悪い反応。感心はしたが行動が起きていない状態を示す語であり、そこで終わっている証拠とされた。
メラビアンの法則(7-38-55)言語7%・聴覚38%・視覚55%という比率。言葉と非言語が矛盾した条件下での好意・嫌悪の判断に関する結果であり、コミュニケーション全般の寄与度ではない。
Show and Tell米国の幼稚園・小学校で行われる発表活動。物を見せて説明し、その後に質問タイムを設ける。質問する側・答える側の双方を訓練する構造を持つ。
ストーリーテリング知っていることを相手に合わせてつなげて話すこと。講師は準備の代わりにこれをしているだけだと述べた。
先行者利益市場に早く参入することで得られる優位。数年先に効く技術を今から持つ理由として、聴き手に提示すべき論点とされた。