キチン・ジュグラー・コンドラチェフ。教科書では別々に並べられる三つの波を、この回の講師は「バトンを渡すように連続している」ものとして読み直した。その読み方は、理論家として成功し実務家として失敗したシュンペーター自身の履歴から導かれている。
この回の前半は前田氏が担当し、ヨーゼフ・シュンペーターの景気循環論を扱った。ただし講義は循環論そのものから始まらず、「なぜこの人は循環論に行き着いたのか」という問いから始まっている。前田氏の整理によれば、シュンペーターの理論は初期にはミクロ――個人としての企業家の心理と決断――に焦点があり、それが徐々に組織へ、さらに独占的な大企業のイノベーションへと移っていった。前期と後期で主張が違う、と単発の事実として覚えるのではなく、なぜずれたのかまで含めて把握しなければ意味がない、というのがこの日の出発点である。
ずれを生んだものとして前田氏が挙げたのは、この人物の実務での失敗だった。財務大臣に就任したが結果を出せず、超インフレと財政破綻を経験した。その後に銀行の総裁に就き、ここでも破綻を経験した。イノベーション理論と言えば真っ先に名前が挙がるほどの経済学者が、実績を上げるべき場所では失敗を続けている。この落差から前田氏が引き出したのは、理論と現実のあいだには確実に溝があり、その溝がなぜ生じるのかを考えることが次の理論を生んだ、という読みである。個人の意思ではどうにもならない力――世界大恐慌がその典型だった――を説明する枠組みを求めた結果が景気循環論だった、という順序になる。
そのうえで三つの波が提示された。在庫調整の3〜4年、設備投資の7〜11年、技術革新の約50年。教科書ではそれぞれ独立したメカニズムとして説明されるが、前田氏の見方はそこにない。キチンが起きるからジュグラーが起き、ジュグラーが起きるからコンドラチェフが起きる。最初の小さな波が次の波を呼び、波はどんどん大きくなっていく。この連続性こそが本質であり、だからこそイノベーションの主体も個人から組織へ、そしてエコシステム全体へと拡大していく――理論の焦点が移動したことと、波の階層構造とは、同じことを別の角度から見たものだという整理である。
波は「大きさが違う三種類」ではなく、一つの流れが規模を変えながら伝播していく過程である。だから小さい波の段階では個人でイノベーションを起こせるが、大きい波の段階では多数の企業を巻き込むアライアンスなしには起こせない。いま自分がどの波の上に立っているかを見誤ると、打てる手の種類そのものを間違える。
講義前の時間は、コミュニティ内の近況報告と、プレゼンテーションをめぐる話に費やされた。マイキー氏は自身のYouTube配信が伸びた経緯を、配信の仕方を教わって全部そのとおりに実行した結果だと説明し、指摘がすべて論理的だったので勉強になったと述べた。再現性のあるアドバイスは、聞いた側がそのまま実行できる形になっている、という含意である。
話題は大学への営業報告に移り、慶應義塾大学と立教大学の教授に学園祭スポンサーの話を持ちかけてきたという報告が出た。これに対して小賀氏から、卒業生に課される寄付や貢献の圧力、大学内部の選挙をめぐる政治的な争いといった実情が語られ、学生に営業をかけさせること自体に学校としてのリスク管理が必要だという論点が添えられた。新規入会者として元JPモルガンのファンドマネージャーが加わることも報告され、海外年金がドル建てで支払われても円に換算されて着金するため、当時の為替水準で確定してしまうという実務的な話に及んでいる。
そこから、プレゼンテーションの訓練という主題が立ち上がった。ゴールドマン・サックスで長く勤めた人物が30歳前後で「アクタースクール」に送り込まれた、という逸話が紹介される。リーダーはプレゼンにおいて俳優にならなければならない、という理屈である。マイキー氏も、アメリカの高校と大学の時期に学校の用意でアクタースクールとボイストレーニングに通っていたと述べた。安全な空間で一度自分の振れ幅を最大まで振り切っておく経験に意味がある、というのがその評価である。
直前の実務的な助言として、マイキー氏は現在の受講者のプレゼンに共通する欠点を二点挙げた。ひとつは情報を詰め込みたがること。指導しているのは一貫して「削る」ことだけなのに、真逆の方向へ向かっている。資料は完璧でなくてよく、キーワードだけ置いて長く話すか、逆に長い文章を書いたならその部分は読ませて別の話をするか、どちらかに振り分ければよい。もうひとつはリズムがなく平板であること。チャットボットのような話し方になっている、という指摘である。
前田氏はまず、シュンペーターの理論の焦点が時期によってずれることを確認した。初期はミクロ、すなわち個人に焦点が当たっていた。それが徐々にマクロへ移り、個人から組織へ、さらに独占的な地位にある企業のイノベーションの重要性へと関心が移っていく。ここで前田氏が強調したのは、前期と後期が違うと覚えるだけでは足りず、なぜずれたのかを含めて把握しなければならないという点である。ずれには一連の流れがある。
その流れを説明する材料として持ち出されたのが、この人物の実務経験だった。財務大臣に就任し、自分の持つ理論をもとに政策を組み立てたが、結局は結果を出せなかった。その過程で超インフレと財政破綻を経験している。さらに銀行の総裁となり、ここでも破綻を経験した。前田氏の言い方では、有名な経済学者であるにもかかわらず、実績を上げるべき場所において失敗を続けている。
公開されている経歴では、シュンペーターは1919年3月に第一次世界大戦後のオーストリアで財務大臣に就任し、財産課税の導入・通貨価値の安定・間接税の導入という財政計画を提出したが、同年10月に内閣が総辞職している。その後1921年7月にビーダーマン銀行の頭取に就任し、1924年のウィーン株式市場の崩壊によって同行は経営危機に陥り、本人は借金を抱えて辞職した。「財務大臣として失敗し、銀行でも破綻を経験した」という講義の説明は、時系列・内容ともに公開情報と一致する。なお肩書きは「総裁」ではなく頭取(president)である。
ここから前田氏が引き出した論点は二つある。ひとつは、理論が適正なものであれば現実にも対応できるはずだ、という単純な対偶である。対応できなかったということは、自分が考えていたことが現実に届いていないという疑問を抱かなければならない。もうひとつは、その失敗がすべてマイナスではないということ。そこから何を学ぶかが問題であり、理論と現実のあいだの溝がなぜ生じるのかを意識して考える方向へ進んだことが、後の理論につながったという読みである。
では何をすれば溝が埋まるのか。理論を組み立てるだけでは足りず、それが歴史のなかでどう動いたかを当てはめて見なければならない。個人の心理を扱っていた段階から、歴史とデータを扱う段階へ移ると、そこに歴史の波が現れる。視点が個人からマクロへ移る。前田氏はこれを、理論の焦点の移動そのものだと位置づけた。そして個人の意思を超える力の具体例として、世界大恐慌を挙げている。自分たちの意思ではどうにもならないことが起こるのはなぜか――その問いが景気循環論につながる、という筋立てである。
三つの波は、小さいものから順に提示された。最も小さいのがキチンの波で、周期はおよそ3〜4年。前田氏はこれを在庫調整の波と説明した。個人の思考や企業の思考が少しずつ変わり、それに応じて在庫も調整していく必要がある。危険の察知に近いものとして捉えると分かりやすい、という補足が添えられた。
次がジュグラーの波で、7年から11年程度の範囲。これは設備投資に関わる。工場を出すかどうか、どう考えて動くかという判断が、この周期で回ってくる。そして最も大きいのがコンドラチェフの波で、中期を50年程度とする長期の波である。大きな波であればあるほど時間がかかり、この波が起こすのは技術革新だと説明された。
図:三つの波の周期の長さ(年)。講義で示された数値をそのまま並べたもの。Claude作図。
ここで前田氏は、いまのAIブームとデータセンターへの注目に話を接続した。この波はいつから始まっているのか。答えは「5〜60年前から」である。大きな波であればあるほど、始まりはもっと前にある。短期・中期・長期で波の長さが違うだけでなく、その性質も変わる。最初は在庫調整という一企業の話だったものが、技術革新の段階では一社では成り立たなくなり、エコシステムを組んで多数の企業を巻き込む規模になる。巻き込む範囲がどんどん大きくなっていく、という説明である。
この三つを一体の図式として提示したのは、シュンペーターが1939年に刊行した『景気循環論(Business Cycles)』である。同書ではコンドラチェフ波を約50〜60年、ジュグラー波を約9〜10年、キチン波を約40か月(3年強)とし、一つのコンドラチェフ波のなかに整数個のジュグラー波が、一つのジュグラー波のなかに整数個のキチン波が含まれるという入れ子構造を置いた。そのうえで、三つの波の下降局面が重なった結果として世界大恐慌を説明している。講義中の「ジュグラーは7〜11年」という数字は、ジュグラー自身が1862年に特定した周期に近く、シュンペーターの図式上の9〜10年とは若干幅が異なる。いずれも誤りではないが、どちらの定義を使っているかで年数が動く点は押さえておきたい。「波が入れ子になっている」という講義の核心部分は、原典の図式そのものである。
そのうえで前田氏は、この波の話を創造的破壊と新結合に接続した。新しいものを生み出すためには既存のものを疑わなければならない。今までのものを壊すことと、統一と知を組み合わせること。この二つが重要である、と。そして前田氏は自身の理解として、この構図が弁証法に似ていると述べた。対立する二つの意見を述べ、その二つを矛盾しないように解消するアイデアを出す。それが止揚である。今までどおりをやるのではなく、今までを疑い、対立を解消するアイデアを出す。したがって創造的破壊と新結合は基本的に一体のものだ、というのが前田氏の解釈である。
前田氏が挙げた具体例は次の順序をとる。まず携帯電話が普及する。これがキチンの段階。次に需要が増えたことで基地局と供給網を整備する必要が生まれ、インフラ投資に資金が向かう。これがジュグラーの段階。そしてインターネットの普及、さらに現在で言えばAIとデータセンターへ広がる。これがコンドラチェフの段階。最初に起こした小さな波が、次第に大きな波を作っていくイメージとして提示された。
この波の話がマルクスに似ていることにも、前田氏自身が触れている。シュンペーターはマルクスから強い影響を受けており、弁証法的歴史観――歴史は繰り返すという考え方――の部分に影響が出ているのではないか、という見立てである。
前田氏は、この理論の限界を自分から明示した。アイデアとしては出せるし理論的な整合性もあるかもしれないが、実証は非常に難しい。なぜなら、先に予測することが難しいからである。できるのは後付けでパターンを探すことだけになる。
この指摘は、理論一般に対する通常の期待と衝突する。前田氏の言い方では、これまでの流れとして、後付けでパターンを探すよりも、枠組みが分かることによって予測をしようというのが理論の前提とされてきた部分が多い。ところが景気循環論ではそれが成り立たない。理論としての格が落ちるという話ではなく、この理論はそういう性質のものだと最初に把握しておいてほしい、というのが前田氏の締め方だった。
同じ論点は、後半のマイキー氏のパートで別の角度から扱われた。前田氏は「一本のレールを決めることは難しいが、いま自分がどちらを向いているかを知るコンパスとしてなら使える」と述べ、コンパスの範囲内で選択肢を作りながら精度を高めていくしかないと答えている。一方マイキー氏は、周期入りを判定する数値的な目安があるという立場を取った(次項の補足を参照)。予測には使えないという前田氏の整理と、数値でシグナルを見るというマイキー氏の実務的アプローチは、同じ回のなかで並走している。
マイキー氏は、周期の入り口を判定する目安として「民間設備投資が15%以上上回ったとき」「業界で見るなら売上高に対して25%を超えている場合」という二つの数字を挙げた。日本の民間設備投資が前年比15%台の伸びを示す局面が実在することは統計で確認できる(2026年4〜6月期の機械設備投資額の推計は前年比+15.6%)。ただし、この水準をもって景気循環の局面転換と判定するという定説化した基準は確認できなかった。内閣府の分析でも、設備投資は資本ストック循環図の上で回復期に前年比が高まり投資規模の拡大とともに減速するという形で整理されており、閾値による判定は行われていない。売上高比25%という数字についても出典を特定できていない。講師の実務上の経験則として受け取り、数字の由来は本人に確認したほうがよい。
質疑のなかで、三つの波の連続性が具体的な企業に当てはめられた。前田氏によれば、NVIDIAはこの循環理論を見るうえで非常に分かりやすい企業である。
まずGPUというアイデアが出された。これは個人レベルの発想である。それによって少し成長したところで、次にそのGPUを仮想通貨のマイニングに使う展開が起き、ここで一段飛躍する。グラフィックボードに関するアイデアだったものが、仮想通貨という別の文脈へ広がった。この段階でジュグラーの波に入り、さらにAIという文脈が出てきたことでコンドラチェフの波に入っていく――という三段の読み方である。
講義の三段階に年を当てると次のようになる。GPUという呼称を前面に出したGeForce 256の投入が1999年。汎用計算基盤としてのCUDAの投入が2006〜2007年で、当時は先行投資が利益を圧迫し投資家の評価も低かった。仮想通貨マイニングによる需要急増は2017年で、売上は2016会計年度の50億ドルから2018会計年度に117億ドルへ拡大し、時価総額は2016年の140億ドルから2018年のピークで1,750億ドルまで増えている(この時期のマイニング関連売上の開示をめぐっては集団訴訟が継続している)。そしてAI用途への転換が2022年以降。個人の発想→別用途への横展開→産業インフラ化という講義の筋書きは、実際の年表とよく符合する。
質問者が「シュンペーターの理論を現実の社会で具現化したのがNVIDIAだということか」と確認したのに対し、前田氏はそういう捉え方ができると答えている。理論だけを聞くと三つの波がつながって見えないが、この企業の流れで見るとイメージしやすい、という位置づけである。
この文脈で前田氏が付け加えたのは、イノベーションの主体が波の段階によって変わるという論点だった。キチンのレベルなら個人でもできる。しかしコンドラチェフのレベルで同じことが個人にできるか。現在のAIの技術と資金の規模を考えれば、一人でできたはずがない。アライアンスを組んで多数を巻き込んだからこそ、そこまでのイノベーションが生まれている。個人から組織へという主体の変化は、分断ではなく連続したものとして捉えるべきだ、という整理である。
Q1. 三つの循環はそれぞれ別の経済学者の名前から来ているが、シュンペーターとそれぞれの学者の循環論はどう関係しているのか(舞田氏)
前田氏は、三つは連続しているという一点に集約した。教科書ではキチンならキチンの内部メカニズム、ジュグラーならジュグラーの内部メカニズムというように単体で語られるが、シュンペーターの見方はそれらが互いにつながっていくというものだ、と。キチンが起きるからジュグラーが起き、ジュグラーが起きるからコンドラチェフが起きる。さらに前田氏は、そこにイノベーションの主体の変化が伴うと補った。キチンの段階なら個人でも起こせるが、コンドラチェフの段階では巨大なアライアンスが必要になる。
Q2. 周期はまず歴史を見て、たまたま3〜4年や7〜11年だったという性質のものか。またこれはハードウェアベースの周期に聞こえるが、ソフトウェアではどうなるのか(藤川氏)
前田氏は前半について、そのとおりだと認めた。後付けになってしまうため、先行して理論的に裏付けることについてはこの時点ではまだ弱い。後半についても、指摘のとおりこの理論はそのままでは通じなくなっていると答えている。物質的な部分と設備投資という要素が強い枠組みであり、ソフトウェアという文脈が出てくると、もう少し手直しが必要になる部分がある、という認識である。
Q3. シュンペーターはこのサイクルを社会全体で見たのか、産業単位か、技術単位か。世の中にサイクルはいくつあるイメージなのか(あや氏)
前田氏は、個数というより自分でどう枠組みを作るかによると答えた。極端な言い方をすれば、半径5メートルでもイノベーションは起こる。それが10メートルに変わり、最終的に地球全体を巻き込む規模までつながっていく。そういう入れ子として捉えるとよい、という回答である。
Q4. 三つの波に加えてクズネッツの波があると思うが、これは三つとは別の概念なのか(佐藤氏)
前田氏は、そもそも別に作られた概念ではあると認めたうえで、あえて分ける必要はないと考えていると答えた。要はどの側面を見ているかの違いであり、同じ事象を右から見るか左から見るか上から見るかという話に近い。したがって重要なのは、それがどういうところを見ている見方なのかを把握することだ、という立場である。前田氏は同じ論理をNVIDIAの例にも適用し、厳密に言えばあの対比関係も正確には成立していないが、どの側面を見ているかという観点からすれば近い状況になるという言い方をしている、と自ら注記した。
クズネッツ循環は、サイモン・クズネッツが1930年の『Secular Movements in Production and Prices』でアメリカの経済時系列に15〜20年の周期的変動があることを示したもので、一般には約20年(15〜25年)の周期とされ、住宅や商工業施設の建て替え需要に対応する「建築循環」とも呼ばれる。周期の長さとしてはジュグラーとコンドラチェフの中間に位置する。「別概念だが分ける必要はない」というのは前田氏の見解であり、経済学の標準的な整理では四つ目の独立した循環として並置されることが多い。どちらが正しいという話ではなく、入れ子構造を重視する見方に立てば統合的に扱えるという主張として受け取るのが正確である。
Q5. この理論は歴史実証のなかで限界があり、過去の歴史に紐付けてなら検証できるということだと思うが、これから未来を予測するために使うなら、例の四象限(マクロ/中小象/ミクロ/具体)に当てはめれば使いやすいという理解でよいか(前田氏=別の参加者)
講師の前田氏は、少なくとも「これだ」と一本のレールを決めることは難しいと前置きしたうえで、いまの方向が北を向いているのか西を向いているのか東を向いているのかを知るためのコンパスとしてなら使えると答えた。そのコンパスのなかでどういう選択肢を作っていくかを繰り返すことで、徐々に精度を高めていくしかないのではないか、という回答である。