STUDY REPORT / 2026年5月度 勉強会

ルーティンとサーチの進化論――同じ業界なのに業績が分かれる理由を、経済学はどう説明できなかったか

前回の組織エコロジー理論が「環境に左右される」で終わったのに対し、この回は「では企業側に打つ手はないのか」に踏み込んだ。ネルソンとウィンターの企業進化理論を軸に、ルーティン・サーチ・セレクションという三語で企業の生存条件が整理された講義の記録である。

EXECUTIVE SUMMARY

「同じ条件なら同じ結果になるはず」という前提が、現実と合わなかった

1982年ネルソンとウィンターが『An Evolutionary Theory of Economic Change』を刊行した年
3語ルーティン・サーチ・セレクション。この理論の中核となるキーワード
写真 vs 動画新古典派と進化理論の違いを一言で表した比喩。時間の扱い方が決定的に異なる
限定合理性全体を見通せない閉じた空間の中で選択するという前提。完全合理性との対比
1973/75/79オイルショック、日本企業の台頭、IT革命の萌芽。理論が生まれた時代の環境変化
インプット×アウトプットサーチとルーティンを別々に語る本が多すぎる、という講師の批判

この日の講義(担当:前田氏)は、前回扱った組織エコロジー理論の続きとして始まった。組織エコロジー理論は「企業は環境によって左右される」という主張だが、それなら企業側に生き残る手段はないのか、という問いが残る。結論として「やりようはある」と示すために持ち込まれたのが、進化論の視点である。

企業進化理論が生まれた背景は素朴な疑問だった。同じ業界の中で、なぜ企業Aは急成長し、企業Bは横ばいで、企業Cは衰退するのか。完全に合理的な市場を仮定し、どの企業も取引費用を適切に最小化できるのであれば、理論上は同じような業績の企業が並ぶはずである。ところが現実はそうなっていない。なぜ利益率が違うのか、なぜ環境から学んで成長できる企業とそうでない企業があるのか、なぜ産業は変化するのか、なぜ多様な企業が存在しうるのか──こうした問いに、従来の経済学ベースの理論は答えを持っていなかった。

従来理論と現実の企業のギャップは三点に整理された。従来理論は合理的に判断でき、環境は均衡し、そこから基本的に動かない。対して現実の企業は合理的ではなく、学習するものが企業ごとに違い、条件も状態も均一ではない。このギャップを埋める理論として、企業進化理論が要請された。

この回を貫く1本の線
新古典派は「一瞬を切り取った写真」であり、企業の内部はブラックボックスのままだった。進化理論は時間の経過を前提に、企業の内部プロセス・歴史・暗黙知が積み重なることで競争力が生まれると考える。だから企業に必要なのは、環境を変えることではなく、環境に選ばれるために変化し続ける仕組みを持つことになる。
PART 1

ネルソンとウィンター──生態系として企業を見る

立役者として名前が挙がったのは、リチャード・ネルソンとシドニー・ウィンターの二人である。両者の著書『An Evolutionary Theory of Economic Change』は1982年に刊行された。市場や企業群を一つの生態系と見なしたとき、その中で企業がどう振る舞い、どう生き残るのかを書いた本だと講義では説明された。

刊行前後の環境変化として、1973年と1979年のオイルショック、1975年前後からの日本企業の台頭、そして1979年頃から見え始めたIT革命が挙げられた。従来より急速にいろいろなものが変化し、既存の理論が通じにくくなった時代である。ここが新しい理論を必要とした土壌になる。前回の組織エコロジー理論と同様、「今まで良かったから」では環境が変わったときに通用しなくなる。それは理論そのものについても同じだ、という指摘が添えられた。

📌 Claude補足|書名・刊行年・理論的立場の確認
書名・著者・刊行年は公開情報と一致する。リチャード・R・ネルソンとシドニー・G・ウィンター『An Evolutionary Theory of Economic Change』はハーバード大学出版局から1982年に刊行されている。

内容面でも、両者が新古典派の中核前提である利潤最大化と市場均衡に異議を唱え、技術革新や企業間競争のダイナミクスを分析するには不十分だとした点、その代替として生物学の自然選択の概念を借りて企業行動の進化理論を構築した点は、講義の説明と整合する。進化理論も企業が利潤に動機づけられることは認めるが、正統派のように利潤を最大化していると仮定しない。また産業均衡の状態に焦点を当てず、企業は各時点で一定の能力と意思決定ルールを持ち、探索(サーチ)を行う存在として捉えられる。

なお学説史上は、この系譜はシュンペーター(1934年)に遡り、ネルソンとウィンターがそれを定式化したと位置づけられることが多い。講義では触れられなかったが、理論の出自を辿る際の補助線になる。
PART 2

写真と動画──新古典派との決定的な違いは時間の扱い方にある

講義の中心にある対比は、新古典派=写真、進化理論=動画というものだった。新古典派は一瞬一瞬を切り取るので、その間は静的で動かない。つまり変化に対応する理論ではない。進化理論は時間的な変化を含めて考えるので、過去・現在・未来をつなげて見る。

もう一つの根本的な違いは、企業の内部に踏み込むかどうかである。新古典派の企業観は「資本と労働を投入して利潤を得る」というものだが、投入から利潤に至るまでの過程はブラックボックスのまま、メカニズムに言及されない。しかし実際の企業内部には内部プロセス、学習、歴史がある。ここに焦点を当てなければ話にならない、というのが進化理論の出発点だった。

観点新古典派企業進化理論
合理性完全合理性。全体が見通せる状態で判断する限定合理性。閉じられた空間の中で選択する
初期条件同じ条件で戦う(均衡している)環境も保有資本も企業ごとに異なる
行動原理今の環境の中で最適化するサーチ(探索)を広げ、未来も含めて選ぶ
時間軸一瞬を切り取る(写真)時間的変化を扱う(動画)
競争の帰結必ず均衡へ向かう。それ以上変化しない企業がばらばらになり、安定状態が起きにくい
企業の内部ブラックボックス。言及しない内部プロセス・歴史・信頼の蓄積が競争力を生む

行動原理の違いは特に重要だと強調された。新古典派は「今の時点で持っている選択肢の中から最大のものを選ぶ」。進化理論は今だけでなく生き残ることを前提にするので、探索した中から未来も合わせて最も適切なものを選ぶ。競争の帰結についても、均衡とは「みんなが動けない状態」を意味するが、進化の世界では企業がばらばらに分化していくため、安定状態そのものが起きにくい。

PART 3

ルーティン・サーチ・セレクション──生物学からの三つの対応

企業進化理論を貫く三語は、生物の進化論と一対一で対応している。ルーティンが遺伝子、サーチが遺伝子の変異、セレクションが自然淘汰である。企業ができることはルーティンとサーチをどう回すかであり、これをうまく使えない企業は市場に淘汰されて生き残れない。セレクション(市場の淘汰)は企業側が操作できる変数ではない、という構造になっている。

ルーティン=遺伝子

ここで言うルーティンは、一般的に使われる「毎日同じことをする」という意味とはまったく違う、と強く注意された。成長するために必要な日々の行動であり、同じことをやっていても成長を目的にしていなければルーティンではない。

サーチ=変異

探索・リサーチ。今の環境の中だけでなく、自分たちから遠い領域まで広げて調べる行為。ここが変異を生む源泉であり、ルーティンを進化させる材料になる。

あわせて重要な要素として、暗黙知と学習が挙げられた。暗黙知はその企業しか持たない技術・知識・ノウハウである。ルーティン・暗黙知・学習は完全に分かれたものではなく、企業の中に情報や知識を貯めていく一つの流れとして捉えるとよい、という整理だった。これらが蓄積することで企業は進化し強くなる。逆に言えば、蓄積されないときは強くならない。

企業進化理論の到達点
企業にとって重要なのは、環境に選ばれるために変化する仕組みを持つことである。環境そのものを変えるのではなく、環境に適応できる形へ自分を作り変え続ける。これが理論を貫くテーマとして繰り返された。

「PDCAとサーチを切り離すな」という講師からの批判

講義後半、主宰講師が補足として入った。前田氏の話を極端に要約すれば「幅広くサーチしまくって、それを高速で回しまくれ」と言っているだけだ、という整理である。サーチがインプット、ルーティンがアウトプットだと考えれば、むちゃくちゃ広くインプットして、むちゃくちゃ高速で多くアウトプットする。それだけで解決する、と。

ここから、高速PDCAやPDCAの回し方だけを扱った書籍・教材への批判が展開された。PDCAやルーティンの話をするならサーチの話をセットにしなければ成り立たない。逆にサーチの話をするならPDCAの話も併せるべきである。重要なのはPDCAを回すこと自体ではなく、サーチを広げることでPDCAやルーティンが進化することだからだ。理論上セットであるものを分断して大量に本が出ていることが理解できない、というのが講師の意見だった。

この論理は講師自身にも適用された。講義をする側がインプットをやめて知っていることだけを喋れば成り立たない。逆に勉強だけしてアウトプットしなければ講義として成立しない。インプットしまくり、同じようにアウトプットしまくることで講義が進化する、という自己言及の形で説明された。

さらに共進化の話に接続された。競合が多い地域ほど共に進化し、結果として生存率が上がるとされる。ついていけなかった者が脱落していくだけの話なので、生存確率を上げたいなら一番上に土俵を合わせ、そこに合わせてサーチとルーティンを回す。「マイキークラブでは一番上に自分が合わせ、下には合わせない」という運営方針の説明にもなっていた。

PART 4

環境は変えられない、という前提の転換

質疑の中で最も本質的だったのは、藤川氏からの指摘である。組織エコロジー理論では企業は基本的に変化できず、内部的な圧力があり、埋没費用は回収できないとされる。しかし企業進化理論ではルーティンを改善していけば良くなるという話になる。相反しているのではないか、という問いだった。

回答は前提の違いにあった。組織エコロジー理論以前の理論は、どちらかというと企業が環境を変えられることを前提に語られていた。それに対して企業進化理論は、企業が環境を変えられるわけではないという立場に立つ。変えられないのなら、その変えられない環境にどう適応していくか。環境に合った企業を作っていこう、という考え方に転換したのが企業進化理論である。

この説明に使われた事例がブラックベリーだった。iPhoneより先に出ていて性能も相応に良かったが、市場から消えた。企業の能力が低かったわけでも技術がなかったわけでもなく、環境に適応できなかったから消失した、という読み方である。同じ例としてノキアが挙げられ、逆に適応がうまかったのがAppleで、ティム・クックが適応をうまく考えてきたから成長できたと整理された。

📌 Claude補足|ブラックベリーとノキアの実際の経緯
ブラックベリーはピーク時に米国スマートフォン市場の50%超、世界で約20%のシェアを持ち、年間5,000万台超を販売していた。2010年時点でも米国で40%超・世界で20%近くを維持していたが、2016年には0.1%未満まで落ち込み、同年9月に端末メーカーとしての事業終了を発表。以降はエンタープライズソフトウェアとサイバーセキュリティに転換し、車載組込OSのQNXなどを主力としている。

つまり「企業として消えた」のではなく「ハンドセット市場から消えた」が正確である。講義の趣旨(環境適応の失敗による市場からの退出)は成立するが、企業そのものはソフトウェア企業として存続している。

ノキアについては講師が後段で「結局生き残っている」と補足しており、これも公開情報と整合する。ノキアは携帯端末事業から撤退後、通信インフラ事業者として再構築し、2022年には売上200億ドル超、5Gインフラ市場で29%のシェアを確保した。2024年時点で無線部門だけで約75億ユーロ(約87億ドル)、全社売上の約40%を占める。2025年11月には事業をネットワークインフラとモバイルインフラの2セグメントに再編し、AI・データセンターネットワーク・6Gへ軸足を移している。

ノキアと中国が示した「サーチの広さ」

講師の補足はさらに具体的だった。ノキアは携帯電話の通信に関わることを徹底的に勉強したため、結果として通信インフラ側で大復活している。中国についても、米国に半導体をやられて「潰れるかもしれない」となったとき、米中関係から想定されるリスクを考えた上で自動車に入っていき、高速でルーティンを回して自動車で黒字を出す状態まで持っていった、という読み方が示された。

共通しているのは、自分たちから遠いところ、あるいは関連するところまでサーチを広げ、いつでも準備できる状態にしていたことである。一つの領域でやられたときに、別の領域へ移って高速でルーティンを回す。この二段構えが復活を可能にした、という整理だった。

理論そのものへの懐疑も記録しておく
質疑の中で「経営理論は次々に出てくるが、本当に正しいのか、思いつきで作っているのではないか」という率直な疑問が出された。回答は理論を擁護するものではなく、本質は分からないという趣旨だった。理論は今の環境を見て言葉にしたものであり、環境が変われば前提が変わるため、新しい理論が出続ける。だから学ぶ側に必要なのは、その理論が今の環境にどこまで当てはまるのかを自分で見極める目安を持つことだ、と締められた。
Q&A

この回の質疑応答

最適化は短期目線で、進化は長期目線という理解でよいか。環境変化には時間がかかるので、リサーチの時間を長く取り、環境と合致した時点で合理的になることを狙っているのか。

長期目線という点はその通り。ただし「合理的」の意味は見る視点によって変わる。研究開発に資金を投じれば手元に利益は残らず、短期的には市場から評価が下がりやすい。しかし10年後にどちらが生き残りやすいかを基準にすると、合理性の中身がまったく変わる。

会社経営でゴールは決めない方がいいという話と、どうつながるのか。

ビジョンで重要なのは、企業がどちらの方向へ走ればいいかという方向性を示すこと。達成できそうにないほど遠いゴールの方がよい。イーロン・マスクは絶対に達成できないゴールで方向性を決めただけで、だからこそ成長し続けられるし投資も集めやすい。ミッションはその手前に現実性のある中継地点を置くもので、彼の場合は個別計画を次々に打ち出すことがそれに当たる。

長期ゴールを置いた上で、環境変化を見ながら「今はこのゴールを目指している」と見せ方を変え、裏では長期で持ち続けるということもあるのか。

その通りで、それが最も分かりやすく人を引きつけやすい。イーロン・マスクの動きを進化論的に見ると、こうしたものがベースにあることが見えやすい。

組織エコロジー理論では企業は変化できず埋没費用も回収できないとされるが、企業進化理論ではルーティンで改善すれば良くなるという話になる。相反しないか。

前提が違う。それ以前の理論は企業が環境を変えられることを前提にしていたが、企業進化理論は環境を変えられないという立場に立つ。だから変えられない環境にどう適応するか、環境に合った企業をどう作るかという考え方になる。

それはダーウィンのように淘汰されるのではなく、環境に適応して生き残るという視点か。

その通り。ブラックベリーはiPhoneより先に出て性能も良かったが市場から消えた。能力や技術が低かったからではなく、環境に適応できなかったから。ノキアも同様で、逆に適応がうまかったのがAppleだった。

経営理論は次々に出てくるが、本当に正しいのか。思いつきで作っているのではないか。

本質は分からない。理論は今の環境を見て言葉にしたものにすぎず、環境が変われば前提も変わるので新しい理論が出続ける。学ぶ側は、その理論が今の環境にどこまで当てはまるかを見る目安を持つ必要がある。

(補足質問)深く掘り下げるだけでなく、別のところから統一を取ってきて進化に入れるということか。

そうなる。インプットするのはいい。問題はどれだけ高速でアウトプットするか。サーチがインプット、ルーティンがアウトプットで、広くインプットして高速で大量にアウトプットする。それが進化するという点が今回の講義の中心である。

ACTION

宿題・アクションアイテム

  1. 自社(または分析対象企業)の「ルーティン」が、成長を目的とした行動になっているか、単なる反復になっていないかを点検する。
  2. サーチの範囲を、現在の事業領域からどれだけ外に広げられているか棚卸しする。ノキアの通信インフラ転換、中国の自動車転換のような「隣接領域の準備」があるかを基準にする。
  3. インプットとアウトプットの比率を測る。どちらかに偏っていないか、高速で回せているかを確認する。
  4. 研究開発投資と短期利益のトレードオフについて、自分が何年後の生存を基準に「合理的」と判断しているかを言語化する。
  5. ネルソン&ウィンター『An Evolutionary Theory of Economic Change』(1982)と、その源流にあるシュンペーターの議論を照合する。
GLOSSARY

用語集

企業進化理論市場や企業群を一つの生態系と見なし、企業がどう振る舞い生き残るかを生物進化のアナロジーで説明する理論。ネルソンとウィンターが1982年に定式化した。
ルーティン生物進化における遺伝子に相当。一般用語の「同じことの繰り返し」ではなく、成長のために必要な日々の行動を指す。成長を目的としていない反復はルーティンではない。
サーチ遺伝子の変異に相当する探索行動。現在の事業領域の外まで広げて調べることで、ルーティンを進化させる材料を得る。
セレクション自然淘汰に相当する市場の選択。企業側が操作できる変数ではなく、ルーティンとサーチをうまく回せない企業が淘汰される。
限定合理性意思決定者が全体を見通せず、限られた情報と閉じられた空間の中で選択せざるを得ないという前提。完全合理性の対義語。
暗黙知その企業しか持たない技術・知識・ノウハウ。言語化されにくいため模倣が難しく、蓄積されることで競争力の源泉になる。
共進化競合が多い環境ほど互いに進化が促され、結果として生存率が上がるとされる現象。ついていけない主体は脱落する。
組織エコロジー理論前回扱われた理論。企業は環境によって左右され、内部的圧力や埋没費用のため変化しにくいとする立場。企業進化理論はここに「適応の余地」を持ち込む。