この回の後半、一人の参加者が持ち込んだ資料が議題になった。米国在住の中国人インフルエンサーが書いたという、リガク・ホールディングスに関する140ページのリサーチレポートである。持ち込んだ本人は金融実務の側の人間で、以前からこの銘柄を追っており、大株主である投資ファンドの保有株を取りに行こうと1年ほど検討していたという。ところが自分が気づいていなかった論点がこのレポートで可視化されており、衝撃を受けたと述べた。
主宰者は、その資料を事前に15分ほど流し読みしただけだと断ったうえで、指摘を6点にわたって並べた。転換コストの不在、中国の競合企業、人材の流出、X線管球のサプライチェーン、代替技術の可能性、そして稼働率という指標。いずれも「レポートに書かれていないこと」であり、書かれていることの誤りではない。ここがこの回の実演の中心だった。良いレポートを読むとは、そこに書かれた論理を追うことではなく、書かれなかった領域を特定することである。
主宰者は同時に、このレポートを高く評価してもいる。「久しぶりにすごいレポートを見た」「ウォールストリートのアナリストでさえ見落としていた点がある」「本当の意味でのインフルエンサーだ」。さらに、日本のアナリストの仕事はAIで代替可能な水準にとどまっているのではないか、という辛辣な評価も添えられた。
持ち込んだ本人の自己分析も記録に値する。彼は自分が「ファンドの持ち分を2,000億円規模で引っ張り出せば儲かる」という発想から入っていたため、アップサイドをほとんど考えていなかったと述べ、それを「金融の職業病」と呼んだ。バイアスは他人の分析ではなく、自分の出発点の置き方に宿る。
まず持ち込んだ参加者が会社の概要を説明した。彼の説明では、リガクは2021年に投資ファンドのカーライルが80%を出資する形でMBOを実施し、経営陣側が20%程度を保有。バリュエーションは1,000億円程度だった。その後、2024年に上場している。上場後もカーライルが40%程度を保有しているため、将来的な売却圧力——いわゆるハングオーバー——が株価の重しになるのではないか、というのが彼の懸念だった。
続いて主宰者が、会社の事業構造を整理した。リガクはもともと科学分析機器のメーカーだったが、半導体の製造装置メーカーへと軸足を移そうとしている。ここに一種のパラダイムシフトが起きようとしている、というのが彼の見立てである。
主宰者が説明した技術的な必然性は二本立てだった。
データセンター向けに高帯域メモリ(HBM)の需要が拡大し、世代が進むにつれて積層構造が複雑になる。内部の微細な欠陥は外からは見えないため、X線による非破壊検査が合理的な手段になる。次世代のGPU基盤の展開に合わせて市場が伸びる、という筋書きである。
パワー半導体ではシリコンの耐熱性が限界に近づき、炭化ケイ素(SiC)やガリウム系の材料への転換が進む。材料が変われば従来の検査装置では微小な欠損を捉えられなくなる。そこをX線でカバーするというのがリガクの位置づけになる。
主宰者は、リガクを本レポート第1本目のネットワーク理論の語彙で位置づけてもいる。この会社は大学の研究機関出身のエンジニアを中核に持つという意味で、「疎なネットワークではなく密なネットワークが極めて強い会社」である、と。この評価は、後に述べられる人材流出リスクの伏線になっている。
カーライルの投資について。 日本経済新聞の報道によれば、カーライルは2021年1月に株式会社リガクへの投資を発表しており、規模は1,000億円規模、取得比率は8割とされている。参加者が述べた「80%」「1,000億円」はこの報道と一致する。ただし1,000億円は投資額の規模であって企業価値評価額そのものとは限らない点は留意が必要。持株会社(リガク・ホールディングス)はカーライルが2020年12月に設立している。
上場について。 リガク・ホールディングス(証券コード268A)は2024年10月25日に東証プライム市場へ上場した。公開価格1,230円に対し初値は1,205円と公開価格を下回り、初値ベースの時価総額は約2,700億円だった。参加者が述べた「2,000億円で上場させて」という表現は、公開データ(約2,700億円)と食い違う。
カーライルの保有比率について。 参加者は「IPO後もまだ40%くらい持っている」と述べたが、上場時点の報道ではカーライルが株式の75%を保有する大株主とされている。発言の「40%」がどの時点の数値を指すかは確認できなかった要確認。いずれにせよ、彼が指摘した「将来の売却圧力」という懸念の方向は、後述のとおり現実の展開と一致した。
X線回折装置のシェアについて。 勉強会中、主宰者が「40%くらいか」と問い、持ち込んだ参加者が「もっとある」と答える場面があった。公開情報では、リガクはX線回折装置(XRD)で国内首位・海外2位のシェアを持つとされ、国内シェアを75%とする記述、世界シェアを3割とする記述が確認できたが、出典によって数値が異なる要確認。「40%」という数字の裏付けは取れなかった。
持ち込んだ参加者の説明によれば、そのレポートは「リガクは隠れた優良企業なのか」という趣旨のタイトルで、保守的なケースとアップサイドのケースに分けて2030年までのバリュエーションを提示するモデルを含んでいた。証券会社が出すリサーチではなく、個人が書いたものである。HBMやロジック半導体の話題を含め、見せ方に工夫があり、「3Dチップ設計」の図解などが優れていると主宰者も評価した。
特筆されたのは「ウォールストリートのアナリストでさえ見落としているポイント」が明示されていた点である。持ち込んだ参加者は、自分自身が1年間この銘柄を追いながら気づかなかった論点が可視化されており、日本企業でありながら日本の投資家も含めて誰も気づいていなかった点があったと述べた。
そして市場の反応が早かった。彼の説明では、レポート公開後に「あちこちから買い注文がどんどん入っている」状態になり、会社自体が驚いていたという。通常であれば証券会社がリサーチを出し、レーティングを付けてから買いが入る。個人のレポートをきっかけにトップクラスの投資家が買いに来るのは自分も見たことがないし、会社の人も困惑していた、と述べている。株価は1,000円台から2,000円ほどへ、一気に水準を切り上げた。彼はさらに「昨日も買っているのは外国人、アメリカだ」と付け加えた。
主宰者はデータの出所についても目を通しており、ブルームバーグや大手経済紙、ビジネス系メディアのデータがかなり使い回されていると指摘した。「ちゃんとトレンドは追っている」という評価である。また、レポートの書き手が自分のポジション保有を明記していること、インサイダー情報なしで書かれていることも確認されている。
ここからが主宰者の実演である。彼は繰り返し「概要をざっと見ただけ」「もっとリサーチをかければもっと出てくる」と断ったうえで、6点を挙げた。
| 論点 | レポートに書かれていたこと | 主宰者が指摘した欠落 |
|---|---|---|
| ①転換コスト | 分析機器メーカーから半導体製造装置メーカーへの転換シナリオと、2030年までのバリュエーション | 転換の過程で発生するコストがモデルに入っていない。その間の数年、利益率が圧迫されるはずだがそれが見えない。現在のフリーキャッシュフローで賄えるのか、どういう資金調達をするのかが読み取れない |
| ②中国の競合 | X線検査を日本の独自技術として扱う書き方 | 中国企業がすでに同種の装置を手がけている。XRD/XRFでリガクの科学分析系製品と競合する製品が中国国内で発表されており、廉価版が量産されている。中国は量産を始めると品質を上げてくる |
| ③人材の流出 | (言及なし) | リガクの技術者が中国メーカーに引き抜かれている。アカデミア出身者や日本人技術者が破格の条件で移っており、そのニュースは中国側ですでに出ている。密なネットワークが強みの会社にとって、これは中核の毀損にあたる |
| ④管球のサプライチェーン | 垂直統合を強みとして提示 | X線を通すチューブ(管球)は消耗品であり、高出力で稼働させると寿命が短くなる。組み立ては垂直統合でも、その供給側は結局中国が握っている |
| ⑤代替技術 | X線検査が唯一の解であるかのような記述 | EUV露光装置などでもある程度カバーできるという研究報告が存在する。中国側でX線以外の代替手段の開発も進んでいる |
| ⑥稼働率 | 営業利益率30%への到達シナリオ | 山梨の工場の稼働率が実際の制約になっている。営業利益率が12%程度まで落ちた局面があり、稼働率の向上こそが一つのKPIになるのではないか |
主宰者の結論は、批判ではなく設計への提案として述べられた。「リスクはこういうものがあるが、こういうロードマップで、こういうコアコンピタンスがあるからこそ強い」という構成のレポートであれば、もっと良かった。自分が書くならそうする——地政学的なリスクも人材の問題も全部書いたうえでレポートにする、と。
主宰者が名前を挙げた中国企業のうち、ひとつは「ユニコンプ」、もうひとつは社名を思い出せず「丹東(たんとう)の、東に奥に利と書く会社」と説明されていた。公開情報で確認したところ、後者は丹東通達科技(Dandong Tongda Science & Technology Co., Ltd.)である可能性が高い。同社は中国国内で最大のシェアを持つX線回折装置メーカーとされ、XRD/XRF向けのガラス管球・セラミック管球・メタルセラミック管球も製造している。管球まで自社で扱っているという点は、主宰者が指摘した④のサプライチェーン論点と整合する。前者はUnicomp Technology(電子部品向けX線検査装置メーカー)と考えられる。主宰者が「この会社は50年以上ある」と述べた点については、今回の検索では設立年を確定できなかった要確認。
この勉強会から約半年が経過した。主宰者が指摘した論点のうち、検証可能なものについて公開情報と突き合わせる。
勉強会で主宰者が挙げた第一の穴——転換コストによる利益率の圧迫が見えない——は、その後の決算で数字として現れた。2026年12月期の上期(第2四半期累計)は、売上収益395億6,500万円(前年同期比2.9%減)に対し、営業利益25億7,900万円(同54.9%減)。営業利益率に直すと6.5%である。勉強会で「12%くらいまで落ちた」と語られた水準を、さらに下回った。
一方で会社の通期予想は、売上収益1,010億円(前期比7.2%増)、営業利益194億円(同16.1%増)と据え置かれており、下期に大幅な回復を織り込んだ形になっている。半導体プロセスコントロール部門はAI向け需要を背景に伸びており、2025年12月期は同部門が19%増の278億円と全体をけん引していた。つまり成長の筋書き自体は生きているが、その筋書きが実現するまでの谷が、主宰者の指摘どおり数字に出た。
第二に、持ち込んだ参加者が最も懸念していたカーライルの売却圧力は、勉強会のわずか2か月後に現実化した。2026年5月22日、カーライル関連のアトム・インベストメントが国内外で2,958万300株の売り出しを決定。需要に応じて最大443万7,000株が追加され、5月22日終値ベースで約891億円規模の売り出しとなった。売出価格は6月上旬に決定されている。「カーライルが売ってこないと動けないのではないか」という彼の見立ては、方向としては正しかった。
第三に株価である。勉強会当時の発言では「1,000円台から2,000円くらいになった」とされていたが、2026年9月7日時点の株価は1,711円である。売り出しと上期の減益を経て、当時の水準からは下がっている。
①「2,000億円で上場させた」→ 初値ベースの時価総額は約2,700億円。
②「IPO後もカーライルが40%保有」→ 上場時の報道ではカーライルの保有は75%。40%がどの時点を指すかは未確認。
③「営業利益率が12%まで落ちた」→ 2025年12月期の通期は売上収益941億1,700万円・営業利益181億4,500万円で、営業利益率は約19.3%。12%という水準は特定四半期の数値か、別の指標を指していた可能性がある。なお2026年上期は6.5%とさらに低い。
④「デンソーと三菱電機・東芝・ロームの連合」の構図(第2本目で詳述)→ 実際に統合の基本合意を結んだのはローム・東芝デバイス&ストレージ・三菱電機の3社で、デンソーは買収提案を取り下げた。
いずれも発言を書き換えず、食い違いとして記録する。
初値1,205円で時価総額が約2,700億円だったことから、発行済株式数はおよそ2億2,400万株と逆算できる。この株数を前提にすると、2026年9月7日の株価1,711円における時価総額は約3,830億円となる。勉強会で語られた「今が4,000億円」という水準は、当時の株価(約2,000円なら約4,480億円)に照らしておおむね妥当な桁感だった。また同じ場で「9,000円まで行けば時価総額は2兆円近く」という発言があったが、これも2億2,400万株を前提にすれば約2兆円となり計算上は整合する。ただしこれはClaudeによる概算であり、実際の発行済株式数は自己株式の取得や新株発行によって変動する要確認。
この回で最も実務的な教訓は、持ち込んだ参加者自身の自己分析から出た。
彼はこう述べている。自分はカーライルの持ち分を取りに行こうと考えていた。だから「2,000億円を引っ張り出せば稼げる」というところが出発点にあり、そこからのスタートだったため、アップサイドがどのくらいあるかをあまり考えなかった。そういうバイアスをかけて自分の頭が動いていたことが、最も根本的な問題だったと後で気づいた——と。
主宰者はこれを即座に一般化した。「それは金融の職業病である」。案件を取りに行く立場に置かれた人間は、その案件をどう取るかという問いの形でしか対象を見なくなる。対象そのものが持つ上振れの可能性は、問いの外側に落ちる。持ち込んだ参加者の言葉では「売らせることばかりを考えていた」。
議論の流れで、日本の証券アナリストに対する厳しい評価が両者から出た。主宰者は「今の日本のアナリストは、AIで完全に代替できるような仕事しかしていない」と述べ、持ち込んだ参加者は「それでもまだ数千万円もらう人がいる」と応じた。彼はさらに、IR担当者が自分の予想表を作りたいがために細かい数字ばかり聞いてくること、フォワードの数字をアナリストがほとんど出さなくなったこと、年間数百万円を取るスポンサード・リサーチの内容が乏しいことを挙げている。
両者が一致したのは「こういう人がインフルエンサーとして情報発信してくれれば良い教育媒体になるのに」という点だった。主宰者は「こういうことができる人間はそもそも表に出てこない」とも述べている。
会の終盤、主宰者が自身の少年期の写真を画面に映した。集合写真のなかで本人がどこにいるか、参加者の誰も特定できなかったという一幕から始まっている。本人の説明では、それは15歳から16歳ごろ、米国で撮られたもので、大学の研究室に関わっていた時期のものだという要確認。本人は自分を「超優等生だった」「真面目だった」と繰り返し述べている。
一方で参加者からは、当時の本人が現在より粗暴だったという趣旨の指摘が複数出た。本人もこれを否定せず、「当時のほうが今より行っていた」「同級生からは『丸くなったな』と言われるレベルだ」と応じている。誰彼構わず衝突していた可能性についても本人は肯定的に語った。手口にあたる具体的な記述はここでは行わない。
この節が本レポートに収録される理由は、本人が語った記憶力の話が、この回の前半で実演された「15分でレポートの穴を6点挙げる」という行為と地続きに見えるからである。
本人の主張は率直だった。当時のほうが今より頭が良かった、記憶力も含めて今の100倍くらいだった、脳は劣化する——と。さらに「当時の自分が今の自分に会ったら、間違いなく『この大人はバカだ』という目線で見るだろう」とも述べている。参加者が「では当時の本人がこのクラブに入ってきたら」と問うと、「誰彼構わず喧嘩を売って、一人ずつ叩きに行っているかもしれない」と答えた。
記憶力の傍証として語られたのが、トランプのカードゲームでの逸話である。本人の説明では、山札が切られて流れていくカードを見て頭の中で全て記録し、終盤で相手の手札を一枚ずつ言い当てる。参加した相手が「相手にカードを見せながらやっているようなものだ」と言って途中で抜けた、という話が紹介された。麻雀でも、親の三倍満で一局を決めたという逸話が語られている。
会の終わりには運営上の連絡が共有された。翌週月曜のZoom終了後にリーダーミーティングを実施すること、5月に開催予定のエキスポについて参加メンバーを引き続き募集していること、4月11日に参加者が集まる催しを予定していること、その場でカードゲームの大会を行う予定であること、などである。
また、この日の議論——CFOの二刀流とネットワーク理論——が、参加者の一人が連載している日本CFO協会のブログで翌月中旬ごろに記事化される見込みであることも共有された。彼女は3月16日付で、この勉強会で扱われた思考法をテーマにした記事をすでに掲載しているという。主宰者は「ここでやったことが1か月後に記事になって出る」と応じ、双方が謝意を述べて会は終了した。