拡大し、進化し、その次に統合する
きっかけは一つの質問だった。マーク1で個人の企業家に注目していたシュンペーターが、なぜ後にマーク2、つまり組織へ視点を移したのか。そもそも視点を変えたのか、時代背景がそうさせたのか。この問いに対して主宰講師が答えた内容が、そのまま枠組みの提案へ発展していく。
整理はこうである。マーク1は個人、マーク2は組織。そもそも対象が違う。そして性質としては、マーク1が拡大するサーチ、つまり探索の幅をどれだけ広げられるかの勝負であり、個人が集まって組織になる過程で暗黙知が形式知へ変わっていく段階にあたる。サーチだけで仕事をする人はアイデア勝負になる。マーク2ではそれがR&Dと設備投資に置き換わる。
ここに時代を当てはめると分かりやすい。拡大するサーチの段階に相当するのがドットコム期の初期、ウェブ3、そして生成AIである。マーク2に移ると、AIに合わせて半導体が設計され、推論に最適化され、バイオ医薬品にも波及していく。個人から組織へ、というシュンペーターの転換は、そのまま産業の段階に対応している。
だがここで主宰講師は立ち止まる。この対応関係は、マーケティングでいえば1.0から3.0までしか説明していないのではないか。4.0以降に対応する体制が、シュンペーターの枠組みには存在しない。ならばマーク3を作ったほうがよいのではないか――ここから議論が始まった。
拡大も進化も、すでに起きた。残っているのは統合である。業界の壁、地域の壁、学問の壁を払って束ね直す能力が次の競争条件になる。そして皮肉なことに、その統合を最初にやっているのは学問ではなく企業のほうだ――理論が現実に先を越されている、という自己批判がこの議論の芯にある。
三つのサーチ──拡大・進化・統合
主宰講師が黒板に置いた対応関係は単純である。個人がサーチを広げるのが拡大するサーチ、組織がそれを深めるのが進化するサーチ、そして分散したものを一つに束ねるのが統合するサーチ。前二つはシュンペーターのマーク1とマーク2に、そして進化するサーチという語は前田氏が以前から使っていた表現に対応する。
拡大するサーチの特徴は、誰でもアクセスできることだ。だからアイデア勝負になる。マーク2になると組織の勝負に変わり、いかに他者が真似できない構造を作るかが問われる。では統合の段階では何が問われるのか。ここで主宰講師が挙げたのが自律分散という言葉だった。分散されたものを自律的に動かすには巨大なデータが必要で、分散した資源をどうネイティブに編み込むかという問題になる。オープンソース的な環境が前提になり、そこで初めて文脈が効いてくる。
| 段階 | サーチの様式 | 主体 | 時代の例 |
|---|---|---|---|
| マーク1 | 拡大するサーチ(幅を広げる) | 個人・新規参入者 | ドットコム初期、ウェブ3、生成AIの立ち上がり |
| マーク2 | 進化するサーチ(深く掘る) | 組織・大企業のR&D | AI向け半導体設計、推論最適化、バイオ医薬品 |
| マーク3(仮) | 統合するサーチ(束ね直す) | コミュニティ・エコシステム | 自律分散型システム、AIと人間の共存 |
📌 Claude補足|マーク1/マーク2は誰が名づけたか
この二つの呼称はシュンペーター本人のものではなく、後世の研究者によるラベルである。シドニー・ウィンターが1984年に二つの様式化された体制として定式化し、マレルバとオルセニゴが1990年代に技術体制論として発展させた。マーク1は「拡大パターン(widening)」と呼ばれ、革新活動の集中度が低く、革新者の規模が小さく、顔ぶれの入れ替わりが激しい状態を指す。マーク2は「深化パターン(deepening)」で、集中度が高く、革新者の規模が大きく、順位が安定し新規参入が少ない状態である。
そして産業のライフサイクルの中で、マーク1型の組織がマーク2型へ移行しうるとされている。つまり「個人から組織へ」という講義の整理は、この文献上の理解と一致する。マーク3という第三の体制は、現時点では確立した学術用語ではない。この回の中で仮に置かれた枠組みである点は明示しておきたい。
4.0で壁を払えなければ、共創は成立しない
マーケティングの段階論が持ち出されたのはここである。1.0は需要、2.0はニーズ、3.0はインサイトへと進み、4.0ではアイデンティティと文脈が主題になる。そして4.0の中心にあるのが共創だ、というのが主宰講師の読みだった。
共創が成立する条件は何か。昔の産業には業界という壁があった。3.0までは、その壁の内側で流行やミームが繰り返されているだけで済んだ。だが共創を前提にするなら、この壁をどう払うかが問題になる。払えなければ共創にならず、分断したまま終わる。地域の壁も同じである。地球上のデータがほぼ取り尽くされつつある状態なのだから、それを統合したうえで業界と地域の壁を吹き飛ばさなければ4.0には届かない、という論理だ。
学問も同じ構造だと主宰講師は言う。広がっていった学問は最終的にどこかで統合されなければ哲学にならない。マーク3とは、学問的にも行動的にも業界的にも技術的にも統合が進む体制であり、それが生まれない限り4.0という概念には手が届かなくなる地点が出てくる。ティール組織の段階論でいえばグリーンの方向へ向かうポイントではないか、という補足も添えられた。
📌 Claude補足|コトラーの段階論の刊行年と中身
『マーケティング4.0』は原著2016年(邦訳2017年)、『マーケティング5.0』は原著2021年(邦訳2022年)に刊行されている。4.0の主題は顧客の自己実現を支える点にあり、5.0はその自己実現を引き継ぎつつ、ビッグデータやAIといった技術の活用に軸足を移している。講義で4.0の鍵として挙げられたアイデンティティと文脈という整理は、この4.0の中身と概ね対応する。
なお「4.0から5.0へ向かう」という講義の語り方は、コトラー自身が5.0で示した方向(技術による人間性の拡張)とは強調点が異なり、自律分散やコミュニティを中心に置く点で主宰講師独自の読み替えが入っている。これは講師の見解であり、コトラーの定式そのものではない。
理論が現実に追い越されている
主宰講師がもう一つ強調したのは、学問側の遅れである。経営学として教えられているものの多くは3.0までの枠組みで止まっている。コトラーは扱ってもSDロジックはほとんど扱われない。4.0から先はいまだ模索段階で、ほとんどが仮説のまま置かれている。SDロジックにしても大雑把な概念にとどまり、ダイナミック・ケイパビリティも概念に近く、その中で使える具体的なツールが揃っているわけではない。
そのうえで示されたのが、学問の壁を取り払うことこそアカデミアにおけるダイナミック・ケイパビリティだ、という見立てである。サーチする場は拡大もできたし進化もできた。次は統合に向かう番だ、という流れになる。そして統合をすでに実行しているのは企業のほうで、データ統合の領域では学問より先に進んでいる、と名指しの例まで挙げられた。
この指摘に前田氏が応じた。マーク3という発想には同意するが、その前にマーク1とマーク2そのものの定義を新しくする必要があると考えている。加えて、イノベーションを調べていて強い不満があるという。理論が全部断片的で、直接には繋がっていない。イノベーション理論とは言うものの、実際にはそのほとんどが成長モデルと教育モデルの話ではないか。だとすれば、成長・教育・リサーチをきちんと統合するモデルを作ることが、これから求められている――というのが前田氏の応答だった。
主宰講師はこれを受けて、統合の手段を具体的に挙げた。コトラーでもよいし、ネルソン&ウィンターのルーティンを使って説明してもよい。仮説検証の理論を立ち上げ、断片を全部統合したうえで何が生まれるかを見れば、ある程度似た形のものが出てくるはずで、そこではっきりした言語化ができるのではないか。逆にそれをやらなければ、4.0に学問が追いつかず、机上の空論が増えていくだけだという。
議論の締めとして、前田氏は今回の講義全体の位置づけを言い直している。イノベーションとは単に新しいものを生み出すという話ではない。どうやって成長するかがあって、初めてイノベーションを生み出せる。そしてイノベーションの定義そのものが理論ごとにバラバラである以上、なぜバラバラなのかを見ていくこと自体が重要な作業になる、と付け加えた。
質疑応答
宿題・アクションアイテム
- 自分の関心領域が、拡大するサーチ・進化するサーチ・統合するサーチのどの段階にあるかを判定する。判定の根拠として、参入の容易さと模倣困難性の高さを挙げる。
- 自分の業界にある「壁」を三つ挙げ、それが払われたときに何と何が組み合わさるのかを具体的に書き出す。
- 関心のある理論を二つ選び、それが断片のまま置かれている点はどこか、統合するとしたら何を接着剤に使えるかを整理する。
- コトラーの4.0・5.0を原典に当たり、この日の議論での読み替え(自律分散・コミュニティ寄りの解釈)がどこから始まっているかを確認する。
- データ統合をすでに実行している企業を一社選び、学問側の枠組みでその動きが説明できるかどうかを試す。説明できない部分が、そのまま理論の穴になる。