前回の「ルーティン・サーチ・セレクション」の続編。今回は三語のうちサーチとセレクションに絞り、ブロックバスターとNetflixという一組の対照例を通して、企業が探索を止めた瞬間に何が起こるかを追った回である。後半には、サーチを段階として整理する四つの類型が提示された。
この日の講義は、前回扱ったネルソンとウィンターの企業進化理論の続きとして始まった。三本柱のうちルーティンは前回済ませたので、今回はサーチとセレクションを掘る、という導入である。講義の組み立てはきわめて単純で、同じビジネスモデルから出発して正反対の結末を迎えた二社を並べ、その差はどこで生まれたのかを一本の線で辿っていく形を取った。
選ばれたのがブロックバスターとNetflixである。どちらも元はビデオやDVDを貸して収益を上げる事業だった。強かったのは最初、ブロックバスターのほうだ。それが現在、片方は名前すら聞かなくなり、片方は全世界に広がっている。この差を「経営者の能力差」や「先見性」で片づけないところが、この理論の使いどころだった。差を生んだのは選択環境の変化であり、その変化に対してルーティンを組み替えられたかどうかである、という説明の順序が最後まで崩されなかった。
後半、講師(マイキー氏)が加わってからは、この理論が個人の学び方の話へ折り返される。分かりやすい説明ばかりを求める姿勢はローカルサーチの穴にはまっている状態であり、分からない領域に足を突っ込む行為こそがディスタントサーチである、という展開だった。ここは理論の解説というより、参加者への当てこすりを含んだ実践論として語られている。
サーチは「良いアイデアを見つける行為」ではなく、失敗を大量に生産する行為である。そして失敗を生産し続けた企業だけが、市場の審査を受ける権利を持つ。ブロックバスターが死んだのは判断を誤ったからではなく、儲かっていたために失敗を作る必要がなかったからだ、というのがこの日の結論だった。
開始前の雑談は、講師の自社YouTube運用の話から入った。制作を委託している会社が動画を伸ばしたり殺したりを繰り返している、という愚痴である。ここで出た運用方針が後の理論と噛み合っていて興味深い。講師は委託先に対し「1位を狙うな、ビリも取るな、毎日5位前後でいい」と指示しているという。1位になるとインプレッションが広がりすぎて想定外の視聴者層が流入し、その排除にかかる調整コストのほうが大きくなるから、という理屈だった。到達範囲の最大化ではなく、到達範囲の制御を目的に置いている点が特徴的である。
そのうえで講師は、委託先に「自分のチャンネルで失敗していいからチャレンジしろ」と言い続けていると述べた。仮説検証として攻めたサムネイルやタイトルを試させる。しかし少し放置すると、必ず元のやり方に戻るのだという。ここで「人は無意識に自分の安心領域へ戻る」という言い方がされ、参加者からも「身につまされる」という反応が出た。行動を変えようとしても習慣を変えようとしても元に戻るのが人間の行動パターンであり、だから外から言い続ける役割がいなければエッジは効かない、という話である。この「元に戻る力」は、後に扱うブロックバスターの硬直性と同じ構造を持っている。
そのほか、インドの新幹線案件で日本側の見積もりが他国の3倍から10倍に達し、結果として設計ごと欧州メーカーに流れたという報告、大阪での展示会で「問題を起こす出展者を褒めたい」という講師の姿勢、そして「僕のチャンネルは世に広がらないほうが世のためだ」という自嘲が続いた。
また、この日が何の日か知っているかという問いかけがあり、講師はドラゴンクエスト40周年記念であることを挙げて、配信を見ながら講義をすると述べている。宿題についても言及があり、前回「メッセージにすぐ返さない」と講師を諌めた参加者がいたことを引き合いに、今回出す宿題は最低でも30人が必ず提出してくれるはずだ、という念押しが行われた。
初代『ドラゴンクエスト』のファミリーコンピュータ版は1986年5月27日発売であり、2026年5月27日はちょうど40周年にあたる。講義中の「今日が40周年記念」という発言は日付として整合する。
講義(担当:前田氏)はまず、両社が同じ出発点にいたことを確認するところから始まった。ビデオやDVDを店舗で貸し出し、その対価で収益を上げる。この点においてブロックバスターとNetflixの間に本質的な差はなかった。差が生まれたのはインターネットが普及したときである。家にいながら映像が見られる環境が生まれた瞬間、「本当に店舗まで行きますか」という問いが立ち上がる。この問いに対して、両社の答えが分かれた。
Netflixはビジネスモデルそのものを組み替えた。ストリーミングと月額定額制へ移行し、さらにオリジナルコンテンツの制作にまで踏み込んでいく。ブロックバスターは同じモデルを継続した。前田氏の整理では、これはサーチをしなかったことの帰結であり、その結果として市場から退場を命じられた。
ここで導入されたのが選択環境という概念である。企業が生き残れるかどうかを審査する外側の条件のことで、市場だけでなく規制、技術、社会といった複数の審査主体を含む。インターネットの普及は、この選択環境が変化した出来事として捉えられる。ブロックバスターが受けたのは「選択環境に適したルーティンを作れなかったことへのペナルティ」であり、Netflixが得たのは「切り替えたことへのリワード(報酬)」だった。報酬を得たことで成長し、成長したことでさらに顧客に選ばれる。この循環に入れたかどうかが分岐点である。
| ブロックバスター | Netflix | |
|---|---|---|
| 環境変化への対応 | 既存モデルを継続。店舗貸出と延滞料金という成長モデルを維持 | ストリーミングと月額定額制へルーティンを組み替えた |
| サーチ | 実質的に停止。自分たちの枠内でどう稼ぐかだけを探索 | 他産業にも入っていく前提で継続 |
| 市場の判定 | ペナルティ。利益低下 → 衰退 → 退場 | リワード。利益向上 → 成長 → さらに選ばれる |
前田氏はこの構造がダーウィンの進化論と同型であることを改めて指摘した。自然選択、すなわち自然淘汰において生き残るのは強いものではなく環境に適応できたものである。企業の世界でも同じメカニズムが働いているのではないか、というのが企業進化理論の見立てだった。セレクションとは、市場が企業を選別し、退場する企業を決める働きそのものを指す。
Netflixの創業は1997年、DVDの郵送レンタルが出発点である。ストリーミングサービスの開始は2007年。ブロックバスターは2010年に連邦破産法の適用を申請しており、負債は9億ドルを超えていた。
講義では触れられなかったが、ブロックバスターは2000年にNetflixを5,000万ドルで買収する機会を打診され、これを断っている。また2007年には「Total Access」というオンラインとリアル店舗を組み合わせたサービスを投入し、初年度で200万人のオンライン会員を獲得している。つまりブロックバスターは何も試さなかったわけではない。ただし店舗網という重い固定費を抱えたまま踏み込んだため、ディスク1枚貸すごとに2ドルの赤字が出る構造になったと報じられている。「サーチをしなかったから死んだ」という講義の説明は骨格としては正しいが、より正確には「サーチのタイミングが遅く、既存ルーティンの重さを解けないまま踏み込んだ」というのが実態に近い。
次に整理されたのがサーチの種類である。第一の軸は変化の幅で、ゆっくり進む漸進的サーチと、大きなリスクを取って一気に動く急進的サーチに分けられる。
成功率が高く、コストが低い。既存の延長線上で精緻な改善を積み上げる。ただし得られる成長も限定的になる。
成功率が低く、コストが高い。当たったときの市場規模と成長率が桁違いに大きい。最初からこれをやると失敗する。
この比較だけを見ると急進的サーチをやる意味がないように見えるが、前田氏はどちらが良い悪いではなく組み合わせの問題だと補足した。ただし順序は動かない。基本は漸進から始める。コストの小さいもので少しずつ試し、当たりそうだと分かった時点でサーチの範囲と規模を拡大していく。この順番を守るほうが成功率は高い。
そしてサーチには必ずリスクが伴う。時間を失う、金を失う、そして良い方法が見つからないまま終わる。実行すればするほどコストは増大する。ここで前田氏が強調したのは、サーチには「最適解」が存在しないという性質である。何をやればいいかという答えが最初からあるなら、それはもうサーチではない。自分たちにとって最も適切なものを導き出すための手段がサーチなのだから、答えがあるならサーチは不要になる。裏を返せば、サーチをすれば圧倒的な量の失敗が生まれる。だからこそコストの小さいものから始めよ、という結論になる。
サーチを継続する → 新しいルーティンが少しずつできる → 市場・規制・社会の審査(セレクション)を通る資格が生まれる。前田氏の言葉では「サーチを継続した企業のみがセレクションされるための条件を備えている」「失敗し続けない企業はそもそも生き残れない」。企業が学習し続けることがこの三本柱全体を支えている、という形で講義は締められた。
ここから講師(マイキー氏)が加わり、第二の軸である距離の話に移る。ローカルサーチは既存のやり方・知識・設備・人材をそのまま使い、行動範囲を変えずに自分たちが今できることを探る探索である。成功確率が高く、コストも体力も消耗しない。一方ディスタントサーチは遠く離れた領域を取りに行く探索で、新しいものを取り入れるぶん負担が大きく、分からないことのほうが多くなる。だから疲れる。
この整理の直後、講師は自分たち講師陣のやり方を自己批判する形で場を揺さぶった。分かりやすく説明することは、実はディスタントサーチを阻害しているのではないか、という問題提起である。「分からないように喋って、お前らサーチしてこいと言うのが一番強い教材ではないか」と前田氏に向けて投げかけ、同意を得ている。
言葉を置き換えて分かりやすく説明するということは、本質をぼかしているということでもある。それに慣れると、人は分かること以外をやらなくなる。教え方がうまいかどうかではなく、受け取る人間の能力がどうなのかが重要であり、分からないことがあったらサーチの幅が広がるのだからラッキーだと捉えられるかどうかが分かれ目だ、というのが講師の主張である。
ただしこれは学習観として一方の極に立った意見であり、認知負荷を下げる説明が定着を助けるという立場(教育心理学の主流)とは正面から対立する。この日の場では対立見解は提示されなかったため、講師の見解として受け取るべき箇所である。
ブロックバスターについても、講師はより踏み込んだ見方を示した。彼らは分からない領域のサーチを「しなかった」のではなく、してはいたが処理できる人間が社内にいなかったという見立てである。ほとんどの社員がビデオショップの運営訓練しか受けていなかったため、遠い領域の情報が入ってきても扱えなかった。対してNetflixは、社員教育を含めて分からない分野に入っていく態勢を作っていた、という対比である。
その例として講師が挙げたのが「Netflixは2007年か2008年頃から遊園地のリサーチをしていた」という話だった。ビデオの会社がなぜ遊園地を調べるのかと当時は見えるが、現在Netflixは実際に遊園地を作ろうとしている、という文脈である。
講義では「今Netflixは遊園地を作ろうとしていますよね、今の段階だって」と現在進行形で語られたが、公開情報ではすでに開業済みである。体験型複合施設「Netflix House」はフィラデルフィア(King of Prussia Mall)が2025年11月12日、ダラス(Galleria Dallas)が2025年12月11日に開業しており、各館10万平方フィート超。3館目の計画も公表されている。
一方で「2007〜2008年頃から遊園地のリサーチをしていた」という部分は、公開情報で裏取りできなかった。要確認
講師は自身がブロックバスターの常連だった学生時代を振り返りつつ、あえて構造的な問題を挙げた。大量に仕入れ、大量に借りてもらう集客モデルであること。競合との貸出期間の長期化競争によって回転率が悪化したこと。会員カード制で、ジムと同じく登録者の3割程度しか実際には来ない幽霊会員が支えていたこと。そして最大の収益源が延滞金だったこと。
延滞を促せば促すほど儲かる。儲かっているから何もしない。さらに店内のポップコーン販売機のような、既存の枠の中でどう客から金を取るかという発想だけが積み上がっていく。そこへ、月額定額・延滞金なし・郵送というサービスを持ち込んだのがNetflixだった。講師の言い方では「相手が一番悩んでいる問題を無視し続けたのがブロックバスター」である。
郵送というモデルの効果についても補足があった。店舗に行かなくてよくなると、顧客は決まったものではなく新しいものを試す気持ちになる。フードデリバリーで普段行かない店を頼んでみる心理と同じ構造だ、という説明である。
PART 4講義の後半、サーチは四つの段階として整理された。これは順序が意味を持つ階段になっている。
| 段階 | 名称 | 内容と特徴 |
|---|---|---|
| 1 | イミテーション(模倣) | すでに市場で成功している事例を真似る。ゼロから開発するよりコストと時間が圧倒的に安く、失敗リスクも低い。ただし模倣だけでは市場で勝ちづらい |
| 2 | 研究開発・実験 | 模倣で得た資金を自社製品の強化に回す。他社が真似できないものや特許を獲得し、初めて自分たちのルーティンが手に入る |
| 3 | アクイジション(外部調達) | 買収などによって時間を金で買う。講師の表現では「成長した会社だけができる特権」であり、最初の手段ではない |
| 4 | セレンディピティ(偶発的発見) | 探索の過程で偶然見つかる掘り出し物。上の三つを回した企業にしか起きない |
講師が強調したのは、四つ目は独立した手段ではないという点である。偶発的発見が起きるのは、模倣し、研究開発に投じ、外部調達まで回した企業に限られる。「思いつかない」と言う人は、この三つをやっていないから思いつかないだけだ、という診断だった。同じ理屈で「何を喋っていいか分からない」という人は、模倣すらしていない、つまりサーチをしていないのだと断じている。
では思いつかない場合どうするか。答えは単純で、まずパクればいい。講師の言葉では「前田さんが言っていることをずっと言い続けていれば、そこに自分の知見が加わったときにオリジナリティに変わる」。段階を飛ばさないこと自体が処方箋になっている。
セレンディピティの例として挙げられたのが3Mのポストイットである。強力な接着剤を作ろうとして失敗し、逆に「強くつくが剥がれやすい」ものが生まれたという経緯だった。
3Mの研究者スペンサー・シルバーが航空宇宙向けの強力な接着剤を研究する中で、粘着力の弱い接着剤を偶然作り出したのが1968年。用途が見つからないまま社内で5年間放置された。同僚のアート・フライが讃美歌集のしおりが落ちる問題に応用することを思いついたのが1974年で、全米発売は1980年である。発見から製品化まで12年かかっており、講義で語られた「偶発的な発見」という骨格は正しいが、偶然そのものより、その後に用途を見つけて製品に載せるまでの長い探索のほうが実際には重い工程だった。
講師はこの構造を個人にも適用した。分かりやすい情報や納得のいく情報ばかりを探している時点で、それはサーチという言葉から外れている。研究者や優秀な人間は、分からないところにどう足を突っ込んで分かるようになるかを考える。例として旧約聖書が持ち出され、「長すぎるから読まない」と言うのはサーチする気がないのと同じであり、さらに悪いのはAIに要約させて分かった気になることだ、と述べられた。分からない部分が多い本ほど失敗(時間とコストの損失)になりやすいが、それを繰り返した後に読み返すと「そういうことだったのか」と気づく瞬間が来る、という体験が語られている。
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