エグゼクティブサマリー
この回の中核は、受講生から出た素朴な問いだった。量子コンピューターのほうが計算が速いのなら、なぜGPUが必要なのか。AIの技術をそのまま量子で回せばいいのではないか。講師はこの問いを「なぜ誰も疑問に思わないのか」と押し返したうえで、明確な理由があると答えた。そこから展開されたのが、速さの問題ではなく役割の問題だという整理である。
講師が使った比喩は極端に平易だった。コンピューターは、むちゃくちゃ計算の速い電卓にすぎない。AIはパソコンのような存在である。電卓がいくら速くても、パソコンの役割は果たせない。だから量子コンピューターがどれだけ速くとも、それ単体でAIのシステムにはならない。必要なのは、この計算にはこの量子コンピューター、別の計算には別の量子コンピューター、と使い分けてつなぐコントロールセンターのほうである。
この視点を据えると、NVIDIAとTSMCが同じ構造で説明できるようになる。NVIDIAはどの方式が勝っても儲かる位置、すなわち計算資源を束ねる司令塔を取りにいっている。TSMCは製造会社の顔をしながら、実は顧客各社の先端情報が集まる場所に立ち、その情報をもとに3〜4年先へ特許を先置きしている。どちらも情報と指令が集約する一点を押さえているという意味で、同じ種類の堀を掘っている。
電卓とパソコン ―― 量子は何の代わりにもならない
議論の起点は講師の問い返しである。「AIの技術をそのまま量子コンピューターでできないのですか、なぜGPUが必要なのですか」という疑問を、受講生は誰も持っていない。計算量が速くなるのはQPUで間違いないのに、なぜGPUが要るのか。ここには明確な理由がある、と講師は言う。
受講生が「CPUとGPUの関係のようなものか」と尋ねると、講師はそれよりもっと別の相対的な関係だと訂正した。量子コンピューターには、いま現在できる範囲という限界がある。そこで持ち出されたのが電卓とパソコンの比喩だった。「ものすごく誤解のある言い方でざっくり言う」と断ったうえで、コンピューターは極端に計算の速い電卓であり、AIはパソコンのような関係にある、と説明している。
この比喩の要点は、性能の上下ではなく層が違うという点にある。電卓がいくら速くてもパソコンの役割は果たせない。そしてパソコンだけがあってもAIのシステムはできない。だから量子コンピューターの計算速度がいくら向上しても、その上に別の層が必要になる構造は変わらない。「この計算ならこの量子コンピューターがいい」と選び分けたうえで、それらをちゃんとつなげられるのか――講師の問いはそこへ収束する。
そして結論として、コントロールセンターが必要になる、という言葉が出る。量子そのものも当然いろいろ必要だが、それをどうつなげるかも必要になる。だから一つひとつの技術を理解して「どうつなげましょう」と組み立てる思考がないと理解できない、というのが講師の現時点での捉え方だった。
汎用性と特化 ―― スペシャリストが増えるほど配分役が要る
受講生から「計算量はこんなに要らない、もっと増やす必要はないということか」という確認が入ると、講師は「違います」と即座に否定した。そのうえで、いまはどこまで使い切るか、使いこなせるかという段階であり、計算というよりも量と質の両方をやっていかなければならない、と答えている。
ここで導入されたのが汎用性と特化という対比である。講師はこれを人材の比喩に置き換えた。専門家と、いろいろできる人がいる。専門化の度合いが高ければ高いほど、一つひとつの能力は優れているが、それ以外ができない。だからそれぞれのタレントをうまく使い分け、スペシャリストを使うべき場面ではスペシャリストを、ジェネラリストで対応できるものはそちらで処理する。
受講生がこれを受けて「その使い分けをするところの中央演算、そこの指令になるということか」と言い直し、講師は肯定した。特化が進むほど、特化したものを配置する役割の価値が上がる――これがこの回の理屈の中心である。速い駒が増えるほど、駒を並べる者が強くなる、という構造になっている。
特化(スペシャリスト)
一つひとつの能力は優れているが、それ以外ができない。専門化の度合いが上がるほど、単体では使いどころが狭くなる。QPU、TPU、ASICがこちら側。汎用(ジェネラリスト)
個別性能では特化に劣るが、対応範囲が広い。特化で処理する必要のないものを引き受ける。CPU、汎用GPUがこちら側。関連して、質疑では「推論の3次元の壁というのが意味が分かっていない」という質問も出た。講師はまずQKDを調べるよう指示したうえで、計算方式のイメージとして、GPUは2次元、TPUは3次元のようになると説明し、GPUを積んで階層を上げていくところをTPUなら階層を減らせる、という言い方をしている。ただしこれは前回までの3次元推論の議論を受けた短いおさらいで、この回の主題ではない。
NVIDIAは拡大するように設計されている
前田さんから「ウィナーズテイクオールとなると、逆にその他のところが全部、データセンター以上の投資をしてくるかもしれない。そうなるととんでもないことにならないか」という問いが出た。講師の答えは、心配の向きが逆だというものだった。次のエコシステムは拡大するように設計されている、というのが自分の見方だ、と。
その先に来るものとして挙がったのがフィジカルAI、つまりロボティクスである。そしてロボティクスへ進むために必要なものとして、講師は三つを挙げた。第一にエネルギー量の制御。第二に熱制御。第三に、組み込まなければならない以上、小型化すなわちエッジ化である。ここで前田さんが「エッジが進むほど、現場でクラウドにつながないことになる。だからデータセンターに行かなくてもよくなる」と接続すると、講師は肯定したうえで、だからこそ通信技術と規格が極めて重要になると応じた。エコシステムはそうやって拡大していく、という構図である。
現状については、イーサネットとNVLinkがかなり競っている、つまりほぼNVIDIA一社対その他になっているように見える、と整理された。そのうえで講師の見立ては明快だった。NVIDIAのシステムがあまりにも見事すぎて、現状は崩せない。受講生からは、エンジニアが同じパターンで全部取れるのだからわざわざスイッチする必要がない、という補強が入った。
そしてこの構図が量子にもそのまま延長される。講師は、NVIDIAがやっていることは量子でもフィジカルAIでも同じで、コントロールセンターをずっと握っていくというステップアップだと述べ、それがジェンスン・フアンがずっと言っていることだと理解している、とまとめた。誰が勝っても儲かるプラットフォーマーになろうとしている、という受講生の要約とも一致している。
この講義の時点で講師が構図として語っていたものは、その後に具体的な製品として形になっている。NVIDIAはNVQLinkを発表した。これはあらゆる種類のQPUをAIスーパーコンピューターに接続するためのオープンな高速インターコネクト・アーキテクチャで、17社の量子ハードウェア開発企業と9つの科学研究所が支援に名を連ねている。開発者はCUDA-Qとの統合を通じてNVQLinkにアクセスし、CPU・GPUとQPUを横断するアプリケーションを記述できる。CUDA-Qで書かれたアプリケーションは、低レベルのパルス制御を手作業で書くことなく、CPU・GPU・QPUの各層へ動的にコンパイル・ルーティングされる。
2026年のGTCではcudaq-realtimeというAPIを通じてNVQLinkが一般公開され、2026年3月以降にcuda-quantumリポジトリで利用可能になった。2026年9月にはIEEE Quantum Week 2026(トロント)で、Quantum MachinesのOPX制御スタックとNVIDIAのGPUノード間でマイクロ秒級の決定論的接続が実証されている。誤り訂正や自動較正といったレイテンシ制約の厳しい処理をGPU側で担う設計であり、量子の方式が何であれNVIDIAが制御層に座るという講師の読みは、この時点で製品として実装されたと言ってよい。
なお講義中に触れられた「NVIDIAが産業技術総合研究所と提携した」という話は、正確にはABCI-Qのことである。産総研とNVIDIAは2,020基のH100 GPUをNVIDIA Quantum-2 InfiniBandで接続したハイブリッド量子・古典計算機ABCI-Qを構築し、2025年5月19日に発表した。G-QuAT(量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル研究センター)に設置され、富士通の超伝導量子ビット、QuEraの中性原子量子ビット、OptQCの光量子ビットを同一システムに組み込んでいる。
TSMCは製造会社ではなく、情報のコントロールセンターである
受講生が「で、作るのは結局TSMCになるということですね」と受けたところから、この回で最も踏み込んだ議論が始まる。講師の応答は意表を突くものだった。TSMCは確かに製造の企業でもあるが、実はそこは情報のコントロールセンターでもある、と。
意味が分からない、という反応に対して、講師は具体的な読み方を示した。TSMCが出している特許を見て、どういう技術に特許で力を入れているのかを追う。するとそれが3〜4年後にどうなっているかを予測しているように、そこへ力を入れていることが分かる。なぜそれが可能かといえば、顧客企業との先進的な関係があるから情報が集まるからである。情報が集まるから先に投資ができ、結果として全部先手を打てる。
だからTSMCを製造能力の会社という一面だけで見ると読み違える、というのが講師の指摘だった。情報を集めたうえでそこに先手を打ち、製造をし続ける会社である。そうなるとここ以外の選択肢が起きなくなってくる。受講生からは「完全に情報をコントロールしている。製造している人間じゃない」「歩留まりがどうこう以前の話だ」「情報を全て集められる立場にいて、それに先行してR&Dを通してIPも取ってしまう」という言い直しが次々に出て、最後に「むちゃくちゃモートが高い、真似できない」という結論に収まった。
さらに講師は、情報の集め方がアナログである点を強調した。TSMCは表にはあまり出てこないが、実はいろいろな企業に足を運び、いろいろな会合に顔を出して情報収集をかなりやっている。これは伝聞ではなく事実だ、と講師は言う。自分はTSMCやFoxconnに何度も行っており、10年以上前から彼らは絶対にアナログで情報を集める、という舞台の作り方をしている、と。
2024年 米国特許取得件数の上位企業(IFI CLAIMS Patent Services集計)。TSMCは4,010件で3位。出典:IFI CLAIMS/JETROニューヨーク事務所資料を基にClaude作図。
「特許で先手を打っている」という講師の説明は、件数の面でも裏づけられる。IFI CLAIMS Patent Servicesの集計によれば、2024年の米国特許取得件数でTSMCは4,010件を取得し第3位に入った(1位はサムスン電子9,304件、2位はLG 5,156件)。上位3社がいずれもアジア企業という構図である。さらに2025年の集計ではTSMCが2位に浮上し、クアルコムと順位が入れ替わっている。受託製造を本業とする企業がこの規模で特許を積み上げていること自体が、講師の言う「製造だけの会社ではない」という見方を数字で支えている。
一方で要確認「特許を見れば3〜4年後が予測できる」という部分は、定量的に検証された命題ではなく、講師の実務経験に基づく読み筋である。特許出願から公開まで通常18か月のラグがあるため、公開特許が指す技術的射程が3〜4年後というのは体感として妥当だが、その精度を示す公開データは確認できなかった。特許の分野別内訳を自分で追って検証すべき仮説として扱いたい。
なぜ光なのか、そして次回までの構え
TSMC論のあと、講師は話を光へ戻した。ざっくり言ってしまうと、なぜ光が重要なのかという問いへの答えは一つで、今後は光の上に情報を流すことがベースになるからである。だから光技術が必要になってくる。量子暗号もその上に乗る技術として位置づけられた(この部分の詳細は本勉強会のもう1本のレポートで扱う)。
閉会にあたって講師が繰り返したのは、地図を作れという要求だった。過去にやったデータセンター関連の回、半導体の技術と企業名、その仕様――全部覚える必要はないが、「こういう流れかな」という程度は頭に入れておいてほしい。そうすれば量子の話が本格的に入ってきたときに、すぐに入ってこられる。分からない単語から調べるところから始めてください、という具体的な着手法も添えられた。
この回全体が、冒頭の「技術を知らないと株に乗り遅れる」という宣言に対する実演になっている。QKDも、コントロールセンター論も、TSMCの情報優位も、すべて「どの企業のどの技術が、次の局面でどこに使われるか」を判断するための道具として提示された。
このテーマに関する質疑応答
A. 講師は、次のエコシステムは拡大するように設計されていると見ている、と回答。次に来るのはフィジカルAI(ロボティクス)であり、そこへ進むにはエネルギー量の制御・熱制御・エッジ化(小型化)の三つが必要になると整理した。
エッジ化が進めばクラウドにつながずに済むためデータセンターに行かなくてもよくなる、という指摘に対しては、だからこそ通信技術と規格が極めて重要になり、それによってエコシステムが拡大するのだと応じた。現状はイーサネットとNVLinkが競り合い、NVIDIA一社対その他に見えるが、NVIDIAのシステムが見事すぎて現状は崩せない、というのが講師の見方である。
A. 計算量が速くなるのはQPUで間違いないが、GPUが必要な理由は明確にある、というのが講師の答え。「CPUとGPUの関係のようなものか」という受講生の推測は否定され、それよりもっと別の相対的な関係だと訂正された。
説明は電卓とパソコンの比喩で行われた。コンピューターは極端に計算の速い電卓であり、AIはパソコンのような関係にある。電卓がいくら速くてもパソコンの役割は果たせないし、パソコンだけあってもAIのシステムにはならない。だから計算ごとに適した量子コンピューターを選び分け、それらをつなぐコントロールセンターが必要になる、と結論づけられた。
A. 講師はまずQKDを調べるよう指示したうえで、計算方式のイメージとして、GPUが2次元、TPUが3次元のようなものだと説明した。GPUを積んで階層を上げていくところを、TPUなら階層を減らせる、という言い方をしている。ただし本人が「イメージとしては」と断っており、技術的定義ではない(PART 2の食い違い注記を参照)。
A. 「違います」と明確に否定。いまはどこまで使い切るか、使いこなせるかという段階であり、計算というよりも量と質の両方をやっていかなければならない、と回答した。
そのうえで、汎用性と特化の使い分けという論点が提示された。専門化の度合いが高いほど個別の能力は優れるがそれ以外ができないため、スペシャリストとジェネラリストを場面ごとに使い分ける必要がある。「その使い分けをする中央演算、そこの指令になるということか」という受講生の言い直しを講師は肯定し、NVIDIAが量子でもフィジカルAIでもコントロールセンターを握りにいくステップアップをしている、と接続した。
A. TSMCは製造の企業でもあるが、実は情報のコントロールセンターでもある、というのが講師の答え。TSMCの特許を見れば、3〜4年後を予測するように技術分野へ力を入れていることが分かる。顧客企業との先進的な関係があるため情報が集まり、集まるから先に投資でき、結果として全部先手を打てる。だからここ以外の選択肢が起きなくなる、と説明した。
情報収集の方法についても、TSMCは表に出てこないが実際には各企業や会合に足を運んでアナログで情報を集めている、と述べた。講師自身がTSMCやFoxconnに何度も訪問しており、10年以上前から彼らはそういう舞台の作り方をしている、という実見に基づく補足が付いた。
A. 上記の回答に含まれる。受講生側からは「歩留まり以前の話で、情報を全て集められる立場にいて、それに先行してR&Dを通してIPも取ってしまう」「むちゃくちゃモートが高い、真似できない」という言い直しが出て、講師は「本当にそういうことです」と全面的に肯定した。
近況と告知
質疑が一段落したところで、講師から出版に関する告知があった。KADOKAWAとの交渉がまとまり、書籍の追加増刷1万5,000部が決定したという。7月時点で発売から4か月半で累計7万部に到達しており、あと3万部で10万部が見える、という説明だった。講師は出版社に確認したところ過去最短のペースだと言われた、と述べ、これを「異常値が出た」と表現している。
交渉内容については「いつも通り」で特別なことは何もない、との回答。今年最も売れている本として、KADOKAWA側の経営戦略に全面的な販売施策が組み込まれた結果だと説明された。直近では1万2,000部が出荷済みで、追加の1万5,000部は8月上旬から中旬に出るとのこと。それと同時に交通広告などが打たれる流れになると見込まれ、山手線での広告は8月末予定と告知された。
続いて、名古屋開催の告知が新富さんから行われた。7月18日(土)の「マイキー感謝祭」への参加呼びかけである。前回の福岡開催では楽しかったもののなかなか喋れなかったという反省があり、「日本人病」を克服するには自分がいまどのくらい楽観しているのか、症状がどの程度なのかを把握するのが最も大事で、それはリアルな場でこそ分かる、という趣旨で参加が促された。再来週は北海道の予定であることも告げられ、金曜日にはスタートアップワールドカップに講師が顔を出すことが伝えられている。
要確認書籍の累計7万部、追加増刷1万5,000部、4か月半での到達、「過去最短」といった数値は、いずれも講師が出版社から直接聞いた情報として語られたもので、公開データによる裏取りができなかった。出版社の公式発表や帯の表記で確認できるまでは、講義内の伝聞として扱うのが妥当である。
なお、講義中に「今週の土曜日」として告知された名古屋開催の日付7月18日は、2026年7月15日(水)の講義から見て実際に直後の土曜日にあたり、日付の整合は取れている。
次回までに手を動かすこと
- TSMCの特許を分野別に追う。どの技術領域に出願が集中しているかを見て、そこから3〜4年後に何が主流になると同社が読んでいるかを自分で推定する。講師が示した読み方をそのまま実行する課題。
- NVIDIAのプラットフォーム戦略をもう一度整理する。講師自身が「もう一回ちゃんと見たい」と述べた論点。NVLinkとイーサネットの競合構図、および量子側への接続がどこまで進んでいるかを押さえる。
- フィジカルAIの三つの制約を企業に落とす。エネルギー量の制御・熱制御・エッジ化のそれぞれについて、どの企業のどの製品が担っているかを対応づける。
- 過去のデータセンター回・半導体回を見直す。全部を暗記する必要はなく、企業名とその仕様、技術の大まかな水準を「こういう流れかな」という粒度で頭に入れておく。量子が本格化したときの接続速度を上げるのが目的。
- 知らない単語から調べ始める。閉会時の講師の指示。分からない用語を洗い出すところから着手すること。