STUDY REPORT / 2026年6月度 勉強会

コトラーの設計図と三つの輪――フレームワークではなく、その下にある構造を読む

マーケティング1.0から5.0までを「積み上がる跳び箱」として捉え直し、その土台にある存在意義の層を掘り下げた回。手法ではなく設計思想を扱う。

EXECUTIVE SUMMARY

この回で扱われたこと

3つの輪文明の継承・信頼関係・価値の創造
4つの箱気づく・変える・掴む+正当性
5段の跳び箱1.0〜5.0は積み上げ構造
存在定義層今回掘った最下段
目標 ≠ 存在意義到達で終わるか、続くか
フレームワーク非採用STP・4P・5Aは扱わない

今回の講義は、フィリップ・コトラーの理論を「使える手法の束」として読むことを、意図的に一度やめるところから始まった。講師の前田氏によれば、コトラーは一般にミクロで具体的な打ち手――何をすればいいか、どうやればいいか――に強くフォーカスして紹介されがちであり、その読まれ方こそが理解を痩せさせているという問題意識がある。だから今回はSTP、4P、5Aといった有名なフレームワークには直接触れない。書いてあるものは読めば分かる、それよりも抽象度の高いところ、全体像の方を話す、という宣言から本編に入っている。

そこで最初に提示されたのが、入れ子になった三つの輪である。いちばん外側が文明の継承、その内側が信頼関係、いちばん内側が価値の創造。この三つは並列に置かれた要素ではなく、時間のスケールの違いを表している。文明の継承がもっとも長期で、信頼関係がその次、価値の創造がもっとも短期だ。ただしこれはあくまでこの三者間の比較論であって、価値の創造が短期で済むという話ではない、という但し書きがついた。

この時間感覚を持たずにコトラーを読むと何が起きるか。講師はここで映画の比喩を出した。コトラーの理論は動画のようなものであり、時間の感覚を外して見るとワンシーンしか分からない。確かに重要な一場面はあるかもしれないが、そのワンシーンだけを語って映画全体を理解したと言えるのか。そして世の中のマーケティング論は、まさにこのワンシーンを強調して語るパターンが多いのではないか、というのが今回の問題提起の中心にあたる。

続いて示されたのが四つの箱――気づく、変える、掴む、そして正当性――である。結論から言えば前三者はダイナミック・ケーパビリティのことであり、そこに正当性(レジティマシー)が加わってはじめて商品が価値を持ち始める。そして商品・サービスそのものは、この四つの関係のあいだを渡す橋として位置づけられた。最後に、1.0から5.0を五段の跳び箱として並べ直し、そのうち最下段の存在定義層だけを今回は深掘りしている。

この回を貫く一本の線
コトラーを「何をすべきかのリスト」として読むと、時間の軸が落ちる。時間の軸が落ちると、積み上げの構造も落ちる。そして構造が落ちた瞬間、手元に残るのはプロモーションの話だけになる。今回はその落ちた部分――設計図と土台――を拾い直す回だった。

PART 0

合宿と運動会、そして睡眠3時間

本編前の雑談は、直前の週末に行われた合宿・運動会の報告から始まった。闇鍋にゴキブリが投入され、持参したのは「ゴキブリ先生」と呼ばれる参加者。講師いわく普通に美味かった、カブトムシと大差ない、むしろ噛み切れる分だけ食べやすい、という評価だった。むしろ見た目としてはバナナやチョコバナナ、粕漬け、サンマの生といった投入物の方が抵抗があったという話も出ている。次回は設計を任せてもらった方がもっと不味くなるのでは、と参加者から振られる一幕もあった。

運動会では水鉄砲にコーヒーやスポーツドリンクを混ぜて乱射し、スーツ姿の参加者に最初の一撃を浴びせた話、ローション相撲のためにプールいっぱいのローションを作り、鉢巻を取られまいと顔中にローションを塗って参加した結果、目に入って自爆した話が語られた。さらに騎馬戦では足場の良い芝生側へ誘い込む作戦まで立てたものの、木の枝が右目に入ってノックアウト。顔がローションまみれで目も擦れない。参加者から「戦略100点、運0点」と評された。逃走中では捕まったふりをして牢屋の中からLINEで煽っていたという。

健康面の話も出た。運動会前日はワールドカップを深夜2時から10時間ぶっ通しで観ていて一睡もせず、仕事のLINEやWhatsAppを全部無視したまま迎えの車に乗り、そのまま走り回り、合宿所では朝6時まで喋り続け、直後にセミナーで150〜160本の面談をこなした。3日間の睡眠は合計3時間ほどだという。当日もゲーミングモニターを修理しながら面談していたと述べている。目の不調は続いており、後半では参加者から病院に行くよう促される場面もあった。

企画面での収穫として挙げられたのが「滑らない話」である。合宿所で参加者にやらせたところ誰一人として面白くならず、見本としてキクリン氏にやらせたら非常にうまくいった。講師の分析では原因は構成であり、順番を変えるだけでインパクトが全く違うのに、多くの人は予想がつく順番のまま喋ってしまう。この気づきはプレゼン講座に取り入れる予定だという。

PART 1

三つの輪と、時間という読み筋

本編は「三つの輪を想像してください」という指示から始まった。時間の経過とともにどうなっていくのかを、入れ子の三重構造で示すイメージである。いちばん大きな輪が文明の継承にあたる。以前の回でも触れられた通り、コトラーにおけるマーケティングとは社会の価値を生み出すものであり、社会の価値のうちもっともインパクトが大きいものは文明だ、という接続になっている。当然ながら文明の継承には非常に長い時間がかかる。

その一つ内側の輪が信頼関係である。信頼関係を構築し継続していくのには、少なくとも文明を構築するよりは時間がかからない。これが中期にあたる。そして最も内側、最も短期にあたるのが価値の創造である。

短期=軽い、ではない
講師はここで明確に釘を刺している。価値の創造が最も短期だというのは、あくまでこの三者の中での比較論である。単に価値を作ればよいと言っているのではなく、それをどんどん発展させて文明に至るまでにどう繋いでいくのか、その視野を持つことが重要だ、という趣旨だった。

この三重構造を押さえた上で、講師は読み方そのものに話を移す。コトラーの理論を読み解くときに必ず必要になる概念は時間の感覚である。時間の感覚を持たずにコトラーを読むと何が起きるか。コトラーの理論は基本的に動画と同じで、時間の感覚を外して見るとワンシーンしか分からない。確かに重要なワンシーンはあるかもしれないが、ワンシーンだけを語って映画全体を理解できるのか。そして世の中では、このワンシーンを非常に強調して語るパターンが多いのではないか、というのが講師の掲げた問題意識である。

📌 Claude補足|コトラーの「マーケティング1.0〜5.0」の刊行順
フィリップ・コトラーは1931年生まれの米国のマーケティング学者で、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院の名誉教授。『マーケティング3.0』は2010年、『マーケティング4.0』は2016年、『マーケティング5.0』は2021年に刊行されており、1.0から5.0までが最初から一つの体系として設計されていたわけではなく、時代ごとに書き足されてきた系列である点は、本回で後述される「4.0・5.0は後付け」という講師の見立てと整合する。
PART 2

四つの箱――気づく・変える・掴む、そして正当性

次に提示されたのが四つの箱である。中心に製品・サービスを置いたとき、その周囲にどういう関係のものがあるのかを見ていく枠組みだ。

第一段階は「気づく」。周りの環境や変化、あるいはその商品が本当に重要なのか、どうすれば顧客に合うのか。それに気づくことがまず来る。第二段階が「変える」。必要そうだと感じても、本当にそうかどうかはやってみないと分からない。だから少しずつ変えて確認していく。ここで講師が強調したのは、気づくと変えるは別々に書いてあるが同時に走らせなければならない、という点だった。変えながらまた気づき、変化させていく。これを繰り返さなければ意味がない。

第三段階が「掴む」。変化を重ねた結果、時代や環境にマッチしたものが作れる、提供できるようになる段階である。ではそこまで到達すればよいのか。講師の答えは違う。マッチしたもの、選ばれる可能性のあるものを提供できるようになった、その次に必要なのが信頼されることだ、と続く。

いい商品だから売れるわけではない
「いい商品だから売れるわけではない。いい商品だから求められるわけではない。いちばん重要なのは社会の信用を獲得すること」――これが四つ目の箱、正当性(レジティマシー)である。

そして講師は結論を明示した。気づく・変える・掴むはダイナミック・ケーパビリティのことであり、そこに正当性が加わってはじめて商品が価値を持ち出す。さらに、この四つの関係の中でブリッジ(橋)になっているのが商品やサービスなのだという整理が加えられた。

ここで再び批判が入る。マーケティングと言いながらほとんどがプロモーションの話になっている、というのは以前の回でも指摘されていた点だ。プロモーションだけの話になると、この四つの箱の部分が出てこなくなる、気にされなくなる。足場を固めて商品・サービスの価値を作っていく、その設計の思想がまずある、というのが講師の主張である。

媒介という切り口も補足的に出された。グラノヴェッターの理論を引きながら――講師自身が理論名を思い出せず言い淀む場面があったが――仲介するという役割を果たすことによって、そこが価値を生み出す。仲介する役割をきちんと提示できるようになってはじめて、製品は価値を持つのだという説明だった。

📌 Claude補足|ダイナミック・ケーパビリティとグラノヴェッター
ダイナミック・ケーパビリティはデイヴィッド・ティース(カリフォルニア大学バークレー校)らが1997年の論文で定式化した概念で、環境変化に応じて自社の資源基盤を感知(sensing)・捕捉(seizing)・再構成(transforming)する能力を指す。講師の「気づく・変える・掴む」はこの三分法に概ね対応している。マーク・グラノヴェッターは「弱い紐帯の強さ」(1973年)と「経済行為と社会構造:埋め込みの問題」(1985年)で知られる社会学者。講師が言い淀んだ「仲介の役割が価値を生む」という論点は、グラノヴェッター本人の議論というよりロナルド・バートの構造的空隙(structural holes, 1992年)に近い。要確認講義中どちらを指していたかは明示されなかった。
PART 3

五段の跳び箱――1.0から5.0を積み上げとして読む

続いて、コトラーが1.0から5.0までをベースに提案しているものが、跳び箱のイメージで並べ直された。前回までで1.0から3.0を扱い、4.0・5.0をやらなかったのは「今まずやることは本当に適切ですか」という問いがあったからだという。ただし今回は、直接扱うわけではないものの、4.0・5.0に一部触れる形は出していく、と予告された。

この五段は下から積み上がる構造である。跳び箱は普通に書くと数字が逆になるが、ここでは下から1段目、2段目と数える。1段目がなければ2段目は積めないし、2段目がなければ3段目は積めない。講師が便宜上つけた名称は次の通りである。

便宜上の呼称対応するコトラーの段階
1段目存在定義層1.0
2段目市場理解層2.0
3段目価値の設計層3.0
4段目関係構築層4.0
5段目社会統合層5.0

今回はこのうち最下段の存在定義層に絞って掘り下げる、という方針が示された。前回以前にも扱っており重なる部分は多いが、ここは何度も見直した方がよい重要な箇所ではないか、という提案つきである。

出発点は「なぜこの会社は存在するのか」という問いだ。ここで取引費用理論が引かれる。企業がなぜ存在するのか。それは市場の中に摩擦が存在するからであり、その摩擦を極力減らしてあげるものが企業の存在だ、という説明である。あわせてドラッカーの立場――企業や会社はあくまで社会に貢献し続けるもの――が置かれた。

物が足りない時代であれば、良いものをたくさん提供すること、つまり商品を供給すること自体が社会貢献性を示していた。何もかも足りていないのだから、どんどん作って足りないものを補充すれば社会は豊かになる。ところが物が十分に溢れ返るようになると、視点は価値観へと移り、今度はそちらの充足が不十分になってくる。

価値観を三つに割る
誰のためのものなのか/何を大事にするものなのか/どんな未来が待っているのか。この三つを理解していくことで、商品を適切に価値のあるものに変えて提供できるようになる。あるいは提供というより、顧客を創造し続けられるようになる。

顧客を創造し続けるとはどういうことか。企業がわざわざプロモーション活動を行わなくても、顧客が自動的にその商品を必要として買うようになる、求めるようになる状態だと講師は説明した。そしてそれを生み出すためには、企業自身の目標と存在意義を明確にすることが大事になる。

PART 4

目標と存在意義を分ける理由

なぜ目標と存在意義を分けたのか。講師の定義はきわめて単純である。目標は到達してしまえば終了する。存在意義は到達点が明確ではないので、継続し続けられる。企業にとって重要なことは成長し続けることであり、商品を売ることは目的ではなく、企業が継続して存続できるための一つのツールにすぎない。

目標

到達点が明確。達成した瞬間に終了する。短中期の駆動力にはなるが、それ自体では組織を継続させられない。

存在意義

到達点が明確でない。だからこそ継続し続けられる。ただし曖昧さゆえに、そのままでは動きにくい。

ここで一つの実務的な難所が指摘される。存在意義は「どこに行く」という明確な地点ではなく、だいたいこの方角へ行きましょうという形になる。とくに成長性が高い企業や、拡大を目指せば目指すほど、存在意義が向かう方向は曖昧になっていく。曖昧だと非常に動きにくいので、そこで中間的な目標地点を作りましょうという発想が必要になる。その一例がミッション・ビジョン・パーパスのうちのミッションである、と講師は位置づけた。

そしてもう一つ、出発点の話が加わる。なぜ出発点が必要なのか。出発点がないと目指す方向が見えないからだ。自分たちの出発点がどこなのかという足元の見直しも同じくらい重要になる。どんな理想を持っているのか、自分たちの立ち位置はどこなのか、どういう人たちにアクセスできるのか。そこをしっかり見直すことこそが第一歩になる、と述べられた。こうした考えが経営理念やパーパスへと結びついていく。

📌 Claude補足|取引費用理論とMVVの出所
「企業はなぜ存在するのか」を市場取引のコストから説明したのはロナルド・コース「企業の本質」(1937年)であり、これを取引費用経済学として体系化したのがオリバー・ウィリアムソン(1975年『市場と企業組織』ほか)。コースは1991年、ウィリアムソンは2009年にノーベル経済学賞を受賞している。「顧客の創造こそ事業の目的である」という定式はピーター・ドラッカー『現代の経営』(1954年)に由来し、講師のドラッカー理解と一致する。ミッション・ビジョン・バリュー(MVV)は特定の一人の提唱者に帰属させにくい実務用語で、コリンズ&ポラス『ビジョナリーカンパニー』(1994年)のコア・イデオロギー/将来像の議論が普及の一因とされる。要確認MVVという三点セットの初出は特定できなかった。

この節の締めくくりとして、講師は今回の到達点を整理した。時間的なイメージと設計図を示し、その上でどういう土台を作るのかまでをやった。では土台の上に何を載せるのか――それが次の問いになる、という形で本編は締められている。フレームワークについては、STPも4Pも5Aも普通に書いてあるので読めばよい、それよりも概念、イメージ、より抽象度の高いところ、全体像を話していく、という方針が改めて確認された。マクロの中でも軽視されがちな部分こそ重要なのではないか、というのが今回の立場である。

なお講師は繰り返し「これはあくまで僕の理解です」と付け加えている。今回話しているマーケティング像は、多くの人が持っているマーケティングのイメージとは全く噛み合っていないだろう、という自己認識も同時に述べられた。

Q&A

質疑応答

合宿の企画で見えた課題は何だったか(参加者)
合宿所で「滑らない話」をやらせたところ誰一人として面白くならなかった。見本としてキクリン氏にやらせたら非常にうまく、原因は構成にあると判明した。順番を変えるだけでインパクトが変わるのに、多くの人は予想がつく順番で喋ってしまう。この知見はプレゼン講座に取り入れる。
なぜ今回はフレームワークを直接扱わないのか(講義内の自問)
STP・4P・5Aは書籍にそのまま書かれており読めば分かる。それよりも、どういう概念でどういうイメージなのか、より抽象度の高いところと全体像を扱いたいから。ミクロの具体論に寄った読まれ方こそが問題だという認識が背景にある。
目標と存在意義はなぜ分けるのか(講義内の自問)
目標は到達すれば終了するが、存在意義は到達点が明確でないため継続できるから。ただし曖昧すぎると動けないので、ミッションのような中間的な目標地点を置く必要がある。

※本回のQ&Aのうち、小島氏からの「抽象と具体のギャップをどう埋めるか」に始まる長い応答、およびサイバーセキュリティ・AIサーバー関連の質疑は、別テーマのレポートに収録している。

HOMEWORK

宿題・アクションアイテム

  1. 自社の事業を三つの輪(文明の継承/信頼関係/価値の創造)に分解し、それぞれどの時間スケールで動かしているかを書き出す。
  2. 自社の直近の意思決定が、四つの箱のうちどこで止まっているかを判定する。掴むまで行っていても正当性の獲得に手をつけていないケースが多い。
  3. 自社が跳び箱の何段目にいるかを、下から順に積めているかで確認する。上段の施策を打つ前に、下段が抜けていないかを見る。
  4. 自社の「目標」と「存在意義」を紙の上で分けて書き、目標が達成された後に何が残るかを言語化する。
  5. 出発点の棚卸し――どんな理想を持ち、どこに立ち、誰にアクセスできるのか――を改めて書き直す。
GLOSSARY

用語集

三つの輪文明の継承・信頼関係・価値の創造を入れ子にした、時間スケールの階層モデル(講師による整理)。
ダイナミック・ケーパビリティ環境変化を感知し、機会を捉え、資源を再構成する企業能力。ティースらが1997年に定式化。
正当性(レジティマシー)社会からその存在・行為を「もっともだ」と認められている状態。制度理論の中心概念。
取引費用理論市場取引に摩擦(探索・交渉・履行のコスト)があるために企業が存在する、とする理論。コース/ウィリアムソン。
存在定義層跳び箱の最下段。「なぜこの会社は存在するのか」を定義する層(講師による命名)。
顧客の創造プロモーションをかけなくても顧客が自ら求める状態を作り続けること。ドラッカーに由来。
ミッション・ビジョン・パーパス曖昧な存在意義と具体的行動のあいだに置かれる中間的な目標地点。
ブリッジとしての商品商品・サービスを最終目的ではなく、四つの箱のあいだを渡す媒介として捉える見方。