STUDY REPORT / 2026年9月度 勉強会
IR資料に書いてあることを聞くのは、本人に聞く必要がない。では、本人にしか答えられない質問とは何か。実際の説明会を教材にして、質問の設計だけを取り出した回。
この回は、上場企業の代表取締役社長をゲストに招いた説明会である。ただし記録として価値があるのは、招かれた企業の事業説明そのものではない。開始前の十分間と、終了後の十五分間に講師が語った「質問の設計論」であり、その理論を実演として見せた本編の質疑である。
前説で講師が指摘したのは、事前勉強会で出た質問の傾向だった。参加者はビジネスモデルに切り込もうとする素振りを見せるが、実際に出てくるのは資料や公開情報を読めば分かる範囲の確認にとどまっている。講師の言葉を借りれば「重箱の隅があまりにもお好き」という状態である。IRに書いてある、データで調べれば出る、他の人に聞けば分かる。そういう問いを本人にぶつけることに、講師は価値を認めない。
では何を聞くか。講師が提示した基準は単純で、「この人にしか語れないことは何か」の一点に尽きる。水上バイクの世界ランキング二位、飲食店経営、そこから医療業界への参入という経歴を持つ人物に対して、前職の経験が無関係に見える業界でどう生きたのか、まったく縁のない業界でどうネットワークを構築したのかを聞けば、その答えは本人以外の誰からも得られない。そして企業というものはどこまで行っても経営者の思考と行動力を映すものである以上、その人の歴史と行動基準を掴むことは、技術仕様を詰めるよりも企業理解として深いところに届く、というのが講師の主張である。
本編で講師が実際に投げた質問は、事業内容ではなく会社沿革の「穴」だった。資料上、創業の2012年から2020年までのプロフィールが空白になっている。一方で損益は2019年まで赤字で、2020年から黒字化し、そこから成長率が跳ねている。この二つを重ねれば、跳ねる前の八年間に何かが仕込まれていたはずだ、という推論が立つ。講師はそこだけを突いた。社長本人が「今初めて振り返って言われた」と答え、開発の順序と単価上昇のタイミングを自ら言語化していく展開になり、質問は会社の強みの再定義にまで届いた。
この回の記録は、ゲストが入室する前から始まっている。講師は前日の勉強会で出た質問の傾向を振り返り、率直に不満を述べた。ビジネスモデルに切り込む構えを見せる言い方はするが、内容としては見当外れである。それよりもっとラフで、誰にでもできる質問があるはずだ、と。
講師が挙げた例は、いずれも経歴に対する素朴な問いだった。ジェットスキーでトッププレイヤーになった経験や知識が、まったく関係ないと思われた業界で生きた場面はなかったか。縁のない業界に入ったとき、どうやってネットワークを作ったのか。どれも複雑な前提知識を必要としない。にもかかわらず、その人からしか引き出せない。
ここで講師が示した論点は、質問技術の話にとどまらない。四半期ごとに決算が出たときに数字だけを見るのではなく、そのとき経営陣が何を語ったかを見るべきだ、という投資の作法にそのまま接続している。数字は結果であり、語りは意思である。企業の見方が変わるのはそちらの側だ、というのが講師の立場である。
開始直前、講師は参加者に顔出しを求めた。理由は演出ではなく、ゲストの乗りが変わるからだという実利である。加えて、人と話すときに画面を消しているのは、マスクをかぶって話すのと変わらない、面会機越しに話すのと変わらない、という比喩で説明された。ここには、この回全体を貫く姿勢が出ている。相手から何かを引き出したいなら、まず自分が相手にとって話しやすい状態を作れ、ということである。
本編に入り、講師が最初に投げた質問は事業内容ではなかった。プレゼン資料の会社沿革において、2012年の創業から2020年あたりまでの記載が薄く、実質的に空白になっている。一方、業績のグラフを見ると2019年まで赤字が続き、2020年に黒字化し、そこから成長率が最も高い局面に入っている。
この二つの情報から講師が立てた仮説はこうである。2020年以降の伸びは、コロナという外部環境に乗っただけではない。乗れるだけの基盤が、空白になっている八年間に作られていたはずだ。したがって会社の本当の強みは、いま売っているサービスではなく、その期間に社内へ蓄積されたリソースの側にある。
社長は「今初めて振り返って言われたが、その通り」と答えた。そのうえで、開発の時系列を自ら整理していった。創業から二年は受託開発に充て、2014年に主力製品をリリース。そこから一年おきに周辺機能を追加していき、2018年頃から顧客単価が上がり始めた。つまり2019年から2020年にかけて課金が本格的に立ち上がる直前まで、仕込みの期間だったという説明である。
社長自身が付け加えたのは、外部環境の変化が来てから慌てて開発を始めても間に合わない、という一点だった。開発には段取りが要る。だからタイミングが合ったのは偶然ではあるが、合わせられる状態を作っていたのは偶然ではない。
図1:講師が質問の材料として用いた二つの情報の重なり(講師の口頭説明とプレゼン資料の記述に基づくClaude作図・模式図)。年表の空白と、業績の転換点が同じ区間にあることが質問の起点となった。
空白期間の話を受けて、講師は質問の対象を事業から人物へ移した。「昔から客観的に物事を見る癖があるのではないか」という問いである。社長はこれを肯定し、子どもの頃からスポーツをしていた時期を含めて、何を見るにしてもその傾向があると答えた。
講師がこの問いを立てた理由は、質問の場では明示されなかったが、直後のやり取りで見えてくる。同業他社が売上と顧客数だけをKPIに置いているなかで、この会社は市場規模が小さい段階で参入し、業界標準とは逆の順序で製品を作った。その判断ができたのは、数字に縛られずに市場を外から眺める姿勢があったからではないか、という接続である。社長は「数字に縛られてやっていたら、このタイミングでは誰も参入できない」と応じ、当時の市場規模で収益計算をすれば参入の結論は出なかっただろうと述べた。
後半、講師は自身のコミュニティの傾向として、経営者であっても組織やサービスに対する批判的思考が弱いと述べた。日本人の性質として、何かをネガティブに言ってはいけないという規範が強く、自分の作ったものを自分で否定する作業が抜け落ちる。しかしそれをしなければ改善は起きない。
社長の回答は二段構えだった。一つは、自分自身が批判的なので組織にその機能が埋め込まれていること。もう一つは、全員が批判できる必要はなく、重要なのは正確な情報が届く仕組みを先に作ることだという整理である。情報が届けば、それに対する批判的なコメントは自然に出る。批判の能力を個人に求めるのではなく、情報流通の設計に寄せる考え方といえる。
この回の質疑には、もう一つ観察すべき構造がある。講師が一人で質問を完結させず、別の参加者の質問に上乗せする形で場を広げていた点である。
実際の流れはこうだった。ある参加者が主力製品の名称の由来を尋ね、そこから「現場と協調しながら使いやすさに特化して作ったのではないか」という自分なりの解釈を添えた。社長は肯定し、素人である自分がパッと見て使えるかどうかを基準に置いたこと、看護師は変化を嫌う職種であること、ITリテラシーが前提にできないことから、直感的に使えるかどうかを最重要に据えたと答えた。
ここで講師が引き取り、「他人に言われたことを全部やるとそれ以上作らなくなる」という自分の持論に接続し、では社内でダメな点を見つける仕組みはどう作っているのかへと質問を進めた。社長は営業部門の中に置かれたサポート部隊の存在を挙げ、利用者の声を金を払ってでも集めろと言い続けてきたと答えた。講師はさらに「サポートにいる人はコミュニケーション能力が高いのでは」と踏み込み、社長がそれを肯定する、という展開になった。
同じ参加者から、他社は既存事業の横展開が中心だが、この会社は顧客に何を届けるかという視点から出発しているのではないか、という確認が入った。社長はこれを認め、レセプト側から機能を追加した他社では月末の入力作業が残り、現場が日々使わなくても運用が回ってしまう、という構造的な帰結を説明した。順序の違いが、そのまま製品の使われ方の違いになるという説明である。
ゲストの退出後、講師は今回の質問設計を自ら解説した。要点は四つある。
第一に、今回はあえて何も調べずに臨んだ。以前に別の参加者が作った財務の計算表を見ていたが、それも記憶から外し、周囲の参加者と同じ立場で聞いた場合にどう見えるかを試したという。調べなくてもこの程度の質問は出てくる、ということを示すのが目的だった。
第二に、資料に対するツッコミどころは自分の中で十五個ほどあったが、そのうち最も可視化しやすい一点に絞った。技術的な質問ではなく、資料を見るだけで誰でも突ける箇所を選んだのは、参加者が再現できる形にするためである。
第三に、質問はすべて講義で扱ってきた内容の延長線上に置いた。コミュニティで学んできた枠組みが、実際の経営者との対話でどう使えるかを見せる設計になっていた。
第四に、講師は率直にこう述べている──今日の質問において、ゲストの回答内容そのものは主眼ではなかった。会員が質問をどう組み立て、どう会話へ広げるかの参考事例として提示した、と。
ファシリテーターから「もし投資家目線だとしたら、どこを一番見るか」と問われ、講師は「国内だけでやっている時点で評価しない」と答えた。理由は、戦略チームが国内に絞られている限り、株主との対話が限定的なものにしかならないからだという。
そのうえで講師が提示した論理はこうである。社長本人が規制を「バームクーヘンのように層になっている」と表現している以上、規制が緩い地域はどこかを調べる作業には、その時点ですでに着手できるはずだ。問題に直面してから動くより、先に手を打つほうが戦略として合理的である。そして海外で事例を作れば、それが国内で動きやすくなる材料になり、レバレッジが効く。ここまでを設計として描けるかどうか、というのが講師の判断基準である。