5方式のどれが勝つかではなく、5方式すべてを束ねる層を誰が押さえるか。前回の勉強会で伏せられた「なんちゃらリンク」の正体が、この回でようやく明かされた。
量子コンピューティングの評価軸は「量子ビットの数をどう増やすか」から「走りながらエラーをどう消すか」へ移った。その結果、勝者の候補は方式ごとの個別企業ではなくなる。5方式はそれぞれ別の物理・別のプログラムで動いているのだから、それらを共通の言葉に翻訳し、エラー検出という重い計算を肩代わりする層が必ず必要になる。講師はその層を押さえたのがNVIDIAだと名指しし、接続規格とAIモデルの二段構えでその根拠を説明した。
講師はまず、量子コンピューティングの運用方式が五つあることを確認するところから始めた。超伝導、イオントラップ、冷却原子、シリコン(半導体)、光の五つである。この五分類自体は過去の勉強会でも繰り返し扱われており、この日は参加者に方式名を挙げさせたうえで、パン屋の比喩で特性の違いを言い直すにとどめた。超伝導はベルトコンベアが高速で回る巨大工場で、量は出るが不良品が多い。イオントラップは職人のベーカリーで、高品質だが大量生産できない。冷却原子は生地の並べ方そのものを設計して全体の効率を計算するような発想で、シリコンは工場そのものを小さな機械に押し込めてしまう考え方、光は温度管理という前提条件を取り払って常温で流せるようにする考え方だ、という整理である。
そのうえで講師が強調したのは、この数年で開発の思想そのものが切り替わったという点だった。従来はNISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum、ノイズありの中規模量子デバイス)と呼ばれる枠組みで、古典的なコンピューターと量子コンピューターを協調させ、計算が終わったあとにノイズをできるだけ緩和する、という進め方をしていた。これに対して2024年から2025年にかけて主流になったのがFTQC(Fault-Tolerant Quantum Computing、誤り耐性量子コンピューティング)で、計算を止めずに走らせたまま、裏側でエラーを検出して訂正してしまう。講師の言葉では「自動車を走らせながらタイヤを交換する」技術である。この転換点を押さえておくことが、以降の企業選別の前提になる。
量子ビットの階層についても短く触れられた。物理量子ビットがあり、その内部にデータ量子ビットとアンシラ量子ビット(エラー検出のための補助ビット)という役割分担があり、それらを数千個から数万個束ねてようやく一個の論理量子ビットになる。実用に足るにはその論理量子ビットが千個から一万個必要になる、というのが講師の見立てだった。つまり物理量子ビットは数百万個から数千万個の単位で要る計算になる。この膨大さこそが、エラー訂正の効率を上げる競争が方式競争の本体になっている理由である。
発言では「ジョン・プレスキルが2018年に提唱」とされた。John Preskillの論文「Quantum Computing in the NISQ era and beyond」はarXivへの投稿が2018年1月、Quantum誌掲載が2018年8月であり、この点は公開情報と一致する。
超伝導方式は最も研究が進んでいるが、量子ビットを増やすほど配線が混雑し、量子ビット同士が近接して干渉し合ってエラーになる、という構造的な弱点を抱えている。講師は「綺麗にまばらに並べられればいいが、詰め込むから干渉して結局動かなくなる」と説明した。この同じ壁に対して、IBM・Google・富士通がそれぞれ違う解き方をしている、というのがこのパートの骨子である。
IBMは巨大な単一チップを作る路線をやめ、中規模のチップを横に並べて繋ぐモジュール型に切り替えた。チップ間に可変結合器(スイッチのようなもの)を置いて互いの干渉を抑え、量子状態が保たれる時間を延ばす。講師はこの系譜のプロセッサとしてHeron、エラーをオンタイムで見つけて解読する技術検証として「ルーンプロジェクト」を挙げた。Googleは別の攻め方で、QEC(量子エラー訂正)の理論的な閾値、すなわち一定水準を超えると全体のエラー率が指数関数的に下がるという命題を、実機で世界で初めて証明した。「絶対無理だろうと言われていたことを、やってしまった」というのが講師の評価である。そして富士通はパッケージング、すなわち実装密度の側から攻めている。チップの表面から配線を引き回すのをやめ、裏側から垂直に信号線を刺す三次元接続によって配線混雑を回避し、同じ希釈冷凍機の中で量子ビット数を四倍に増やした。
発言では「2024年10月に証明した」とされたが、公開情報ではGoogleのWillowプロセッサによる「表面符号の閾値を下回る誤り訂正」の成果は2024年12月9日にNature論文とともに発表されている(72量子ビットおよび105量子ビットのプロセッサで、符号距離を2上げるごとに論理エラー率が2.14倍抑制された)。論文のプレプリント公開が2024年夏であるため、講師が「10月」と記憶していた可能性はあるが、正式な発表時期としては12月が正しい。なお発言中の「29年までに実用化を目標」という部分は、Googleが示す2029年前後のロードマップとおおむね整合する。
IBMの「Loon」は2025年11月のQuantum Developer Conferenceで公表された112量子ビットの実験用プロセッサで、qLDPC符号によるリアルタイムのエラー復号を480ナノ秒未満で実証したとされる。エラー訂正の構成要素を検証するという講師の説明と一致する。富士通については、2025年4月22日に理化学研究所との共同で256量子ビット超伝導量子コンピュータを発表しており、2023年10月の64量子ビット機から三次元接続構造と高密度実装によって同一の冷凍機内で四倍に拡張した、という点まで発言どおりである。
超伝導が力技でノイズをねじ伏せるアプローチだとすれば、イオントラップは逆に、最初から品質の揃った材料を使うアプローチである。真空中に電磁場でイオンを浮かべ、レーザーで操作する。人工的に作った量子ビットと違い、天然の原子は同一の性質を持つため、個体差に由来するエラーが少ない。講師はこの方式の注目企業としてIonQとQuantinuumの二社を挙げた。
QuantinuumはMicrosoftと組み、物理量子ビットを束ねて作った論理量子ビットのエラー率を、物理ビット単体と比べて八百分の一まで下げた。加えて、以前は三十個の物理ビットから四個の論理ビットを作るのが限界だったものを、五十六個の物理ビットから十二個の論理ビットを同時に作れるところまで進めている。さらに講師が「とんでもない確信技術」と呼んだのが、計算を途中で止めずに裏でリアルタイムにエラーを見つけて修復する技術であり、これがFTQCの実装そのものである。IonQのほうは素材と接続の二方向から攻めており、イオンの素材をバリウムに切り替えてレーザー操作の精度を上げ、フォトニックインターコネクトと呼ばれる光によるモジュール接続でトラップ同士を結びつけることで、一つのトラップに閉じ込められるイオン数の上限という制約を外しにいっている。2026年に12論理量子ビット、2027年に一気に800論理量子ビットというロードマップが示された。
発言では「2026年6月のネイチャー誌でものすごい話題になった」とされたが、公開情報では時期が異なる。物理ビット単体比で800倍のエラー率改善(30個の物理ビットから4個の論理ビット)は2024年4月3日の発表、56個の物理ビット(H2機)から12個の論理ビットを作った成果は2024年9月10日の発表である。Nature誌への査読付き掲載はその後であり、2026年6月ではない。数字そのもの(800倍、30→4、56→12)は発言どおり正確だが、発表年が約2年ずれている。講義では複数の成果を一つの話題としてまとめて語ったものと思われる。
冷却原子については、数年前まで商用ベースのデータが少なすぎて実用化は難しいと見られていたのが、一気に評価を変えたと講師は述べた。真空容器の中にルビジウムなどの中性原子を浮かべ、レーザーをピンセットのように使って一個ずつ捕まえる。物理的な配線が要らないため、量子ビットを自由な位置に配置でき、その場で計算回路を組み替えられる。リュードベリブロッケードという、隣接する原子が同時に高励起状態になるのを抑える機構がその基盤にある。講師はこれを『黒子のバスケ』の赤司征十郎に喩え、周囲の選手の能力を引き上げるようなものだと説明した。結果として、従来は千個の物理ビットから一個の論理ビットができれば御の字だった効率が、二個に一個まで改善した。物理ビットを数百万個も用意しなくても、数千個規模でエラーのない量子計算ができるかもしれない、という期待がここから生まれている。
※ 講義で語られた数値をそのまま図示したもの。方式・実験条件が異なるため厳密な横比較ではない。冷却原子の「2:1」は物理ビット2個あたり論理ビット1個という意味での効率。
シリコン方式について、講師は「すごく商業的だ」と評した。量子ビットをチップ上に載せてしまえば、IntelやTSMCの既存工場がそのまま使える。新しい製造インフラを作らなくてよいという点で、最後に量産フェーズへ入ったときに圧倒的に強い。温度の面でも有利があり、他方式が摂氏マイナス273度付近を要求するのに対し、シリコンはマイナス272度で動くと言われる。この一度の差で冷凍機にかかる負荷が百倍以上軽くなる、というのが講師の説明だった。具体例としてIntelの12量子ビットのテストチップと歩留まり95%以上という数字が挙げられ、日本側では理化学研究所や日立が半導体内部で発生するノイズを細かく消す技術を開発し、量子ビットの寿命を百倍以上安定させたと紹介された。
さらに講師が個別に名指ししたのが、オーストラリアのSQC(Silicon Quantum Computing)である。ミシェル・シモンズ教授が率いるこのスタートアップは、シリコン結晶の上にリン原子を一個ずつ手作業のような精度で配置してノイズを極限まで減らす技術を持ち、政府系ファンドからの資金調達に成功している。提供しているチップの名前が「ウォーターメロン」という、講師いわく「ふざけた名前」である点も紹介された。
Intelの12量子ビットのシリコンスピン量子チップは「Tunnel Falls」で、2023年6月に公表された300mmウェハ製造の研究用チップである。ウェハ全体で95%という歩留まりはCMOSロジック並みとされ、この数字は発言どおり。ただし位置づけは研究コミュニティへの配布用であって、発言中の「量産化に成功」という表現は商用製品の量産を意味しない点に注意が必要である。SQCについては、シドニーのUNSW発でミシェル・シモンズ教授が2017年に創業、オーストラリアのNational Reconstruction Fund Corporationから出資を受けており、「ウォーターメロン」は量子機械学習向けの製品として実在する。発言中で一度「オーストリア」と言い直した箇所があるが、SQCはオーストラリアが正しい。
光方式は、常温で動く点と光ファイバーで拡張できる点が最大の利点である。課題は光ファイバーを通る際のロスで、最先端の半導体で光を逃さないシリコンフォトニクスがそこを埋めにいっている。講師はPsiQuantumのOmegaチップがGlobalFoundriesのファウンドリで量産されていること、製造拠点がシカゴとオーストラリアに置かれていることを挙げ、ラックを並べるだけで計算能力がスケールする構図を説明した。日本側では東京大学の古沢研究室発のOptQCが挙げられた。そして重要なのは、この光の技術がすでにデータセンター側の企業と地続きになっている点である。講師はCoherentやInnoLightの技術がそのまま使われていると述べ、参加者から出た浜松ホトニクスに加えて、藤倉、Marvell、Ciscoの名前を挙げ、「量子もつれチップを発表しているのでネットワークの側からも調べておくように」と指示した。
ここからがこの回の本題である。講師は参加者に「最終的に必ず勝つところがある。チャットに書いてみてください」と投げかけた。Google、ラムリサーチ、イーロン・マスクといった答えが並んだあと、講師が示した答えはNVIDIAだった。
根拠は構図の変化にある。NISQ時代の量子コンピューティングは「古典的なパソコン×量子」だった。しかしFTQCへ移行した現在は「データセンター・スパコン×量子」に変わっている。量子コンピューターは温度変化や揺れ、ノイズですぐに状態を失う――講師の言葉では「風邪をひく」――ため、エラーシンドロームと呼ばれる兆候をミリ秒・マイクロ秒の単位で分析し続けなければならない。これは人間の手では不可能で、二十四時間体制でAIにやらせるほかない。そこでGPUが必要になり、GPUと量子プロセッサを結ぶ専用の高速接続が必要になる。NVIDIAが用意したのがNVQLinkである。講師はこれを、GPU同士を繋いでAIの膨大なデータを流す「高速道路」であるNVLinkに対して、スパコンと量子コンピューターを一瞬の遅れも許さずに往復させる「レスポンス専用のブリッジ」だと説明した。現時点の検証ではH100世代のGPUが使われているという。
接続規格だけではない。講師は続けて、NVIDIAがメンテナンスの側にもAIモデルを投入していると述べた。それが「アイジング」と呼ばれる二つのモデルで、一つはアイジング・キャリブレーション、もう一つはアイジング・デコーディングである。前者は量子デバイスの実験結果や測定グラフといった画像データを物理の知識と合わせて読み取り、どうすれば最良の状態になるかを推論して全自動でチューニングする。後者は超高速でエラーを検出・判定する。そして講師が最後に置いた論点が、五方式はそれぞれ別のプログラムで動いているのだから通訳が必要になる、というものだった。その通訳層もNVIDIAがすでに作ってしまった。だから「どこが勝つのかと言えばNVIDIAです」という結論になる。
NVQLinkはNVIDIAが2025年10月28日に発表したオープンなシステムアーキテクチャで、GPUコンピューティングと量子プロセッサを密結合する。IonQ、Quantinuum、Rigettiを含む17社のQPUベンダー、5社の制御システム企業、9カ所の米国国立研究所が策定に参加しており、CUDA-Q SDKを通じてCPU・GPU・QPUを横断して扱える。講師が言う「通訳層」はこのCUDA-Qに相当する。「NVIDIA Ising」も実在し、Ising CalibrationとIsing Decodingという二つのモデル領域を持つ、量子プロセッサ構築のためのオープンAIモデル群として公開されている。Ising Calibrationは超伝導・量子ドット・イオン・中性原子など六つの量子ビット方式のデータで訓練されており、方式をまたいで使えるという点で、講師の「全部まとめる」という表現と合致する。
発言では「LLMではなくVLMで、VはバーチャルのV」と説明されたが、公開情報ではVLMはVision-Language Model(視覚言語モデル)であり、Vはバーチャルではなくビジョン(視覚)である。Ising Calibrationは350億パラメータ規模の視覚言語モデルとして公開されており、測定グラフなどの画像を読み取って診断するという講師の説明内容自体は、むしろこの「視覚」という解釈でこそ筋が通る。用語の読み違いと見るのが自然である。
そして講師は、この一連の話がかつて自分が答えを保留した問いの回収であることを明かした。以前「なぜ量子コンピューティングの話をしないのか」と問われたとき、空間推論の話をした。アイジングのキャリブレーションもデコーディングも、本質は三次元・空間推論の分析である。だから空間推論がAIの課題として残っている限り、量子の話は先送りするしかなかった、という筋である。要確認 ただしこの因果関係は講師自身の見立てであり、公開情報として裏づけられる性質のものではない。