STUDY REPORT / 2026年5月度 勉強会

GEという恐竜の倒れ方――在籍10年の当事者が語った「化粧」と、その化粧が剥がれるまで

創造的破壊の講義から派生して、GEをめぐる議論が1時間近く続いた。ジャック・ウェルチの手法は創造的破壊だったのか。GEキャピタルは何をしていたのか。そして2002年から2011年までGEに在籍した参加者が、内側から見た光景を語った。前回の勉強会で出た「ジャック・ウェルチを調べる」という宿題への、思いがけない形での回答になった回である。

EXECUTIVE SUMMARY

ウェルチがやったのは創造的破壊ではなく、化粧を続けることだった

2002〜2011参加者がGEに在籍した期間。GEキャピタル、のちにGEエナジーへ
年8〜10%毎年求められた成長率。達成できなければ即座に解雇されたという
51%対49%世界展開の型。地元企業と組み、あたかも100%であるかのように振る舞う
2008年リーマンショック。金融依存が災いし、以降株価が戻らなくなった
バックログ期末にどこまで売上へ入れるかの攻防。四半期開示が生んだ常態
恐竜当時から社内外で使われていた比喩。小回りが効かないものはいずれ倒れる

議論の入口は、前田氏の創造的破壊の講義に対する質問だった。GEのジャック・ウェルチが業績不振の事業を次々に切り離し、製造業主体だった会社をGEキャピタルやヘルスケアへ転換させていったことは、創造的破壊とリンクするのではないか。この問いに対する前田氏の答えは、明確な否定だった。

ウェルチのやり方は創造的破壊とは少し違う。あれは生き残るためにどう化粧をつけ続けるかという発想である――これが前田氏の視点だった。要素としては二つある。一つは選択で、不要なものを削り、不要と判断する基準を明確化した点。もう一つがGEキャピタルであり、こちらの方が本質だという。

GEキャピタルは実質的に銀行業であり、バランスシートの向きが製造業とまったく逆になる。この性質を使うと、他の事業部でうまくいっていない部分を会計処理の上でプラスに見せることができる。ただしそれは会計上の処理にすぎないため、歪みは消えずに溜まっていく。その歪みを引き受けたのが後任のジェフ・イメルトで、彼は苦しみ続けることになった。淘汰の構造をどう乗り越えるかという前回の論点で見れば、ウェルチの手法は適切だったと言える。しかしその後の生き残りまで含めて見たとき、本当に正解だったのかは見直す必要がある――前田氏はこれを、見方の分かれる論点だと断ったうえで個人的な意見として述べた。

この回を貫く1本の線
創造的破壊が「壊しながら作る」ことだとすれば、GEがやったのは「壊さずに、壊れていないように見せ続ける」ことだった。会計は歪みを先送りできるが消せない。先送りされた歪みは、環境が急変した瞬間――この場合はリーマンショック――にまとめて表に出る。恐竜が倒れるのは、小さくなれないからである。
PART 1

掛け算で膨らませ、割り算で解体する

主宰講師は、この構図を前回の講義で扱った枠組みに接続した。流れとしては、まずマルチプル・アービトラージのように評価倍率の異なる産業を掛け合わせ、儲かっている状態を金融業を入れて作る。その状態で大量に資金調達し、買収を重ねていく。ところがリーマンショックが来ると周辺から次々に歪みが出て、それまで貯めたキャッシュを社会的分配に充てざるを得なくなり、危険な状態に陥る。そして掛け算しすぎた反動として、今度は割り算をする番が来る。航空機エンジン、エネルギー、ヘルスケアへ分けていった流れがそれにあたる。

参加者からも、GEキャピタルによる資金の操作があり、利益の半分がGEキャピタルへ行った結果、実態がブラックボックス化してよく分からない状態になった、という補足があった。コングロマリット・ディスカウントが表面化する前段で、社内の資源配分――主宰講師が「社会主義的分配」と呼ぶもの――を補填し続けなければならず、そこが徐々に蝕まれていった、という読み方である。

📌 Claude補足|GEの3分割とダウ除外の事実関係
分割の経緯は公開情報で確認できる。2023年1月3日にGEヘルスケアが分離し、2024年4月2日にGEベルノバが分離、残るGEエアロスペースが単独企業となって、3社体制への移行が完了した。講義で「エアロスペースとエネルギーのベルノバとヘルスケア」と整理された内容は正確である。

また、GEは2018年6月にダウ工業株30種平均から除外され、ウォルグリーンに入れ替えられている。GEはダウの創設時からの構成銘柄で、111年間連続で採用されていた最後の1社だった。参加者が述べた「2018年頃倒れた」という感覚は、この象徴的な出来事と時期が一致する。
PART 2

内側から見たGE──在籍10年の証言

議論の途中で、2002年から2011年までGEに在籍していた参加者(中川氏)が発言した。この回で最も具体性のあるパートである。

当時のGEは「世界で最も称賛される企業」で長く1位を取り続け、時価総額も世界一だった。エジソンが創業したアメリカン・カンパニーであるということが合言葉になっており、グローバル・カンパニーではなくアメリカン・カンパニーだという自負が強かったという。しかし本人の感覚としては、当時からずっと「ちょっとおかしいな」という違和感があったと振り返る。

その理由が、企業家精神のようなものがまったく許されない組織文化だった。オペレーショナル・エクセレンスという標語のもと、回し方が正しいのだという前提で世界中で同じやり方をしていた。100数か国で展開していたが、どこでも同じやり方、同じような人材を見出すリーダーシップ。誰が褒められるのか、トップタレントとはどういう人で、どういう称賛を浴びるのか。それが全て明確に定義され、クロトンビル(GEの企業内研修施設)でリーダーシップが体系的に作られていた。種も個性も関係がなかった、と表現された。本人はそれを否定的にだけ語ったわけではなく、「それはそれで、そういう時代だったのだろう」と距離を取った言い方をしている。

期末のバックログ攻防と、四半期決算という圧力

財務面についての証言はより生々しい。常にギリギリのバックログ(受注残)を、どこまで今回の売上に入れるかという戦いだった。四半期決算である以上、たとえば12月31日の時点でどこまで計上するかが問題になる。年間8〜10%の成長を求められており、それができなければ「お前バッターアウトだ」という形で解雇される。その厳しさが常態化していた。

そして本人によれば、その状態が後になって書籍で明らかになった。非常に粉飾に近いギリギリのところで、会計監査法人も大きな会社であるため「まあこれはいいだろう」という判断で流していた。本当はギリギリだったが、内部告発があって実はまずかったという話になった。ただし会計監査法人にとってGEは金額の大きい最高の顧客でもあった、という但し書きも添えられた。

📌 Claude補足|言及された書籍の書名と刊行年
講義では「GE帝国崩壊の本が2023年ぐらいにある」と言及されたが、正確には書名も刊行年も少し異なる。該当書はトーマス・グリタとテッド・マンによる『GE帝国盛衰史――「最強企業」だった組織はどこで間違えたのか』(御立英史訳、ダイヤモンド社)で、邦訳の刊行は2022年7月である。原著は『Lights Out: Pride, Delusion, and the Fall of General Electric』で、2020年に米国で刊行された。

書名が「崩壊」ではなく「盛衰史」である点も含めて、書籍を探す際は正確な表記で当たる必要がある。内容の趣旨(絶頂期にすでに衰退の芽があったこと、会計上の処理を含む内部の実態)については、講義での説明と書評類の要約が概ね一致する。
PART 3

日本のGE──サラ金と東京電力

証言は日本事業にも及んだ。ジャック・ウェルチの時代、GEは日本でいわゆる消費者金融を買収した。製造業としてのトリプルAという格付けで安く資金を調達し、それを高い金利で貸していたため、極めて高い収益を上げていたという。ウェルチ時代の最後の頃には日本が稼ぎ頭になっていた、というのが本人の記憶である。保険会社も買収した。

しかしその後、日本の消費者金融をめぐる法律が変わって規制が厳しくなり、この商売は成り立たなくなる。生命保険についても規制が入り、こちらも厳しくなった。日本事業は徐々に縮小し、いまではほぼ残っていない。

📌 Claude補足|貸金業規制の年について
講義では「2005年頃に法律が変わって厳しくなった」と述べられたが、公開情報では1年ほど後になる。2006年1月の最高裁判決でみなし弁済規定の要件を満たす貸付業者は事実上存在しないと判断され、20%を超える利息の徴収が違法とされた。これを受けて2006年に改正貸金業法が成立・公布され、利息制限法と出資法の間のグレーゾーン金利が廃止、総量規制(借入限度額を年収の3分の1まで)が導入された。完全施行は2010年である。

つまり流れそのものは発言通りだが、転換点は2005年ではなく2006年であり、収益への影響が本格化するのは2007年以降と考えた方が実態に近い。

さらに踏み込んだのが東京電力との関係だった。本人によれば、GEにとってのワールド・ビゲスト・カスタマー、つまり世界最大の顧客が東京電力だったという。原子力発電やガスタービンを高い値段で買ってもらっており、最新のガスタービンも真っ先に買ったのは東京電力だった。日本企業のことは正直なめていた、という率直な回顧である。だからこそ2011年の東日本大震災の影響は非常に大きかった。そして本人の評価は「色々な不幸が重なったのは重なったが、今までのつけが回ってきたのだと思っていた」というものだった。

📌 Claude補足|福島第一原発の原子炉メーカー
講義では「1号機・3号機・4号機はGEだった」と述べられたが、公開情報と一部食い違う。1号機はGEが技術・製作を担当しており、この部分は正しい。一方、3号機は東芝が主幹企業4号機は原子炉圧力容器をバブコック日立が製造している。2〜5号機はGE型のBWR-4という炉型を採用しているため「GE設計に基づく」という意味では関連があるが、製作主体としてのメーカーは号機ごとに異なる。

「東京電力がGEの世界最大顧客だった」という点については、当時の売上構成を示す公開データを確認できなかった。要確認ただしGEが東京電力に原子炉とガスタービンを納入していた事実関係自体は裏付けられる。
PART 4

恐竜は倒れる──そしてソフトバンクは

証言の中で繰り返し使われた言葉が「恐竜」だった。当時から社内で「やっぱり恐竜だよね」と言われていたという。時価総額世界一で、エジソンの時代から存在する企業。だからこそ怖い。小回りが効かないからである。

ただし本人はGEを一方的に否定してはいない。ポジショニングとしては航空機エンジンやガスタービンといった参入障壁の高い領域を押さえていた点を評価している。また世界展開の型として、地元企業と51%対49%で組みながら、あたかも100%自社であるかのように振る舞い、現地の人材も全て自社流に変えていくやり方については、「あれはすごい」「大したものだとも思う」と率直に評価していた。そして現在3社に分割されたことについては、エジソンなどと言わず2020年頃にできた会社のような顔で、企業家的にやっていけばいいのではないか、という前向きな言い方で締めている。

GEの強さだったもの

参入障壁の高い領域(航空機エンジン、ガスタービン、原子力)を押さえていたこと。トリプルAの格付けによる低コストの資金調達力。世界中で同一の型を適用できるオペレーションとリーダーシップ育成の体系。

それが弱さに転じた点

同一の型しか使えないため柔軟性がなかったこと。金融への依存が深まりリーマンショックで致命的な打撃を受けたこと。会計処理で歪みを先送りし続け、格付けと株価という前提が崩れた瞬間に一気に露呈したこと。

ソフトバンクへの当てはめ

議論はここから現在の日本企業へ移った。主宰講師が「日本で化粧しまくっている会社がある」と問いかけ、参加者からは別の企業名が挙がったが、それは不正であって化粧とは違うと訂正されたうえで、答えとして示されたのがソフトバンクグループだった。主宰講師の論点は、純資産が30兆円もあるという数字自体が化粧ではないか、という点にある。非流動性の資産がいくらあるのかを見るべきで、その割合が高いなら見え方が変わってくる、という主張だった。

証言者もこれに同意し、CFOは本当にギリギリのことをやっているはずで、会計監査人も自分の立場がかかっているところまで踏み込んでやっているだろう、と述べた。そしてGEのケースと照らし合わせて見ると面白いのではないか、という形で議論が閉じられた。

📌 Claude補足|ソフトバンクグループの数字について
「純資産30兆円」という表現は、会計上の純資産ではなく同社が主要指標として掲げるNAV(時価純資産)を指していると思われる。公開情報では、NAVは1年で25.7兆円から40.1兆円へ拡大したとされ、2026年3月期第2四半期時点で9月末33.3兆円、11月10日には過去最高の36.2兆円に達したと開示されている。LTV(純有利子負債÷保有株式価値)は18.0%から17.0%へ低下し、手元流動性は3.5兆円とされる。

つまり発言時点の「30兆円」という概数はNAVの水準としては大きく外れていないが、会計上の純資産とは別概念である点は区別が必要である。

一方、「50%が非流動性の資産」という数値は裏付けを取れなかった要確認NAVの構成には上場株(Armなど)と非上場投資(OpenAI関連を含む)の双方が含まれ、後者の評価が議論の対象になりやすいことは一般に指摘されているが、具体的な比率については確認できていない。この点は講師の主張として扱い、自分で開示資料に当たって確かめるべき箇所である。

なお、GEとソフトバンクを同一視する見方には当然反論もありうる。GEは事業会社が金融子会社を抱えた構造だったのに対し、ソフトバンクグループは投資持株会社であり、非流動資産を保有すること自体が業態の前提になっている。ここは評価の分かれる論点として併記しておく。
Q&A

この回の質疑応答(GEに関する分)

今日の創造的破壊の話は、GEのジャック・ウェルチが不振事業を次々に撤退し、製造業主体だったGEをGEキャピタルやヘルスケアへ転換させていったことと結びつくように思えたが、どう考えるか。

前田氏は、ウェルチの手法は創造的破壊とは少し違うと回答。あれは生き残るためにどう化粧をつけ続けるかという発想であり、不要なものを削る選択と、GEキャピタルによる会計上の見せ方の二つが要点だという説明だった。ただし淘汰の構造をどう乗り越えるかという観点で見れば、ウェルチの手法は適切だったとも言える、と補足した。

GEキャピタルを入れると具体的に何が変わるのか。

キャピタルは実質的に銀行業になるため、バランスシートの向きが製造業と逆になる。この性質を使うと、他の事業でうまくいっていない部分を会計上プラスに見せることができる。ただし会計処理にすぎないので歪みは溜まり続け、後任のイメルトがそれを引き受けて苦しむことになった。

(証言者へ)もともとGEキャピタルにいたということか。

そうだと回答。GEキャピタルに在籍した後、東芝との合弁会社であるGEエナジー側へ移ったという。GEキャピタルはもともと商品ローンを顧客に組み込むための部門だったが、製造業より金融業の方が評価倍率も利益率も高いため、そちらへ軸足を移し、あたかも金融の会社であるかのように振る舞っていた、という整理がなされた。

リーマンショックの影響はどの程度だったのか。トリプルAの格付けで安く資金調達できていたはずだが。

被害は非常に大きく、潰れるのではないかというところまで行ったが、製造業を抱えていたため潰れなかった。ただし株価は2008年以降上がらなくなった、という証言だった。イメルトはバックログを全て前倒しで計上するなど、株主へのコミットメントを必死で守ろうとしていたが、その裏でウェルチがイメルトを批判するような発言をちらつかせることもあったという。

日本のGEはうまくいっていたのか。

ウェルチ時代の最後の頃は日本が稼ぎ頭だったという。製造業としてのトリプルAで安く資金調達し、それを消費者金融として高金利で貸していたため極めて儲かっていた。しかしその後の法規制強化で成立しなくなり、生命保険も規制が入って縮小、現在はほぼ残っていない。

日本で化粧をしまくっている会社はどこか。

ソフトバンクグループ、というのが主宰講師の答え。純資産30兆円という数字自体が化粧ではないか、非流動性の資産がいくらあるのかを見るべきだ、という主張である。証言者も、CFOも会計監査人もギリギリのところをやっているはずだと同意した。数値の検証は Claude補足を参照のこと。

ACTION

宿題・アクションアイテム

  1. 『GE帝国盛衰史』(トーマス・グリタ/テッド・マン、御立英史訳、ダイヤモンド社、2022年/原著 Lights Out, 2020年)を読む。主宰講師が「実話っぽい感じで面白い」と推奨している。
  2. GEとソフトバンクグループを並べて照らし合わせる。特に、事業会社が金融子会社を抱える構造と、投資持株会社が非流動資産を抱える構造の違いをどう評価するかを自分の言葉で整理する。
  3. ソフトバンクグループの開示資料に当たり、NAVの構成のうち非上場・非流動の割合が実際にどの程度かを確認する。講義で出た「50%」という数値は裏付けが取れていない。
  4. 会計上の処理で歪みを先送りしている企業を見分ける手がかりを列挙する。GEの場合はバランスシートの向きが逆の事業を抱え込むことがその手段になっていた。
  5. 前回(5月20日)の宿題「ジャック・ウェルチを調べる」に対して、今回の議論がどこまで答えになっているかを確認し、足りない部分を補う。
GLOSSARY

用語集

GEキャピタルGEの金融部門。実質的に銀行業でバランスシートの向きが製造業と逆になるため、他事業の不振を会計上相殺して見せることができた。
バックログ受注残。期末にどこまでを当期の売上として計上するかが四半期決算の攻防の焦点になり、GEでは常態化していたと証言された。
オペレーショナル・エクセレンス運用の卓越性を意味するGEの標語。世界中で同じやり方を徹底する前提となり、結果として柔軟性を欠く要因にもなったと評された。
クロトンビルGEの企業内研修施設。リーダーシップ人材を体系的に育成する仕組みとして機能していた。
マルチプル・アービトラージ評価倍率の異なる産業を組み合わせて全体の評価を引き上げる手法。GEの膨張局面を説明する枠組みとして持ち出された。
コングロマリット・ディスカウント事業部が多すぎて適正に評価できなくなり、企業価値が割り引かれる状態。GEの解体局面を説明する枠組み。
GEベルノバ2024年4月に分離したエネルギー事業会社。GEヘルスケア(2023年1月分離)、GEエアロスペースと合わせて3社体制となった。
恐竜時価総額と歴史を背負って小回りが効かなくなった巨大企業の比喩。GE在籍者の証言では当時から社内で使われていた表現。