STUDY REPORT / 2026年6月度 勉強会

GDロジックからSDロジックへ――コトラーが3.0までしか使えない、もう一つの理由

「抽象的な理想と、受け手の具体との溝をどう埋めるか」という受講者の問いに、講師マイキー氏がサービス・ドミナント・ロジックで答えた長尺の応答を軸にした回。

EXECUTIVE SUMMARY

この回で扱われたこと

2004年SDロジックが提唱された年
22年前講義時点(2026年6月)からの経過
3.0の途中までコトラーで語れる範囲(講師見解)
グッズ→リソース価値の起点の転換
1.0と2.0日本製品の現在地(講師見解)
捨てること今回のもう一つの中心命題

この回の中核は、受講者の小島氏から出た実務的な悩みだった。企業がいったん立ち上がって走り始めた後も常に変化していくが、既存の持ち物や武器がある一方で、社会的ニーズや環境変化とのあいだにどうしてもズレが出る。そのズレをどう埋めるのか。プレゼン能力やコミュニケーションで埋めるという答えは分かっているが、その段階的なイメージがつきにくい。自分は方向性を持ち、社会からも求められていると思うが、その部分があまりに抽象的で、具体を入れながら分かってもらうまでの距離が埋めにくい――そういう問いである。

これに対して講師のマイキー氏が答えたのが、コトラーを3.0までに止めるべきだと言ってきた「もう一つの理由」だった。コトラーの3.0以降にはアカデミックの世界で否定的な見方もある。というのも、コトラーが組み立てたマーケティング1.0・2.0・3.0はグッズ・ドミナント・ロジック(GDロジック、物中心主義)に立っているからだ。そしてそれが否定され始めたのが2004年以降であり、対置されたのがサービス・ドミナント・ロジック(SDロジック)である。

SDロジックを提唱したのはスティーブン・バーゴとロバート・ラッシュの二人。マイキー氏は彼らを「経営学におけるジョン・レノンとポール・マッカートニー」と評した。バーゴはアーキテクチャ(設計図)の側、ラッシュは実務の側から、両サイドで理論を構築したという整理である。物を作って売るというグッズ中心から、リソースを整えて文脈を作るというリソース中心へ。この転換によってマーケティング理論そのものが二分化した、というのがマイキー氏の見立てだった。

後半では、前田氏が今回の裏テーマとして「捨てること」を提示する。積み上げてきたものが制限を起こし、時代とのズレを生むので、いかに捨てていくかの方がむしろ重要ではないか、という問題提起である。小島氏はこれに対して、捨てる勇気というより、目に見えて手に入るところから遠回りすることへの恐怖、失うことへの恐怖が大きいと応じた。マイキー氏は、短期の利益を捨てた方が長期の利益は出やすいのは間違いないが、短期の利益を全部捨てれば自滅する、と時間的なリソース配分の問題として引き取っている。

この回を貫く一本の線
抽象と具体の溝は、抽象をやさしく噛み砕けば埋まるものではない。溝が埋まらないのは、まだグッズの側から語っているからだ――という診断が、この回の実質的な答えだった。
PART 1

抽象と具体のあいだが埋まらない

小島氏の問いは、理念と現場のあいだにある落差についてのものだった。企業が一度出来上がって走り始めた後も常に変化していく。しかし既存で持っているものや武器がある中で、社会的ニーズや変化に対してどうしてもズレが出てくる。そこをどうやって埋めるのか。

本人の自己診断はこうだ。物事や理想、パーパスが重要だという流れの中で、自分の考え方は比較的抽象度を高く目的を考えるようになった。ところが受け手側のニーズについては「自分たちが気づいていない」ものとして理解してしまっているので、自分たちの思いがすっと入り込むようにするための距離の埋め方が難しい。受け手側は比較的抽象度の高いものでは理解しづらいのではないか、という懸念も同時に述べられた。

ここで前田氏が「これは僕が答えた方がいいかもしれない」とマイキー氏に振り、話がSDロジックへ移る。

PART 2

グッズ中心主義とサービス中心主義

マイキー氏の説明はこうである。コトラーのマーケティング1.0・2.0・3.0はGDロジック――グッズ・ドミナント・ロジック、すなわち物中心主義――に立っている。物を作ってなんぼで、どう構築し、どう売っていくのか、というマーケティングの語り方をしているのがコトラーだ。ところがこれが否定され始める時期が2004年以降に出てくる。代わって出てくるのがSDロジック、サービス・ドミナント・ロジックである。

2.0から3.0へと進み、文脈が重要だ、インサイトが重要だという話になったとき、では受け手側がどのように文脈を作るのか、ストーリーテリングに乗っていくのか、という問いが立つ。そこで価値の起点がグッズ中心からリソース中心に変わる、と指摘したのがこの二人だった。

マイキー氏によるウイスキーの例
GDロジックでは、ウイスキーは工場で蒸留され瓶詰めされ、物質として店頭で売られ、そこで交換価値が確定し、企業の利益も確定する。関係はそこで終わる。企業が作った価値を消費者は一方的に消費するだけだ。

SDロジックでは、ウイスキーの捉え方が「工場で蒸留され瓶詰めされたもの」ではなく「企業の持つ蒸留・熟成の技術」になる。その技術を顧客に届けるために何をすればいいかを考える。瓶は、技術と文化を運ぶ乗り物にすぎない。そして顧客がどの文脈でその瓶を開けるのか――たとえばどんな祝いの席で開けるのか――その文脈をどれだけ作り上げられるかが、そのまま需要の大きさになる。

マイキー氏は、コトラーの説明は元々グッズ主義で組み立てられたものを、文脈の時代の話とごちゃ混ぜにしていると批判した。コトラーの文脈で通じるのは、率直に言って3.0まで、それも3.0の途中までだという。そこから先は文脈ベースで考え直さなければならず、それを変えたのがバーゴとラッシュだ、という結論である。

GDロジック(グッズ中心)SDロジック(サービス中心)
価値の起点作られた物(グッズ)知識・技能などのリソース
価値が決まる場所店頭での交換(取引時点)顧客が使う文脈の中
顧客の位置消費する受け手価値を共に作る当事者
企業の課題良い物を作り、売り切るリソースを整え、文脈を届ける
関係の終わり売れた時点で終了終わらない(使用の中で続く)
📌 Claude補足|SDロジックの出典と提唱者の所属
講義で言及された論文は Stephen L. Vargo & Robert F. Lusch, "Evolving to a New Dominant Logic for Marketing", Journal of Marketing, Vol.68, No.1(2004年1月), pp.1-17。マーケティングが経済学から受け継いだ「グッズの交換」を中心とする支配的論理に対し、無形資源・価値共創・関係性に軸を移した新しい支配的論理を提示した論文で、有形資源より無形資源、埋め込まれた価値より共創される価値を重視する。

所属も講義の説明どおりで、バーゴはハワイ大学マノア校シドラー経営大学院の教授、ラッシュはアリゾナ大学エラー経営大学院の教授(マクガイア起業家精神センター所長)。ラッシュについて講義では「アメリカのマーケティング協会の会長とかやったりとかしている」と語られたが、これは公開情報と一致する――ラッシュはアメリカ・マーケティング協会(AMA)の元理事長であり、Journal of Marketing の元編集長でもある。
📌 Claude補足|「200年間の経営学の常識をひっくり返した」という表現について
講義では「この200年間の経営学の常識をひっくり返したと言われている理論が2つあって、これが2つ」と語られた。発言と一般的な学説史には食い違いがある。マーケティングが大学の科目として成立したのは20世紀初頭(1900年代〜1910年代の米国)であり、経営学全体を取っても200年の歴史はない。SDロジックが2004年以降のマーケティング研究で最も引用される枠組みの一つであること自体は事実だが、「200年」という時間幅は誇張と見るべきで、講師の強調表現として受け取るのが妥当。要確認「経営学のレノンとマッカートニー」という評も、講師独自の比喩であって定着した呼称ではない。

なお「22年前に起きている」という講義中の表現は、2004年を起点とすれば2026年時点で22年であり、年数としては整合している。

PART 3

文脈の先にあるフィロソフィー

前田氏はここで、自分は最後はフィロソフィーになると思っている、と述べた。ただしコトラーのちゃんとした文脈ではそこまでは出てこないはずだ、とも付け加えている。マイキー氏も「出てこないです」と即答した。前田氏の理解では、コトラーは社会の関係層から無理やりそちらへ寄せていった形になっており、本来的にはフィロソフィーまで繋げなければならない。そしてそれは、以前にマイキー氏が述べたCPO(最高哲学責任者に相当する役職)が必要だという話と合致する、という整理だった。

マイキー氏の応答はより手厳しい。今のサービス上、哲学まで行っているのはあくまで発信者側の哲学であって、グッズが送り手と受け手の双方のフィロソフィーのところまで到達しているサービスは存在しない。だから5.0には行けない。まずインサイトを見て、その後にコンテキストをどう作るか。そこがないと哲学は生まれない。各々がそこで初めて哲学を持つ、という段になったとき、コトラーにはそこまで書かれていない。ゆえに3.0から5.0、特に4.0と5.0は完全に後付けで作ったものであり、むしろSDロジックの方が現代に合っている、というのが結論である。

発信側だけの「気づく・変える・掴む」では足りない
マイキー氏は、前田氏が提示した「気づく・変える・掴む」(別レポート参照)が発信側の話になっている点を指摘した。あれを受け手側がどう作るかも同時に考えなければならない。でなければ相乗効果は生まれない。商品とは基本的に相乗効果を生むものであり、そこまで製品に入れ込まなければ4.0には行かない、という論理である。

そして日本への評価が続く。日本の製品は1.0・2.0で止まっているから世界で受けない製品を作り続けているのではないか、とりわけサービスがそうだ、と述べられた。前田氏はこれを引き取って、3.0と4.0ではベクトルが違う、情報の伝達の向きが違うのでギャップが生じる、同一の企業や人物がやるには自己矛盾を抱える形になるので、そういうスタイルを取れない人たちにはそもそも無理だ、と補足した。

ここから受け手側の責任という論点が出る。前田氏は、共創である以上は受け手側にもそれなりのレベルや成長する意識・マインドが必要ではないかと述べた。マイキー氏の答えは「エデュケーションがないと成り立たない」である。ただし興味深いのは、そのエデュケーションが誰向けかという点だった。マイキー氏は「フィードバックが、企業向けのエデュケーションだと思っている」と答えている。顧客側が全員気づかない状態であれば企業も気づけない。ではどう気づかせるか。そこで必要になるのが徹底的な強制的ルールだ、という主張へ接続し、話はサイバーセキュリティの具体例へ移っていく(この先は別レポートに収録)。

📌 Claude補足|インサイトとコンテキストの位置づけ
講義では「コトラーの1.0と2.0がデマンドとニーズ、3つ目がインサイトとコンテキスト、それがまさにリソースだ」という整理が語られた。この「デマンド/ニーズ/インサイト」の三階層は前田氏が以前の回で提示した枠組みで、コトラー本人の用語体系そのものではない。要確認SDロジック側の用語で言えば、インサイトやコンテキストに近いのは「オペラント資源」(知識・技能など、他の資源に働きかける資源)および「文脈価値(value-in-context)」にあたる。
PART 4

捨てることと、時間のリソース配分

ここまでの議論を受けて、前田氏が今回の裏テーマを明かした。最終的に自分が何をしたかったのか。もう一つ重要なのは「捨てること」だと思っている、という。積み上げてきたものが制限を起こしてしまったり、時代とのズレを生じてしまうので、いかに捨てていくかの方がむしろ重要なのではないか。今回の中心命題の一つはそこだ、と述べられた。

小島氏はこれをダイナミック・ケーパビリティに引きつけて受け、潮流にきちんとアジャストしなければならない場面は多い、その際に自分たちが固執しているものを捨てるというのはよく分かる、と応じた。ただし、と彼は続ける。最先端を行きすぎるとき、それは捨てる勇気なのか、それとも手に入っている・目に見えて手に入るところから遠回りすることへの恐怖なのか。失うことへの恐怖が大きく、そのギャップに悩んでいる、と。

捨てないことのコスト

積み上げた資産が制約になり、時代とのズレを生む。既存の武器があるほど、ズレは自覚されにくい。

捨てることのコスト

目に見えて手に入るものから遠回りする恐怖。短期の利益を全部捨てれば自滅する。

前田氏の答えは、時間的なリソースの使い方と組み合わせなければならない、というものだった。マイキー氏も、簡単に捨てるわけにはいかない、短期の利益を捨てた方が長期の利益が出やすいのは間違いないが、短期の利益を全部捨てるのは自滅する、と同意している。捨てる/捨てないの二択ではなく、時間軸上のどこに資源を置くかという配分問題として整理された形である。

もう一つ、この節で出た実務的な示唆がある。マイキー氏は、前田氏が常々言っている「リアリティ・ディストーション」をグッズにどう入れるかが大事になる、文脈にどうやってプレゼンテーションを載せるかが重要になる、と述べた。抽象的な理念を受け手に届ける手段は、理念を薄めることではなく、物と文脈の側に語りを載せることだ、という含意である。

📌 Claude補足|リアリティ・ディストーション
「リアリティ・ディストーション・フィールド(現実歪曲空間)」は、アップルの初期社員バド・トリブルがスティーブ・ジョブズの説得力を評して用いた表現として広く知られる(ウォルター・アイザックソンの伝記などで紹介されている)。元はテレビドラマ『スタートレック』由来の言い回しとされる。経営学の正式な概念ではなく、講義でも比喩として使われている。
Q&A

質疑応答

抽象度の高い目的と、受け手の具体とのあいだをどう埋めるか(小島氏)
マイキー氏の答えは、リソースベースで語った方が腑に落ちるはず、というもの。グッズを売り切る発想のままでは溝は埋まらない。自分たちの知識や文化を届けるという発想に切り替えて初めて、顧客の側にも文脈ができる。
SDロジックには文脈形成の作り方が別の形で書かれているのか(小島氏)
そうだ、と回答。前田氏が常に言うリアリティ・ディストーションをグッズにどう入れるか、文脈にどうプレゼンテーションを載せるかが重要になる、と補足された。
共創なら受け手側にも成長する意識が必要ではないか(前田氏)
マイキー氏はエデュケーションがなければ成り立たないと同意。ただし、そのエデュケーションは企業向けであり、顧客からのフィードバックこそが企業への教育だという立場。顧客が誰も気づかない状態では企業も気づけないため、気づかせるには強制的なルールが要る、と展開した。
固執しているものを捨てるのは分かるが、失うことへの恐怖をどう扱うか(小島氏)
前田氏は、時間的なリソースの使い方と組み合わせる問題だと回答。マイキー氏も、短期利益を捨てた方が長期利益は出やすいが、全部捨てれば自滅すると補足した。
HOMEWORK

宿題・アクションアイテム

  1. 自社の提供物を、GDロジック(作って売る物)とSDロジック(届けたい技術・知識・文化)の両方の言い方で書き分けてみる。
  2. 自社の商品が「どの文脈で開けられるのか」を具体的な場面として書き出す。文脈の広さがそのまま需要の大きさになる、という前提で点検する。
  3. いま自社で「捨てるべきもの」の候補を三つ挙げ、それぞれ捨てた場合に失う短期利益と、得られる長期利益を数字で並べる。
  4. 自社の理念が、発信者側だけの哲学で止まっていないか――受け手の側にも哲学が生まれているか――を確認する。
  5. バーゴ&ラッシュ(2004年)の原論文にあたり、講義の説明と原典の主張のどこが同じでどこが違うかを自分で確かめる。
GLOSSARY

用語集

GDロジックグッズ・ドミナント・ロジック。物を作って売ることを価値の起点に置く支配的論理。
SDロジックサービス・ドミナント・ロジック。知識・技能などのリソースの適用(サービス)を交換の本質とみなす。2004年提唱。
スティーブン・バーゴハワイ大学マノア校教授。SDロジックの共同提唱者。講義では設計図・アーキテクチャ側と位置づけられた。
ロバート・ラッシュアリゾナ大学教授。AMA元理事長、Journal of Marketing 元編集長。実務側と位置づけられた。
文脈価値価値は取引時点ではなく、顧客が使う文脈の中で決まるという考え方。
オペラント資源他の資源に働きかけて価値を生む無形の資源(知識・技能など)。SDロジックの中心概念。
リアリティ・ディストーション語り手の説得力によって受け手の現実認識そのものを動かす力を指す比喩表現。
CPO(最高哲学責任者)企業の哲学を担う役職として講義内で提起された構想。制度化された一般的な役職名ではない。