8035 東証プライム 半導体製造装置

東京エレクトロン

コータ・デベロッパで世界シェア8〜9割、絶縁膜エッチングで5割超。生成AI向け半導体投資の恩恵を最も直接的に受ける日本企業でありながら、2027年3月期からは通期業績予想の開示をやめた。無借金・自己資本比率72%の財務と、売上の34%を中国に依存する構造。10年の実データで、この会社の「強さの質」と「割高さの質」を検証する。

01 / OVERVIEW

スナップショット

株価

72,940円

2026/7/10 時点(参考値)

時価総額

約33.2兆円

同時点、PSR 13.6倍

実績PER

約58倍

FY2026/3 純利益5,744億円ベース概算

保有株数

未確認

FY2026/3 売上高

2兆4,435億円

前期比 +0.5%(過去最高)

FY2026/3 営業利益

6,249億円

前期比 ▲10.4%、利益率25.6%

自己資本比率

72.4%

有利子負債ゼロ、現金5,054億円

年間配当

628円

FY2026/3実績、配当性向50.1%

出典:東京エレクトロン 2026年3月期決算短信(tel.co.jp)、StockAnalysis.com(stockanalysis.com/quote/tyo/8035/)、ポジテン集計(positen.jp/790)。株価・時価総額・PERは日次変動するため、売買判断の際は証券会社アプリ等で最新値をご確認ください。

02 / SEGMENT

事業ごと・国/エリアごとの売上高比率

地域別 売上高構成比(2026年3月期、単位:億円)

中国 34.1% 韓国 22.3% 台湾 20.5% 日本 9.8% 北米 6.8% アジア他 3.8% 欧州 2.8%

アプリケーション別(半導体種類別)売上構成比(2026年3月期)

ロジック / ファウンドリ他 59.0% DRAM 31.0% NANDフラッシュ 10.0%

この会社の地域別売上は、そのまま世界の半導体設備投資マップである。2026年3月期の内訳は中国8,325億円(34.1%)、韓国5,438億円(22.3%)、台湾4,998億円(20.5%)、日本2,394億円(9.8%)、北米1,664億円(6.8%)、アジア他939億円(3.8%)、欧州674億円(2.8%)。上位3地域(中国・韓国・台湾)だけで76.9%を占める。

中国依存のピークは越えた。中国向けは2023年度に8,133億円で売上の44.4%に達したのち、2024年度1兆150億円(41.7%)、2025年度8,325億円(34.1%)と比率が低下している。これは中国需要が減ったというより、韓国(4,090→5,438億円)と台湾(4,106→4,998億円)の伸びが上回った結果だ。米中対立下で中国メーカーが内製化のため装置を買い溜めした特需が一巡し、代わってAI向け先端ロジック・HBMへの投資が主役に交代した——地域構成の変化はこの主役交代を映している。

アプリケーション別ではロジック/ファウンドリが59%。2015年度は50%、2020年度も50%だったものが、直近で59%まで上昇した。DRAMは31%(HBM向けを含む)、NANDフラッシュは10%と2020年度の26%から大きく縮んでいる。NAND市況の長期低迷を、ロジックとDRAMの伸びが吸収した形である。TELが独占的シェアを持つEUV用コータ・デベロッパは先端ロジックとDRAMで使われるため、この構成変化はTELにとって利益率面で有利に働く。

なお為替感応度は低い。TELは台湾・中国・韓国の顧客に対して円建てで取引しているため、円安・円高の直接的な業績影響は同業他社より限定的である。「日本の輸出企業だから円安で儲かる」という単純な理解は、この銘柄には当てはまらない。

出典:東京エレクトロン IR資料(tel.co.jp/ir)、ポジテン集計(positen.jp/790)。年度表記は4月始まりのため、表中の「2025年度」=2026年3月期。

03 / HISTORY

創業からの歴史

1963年・テレビ局が出資した商社としての出発。東京エレクトロンのルーツは、東京放送(現TBS)の出資により設立された「東京エレクトロン研究所」である。放送局が半導体商社を作った——という現在から見れば奇妙な成り立ちだが、当時のTBSは技術系ベンチャーへの出資に積極的だった。創業事業は米国製の電子機器・半導体製造装置の輸入販売、つまり純然たる商社である。1978年に現在の「東京エレクトロン」へ社名変更。

1970〜80年代・商社からメーカーへ。米国製装置を売るうちに、日本の顧客が求める仕様と米国製品のギャップが見えてきた。ここでTELは「輸入代理店にとどまらず、自ら作る」という選択をする。米サーマコ社との合弁で拡散炉を国産化したのを皮切りに、コータ・デベロッパ、エッチング装置、成膜装置へと自社製品を広げた。商社出身であるがゆえに顧客の生産ラインを深く理解しており、この「顧客の工程を丸ごと知っている」という商社的資産が、後に幅広い装置ラインナップを持つ強みへ転化する。

1990〜2000年代・シリコンサイクルとの格闘。1990年代後半に売上4,000億円台で足踏みし、2000年に7,238億円・営業利益1,210億円と急拡大した直後、ITバブル崩壊で2001年度は売上4,178億円・営業赤字183億円に転落。2002年度も最終赤字415億円を計上した。2008年のリーマンショックでも売上は5,080億円→4,186億円へ落ち込み、2009年度は営業赤字21億円。この会社は21世紀に入ってから2度、営業赤字を経験している。半導体製造装置という業態が本質的にどれだけシクリカルかを示す事実として、記憶しておく価値がある。

2013〜2015年・アプライドマテリアルズとの統合破談。2013年、TELは米アプライドマテリアルズ(AMAT)との経営統合を発表した。実現すれば世界最大の半導体製造装置メーカーが誕生するはずだったが、2015年に米司法省の反対を受けて破談となる。結果論だが、この破談はTELにとって幸運だった。独立を保ったまま2016年以降の成長局面を単独で享受できたからである。

2016年〜・EUV時代とデータセンター需要。2016年度に売上7,997億円だったものが、2017年度に1兆1,307億円へ41%増。TSMCによるEUV露光の量産適用と、GAFAのデータセンター投資が同時に来た。TELはEUV用コータ・デベロッパを事実上独占しており、EUV普及がそのまま自社の独占領域の拡大を意味した。2021年度には売上2兆円台、営業利益率29.2%を達成する。

2023年度の谷と、2024年度以降の生成AI局面。2023年度はメモリ市況の悪化で売上1兆8,305億円(▲17%)・営業利益4,562億円(▲26%)と久々の減益。しかし2024年度には2兆4,315億円・営業利益6,973億円と過去最高を更新し、2025年度は増収ながら営業利益は6,249億円へ減益、純利益は5,744億円で過去最高——という捻れた着地になった。63年の歴史のなかで、いまTELは「商社→メーカー→AIインフラの基盤供給者」という3度目の変身の途上にある。

出典:ポジテン集計(positen.jp/790、原典:東京エレクトロンIR資料)、東京エレクトロン 会社沿革(tel.co.jp)。

04 / MISSION, VISION, VALUE

ミッション・ビジョン・バリュー

企業理念(基本理念)。「世界の持続的発展を支える半導体の技術革新を追求する」——TELはこれを基本理念に据え、知見を活かして高付加価値の最先端装置と技術サービスを創出し続けることで、中長期的な利益拡大と企業価値の継続的向上を図るとしている。理念のなかに「利益」という言葉を明示的に置いているのは、日本企業としてはやや珍しい率直さである。

ビジョン。「夢と活力にあふれ、半導体の技術革新に貢献する会社」。そのうえで中期経営計画では、2027年3月期に総収入3兆円以上・営業利益率35%以上・ROE 30%以上という具体的な数値目標を掲げてきた。

TELバリュー(5つの価値観)。2006年、創立50周年を機に策定された行動規範。①Pride(誇れる高付加価値の製品・サービスを提供する)、②Challenge(世界No.1に挑戦し、新しいことに取り組む)、③Ownership(深く考え、粘り強くやり抜く)、④Teamwork(互いを認め合い、チームワークを大切にする)、⑤Awareness(社会の一員として責任ある行動をとる)。

投資家としての読み方。ここで注目したいのは、中計目標と実際の開示のズレである。中計は2027年3月期の総収入3兆円・営業利益率35%を掲げているが、会社は同期から通期業績予想の開示そのものをやめた。つまり投資家は、会社が自ら掲げた目標の達成可否を、会社発表の数字で確認できなくなった。理念やビジョンの美しさよりも、この「目標を掲げながら検証手段を提供しない」という状態のほうが、投資家にとってははるかに重要な情報である。ビジョンの評価は、次回以降の開示姿勢を見てから下すのが妥当だろう。

出典:東京エレクトロン「企業理念」(tel.co.jp/about/ptc/)、統合報告書、サステナビリティ報告書(tel.co.jp/sustainability/)。

05 / LEADERSHIP

現経営者の特徴・過去の実績(レジリエンスの観点)

河合利樹・代表取締役社長 兼 CEO(1963年8月26日生、2016年1月就任)。明治大学経営学部卒。1986年4月に新卒でTELへ入社し、最初の配属は大阪支店の営業だった。2001年に英国、2003年にドイツへ赴任。2010年にTPS(熱処理成膜装置)事業部長、同年10月に執行役員、2015年6月に副社長COO、そして2016年1月にCEO就任。生え抜き・営業出身・海外駐在経験あり・事業部長経験ありという、日本の製造業経営者としては非常にオーソドックスな階段の上り方である。

就任タイミングの意味。河合氏がCEOになったのは、AMATとの経営統合が破談(2015年4月)した直後である。「大型統合による規模拡大」というシナリオが消え、単独での成長戦略を描き直さなければならない局面での登板だった。そこから10年、TELの売上は7,997億円(2016年度)から2兆4,435億円(2025年度)へ約3.1倍、営業利益は1,556億円から6,249億円へ約4.0倍になっている。統合しなくても勝てた、という結果を出したCEOである。

レジリエンスの観点:2023年度の対応。河合体制が経験した最大の逆風は、2023年度のメモリ不況(売上▲17%、営業利益▲26%)である。ここでTELが取った行動は、研究開発費と設備投資を削らなかったことだった。研究開発費は2023年度の2,028億円から2025年度2,778億円へ、設備投資は1,218億円から2,160億円へ増やしている。不況期に投資を絞ってシェアを失う——半導体装置業界で何度も繰り返されてきた失敗を回避し、翌年の過去最高益につなげた判断は、実績として評価できる。

資質面の特徴。河合氏は日本半導体製造装置協会(SEAJ)会長も務めており、業界全体の代表として対外発信する立場にある。技術者出身のカリスマ型ではなく、営業出身で顧客・業界との関係構築を軸に置くタイプ。TELの強み(幅広い装置ラインナップを武器にした顧客との包括商談)と、経営者の資質が素直に噛み合っている。

ただし直近には気になる動きもある。2026年4月には中国の競合企業と関係のある幹部との関係を解消したと報じられ、また台湾子会社がTSMCの営業秘密侵害訴訟で敗訴し控訴しない方針を示している(2026年5月)。事業規模の拡大に伴うガバナンス上の摩擦が表面化しており、この処理の巧拙は今後の経営評価に影響しうる。

出典:東京エレクトロン 役員紹介(tel.co.jp/about/leader/)、明治大学140周年記念サイト インタビュー、日本経済新聞、Reuters(2026年4月27日・5月21日報道)。

06 / LATEST EARNINGS

直近決算の予想・ガイダンスに対する結果

2026年3月期 通期実績(2026年4月30日発表)

売上高 2兆4,435億円(前期比+0.5%、過去最高)/営業利益 6,249億円(前期比▲10.4%、営業利益率25.6%)/親会社株主帰属当期純利益 5,744億円(前期比+5.6%、過去最高)。

売上高と純利益は過去最高を更新した一方で営業利益は減益という、やや珍しい着地。データセンター向けAIサーバー需要が牽引した一方、中国での設備投資には一服感が出た。

営業CF +5,397億円(前期比▲424億円)/投資CF ▲964億円(前期▲1,696億円)/財務CF ▲4,253億円(前期▲3,888億円)/期末現金 5,054億円(+4.2%)。年間配当628円(中間264円・期末364円)、配当性向50.1%。

2027年3月期 第1四半期実績&上期ガイダンス(2026年7月30日発表)

1Q(4〜6月)実績:連結経常利益 2,156億円(前年同期比+46.3%)/売上高営業利益率 28.9%(前年同期26.3%、+2.6pt)。

上期(4〜9月)予想の上方修正:売上高 1兆6,200億円(前年同期比+37.3%)、営業利益 4,580億円(+51.1%)、経常利益は従来予想4,370億円→4,640億円へ+6.2%上方修正。増益率は当初+42.4%から+51.2%へ拡大。上期配当予想も1株361円→384円へ増額(前年同期264円)。

通期予想は非開示。会社は2027年3月期より、業績予想の開示を通期から上期(1Q+2Q累計)のみへ変更した。

業績そのものより、開示方針の転換が最大のニュースだった。1Q決算は経常利益+46.3%、営業利益率2.6ポイント改善という文句のつけようがない内容で、上期予想も3か月で6.2%上方修正された。にもかかわらず投資家が注目すべきは、会社が通期業績予想の開示をやめたという事実のほうである。

会社が挙げる理由は「一部顧客への売上依存度の高まりにより、通期の業績を精度高く見通すことが難しくなっている」。これは率直な説明であると同時に、二つの重要な含意を持つ。第一に、特定顧客(先端ロジックのTSMC、メモリのSKハイニックス・サムスン等が想定される)の投資判断次第で通期業績が大きく振れる集中リスクが、会社自身が予想を出せないレベルまで高まっているということ。第二に、中期経営計画の2027年3月期目標(総収入3兆円・営業利益率35%)の達成可否を、投資家が会社発表の数字で検証できなくなったということ。

それでも方向感は強い。河合CEOは2027年3月期の総収入について「3兆円というところがみえてきた」と述べ、下半期の成長が上半期を大幅に上回る見込みとしたうえで、通期営業利益1兆円の達成も可能との見方を示している。大手証券の2027年3月期売上高予想も2兆8,500億円〜3兆2,500億円のレンジに収れんしている。

収益性改善の中身。営業利益率が26.3%→28.9%へ改善したのは、AI半導体向けの高付加価値製品の販売比率が上がったためとみられる。生成AI向けデータセンターがAI半導体・DRAM・HBM・NAND・CPUの巨大な需要家となり、TSMCの2nm・A16・A14という微細化ロードマップが前工程装置の需要を押し上げている。単純な数量増ではなく、ミックス改善による利益率上昇である点は質が高い。

出典:東京エレクトロン 2026年3月期決算短信(tel.co.jp、2026年4月30日)、2027年3月期1Q決算(2026年7月30日発表)および同決算に関する分析記事(note.com/tameo_stock)、Investing.com。

07 / REVENUE & PROFIT

売上高・税引前利益の推移(直近10年間)

売上高・営業利益(FY2017/3〜FY2026/3、単位:兆円)

FY17 FY18 FY19 FY20 FY21 FY22 FY23 FY24 FY25 FY26 売上高(兆円) 営業利益(兆円)

親会社株主帰属当期純利益(10年推移、単位:兆円)

0.12 FY17 0.20 FY18 0.25 FY19 0.19 FY20 0.24 FY21 0.44 FY22 0.47 FY23 0.36 FY24 0.54 FY25 0.57 FY26

営業利益率の推移(%)

19.4% FY17 24.9% FY18 24.2% FY19 21.0% FY20 22.9% FY21 29.2% FY22 28.0% FY23 24.9% FY24 28.7% FY25 25.6% FY26

10年で売上3.1倍、営業利益4.0倍、純利益5.0倍。2017年3月期の売上7,997億円・営業利益1,556億円・純利益1,152億円から、2026年3月期の2兆4,435億円・6,249億円・5,744億円へ。売上CAGRは13.2%、純利益CAGRは19.5%。利益のほうが売上より速く伸びているのは、営業利益率が19.4%から25.6%へ、ピーク時には29.2%まで上昇したためである。

ただし一直線ではない。この10年で減収年は2回(2020年3月期▲11.8%、2024年3月期▲17.1%)。営業利益の減益年は3回(2020年3月期▲23.6%、2024年3月期▲26.1%、2026年3月期▲10.4%)。半導体製造装置がシリコンサイクルから逃れられないことを、このグラフは正直に示している。しかも21世紀に入ってからは2001年度・2009年度に営業赤字を出した会社である。「AIで永続的に伸びる」という物語は、10年チャートの谷を見てから評価すべきだ。

2026年3月期の「増収・営業減益・最終増益」という捻れ。売上は微増(+0.5%)ながら営業利益は▲10.4%。これは中国向けの高収益な特需が剥落し、研究開発費(2,778億円)と設備投資(2,160億円)を積極的に増やしたことによる。一方で純利益が+5.6%と過去最高になったのは、営業外・特別損益や税負担の影響。営業利益の減益こそが本業の実態であり、純利益の最高益だけを見て評価するのは危険である。

営業利益率25.6%という水準。1998年から2025年までの平均営業利益率は14.2%。直近10年の平均は約24.9%。つまりTELは過去10年で、業界内での収益構造そのものを一段上へ引き上げた。EUV用コータ・デベロッパの独占と、絶縁膜エッチングでのシェア5割超という「代替不能な工程を押さえた」ことの成果である。

出典:ポジテン集計(positen.jp/790、原典:東京エレクトロン IR資料 tel.co.jp/ir/library/report/)、StockAnalysis.com(stockanalysis.com/quote/tyo/8035/)。日本基準の連結決算。税引前利益(経常利益)の連続10年系列は本ページでは営業利益・純利益で代替表示しており、次回更新時に経常利益系列の追加を検討する。

08 / VALUATION

PERの推移(直近10年間)

バリュエーション指標(確認できた範囲)

直近(2026年7月時点):株価72,940円/時価総額 約33.2兆円/PSR 13.6倍/実績PER 約58倍(純利益5,744億円ベース概算)

時価総額の推移:2013年 約7,526億円 → 2022年3月 約9兆8,509億円 → 2026年7月 約33.2兆円。13年で約44倍。

参考:2024年4月に1株→3株の株式分割を実施しているため、過去株価との単純比較には調整が必要。

実績PER約58倍は、日本の大型株としては極めて高い水準である。これをどう解釈するか。素直に読めば「市場は2027年3月期以降の大幅増益を織り込んでいる」となる。会社側が示唆する通期営業利益1兆円(2026年3月期6,249億円の1.6倍)が実現し、純利益が仮に8,000億円台に乗れば、現在の時価総額33.2兆円に対する予想PERは約40倍まで下がる。さらに大手証券の売上予想レンジ上限(3兆2,500億円)が実現すればもう一段下がる。

それでも40倍という水準は安くない。比較対象として、同じ半導体製造装置のASML・アプライドマテリアルズ・ラムリサーチは歴史的に20〜35倍のレンジで取引されてきた。TELがそれを大きく上回るマルチプルを付けられているのは、①無借金・自己資本比率72.4%という財務の堅牢さ、②コータ・デベロッパ独占という代替不能性、③日本株全体への海外資金流入、という3要素の合わせ技と考えられる。

投資家として最も注意すべきは「ピーク利益にピークPERを払う」構図。シクリカル銘柄の最悪の買い方は、業績がピークにあり、かつマルチプルもピークにある局面で買うことである。TELは2026年3月期に営業減益を経験したばかりであり、2027年3月期は急回復局面に入っている。急回復の初期であればまだ良いが、AI設備投資サイクルがどの段階にあるかは外部から判断が難しい。しかも会社は通期予想を出さなくなった。判断材料が減った状態で高いマルチプルを払うという、投資家にとって最も居心地の悪い組み合わせが現在の8035である。

出典:StockAnalysis.com(stockanalysis.com/quote/tyo/8035/)、IRBANK 時価総額推移(irbank.net/8035/cap)。10年分の連続したPER系列は本ページでは作成できていないため、次回更新時にIRBANK等から取得して反映予定。数値は推測ではなく取得できた実データのみを掲載している。

09 / CAPITAL RETURNS

ROIC・WACC・ROEの推移(直近10年間)

ROIC(FY2026/3 概算)

約30%
NOPAT=営業利益6,249億×(1−実効税率約25%)≒4,687億円
投下資本=自己資本2兆699億+有利子負債0−現金5,054億≒1兆5,645億円

WACC(概算試算)

約9〜10%
実質無借金のためWACC=株主資本コスト。
リスクフリー約1.7%+β約1.4×市場リスクプレミアム5.5%で試算。日本企業としては高めのβ(市況感応度の高さを反映)

ROE(FY2026/3)

約27.8%
純利益5,744億円 ÷ 期末自己資本2兆699億円
中期経営計画のROE目標は「30%以上」で、あと一歩の水準

ROIC − WACC スプレッド

約+20ポイント(30%−9.5%)
資本コストを大幅に上回る価値創出。ただし2001年度・2009年度は営業赤字=ROICマイナスの価値毀損局面だった

資本効率の高さは本物である。ROIC約30%に対しWACC約9.5%、スプレッド+20ポイント。日本の大型製造業でこの水準を出せる企業はごく少数だ。しかも配当性向50.1%を維持しながらのROE27.8%であり、内部留保を貯め込んで自己資本を膨らませ、ROEを下げるという日本企業の典型的な病を回避している。

無借金経営はROICを押し上げる一方、WACCを引き下げない。負債の節税効果(タックスシールド)を放棄しているため、理論上はWACCが最適水準より高くなっている。財務レバレッジをかければROEもWACCも改善する余地があるが、TELは意図的にそれをしていない。理由は明確で、この業界は営業赤字に落ちる年が実際にあるからだ。自己資本比率72.4%・有利子負債ゼロという財務は、シリコンサイクルの谷でも投資を続けるための「弾薬庫」である。2023年度の不況期に研究開発費と設備投資を増やせたのは、この財務があったからに他ならない。

中計目標ROE 30%との距離。2027年3月期の目標は総収入3兆円・営業利益率35%・ROE30%以上。営業利益率は2026年3月期実績25.6%、1Q実績28.9%で、35%には約6ポイントの距離がある。ROE30%も、純利益が7,000億円台後半に乗れば自己資本の増加を考慮しても射程に入る。ただし前述のとおり、会社は通期予想を出さなくなったため、達成状況は決算実績が出るまで確認できない。

出典:東京エレクトロン 2026年3月期決算短信・IR資料、ポジテン集計(財務状況)。ROIC・WACC・スプレッドおよびROEは当サイトによる概算試算であり、会社公式開示値ではない。実効税率・β・市場リスクプレミアムは一般的な前提値を置いている。10年分の連続系列は次回更新時に追加予定。

10 / CASH FLOW

営業・投資・財務・フリーキャッシュフローの推移(直近10年間)

2026年3月期 キャッシュフロー実績

営業CF +5,397億円(前期比▲424億円)
投資CF ▲964億円(前期▲1,696億円)
財務CF ▲4,253億円(前期▲3,888億円/配当と自己株式取得が中心)
フリーCF +4,433億円(営業CF−投資CF、当サイト算出)
期末現金及び現金同等物 5,054億円(前期末比+4.2%)

設備投資・研究開発費の推移(億円)

設備投資:2000年度 494 → 2010年度 391 → 2015年度 133 → 2020年度 546 → 2023年度 1,218 → 2025年度 2,160

研究開発費:2000年度 529 → 2010年度 705 → 2015年度 762 → 2020年度 1,202 → 2023年度 2,028 → 2025年度 2,778

従業員数(連結):2015年度 10,629人 → 2020年度 14,479人 → 2023年度 17,702人 → 2025年度 20,236人(平均年収1,380万円)

キャッシュの使い方に一貫した思想がある。営業CF 5,397億円に対し、投資CFはわずか964億円。生み出した現金の8割超をフリーCFとして残し、そこから財務CF ▲4,253億円——つまり配当と自己株式取得で株主に返している。装置メーカーは半導体メーカーと違って巨大なファブを持たないため、売上が伸びても設備投資が比例して膨らまない。この「資本が軽い」構造こそが、無借金でありながら高い株主還元を続けられる根拠である。

ただし研究開発費は聖域として増やし続けている。2015年度762億円→2025年度2,778億円と10年で3.6倍。売上比では9.5%→11.4%へ上昇している。設備投資も2015年度133億円から2025年度2,160億円へ16倍。「設備は軽いが研究開発は重い」——半導体装置業界は装置1台の値段が数億〜十数億円の世界であり、次世代プロセスへの対応が1世代遅れれば顧客の生産ラインから外される。ここへの投資を止めた瞬間に競争から脱落する構造にある。

従業員数と人件費。10年で1万629人から2万236人へほぼ倍増、平均年収は903万円から1,380万円へ53%上昇した。日本企業としては異例のペースで人件費を引き上げており、技術者の獲得競争が世界規模で激化していることの表れである。固定費の上昇は、次のダウンサイクルで利益率を押し下げる要因になりうる点は留意しておきたい。

出典:東京エレクトロン 2026年3月期決算短信(連結キャッシュフロー計算書)、ポジテン集計(positen.jp/790、原典:東京エレクトロン有価証券報告書・IR資料)。年度表記は4月始まり(2025年度=2026年3月期)。10年分の連続したCF4種のグラフは本ページでは未作成で、次回更新時に有価証券報告書から取得して追加予定。

11 / INVESTMENT & M&A

直近の投資・M&A状況

TELはM&Aで成長する会社ではない。直近10年、目立った大型買収はない。最大のM&A案件は2013年に発表し2015年に破談した米アプライドマテリアルズとの経営統合であり、それ以降は自社開発と設備増強による内部成長に徹している。この点で、買収を繰り返す米国の同業(AMAT、ラムリサーチ)とは資本政策の思想が明確に異なる。

投資の中心は生産能力と研究開発。設備投資は2023年度1,218億円→2025年度2,160億円へ77%増、研究開発費は2,028億円→2,778億円へ37%増。増強の対象は主に国内の開発・生産拠点である。TELは山梨・宮城・熊本・岩手など国内に主要な開発製造拠点を持ち、生産の海外移転を積極的に進めてこなかった。地政学リスクが意識される現在、これは「サプライチェーンが読みやすい」という長所として評価される側面がある。

技術面での注目投資:クライオエッチング。NANDフラッシュ分野では米ラムリサーチが継続的にシェアを握っており、TELは「クライオエッチング(極低温エッチング)」という新技術でシェア奪取を狙っている。NAND比率が売上の10%まで低下した現在、ここでシェアを取れれば新たな成長ドライバーになる。逆に取れなければ、TELの成長はロジックとDRAMの設備投資動向にほぼ完全に依存し続けることになる。

株主還元という「投資先」。2026年3月期の財務CF ▲4,253億円が示すとおり、TELは生み出した現金の相当部分を配当(年628円、配当性向50.1%)と自己株式取得に振り向けている。買収に使わず、内部投資に使い、残りは返す——資本配分は極めてシンプルで読みやすい。投資家にとっては予測可能性の高さという意味でプラスに評価できる。

出典:東京エレクトロン IR資料・決算短信、ポジテン集計(positen.jp/790)。

12 / SEGMENT GROWTH

主要事業ごとの成長性

製品別の市場シェアと市場規模

コータ・デベロッパ:シェア80〜90%(最先端向けは実質独占)/市場規模 約35億ドル
エッチング装置:シェア約25%(絶縁膜エッチングは世界シェア50%超)/市場規模 約190億ドル
熱処理装置:シェア約45%/市場規模 約25億ドル
洗浄装置:シェア20〜25%/市場規模 約50億ドル
※市場規模は2021年度時点。他にCVD装置、ボンディング装置、メモリテスタ、プローバ等も展開。フラットパネルディスプレイ製造装置も手掛けるが売上規模は小さい。

成長ドライバーの優先順位は明確。最大の成長領域は市場規模190億ドルのエッチング装置である。TELのシェアは約25%で、ラムリサーチとアプライドマテリアルズが競合。ただし半導体の3D積層化(NANDの多層化、DRAMの3D化、先端ロジックのGAA構造)が進むほどエッチング工程は増える構造にあり、市場そのものが伸びる。しかもTELが強いのは積層化で最も需要が伸びる「絶縁膜エッチング」であり、ここは2025年時点で世界シェア50%超。

コータ・デベロッパは「守りの独占」。市場規模35億ドルと小さいが、最先端向けでは事実上の業界標準装置となっており、シェア80〜90%。EUV露光機を使う限りTELの装置が必要という状態であり、ASMLのEUV普及がそのままTELの収益になる。市場が小さいため成長寄与は限定的だが、顧客との商談における交渉カードとしての価値が大きい。「コータ・デベロッパを買うならエッチングも一緒に」という包括提案が可能になる。

アプリケーション別の成長性。ロジック/ファウンドリ(売上の59%)が最大の成長領域で、TSMCの2nm・A16(1.6nm)・A14(1.4nm)という微細化ロードマップが直接の需要源。DRAM(31%)はHBM向けの投資拡大が牽引。NAND(10%)は市況低迷が続き、成長寄与は当面限定的だが、クライオエッチングでシェアを取れれば回復余地がある。

成長の天井を考える。TELの成長は結局のところ、世界の半導体設備投資(WFE市場)の伸びとシェアの掛け算で決まる。WFE市場が伸びない年には、シェアを上げても増収は難しい。2020年度→2021年度の+43%成長は市場全体の急拡大があってこそであり、2023年度の▲17%も同様である。「会社の努力ではコントロールできない部分が業績の大半を決める」という業態特性は、成長性を評価するうえで最も重要な前提になる。

出典:ポジテン集計(positen.jp/790、原典:東京エレクトロンIR資料・VLSI Research/TechInsights)、JBpress(湯之上隆)。市場規模は2021年度時点の推計値。

13 / COMPETITIVE POSITION

競争優位性や業界内でのポジション

業界内順位は世界3〜4位。売上規模ではASML、アプライドマテリアルズに次ぐ位置にあり、ラムリサーチと3位争いをしている。ただし「総合順位」より重要なのは工程別のポジションであり、TELは特定工程で圧倒的なシェアを持つ「点の強さ」で稼ぐ会社である。

優位性の第一層:代替不能な工程の独占。最先端向けコータ・デベロッパのシェア80〜90%は、単なる市場シェアではなく事実上の業界標準(デファクトスタンダード)である。半導体メーカーは新プロセスの立ち上げ時に何年もかけて装置のレシピを作り込むため、一度採用された装置を他社製に変えるスイッチングコストが極めて高い。TELの装置で作られたレシピ資産が顧客側に蓄積されるほど、TELの地位は強固になる。

優位性の第二層:ラインナップの幅。コータ・デベロッパ、エッチング、成膜、熱処理、洗浄、そして後工程のボンディング装置・プローバ・メモリテスタまで、TELは前工程の主要工程をほぼ網羅している。これは商社出身という出自に由来する強みで、顧客の工場を工程横断で理解しているからこそ可能な布陣だ。単品では勝てなくても、包括提案では勝てる——この構造が、エッチングでラムリサーチに劣後しながらもシェア25%を守れている理由である。

優位性の第三層:日本の材料・部品エコシステム。半導体材料分野では日本企業が世界シェアの多くを握っており(シリコンウエハーの信越化学・SUMCOで過半、フォトレジスト・特殊ガス等も同様)、国内に開発製造拠点を集中させるTELはこのエコシステムの中心に位置している。地理的近接性は、新材料への装置対応スピードで効く。

弱点:特定工程では明確に負けている。露光装置はASMLの完全独占でTELは参入していない。エッチング全体ではラムリサーチとAMATに劣後。NAND向けエッチングは長年ラムリサーチにシェアを握られている。「全方位で強い会社」ではなく、「勝てる工程を選んで勝っている会社」という理解が正確である。

そしてもう一つの脆弱性:顧客集中。会社自身が2027年3月期の通期予想開示を取りやめた理由として「一部顧客への売上依存度の高まり」を挙げている。技術的な堀は深いが、その堀の外側にいる顧客が数社しかいない——これが現在のTELのポジションの構造的な弱点である。

出典:ポジテン集計(positen.jp/790)、VLSI Research/TechInsights 半導体製造装置メーカーランキング、東京エレクトロン IR資料、2027年3月期1Q決算開示。

14 / SCP ANALYSIS

SCP理論からの分析(市場動向・規制リスク・業界トレンド)

Structure(市場構造)

半導体製造装置(WFE)市場は工程ごとに異なる寡占構造が並立する、やや特殊な市場である。露光はASMLの完全独占、コータ・デベロッパはTELの実質独占、エッチングはラム・AMAT・TELの3社寡占、成膜はAMAT優位——という具合に、工程ごとに勝者が固定されている。

この構造が生まれる理由は、装置とプロセスレシピの共進化にある。顧客が特定装置を前提にレシピを作り込むため、後発が同等性能の装置を作っても採用されない。技術力の差ではなく、顧客側の切り替えコストが参入障壁を形成している。

需要側は極端に集中している。TSMC、サムスン、SKハイニックス、インテル、マイクロン、そして中国メーカー数社——実質的な顧客は10社程度。売り手も買い手も少数という双方寡占であり、買い手の交渉力は本来強い。

Conduct(企業行動・規制リスク)

TELの企業行動は「勝てる工程に集中し、勝てない工程には手を出さない」という選択と集中に一貫している。露光装置への参入を試みず、M&Aによる規模拡大も追わず、研究開発費を売上比11.4%まで積み上げて既存領域の深掘りに投じる。不況期にも投資を絞らない行動は、切り替えコストによる参入障壁を維持するための合理的な選択である。

規制リスクは3経路。第一に対中輸出規制——日本政府は2023年以降、先端半導体製造装置の対中輸出を許可制としており、TELの中国向け売上(34.1%)に直接影響しうる。第二に米国の域外適用——米国製部品を含む装置の中国輸出に米規制が及ぶ可能性。第三に営業秘密・ガバナンス——2026年には台湾子会社がTSMCの営業秘密侵害で敗訴、中国競合と関係のある幹部との関係解消も報じられた。

ただし中国向け比率は44.4%(2023年度)から34.1%(2025年度)へ低下しており、規制強化の影響を韓国・台湾向けの伸びが吸収する形になっている。「絶対的な製品を持っているため、どこかの市場でカバーできる」という業界の見方は、実際の数字にも表れている。

Performance(業界トレンド・収益性への帰結)

構造が行動を規定し、行動が収益性を生む。工程別寡占という構造(S)が、選択と集中+継続的な研究開発投資という行動(C)を合理的にし、その結果として営業利益率19.4%(2016年度)→25.6%(2025年度)、ピーク29.2%という収益性(P)が実現した。1998〜2025年の平均営業利益率14.2%と比べると、直近10年は明確に別の水準にある。

業界トレンドは3つ。第一に微細化から3D積層化へ——GAA構造、3D DRAM、NANDの多層化により、エッチング・成膜工程の回数が爆発的に増える。工程数が増えれば装置台数が増えるため、TELの主戦場が拡大する。第二にAIデータセンターによる需要の質的変化——従来のPC・スマホ主導の需要より、単価と数量の両方が大きい。第三に地政学による設備投資の非効率化——米国・日本・欧州が国内生産にこだわった結果、同じ生産量に対してより多くのファブが建つ。これは装置メーカーにとって純粋な追い風である。

SCP的なリスク:この収益性は持続するか。SCP理論の教えは「高い収益性は参入または対抗行動を誘発する」ということ。TELの独占領域に対しては、①中国の国産装置メーカー(北方華創、中微半導体など)が国家支援を受けて猛追、②ラムリサーチ・AMATによる隣接工程からの侵食、③顧客であるTSMC・サムスンが装置の内製化や複数社調達を強化、という3方向の圧力がすでに存在する。特に①は、対中輸出規制が続く限り中国側に国産化の強い動機を与え続けるため、中長期では最も本質的な脅威になりうる。

出典:ポジテン集計(positen.jp/790)、東京エレクトロン IR資料、Reuters(2026年4月・5月報道)、経済産業省 輸出管理関連公表資料。SCP分析の解釈は当サイトによるもの。

15 / INVESTMENT THESIS

これらの分析結果をもとにした現在の投資妙味

強気シナリオの骨格。①コータ・デベロッパ独占と絶縁膜エッチング5割超という代替不能なポジション、②半導体の3D積層化で自社の主戦場(エッチング・成膜)が構造的に拡大、③生成AI向け設備投資が2027年以降も継続する見通し、④自己資本比率72.4%・有利子負債ゼロという不況耐性、⑤ROIC約30%/WACC約9.5%でスプレッド+20ポイントの明確な価値創出、⑥1Q営業利益率28.9%と会社示唆の通期営業利益1兆円シナリオ。事業の質という点で、日本を代表する優良企業であることに疑問の余地はない。

弱気シナリオの骨格。①実績PER約58倍・PSR13.6倍という高いバリュエーション、②会社が通期業績予想の開示をやめたため達成状況の検証手段が減った、③その理由が「一部顧客への依存度の高まり」=集中リスクの自認である、④売上の34%を中国に依存し、対中輸出規制の強化リスクが残る、⑤中国の国産装置メーカーが国家支援を背景に追い上げている、⑥半導体製造装置は21世紀に入って2度営業赤字を出したシクリカル業態であり、直近10年でも減益年が3回ある。

評価。TELの事業の質は疑いようがない。問題はすべて「価格」にある。実績PER約58倍という水準は、2027年3月期の大幅増益(営業利益1兆円シナリオ)を前提にしてようやく40倍程度まで下がる計算であり、それでもASML・AMAT・ラムリサーチの歴史的レンジ(20〜35倍)を上回る。

そして最も重要な論点。通期予想の非開示は、投資家にとって「情報の質」の低下を意味する。会社が自ら3兆円・営業利益率35%・ROE30%という目標を掲げながら、その進捗を会社の数字で示さないという状態は、高いマルチプルを正当化する材料としては弱い。強気の投資家は「開示できないほど不確実性が高いのは、それだけ上振れ余地が大きいということ」と読むだろうし、慎重な投資家は「特定顧客への依存が業績予想を不能にするレベルまで来ている」と読むだろう。同じ事実から真逆の結論が出せる状態にあることこそが、現在の8035のリスク・リターン構造を象徴している。

投資家として考えるべき問いは、「TELが良い会社か」(答えはイエス)ではなく、「AI設備投資サイクルのどの位置で、いくらまで払うか」である。事業の堀は本物だが、シクリカル銘柄における最大の失敗は良い会社を悪いタイミングと悪い価格で買うことだ。10年チャートの3回の減益年は、その戒めとして繰り返し見る価値がある。

※ 本ページは公開情報の整理と分析であり、特定銘柄の売買を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任でお願いします。

16 / WATCH POINTS & RISKS

今後の注目ポイントやリスク要因

注目ポイント

① 2026年9月頃の上期決算(最重要)。上期予想(売上1兆6,200億円・営業利益4,580億円)に対する着地と、そこで会社が下期についてどこまで語るかが、通期予想非開示という新体制での初めての本格的な試金石になる。

② 営業利益率が30%を超えるか。1Q実績28.9%。中計目標は35%。30%台に乗せられるかどうかは、AI向け高付加価値製品のミックス改善が続いているかの直接的な指標になる。

③ 中国向け比率の推移。44.4%(2023年度)→34.1%(2025年度)と低下中。この低下が「中国減・その他増」で続くなら地政学リスクの逓減、比率が再上昇するなら規制リスクへの再警戒が必要。

④ クライオエッチングによるNANDシェア奪取。NAND比率は10%まで低下。ここでラムリサーチからシェアを取れれば、新しい成長軸が生まれる。

⑤ 米大手IT企業の設備投資ガイダンス。TELの決算より先に、マイクロソフト・アマゾン・グーグル・メタの設備投資計画が先行指標になる。2027年以降の伸び率が焦点。

⑥ TSMCの2nm/A16/A14の立ち上げペース。最先端ロジックの微細化ロードマップが、TELの前工程装置需要を直接規定する。

リスク要因

① 顧客集中リスク(会社自認)。「一部顧客への売上依存度の高まり」により通期予想が出せない状態。特定顧客の投資判断1つで業績が大きく振れる。

② シリコンサイクルの反転。直近10年で減益3回、2001年度・2009年度には営業赤字。AI需要が一巡した場合の下落幅は、過去の経験則から小さくない。

③ バリュエーションリスク。実績PER約58倍・PSR13.6倍。増益が止まった瞬間にマルチプル収縮が起きる水準。ピーク利益にピークPERを払う構図には常に警戒が必要。

④ 対中輸出規制の強化。売上の34.1%が中国向け。日本政府の許可制運用や米国の域外適用が厳格化すれば直接的な減収要因になる。

⑤ 中国国産装置メーカーの台頭。規制が続くほど中国側の国産化動機は強まる。国家支援を受けた競合の追い上げは、中長期で最も本質的な脅威。

⑥ 開示縮小による情報リスク。通期予想非開示により、中計目標(3兆円・営業利益率35%・ROE30%)の進捗を会社の数字で検証できない。証券会社予想への依存度が上がる。

⑦ 固定費の上昇。従業員数10年で倍増、平均年収53%上昇、研究開発費3.6倍。ダウンサイクルでの損益分岐点が上がっている。

⑧ ガバナンス・法務リスク。台湾子会社のTSMC営業秘密侵害訴訟での敗訴(2026年5月、控訴せず)、中国競合と関係のある幹部との関係解消(2026年4月報道)。事業拡大に伴う管理体制の摩擦が表面化している。

出典:東京エレクトロン 2027年3月期1Q決算・2026年3月期決算短信、Reuters(2026年4月27日・5月21日)、ポジテン集計(positen.jp/790)、note.com/tameo_stock 決算分析。