スナップショット
株価
3,048円
2026/8/24時点
時価総額
約5.79兆円
自己株控除後 18.98億株ベース
PER(実績)
約29.6倍
26年3月期EPS 103.09円
PER(会社予想)
約25.7倍
27年3月期EPS 118.54円
PBR
約2.65倍
BPS 1,152.30円
配当利回り
約1.3%
27年3月期予想 年40円
売上高
2兆5,048億円
2026年3月期(+13.6%・過去最高)
ROE / 事業ROA(ROIC)
9.8% / 7.5%
WACC 7.0%(会社開示)
保有株数
―
ポートフォリオ未登録
事業ごと・国/エリアごとの売上高比率
事業セグメント別 売上高・セグメント利益(2026年3月期実績、単位:億円)
| セグメント | 売上高 | 構成比 | 前期比 | セグメント利益 | 利益構成比 | 利益率 | 主な製品 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| エナジー応用製品 | 13,703 | 54.7% | +16.5% | 2,467 | 75.7% | 18.0% | 二次電池(ATL)、電源 |
| 受動部品 | 5,932 | 23.7% | +6.0% | 418 | 12.8% | 7.1% | MLCC、インダクタ、高周波部品 |
| 磁気応用製品 | 2,629 | 10.5% | +17.6% | 270 | 8.3% | 10.3% | HDD用ヘッド・サスペンション、マグネット |
| センサ応用製品 | 2,246 | 9.0% | +18.6% | 207 | 6.4% | 9.2% | 温度・圧力、磁気、MEMSセンサ |
| その他 | 538 | 2.1% | ▲3.2% | ▲102 | ― | ▲19.0% | メカトロニクス(製造設備)等 |
| 小計 | ― | ― | ― | 3,260 | 100% | 13.0% | ― |
| 全社費用等(調整) | ― | ― | ― | ▲536 | ― | ― | 本社部門の未配賦費用 |
| 連結(営業利益) | 25,048 | 100% | +13.6% | 2,724 | ― | 10.9% | ― |
この表を一行で言えば、「TDKはもう電子部品会社ではなく、スマホ電池の会社である」ということだ。エナジー応用製品が売上の54.7%、セグメント利益(小計ベース)の75.7%を占める。中核は2005年に約87億円で買収した香港ATL(Amperex Technology)で、スマートフォン向け小型二次電池で世界首位のシェアを握る。一方、社名の由来であるフェライト=磁性材料の系譜に連なる磁気応用製品は売上の10.5%まで縮んだ。祖業が1割、買収事業が5割強——この構造は、1982年に磁気テープが売上の約5割を占めていた当時の姿と相似形である。出典:TDK 2026年3月期決算短信(セグメント情報)。
セグメント別 売上高(白)・セグメント利益(緑)/2026年3月期、単位:億円
棒の高さを見れば一目瞭然で、エナジー応用製品だけが他の4セグメントを合計しても届かない規模と収益性を同時に持っている。逆に言えば、受動部品は売上5,932億円に対し利益418億円(利益率7.1%)と、MLCC最大手の村田製作所が20%前後の利益率を出すのと比べて見劣りする。TDKの受動部品は2008年に約1,700億円で買収した独EPCOSを母体とし、車載・産業機器向けの品種構成が重い。「稼ぐのは電池、規模を支えるのは受動部品」という分業構造である。
地域別 売上高(外部顧客の所在地ベース、2026年3月期、単位:億円)
| 地域 | 売上高 | 構成比 | 前期比 | コメント |
|---|---|---|---|---|
| 中国 | 13,780 | 55.0% | +15.6% | ATLの生産・出荷拠点、スマホ・EVの最終組立地 |
| アジア他 | 6,167 | 24.6% | +18.0% | ASEAN・台湾・韓国のEMS/HDD組立 |
| 日本 | 1,835 | 7.3% | +5.2% | 研究開発・マザー工場(秋田・長野・山梨) |
| 欧州 | 1,812 | 7.2% | +3.4% | TDKエレクトロニクス(旧EPCOS)、車載向け |
| 米州 | 1,454 | 5.8% | +3.8% | センサ(InvenSense)、産業機器 |
| 合計 | 25,048 | 100% | +13.6% | 海外売上比率 92.7% |
この地域構成が、TDKという銘柄の最大のリスクであり、最大の説明変数でもある。売上の55.0%が中国、海外比率は92.7%。日本の売上は7.3%にすぎない。中国比率が高いのはATLの生産拠点(寧徳・東莞など)と、スマートフォン・EVの最終組立が中国に集中しているためだ。同社自身が決算短信の経営方針で「米中間の政治的緊張」「輸出規制」「重要鉱物の輸出規制」「経済圏の分断」を明記している。米中対立が製品規制・関税・サプライチェーン分断のいずれの形で顕在化しても、真っ先に数字が動く位置にいる。裏を返せば、円安局面では収益が跳ねる。2027年3月期1Qは為替だけで約725億円の増収・約113億円の増益要因となった。出典:TDK 2026年3月期決算短信(地域別セグメント情報)、2027年3月期第1四半期決算短信。
創業からの歴史
出典:The社史「TDKの歴史」(the-shashi.com/tse/6762)、TDK 有価証券報告書 第129期(2025年3月期)【沿革】、永田清寿『TDK世界一の秘密』(東都書房)、日経ビジネス 1977年6月6日号・1983年5月16日号・2003年6月23日号、週刊東洋経済 1977年9月10日号、証券アナリストジャーナル 1966年10月号。
ミッション・ビジョン・バリュー
中期経営計画の経営指標(会社開示)
| 指標 | 2026年3月期 実績 | 2027年3月期 目標 | 中長期で目指す姿 | 評価 |
|---|---|---|---|---|
| 売上高 | 25,048億円 | 25,000億円 | 年率10%以上成長 | 1年前倒しで達成 |
| ROE | 9.8% | 10%以上 | 15%以上 | あと0.2pt |
| 事業ROA(ROIC) | 7.5%(>WACC 7.0%) | 8%以上 | 12%以上 | スプレッドは僅か+0.5pt |
| 営業利益率 | 10.9% | 11%以上 | 15%以上 | ほぼ達成 |
| 株主資本比率 | 49.5% | 50%水準 | ― | 達成 |
| D/Eレシオ | 0.3倍 | 0.3〜0.4倍 | ― | 達成 |
| 期中平均為替(前提) | 151円/US$ | 135円/US$ | 135円/US$ | 前提より16円の円安 |
この表で最も重要なのは「事業ROA(ROIC)7.5%に対しWACC 7.0%」という自己申告である。スプレッドはわずか+0.5pt——過去最高益を更新しながら、資本コストをほぼ超えていないという自己認識を、会社自身が開示している。だからこそ中長期目標をROIC12%以上、ROE15%以上、営業利益率15%以上に置いている。もう一つ見逃せないのが為替前提で、中計の目標は135円/US$を前提に組まれているのに実績は151円。つまり「達成した数字のうち相当部分が円安の贈り物」であり、円高に振れたときに素の実力が試される構図になっている。
出典:TDK 2026年3月期決算短信「2. 経営方針」(2026年4月28日)、TDK統合報告書2025、日本経済新聞「TDK、8事業の撤退決めたROIC経営『ベンチャー気質』に新機軸」(2025年7月)。
現経営者の特徴・過去の実績(レジリエンスの観点)
出典:The社史「齋藤昇の経歴」(the-shashi.com)、TDK 各期決算短信、TDK ニュースリリース「TDK acquires SoftEye」(2025年6月19日)、日本経済新聞、東洋経済オンライン「TDK齋藤昇社長インタビュー」。
直近決算の予想・ガイダンスに対する結果
2027年3月期 第1四半期(2026年4-6月)実績と通期予想(単位:億円)
| 項目 | 26年4-6月 | 25年4-6月 | 増減率 | 27/3期 通期予想 | 修正 | 1Q進捗率 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 売上高 | 7,410 | 5,358 | +38.3% | 25,800 | 据置 | 28.7% |
| 営業利益 | 863 | 564 | +53.0% | 2,950 | 据置 | 29.3% |
| 税引前利益 | 945 | 576 | +64.0% | 3,000 | 据置 | 31.5% |
| 親会社帰属 四半期利益 | 806 | 415 | +94.4% | 2,250 | 据置 | 35.8% |
| 営業利益率 | 11.6% | 10.5% | +1.1pt | 11.4% | ― | ― |
| 為替(円/US$、期中平均) | 159.43円 | 144.5円前後 | 10.3%円安 | 150円(2Q以降前提) | ― | ― |
この四半期を一言で言えば「AIデータセンター+円安のダブルブースト」である。ただし冷静に分解する必要がある。会社は「全体の為替変動により、約725億円の増収、営業利益で約113億円の増益」と明記している。増収2,053億円のうち725億円(35%)、増益299億円のうち113億円(38%)が為替要因だ。それを除いた実質増収は約1,328億円(+24.8%)、実質増益は約186億円(+33%)——それでも十分に力強い数字である。
注目すべきは通期予想を据え置いた点だ。純利益の1Q進捗率は35.8%(通常なら25%が目安)で、明らかに保守的なガイダンスが残っている。会社は2Q以降の為替前提を150円/US$としているが、1Q実績は159.43円、6月末は162.39円。この為替前提が現実に近づくだけで上方修正の余地が生まれる構図である。一方で会社は「メモリ需要の逼迫や価格高騰の影響を受けて、スマートフォン等のICT製品の生産は減少する」と明記しており、電池の最終需要側にはブレーキがかかっていることも織り込んでいる。
2027年3月期1Q セグメント別(単位:億円)
| セグメント | 売上高 | YoY | セグメント利益 | 前年同期 | 利益率 | 内容 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| エナジー応用製品 | 4,058 | +42.1% | 694 | 554 | 17.1% | ICT市場向け小型二次電池が牽引 |
| 受動部品 | 1,768 | +28.0% | 174 | 64 | 9.8%(+5.2pt) | 産業機器・自動車向けが増加 |
| 磁気応用製品 | 816 | +49.6% | 96 | 63 | 11.7% | AIデータセンター向けニアラインHDD |
| センサ応用製品 | 619 | +33.3% | 78 | 27 | 12.7%(+6.9pt) | ICT市場向けMEMSセンサ |
| その他 | 149 | +34.3% | ▲18 | ▲25 | ▲12.3% | メカトロニクス(赤字幅縮小) |
| 小計 | ― | ― | 1,023 | 683 | 13.8% | ― |
| 調整(全社費用) | ― | ― | ▲160 | ▲118 | ― | ― |
| 連結(営業利益) | 7,410 | +38.3% | 863 | 564 | 11.6% | ― |
全セグメントが増収増益という、めったにない四半期だった。特に効いたのは利益率の改善で、受動部品が4.6%→9.8%(+5.2pt)、センサ応用製品が5.8%→12.7%(+6.9pt)と、これまで足を引っ張っていた2セグメントが揃って化けている。前期に実施した構造改革と合理化の効果に円安が乗った形だ。逆に主力のエナジー応用製品は利益率19.4%→17.1%と低下している——売上は+42.1%と伸びているのに利益率は下がっており、電池の価格競争や原材料コストの影響が推察される。ここは次の四半期以降で確認すべき点である。出典:TDK 2027年3月期第1四半期決算短信(セグメント情報)。
1Qで最も注意すべき数字:営業キャッシュフローの赤字転落(単位:億円)
| 項目 | 26年4-6月 | 25年4-6月 | 増減 | コメント |
|---|---|---|---|---|
| 営業CF | ▲192 | 590 | ▲782 | 四半期利益は倍増したのにCFはマイナス |
| うち営業債権の増加 | ▲1,087 | ▲167 | ▲920 | 売上急増に伴う売掛金の膨張 |
| うち棚卸資産の増加 | ▲266 | ▲279 | +13 | ― |
| うち法人所得税の支払 | ▲437 | ▲131 | ▲306 | 前期の増益に伴う納税 |
| 投資CF | ▲602 | ▲629 | +27 | 固定資産取得849億円 |
| 財務CF | +854 | 312 | +542 | 短期借入+673億、CP+598億で穴埋め |
| 社債及び借入金(流動)残高 | 3,533 | 2,110(前期末) | +1,424 | 1四半期で+67% |
ここが本決算で唯一のはっきりした警戒信号である。四半期利益が94.4%増えているのに、営業CFは前年の+590億円から▲192億円へ転落した。主因は売上急増に伴う営業債権の膨張(▲1,087億円)と納税(▲437億円)で、それ自体は「売れすぎて回収が追いつかない」という成長企業に典型的な現象である。だが同時に固定資産取得849億円(通期計画3,700億円)を続けているため、不足分を短期借入とCPで埋めている。流動の社債・借入金は1四半期で+1,424億円(+67%)増えた。「増益なのに借入が増える」フェーズに入っており、2Q以降に営業債権が現金化されるかどうかを必ず確認すべきである。出典:TDK 2027年3月期第1四半期決算短信(要約四半期連結キャッシュ・フロー計算書・財政状態計算書)。
売上高・税引前利益の推移(直近10年間)
売上高(白)・営業利益(グレー)の推移(2017年3月期〜2027年3月期予想、単位:億円)
10年で売上は1兆1,783億円→2兆5,048億円(+113%、CAGR 8.7%)。とくに2021年3月期から2023年3月期にかけての2年間で1兆4,790億円→2兆1,808億円へ+47%と跳ねている。これはスマホ用二次電池(ATL)の伸びと円安が同時に効いた局面だ。
売上高・営業利益・純利益・営業利益率の10年推移(単位:億円)
| 決算期 | 売上高 | YoY | 営業利益 | 営業利益率 | 当期純利益 | ROE | 会計基準 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2017年3月期 | 11,783 | +2.3% | 2,117 | 18.0% | 1,451 | 18.3% | US GAAP |
| 2018年3月期 | 12,717 | +7.9% | 898 | 7.1% | 635 | 7.7% | IFRS |
| 2019年3月期 | 13,818 | +8.7% | 1,156 | 8.4% | 822 | 9.4% | IFRS |
| 2020年3月期 | 13,630 | ▲1.4% | 959 | 7.0% | 578 | 7.2% | IFRS |
| 2021年3月期 | 14,790 | +8.5% | 1,219 | 8.2% | 747 | 7.8% | IFRS |
| 2022年3月期 | 19,021 | +28.6% | 2,342 | 12.3% | 1,313 | 10.1% | IFRS |
| 2023年3月期 | 21,808 | +14.7% | 1,688 | 7.7% | 1,142 | 7.8% | IFRS |
| 2024年3月期 | 21,039 | ▲3.5% | 1,729 | 8.2% | 1,247 | 7.3% | IFRS |
| 2025年3月期 | 22,048 | +4.8% | 2,242 | 10.2% | 1,672 | 9.3% | IFRS |
| 2026年3月期 | 25,048 | +13.6% | 2,724 | 10.9% | 1,957 | 9.8% | IFRS |
| 2027年3月期(予想) | 25,800 | +3.0% | 2,950 | 11.4% | 2,250 | ― | IFRS |
2つの注意点がある。第一に2017年3月期の営業利益率18.0%・ROE18.3%は、この期に高周波部品事業を米クアルコムとの合弁RF360へ移管したことに伴う一時的な要因を含んでおり、実力値ではない。翌2018年3月期には営業利益率が7.1%へ急落している。第二に、2018年3月期からIFRSへ移行しているため、それ以前のUS GAAPの数値とは厳密には連続しない。実質的な収益力の推移を見るなら、2018年3月期の7.1%を起点に、2026年3月期の10.9%へ8年かけて+3.8pt改善したと読むのが正確である。
IFRSでは経常利益の概念がなく、決算短信は「税引前利益」を開示している。直近2期は2025年3月期2,378億円(売上高比10.8%)、2026年3月期2,768億円(同11.1%)。営業利益との差は主に金融収益・金融費用によるもので、2026年3月期は金融収益365億円・金融費用327億円だった。2018年3月期以前を含む10年分の税引前利益は本ページでは未整備のため、次回更新時に有価証券報告書ベースで反映予定である(数値の推測は行わない)。
営業利益率の推移(%、2017年3月期〜2027年3月期予想)
この形が示すのは「TDKは循環株である」という事実だ。7%台と12%台を行き来しており、一本調子で改善しているわけではない。谷は2020年3月期(7.0%、コロナ前の需要停滞)と2023年3月期(7.7%、中型二次電池の需要減とHDD不振)。山は2022年3月期(12.3%、スマホ電池と円安)。直近の10.9%→11.4%(予想)は山の途中にあり、中計目標の11%以上は達成圏内だが、中長期目標の15%までは相当な距離がある。
PERの推移(直近10年間)
決算短信開示データから逆算したバリュエーション(単位:億円・倍)
| 時点 | 時価総額 | 純利益(実績) | PER | 純資産 | PBR | 算出根拠 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 2025年3月末 | 29,323 | 1,672 | 17.5倍 | 18,001 | 1.63倍 | 時価ベース持分比率82.8%×総資産35,414億円 |
| 2026年3月末 | 37,308 | 1,957 | 19.1倍 | 21,872 | 1.71倍 | 時価ベース持分比率84.5%×総資産44,152億円 |
| 2026年8月24日 | 57,855 | 1,957 | 29.6倍 | 22,989(6月末) | 2.65倍 | 株価3,048円×18.98億株(自己株控除後) |
| 2026年8月24日(予想ベース) | 57,855 | 2,250(会社予想) | 25.7倍 | ― | ― | 27年3月期予想EPS 118.54円 |
この表が示すのは、市場がこの5ヶ月でTDKの評価を根本的に変えたという事実である。2026年3月末に3.73兆円だった時価総額は、8月24日時点で5.79兆円へ+55%。純利益は変わっていないから、PERが19.1倍→29.6倍へ+55%拡大したということだ。きっかけは7月31日の1Q決算(売上+38.3%・純利益+94.4%)と、その裏にあるAIデータセンター向け需要の顕在化である。
問題は、PER29.6倍という水準をどう評価するかだ。過去の実績PERは2025年3月末17.5倍、2026年3月末19.1倍で、いずれも20倍以下だった。現在の29.6倍は「電子部品の循環株」ではなく「AIインフラ関連の成長株」としての値付けである。会社予想EPSベースでも25.7倍で、これは通期予想が保守的(純利益の1Q進捗率35.8%)であることを織り込みにいっている水準といえる。仮に通期純利益が2,600億円まで上方修正されれば予想PERは22.3倍まで下がる計算だが、それは「上方修正が来る」という前提に賭けることを意味する。
なお、TDKは2018年3月期のIFRS移行、2024年10月の1株→5株分割、2017年3月期の一時利益と、10年分のPERを単純に並べても連続性のある時系列にならない事情がある。本ページでは推測値の掲載を避け、決算短信で開示されている「時価ベースの親会社所有者帰属持分比率」から逆算できる直近2期分と足元の実測値のみを掲載している。10年分の期末株価ベースPERは次回更新時に一次資料から整備予定である。出典:TDK 2026年3月期決算短信【キャッシュ・フロー指標のトレンド】・2027年3月期第1四半期決算短信、Yahoo!ファイナンス(株価)。
ROIC・WACC・ROEの推移(直近10年間)
ROEの推移(%、2017年3月期〜2026年3月期)
2017年3月期の18.3%は前述の一時要因によるもので、実質的なレンジは7.2%〜10.1%である。10年のうちROE10%を超えたのは2022年3月期(10.1%)の1回だけ。この会社は「増収を続けているのに、株主資本利益率は一貫して1桁台にとどまってきた」——これがTDKの構造的な弱点であり、ROIC経営を掲げる理由でもある。2026年3月期は会社開示ベースで9.8%まで戻し、中計目標の10%まであと0.2ptに迫った。
ROIC・WACC・スプレッド(会社開示ベース)
| 指標 | 2026年3月期 実績 | 2027年3月期 目標 | 中長期で目指す姿 | 解釈 |
|---|---|---|---|---|
| 事業ROA(ROIC) | 7.5% | 8%以上 | 12%以上 | 事業に投じた資本の稼ぐ力 |
| WACC(加重平均資本コスト) | 7.0% | ― | ― | 会社開示の前提値 |
| ROIC − WACC スプレッド | +0.5pt | +1.0pt以上 | +5.0pt程度 | 価値創出はギリギリ |
| ROE | 9.8% | 10%以上 | 15%以上 | 株主資本の稼ぐ力 |
| 営業利益率 | 10.9% | 11%以上 | 15%以上 | 本業の利益率 |
| D/Eレシオ | 0.3倍 | 0.3〜0.4倍 | ― | 財務レバレッジは低位 |
ここが本ページで最も重要な数字である。過去最高の売上・利益を叩き出した2026年3月期でさえ、ROIC 7.5%に対しWACC 7.0%——スプレッドはわずか+0.5ptだった。つまり「TDKは事業を回して、資本コストをかろうじて上回る程度の価値しか生んでいない」と会社自身が認めている。10年前から売上が2倍以上になっても、資本効率の絶対水準は変わっていない。
なぜこうなるのか。理由は明快で、この会社は「資産をどんどん積み上げる会社」だからである。2026年3月期末の総資産は4兆4,152億円で1年前から+24.7%、有形固定資産は1兆2,258億円で+19.0%、棚卸資産は5,854億円で+42.8%増えた。2027年3月期の固定資産取得計画は3,700億円(前期比+23.9%)で、減価償却費2,400億円を大きく上回る。分子(利益)が伸びても、分母(投下資本)が同じかそれ以上のスピードで膨らむため、ROICが上がらない。ROIC12%という中長期目標は、この構造そのものを変えないと届かない水準である。だからこそ約80のビジネスユニットの階層化と8事業の撤退という荒療治を進めているわけだ。出典:TDK 2026年3月期決算短信「中期経営計画における経営指標一覧」、連結財政状態計算書。
営業・投資・財務・フリーキャッシュフローの推移(直近10年間)
営業CF(緑)・投資CF(赤)・財務CF(グレー)・フリーCF(白)/2017年3月期〜2026年3月期、単位:億円
| 決算期 | 営業CF | 投資CF | 財務CF | フリーCF | 現預金残高 | コメント |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 2017年3月期 | 1,601 | ▲711 | ▲378 | +890 | 3,304 | 高周波事業移管の期 |
| 2018年3月期 | 913 | ▲2,461 | +1,101 | ▲1,548 | 2,796 | InvenSense買収(約1,427億円) |
| 2019年3月期 | 1,403 | ▲1,402 | +94 | +1 | 2,892 | 収支トントン |
| 2020年3月期 | 2,224 | ▲420 | ▲1,218 | +1,804 | 3,327 | RF360持分売却の反映 |
| 2021年3月期 | 2,309 | ▲2,314 | +211 | ▲5 | 3,804 | 電池の設備投資が本格化 |
| 2022年3月期 | 1,790 | ▲2,815 | +1,137 | ▲1,025 | 4,393 | 増益期なのにFCF赤字 |
| 2023年3月期 | 2,628 | ▲2,344 | +149 | +284 | 5,062 | ― |
| 2024年3月期 | 4,470 | ▲2,166 | ▲1,464 | +2,304 | 6,500 | CF体質が変わった年 |
| 2025年3月期 | 4,458 | ▲2,448 | ▲1,433 | +2,010 | 6,973 | 借入返済を進める |
| 2026年3月期 | 5,077 | ▲3,778 | ▲647 | +1,299 | 8,428 | 固定資産取得2,986億円へ加速 |
※フリーCFは「営業CF+投資CF」で算出。投資CFには定期預金の預入・払戻が含まれるため、設備投資のみのFCFとは一致しない。
この10年で最も重要な変化は2024年3月期に起きている。営業CFが2,628億円→4,470億円へ+70%跳ね、以降4,458億円→5,077億円と高原状態を維持している。減価償却費が積み上がり(2026年3月期2,042億円)、電池・HDDヘッドの巨大な設備が現金を生む段階に入ったということだ。その結果、現預金は3,304億円(2017年3月期)→8,428億円(2026年3月期)へ2.6倍になった。
ただし投資CFも同時に膨らんでいる。2026年3月期の投資CFは▲3,778億円で過去10年で最大、固定資産取得だけで2,986億円(+32.5%)。2027年3月期はさらに3,700億円を計画している。営業CF 5,077億円に対して固定資産取得3,700億円——稼いだ現金の7割超を設備に戻す構図である。そして前述のとおり、2027年3月期1Qの営業CFは▲192億円と赤字転落し、短期借入とCPで1,271億円を調達した。「営業CFの高原状態」が本物かどうかは、2Q以降に営業債権が現金化されるかで判定できる。出典:TDK 各期決算短信(連結キャッシュ・フロー計算書)、The社史「TDKの業績推移」(the-shashi.com/tse/6762/financials)。
直近の投資・M&A状況
TDKの主要M&A史——「稼いだ事業を売って、次を買う」
| 年月 | 案件 | 金額 | 種別 | 結果 |
|---|---|---|---|---|
| 1986年8月 | SAEマグネティクス(香港) | ― | 買収 | HDDヘッド事業の起点 |
| 1997年 | シリコンシステムズ | 約632億円 | 売却 | 全額を磁気ヘッドへ再投資 |
| 2000年3月 | Headway Technologies(米) | ― | 買収 | HDDヘッドの米国基盤 |
| 2005年5月 | ATL/Amperex Technology(香港) | 約87億円 | 買収 | 現在の売上の55%・利益の76%を生む |
| 2005年10月 | ラムダパワー(英Invensysより) | ― | 買収 | 電源事業 |
| 2007年8月 | TDKブランド記録メディア事業 | ― | 売却 | 米イメーションへ譲渡 |
| 2008年10月 | EPCOS(独) | 約1,700億円 | 買収 | 受動部品を強化。当時史上最大 |
| 2013年10月 | 磁気テープ生産 | ― | 撤退 | 60年の祖業に幕 |
| 2016年3月 | ミクロナス(スイス) | ― | 買収 | 磁気センサ |
| 2017年2月 | 高周波部品事業→RF360(クアルコムとの合弁) | ― | 移管 | 2019年9月に持分売却 |
| 2017年5月 | InvenSense(米) | 約1,427億円 | 買収 | MEMSセンサ。数年赤字後に黒字化 |
| 2025年6月 | SoftEye(米) | 非開示 | 買収 | AIスマートグラス向け視線追跡・カスタムチップ |
| 2026年4-6月 | Linergy Power Sdn Bhd(マレーシア) | 取得現金控除後368億円 | 買収 | 電源事業と推察。特定子会社 |
| 2026年4-6月 | Actutek Corporation | ― | 売却 | 連結範囲から除外 |
この表の主役は間違いなく2005年のATL(約87億円)である。21年前の87億円が、いま年商1兆3,703億円・利益2,467億円を生んでいる。TDKの成長モデルは「小さく買って大きく育て、その果実で次を買う」という連鎖であり、ATLの果実がEPCOS(1,700億円)を、EPCOSとATLの果実がInvenSense(1,427億円)を買う原資になった。そして直近のSoftEye買収(金額非開示)は、この連鎖の最新の一手である。
設備投資・減価償却費・研究開発費の推移(単位:億円)
| 項目 | 2025年3月期 | 2026年3月期 | 増減率 | 2027年3月期予想 | 増減率 | 売上高比(27/3予) |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 固定資産の取得 | 2,253 | 2,986 | +32.5% | 3,700 | +23.9% | 14.3% |
| 減価償却費及び償却費 | 1,962 | 2,042 | +4.1% | 2,400 | +17.5% | 9.3% |
| 研究開発費 | 2,536 | 2,897 | +14.2% | 3,100 | +7.0% | 12.0% |
| 設備投資 − 減価償却費 | +291 | +944 | ― | +1,300 | ― | ― |
| 従業員数(連結) | 105,067人 | 106,545人 | +1.4% | 109,289人(26年6月末) | ― | ― |
投資家として見るべきは「設備投資 − 減価償却費」の行だ。2027年3月期は+1,300億円——つまり減価償却の1.5倍を投資に振り向ける拡大局面にある。これは成長投資として歓迎すべきだが、同時にROICの分母を膨らませる要因でもある。研究開発費3,100億円(売上高比12.0%)は電子部品業界のなかでも高水準で、村田製作所(概ね7%前後)を上回る。「研究開発に売上の12%、設備投資に14%——合計で売上の26%を将来に投じている会社」という理解が正しい。出典:TDK 2026年3月期決算短信、2027年3月期第1四半期決算短信、TDK ニュースリリース(2025年6月19日)。
主要事業ごとの成長性
2027年3月期1Q セグメント別 売上高成長率(前年同期比、%)
全セグメントが2桁成長という状態で、特に磁気応用製品+49.6%が突出している。10年前まで「構造的斜陽事業」と見られていたHDDが、AIデータセンターのニアラインストレージ需要で復活したためだ。これはTDKの物語のなかで最も皮肉な逆転である——2013年に磁気テープから撤退し、2023-24年に磁気応用製品で計920億円の損失を出した事業が、いまや最速で伸びている。
エナジー応用製品の8年推移(単位:億円)——TDKを支える単一事業
| 決算期 | セグメント売上高 | YoY | セグメント利益 | 利益率 | セグメント資産 | 売上/資産 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 2019年3月期 | 5,375 | ― | 910 | 16.9% | 6,616 | 0.81 |
| 2020年3月期 | 5,977 | +11.2% | 1,241 | 20.8% | 8,054 | 0.74 |
| 2021年3月期 | 7,402 | +23.8% | 1,474 | 19.9% | 12,293 | 0.60 |
| 2022年3月期 | 9,653 | +30.4% | 1,232 | 12.8% | 16,619 | 0.58 |
| 2023年3月期 | 11,734 | +21.6% | 1,474 | 12.6% | 16,728 | 0.70 |
| 2024年3月期 | 11,217 | ▲4.4% | 1,957 | 17.4% | 17,860 | 0.63 |
| 2025年3月期 | 11,765 | +4.9% | 2,344 | 19.9% | 19,442 | 0.61 |
| 2026年3月期 | 13,703 | +16.5% | 2,467 | 18.0% | 26,862 | 0.51 |
この表は本ページで2番目に重要である。エナジー応用製品の売上は8年で5,375億円→1兆3,703億円へ2.5倍になった。素晴らしい成長だ。ところがセグメント資産は6,616億円→2兆6,862億円へ4.1倍に膨らんでいる。結果、売上/資産の回転率は0.81→0.51へ低下した。「売上を2.5倍にするのに、資産を4.1倍積んだ」——ROICが上がらない理由がここに凝縮されている。利益率も2020年3月期の20.8%がピークで、直近は18.0%。中国のCATL・BYDをはじめとする電池メーカーとの競争環境を考えると、この利益率を維持できるかどうかが最大の焦点になる。
成長ドライバーの整理
| 事業 | 成長ドライバー | 持続性の評価 | 主なリスク |
|---|---|---|---|
| エナジー応用製品 (売上55%) | スマホ用小型二次電池で世界首位(ATL)。AIスマートフォンの高機能化で1台あたり容量が増加。AIサーバー・ウェアラブル向けも拡大 | 高。ただしスマホ市場自体は成熟 | 中国電池メーカーとの価格競争、スマホ生産台数の減少(会社も1Qで言及)、中国依存 |
| 磁気応用製品 (売上10.5%) | AIデータセンター向けニアラインHDD。大容量化に伴うヘッド枚数増。1Q +49.6% | 中〜高。AI投資サイクル次第 | SSD/QLCフラッシュへの置換、AI設備投資の減速 |
| 受動部品 (売上23.7%) | 産業機器の設備投資、自動車の電動化。1Q利益率9.8%(+5.2pt)と改善 | 中。景気循環に連動 | BEV需要の伸び悩み、村田・太陽誘電との競合 |
| センサ応用製品 (売上9.0%) | ICT向けMEMSセンサ、車載向け磁気センサ。1Q利益率12.7%(+6.9pt) | 中。買収の果実が出始めた段階 | スマホ搭載数の頭打ち |
| 次の柱候補 | AIスマートグラス(SoftEye買収)、全固体電池CeraCharge、AIエコシステム市場 | 未知数。まだ売上として顕在化せず | 市場自体が立ち上がるかが不透明 |
出典:TDK 2026年3月期・2027年3月期第1四半期決算短信(セグメント情報)、The社史「TDKのセグメント業績」、TDK製品情報(全固体電池CeraCharge)。
競争優位性や業界内でのポジション
出典:TDK 2026年3月期決算短信(セグメント情報)、日本経済新聞「TDK、世界シェア5割のスマホ向け電池が成長けん引」(日経ヴェリタス)、財経新聞「TDK、スマホ用小型二次電池が世界シェアNo1の総合電子部品メーカー」(2025年8月27日)、The社史。※市場シェアは調査主体・定義により差があるため、幅を持って解釈されたい。
SCP理論からの分析(市場動向・規制リスク・業界トレンド)
Structure(市場構造)
Conduct(企業行動・規制リスク)
Performance(業界トレンド・収益性への帰結)
出典:TDK 2026年3月期決算短信「2. 経営方針」「1. 経営成績」、2027年3月期第1四半期決算短信「1. 経営成績等の概況」。
これらの分析結果をもとにした現在の投資妙味
※本項は公開情報に基づく筆者の見解であり、特定銘柄の売買を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任でお願いします。株価・PER等は2026年8月24日時点の数値に基づいています。
今後の注目ポイントやリスク要因
注目ポイント(カタリスト)
1Qの純利益進捗率は35.8%、為替前提は150円/US$(6月末実勢162.39円)。上方修正の余地は大きく、市場も織り込みつつある。逆に据え置きが続けば失望売りの材料になる。
1Qは▲192億円。営業債権の膨張(▲1,087億円)が2Q以降に現金化されるかが最重要の確認事項。ここが戻れば「増益が本物」と確認できる。
1Qで磁気応用製品+49.6%。HDDは大容量化に伴いヘッド枚数が増えるため、総容量ベースで需要が測れる。Seagate・Western Digitalの決算と受注状況が先行指標になる。
2026年3月期実績7.5%。8事業撤退の効果と、設備投資3,700億円による分母の膨張が綱引きする。達成できればROIC経営の実効性が証明され、バリュエーションの正当化材料になる。
SoftEye買収によるAIスマートグラス、全固体電池CeraCharge、AIエコシステム市場向け売上。いずれもまだ数字になっていない。統合報告書やIRデーで具体的な売上目標が示されるかが焦点。過去のパターンからすれば、次の大型M&Aの発表もありうる。
配当性向35%目安・年40円予想。現預金8,428億円・D/Eレシオ0.3倍という財務余力に対し、自己株式取得の実績は乏しい。PBR2.65倍では自社株買いの効果は限定的だが、方針変更があれば材料になる。
リスク要因
売上の55.0%が中国、海外比率92.7%。ATLの生産拠点も中国。会社自身が「経済圏の分断」「重要鉱物の輸出規制」を経営課題として明記している。関税・輸出規制・報復措置のいずれが動いても直撃する、この銘柄の最大リスク。
1Qの増益299億円のうち113億円(38%)が為替要因。中計の前提は135円/US$。1Qの実勢159.43円から135円へ戻れば、営業利益に年間数百億円規模の逆風となる。
エナジー応用製品がセグメント利益(小計ベース)の75.7%。ATLの競争力が揺らげば、他の3セグメントでは補えない規模である。中国のCATL・BYD等との価格競争も継続。
会社自身が2027年3月期の見通しで「メモリ需要の逼迫や価格高騰の影響を受けて、スマートフォン等のICT製品の生産は減少する」と明記。AIサーバー向けにメモリが取られた結果、TDKの主力顧客であるスマホの台数が減る——AIの皮肉な副作用。
ROIC 7.5%対WACC 7.0%、スプレッド+0.5pt。エナジー応用製品は8年で売上2.5倍に対し資産4.1倍。設備投資は2027年3月期に3,700億円(減価償却の1.5倍)。成長投資が資本効率に転換しない状態が続けば、PER29.6倍は正当化できない。
1Q末の社債・借入金(流動)は3,533億円で前期末比+1,424億円(+67%)。CP+598億円、短期借入+673億円。営業CFが赤字のまま設備投資を続ければ、財務の柔軟性が削られる。
2026年3月期の決算短信は「BEVの需要の低迷が継続し、期初想定を下回る部品需要」と明記。受動部品・センサ・マグネットの3セグメントが車載依存であり、電動化の実速度が遅れれば影響する。
出典:TDK 2026年3月期決算短信〔IFRS〕(2026年4月28日、tdk.com/ja/ir)、TDK 2027年3月期第1四半期決算短信〔IFRS〕(2026年7月31日)、The社史「TDK」(the-shashi.com/tse/6762)、TDK ニュースリリース「TDK acquires SoftEye」(2025年6月19日)、日本経済新聞、Yahoo!ファイナンス。最終更新:2026年8月26日。