5233 東証プライム セメント

太平洋セメント

1881年創業の国内セメント最大手(シェア約4割)。秩父小野田と日本セメントの合併で1998年に発足し、セメント・環境・資源の3事業を柱に展開。米国西海岸では工場から生コンまでの垂直統合体制を構築し、売上の約3割を海外で稼ぐ。2022年の価格政策転換で収益重視へ舵を切り、FY2025に営業利益778億円と過去最高水準を記録。事業構造・沿革・経営者交代・財務10年推移・SCP分析から、現在の投資妙味とリスクをナラティブでまとめました。

01 / OVERVIEW

スナップショット

株価

3,500円

FY2026/3期末時点

時価総額

4,137億円

FY2026/3期末時点

PER(実績)

15.36倍

10年平均9.55倍

保有株数

未確認

FY2026/3期の実績PER 15.36倍は10年平均(9.55倍)を大きく上回っているが、これは同期の純利益が特別損失等により254億円へ急減した一時的要因による。PBRは0.57倍と割安水準。自己資本比率46.0%、有利子負債3,088億円。最新の株価は証券会社アプリ等でご確認ください。

02 / SEGMENT

事業ごと・国/エリアごとの売上高比率

事業セグメント別 売上高構成比(FY2026/3期)

78%
9%
8%
セメント事業 78%(6,617億円) 環境事業 9%(約800億円)営業利益率11.8% 資源事業 8%(約700億円)営業利益率15.3% 建材・建築土木 5%(約450億円)
セメント事業が売上の約8割を占める一本柱の構造だが、環境事業(営業利益率11.8%)と資源事業(同15.3%)がセメント事業(同7.5%)を大きく上回る利益率を誇り、利益面での補完役として重要な位置を占めている。環境事業はセメント窯を廃棄物処理設備として転用する独自モデルで、処理費収入と原料費削減の両取りを実現している。

国・エリア別 売上高構成比(FY2026/3期)

60.5%
31.1%
8.4%
日本 60.5%(5,436億円) 米国 31.1%(2,792億円) その他 8.4%(755億円)
米国事業は売上の約3割を占める成長エンジン。西海岸を中心にセメント工場から生コンまでの垂直統合体制を構築しており、2015年のオログランデ工場・レディング工場取得以降、着実に規模を拡大している。「その他」にはフィリピン・中国等のアジア事業が含まれる。

出典:太平洋セメント 決算短信・有価証券報告書、the-shashi.com。セグメント売上はFY2026/3期実績ベース。環境・資源・建材の個別売上は概算値。

03 / HISTORY

創業からの歴史

1881年5月、笠井順八が山口県小野田(現・山陽小野田市)でセメント製造会社を興した。日本初の民間セメント会社である。ほぼ同時期の1883年、実業家・浅野総一郎が官営深川工場を借り受けてセメント製造に参入し、これが後の日本セメントの源流となった。1903年には日本初の回転窯によるセメント製造が始まり、1923年には秩父セメントが設立されるなど、近代日本のインフラ整備とともにセメント産業は成長していった。
戦後の1947年、GHQ財閥解体により日本セメントに改称。高度経済成長期にはダム・道路・ビル建設の急増に伴い、セメント需要はピーク(1997年の5,908万トン)に向けて拡大を続けた。1994年には小野田セメントと秩父セメントが合併して秩父小野田が誕生し、そして1998年10月、秩父小野田と日本セメントの大型合併によって太平洋セメントが発足した。この合併により国内セメントシェア約39%の圧倒的な業界首位が誕生し、以後四半世紀にわたってその地位を維持している。
2000年代に入ると、国内セメント需要の構造的減少(ピーク比4割減)という逆風の中で、同社は2つの方向へ事業を進化させた。第一に、セメント窯の高温処理技術(1,450度)を活用した廃棄物処理事業への参入。処理費収入を得ながら廃棄物を原料・燃料として活用する「一石二鳥」のエコセメント事業化を進めた。第二に、米国西海岸への集中投資。2015年のオログランデ工場・レディング工場取得を皮切りに、セメントから生コンまでの垂直統合体制を海外で構築し始めた。
しかし2022年以降、石炭価格の急騰がセメント産業を直撃する。太平洋セメントは石炭サーチャージ制度の導入を表明するも撤回、最終的に1トンあたり3,000円の値上げに踏み切った。この価格政策の転換は、長年続いた「シェア重視」から「収益重視」への経営方針転換を象徴する出来事であった。2023年3月期には石炭高騰の影響で純損失332億円という大幅赤字を計上したが、値上げ効果の浸透により2025年3月期には営業利益778億円と過去最高水準を記録し、V字回復を遂げた。2024年4月には海外事業の実績が豊富な田浦良文が社長に就任し、カーボンニュートラル対応と海外市場開拓を重視する新体制がスタートしている。
04 / MISSION, VISION, VALUE

ミッション・ビジョン・バリュー

太平洋セメントの経営理念は「人と社会に必要な素材・サービスを提供し、社会の発展と環境保全に貢献する」というもの。セメントというインフラの根幹を支える素材メーカーとしての社会的使命と、CO2排出量の多い業種としての環境責任を両立させるという宣言であり、事業戦略の根幹に位置づけられている。
この理念を具体化する中期経営計画(26中計)では、3つの柱が示されている。第一に、2030年度までに脱炭素関連に1,000億円の投資を行うことで、混合セメントの普及やCO2回収技術の実装を加速する。第二に、株主還元の強化として総還元性向33%以上、1株配当80円以上を確約し、機動的な自己株式取得も実施する方針。第三に、米国事業のさらなる拡大とアジア新興国での事業基盤強化を通じた成長の追求である。
注目すべきは、2022年の「シェア重視から収益重視」への方針転換が、単なる値上げ戦術にとどまらず、経営理念の実践のあり方そのものを問い直すきっかけになっている点である。セメント需要が構造的に縮小する中で「量を追わず質を追う」経営への転換は、国内セメント業界全体の価格正常化にもつながっており、業界首位としての規律ある行動が経営理念と整合している。
05 / LEADERSHIP

現経営者の特徴・過去の実績(レジリエンスの観点)

現社長は田浦良文氏(2024年4月就任)。福岡県出身、1960年生まれ。1983年に九州大学工学部を卒業後、小野田セメントに入社した。1996年にバンコク駐在員事務所長に着任して以降、海外事業の実績を積み重ねてきた国際派の経営者である。2013年に海外事業本部営業本部長、2017年に執行役員、2023年に取締役専務執行役員を歴任し、社長に就任した。カーボンニュートラル対応と海外市場開拓を経営の二本柱に据えている。
前任の不死原正文氏(2018年〜2024年、現会長)は、兵庫県出身の1954年生まれ。大阪大学経済学部卒で1978年に小野田セメントに入社し、約20年間の地方勤務を経て資源・環境事業畑でキャリアを築いた。2007年に環境部門事業推進部長に就任し、同部門の売上を2倍に拡大させた実績がある。2018年に社長就任後はセメント協会会長(2022年〜2024年)も務め、業界全体の脱炭素対応を主導した。最大のレジリエンス局面は2023年3月期の純損失332億円の危機で、石炭価格高騰という外部環境の激変に対し、値上げ断行と収益構造の転換で翌期にV字回復を実現した。
田浦新体制のレジリエンスにおける最大の試金石は、国内セメント需要の構造的減少(ピーク比4割減)と脱炭素対応コストの増加という二重の逆風にどう対応するかである。海外事業の拡大(特に米国事業の利益貢献拡大)と環境・資源事業の高利益率維持が求められる中で、前任者が築いた「収益重視」路線を深化させつつ、1,000億円規模の脱炭素投資を実行できるかが注目される。
06 / LATEST EARNINGS

直近決算の予想・ガイダンスに対する結果

FY2026/3期 通期実績(前期比)

指標FY2026実績前期比評価
売上高8,984億円+0.2%横ばい
営業利益746億円-4.1%微減益
経常利益751億円-0.4%横ばい
当期純利益254億円-55.8%大幅減益
売上高は前期比ほぼ横ばいの8,984億円で着地。営業利益は746億円と前期の過去最高水準(778億円)からは微減したものの、引き続き高い水準を維持した。営業利益率は8.3%で、値上げ効果の定着を示している。一方、当期純利益は254億円と前期比55.8%の大幅減益となったが、これは減価償却方法の変更(定率法から定額法への移行)に伴う一時的な会計処理の影響が大きく、本業の収益力が悪化したわけではない点に留意が必要である。セメント事業の営業利益率7.5%に対し、環境事業11.8%、資源事業15.3%と高利益率事業が安定して貢献している構図は変わらない。

出典:太平洋セメント 決算短信(FY2026/3期)、the-shashi.com。

07 / REVENUE & PROFIT

売上高・税引前利益の推移(直近10年間)

売上高・営業利益(10年推移、億円)

FY17 FY18 FY19 FY20 FY21 FY22 FY23 FY24 FY25 FY26 売上高 営業利益

当期純利益(10年推移、億円)

476億 FY17 385億 FY18 435億 FY19 392億 FY20 468億 FY21 290億 FY22 ▲332億 FY23 433億 FY24 574億 FY25 254億 FY26
売上高は過去10年間、7,000億〜9,200億円のレンジで安定的に推移しており、セメント需要の構造的減少を値上げと海外事業拡大で補っている構図が読み取れる。FY2022の売上減少(7,082億円)は収益認識基準変更の影響が大きい。営業利益はFY2023に45億円まで急落したが(石炭価格高騰)、値上げ効果の浸透でFY2025には778億円と過去最高水準に達した。FY2026は746億円へ微減したが営業利益率8.3%は高水準を維持。当期純利益のFY2026急減(254億円)は減価償却方法の変更等による一時要因が主因である。

出典:the-shashi.com、太平洋セメント有価証券報告書。FY2023の営業利益45億円・純損失332億円は石炭価格高騰によるもの。

08 / VALUATION

PERの推移(直近10年間)

PER(期末実績、10年推移)

平均9.55倍 9.69倍 FY17 12.41倍 FY18 10.49倍 FY19 5.78倍 FY20 7.51倍 FY21 8.21倍 FY22 8.77倍 FY23 9.48倍 FY24 7.76倍 FY25 15.36倍 FY26
過去10年のPERは概ね6〜12倍のレンジで推移しており、10年平均は9.55倍と一桁台。セメントという成熟産業の銘柄にふさわしい低PER水準が定着してきた。FY2026のPER 15.36倍は10年間で最も高い水準だが、これは純利益の一時的な急減(574億円→254億円)によるPER押し上げであり、本業の収益力が評価されて株価が上昇した結果ではない。仮にFY2025水準の純利益574億円が継続した場合、PERは約7.2倍となり、過去の評価レンジの中位〜低位に位置する。

出典:the-shashi.com、IRBANK。FY2023のPER 8.77倍は赤字期のため前期利益ベースまたは予想ベースの参考値。赤い破線は10年平均(9.55倍)。

09 / CAPITAL RETURNS

ROIC・WACC・ROEの推移(直近10年間)

ROE(自己資本利益率、10年推移)

8% 13.2% FY17 9.7% FY18 10.5% FY19 9.0% FY20 9.9% FY21 5.7% FY22 ▲6.7% FY23 7.7% FY24 8.9% FY25 3.7% FY26

ROIC(概算試算)

4〜7%程度と推定。税引後営業利益(FY2026営業利益746億円×実効税率70%控除後=約522億円)÷投下資本(有利子負債3,088億円+株主資本6,800億円≒9,888億円)で概算すると約5.3%。石炭価格変動により年度ごとのばらつきが大きい。

WACC(概算試算)

5〜6%程度と推定。無リスク金利(日本10年債利回り約1.5%)+株式β(セメントは景気敏感だが内需型の安定業種として約0.8〜1.0)×エクイティ・リスクプレミアム(5〜6%程度)で概算。有利子負債比率が高い(45.4%)分、加重平均では負債コストの低さが効いている。
ROEは概ね8〜13%で推移してきたが、FY2023の赤字で▲6.7%に沈んだ後、FY2025には8.9%まで回復。FY2026の3.7%は純利益の一時的減少が主因。10年平均では約7.1%と、資本コスト(推定5〜6%)をやや上回る水準にある。自己資本比率は46.0%(10年平均42.0%)と改善傾向にあり、財務安定性は高まっている。ROIC推定値(4〜7%)はWACC推定値(5〜6%)とほぼ拮抗しており、石炭価格が安定すれば価値創出の安定化が期待できる一方、コスト急変時には価値毀損のリスクが顕在化する構造である。

出典:ROEはthe-shashi.com実績値。ROIC・WACCは公式開示がないため当サイトによる概算試算で、正式な財務指標ではありません。自己資本比率はFY2026実績46.0%(10年平均42.0%)。

10 / CASH FLOW

営業・投資・財務・フリーキャッシュフローの推移(直近10年間)

営業・投資・財務・フリーCF(10年推移、億円)

FY17 FY18 FY19 FY20 FY21 FY22 FY23 FY24 FY25 FY26 営業CF 投資CF 財務CF フリーCF(正) フリーCF(負)
営業CFは年間700億〜1,400億円と安定した現金創出力を持つ(FY2023の▲3億円は石炭高騰の異常年)。特にFY2024は1,405億円と過去10年で最高を記録し、値上げ効果による利益改善が直接キャッシュに結実した。投資CFはFY2022以降、年間800億〜1,065億円規模の積極投資が続いており、米国事業の拡大と脱炭素関連設備への先行投資が主因。フリーCFはFY2022(▲127億円)とFY2023(▲936億円)にマイナスに沈んだが、FY2024以降は回復。FY2023の財務CF+1,121億円は、石炭高騰対応のための大規模な借入実行を示しており、翌期以降の返済が進んでいる。全体として、安定した営業CFを原資に積極投資を続けつつ、有利子負債を管理する健全なCF構造である。

出典:the-shashi.com、太平洋セメント有価証券報告書。フリーCF=営業CF+投資CF。FY2023の財務CF黒字は石炭高騰対応の借入。

11 / INVESTMENT & M&A

直近の投資・M&A状況

太平洋セメントの資本配分は「国内の維持・効率化投資」と「海外事業の拡張投資」の二本立てである。国内では、セメント需要の構造的減少に対応して生産設備の集約・効率化を進めつつ、セメント窯を活用した廃棄物処理事業の拡充に投資を続けている。1,450度の高温で処理できるセメント窯の特性を活かし、都市ごみ焼却灰・下水汚泥・建設発生土など多様な廃棄物の受け入れ品目を拡大することで、処理費収入の増加と原料費・燃料費の削減を同時に実現するビジネスモデルの深化が進んでいる。
海外投資の中心は米国西海岸である。2015年にカリフォルニア州のオログランデ工場・レディング工場を取得して以降、セメント製造から生コン販売までの垂直統合体制を構築し、米国セメント市場における競争力を着実に高めてきた。Vulcan社の生コン事業取得なども含め、西海岸を基盤にしたポジション強化が継続している。米国ではインフラ投資法(IIJA)による連邦政府の大規模インフラ支出が今後数年間続く見通しであり、同社の米国事業にとって追い風となっている。
脱炭素関連では、26中計で2030年度までに1,000億円規模の投資計画を掲げている。混合セメント(クリンカー使用量削減による低炭素化)の普及推進、バイオマス燃料やリサイクル燃料への転換、CO2回収・利活用技術(CCUS)の研究開発が柱である。セメント産業はCO2排出量の多い業種であり、カーボンプライシングの導入可能性も見据えた先行投資の位置づけとなっている。
12 / SEGMENT GROWTH

主要事業ごとの成長性

セグメント別 売上・利益率・成長見通し

セグメント売上高構成比営業利益率成長見通し
セメント事業6,617億円78%7.5%国内減少・海外拡大で横ばい〜微増
環境事業約800億円9%11.8%廃棄物処理需要拡大で安定成長
資源事業約700億円8%15.3%石灰石・骨材需要に連動
建材・建築土木約450億円5%建設投資動向に依存
セメント事業は国内需要の構造的減少(ピーク5,908万tから3,457万tへ4割減)が継続するため、国内単体では売上減少が避けられない。しかし、値上げによる単価改善と米国事業の拡大(売上の31%)がこれを補い、セグメント全体では横ばい〜微増を維持している。今後の成長は米国インフラ投資の継続と、アジア新興国での需要取り込みに依存する。
環境事業は最も安定した成長が期待できるセグメントである。日本国内の産業廃棄物・一般廃棄物の処理需要は、最終処分場の残余容量逼迫を背景に構造的に拡大しており、セメント窯による高温処理は競合する処理技術が少ない。営業利益率11.8%はセメント事業を大きく上回り、利益貢献度は売上構成比以上に大きい。資源事業(営業利益率15.3%)も石灰石・骨材という安定需要のある素材を扱っており、景気変動に対する耐性が高い。全体として、「セメントの安定キャッシュ+環境・資源の高利益率」という収益構造が同社の強みである。
13 / COMPETITIVE POSITION

競争優位性や業界内でのポジション

太平洋セメントの最大の競争優位性は、国内セメント市場における約4割のシェアという圧倒的な首位ポジションである。セメント産業は装置産業の典型であり、大規模な窯・鉱山・物流網を新規に構築するには莫大な資本と長い時間が必要なため、参入障壁が極めて高い。国内では太平洋セメント・住友大阪セメント・UBE三菱セメントの3社寡占体制が確立しており、新規参入の脅威はほぼ皆無である。太平洋セメントは全国に生産拠点と物流網を持ち、地域ごとのきめ細かい供給体制を築いている点で、規模の経済と密度の経済の両方を享受している。
第二の優位性は、米国西海岸における垂直統合体制である。セメント工場から生コンプラントまでを自社グループで保有し、原材料調達から最終製品の納品まで一貫して管理できる体制は、コスト管理・品質管理・納期管理のすべてにおいて競争上の優位をもたらしている。米国セメント市場はHolcim、CEMEX、HeidelbergCementなどグローバル大手がひしめく競争環境だが、西海岸という地理的にセメント輸入コストが高い地域で地産地消体制を構築したことで、価格競争力を確保している。
第三の優位性は、セメント窯を廃棄物処理設備として活用する独自のビジネスモデルである。1,450度という高温で焼成するセメント窯は、ダイオキシンを含む有害物質の完全分解が可能であり、通常の焼却施設では処理できない廃棄物にも対応できる。この技術的優位性により、都市ごみ焼却灰・下水汚泥・廃プラスチック・建設発生土・汚染土壌などを原料・燃料として受け入れ、処理費を得ながら石炭使用量と原料費を削減するという「逆有償」のビジネスモデルを構築している。この仕組みは、セメント生産設備を持たない企業には模倣が困難であり、環境事業の高い営業利益率(11.8%)の源泉となっている。
14 / SCP ANALYSIS

SCP理論からの分析(市場動向・規制リスク・業界トレンド)

Structure(市場構造)

国内セメント需要は1997年のピーク(5,908万トン)から約4割減少し、3,457万トン水準で推移している。人口減少と公共投資の抑制が構造的な需要減少の主因であり、今後も回復は見込みにくい。市場は太平洋セメント(シェア約39%)・住友大阪セメント・UBE三菱セメントの3社寡占体制。原価構造は石炭価格に大きく左右される(石炭はセメント製造の主要燃料で製造コストの3〜4割を占める)。海外市場ではHolcim(スイス)、CEMEX(メキシコ)、HeidelbergCement(独)がグローバル大手として君臨し、国内専業では規模で太刀打ちできない構図。

Conduct(企業行動)

2022年を転換点として、太平洋セメントは長年続いた「シェア重視」の価格政策を「収益重視」へ明確に転換した。石炭サーチャージの導入表明→撤回→1トン3,000円値上げという一連のプロセスは、業界首位としての価格リーダーシップの発揮であった。また、減価償却方法を定率法から定額法に変更(FY2026)するなど、会計面でも利益の平準化を志向している。資本配分では、遊休化しつつあるセメント窯を廃棄物処理設備に転用する「環境事業化」を進め、縮小市場における既存資産の収益化に成功。海外では米国西海岸への集中投資を継続し、分散投資ではなく選択と集中の戦略を採っている。

Performance(業界トレンド・帰結)

上記のStructure(3社寡占+需要減少+コスト変動大)とConduct(値上げ断行+環境事業化+海外集中投資)の組み合わせにより、太平洋セメントの業績は「売上高は横ばいだが収益性は大幅改善」というパフォーマンスを示している。営業利益率はFY2023の0.6%(石炭高騰の異常年)からFY2025の8.7%、FY2026の8.3%へと改善し、3社寡占の安定的な市場構造の中で価格転嫁力を発揮している。ただし、カーボンニュートラルという規制トレンドはセメント産業にとって長期的なリスク要因であり、CO2排出原単位の高さ(セメント1トンあたり約0.6トンのCO2を排出)から、炭素税・排出権取引の導入時に大きなコスト増が懸念される。1,000億円規模の脱炭素投資は、将来の規制コストを先行的に吸収するための戦略的支出と位置づけられる。
15 / INVESTMENT THESIS

これらの分析結果をもとにした現在の投資妙味

太平洋セメントの投資妙味は、「成熟産業における収益構造の転換」と「バリュエーションの割安さ」の2点に集約される。国内セメント需要は構造的に縮小しているが、2022年の価格政策転換以降、値上げによる単価改善が定着し、営業利益率はFY2025に8.7%、FY2026に8.3%と過去10年で最も高い水準に達している。これは一時的なコスト増の解消ではなく、「シェア重視から収益重視」という経営方針の構造転換の帰結であり、一定の持続性が見込める。
バリュエーション面では、PBR 0.57倍という水準は、解散価値を大幅に下回っている。PER 15.36倍はFY2026の純利益急減(254億円)を反映した一時的な数値であり、FY2025水準の純利益(574億円)で正常化すれば約7.2倍と、10年平均(9.55倍)を下回る割安水準に位置する。配当は26中計で1株80円以上が確約されており、株価3,500円ベースで配当利回り2.3%以上が見込める。
成長の観点では、米国事業(売上の31%)が最大のドライバーである。米国インフラ投資法(IIJA)による連邦政府の大規模インフラ支出が今後数年間続く見通しであり、西海岸での垂直統合体制を活かした収益拡大が期待できる。環境事業(営業利益率11.8%)と資源事業(同15.3%)が高利益率で本業を補完する構図も安定している。ただし、石炭・エネルギー価格の急変動リスク、カーボンニュートラル対応コストの増加、国内セメント需要のさらなる縮小という構造的リスクは依然として大きく、「割安だが成長性は限定的」というバリュー株としての性格が強い銘柄である。
16 / WATCH POINTS & RISKS

今後の注目ポイントやリスク要因

注目ポイント

1. 米国西海岸事業のさらなる拡張 ― Vulcan社生コン事業の取得等、垂直統合の深化が進むかどうか。インフラ投資法の恩恵の大きさと期間が鍵。

2. 脱炭素投資1,000億円計画の進捗 ― 混合セメント普及、バイオマス燃料転換、CCUS技術実装の具体的な進展が利益率にどう影響するか。

3. 26中計の株主還元強化 ― 総還元性向33%以上、配当80円以上、自己株式取得の実行状況。PBR 0.57倍からの評価改善につながるか。

4. FY2027以降の純利益正常化 ― FY2026の減価償却方法変更等の一時要因が剥落した後、純利益がFY2025水準(574億円)に回復するかどうかが株価評価の前提。

リスク要因

1. 国内セメント需要の構造的減少 ― 人口減少・建設投資減による需要縮小は不可逆的。値上げによる単価改善にも限界がある。

2. 石炭・エネルギー価格の急変動 ― FY2023の純損失332億円が示すとおり、石炭価格の急騰は一期で業績を大きく毀損するリスクがある。製造コストの3〜4割を石炭が占める構造は変わっていない。

3. カーボンニュートラル対応コスト ― セメント1トンあたり約0.6トンのCO2を排出するCO2集約型産業。炭素税・排出権取引の本格導入時には大幅なコスト増が懸念される。

4. 海外事業の地政学リスク ― フィリピン等のアジア事業は政治・為替リスクを伴う。米国事業も関税政策や景気後退のリスクに晒されている。

5. 建設業界の人手不足 ― 2024年問題(時間外労働の上限規制)に伴う建設現場の施工能力低下は、セメント需要の下押し要因。