4901 東証プライム 化学

富士フイルムホールディングス

売上・営業利益・純利益はいずれも過去最高を更新中。それでもPBRは約1.0倍、ROICは5.5%で資本コストにほぼ届いていない。総資産6兆円のうち約1兆円が「まだ稼いでいない建設仮勘定」——この一点にこの会社の現在地が集約されている。16セクションで分解する。

01 / OVERVIEW

スナップショット

株価

3,220円

2026/8/20 終値

時価総額

約3.85兆円

自己株控除後 11.96億株ベース

PER(実績)

約14.0倍

26年3月期EPS 229.65円

PBR

約1.01倍

BPS 3,185.79円

配当利回り

約2.3%

27年3月期予想 年75円

売上高

3兆3,570億円

2026年3月期(+5.0%)

ROE / ROIC

7.7% / 5.5%

2026年3月期(会社開示)

保有株数

ポートフォリオ未登録

出典:富士フイルムHD 2026年3月期決算短信(2026年5月12日)、2027年3月期第1四半期決算短信(2026年8月6日)、Yahoo!ファイナンス、The社史。同社は米国会計基準(US GAAP)を採用しており、日本基準・IFRSの企業とは利益概念が一部異なります。株価は日々変動するため、売買前には必ず証券会社アプリ等で最新値をご確認ください。

02 / SEGMENT

事業ごと・国/エリアごとの売上高比率

事業セグメント別 売上高・営業利益(2026年3月期実績、単位:億円)

セグメント売上高構成比営業利益利益構成比利益率総資産設備投資
ヘルスケア10,98932.7%63616.4%5.8%32,2704,447
エレクトロニクス4,56213.6%1,00926.0%22.1%8,213385
ビジネスイノベーション11,74835.0%63716.4%5.4%14,692638
イメージング6,27118.7%1,60041.2%25.5%4,231290
全社費用等▲3801,13159
連結合計33,570100%3,502100%10.4%60,5385,820

この表を一行で言えば、「チェキとデジカメが会社の利益の4割を稼ぎ、ヘルスケアが資産の53%と設備投資の76%を食っている」である。イメージング部門は売上18.7%で営業利益41.2%・利益率25.5%。一方ヘルスケアは売上32.7%で利益率5.8%、そして総資産3兆2,270億円(連結の53%)と設備投資4,447億円(連結の76%)を占める。この非対称こそが、増収増益を続けながらPBR1.0倍・ROIC5.5%にとどまっている理由である。ヘルスケアの低利益率はバイオCDMOの先行投資(減価償却と固定費)が主因で、収益化には数年を要する。出典:富士フイルムHD 2026年3月期決算短信(セグメント情報)。

セグメント別 売上高(白)・営業利益(緑)/2026年3月期、単位:億円

ヘルスケア エレクトロニクス ビジネスイノベーション イメージング

棒の高さの比率を見ると分かりやすい。ビジネスイノベーションは最も売上が大きいのに利益はエレクトロニクスの6割強。イメージングは売上でヘルスケアの半分強なのに利益は2.5倍。「売上規模と稼ぐ力がまったく一致しない」会社である。

地域別 売上高(仕向地ベース)と長期性資産(2026年3月期、単位:億円)

地域売上高構成比前期比長期性資産前期比コメント
日本11,68734.8%+6.3%4,330+6.1%複合機・医療IT・半導体材料の開発拠点
アジア及びその他9,49328.3%+4.9%814+16.4%複合機・チェキ・半導体材料の主要市場
米州6,57919.6%+1.7%8,827+37.1%ノースカロライナのバイオCDMO新工場
欧州5,81117.3%+6.7%9,113+37.1%デンマーク・英国のバイオCDMO拠点
合計33,570100%+5.0%23,083+29.2%

この表の読み方は「売上と資産の地理的ズレ」である。米州・欧州は売上で36.9%しかないのに、長期性資産では77.7%を占め、しかも1年で37%ずつ増えている。バイオCDMOの製造拠点(デンマーク、英国、米ノースカロライナ、米テキサス)がすべてこの2地域にあるためだ。つまり富士フイルムは今、「欧米に工場を建てる会社」になっている。この資産がいつ売上と利益に転換するかが、株価の最大の論点である。出典:富士フイルムHD 2026年3月期決算短信(所在地別セグメント情報)。

03 / HISTORY

創業からの歴史

1934年1月、大日本セルロイドが写真フィルム部門を分社し、資本金300万円・従業員340名で富士写真フイルムが発足した。当時の写真フィルムは米コダック・独アグファからの輸入依存で、国防上の弱点とされていた。国産化は国策であり、資本金の40%に及ぶ助成金が交付されている。創業地は神奈川県足柄上郡——酒匂川の軟水と低湿度の気候が乳剤製造に適していたためだ。
ところが1936年に量産化に失敗し、累積36万円の赤字を計上して事業継続が危ぶまれた。のちに4代目社長となる小林節太郎は社内に「累積36万円の赤字を出し、会社は憂慮すべき状態になった。やめたいものは遠慮せずに去ってほしい」と去就を問うている。同じ1936年、医療用X線フィルムの国産化に成功——現在のヘルスケア部門はここに始まる。危機と種まきが同時に起きていた。
1949年に東京・大阪証券取引所へ上場。1962年、英ランクゼロックスとの合弁で富士ゼロックスを設立し、複写機という写真感光材料以外の収益源を得た。1977年にはISO400の高感度カラーネガ「フジカラF-II 400」を950円で発売し、1,200円の舶来品に品質で並びながら価格で勝った。1983年には世界初のX線画像診断システム「FCR」を発売。1985年、写真フィルムの国内シェアは70%強に達し、単体で毎期1,000億円超の経常利益を稼ぐ超高収益企業になっていた。
だが1995年、コダックが米通商法301条で富士写真フイルムを提訴。1997年に日本の全面勝訴で決着したが、この「得がたい成功体験」が、同じ1997年にカラーフィルムの国内出荷がピークを打ったという事実から目を逸らさせた。1996年に業界共同でAPS(次世代フィルム規格)を開発したものの、消費者はデジタルカメラへ流れた。皮肉なことに、CCDで画像を記録するデジタルカメラを世界で初めて製品化したのは富士写真フイルムである。しかし高収益のフィルムを前にデジカメは「不採算事業」と見下され、シェアは急速に低下した。2000年をピークに、写真フィルムの世界需要は2006年に半減、2010年には10分の1以下へ落ちる。
2004年1月20日、創立70周年のこの日、古森重隆CEOは中期経営計画「VISION75」を発表した。①写真フィルムに替わる新事業の育成、②連結経営の強化、③写真フィルム関連の構造改革——この3本柱である。2004年10月には約70年続いた4大特約店制度を廃止。2006年1月には写真関連の約1万5,000人のうち約5,000人を削減する、創業以来初のリストラを発表し、総額約1,650億円の一時費用を2年に集中計上した。例年1,500億円前後だった営業利益は半減している。同年10月に持株会社へ移行し、社名から「写真」の2文字が消えた
古森体制の本質は「技術の棚卸し」だった。写真フィルムの材料の半分は肌の主成分と同じコラーゲンである——この気づきから、コラーゲン研究・光解析コントロール・抗酸化・ナノテクノロジーの4基盤を化粧品に転用し、2007年にスキンケアブランド「アスタリフト」を発売した。2004年の経営会議では、TACフィルムの1ライン増設提案に対し古森CEOが「2ラインじゃなくていいのか」と逆提案し、百数十億円の設備を一度に2つ作らせている。液晶とプラズマの勝敗が決する前の増産投資だった。
ヘルスケアへの再配置はM&Aで加速した。2008年3月に富山化学工業を約1,300億円で買収(TOB価格880円、プレミアム39.4%)。取り込んだ抗ウイルス薬T-705は2014年に「アビガン」として承認された。2011年3月には米メルクの受託製造子会社(MSDバイオロジクス/ダイオシンス)を買収してバイオCDMOへ参入。自社で新薬を開発せず受託に徹し、製薬企業と競合しない「黒子」型のビジネスモデルを選んだ。2012年に米SonoSite(携帯型超音波)、2019年に米バイオジェンのデンマーク製造子会社(約8億9,000万ドル)、2021年に日立製作所の画像診断事業(約1,790億円)を取得している。
創業以来の縁との訣別もあった。2018年1月、米ゼロックス株50.1%を取得して富士ゼロックスと経営統合する構想を公表したが、カール・アイカーンらの反対で2018年4月に差し止め、5月に契約破棄。結局2019年11月に23億ドルで富士ゼロックス株25%を買い取り完全子会社化し、販売地域の縛りから解放された。そして2021年4月、富士ゼロックスは「富士フイルムビジネスイノベーション」へ改称し、60年近い米ゼロックスとの提携が終わった。同年6月、20年以上トップを務めた古森重隆が退き、後藤禎一が社長兼CEOに就任する。祖業(写真フィルム)も創業以来の縁(ゼロックス)も外した会社を、後藤体制が引き継いだ。

出典:The社史「富士フイルムの歴史」(the-shashi.com/tse/4901)、富士フイルムHD 有価証券報告書 第125期【沿革】、私の履歴書 小林節太郎(日本経済新聞社, 1977)、週刊東洋経済 各号、日経ビジネス 各号。

04 / MISSION, VISION, VALUE

ミッション・ビジョン・バリュー

同社は創立90周年(2024年)を機に、グループパーパス「地球上の笑顔の回数を増やしていく。(Transforming the world, one smile at a time.)」を制定した。抽象的に聞こえるが、決算短信の「経営方針」で毎期繰り返されており、単なるスローガンではない扱いを受けている。
計画の階層は2つ。上位が2017年8月策定の長期CSR計画「Sustainable Value Plan 2030(SVP2030)」、その具体的アクションプランとして2024年4月に発表した中期経営計画「VISION2030」がある。VISION2030が掲げる2030年度の姿は、売上高4兆円・営業利益率15%以上、そして「世界TOP Tierの事業の集合体」。2026年3月期実績(売上3兆3,570億円・営業利益率10.4%)から見ると、売上は+19%で届く距離だが、営業利益率+4.6ptはかなり高いハードルである。
経営方針で最も踏み込んでいる表現は「稼げる会社に進化させる」という一文だ。決算短信にはこうある——「競争優位性を長期にわたって維持できる力強いビジネスにフォーカスすることで『稼げる力』を向上させ、経済的価値と社会的価値の両方を追求」。売上4兆円という会社が、あえて「稼げる会社になる」と書いている——これは自社のROIC5.5%という現実を経営陣が正確に認識していることの表れでもある。
実績面では、VISION2030の2年目にあたる2025年度(2026年3月期)に売上高は4期連続、営業利益は5期連続、当社株主帰属当期純利益は6期連続で過去最高を更新した。ヘルスケア部門の売上1兆円という目標は2年前倒しで達成している。数字の積み上げという意味では、計画は着実に進んでいる。
株主還元の方針はシンプルで、配当性向30%を目安とし、キャッシュフローと株価推移に応じて自己株式取得を機動的に実施する。2026年3月には上限300億円の自己株式取得を決議し、2026年4月末に取得完了、消却も実施した。2027年3月期の配当は年75円(中間37.5円・期末37.5円)を予定し、配当性向32.0%の見通し。味の素のような累進配当の宣言はなく、あくまで業績連動である。

出典:富士フイルムHD 2026年3月期決算短信「3. 経営方針」(2026年5月12日)、中期経営計画「VISION2030」(2024年4月発表)、経済産業省 第7回価値創造経営小委員会 説明資料(2025年12月8日)。

05 / LEADERSHIP

現経営者の特徴・過去の実績(レジリエンスの観点)

代表取締役社長・CEOは後藤禎一氏。1959年生まれ(67歳)、富山県出身。1983年に関西学院大学社会学部を卒業して富士写真フイルムへ入社した。技術系でも財務系でもなく、社会学部卒の営業・事業畑である。シンガポール・中国に赴任し、主にヘルスケア事業を担当。2018年に取締役、2020年に専務執行役員メディカルシステム事業部長兼ヘルスケア事業推進室長を経て、2021年6月に社長兼CEOに就任した。在任は5年強。
後藤体制を評価するうえで決定的なのは、「20年以上君臨した古森重隆の後任」という立ち位置である。古森氏は写真フィルム消滅という本業喪失を「第二の創業」と定義し、富山化学・メルク系CDMO・日立の画像診断事業を連続買収して医薬・CDMO・医療機器を一社に揃えた、日本の経営史に残る経営者だ。その後任に求められたのは、新しい賭けではなく「買った資産を稼がせること」だった。
5年間の数字は明快である。2021年3月期の売上2兆1,925億円・営業利益1,655億円から、2026年3月期の売上3兆3,570億円・営業利益3,502億円へ——売上+53%、営業利益+112%。営業利益率は7.5%→10.4%へ2.9pt改善した。就任と同じ2021年4月には富士ゼロックスを富士フイルムビジネスイノベーションへ改称し、60年近い米ゼロックスとの複写機提携を解消している。実績だけを見れば、後藤体制は成功している。
問題はその先だ。同氏はバイオCDMOへの巨額投資を継続・加速する判断を下している。2024年7月には細胞培養槽を2030年度に約5倍の75万リットル強へ拡張する計画を公表し、バイオCDMOの売上を2023年度の2,034億円から2030年度に7,000億円(3.4倍)へ伸ばす目標を掲げた。米ノースカロライナ拠点では2万リットル動物細胞培養タンク8基を稼働させ、Johnson & JohnsonグループのJanssen Supply GroupおよびRegeneron Pharmaceuticalsと長期製造契約を締結。第二次投資の稼働時期前倒しも進めている。
その結果が財務に出ている。設備投資は年5,820億円(2026年3月期)で、営業CF 4,106億円を上回る。フリーCFは4期連続でマイナス。有形固定資産は1年で2兆3,083億円へ+29%増え、そのうち建設仮勘定が9,797億円——総資産の16%が「まだ1円も稼いでいない資産」である。2027年3月期1Qではヘルスケア部門が127億円の営業損失を計上した。バイオCDMOの固定費増加が主因だ。
レジリエンスの観点で見ると、この会社は日本企業のなかで最も「本業喪失に強い」実績を持つ。1936年の量産失敗と累積赤字、1962年の輸入自由化、2000年代の写真フィルム消滅、2018年の米ゼロックス統合破談——いずれも乗り越えている。だが同時に、危機の直前まで動けなかった記録も同じだけある。1997年のWTO勝訴に酔って市場消滅の兆候を見誤り、世界初のデジカメを不採算事業として放置し、特約店制度の廃止はコニカに7年遅れた。
投資家として押さえるべきは、後藤氏の判断はまだ「賭けの途中」だという一点である。古森氏の買収は10年以上かけて収益化した。バイオCDMOも同じ時間軸で見るべきで、2030年度7,000億円という目標が実現するかどうかは、2027〜2029年の稼働率で判定できる。それまでは「増収増益なのにROICが上がらない」という状態が続く。

出典:The社史「後藤禎一」(the-shashi.com)、富士フイルムHD 各期決算短信、週刊東洋経済 2021年10月23日号・2024年10月5日号・2025年9月6日号、薬事日報(2024年7月22日)。

06 / LATEST EARNINGS

直近決算の予想・ガイダンスに対する結果

2027年3月期 第1四半期(2026年4-6月)実績と通期予想の修正(単位:億円)

項目26年4-6月25年4-6月増減率前回予想(5/12)修正予想(8/6)修正1Q進捗率
売上高8,2657,495+10.3%34,70035,600+90023%
営業利益512753▲32.0%3,6503,650据置14%
税金等調整前四半期純利益521720▲27.6%3,7503,750据置14%
当社株主帰属 四半期純利益374538▲30.4%2,8002,800据置13%
為替(円/米$)159円145円+14円150円156円+6円

この四半期は「増収なのに営業利益3割減」という、市場が最も嫌う組み合わせだった。実際、発表当日に株価は急落している。売上は+900億円の上方修正を受けたが、その主因は為替前提を150円→156円に変えたことと、エレクトロニクスの販売好調。一方で営業利益・純利益は据え置きで、会社は「エレクトロニクスの販売増とビジネスイノベーションの非中核資産売却益の増加を見込む一方、バイオCDMOの収益立ち上げ遅れや半導体メモリー価格高騰影響等を織り込んだ」と説明している。「バイオCDMOの収益立ち上げ遅れ」——この一言が本決算の核心である。出典:富士フイルムHD 2027年3月期第1四半期決算短信(2026年8月6日)。

2027年3月期1Q セグメント別(単位:億円)

セグメント売上高YoY営業利益前年同期増減内容
ヘルスケア2,568+12.4%▲12743▲170内視鏡・医療ITは好調。バイオCDMOの固定費増が直撃
エレクトロニクス1,277+25.0%311225+86(+38.2%)AI半導体向けCMPスラリー・NTI現像液・先端レジスト
ビジネスイノベーション2,732▲0.1%▲14156▲170体質強化のための一時費用が発生
イメージング1,688+16.2%434418+16(+3.9%)instax・デジカメが好調。利益率25.7%
全社費用等▲92▲88▲4
連結8,265+10.3%512753▲241

減益額241億円の内訳は明快で、ヘルスケア▲170億円とビジネスイノベーション▲170億円がほぼすべてである。エレクトロニクス+86億円とイメージング+16億円が一部を打ち消した形。注目すべきは、ヘルスケアは売上+12.4%と伸びているのに営業損失に転落している点だ。売上が増えても、それ以上に減価償却と固定費が増えている——これは典型的な「先行投資フェーズの損益」である。ビジネスイノベーションの一時費用は構造改革によるもので、こちらは一過性の可能性が高い。出典:富士フイルムHD 2027年3月期第1四半期決算短信(セグメント情報)。

07 / REVENUE & PROFIT

売上高・税引前利益の推移(直近10年間)

売上高(白)・税引前当期純利益(グレー)の推移(2017年3月期〜2027年3月期予想、単位:億円/2軸)

17/3 18/3 19/3 20/3 21/3 22/3 23/3 24/3 25/3 26/3 27/3予
決算期売上高YoY営業利益営業利益率税引前利益純利益純利益率局面
2017年3月期23,222▲5.6%1,7227.4%1,9481,3155.7%円高で減収
2018年3月期24,334+4.8%1,3075.4%1,9781,4075.8%富士ゼロックスの構造改革費用
2019年3月期24,315▲0.1%2,0988.6%2,1281,3815.7%不正会計問題の後処理
2020年3月期23,151▲4.8%1,8668.1%1,7311,2505.4%10年で最も薄い税引前利益
2021年3月期21,925▲5.3%1,6557.5%2,3591,8128.3%コロナで減収も利益率が跳ねる
2022年3月期25,258+15.2%2,2979.1%2,6042,1128.4%後藤体制1年目
2023年3月期28,590+13.2%2,7319.6%2,8222,1947.7%円安追い風
2024年3月期29,609+3.6%2,7689.4%3,1732,4358.2%
2025年3月期31,958+7.9%3,30210.3%3,4062,6108.2%ヘルスケア1兆円を2年前倒し達成
2026年3月期33,570+5.0%3,50210.4%3,6662,7678.2%売上4期・営業利益5期・純利益6期連続で最高益
2027年3月期(予)35,600+6.0%3,65010.3%3,7502,8007.9%8/6に売上のみ上方修正
2031年3月期 会社目標40,0006,000以上15%以上VISION2030

単位:億円。10年で売上+45%、営業利益+103%、営業利益率+3.0pt。文句のつけようがない改善である。とりわけ2021年3月期以降の5年は売上+53%・営業利益+112%と加速している。それでも株価がPBR1.0倍にとどまっているのは、この表に写らない情報——投下資本の膨張——が理由だ(09・10章参照)。営業利益は当サイトが「売上総利益−販管費」から算出した値で、2026年3月期のみ決算短信の実績値を使用。2031年3月期のVISION2030目標(売上4兆円・営業利益率15%以上)に対し、現状は売上で89%まで来ているが、利益率は10.4%と4.6pt足りない。この4.6ptを埋める役割を担っているのが、まさにいま赤字を出しているバイオCDMOである。出典:The社史 長期業績データ(the-shashi.com/有価証券報告書XBRL)、富士フイルムHD 2026年3月期決算短信・2027年3月期1Q決算短信。

営業利益率の推移(%、2017年3月期〜2026年3月期)

7.4 17/3 5.4 18/3 8.6 19/3 8.1 20/3 7.5 21/3 9.1 22/3 9.6 23/3 9.4 24/3 10.3 25/3 10.4 26/3

2018年3月期の5.4%は富士ゼロックスの構造改革費用による一時的な落ち込み。そこから8年かけて10.4%まで、ほぼ一直線に改善している。日本の大手電機・化学メーカーで、これだけ安定的に利益率を積み上げている企業は多くない。ただしVISION2030が掲げる15%への道は、既存事業の改善だけでは届かない。利益率22.1%のエレクトロニクスと25.5%のイメージングを伸ばしつつ、5.8%のヘルスケアと5.4%のビジネスイノベーションをどう引き上げるか——構造の問題である。

08 / VALUATION

PERの推移

バリュエーション指標

時点株価(概算)EPSPERBPSPBR年間配当配当利回り
2025年3月期末約2,845円216.67円約13.1倍2,779.50円約1.02倍65円約2.3%
2026年3月期末約2,993円229.65円約13.0倍3,185.79円約0.94倍70円約2.3%
現在(2026/8/20)3,220円229.65円(実績)約14.0倍3,185.79円約1.01倍75円(予)約2.3%
2027年3月期(会社予想ベース)3,220円234.19円約13.8倍75円約2.3%

期末株価は、決算短信の「時価ベースの株主資本比率」(2025年3月期65.3%、2026年3月期59.1%)と総資産から逆算した概算値。読み取るべきは一点、「6期連続で最高益を更新している会社が、PBR約1.0倍・PER14倍で放置されている」ということである。比較すると、同じくAI半導体材料で伸びている味の素はPER約38.8倍・PBR約6.7倍、東京エレクトロンやイビデンはさらに高い。市場は富士フイルムを「半導体材料株」としても「バイオ株」としても評価していない。理由は明確で、①4つの事業がまったく異なる産業に属するためコングロマリット・ディスカウントがかかる、②ROIC5.5%が資本コストにほぼ届いていない、③バイオCDMOの投資回収が見えない、の3点である。逆に言えば、PBR1.0倍は「巨額の建設仮勘定を、市場がゼロ評価している」水準でもある。なお2017〜2024年3月期のPER系列は有価証券報告書の再確認が必要なため、次回更新時に追加予定。出典:富士フイルムHD 2026年3月期決算短信(1株当たり情報・キャッシュフロー関連指標)、Yahoo!ファイナンス。

09 / CAPITAL RETURNS

ROIC・WACC・ROEの推移

ROE(株主資本当社株主帰属当期純利益率、%)の推移(2017年3月期〜2026年3月期)

6.4 17/3 6.8 18/3 6.8 19/3 6.4 20/3 8.2 21/3 8.4 22/3 7.9 23/3 7.7 24/3 7.8 25/3 7.2 26/3

10年間で6.4%→7.2%。純利益は1,315億円から2,767億円へ2.1倍になったのに、ROEはほとんど上がっていない。理由は分母だ——株主資本は同期間に約2兆円から3兆8,396億円へ、ほぼ2倍に膨らんでいる。増益分がそのまま内部留保として積み上がり、資本効率は改善しなかった。実は同社は1981年にROE19.1%を記録した後、1996年3月期に5.8%まで低下した歴史を持つ。「稼いだ利益を効率的に再投資できていない」という指摘は、30年前と同じ構造である。2026年3月期のROEは当サイト採用系列で7.2%、会社開示(決算短信)では7.7%(2025年3月期8.0%)。算定方法の差による。出典:The社史 業績データ、富士フイルムHD 2026年3月期決算短信、週刊東洋経済 1997年3月29日号。

ROIC vs WACC(%)

決算期営業利益NOPAT概算投下資本概算ROICWACC概算スプレッド
2025年3月期3,3022,54940,3446.3%約5.8%+0.5pt
2026年3月期3,5022,63047,3455.5%約5.8%▲0.3pt
2027年3月期(会社予想)3,6505.6%約5.8%▲0.2pt

単位:億円。ROICは会社自身が決算短信で開示している数少ない日本企業の一つで、2026年3月期5.5%、2027年3月期予想5.6%である。当サイトの独立計算(NOPAT=営業利益×(1−実効税率24.9%)、投下資本=株主資本38,396億円+有利子負債8,949億円=47,345億円)でも5.55%となり、会社開示値と一致した。WACCは無リスク金利1.8%、株式リスクプレミアム5.5%、β0.95、負債コスト税引後0.7%、時価ベースE/V約81%という前提での当サイト概算値であり、会社公表値ではない。

結論は厳しい。ROIC5.5%は推定WACC約5.8%をわずかに下回っており、全社ベースでは価値を創出できていない可能性が高い。しかも1年で6.3%→5.5%へ0.8pt悪化している。これは業績が悪化したからではなく、投下資本が1年で7,000億円(+17%)増えたからである。PBR約1.0倍という株価は、この数字と極めて整合的だ——市場は「投じた資本と同額の価値しか生んでいない」と評価している。

ただし裏側の読み方もできる。増えた投下資本の大半はまだ稼働していない建設仮勘定9,797億円である。仮にこの資産が計画どおり収益を生み始めれば、分子(NOPAT)だけが増えてROICは跳ね上がる。いまのROIC5.5%は「分母が先に来ている状態」であり、投資の成否を判定するには早すぎる。出典:富士フイルムHD 2026年3月期決算短信・2027年3月期1Q決算短信(ROIC・貸借対照表・損益計算書)をもとに当サイト試算。

10 / CASH FLOW

営業・投資・財務・フリーキャッシュフローの推移(直近10年間)

営業CF(緑)・投資CF(赤)・財務CF(グレー)・フリーCF=営業+投資(青)/単位:億円

17/3 18/3 19/3 20/3 21/3 22/3 23/3 24/3 25/3 26/3
決算期営業CF投資CFフリーCF財務CF現預金残高自己資本比率コメント
2017年3月期2,886▲1,164+1,722+1,1138,76057.8%手元現金がピーク
2018年3月期2,612▲1,118+1,494▲2,5907,68359.5%
2019年3月期2,493▲2,086+407▲1,5356,54859.7%投資拡大が始まる
2020年3月期2,557▲2,448+109▲2,5093,96158.8%
2021年3月期4,209▲2,794+1,415▲1,6313,94862.1%営業CFが過去最高
2022年3月期3,239▲1,535+1,704▲1,0524,86363.3%
2023年3月期2,105▲3,232▲1,127▲1,2372,68666.8%フリーCFがマイナス転落
2024年3月期4,079▲5,274▲1,195▲51,79766.3%バイオCDMO投資が本格化
2025年3月期4,282▲5,420▲1,138+1,0891,72163.8%借入で不足を補填
2026年3月期4,106▲5,546▲1,440+1,2021,70663.4%4期連続でフリーCF赤字

単位:億円。フリーCFは「営業CF+投資CF」(決算短信の定義と同じ)。この表がこのページで最も重要である。2023年3月期を境に、フリーCFは4期連続でマイナス。営業CFは4,000億円超を安定して稼いでいるが、投資CFが5,000億円超に膨らんで飲み込んでいる。結果として現預金残高は2017年3月期の8,760億円から1,706億円へ、5分の1に減った。不足分は借入で埋めており、有利子負債は8,949億円(2026年3月期末)。それでも自己資本比率63.4%は極めて健全な水準である。

ここは評価が割れるところだ。悲観的に読めば「稼いだ以上に投資し続け、手元現金を使い果たしている」楽観的に読めば「営業CF4,000億円と自己資本比率63%という余力を使って、意図的に成長投資へ振り切っている」。決め手は、投資の中身が回収可能かどうか——2026年3月期の設備投資5,820億円のうち4,447億円(76%)がヘルスケア、つまりバイオCDMOである。J&JやRegeneronとの長期製造契約が既にあることは前向きな材料だが、稼働率が計画に届かなければ、この1兆円近い資産は減損候補になる。出典:The社史 業績データ、富士フイルムHD 2026年3月期決算短信・2027年3月期1Q決算短信。

11 / INVESTMENT & M&A

直近の投資・M&A状況

富士フイルムのM&A史は、「写真フィルムの技術を、別の産業の器に移し替える」という一貫した論理で読める。買収先はいずれも自前では時間がかかりすぎる領域だった。

主要な投資・M&A案件

時期案件金額意味
2008年3月富山化学工業をTOBで子会社化約1,300億円医薬へ本格参入。抗ウイルス薬「アビガン」を獲得
2011年3月米メルクの受託製造子会社(MSD Biologics/Diosynth RTP)非開示バイオCDMO参入。現在の成長軸の起点
2012年3月米SonoSite(携帯型超音波診断装置)非開示医療機器のポートフォリオ拡充
2019年米バイオジェンのデンマーク製造子会社約8億9,000万ドル培養能力を4工場15万Lへ約3倍化
2019年11月富士ゼロックス株25%を取得し完全子会社化23億ドルゼロックスの販売地域制限から解放
2021年3月日立製作所の画像診断関連事業約1,790億円CT・MRIが製品群に加わる
2025年度米ノースカロライナ バイオCDMO新工場開設2万L動物細胞培養タンク8基が稼働開始
2026年2月英国拠点に抗体医薬品原薬製造棟・プロセス開発ラボ開設
2026年2月Rapidusへ出資50億円最先端ロジック半導体の国内量産に参画
2026年3月トルコETG Global Information Technology Services非開示基幹システム導入支援のグローバル展開
2026年3月自己株式取得(上限300億円)決議、4月完了・消却300億円機動的な株主還元

出典:The社史「富士フイルムの歴史」、富士フイルムHD 有価証券報告書 第125期【沿革】、2026年3月期決算短信、M&A Online、薬事日報。

現在進行中の投資規模を数字で押さえておきたい。2026年3月期の設備投資は5,820億円で、うちヘルスケアが4,447億円(76%)。減価償却費は1,724億円だから、投資は償却の3.4倍である。この差額こそが建設仮勘定9,797億円の正体だ。2027年3月期1Qだけでも設備投資1,112億円(うちヘルスケア829億円)を投じている。
目標は明示されている。バイオCDMOの細胞培養槽を2030年度に約5倍の75万リットル強へ拡張し、売上を2023年度の2,034億円から2030年度に7,000億円へ。年率19%成長の計画である。既にJohnson & JohnsonグループのJanssen Supply Group、Regeneron Pharmaceuticalsと長期製造契約を締結しており、「作ってから客を探す」タイプの投資ではない点は評価できる。加えて2025年には富山に国内最大級のバイオ医薬品CDMO工場を竣工し、2027年度からの稼働を予定(平時は抗体医薬品・ADC、パンデミック時はmRNAワクチンを製造するデュアルユース体制)。
半導体側の投資は規模こそ小さいが(エレクトロニクス385億円)、質が高い。2026年2月にRapidusへ50億円出資し、最先端半導体の国内量産に材料供給者として食い込んだ。インドでも製造拠点用の土地を取得済み。投資効率で見れば、ヘルスケアの4,447億円より、エレクトロニクスの385億円のほうが遥かに高いリターンを生んでいる。
12 / SEGMENT GROWTH

主要事業ごとの成長性

セグメント別 成長率(2026年3月期 → 2027年3月期1Q)

セグメント26/3期 売上YoY26/3期 利益率27/3期1Q 売上YoY27/3期1Q 利益YoY成長ドライバーと持続性
エレクトロニクス4,562+11.9%22.1%+25.0%+38.2%最も確度が高い。AI半導体の微細化・多層化に比例して伸びる構造
イメージング6,271+15.7%25.5%+16.2%+3.9%instax累計1億台超。ブランド力に依存し、代替不能ではない
ヘルスケア10,989+4.9%5.8%+12.4%営業損失▲127億円医療機器は堅調。バイオCDMOは投資回収前で足を引っ張る
ビジネスイノベーション11,748▲2.0%5.4%▲0.1%営業損失▲14億円構造的な縮小トレンド。オフィス印刷需要は漸減

単位:億円。4つの事業が置かれている局面がまったく違う。エレクトロニクスは加速中、イメージングは高収益で安定、ヘルスケアは先行投資フェーズ、ビジネスイノベーションは縮小フェーズ。売上構成比で最大(35.0%)のビジネスイノベーションが減収というのが、この会社の成長率が二桁に届かない理由である。逆に言えば、この事業が縮んでもグループ全体が+5%成長できているのは、残り3つが伸びているからだ。出典:富士フイルムHD 2026年3月期決算短信・2027年3月期1Q決算短信。

エレクトロニクスの中身を具体的に見ておきたい。銅配線用CMPスラリー(世界トップシェア)、NTI現像液(世界トップシェア)、先端レジスト——微細化と配線層の積層数増加に比例して販売量が伸びる構造である。後工程ではAI半導体向け先端パッケージングのチップ間接続に使う層間絶縁膜用の液型ポリイミドが伸長。2026年4月にはネガ型液浸ArF領域で世界初となるフッ素フリーレジストの開発を発表し、PFAS規制対応でも先行している。AF材料事業ではデータセンター向けデータテープが伸びている。半導体の「ほとんどの製造プロセスに材料を供給している」ワンストップ体制が同社の強みだ。
イメージングは、フィルムカメラという「消えたはずの市場」を再構築した稀有な事例である。instaxは累計販売1億台を突破し、フィルムの生産設備増強を2025年12月に発表。プリント消費が続くリカーリング構造で、利益率25.5%を実現している。デジタルカメラもX100VI、GFX100RF、X halfといった「スマホでは代替できないコンセプト」で支持を得ており、2025年10月には初の映像制作用カメラGFX ETERNA 55で映像市場へ参入した。ただしこれはブランドと流行に依存する事業であり、代替不能な技術障壁があるわけではない。
13 / COMPETITIVE POSITION

競争優位性や業界内でのポジション

富士フイルムの競争優位を一言で言えば「写真フィルムという、化学・精密塗布・光学の複合技術を100年磨いた結果、まったく別の産業でトップシェアを取れた」ということに尽きる。乳剤の化学的制御と、ミクロン単位で多層を均一に塗る精密塗布技術——これが半導体フォトレジストにも、液晶用光学フィルムにも、バイオ医薬品の製造管理にも通じた。

事業別の競争ポジション

領域ポジション参入障壁主な競合
銅配線用CMPスラリー世界トップシェア高(顧客プロセスとの作り込み・再認定コスト)CMC Materials、Versum等
NTI現像液世界トップシェア
先端レジスト(EUV/ArF)有力プレーヤー非常に高JSR、東京応化工業、信越化学
ディスプレイ用TACフィルム強いマーケットポジション高(大型塗布設備)コニカミノルタ等
データテープ(LTO)実質2社体制非常に高ソニー
instax(インスタントフォト)実質独占(累計1億台超)中(ブランドと生産設備)ポラロイド等(規模で大差)
バイオCDMO(抗体医薬)上位グループ非常に高(GMP・実績・設備)Lonza、Samsung Biologics、Catalent、WuXi
内視鏡3番手グループオリンパス(圧倒的1位)、HOYA
デジタル複合機(A3カラー)トップレベルリコー、キヤノン、コニカミノルタ

この表の重要な含意は、「トップシェアを取っている領域と、資本を投じている領域が一致していない」ことである。世界トップシェアのCMPスラリー・NTI現像液を含むエレクトロニクスへの設備投資は385億円。一方、Lonza・Samsung Biologicsという強豪がひしめくバイオCDMOには4,447億円を投じている。これは「勝っている場所に賭ける」のではなく「大きくなる場所に賭ける」という判断であり、リスクの質が異なる。ポジションおよび競合の記載は決算短信の記述と業界の一般的認識に基づく整理であり、シェアの具体数値は同社が「世界トップシェア」と明示している製品のみを記載した。出典:富士フイルムHD 2026年3月期決算短信・2027年3月期1Q決算短信。

バイオCDMOにおける同社の差別化は「自社で新薬を開発しない」という一点にある。製薬企業と競合しない「黒子」に徹することで、機密性の高い製造を任せてもらえる立場を確保した。これは古森体制が2011年の参入時に意図的に選んだ設計である。Samsung Biologicsも同じ戦略を採っており、この分野では「創薬をやらないこと」自体が競争優位になる。
もう一つ見落とされがちな強みが「地産・地消・地援」という半導体材料の供給体制だ。日・米・欧・アジアの各拠点に投資し、顧客の近くで課題解決できる体制を敷いている。地政学リスクでサプライチェーンが分断される局面では、この分散が効く。インドでも製造拠点用の土地を取得済みである。
逆に、明確な弱点も指摘しておきたい。①内視鏡ではオリンパスに大きく水をあけられており、ヘルスケアの中核であるメディカルシステム事業は「2番手・3番手の集合体」である。②ビジネスイノベーションはオフィス印刷の構造的縮小に晒され、参入障壁も高くない。③4事業のシナジーは技術レベルでは説明できても、事業レベルでは薄い——複合機を売る営業と、抗体医薬を受託する営業は別世界である。コングロマリット・ディスカウントが解消しにくい構造的理由がここにある。
14 / SCP ANALYSIS

SCP理論からの分析(市場動向・規制リスク・業界トレンド)

Structure(市場構造)

同社は4つの異なる市場構造に同時に属している

①半導体材料:少数の材料メーカーによる寡占。顧客(ファウンドリ・メモリメーカー)も少数で、双方の交渉力が拮抗する。ただし材料は顧客プロセスに深く作り込まれており、切り替えコストが高い。AI半導体需要で市場自体が拡大中。

②バイオCDMO:Lonza、Samsung Biologics、Catalent、WuXi Biologics等による設備規模の競争。抗体医薬の需要拡大に対し各社が同時に増設しており、供給過剰リスクが構造的に存在する。米中対立でWuXiが排除されれば西側企業に追い風。

③医療機器:内視鏡はオリンパスの寡占、CT/MRIはGE・シーメンス・フィリップスの寡占。同社は挑戦者ポジション。

④オフィス複合機:成熟・縮小市場での寡占。プリントボリュームの漸減が構造要因で、価格競争が続く。

⑤インスタントフォト:instaxの実質独占。市場そのものを同社が創った。

Conduct(企業行動)

資本配分:営業CFを超える設備投資を4期連続で実行。ヘルスケアへ76%を集中投下。「勝っている事業から、大きくなる事業へ資本を移す」という明確な意思がある。

ポートフォリオ管理:ビジネスイノベーションでは非中核資産の売却と構造改革を進行中(2027年3月期1Qで一時費用計上)。VISION2030では「世界TOP Tierの事業の集合体」を掲げており、TOP Tierになれない事業は整理対象になりうる。

株主還元:配当性向30%目安+機動的な自己株式取得。2026年3月に300億円の取得を決議し4月に完了・消却。累進配当の宣言はなく、業績連動。

規制対応:PFAS(有機フッ素化合物)規制が半導体材料の重大テーマ。同社は感光性絶縁膜材料「ZEMATES」の全材料でPFASフリーを実現し、2026年4月にはネガ型液浸ArF領域で世界初のフッ素フリーレジスト開発を発表。規制を競争優位に転換している数少ない例である。医薬品側ではGMP(製造管理基準)が実質的な参入障壁として機能する。

Performance(業界トレンド・帰結)

複数市場に同居していることの帰結が、「4事業の平均値としてのPBR1.0倍」である。

もし4つの事業が別会社として上場していたら、評価はまったく違ったはずだ。エレクトロニクス(売上4,562億円・利益率22.1%・AI半導体材料でトップシェア)は単独ならPER30倍以上で評価されうる。イメージング(利益率25.5%・実質独占のinstax)も高い倍率がつく。一方、縮小市場のビジネスイノベーションと、まだ赤字のバイオCDMOを抱えるヘルスケアは低い倍率になる。市場は結局、全体を「低成長のコングロマリット」として一括評価している。

業界トレンドとしては、①AI半導体需要による材料市場の拡大、②抗体医薬・ADCの需要拡大とCDMO市場の成長、③米中対立によるサプライチェーン再編(西側CDMOに追い風)、④オフィス印刷の構造的縮小、⑤PFAS規制の強化——の5つが同時に進んでいる。このうち①②③は追い風、④は逆風、⑤は同社にとって参入障壁の上昇要因である。

したがって同社の中期の収益性は、「バイオCDMOの稼働率」と「ビジネスイノベーションの縮小ペース」という2変数でほぼ決まる。半導体材料は伸びるが、絶対額(売上4,562億円)では全社3兆3,570億円を動かすには小さすぎる。

出典:富士フイルムHD 2026年3月期決算短信「3. 経営方針」、2027年3月期第1四半期決算短信。市場構造・競合に関する記載は同社開示と業界の一般的認識をもとにした当サイトの整理であり、シェア等の具体数値を伴わない部分は推定を含みます。

15 / INVESTMENT THESIS

これらの分析結果をもとにした現在の投資妙味

結論から言えば、この銘柄は「バリュー株として買い、成長株として持つ」タイプである。PBR約1.0倍・PER14倍という株価は、いま進行中の1兆円規模の先行投資をほぼゼロ評価している。その評価が正しいかどうかが、すべての論点になる。
強気に立つ理由は3つ。

①実績が疑いようがない。売上4期連続・営業利益5期連続・純利益6期連続で過去最高を更新。営業利益率は10年で7.4%→10.4%へ改善。「業績が悪いから安い」のではなく、「業績が良いのに安い」状態である。PBR約1.0倍は、純資産3兆8,396億円に対して時価総額3.85兆円——つまり市場は同社の事業価値を簿価とほぼ同額としか見ていない。

②建設仮勘定9,797億円が無視されている。これは総資産の16%にあたり、現時点では1円も稼いでいない。ROIC5.5%という数字は、この分母を含んだ結果である。この資産が稼働し始めれば、分子だけが増える。バイオCDMOは2030年度に売上7,000億円(2023年度2,034億円の3.4倍)を目標とし、既にJ&J・Regeneronとの長期契約がある。

③エレクトロニクスの価値が全く反映されていない。売上4,562億円・営業利益率22.1%・CMPスラリーとNTI現像液で世界トップシェア。同じAI半導体材料でも、味の素はPER38.8倍、イビデンはPER70倍超で評価されている。富士フイルムのこの事業は、全社の低評価に埋もれている。
慎重に見る理由も3つある。

①ROICが資本コストを下回っている。5.5%(会社開示)に対し推定WACC約5.8%。しかも1年で0.8pt悪化した。PBR1.0倍は「妥当」であって「不当に安い」わけではない可能性が高い。資本効率が改善しない限り、株価が動く理由がない。

②フリーCFが4期連続でマイナス、現預金は5分の1に減った。2017年3月期の8,760億円から1,706億円へ。不足は借入で埋めている。自己資本比率63.4%は健全だが、この投資ペースがあと3年続けば、財務の余裕は確実に細る。

③バイオCDMOは競争が厳しい。Lonza、Samsung Biologicsという強豪がひしめき、各社が同時に設備を増やしている。抗体医薬の需要が計画どおり伸びなければ、業界全体で供給過剰になる。その場合、9,797億円の建設仮勘定は減損候補になる。実際、2027年3月期1Qでヘルスケアは営業損失127億円、会社自身が「バイオCDMOの収益立ち上げ遅れ」と認めている。
投資家としての実務的な見立て。この銘柄でありがちな失敗は「PBR1倍だから割安」という理由だけで買い、ROICが上がらないまま2〜3年握り続けることだ。PBR1.0倍は理由があって1.0倍である。逆に、最も筋が通る保有理由は「バイオCDMOの稼働率が上がり始めた瞬間、ROICと株価が同時に動く」というタイミングを取りにいく発想である。配当利回り2.3%が待ち時間のコストをある程度カバーしてくれる点も、この戦略と相性が良い。

したがって決算で最も見るべきは売上でも営業利益でもなく、①ヘルスケア部門の営業利益が黒字転換する四半期はいつか、②建設仮勘定が減って有形固定資産(稼働資産)へ振り替わり始めるか、③ROICが5.5%から反転するか——この3点である。

※本セクションは公開情報にもとづく当サイトの見解であり、特定銘柄の売買を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任でお願いします。株価・バリュエーションは日々変動します。

16 / WATCH POINTS & RISKS

今後の注目ポイントやリスク要因

注目ポイント(カタリスト)

①ヘルスケア部門の黒字転換——2027年3月期1Qは営業損失127億円。バイオCDMOの稼働率が上がり、固定費を吸収し始めるタイミングが最大のカタリスト。

②建設仮勘定9,797億円の稼働資産への振替——貸借対照表の「建設仮勘定」が減り「機械装置」が増え始めれば、投資が完了して稼働に入った証拠。ROIC反転の先行指標になる。

③エレクトロニクスの独立開示強化——現状でもセグメント開示はされているが、半導体材料の中身(CMPスラリー・レジスト等)の内訳が見えれば再評価の余地。

④米ノースカロライナ拠点の第二次投資前倒し——受託が順調に進んでいることの裏返し。契約獲得の追加発表が続くか。

⑤ビジネスイノベーションの構造改革完了——2027年3月期1Qの一時費用が一巡すれば、利益率が戻る。

⑥Rapidus関連の材料採用——50億円出資は金額こそ小さいが、次世代プロセス開発への参画権を得た意味は大きい。

⑦追加の自己株式取得——PBR1.0倍水準での買い戻しはEPS押し上げ効果が大きい。

リスク要因

①バイオCDMOの投資回収失敗——最大のリスク。建設仮勘定9,797億円を含む資産が計画どおり稼働しなければ、減損の可能性。競合(Lonza、Samsung Biologics等)の同時増設による供給過剰も懸念材料。会社自身が2027年3月期1Qで「収益立ち上げ遅れ」を認めている。

②フリーCF赤字の長期化——4期連続でマイナス、現預金は1,706億円まで減少。投資ペースが続けば財務の柔軟性が失われる。

③ROICが資本コストを下回り続ける——5.5%対推定WACC5.8%。改善しなければPBR1.0倍からの再評価は起きない。

④ビジネスイノベーションの構造的縮小——売上構成比35.0%の最大事業が減収。オフィス印刷需要の漸減は不可逆であり、縮小ペースが加速すれば全社成長率を押し下げる。

⑤為替の反転——通期前提は156円。1Q実績159円。売上の65.2%が海外で、円高は素直に減収要因。

⑥原材料・エネルギー価格——会社は「原油価格が1バレル100米ドルで推移した場合、四半期あたり30〜40億円の営業利益マイナス」と自ら試算・開示している。半導体メモリー価格の高騰も2027年3月期の減益要因として織り込まれている。

⑦地政学リスク——長期性資産の77.7%が米州・欧州にある。関税政策や規制の変更が直接効く構造。

⑧内視鏡でのオリンパスとの差——ヘルスケアの中核であるメディカルシステム事業が挑戦者ポジションにとどまるリスク。

出典:富士フイルムHD 2026年3月期決算短信「(次期の見通し)」「経営方針」、2027年3月期第1四半期決算短信、The社史、週刊東洋経済 2024年10月5日号・2025年9月6日号、薬事日報(2024年7月22日)。最終更新:2026年8月25日。