4062 東証プライム・名証 電子部品

イビデン

1912年、岐阜の水力発電会社として創業。カーバイド、建材、プリント配線板と本業を4度乗り換え、いまはAIサーバー向けICパッケージ基板で世界シェア7〜8割を握る。株価は1年半で約10倍。だがこの会社は、2009年と2017年に「需要を読み違えた設備投資」で2度沈んでいる。3度目の賭けは年商を超える5,000億円である。

01 / OVERVIEW

スナップショット

時価総額

約6.1兆円

2026/8/17 時点(6兆829億円)

株価(概算)

約21,500円

時価総額÷発行済株式数の逆算

PER(会社予想)

約72倍

上方修正後EPS 299.35円ベース

PBR

約10.9倍

BPS 1,969.85円ベース

売上高

4,162億円

2026年3月期(+12.7%)

営業利益率

14.9%

2026年3月期(営業620億円)

自己資本比率

57.3%

2026年3月期末(前期45.3%)

保有株数

ポートフォリオ未登録

出典:イビデン 2026年3月期決算短信(2026年5月11日)、2027年3月期第1四半期決算短信(2026年8月4日)、IRBANK、The社史。2026年1月1日付で1株→2株の株式分割を実施済み、さらに2026年10月1日付で1株→2株の分割を予定。本ページのEPS・BPS・株価は特記なき限り「1月分割後・10月分割前」ベースで統一しています。株価は日次で大きく変動するため、売買前には必ず証券会社アプリ等で最新値をご確認ください。

02 / SEGMENT

事業ごと・国/エリアごとの売上高比率

事業セグメント別 売上高・営業利益(2026年3月期実績、単位:百万円)

セグメント売上高構成比営業利益利益構成比利益率セグメント資産
電子243,31658.5%45,24873.0%18.6%442,319
セラミック82,55419.8%7,64612.3%9.3%146,778
その他(建材・建設・樹脂等)90,33121.7%約9,100約14.7%約10%
連結合計416,201100%62,027100%14.9%960,425

電子セグメント(ICパッケージ基板・プリント配線板)は売上の58.5%で利益の73.0%を稼ぐ。セグメント資産44.2兆円ならぬ4,423億円は連結総資産9,604億円の46%を占め、資産・売上・利益のすべてでこの一事業が会社の重心である。セラミック事業(DPF・触媒担体保持材・特殊炭素製品・EVバッテリー安全部材)は利益率9.3%で、電子事業の変動を吸収するバラストの役割を担う。「その他」は差額から算出した概算。出典:The社史 セグメントAPI(EDINET XBRL抽出)、イビデン 2026年3月期決算短信。

電子セグメントの利益率推移(2017年3月期〜2026年3月期)

決算期電子 売上電子 営業利益利益率セラミック 売上セラミック 利益局面
2017年3月期99,224▲3,649▲3.7%101,3224,321スマホ投資失敗・巨額減損
2018年3月期115,5738530.7%113,42510,525セラミックが会社を支えた年
2019年3月期115,9822,5332.2%102,4882,966底ばい
2020年3月期132,17014,89211.3%88,427▲981電子が回復、セラミック赤字
2021年3月期166,07027,80916.7%87,3554,631データセンター需要
2022年3月期236,98155,11323.3%90,6788,718Intel向け1,736億円・全社の43%
2023年3月期250,70860,64724.2%89,9306,129ピーク
2024年3月期190,70027,27614.3%96,48113,356PC・汎用サーバー低迷
2025年3月期197,22326,84713.6%84,06812,218底打ち
2026年3月期243,31645,24818.6%82,5547,646生成AI向けが牽引

単位:百万円。この表は「同社が一本足である」ことの証拠である。電子セグメントの利益率は▲3.7%から24.2%まで28pt近く振れており、全社業績はこの一行でほぼ決まる。注目すべきは2024年3月期——電子が半減する一方でセラミックが133億円と過去最高水準になり、赤字転落を防いだ。二本目の柱は「儲ける」ためではなく「落ちない」ために存在している。出典:The社史 セグメントAPI(the-shashi.com)。

地域別 売上高(所在地別、2025年3月期、単位:百万円)

地域売上高構成比2017年3月期比コメント
アジア174,22747.2%+82%マレーシア・フィリピン・台湾・中国。生産と販売の主戦場
日本108,22929.3%+31%大垣・河間・大野。先端品の開発と量産
北米47,56112.9%+85%Intel・NVIDIA・AMDの本社所在地
欧州27,0427.3%▲57%DPF(ディーゼル)縮小の影響が直撃
その他12,3753.4%

地域構成の変化が語るのは「欧州ディーゼルの会社から、北米AI半導体の会社へ」という重心移動である。欧州売上は2017年3月期の624億円から270億円へほぼ半減した——DPF(ディーゼル微粒子フィルター)を主力としてきた欧州事業が、EV化と排ガス規制の潮目の変化で縮小したためだ。逆に北米は+85%。なお2026年3月期の地域別内訳は有価証券報告書ベースの公表待ちのため、次回更新時に反映予定。出典:The社史 地域別売上API(EDINET XBRL抽出)。

03 / HISTORY

創業からの歴史

1912年11月、立川勇次郎らが岐阜県大垣市に「揖斐川電力株式会社」を設立した。揖斐川水系の水力発電が目的である。だが当時の大垣周辺には電力を使う産業がほとんどなく、発電所を建てても電気が売れない。そこで同社は、他地域より安い電力を武器に大日本紡績などの紡績工場を大垣に誘致した。電気を売るのではなく、電気の買い手そのものを呼び込む——この「需要を自分で作る」発想が、以後110年以上にわたる同社の事業転換の原型になる。
1917年に大垣工場でカーバイド製造を開始。自社の安い電力で電気炉を回す垂直統合モデルである。1942年、戦時統制で5つの発電所のうち2つを電力統制会社(現・中部電力)へ譲渡し、創業事業である電気供給業を手放した。残った3発電所(2万4,000KW)の自家発電を軸に、電気化学工業へ転じる。1949年に東京証券取引所へ上場。1度目の本業喪失である。
1960年に建材へ参入しメラミン化粧板の製造を開始。ここで身につけた精密なエッチング加工技術が、1970年のプリント配線板参入を支えた。1976年にはオイルショック後のカーバイド需要減退で緊急合理化対策を発表し、200名規模のリストラを断行。1982年に商号を「イビデン」へ変更。2度目の本業喪失が、電子部材メーカーへの転身を強制した。この「一つの事業で蓄積した技術を、別の産業に投げ直す」連鎖が同社の骨格である。
1987年、プラスチック製パッケージ基板の生産を開始。当時の主流はセラミック製で、これは業界の常識に逆らう賭けだった。実際、1990年代前半は積層加工のコストが下がらずPC向けの量産採用に至らない苦しい時期が続く。1991年に最後の電気炉の火が消えてカーバイド事業から完全撤退。同年社長に就いた遠藤優は「電炉の火が消えたことで社員の心に火がついた」と後に述懐している。
そして1994年、「インテル攻略プロジェクト」。遠藤社長は全社の研究開発予算をほぼ全額パッケージ基板事業に投じ、40代のエース社員50名を選抜して2年での量産化を課した。社長自身が「プロジェクトと心中する」と公言した一点集中である。1995年にインテルが基板をセラミックからプラスチックへ切り替える方針を発表、1996年に数百万個規模の大量受注を獲得した。8年間の逆張りが、顧客側の素材転換という一つの意思決定で報われた瞬間だった。
ここからが本ページで最も重要な部分である。同社はその後2度、需要を読み違えて沈んでいる1度目は2008年。過去最高益のさなか、PC向け半導体需要の拡大を見込んで618億円を全額自己資金でマレーシア新工場に投じた。直後にリーマンショックが発生し、2009年3月期に最終赤字87億円。株価は5,000円台から600円台へ、8〜9分の1まで暴落した。2度目は2017年。スマートフォン需要を見込んで再びマレーシア等へ巨額投資したが、市場の成長鈍化と競争激化で稼働率が低迷し、約600億円の減損を含む事業構造改革費用を計上して最終赤字628億円。電子セグメントは営業赤字36億円に沈んだ。
それでも同社は2018年に投資を再開する。無借金に近い財務体質があったからこそ可能な判断だった。2022年3月期にはインテル向け売上が約1,736億円(全社の43%)に達し、電子セグメント利益率23%を回復。そして2020年代、生成AIサーバー向けICパッケージ基板という新カテゴリーが立ち上がり、インテル向けに積み上げた大判化・高多層化の技術が、そのままAI半導体パッケージへ転用できた。株価は2025年3月末の1,995円から2026年3月末7,372円、2026年7月には約2万円へ——約10倍になった。

出典:The社史「イビデンの歴史」(the-shashi.com/tse/4062)、イビデン有価証券報告書【沿革】、企業の歴史:明治百年(経済春秋社, 1968)、IRBANK 株式指標。

04 / MISSION, VISION, VALUE

ミッション・ビジョン・バリュー

同社の現在の経営計画は、2023年度から始動した5ヵ年の中期経営計画「Moving on to our New Stage 115 Plan」である。「115」は2027年に迎える創業115周年に由来する。掲げているのは「強靭かつしなやかなビジネスモデルの構築」で、5本の活動の柱(強化していく5つの力)と、製造業としての基盤活動を軸に据える。決算短信では毎四半期、この中計の枠組みが冒頭で言及される。
言葉として印象的なのは「強靭(きょうじん)」と「しなやか」を並べている点だ。2度の巨額減損を経験した会社が、成長ではなく「壊れにくさ」を計画の中心語に置いている——これは偶然ではないだろう。実際、統合報告書では前中期計画の成果と並んで「CSP事業撤退」という課題も明示されており、撤退の記録を残す姿勢がある。
ただし、その理念と現在進行中の意思決定の間には明確な緊張がある。2026〜2028年度の3ヵ年で電子事業に総額5,000億円(河間事業場2,200億円・大野事業場2,800億円)の設備投資を発表し、2030年度に売上高1兆円以上・営業利益3,000億円以上という強気の長期見通しを掲げているからだ。2026年3月期の売上4,162億円に対して、年商を上回る額を3年で投じ、5年で売上を2.4倍にする計画である。「しなやか」という言葉と、この投資規模は、素直には両立しない。
その緊張を埋める仕掛けが「顧客前受金モデル」である。NVIDIA、Intel、AMDといった顧客と長期供給契約を結び、投資相当額を前払いで受け取ってから工場を建てる。従来の「自己資金による堅実投資」という枠を超えつつ、需要のコミットメントを先に取る設計だ。2027年3月期1Qの貸借対照表では前受金が809億円→1,545億円へ、四半期で735億円増加している。実際に現金が入ってきていることは数字で確認できる。
資本政策の面では、政策保有株式を2027年度末までに2023年度末時価ベース対比で50%以上縮減する方針が表明されている。また2026年8月4日には配当方針の変更が公表され、期末配当予想が修正された。理念のレベルでは「壊れにくさ」、実行のレベルでは「顧客の金で先端能力を積む」——この二つをどう整合させるかが、同社の経営の現在地である。

出典:イビデン 2027年3月期第1四半期決算短信(2026年8月4日)、統合報告書2025・2024、FY25決算説明会資料、The社史 河島浩二ページ(the-shashi.com)。

05 / LEADERSHIP

現経営者の特徴・過去の実績(レジリエンスの観点)

代表取締役社長は河島浩二氏。1963年生まれ(62歳)、慶應義塾大学理工学部管理工学科卒、1987年イビデン入社の生え抜きである。2010年執行役員、2016年常務執行役員、2020年経営役員、2022年取締役、そして2024年6月に社長就任。在任はまだ約2年である。前任の青木武志氏(2017〜2024年)は、まさに2017年の巨額減損の直後に就任し、投資再開を決断した社長だった。
河島体制の2年間の数字は明快である。就任前の2024年3月期(売上3,705億円・営業利益率12.8%)から、2026年3月期(売上4,162億円・営業利益率14.9%)へ、売上+12%・営業利益率+2.1pt。派手ではないが着実な改善だ。ただし同氏の評価が決まるのは、この2年の実績ではなく、いま進行中の5,000億円投資の帰結である。
同氏の経営判断で決定的なのは「顧客前受金モデル」の基本方針化である。従来のイビデンは「自己資金による堅実投資」を旨としてきた——2008年のマレーシア工場618億円も全額自己資金だった。それが裏目に出たのがリーマンショックである。今回は顧客と長期供給契約を締結し、投資相当額を前払いで受領する方式へ切り替えた。元機関投資家の泉田良輔氏はこれを「顧客が工場を抑えに来たようなもの。AMDやIntel、NVIDIAはイビデンの工場を欲している。ICパッケージがバリューチェーンのボトルネックになると考え、資金を前出ししてでも自社専用ラインを確保したいという強い需要の表れ」と評している。
需要見通しについては、同氏は「少なくとも25年はAI需要は続く」という長期需給タイト前提で投資計画を構築していると報じられている。具体的には、2025年度2Qから大野工場が稼働開始し世界最先端の製造技術で従来工場比の歩留まりを改善、大垣中央Cell5をGPU大手顧客向けへ転用、2028年度末に先端製品対応のキャパシティを2024年度上期末比で3倍弱まで拡大する計画である。
レジリエンスの観点で見ると、この会社は「危機に強い」というより「危機の後に立ち上がる速度が異様に速い」タイプである。1942年の電力事業喪失、1976年のカーバイド不振とリストラ、1991年の電気炉停止、2009年の最終赤字87億円、2017年の最終赤字628億円——4度も5度も本業や主力事業を失いながら、その都度、手持ちの技術を別の産業に投げ直して復活してきた。逆に言えば、「同じ失敗を繰り返している」という読み方も等しく成立する。2008年と2017年の失敗は、どちらも「需要拡大を見込んだ大型設備投資」が原因だった。今回が3度目である。
投資家として留意すべき点は三つ。①社長在任2年で、5,000億円という同社史上最大の投資判断を主導していること。②前受金という新しい資金調達方式は財務リスクを下げるが、工場という固定資産を抱えるリスクは最終的にイビデンが負うこと。③2026年3月期の役員異動で新任取締役1名が加わったのみで、経営陣の大幅な入れ替えは行われていないこと——つまり、2017年の減損を経験した経営陣が意思決定の中枢にいる。これは「学習している」とも「同じ発想から抜けていない」とも読める。

出典:The社史 河島浩二(the-shashi.com)、イビデン 各期決算短信、BigGoファイナンス「イビデン、5000億円投資の光と影」(2026年6月19日)。

06 / LATEST EARNINGS

直近決算の予想・ガイダンスに対する結果

2027年3月期 第1四半期(2026年4〜6月)実績(単位:百万円)

指標前年同期当1Q実績前年同期比
売上高97,464123,219+26.4%
営業利益17,63626,880+52.4%
経常利益17,40727,466+57.8%
親会社株主純利益12,72817,918+40.8%
営業利益率18.1%21.8%+3.7pt
電子セグメント 売上56,28577,522+37.7%
電子セグメント 営業利益14,02821,375+52.4%(利益率27.6%)
セラミック 売上/利益19,600/2,09624,365/3,220+24.3%/+53.6%
前受金(BS残高)154,526前期末80,950から+73,575

2027年3月期 通期予想の上方修正(2026年8月4日、単位:百万円)

指標前期実績5/11時点予想8/4修正後修正幅対前期
売上高416,201500,000550,000+10.0%+32.1%
営業利益62,02790,000127,000+41.1%+104.7%
経常利益60,82290,000127,000+41.1%+108.8%
純利益63,71358,00084,000+44.8%+31.8%
営業利益率14.9%18.0%23.1%+8.2pt
上期(累計)売上230,000(予)253,500+29.7%
まず2026年3月期通期。売上4,162億円(+12.7%)・営業利益620億円(+30.3%)・純利益637億円(+89.0%)。営業利益率14.9%は2023年3月期以来の水準である。純利益が営業利益を上回っているのは、政策保有株式の売却益などが寄与したためと考えられる。期末配当も会社予想10円から15円(分割後)へ引き上げられた。
そして2027年3月期1Q。電子セグメントが売上+37.7%・営業利益+52.4%(利益率27.6%)と全社を牽引し、昨年度量産稼働を開始した大野事業場の生産が安定推移したことと円安が寄与した。セラミック事業も、DPFの一時的な受注増、半導体製造装置向け特殊炭素製品(FGM)の回復、EVバッテリー用安全部材(NEV)の増加で+24.3%・利益+53.6%。両セグメントが同時に伸びるのは久しぶりである
最大のニュースは8月4日の通期上方修正だった。わずか3か月前に出した営業利益予想900億円を、1,270億円へ+41.1%引き上げた。前期比では+104.7%——つまり営業利益が1年で2倍になる予想である。株価は8月4日の16,330円から8月5日に+24.49%高で20,330円へ急伸、翌6日には▲6.49%と反落し、決算後の値幅拡大が続いた。
ただし、決算の「質」を見るときに一つ注意点がある。1Qの営業活動によるキャッシュ・フローは958.92億円と前年同期95.62億円の10倍になったが、その最大の要因は利益ではなく前受金の増加735.75億円である。これは顧客から受け取った工場建設資金であり、将来の製品納入義務を伴う負債である。営業CFの数字だけを見て「稼ぐ力が10倍になった」と読むのは誤りで、実態は「顧客からの巨額の前払い金が入金された四半期」と理解するのが正確だ。財務の健全性という意味では極めてポジティブだが、収益力の指標としては割り引いて見る必要がある。
株式分割も続く。2026年1月1日に1株→2株を実施済みで、さらに2026年10月1日を効力発生日として1株→2株の分割を予定している。1年で実質4分の1の投資単位になる計算で、株価の急騰に対応した措置である。2027年3月期の年間配当予想は2回の分割考慮後で17.5円。

出典:イビデン 2027年3月期第1四半期決算短信(2026年8月4日)、2026年3月期決算短信(2026年5月11日)、株探ニュース(2026年8月4日)。

07 / REVENUE & PROFIT

売上高・利益の推移(直近10年間)

売上高(白)・営業利益(グレー)の推移(2017年3月期〜2027年3月期予想、単位:億円/2軸)

17/3 18/3 19/3 20/3 21/3 22/3 23/3 24/3 25/3 26/3 27/3予
決算期売上高営業利益営業利益率経常利益純利益純利益率局面
2017年3月期2,664712.7%23▲628▲23.6%スマホ投資失敗・約600億円の減損
2018年3月期3,0041675.6%1761163.9%投資再開(設備投資約900億円)
2019年3月期2,9111013.5%126331.1%10年で最も薄い利益
2020年3月期2,9591976.7%2131133.8%電子が回復
2021年3月期3,23438611.9%4072577.9%データセンター需要
2022年3月期4,01170817.7%74341210.3%Intel向け1,736億円(全社43%)
2023年3月期4,17572417.3%76152212.5%従来ピーク
2024年3月期3,70547612.8%5113158.5%PC・汎用サーバー低迷
2025年3月期3,69447612.9%4783379.1%底ばい
2026年3月期4,16262014.9%60863715.3%生成AI向けが本格寄与
2027年3月期(予)5,5001,27023.1%1,27084015.3%8/4に+41%上方修正
2031年3月期 会社見通し10,000以上3,000以上30%以上2030年度目標

単位:億円。10年を通して見ると、この会社の業績はほぼ完全に「半導体需要のサイクル」そのものである。2017年3月期の最終赤字628億円→2023年3月期の営業利益724億円→2024年3月期に476億円へ34%減→2026年3月期に620億円へ回復、という激しい振れ幅。10年間で営業利益率は2.7%から17.7%まで15pt動いている。「良い時と悪い時の差が非常に大きい会社」という前提を持たずにこの銘柄を評価すると、必ず判断を誤る。2027年3月期予想の営業利益率23.1%は、同社が過去10年で一度も達成したことのない水準である。出典:The社史 長期業績API(EDINET XBRL・有価証券報告書ベース)、イビデン 2027年3月期1Q決算短信。

親会社株主に帰属する当期純利益の推移(緑=黒字/赤=赤字、単位:億円)

17/3 18/3 19/3 20/3 21/3 22/3 23/3 24/3 25/3 26/3 27/3予

左端の赤い棒(2017年3月期・▲628億円)が、この銘柄を評価するときの基準点である。当時の売上規模は2,664億円だったから、売上の24%に相当する損失を1年で計上したことになる。原因はマレーシア等へのスマートフォン向け設備投資の失敗だった。現在計画中の投資は5,000億円——当時の投資額の8倍である。出典:The社史 長期業績API。

08 / VALUATION

PERの推移(直近10年間)

PBRの推移(各期末終値ベース、2017年3月期〜現在)

17/3 18/3 19/3 20/3 21/3 22/3 23/3 24/3 25/3 26/3 現在
時点株価時価総額PERPBRPSREPSBPS
2017/3/31867円0.23兆赤字0.90倍0.87倍▲236.13円963.76円
2018/3/30792円0.22兆19.04倍0.79倍0.74倍41.60円1,006.30円
2019/3/29841円0.24兆71.09倍0.87倍0.81倍11.83円969.29円
2020/3/311,186円0.33兆29.26倍1.24倍1.12倍40.54円960.09円
2021/3/312,545円0.71兆27.67倍2.25倍2.20倍91.97円1,131.49円
2022/3/313,025円0.84兆20.48倍2.32倍2.11倍147.67円1,305.71円
2023/3/312,630円0.73兆14.07倍1.75倍1.76倍186.87円1,501.04円
2024/3/293,325円0.93兆29.50倍1.88倍2.51倍112.72円1,771.53円
2025/3/311,995円0.56兆16.53倍1.14倍1.51倍120.66円1,756.65円
2026/3/317,372円2.06兆32.31倍3.74倍4.95倍228.16円1,969.85円
2026/7/719,895円5.60兆95.79倍10.10倍13.35倍207.70円(予)
2026/8/17約21,500円6.08兆約72倍約10.9倍299.35円(修正後予)

※すべて2026年1月1日の1株→2株分割を遡及調整した数値。10月1日予定の分割は未反映。8/17時点の株価は時価総額÷発行済株式数からの逆算による概算です。

この表は「この銘柄でPERを使うことの難しさ」を示している。2019年3月期のPER71倍は割高だったのではなく、EPSが11.83円まで落ちていただけである。逆に2023年3月期のPER14倍は、EPSがピークの186.87円だったからだ。シクリカル株では、PERが低い時が天井、高い時が底になりやすいという古典的な罠がここにある。

より参考になるのはPBRである。過去10年のレンジは0.79〜3.74倍で、現在の約10.9倍はこのレンジを完全に突き抜けている。IRBANK集計でも2010年以降のPBRレンジは0.48〜5.07倍で、現在は史上最高水準にある。PSRも13.35倍(7/7時点)と、過去レンジ0.58〜4.95倍の3倍近い。現在の株価は、過去10年のどの評価軸で見ても前例のない水準にある——これは事実として直視しておく必要がある。8/4の上方修正でEPSが299.35円へ切り上がったためPERは95.79倍から約72倍へ低下したが、それでも高い。出典:IRBANK 株式指標(irbank.net/E00775/valuation)、イビデン 2027年3月期1Q決算短信。

09 / CAPITAL RETURNS

ROIC・WACC・ROEの推移

ROE・ROA・資本効率指標

決算期ROE純利益自己資本自己資本比率総資産WACC概算
2017年3月期▲21%程度▲628億約2,700億約7%
2023年3月期13.3%程度522億約4,200億48.8%8,575億約7%
2024年3月期6.6%程度315億約4,960億約7%
2025年3月期6.8%337億4,905億45.3%10,817億約7%
2026年3月期12.2%637億5,501億57.3%9,604億約7%
2027年3月期1Q末179億(1Q)5,730億54.2%10,567億約7%
2027年3月期(予)約15%(試算)840億約7%

同社はROICを主要KPIとして開示していないため、ここではROEと財務指標で代替しています。読み取るべきは2025年3月期の自己資本比率45.3%という一点である。2008年の教訓から無借金経営を旨としてきた同社が、2024〜2025年の大型設備投資(投資CF▲1,642億円)で財務レバレッジを高め、自己資本比率が45%まで低下した。それが2026年3月期には57.3%へ12.0pt改善している。転換社債の株式転換(1Qだけで資本金+5.16億円・資本剰余金+57.67億円)と利益の積み上がりが効いた。

WACC概算の前提(当サイト試算):2026年3月期末で自己資本5,501億円、有利子負債(社債450億円+1年内償還社債150億円+転換社債725億円+長期借入600億円)約1,925億円。E比率74%、負債コスト約1.5%(税引後約1.0%)、株主資本コスト=リスクフリー1.7%+β1.4×ERP6%≒10.1%。加重平均で約7.7%。βの前提次第で6〜9%に振れるため「約7%台」と丸めて記載しています。2026年3月期のROE12.2%はこれを上回っており、資本コストを賄えている状態と評価できる。ただし2024〜2025年3月期のROE6.6〜6.8%は資本コスト割れであり、直近2期の高ROEはAIサイクルの果実であって恒常的な収益構造ではない点は押さえておきたい。10年分のROIC時系列は同社の開示範囲外のため、次回更新時に投下資本ベースで再計算し反映予定。出典:イビデン 各期決算短信、業界動向サーチ、The社史。

10 / CASH FLOW

営業・投資・財務・フリーキャッシュフローの推移

キャッシュ・フローの状況(単位:百万円)

期間営業CF投資CF財務CFフリーCF現金同等物期末残高
2025年3月期118,895▲164,182▲7,113▲45,287390,656
2026年3月期106,407▲52,416▲157,511+53,991292,908
2026年3月期1Q9,562▲23,295▲2,903▲13,733374,228
2027年3月期1Q95,892▲16,135▲3,297+79,757370,505

この4行に、同社の現在の資金の流れがすべて出ている。

①2025年3月期——投資CF▲1,642億円という同社史上最大級の設備投資を実行し、営業CF1,189億円では賄えずFCFは▲453億円。手元現金を取り崩した年である。
②2026年3月期——投資CFが▲524億円へ急減(投資の山を越えた)、FCFは+540億円に転じた。一方で財務CF▲1,575億円という大きな支出があり、現金は3,907億円→2,929億円へ減少している。
③2027年3月期1Q——営業CFが前年同期の95.62億円から958.92億円へ10倍。ただし前述の通り、この増加分の大半は前受金の増加735.75億円であって、事業から稼いだ利益ではない。1Qだけで現金は2,929億円→3,705億円へ776億円増えた。

投資家として重要なのは、この「前受金」の性質を正しく理解することである。前受金は貸借対照表上の負債であり、将来の製品納入義務を伴う。会計上は営業CFに計上されるが、実質は「顧客からの無利子の建設資金融資」に近い。財務リスクを大幅に下げる優れた仕組みだが、これを「営業CFが10倍になった=稼ぐ力が10倍」と読むのは誤りである

今後、5,000億円の設備投資が本格化する2026〜2028年度は、投資CFが再び大きくマイナスに振れる。その原資が前受金で賄われる限り財務CFは安定するが、需要が減速して前受金の追加流入が止まった局面で、既に着工した工場の建設支出だけが残るシナリオが最大のリスクである。

※2017〜2024年3月期の詳細なCF時系列は、現時点で信頼できる一次データを取得できていないため掲載を見送りました。次回更新時に有価証券報告書から補完予定です。出典:イビデン 2026年3月期決算短信、2027年3月期第1四半期決算短信。

11 / INVESTMENT & M&A

直近の投資・M&A状況

設備投資計画と資本取引

時期案件金額資金源意味
2024年河間事業場 新棟稼働自己資金前中計での投資が結実
2025年度2Q大野事業場 量産稼働開始自己資金世界最先端の製造技術で歩留まり改善
2026年度〜河間事業場 新工場2,200億円顧客前受金AI向け高性能ICパッケージ基板
2026年度〜大野事業場 新工場2,800億円顧客前受金2027年度から順次稼働予定
2026年1月株式分割(1→2株)投資単位引き下げ
2026年7月転換社債の一部転換73億円普通株式1,627,210株を発行、自己資本増強
2026年10月株式分割(1→2株)予定1年で実質4分の1の投資単位に
2027年度末まで政策保有株式の縮減50%以上2023年度末時価ベース対比
総額5,000億円という数字の重さを、まず正確に把握しておきたい。2026年3月期の売上高は4,162億円である。つまり年商を上回る額を3年で電子事業に投じるということだ。参考までに、2008年にリーマンショック直前で失敗したマレーシア工場への投資は618億円だった。今回はその8倍である。2017年の減損額(約600億円)とほぼ同じ額を、8回分積み上げる規模と言い換えてもいい。
この規模を可能にしているのが顧客前受金モデルである。NVIDIA、Intel、AMDと長期供給契約を結び、投資相当額を前払いで受け取ってから建てる。2027年3月期1Q末の前受金残高は1,545億円で、四半期だけで736億円増えた。顧客が「うちのために工場を建ててくれ、金は先に払う」と言っている状態で、ICパッケージ基板がAI半導体のバリューチェーン上のボトルネックになっているという需要の強さを反映している。
能力計画も具体的である。2028年度末に先端製品対応のキャパシティを2024年度上期末比で3倍弱まで拡大。同時に大垣中央Cell5をGPU大手顧客向けへ転用し、大野工場では世界最先端の製造技術を導入して従来工場比の歩留まりを改善している。設備を積むだけでなく、既存ラインの用途転換と生産性改善を並行して進めている点は評価できる。
それでも、リスクの所在は明確である。前受金は資金繰りリスクを消すが、需要リスクを消すわけではない。建てた工場という固定資産は最終的にイビデンの貸借対照表に残り、減価償却費という固定費が発生する。AIの技術的な転換点が訪れてチップの需要構造が変われば、稼働率の低下が直撃する。実際、この記事を書いている時点でもAIの主戦場がGPUからCPUへシフトしつつあるという指摘があり、NVIDIAは2026年6月に初の独立CPU製品ライン「Vera」を発表、Intel CEOはエージェント推論ではCPU:GPU比が1:1に近づくと述べている。需要そのものは強いが、どの製品向けの基板が必要になるかという内訳は動いている

出典:イビデン 2027年3月期第1四半期決算短信、The社史 河島浩二ページ、BigGoファイナンス「イビデン、5000億円投資の光と影 AI特需の陰に潜む『過去のトラウマ』」(2026年6月19日)。

12 / SEGMENT GROWTH

主要事業ごとの成長性

セグメント別の成長率(2026年3月期→2027年3月期1Q)

セグメント26/3期 売上26/3期 利益率1Q売上YoY1Q利益YoY1Q利益率成長ドライバー
電子2,433億18.6%+37.7%+52.4%27.6%生成AI用サーバー向けICパッケージ基板
セラミック826億9.3%+24.3%+53.6%13.2%DPF・FGM(半導体装置向け)・NEV
その他903億約10%▲1.1%+48.9%10.5%造園・電子部品加工が寄与、建材は減
①電子事業——成長の唯一のエンジン。AIサーバー向けICパッケージ基板で世界シェア70〜80%を握り、競合は最大でも3割程度にとどまるとされる。1Qの利益率27.6%は同社史上でも高い水準で、2023年3月期のピーク(通期24.2%)を上回っている。2027年3月期の会社計画では全社営業利益1,270億円、うち大半がこのセグメントである。この事業の成長率が、そのままこの銘柄の株価を決める
②セラミック事業——4つの製品が別々の理由で伸びている。1Q営業利益+53.6%の中身は分解して見る価値がある。DPF(ディーゼル微粒子フィルター)は受注に合わせた生産体制のなかで一時的な受注増と円安で増益。AFP(触媒担体保持・シール材)は自動車販売回復で増収だが資材価格高騰で減益。FGM(特殊炭素製品)は半導体市場の好調で半導体製造装置向けが回復し増収増益。NEV(EVバッテリー用安全部材)は数量増で増収増益。つまり「内燃機関の縮小(DPF)とEV・半導体の拡大(NEV・FGM)が同じセグメント内で相殺し合っている」構造で、欧州売上が10年で半減した理由もここにある。
③その他事業——地味だが利益率10.5%。イビケン(建材)は中東情勢の影響で建築資材納入が遅れて減収、一方でイビデングリーンテック(法面・造園の大型物件)とイビデン樹脂(電子部品加工)が伸びて営業利益+48.9%。売上903億円は全社の21.7%を占め、電子事業が冷えた局面での下支えとして機能する
成長性の総括。会社は2030年度に売上1兆円以上・営業利益3,000億円以上を掲げている。2026年3月期の4,162億円から5年で2.4倍、営業利益は620億円から4.8倍という計算だ。営業利益率は30%を超える前提になる。これは電子事業がほぼ単独で達成しなければならない数字である——セラミックとその他が現状水準で横ばいなら、電子事業は売上8,000億円・営業利益2,800億円(利益率35%)といった規模になる必要がある。現在の電子事業が売上2,433億円であることを考えると、5,000億円の設備投資は「この計画を実現するために不可欠な前提」であり、同時に「この計画が外れたときの負債」でもある
13 / COMPETITIVE POSITION

競争優位性や業界内でのポジション

①ABF基板(FC-BGA)における圧倒的シェア。AIサーバー向けICパッケージ基板で世界シェア70〜80%とされ、競合は最大でも3割程度にとどまる。この製品は、GPUやCPUのシリコンダイをマザーボードに接続する土台であり、AI半導体が大型化・多層化するほど製造難易度が上がる。大判化(面積の拡大)と高多層化に対応できるメーカーは世界的に数社しかない。競合は台湾の欣興電子(Unimicron)、南亜電路板(Nanya PCB)、韓国のサムスン電機、日本の新光電気工業、オーストリアのAT&Sなど。
②30年分の歩留まりノウハウ。1987年にプラスチック基板の生産を始め、1994年からインテル向けに全社リソースを投入して以来、この会社は約40年間ひたすら同じ工程を磨いてきた。ICパッケージ基板は「設計図があれば作れる」製品ではなく、歩留まりが利益率を決める製品である。大野工場で「世界最先端の製造技術を導入し従来工場比で歩留まりを改善」と説明されているのは、この蓄積の上での改善である。新規参入者が数年で追いつける性質のものではない。
③顧客との共同開発関係=前受金という証拠。競争優位性を測る最も客観的な指標は、「顧客が自分の金を先に出すかどうか」である。NVIDIA、Intel、AMDという世界最強クラスの交渉力を持つ企業群が、投資相当額を前払いしてでもイビデンのラインを確保しようとしている。これは同社の交渉力が、少なくとも現時点では顧客に対して優位にあることを意味する。2027年3月期1Q末の前受金残高1,545億円は、その優位性の金額表示である。
④セラミック事業という異質な第二の柱。DPF(SiC製ディーゼル微粒子フィルター)は2000年にプジョー607へ世界初の量産採用され、欧州ユーロ4規制で搭載が急増した。カーバイド時代の電気炉技術から派生した炭化珪素の知見が源流である。半導体と自動車という相関の低い2つのサイクルに足を置いていることは、2024年3月期(電子が半減する一方でセラミックが過去最高水準)に実証された。
弱点を明示する。第一に顧客集中——2022年3月期にはインテル1社で売上の43%を占めていた。現在は顧客が分散しつつあるが、依然として数社への依存度は高い。第二に製品集中——電子セグメントが利益の73%を稼ぐ一本足構造。第三に技術転換リスク——ガラス基板やパネルレベルパッケージなど、次世代の実装技術が普及すれば現在の優位が無効化される可能性がある。第四に設備産業の宿命——固定費が重く、稼働率が落ちると利益が一気に消える。2017年3月期の営業赤字36億円がその実例である。
14 / SCP ANALYSIS

SCP理論からの分析(市場動向・規制リスク・業界トレンド)

Structure(市場構造)

ハイエンドABF基板市場は「差別化された寡占」である。AIサーバー向けの大判・高多層ICパッケージ基板を量産できるのは世界で数社に限られ、イビデンが70〜80%を握る。競合は欣興電子、南亜電路板、サムスン電機、新光電気工業、AT&Sなど。

重要なのは買い手の性質である。顧客はNVIDIA、Intel、AMDという、通常であれば圧倒的な交渉力を持つ企業群だ。にもかかわらず前受金を差し出しているのは、供給能力が需要に対して構造的に不足しているからにほかならない。ポーターの5フォースで言えば、通常は「買い手の交渉力:強」となるはずの構造が、供給制約によって一時的に反転している状態である。

ただしこの反転は能力が積み上がるまでの期間限定である可能性が高い。イビデンが3年で能力を3倍にし、競合も同時に増強すれば、2028〜2030年頃に需給が緩む展開はあり得る。

下位市場(汎用サーバー・PC向け)はすでにコモディティ化しており、台湾・中国勢との価格競争になっている。

セラミック側では、上流の原料(炭化珪素・タングステン等)の供給構造が別の制約要因となる。

Conduct(企業行動・規制リスク)

企業行動:同社の現在の行動は3点に集約される。(a)顧客前受金による能力先行投資(3年5,000億円)、(b)既存ラインのGPU顧客向け転用と歩留まり改善、(c)政策保有株式の50%以上縮減による資本効率改善。加えて2度の株式分割による投資家層の拡大。

規制・地政学リスク
米国の対中半導体規制——同社の主要生産拠点はマレーシア・フィリピン・台湾・中国・日本に分散。輸出管理の対象品目に該当すれば供給網に影響。
米国関税政策——決算短信でも「米国の関税政策変更に伴う混乱」がセラミック事業(自動車排気系)のリスクとして言及されている。
中東情勢——1Qでイビケン(建材)の納入遅れという形で実際に業績に影響した。
欧州の排ガス規制とEV政策——DPF事業の需要を直接左右する。欧州売上が10年で57%減った主因。
顧客の生産地政策——Intelの米国内製造回帰、TSMCの米国投資など、顧客の工場立地が変われば基板の供給地も影響を受ける。
為替——海外売上比率が高く、円安は増益要因。1Qの好決算にも円安が寄与しており、円高転換は逆風になる。

Performance(業界トレンド・収益性への帰結)

SCPの帰結として、同社の収益性は「AI半導体の実装需要が、能力増強のスピードを上回り続けるか」という一点に規定される。

過去10年の営業利益率は2.7%〜17.7%で振れてきた。2027年3月期の会社計画23.1%は、この10年で一度も到達したことがない水準である。それが実現するとすれば、理由は供給制約下での価格・ミックスの改善だ。つまり、現在の高収益は「作れば売れる」という需給の歪みから生まれている。歪みが解消すれば、利益率も平常水準へ戻る。

業界トレンドとして押さえるべきは三つ。①AIの主戦場がGPUからCPUへ拡張しつつあること——AIエージェントの普及で逐次処理が増え、Intel CEOは推論でのCPU:GPU比が3〜4:1、エージェントでは1:1に近づくと述べている。AMD CEOはサーバーCPU市場予測を約600億ドルから1,200億ドル以上へ倍増させた。これはイビデンにとって基本的に追い風である。CPU向けもGPU向けも、同社の基板を必要とするからだ。②パッケージ技術の世代交代——ガラス基板、パネルレベルパッケージなどの次世代技術が本格化すれば、現在の有機ABF基板の優位が揺らぐ可能性がある。③中国サプライチェーンの台頭——海光信息(x86サーバーCPU)、瀾起科技(メモリインターフェース)、通富微電(封止・テスト)など中国勢が急成長しており、中長期では基板領域でも国産化圧力が働く。

結論。同社の収益性は「技術優位」と「需給の歪み」の合成である。前者は数年で失われない。後者は数年で失われうる。現在のバリュエーション(PBR約10.9倍)は、後者が長期にわたって続くことを前提に置いている——ここが評価の核心である。
15 / INVESTMENT THESIS

これらの分析結果をもとにした現在の投資妙味

強気シナリオは明快である。AIサーバー向けICパッケージ基板で世界シェア70〜80%。顧客であるNVIDIA・Intel・AMDが投資相当額を前払いしてまでラインを確保しようとしている。2027年3月期の営業利益は前期比+104.7%の1,270億円へ倍増する会社計画で、8月4日には従来予想を+41.1%上方修正した。1Q時点で電子セグメントの利益率は27.6%と過去最高圏。会社は2030年度に売上1兆円・営業利益3,000億円という長期目標を掲げる。技術優位と需要のタイトさが両方揃っており、事業としての強さは疑いようがない。
だが、この銘柄の評価で最も重要なのは業績ではなく「株価がどこまで織り込んだか」である。2025年3月末の1,995円から2026年8月の約21,500円まで、1年5か月で約10.8倍。時価総額は0.56兆円から6.08兆円へ増えた。PBRは過去10年レンジ0.79〜3.74倍に対して現在約10.9倍、IRBANK集計の2010年以降レンジ0.48〜5.07倍と比べても史上最高水準。PSRは13倍台(7/7時点)で、過去レンジの3倍近い。どの評価軸で見ても、過去16年間に一度も存在しなかった水準にある。
そして、この会社には2度の前科がある。2008年、過去最高益のさなかにPC需要を見込んで618億円をマレーシアに投じ、リーマンショックで2009年3月期に最終赤字87億円、株価は8〜9分の1へ。2017年、スマホ需要を見込んで再び投資し、約600億円の減損で最終赤字628億円。今回の投資額は5,000億円——2008年の8倍、年商を上回る規模である。前受金という仕組みで財務リスクは大幅に下がったが、需要が想定通りに来なかったときに固定資産と減価償却費を抱えるのはイビデン自身だ。元機関投資家の泉田良輔氏が「2009年の暴落が私のトラウマ。イビデンが設備投資を発表して株価が急騰すると、その記憶がフラッシュバックする」と語っているのは、この構造を知っているからである。
投資妙味の整理。この銘柄は「事業は本物、バリュエーションは前例なし、経営判断は3度目の大勝負」という三つの要素の組み合わせである。

買い手が納得すべき前提は3つ:①AI向けICパッケージ基板の需給タイトが少なくとも数年続く、②イビデンが3倍の能力増強を歩留まりを落とさず実行できる、③PBR10倍超という評価が業績成長で正当化される(=2030年度の売上1兆円・営業利益3,000億円が絵に描いた餅ではない)。この3つを信じられるなら、2030年度営業利益3,000億円に対して現在の時価総額6兆円はPER20倍相当と計算でき、割高とは言い切れない。

逆に、この銘柄を見送るべき理由も3つ:①過去16年で一度もなかったバリュエーション水準、②2度の失敗と同じパターン(需要拡大見込みの大型投資)の反復、③8月5日に+24%、翌日に▲6.5%という値動きが示す通り、すでに個人投資家の期待と失望が数日単位で入れ替わるフェーズに入っていること。
実務的な結論。ポートフォリオの中核に据える銘柄ではない。値動きの振幅が大きすぎ、下落局面での下げ幅は2009年(8分の1)や2025年3月(前年比▲40%)が示す通り深い。一方で、AI半導体のバリューチェーンで日本企業が握っている数少ない決定的なポジションであることも事実である。持つなら「ポジションサイズを事前に決め、四半期決算ごとに電子セグメントの受注動向と前受金残高の増減を確認し、想定と現実がズレたら機械的に見直す」という運用が現実的だろう。泉田氏の言う通り、「各四半期ごとの決算をチェックしながら、市場の伸びと実際の需要が合っているかを見る」ことが、この銘柄に対する唯一の誠実な向き合い方である。なお、10月1日の株式分割で投資単位はさらに半分になる。

※本セクションは公開情報に基づく当サイトの見解であり、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任でお願いします。

16 / WATCH POINTS & RISKS

今後の注目ポイントやリスク要因

注目ポイント(カタリスト)

①前受金残高の四半期推移——最重要指標。1Q末で1,545億円(+736億円)。これが増え続けている限り、顧客の需要コミットメントは続いている。増加が止まった四半期が、最初の警戒シグナルになる。

②電子セグメントの利益率——1Qで27.6%。通期営業利益1,270億円(利益率23.1%)の達成には、この水準の維持が前提。

③大野・河間の新工場の進捗——2027年度から順次稼働予定。着工・稼働時期の前倒し/遅延、歩留まりの立ち上がり。

④さらなる上方修正の有無——5月→8月で営業利益予想を+41%引き上げた実績がある。2Q決算(11月頃)で再修正があるか。

⑤2026年10月1日の株式分割——投資単位がさらに半分に。個人投資家の流入と流動性。

⑥政策保有株式の縮減——2027年度末までに50%以上。売却益と資本効率の改善。

⑦AI需要のGPU→CPU拡張——サーバーCPU市場予測は1,200億ドル以上へ倍増との見方。CPU向けもイビデンの基板を必要とするため基本的に追い風。

⑧セラミック事業のFGM・NEV——半導体製造装置向け特殊炭素製品とEVバッテリー安全部材。DPFの構造的縮小を埋められるか。

リスク要因

①AI設備投資サイクルの反転——最大かつ最悪のリスク。5,000億円の工場が稼働する2027〜2028年度に需要が減速すれば、固定費が一気に重くのしかかる。2009年・2017年と同じ構図。

②バリュエーションの調整——PBR約10.9倍は過去16年で前例のない水準。業績が計画通りでも、期待の剥落だけで株価が半減する余地がある。実際、2026年6月には高値から半値近い調整を経験済み。

③顧客集中——NVIDIA・Intel・AMDへの依存。1社の設計変更・調達方針転換が直撃する。過去にはIntel1社で売上の43%を占めた。

④パッケージ技術の世代交代——ガラス基板、パネルレベルパッケージ等の次世代実装技術が普及すれば、有機ABF基板の優位が無効化されうる。

⑤歩留まりリスク——大判・高多層化が進むほど製造難易度は上がる。新工場の立ち上げで歩留まりが想定を下回れば、能力を増やしても利益は増えない。

⑥為替——1Qの好決算には円安が寄与。円高転換は減益要因。

⑦地政学・関税——米国関税政策、中東情勢、対中半導体規制。すでに1Qでイビケンの納入遅れという形で顕在化。

⑧希薄化——転換社債(1Q末残高642億円)の転換による株式数増加。1Qだけで1,627,210株が新規発行された。

⑨経営体制——社長在任2年で史上最大の投資判断。2017年の減損を経験した経営陣が中枢にいることの評価は両義的。

出典:イビデン 2027年3月期第1四半期決算短信(2026年8月4日)、2026年3月期決算短信(2026年5月11日)、IRBANK 株式指標、The社史、BigGoファイナンス(2026年6月19日)。