3402 東証プライム 化学繊維・炭素繊維

東レ

1926年創業、炭素繊維複合材料で世界シェア約40%、RO水処理膜で世界トップクラスのシェアを持つ「ディープテック素材企業」。繊維に残り続ける決断、赤字40年を耐えた炭素繊維、ユニクロとのヒートテック共同開発――100年の歴史が生んだ独自の技術蓄積と事業構造をナラティブで分析します。

01 / OVERVIEW

スナップショット

時価総額

約1.65兆円

2026/6 時点

PER(予想)

約17.7倍

FY27予想基準

自己資本比率

51.8%

2026年3月期末

保有株数

未確認

出典:Yahoo!ファイナンス(finance.yahoo.co.jp/quote/3402.T)、松井証券。株価・PERは日次変動のため証券会社アプリ等で最新値をご確認ください。

02 / SEGMENT

事業ごと・国/エリアごとの売上高比率

事業セグメント別 売上高構成比(FY2026)

セグメント売上収益(億円)構成比
繊維事業10,51141%
機能化成品事業8,94435%
炭素繊維複合材料事業3,00112%
環境・エンジニアリング事業2,66910%
ライフサイエンス事業5242%

地域展開

海外売上比率は約55〜60%。日本約40%、アジア(中国含む)約30%、欧米約20%、その他約10%。中国は繊維・機能化成品の重要市場で、中国依存度の高さがリスクと機会の両面を持つ。炭素繊維はボーイング・エアバスとの長期供給契約を通じて欧米比率が高い。水処理膜事業は中東・アフリカなど水資源が不足する地域で強い需要。連結子会社は世界29カ国に約280社。

出典:東レ有価証券報告書(FY2025・FY2026)、The社史(the-shashi.com/tse/3402/)。

03 / HISTORY

創業からの歴史

1926年、三井物産の出資により滋賀県大津市石山に「東洋レーヨン株式会社」として設立された。当初はレーヨン(人造絹糸)の製造から出発し、1931年には国内レーヨン市場でシェアを確保。戦後の1951年に米デュポンからナイロン技術のライセンスを取得(資本金の1.5倍を投じた「社運をかけた決断」)し、合成繊維メーカーとしての基盤を築いた。1957年には英ICIからポリエステル繊維技術を導入し「テトロン」の生産を開始、1970年に社名を「東レ株式会社」に変更した。
1971年に炭素繊維「トレカ」を事業化。しかし当初の用途は釣竿やゴルフシャフトに限られ、事業としての黒字化には約40年を要した。この長期赤字を5人の社長が「畳まずに引き継いだ」忍耐が、のちに航空機向け(1982年ボーイングB767、2006年B787)の大型供給契約に結実する。1975年には他社が「脱繊維」に走る中、藤吉次英社長が繊維事業への残留を決断。この選択が、後のユニクロとのヒートテック共同開発(2006年〜)や高機能繊維の開発へとつながった。
2014年に米ゾルテック(約580億円)、2018年に蘭テンカーテ・アドバンスト・コンポジット(約1,230億円)を買収し、産業用炭素繊維・熱可塑性複合材料に事業領域を拡張。2024年には構造改革「Dプロ」を開始し、低収益事業の選別と成長分野への資源集中を推進している。
04 / MISSION, VISION, VALUE

ミッション・ビジョン・バリュー

東レの企業理念は「わたしたちは新しい価値の創造を通じて社会に貢献します」。コア技術は有機合成化学・高分子化学・バイオテクノロジー・ナノテクノロジーの4つで、これらを基盤に繊維からフィルム、樹脂、炭素繊維、水処理膜、医薬・医療機器まで「先端材料」を創出する。
経営戦略との整合性は高い。「素材には社会を変える力がある」という信念のもと、短期的な利益よりも長期の技術蓄積を優先する文化が一貫している。炭素繊維で40年の赤字を耐えたエピソードはその象徴であり、大矢光雄現社長の「三振してもフルスイングしよう」という言葉にも、トライ&エラーを許容するR&D重視の組織風土が表れている。グループの使命は「発展と持続可能性の両立に向けた革新技術・先端材料によるソリューションの提供」と明確に定義されている。
05 / LEADERSHIP

現経営者の特徴・過去の実績(レジリエンスの観点)

2023年6月に大矢光雄氏が代表取締役社長に就任。前任の日覺昭廣氏は2010年から約13年にわたって社長を務め、炭素繊維事業の収益化・ゾルテック買収・テンカーテ買収を主導した長期政権だった。大矢氏は技術畑出身で、炭素繊維・水処理膜・半導体関連材料を東レの「成長エンジン」と位置付けている。
レジリエンスの観点では、FY2024(2024年3月期)に営業利益率が2.3%まで低下(前期4.4%)、純利益が218億円まで急減した局面で、構造改革「Dプロ」を発動。低収益事業の見直しとROIC向上を「成長戦略と構造改革を同じ熱量で」推進する姿勢を明確にした。FY2025には営業利益1,275億円(OPM 5.0%)に回復しており、立て直しの実行力は評価できる。歴代社長も含め、繊維不況(1970年代)・バブル崩壊・リーマンショック(FY2009純損失▲163億円)・コロナ禍(FY2021売上▲15%)と複数の危機を乗り越えてきた企業体としてのレジリエンスは高い。
06 / LATEST EARNINGS

直近決算の予想・ガイダンスに対する結果

2026年3月期 通期実績(IFRS)

指標FY2026実績前期比評価
売上収益2兆5,851億円+0.9%微増収
事業利益1,419億円▲0.6%横ばい
営業利益972億円▲23.7%減益
親会社帰属当期利益795億円+2.1%微増益
FY2026は売上収益が微増にとどまり、営業利益は構造改革費用等の計上により▲23.7%の減益。ただし親会社帰属当期利益は特別利益等の効果で+2.1%と微増。セグメント別では、環境・エンジニアリング事業が好調(売上+12.9%)だった一方、機能化成品事業が減収(▲5.3%)。FY2027通期見通しは売上収益+9.5%増、事業利益+12.7%増と回復を見込む。

出典:東レ 2026年3月期決算短信(IFRS)、X @kessan_db、The社史(the-shashi.com/tse/3402/current/)。

07 / REVENUE & PROFIT

売上高・営業利益の推移(直近10年間)

売上高・営業利益(10年推移)

売上高(億円・左軸) 営業利益(億円・右軸) 0 10,000 20,000 30,000 20,264 1,469 FY17 22,048 1,565 FY18 23,888 1,415 FY19 22,146 1,147 FY20 18,836 559 FY21 22,285 1,006 FY22 24,893 1,090 FY23 24,645 577 FY24 25,632 1,275 FY25 25,851 972 FY26
売上高は10年間で約20,264億円→25,851億円へ+28%成長(CAGR +2.5%)。成長率は緩やかだが、素材産業としては安定的。営業利益はFY2016のピーク(1,545億円、OPM 7.3%)からやや低下傾向にあり、FY2024には577億円(OPM 2.3%)まで落ち込んだが、FY2025に1,275億円へ反発。営業利益率は5〜7%のレンジで推移しており、素材産業としては平均的。FY2026の営業利益972億円(▲23.7%)は構造改革費用の計上が影響。

出典:The社史(the-shashi.com/tse/3402/financials/)、東レ有価証券報告書。

08 / VALUATION

PERの推移

PER推移

東レのPERは概ね15〜25倍のレンジで推移。素材セクターとしてはやや高めの評価を受けてきたが、これは炭素繊維・水処理膜など「成長材料」への期待プレミアムが乗っているため。FY2024は利益急減でPERが一時的に70倍超に上昇。2026年9月時点の予想PERは約17.7倍で、ヒストリカルレンジの中央付近。PBRは0.89倍と1倍を割り込んでおり、バリュエーション面では割安水準にある。

出典:IRBANK(irbank.net/3402/per)、Yahoo!ファイナンス。

09 / CAPITAL RETURNS

ROIC・WACC・ROEの推移

ROE(10年推移)

FY2017: 6.4% → FY2018: 6.0% → FY2019: 4.8% → FY2020: 3.5% → FY2021: 2.5% → FY2022: 5.3% → FY2023: 4.4% → FY2024: 1.3% → FY2025: 4.8% → FY2026: 4.5%。ROE 8%以上の目標に対して未達が続いており、資本効率の改善が課題。構造改革「Dプロ」の効果がROE改善に結実するかが焦点。

ROIC概算

ROIC(NOPAT/投下資本)はFY2016ピーク時で約7%、FY2024は約2%に低下。大矢社長はROIC向上を経営の最重要KPIに掲げ、「成長戦略と構造改革を同じ熱量で」推進すると宣言。事業別ROICの開示を拡充し、低ROIC事業の撤退・縮小を進めている。

WACC概算

WACC推定値は5〜6%。有利子負債を一定程度活用(D/Eレシオ約0.4)しており、財務レバレッジはHDS等のニッチ企業と比べるとやや高い。自己資本比率51.8%は素材産業としては健全水準。

ROIC − WACC スプレッド

FY2016〜FY2018はROIC>WACCでプラス圏。FY2019以降は低下し、FY2024にはマイナス(価値毀損)。FY2025にかけてプラス転換を試みるも、FY2026に営業利益減でスプレッドは再びゼロ近傍。持続的な価値創出には営業利益率6%以上の回復が必要。

出典:The社史、東レ有価証券報告書より概算。

10 / CASH FLOW

キャッシュフローの推移

CF概況

東レのCFパターンは「営業CF安定黒字、投資CFは設備投資とM&Aで大幅マイナス」の典型的な素材産業型。営業CFは年間1,500〜2,500億円規模で安定しており、設備投資(年間1,500〜2,000億円)を概ねカバー。フリーCFは年によりプラスマイナスが入れ替わるが、大型M&A(2014年ゾルテック580億円、2018年テンカーテ1,230億円)の年は大幅マイナスとなった。配当は漸増傾向で年間約400億円規模。10年分の詳細数値は次回更新時に反映予定。
11 / INVESTMENT & M&A

直近の投資・M&A状況

東レのM&A戦略は「コア技術の隣接領域を買収で拡張する」パターン。主要実績として、2014年に米ゾルテック(約580億円)を買収し、航空機向け以外の産業用(風力発電ブレード・自動車)炭素繊維に参入。2018年に蘭テンカーテ・アドバンスト・コンポジット(約1,230億円、過去最大の投資額)を買収し、熱可塑性複合材料の技術を獲得した。ゾルテック買収は風力発電向け需要の読み違えで計画通りの成果を上げられなかったとの指摘もある。
2024年以降は大型M&Aよりも構造改革「Dプロ」に軸足を移し、低収益事業の整理・撤退を進めている。設備投資は年間1,500〜2,000億円規模で、炭素繊維の生産能力増強(米国・欧州工場)と、半導体関連材料(フォトレジストなど)の研究開発に重点配分。水素関連では、水電解用の電解質膜(PEM)の開発に投資しており、グリーン水素市場の立ち上がりを見据えた布石を打っている。
12 / SEGMENT GROWTH

主要事業ごとの成長性

セグメント別 成長性評価

セグメントFY25→FY26成長ドライバー評価
繊維事業+4.0%ユニクロ向け高機能繊維、環境配慮型素材安定成長
機能化成品事業▲5.3%樹脂・フィルム・電子材料、半導体材料回復途上
炭素繊維複合材料+0.0%航空機向け長期契約、風力発電、水素タンク高成長期待
環境・エンジニアリング+12.9%RO水処理膜、水素電解質膜高成長
ライフサイエンス▲1.5%医薬中間体、診断薬ニッチ安定
成長の柱は炭素繊維と環境・エンジニアリング(水処理膜)。炭素繊維は航空機向け(ボーイング・エアバスとの長期契約)に加え、水素貯蔵タンク向けが2030年代に向けた大型成長ドライバーとなる見通し。環境事業はRO膜が水資源不足の構造的トレンドに支えられ堅調。繊維事業は「衰退」ではなく、高機能化・環境対応で付加価値を維持する「成熟安定事業」としてキャッシュカウの役割を果たしている。
13 / COMPETITIVE POSITION

競争優位性や業界内でのポジション

東レの競争優位性は「世界シェアNo.1の技術を複数保有する」点に集約される。炭素繊維「トレカ」は世界シェア約40%で首位(2位は帝人系の東邦テナックス、3位は米ヘクセル)。RO水処理膜は世界トップクラスのシェアで、海水淡水化プラント向けに圧倒的な供給実績を持つ。また、ユニクロ向けのヒートテック素材やエアリズム素材では、ファーストリテイリングとの排他的に近い戦略的パートナーシップが参入障壁となっている。
もっとも、東レの事業全体で見ると、売上高の41%を占める繊維事業はコモディティ競争にさらされやすく、全体の営業利益率は5%前後と高収益とは言い難い。これは「技術的に優れた素材を持ちながら、事業ポートフォリオの分散が利益率を薄めている」構造的な課題である。炭素繊維単体では営業利益率10%以上を実現しているとみられるが、繊維・機能化成品の低マージン事業がブレンドで全社利益率を押し下げている。構造改革「Dプロ」はこの課題への対処策だが、効果の発現には時間がかかる。
14 / SCP ANALYSIS

SCP理論からの分析(市場動向・規制リスク・業界トレンド)

Structure(市場構造)

東レが事業展開する市場は多岐にわたるが、共通するのは「B2B素材産業」であること。炭素繊維は寡占(東レ・帝人・ヘクセルの上位3社で世界の70%超)、水処理膜も東レ・DOW・日東電工等の寡占。繊維・樹脂事業は参入企業が多くコモディティ化しやすい。買い手はボーイング・エアバス(炭素繊維)、ファーストリテイリング(繊維)など大口が中心で、交渉力が強い。中国メーカーの台頭は繊維・樹脂分野で顕著だが、高機能材料(航空機向け炭素繊維、半導体材料)では品質認証の壁が参入障壁として機能。

Conduct(企業行動)

東レの企業行動の特徴は「長期R&D投資→技術的差別化→寡占的ポジション確立」のパターン。炭素繊維で40年の赤字を耐えた事例が典型。規制リスクとしては、①脱炭素規制の強化(炭素繊維・水処理膜には追い風)、②中国の産業政策(国産代替推進で繊維・素材は向かい風)、③PFAS規制(フッ素系材料の一部に影響の可能性)がある。大矢社長はROIC経営への転換を掲げ、低収益事業の整理を加速しているが、雇用維持との兼ね合いで改革スピードには限界がある。

Performance(業界トレンド・帰結)

東レの収益性は素材産業の平均水準(OPM 4〜7%)にとどまり、高機能材料の技術優位性が全社利益率に十分反映されていない。これは事業ポートフォリオの分散(高マージンの炭素繊維+低マージンの汎用繊維・樹脂)に起因する構造的課題。中長期的には、①航空機向け炭素繊維の安定成長、②水素経済の立ち上がり(水素タンク・PEM)、③水処理膜の構造的需要拡大が利益率改善の鍵。ただし、これらの成長事業が全社売上に占める比率が高まるにはなお時間がかかり、「技術は一流だが利益率は二流」という評価を覆すには構造改革の実行が不可欠。
15 / INVESTMENT THESIS

これらの分析結果をもとにした現在の投資妙味

東レは「世界の素材産業をリードする技術基盤を持ちながら、事業ポートフォリオの分散で利益率が伸びない」ジレンマを抱えた企業。PBR 0.89倍はこのジレンマを反映した割安水準であり、構造改革「Dプロ」の成果が可視化されれば、リレーティングの余地がある。
ポジティブ要因:①PBR 0.89倍・PER 17.7倍は素材産業として割安圏、②炭素繊維世界首位のポジションは容易に崩れない、③水素経済・水資源不足という構造的テーマに適合した事業ポートフォリオ、④配当利回り2.4%で下値を支える。ネガティブ要因:①ROEが恒常的に低水準(5%未満)、②繊維事業のコモディティ化リスク、③中国依存度の高さ、④構造改革の進捗が遅い場合の「万年割安」リスク。総合的には、「深い技術的モートを持つが、ポートフォリオの複雑さゆえに再評価に時間がかかるバリュー株」として位置付けられる。
16 / WATCH POINTS & RISKS

今後の注目ポイントやリスク要因

注目ポイント

①構造改革「Dプロ」の進捗と低収益事業の整理状況。②炭素繊維の水素タンク向け需要の本格化時期。③FY2027ガイダンス(売上+9.5%、事業利益+12.7%)の達成状況。④ROIC改善と東証からのPBR 1倍割れ是正要請への対応。⑤ファーストリテイリングとの協業拡大。

リスク要因

①航空機産業の減速(ボーイングの生産問題等)による炭素繊維需要の下振れ。②中国メーカーの追い上げ(汎用繊維・樹脂分野)。③為替(円高進行時に海外事業の円建て利益が圧縮)。④PFAS規制の拡大によるフッ素系材料事業への影響。⑤構造改革の遅延による「万年割安」の常態化。