この回のレポートは全3本に分割しています。本ファイルはその2本目、テーマは「逸脱の正常化と適応課題」です。
本編講義の前半テーマは「組織レジリエンス理論」。危険なサインが日常に潜んでいても、トラブルが起きなければ「問題ない」と組織内で評価され続けてしまう逸脱の正常化(Normalization of Deviance)を、1986年のスペースシャトル・チャレンジャー号事故を題材に解説する。Oリングの低温下での不具合を技術者が指摘していたにもかかわらず、打ち上げが強行された経緯が語られた。
続いて、参加者からのリクエストを受けて前回講義のダイナミックケーパビリティ理論との接続が行われた。技術的課題と適応課題の違い、Cynefinフレームワークの4分類、センシング・シージング・トランスフォーミングの3段階が、レジリエンス理論のアンティシペーション・コーピング・アダプションと対応づけて整理される。
あわせて、変化という摩擦を機能させる潤滑油としての心理的安全性の位置づけが語られた。マイキーさんは「心理的安全性とはあなたを気持ちよくさせることではない」と強調し、摩擦の一切ない「完全な球体」に潤滑油を塗っても自己満足に過ぎず、組織を停滞させるだけだと指摘した。あわせてドラゴンクエストの洞窟探索になぞらえた「センスメイキング」のプロセスも紹介された。
本編講義のテーマは「組織レジリエンス理論」。マイキーさんはまず、この呼称自体は学術上の確立した単一理論ではなく、レジリエンス(回復力・適応力)に関する複数の理論を横断的に紹介する枠組みだと前置きした上で、中心となる考え方として「逸脱の正常化(Normalization of Deviance)」を取り上げた。
本来は問題であるはずの手順や判断であっても、結果的にトラブルが起きなければ「問題ない」と組織内で評価され、個別の逸脱が積み重なることで、いつしか組織の中の「正解」として定着してしまう現象を指す。危険のサインは大事故の直前だけに現れるのではなく、日常の中に常に存在しているにもかかわらず、それが繰り返し見過ごされることで徐々に「穴」が大きくなっていく、という構造が説明された。
1986年、打ち上げから約73秒後に空中分解したチャレンジャー号の事故が事例として紹介された。原因はロケットブースターの接合部に使われていた「Oリング」というゴム製部品が低温下で柔軟性を失い、ガス漏れを起こしたことにあるとされる。この技術的な脆弱性は事前に把握されていたにもかかわらず、部品を製造したモートン・サイオコール社の技術者は打ち上げ延期を主張し、NASAは工程遵守を優先して延期に反対するという対立が発生。最終的にモートン・サイオコール社側の経営層が「技術者の帽子を脱いで管理者の帽子をかぶれ」という趣旨の発言をし、当初の延期方針を撤回して打ち上げが強行された結果、低温警報が出ていたにもかかわらず発射され、事故に至ったという経緯が語られた。
講義では「事故が起きていない時間が続くほど、実際の危険性はメーターの針のように徐々に高まっていくが、それを扱う人間の警戒心はむしろ低下していく」という逆相関の構造が図解された。細い崖道を歩いていても、転ばずに歩けている間は「今まで大丈夫だったから今後も大丈夫」という感覚に置き換わり、道幅が狭まっている(リスクが高まっている)ことに気づけなくなる、という比喩が使われた。
結論として提示されたのは「問題意識がなくなることこそが最大の問題であり、『大丈夫』という言葉こそが最も危険なサインである」というメッセージ。関連書籍として、マシュー・サイド著『失敗の科学(原題:Black Box Thinking)』が紹介された。
レジリエンス理論の解説を受けて、参加者の前田さんから「以前の講義で扱ったダイナミックケーパビリティ理論ともう一度接続してほしい」というリクエストがあり、マイキーさんが学術的な整理を行った。
まず前提として紹介されたのが、ハーバード・ケネディスクールのロナルド・ハイフェッツ教授が提唱した「技術的課題」と「適応課題」の区分。前者はすでに問題の定義と解決策が明確で、既存の知識やノウハウの応用で対応できる問題を指し、専門家に任せて解決可能。後者は問題自体が曖昧で、価値観の再定義や評価制度の見直し、実験的アプローチが必要になる問題であり、当事者全員がリーダーシップを発揮する必要があるとされる。
続いて紹介されたのが、問題の性質を「シンプル(クリア)」「コンプリケーテッド」「コンプレックス」「カオティック」の4段階に分類し、それぞれに適したアプローチを示すフレームワーク。
| 領域 | 状態 | 推奨アプローチ |
|---|---|---|
| クリア(シンプル) | 因果関係が明確で誰の目にも明らか | 感知 → 分類 → 対応(ベストプラクティスの適用) |
| コンプリケーテッド | 専門的な分析が必要だが原因は特定可能 | 感知 → 分析 → 対応(専門家によるグッドプラクティス) |
| コンプレックス(複雑) | 因果関係が事後的にしか分からない | 仮説 → 実験(小さく試す) → 感知 → 対応 |
| カオティック(混沌) | 因果関係が混乱・崩壊している緊急事態 | 即行動 → 感知 → 対応(まず状況を安定化) |
次に、経営学者デイヴィッド・ティース(David Teece)が提唱した「ダイナミックケーパビリティ」理論が紹介された。急激な環境変化に対して組織がどう適応するかを説明する概念で、「センシング(感知)」「シージング(捕捉)」「トランスフォーミング(変容・再構築)」の3段階から構成される。マイキーさんはこれをレジリエンス理論の枠組み(アンティシペーション=予兆管理/コーピング=吸収対応/アダプション=適応)と対応づけ、両者が概念的に「相関関係」にあると整理した。
| ダイナミックケーパビリティ(Teece) | レジリエンス理論 | 意味 |
|---|---|---|
| センシング(Sensing) | アンティシペーション(Anticipating) | 市場機会・競合・技術トレンド、あるいは脆弱性やリスクの予兆を検知する |
| シージング(Seizing) | コーピング(Coping) | 資源を再配分し、ショックを吸収しながら対応する |
| トランスフォーミング(Transforming) | アダプション(Adaption) | 組織プロセスやビジネスモデルを再構築し、環境に適応する |
ダイナミックケーパビリティとレジリエンスを実践する上で不可欠な要素として「心理的安全性」が取り上げられた。マイキーさんは「心理的安全性とは、あなたを気持ちよくさせることではない」と強調し、変化・挑戦という摩擦(コンフリクト)を起こすことが前提としてまずあり、その摩擦を機能させるための潤滑油が心理的安全性であると説明した。何も挑戦せず現状維持のままでいる人には心理的安全性は不要であり、摩擦が一切生じない「完全な球体」に潤滑油を塗っても自己満足に過ぎず、むしろ組織を停滞させる(滑り続けるだけ)と述べた。
最後に、曖昧な環境の中で常に新しい情報を感知し、行動を通じて環境に働きかけ、事後的に意味づけをしていくプロセスとして「センスメイキング(イナクトメント)」が紹介された。マイキーさんはドラゴンクエストの洞窟探索を例に、未知の状況に踏み込み、遭遇した課題に対応する武器や情報を獲得しながら納得感(正当性)を作っていくプロセスになぞらえて説明した。