都市防災の設計思想・複雑性×結合性・想定外の否定・HRO理論
この回のレポートは全4本に分割しています。本ファイルはその1本目、テーマは「通常事故理論とレジリエンス」です。
本題前の雑談として語られた都市防災の話題を導入に置いた。国家が優先して守るべきは人命の数以上にTSMCの工場のような戦略インフラだという論点から、日本のシェルター普及率が1%未満である一方、欧米では80%台に達するという対比、大江戸線が旧軍施設を経由するとされる敷設思想までが語られており、後半の理論編と同じ「構造が結果を決める」という視点で貫かれている。
続く前田氏の講義では、チャールズ・ペローが1979年のスリーマイル島原発事故を契機に構築した通常事故理論(NAT)を軸に、事故は「複雑性×結合性」の掛け算で発生し原理的にゼロにはできないという前提が示される。相互作用の分かりにくさと余裕のなさを「宿題の比喩」で説明する場面や、「想定外」という言葉を明確に否定する場面を収録している。
さらに、事故が連鎖・波及するスピードと、それを察知・検知するスピードには構造的な非対称性があり、後者は前者に追いつけないため「事故ゼロ」は理論上不可能だという議論が展開される。対処は被害を局所化する発想と検知を高速化する発想に分けられ、最後に次回テーマとして予告された高信頼性組織(HRO)理論——学習によって事故を最小化しうるという対置理論——までを収録した。
本題前の雑談だが、後半のレジリエンス論と同じ「構造が結果を決める」という視点で語られている。
話題の起点は、国家が守るべき優先順位である。国家的な判断としては人命の数以上にTSMCの工場のような戦略インフラの毀損の方が影響が大きいという論点が提示され、そこから大使館級の建物が地盤の強い場所に建てられ、地下に大規模な掘削(核シェルターと推測される構造)を持つという話に展開した。ペンタゴンも「表向きより地下がやばい」建物として言及されている。
シェルター普及率の国際比較も話題に上がった。イスラエルは地下シェルターの設置が義務化され普及率100%、欧米も一般住宅の地下室を含めれば80%台に達するのに対し、日本の普及率は1%未満という数字が示された。台湾でも一般ビルの地下が避難所として矢印表示されているとの実見談があった。
東京の話では、大江戸線が備蓄拠点であると同時に、旧軍施設・駐屯地を経由するルートで敷設されているという指摘があった。中野には自衛隊系・警察病院など有事関連機能が集中していたが、この15年ほどで一気に移転が進んだという。「江戸は要塞と呼ばれた街」であり、ニューヨークのような単純な格子状の街づくりとは思想が根本的に異なる、という点で締めくくられている。
TSMC(台湾積体電路製造):1987年設立、世界最大の半導体受託製造企業。先端ロジック半導体のファウンドリ市場で圧倒的シェアを持ち、地政学的に「シリコンの盾(Silicon Shield)」と呼ばれる。工場の毀損が世界のサプライチェーンに直撃するという発言の含意はここにある。
シェルター普及率:日本の内閣府・NPO日本核シェルター協会が引用してきた比較データでは、スイス・イスラエルが100%、米国82%、ロシア78%、英国67%に対し日本は0.02%とされる。ただしこの数値は1980年代のスイス民間防衛関連資料が原典で、算定基準が国ごとに異なる点には留意が必要。「日本は1%未満」という発言の方向性自体は妥当。
大江戸線:正式には都営地下鉄大江戸線。1991年部分開業、2000年12月に環状部全線開業。他路線より深い位置(最深部・六本木駅で地下42.3m)を走るリニアモーター駆動の小断面地下鉄で、有事の避難・輸送機能を想定した設計だという指摘は以前から存在する。要確認「軍事施設を経由するように設計された」という点は公式資料で確認できる記述ではない。
ビル・ゲイツ氏の核融合/長野:要確認ゲイツ氏が出資するTerraPowerは核融合ではなく次世代核分裂炉(Natrium/ナトリウム冷却高速炉)を米ワイオミング州で建設中。長野県での大規模地下研究施設およびリニア中央新幹線のルート変更との関連は、公開情報では裏付けが取れない。
レジリエンス理論の性格づけ → 事故はなぜ避けられないのか → 対処の設計、という順に展開された。
冒頭で前田氏は、レジリエンス理論の限界を先に明示した。第一に、これらの理論は基本的に事後的な説明理論であり、起こった事故を分析するときの枠組みである。第二に、予測に使えるものではない。第三に、数値化・比較が可能な指標が備わっているわけでもない。ではなぜ学ぶのか。「どういう概念を持ち込むと現実が理解しやすくなるか」を提供するものだからである、というのがこのセッション全体の前提となっている。
議論の出発点は「事故は避けられない」という命題である。世の中の事故論評は「こうしていれば避けられた」という形を取りがちだが、根本的に事故は避けられない、という立場を取るのが通常事故理論(NAT)である。
その契機となったのが1979年のスリーマイル島原子力発電所事故だ。この事故で決定的に重要なのは、発生したトラブル自体はすべて事前に想定されており、対処法も確立していたという点である。予想外の事象は起きていない。にもかかわらず、それらが連鎖することで大事故に至った。分かっていて、対処法もあって、それでも起こる。ならば事故とは避けられないものだ、というのがNATの出発点である。
① ヒューマンエラー:人間のミスが原因である
② 設計の欠陥:組織や構造の設計に不備があった
→ 原因を特定して取り除けば再発は防げる、という発想
① 複雑性(Interactive Complexity):相互作用の分かりにくさ
② 結合性(Coupling):余裕の有無・関係の強さ
→ 事故は「複雑性 × 結合性」の掛け算で発生する
通常事故理論(Normal Accident Theory)は、米イェール大学の社会学者チャールズ・ペロー(Charles Perrow, 1925–2019)が、著書『Normal Accidents: Living with High-Risk Technologies』(1984年)で提唱した理論。邦訳は『ノーマル・アクシデント』。スリーマイル島事故(1979年3月28日、米ペンシルベニア州)の調査を契機に構築された。
ペローの原典では2軸は interactive complexity(相互作用の複雑性) と tight/loose coupling(密結合/疎結合) と表現され、この2軸のマトリクスで技術システムを4象限に分類する。「複雑 × 密結合」の象限(原子力発電所、化学プラント、航空管制など)では事故はシステムに内在する正常な帰結(normal accident=システム事故)であり、完全な予防は原理的に不可能とされる。
なお文字起こし中の「先形的」は線形的(linear)、「素(そ)」は疎結合(loose coupling)、「3つ結合/密結合」は密結合(tight coupling)の音声認識誤りである。
前田氏は、この2軸を宿題の比喩で説明した。これがセッション内で最も繰り返されたフレームである。
| 軸 | 意味するもの | 宿題の比喩 | 算数の比喩 |
|---|---|---|---|
| 複雑性 | 相互作用の分かりにくさ。人と人の関係、サプライチェーンなど | 1問1問の難しさ | 線形的=足し算引き算(見ればすぐ分かる) 複雑=文章題(読んで考えないと分からない) |
| 結合性 | 余裕の程度。時間的余裕、関係値の強さ | 問題の数 | 疎結合=2〜3問(余裕がある) 密結合=100問(余裕がない) |
問題が簡単で数も少なければ、間違いは起きにくく検証もできる。逆に1問1問が難しく(複雑)、かつ問題数が膨大(密結合)であれば、対処は破綻する。ここで前田氏が強調したのは、実務で扱う問題の多くは「複雑」側に寄りやすいという点だ。本来なら計算式で表せるものが文章題の形で降ってくるため、問題そのものが認識できなくなり、答えを出すのに膨大な時間がかかる。
さらに、この2軸は「他者と共有できるか」という実務的な帰結を持つ。組織やシステムの中で起こることは自分一人では処理できず、必ず他者と共有して対処しなければならない。疎結合の方が共有しやすく、線形的な方が共有しやすい。複雑かつ密結合という状態は、そもそも問題を他人に説明できない状態を意味する。
前田氏は「想定外」という語を明確に否定した。事故はそもそも予測できないものである以上、「想定外」と言った瞬間に、原因さえ取り除けば対処できるという発想に戻ってしまい、事故が起きたときに自分たちがどう動くかを考えない思考になってしまう。考えるべきは「どういう事故が起きたか」と「その事故に自分たちがどの程度対応できるか」を分けて設計することである。
もう一つ、事故が必ず起きる理由として提示されたのが速度の違いである。ここには2つのスピードがある。
1件の事故が次の事故を誘発し、それがさらに次を誘発していく。こちらの方が速い。
問題が起きていることに気づく速度。連鎖速度に構造的に追いつけない。
この非対称性がある以上、「事故ゼロ」はこの理論の枠組みでは原理的に不可能である、というのが結論だ。したがって設計すべきは予防ではなく事後である。
対処は「被害」と「検知」に分けて考える。
被害については局所化する。りんごの腐った部分をその都度切り落とすように、起きてしまった被害が全体に広がらないようにする。被害を起こさないのではなく、起きた被害が伝播しない構造を作るという発想である。
検知については、とにかく早くする。どれだけ早く気づけるかがダメージの最小化に直結する。「少しでも早く」以外に打ち手はない。
そして最後に前田氏は高信頼性組織(HRO)理論に触れた。これは「事故は必ず起こる」で終わらせず、組織が学習を継続することで事故を最小化できるのではないかという立場の理論であり、次回以降のテーマとして予告された。
高信頼性組織理論(High Reliability Organization Theory, HRO)は、カリフォルニア大学バークレー校のグループ(Todd LaPorte, Gene Rochlin, Karlene Roberts ら)が1980年代後半に、原子力空母・航空管制・原発といった「事故が起きて当然の複雑システムでありながら、実際にはほとんど事故を起こしていない組織」の研究から構築したもの。ペローのNATと対をなす理論として位置づけられる。
後にカール・ワイク(Karl E. Weick)とキャスリーン・サトクリフ(Kathleen M. Sutcliffe)が『Managing the Unexpected』(2001)でHROの5原則を定式化した:①失敗からの学習(preoccupation with failure)、②単純化の拒否(reluctance to simplify)、③オペレーションへの敏感さ(sensitivity to operations)、④レジリエンスへの注力(commitment to resilience)、⑤専門知への権限委譲(deference to expertise)。本セッション後半の「マニュアルは更新し続けるもの」「ポイントを決めすぎると他の可能性を捨てる」という議論は、②の単純化の拒否と正確に対応している。