この回は『資本論』そのものの解説ではない。講師の言葉を借りれば「資本論に行く前に、資本論がどういうものなのか、何のために書かれているのかが分からないと、書いてある言葉をそのまま見るだけではかなり違う方向に行く」ための前提整理である。つまりテキストではなく、テキストを書いた人間と、その人間が置かれていた条件を先に押さえにいく回だった。
その前提整理の中心に据えられたのが、マルクスという人物の徹底した矛盾である。ユダヤ教の宗教的指導者を輩出した家系に生まれ、父の代でプロテスタントに改宗し、最終的に宗教そのものを否定した。労働者の悲惨な環境を改善したいと言いながら、本人は比較的裕福な家庭の出身で、生涯の大半を資本家である友人の仕送りで生きた。講師の要約はきわめて簡潔だ。「資本家のことを否定するような論調が多いけれども、資本家から恩恵を受け続けた人です」。
この矛盾を暴くこと自体が目的ではない。矛盾を先に知っておくと、『資本論』の各論が「誰に向けて、何を目的に、どの立場から書かれたのか」を見誤りにくくなる、というのが講師の実務的な意図である。同じ理屈は勉強会の冒頭でも語られていた。歴史も理論も現代から過去へ遡って学ぶべきだ、という学習法の話である。過去から順に積み上げると、当時の人が何を前提にしていたか分からないまま抽象語だけが頭に残る。現代の具体から入って「なぜこれが生まれたのか」と後ろへ辿るほうが、距離感が掴める――勉強会の冒頭21分は、この方法論と、思考を立体的に図式化する試みに費やされた。
後半では、参加者の渡辺氏がマルクスの「商品」概念の射程を大きく広げて見せた。私たちが商品と呼ぶのは市場に流通しているモノだが、マルクスの言う商品は人間社会そのものを形づくり、価値も意思も抽象概念すらフレームワーク化してしまうものであり、そこには無形も含まれる、という読み方である。「若く見られますよ」「愛情が手に入りますよ」――それも全部商品だ、と。この拡張は講師のマイケル・サンデル引用(「今でも世の中にお金で買えないものはある、でもほとんどない」)と接続し、「資本主義とは全てをお金で買えるようにしてきた歴史である」という一文に収斂した。
勉強会は定刻前の雑談から始まっている。話題は古典の読みにくさだった。講師は、古典の書き手が使えた語彙は現代よりはるかに制約されており、その制限された単語のなかでどう表現するかを考えている以上、こちらが見落としている部分が必ず存在すると述べた。「暗喩と形式の合間みたいなことをバンバン出す」ため、読み手としては捉えづらい。だからこそ現代の理論のほうが圧倒的に理解しやすい、という実感が語られる。参加者からはジェヴォンズやリスト、ミルトン・フリードマンあたりは比較的分かりやすいという同意が出た。
そこから学習法の話に入る。講師の考え方は、歴史の授業の順序と正反対である。学校では縄文時代から順に前へ進むが、あまりに遠すぎて距離感が掴めない。10年単位で現代から遡っていけば距離感が分かるようになる。理論も同じで、まず現代理論を徹底的にやり、「なぜそれが生まれたのか」を後ろへ辿ると腑に落ちる。具体から抽象へ流れるのは自然だが、抽象からがっつり入って具体に降りると抽象度が高すぎて認識を誤る、という順序の議論である。
加えて、講師は好奇心を出発点に据えた。「好奇心ベースじゃないとそもそも人は動けないのであれば、好奇心を持つのが一番手っ取り早い」。ただし大抵の人はそこにリーチしない、という現実認識も同時に置かれている。この「最適な勉強方法は各々が自分で探る必要がある」という留保は、後述するとおり、この日の後半で語られる教育論・格差論の伏線にもなっている。
雑談で名前が挙がった三者の年代を整理しておく。ウィリアム・スタンレー・ジェヴォンズ(1835–1882)は『石炭問題』(1865年)で効率改善が消費増を招く逆説を示し、『経済学の理論』(1871年)で限界効用理論を提示した。フリードリヒ・リスト(1789–1846)は『政治経済学の国民的体系』(1841年)で幼稚産業保護論を展開した。ミルトン・フリードマン(1912–2006)は『資本主義と自由』(1962年)などで知られ、1976年にノーベル経済学賞を受賞している。参加者が言う「20世紀以降の理論のほうが理解しやすい」という感覚は、記述が数式化・命題化され、前提が明示的になったことと対応する。マルクスやリストの時代の記述は、前提そのものが文章のなかに埋め込まれているため、読み手が前提を再構成しなければならない。
雑談の後半は、講師が作りかけている図式化ツールの話になった。前回の会で参加者から「立方体」「座標」という指摘が出たことを受け、講師はお金に関する思考のフレームワークを3D化しようとしている。現在は3項目に分けているものを、6面体・8ポイントの構造に落とし込みたい、という構想である。
目的は明確だ。ビジネスモデルや経営方針は行動パターンなので8面体でも作れる。だがそこに「その人の頭の中にあるお金の概念」を接続できれば、行動・経営戦略・金銭観の三者が一致しているかどうかを測れるようになる。講師の表現では「グーの音も出なくなる」「人に対しての言い訳が全部消滅させられるパターンを作れる」。ただし本人は続けてこう言った――「万が一これが完成してしまった瞬間に、大抵の人の9割と僕とのコミュニケーションが終了する。皆さんは完成しないことを願っておいたほうがいいかもしれない」。
参加者からは「モデリングしたら、立体の歪みというのは自分たちの歪みをさらすようなもの」という応答があった。講師はこれを肯定したうえで、さらに厄介な入れ子構造を指摘する。「歪みの部分は見えても、それも歪んで見えていると思っている」。自分の観測装置自体が歪んでいる以上、歪みの測定値も歪む。だから図式化して尺度を固定する必要がある、というのが講師の論理である。
講師が共有した図は、下から「制度と価値と倫理」、その上に「支配・制約」、さらに上に「身体的欲望」という階層を持ち、左側が価値観、右側が欲望という座標を取っている。講師の観察では、大抵の人は最下層の制度・価値・倫理からいきなり支配・制約を飛び越えて身体的欲望へ直行してしまう。その飛び越えが起きるため、そもそも学問にたどり着かない。価値観が歪んでいるから学問や知見に対して歪んだ考え方をし、あるいはそれを拒否し、結果として身体的欲望まで全部歪む、という因果の流れが提示された。
参加者からは、これを理解のツールとしても使えるのではないかという提案があった。たとえば「権力の配列」として見れば、王朝の交代がなぜ起こるのかを、貨幣や大陸の動きから把握する見方ができる、と。講師はこれに同意し、羅針盤としての目的地をどこに設定するかが必ず必要になる、船乗りのコンパスのような立ち回りができれば良い、と応じている。
講師が繰り返す「正面が正方形でも立方体とは限らない」は、統計・データ分析の文脈では観測次元の不足による識別不能問題にあたる。同一の低次元射影を生む高次元構造は無数に存在するため、射影だけからは元の構造を一意に特定できない。これは因果推論における「観測されない交絡」の問題とも重なる。講師がこの原理をフレームワーク設計の話としてだけでなく、この日の後半でメディアの市場データ批判にそのまま適用している点が、この回の構成上の眼目である。なお、講師自身が「これは理論的な流れとして」と断っているとおり、この図式は現時点で公開された学術的フレームワークではなく、講師の作業仮説である。要確認外部の裏取りができる性質のものではないため、レポート上も講師の構想として扱う。
21分すぎ、講師は本題に入った。まず提示されたのは、マルクスの生い立ちである。ユダヤ教の家庭に生まれ、父はラビ、つまりユダヤ教の指導者的立場にあったと講師は説明した。そこから途中でプロテスタントに改宗している。だから実は宗教的なバックグラウンドをかなり持っている人だ、と。
そのうえで最終的にマルクスは宗教を否定する側に回る。講師の読みでは、その動機は労働者という人たちが悲惨な環境に置かれていることをどうにか改善したい、そのためには宗教に頼っていてはダメだ、という判断にある。ただし講師はここで重要な留保を置いた。宗教を否定すると言っても、弁証法や唯物論はもともと宗教的な哲学から出ているツールであり、マルクスはそれをかなり多用している。「否定をするという意味を誤解しないでほしい」――対象を全否定しているのではなく、道具は使い続けている、ということである。
公開資料で確認できる事実は次のとおりである。マルクスの父ハインリヒ・マルクス(旧名ヘルシェル・レヴィ)はラビではなく弁護士であった。ラビだったのはマルクスの祖父、そして後には伯父であり、トリーアの地元ラビを務めている。母方の祖父もラビである。したがって「父がラビ」という冒頭の説明は、正確には「祖父・伯父がラビ、父は弁護士」となる。なお講師自身も、後半の質疑(54分ごろ)で「マルクスのお父さんは弁護士だった」と述べ直しており、講義前半の説明を実質的に訂正している。
改宗についても差分がある。1815年のナポレオン敗北後、ラインラントとトリーアはプロイセンの支配下に入り、ユダヤ人は法曹職から締め出された。ハインリヒは弁護士業を続けるため1817年にプロテスタント(ルター派)へ改宗している。カール自身は1824年(諸資料では1824年8月または1825年)に、母や兄弟とともに幼児として洗礼を受けた。つまりカール本人が信仰上の葛藤を経て改宗したのではなく、父の職業維持のための改宗に子として組み込まれた、というのが実際の経緯である。この差は小さくない。講師が指摘する「宗教的バックグラウンドを持つ」という点は残るが、その内実は「信仰の遍歴」ではなく「制度的差別への父の対応」であり、マルクスが宗教を制度・権力の問題として見る素地はむしろこちらの経緯から説明できる。
次に講師は、マルクスが最も重視したものとして「客観性を持って伝えること」を挙げた。道徳、哲学、経済学といった多様な考え方が混在してはいるが、この人が非常に強調するのは「科学的」であることだ、と。自分たちが考えたことではなく、事実からちゃんと推理して導き出したものなので客観性が高い、という論の立て方をする。この「科学的」の強調が、後述する唯物史観の設計と直結する。
そして講師は、この日もっとも強い一文を置いた。「この人は親が経営者で友人が資本家。つまりいいとこのボンボンなんです」。労働者が搾取されているから労働者を救いたいと言っている反面、この人自身は搾取する側にいる人である、と。さらにマルクスは途中から無職になっていくが、友人のエンゲルスは経営者になり資本家の側に立つ。そのエンゲルスに援助されながら生活し、研究を続けた。「資本家のことをある意味否定するような論調が多いけれども、資本家から恩恵を受け続けた人です」。
フリードリヒ・エンゲルスの父はバルメンで紡績工場を所有し、同時にマンチェスターの綿紡績会社エルメン&エンゲルス(Ermen & Engels)の共同経営者であった。エンゲルスは22歳でマンチェスターの同社事務所に送られている。マンチェスターで綿業資本家として働きながらマルクスを金銭的に支え続けた期間は、研究文献ではおよそ20年間とされる(Duke University Press, History of Political Economy 49巻2号「Capitalist Threads: Engels the Businessman and Marx's Capital」など)。つまり講師の「資本家から恩恵を受け続けた」という指摘は、エンゲルスに関しては文字どおり正確である。
マルクスが新聞記者だったという指摘も裏づけられる。マルクスは1842年10月にライン新聞(Rheinische Zeitung)の編集者となり、木材窃盗取締法をめぐる論説などで貧困層の現実を扱った。同紙は1843年にプロイセン当局の検閲により発行停止となる。エンゲルスがマルクスと初めて会ったのも、1842年11月、イギリスへ向かう途中に立ち寄ったライン新聞編集部であった。講師の「弾圧の取材に行っていた」という説明は、検閲と貧困の現場に立ち会っていたという意味では事実に沿っている。
講師は『資本論』の理論的背景として三つを挙げた。唯物史観、階級闘争、共産主義の理想である。そのうち最もベースになるのが唯物史観だ、と。
ここで講師の説明の仕方が独特である。唯物史観の第一命題は「歴史というものには科学の法則のようなものが存在する」だが、講師はこれを事実ではなく大前提として扱えと言った。「これが本当ですから、じゃなくて、これを前提に考えていきます」。つまり検証済みの命題ではなく、公理として置かれたものだという読み方である。
この前提を置いたうえで手続きが始まる。歴史を多方面から観察し、類似性を紐解いて法則を見つけ出す。特にマルクスが参照したのはイギリスの歴史である。法則が見つかれば現状がどのような状況かを検証でき、再現性があるのだから未来の予測にも使えるのではないか――この推論の連鎖が唯物史観の骨格だ、というのが講師の整理だった。
講師は同時に、この定義づけこそが『資本論』を難解にしていると指摘した。「商品と価値が一番説明が難解」であり、逆にこの人の商品と価値のイメージが分かれば他の部分はある程度類推しやすくなる。だが商品と価値は非常に誤解されやすい。私たちが言う商品のイメージとずれていたり、拡大されているイメージが出てくるからだ。価値についても同様である。
そして講師はこの日の到達点をこう置いた。「最低限、唯物史観と、ちゃんと商品から始まる理由。ここの部分をまずは把握することが、資本論に行く前に重要なのかな」。あわせて、『資本論』が難解と言われる理由は前提条件が多いからだ、とも述べている。この概念を使っています、こういう前提があります、という宣言が積み重なる構造になっている。
細胞説はマティアス・シュライデンが1838年に植物について、テオドール・シュワンが1839年に動物について提唱し、1855年にルドルフ・ウィルヒョウが「すべての細胞は細胞から生じる」を加えて確立した。『資本論』第1巻の刊行は1867年であり、マルクスは細胞説が学界の共通言語になった後にこれを書いている。『資本論』初版序文でマルクス自身が、経済学における顕微鏡や化学試薬の代わりとなるのは抽象力であり、ブルジョア社会にとって商品形態は「経済的細胞形態」にあたる、という趣旨を述べている。したがって講師が持ち出した細胞の類推は、後付けの説明ではなくマルクス自身のレトリックに沿ったものである。この日の議論で参加者の渡辺氏が「キャピタリズムの細胞形態なんですよね」と即座に応じたのも、この記述を踏まえた発言である。
なお講師は、この講義の最後に毎回置いている留保をここでも繰り返した。「これが絶対とは言いません。一つの見方としてこういう見方もあるんじゃないでしょうか、という一つの提案です」。そのうえで、表現として誤解がある箇所や補足したほうがよい箇所があれば教えてほしい、と参加者に明示的に開いている。この開き方が、直後の渡辺氏による大幅な拡張につながった。
講師の呼びかけを受けて、参加者の渡辺氏が発言した。この日の議論で最も射程が広がった箇所である。
渡辺氏はまず、講師が単純化して提示した「商品(コモディティ)」こそが今日の落としどころだったと確認したうえで、なぜこの定義の理解が重要なのかを説明した。マルクスや経済学者を遠い存在だと感じている私たちにとって、商品の定義は共通しているからだ、と。そしてこの定義は、私たちが現在了解している商品の定義がいかに狭いかを示してくれる。
渡辺氏はさらに具体例に降ろした。「商品に何を込めているかというと、若いですよとか、若く見られますよとか、愛情が手に入りますよとか。それ全部商品じゃないですか」。宗教的な願いも商品に込められている。目の前にある形になっているもの、誰かが作った商品のことではなく、まだ形になっていない、まだ実現されていない、まだインセンティブにしかなっていないところ――深く掘り下げなければ見つけられない「精神としての商品」まで含む、という読み方である。
渡辺氏はこの読み方の意義を、歴史的社会的な現象を観念や精神ではなく、商品の生産力と商品における生産関係において現代的に見ることだと定式化した。そのうえで「キャピタリズムの細胞形態なんですよね」と締めている。
これを受けて講師が持ち出したのがマイケル・サンデルである。「サンデルは言っているんですよ。今でも世の中にお金で買えないものはある、でもほとんどない、と」。そして渡辺氏の議論とサンデルの指摘が同じことを示していると述べた。渡辺氏はこれを一文で受け直した――「資本主義というのは全てをお金で買えるようにしてきた歴史なんですよ」。
具体例として挙げられたのが介護である。20年前なら家庭の責任と言われたものが、いまやサービスになっている。そういうサービスが必要とされる社会形態・生活形態・家族形態になっているからだ。だから商品はどんどん立ち現れてくるし、そのような価値のために存在してくるものなのだ、と。
サンデルの該当書は『それをお金で買いますか――市場主義の限界』(原題 What Money Can't Buy: The Moral Limits of Markets、2012年)である。同書は、市場の価値の拡大が二つの意味で道徳的に問題だと論じる。第一に経済的不公正を悪化させうること、第二に道徳的平等・市民的義務・協力規範・利他心といった他の価値を「締め出す(crowd out)」ことである。カリフォルニア州で非暴力犯の受刑者が独房のアップグレードを購入できる例、相乗り専用レーンの単独走行権を購入できる例などが挙げられている。したがって講師の要約「お金で買えないものはあるが、ほとんどない」は、サンデルの問題意識の方向としては正しいが、サンデル自身の力点は「買えるかどうか」ではなく「買えるようにすると何が壊れるか」にある点は補っておきたい。
渡辺氏が挙げた介護の例は、日本のデータで裏づけられる。介護保険制度が施行されたのは2000年4月(介護保険法の成立は1997年)であり、それまで家族の責任とされてきた高齢者介護を社会全体で支える仕組みへの転換だった。介護保険の総費用は、2000年度の3.6兆円から2022年度には13.3兆円へと約3.7倍に増加している(財務省・財政制度等審議会資料)。厚生労働省の集計では2024年度の介護費用総額は11兆9,381億円で過去最高を更新した(集計範囲が異なるため財務省資料の数値とは一致しない)。「家庭の責任」が四半世紀で十数兆円規模の市場になった、という意味で、渡辺氏の指摘は数値の裏づけを持つ。
| 観点 | 私たちが日常で使う「商品」 | マルクス/渡辺氏の言う「商品」 |
|---|---|---|
| 対象 | 市場に流通しているモノ・サービス | 人間社会を形づくるものすべて。無形を含む |
| 形態 | すでに形になっているもの | まだ形になっていない、インセンティブ段階のものも含む |
| 役割 | 交換の対象 | 価値・意思・抽象概念をフレームワーク化する装置 |
| 分析上の位置 | 経済活動の一要素 | 資本主義の細胞形態=分析の最小単位 |
| 例 | 飲料、家電、月額サービス | 「若く見られますよ」「愛情が手に入りますよ」、宗教的な願い、介護 |
講師はこの拡張を歓迎した。「渡辺さんの広げ方が非常にありがたい。横に飛んでくれる方がいい」。渡辺氏は「今日は余計なこと言わずにここで終わります」と引いたが、講師は「いつも余計なことじゃない」と返している。なお講師はこの直後、次の論点として商品崇拝=フェティシズムに入る予定だったことを明かし、この日はそこまで進まなかった。労働の話とあわせて、次回以降の宿題として残された形である。