この回の前半は、アルフレッド・マーシャルの理論そのものではなく、理論を建てる前の土台――彼が何のために経済学を選び、どんな順番で概念を積み上げたか――に費やされた。講師は「前提を飛ばして理論だけ読んでも理解には進まない」と繰り返した。
講師(前田氏)は冒頭で、マーシャルという人物を「厳密にいろんなことを組み立てていく人」と位置づけた。最初にコンセプトがあり、そこから設計図が描かれ、設計図があるから第1回・第2回・第3回と理論構成が積み上がっていく。だから理論だけを切り出して読んでも、その人が何を見ていたのかは分からない。この回が理論の中身にほとんど入らなかったのは、意図的な順番の選択だった。
ではコンセプトとは何か。講師の答えは「貧困は必然か」という問いである。マーシャルはヴィクトリア朝の最盛期に活躍した人物でありながら、その繁栄の内側で貧困問題が消えていないことを見ていた。アダム・スミスにもリカードにも、富者と貧者の差が拡大していく現象への関心はあった。ただマーシャルは、そこに「原因があるなら解消する手段もあるはずだ」という実践的な構えを持ち込んだ。他の学問では改善できないが、経済学ならできるかもしれない――だから経済学を選んだ、という順序である。
その目的から、研究対象が二本立てになる。人間そのもの(生活と行動)と、富。この二つを合わせて研究しなければ貧困の改善には届かない、という仮説だ。講師はこれを「マーシャルにとって経済学とは人間の幸福のための科学だった」と要約した。
ただし人間の行動の動機――欲望や満足度――は、そのままでは比較できない。比較できないものは学問の研究対象にしづらい。そこで入ってくるのが貨幣である。貨幣という尺度を通すと、それまで抽象的で共有しにくかった行動や生活が、一度具体的な数字になる。共有可能になる。講師はこの「翻訳」を、マーシャルの方法論の中核に置いた。
後半の対話では、参加者(本間氏)から「経済をコンペティション(競争)で見るのか、フェローシップ(共同)で見るのか」という軸が提示され、そこからキリスト教社会主義、スチュワードシップ、アマルティア・センの飢饉研究、実践理性の二元性へと議論が広がった。マーシャルの経済学が「数値化できないものを数値化した」学問だという点で、前週のウェーバー――本来科学の対象でないものを科学にした人物――と同じ構造を持つ、という接続が示された。
マーシャルは「答え」を作った人ではなく、答えを議論できる共通言語を作り直した人だった。財、富、コスト、待機――既存の言葉をわざわざ定義し直したのは、彼の見ている経済という世界の範囲が、それ以前の経済学とはもう別物になっていたからである。言語ができなければ、そもそも誰も同じテーブルで話ができない。
講師の説明で最も強調されたのは、マーシャルにとって経済学が目的ではなく手段だったという点である。彼が解こうとしていたのは貧困という社会問題であり、経済学はそれを解くのに一番見込みのある道具だった。したがって研究の設計も「貧困を解くには何を知る必要があるか」から逆算される。
貧困は社会の問題であると同時に個人の問題でもある。だとすれば、個人だけを見ても社会だけを見ても解けない。ここから、講師が整理した四つの領域が出てくる。消費者の行動は個人にフォーカスがある。産業と生産は企業にフォーカスがある。需要と供給は市場にフォーカスがある。そして富の分配は社会にフォーカスがある。マーシャルの業績は普通、この四つがバラバラの成果として列挙されるので繋がりが見えにくいが、こう並べ直すと「個人から社会まで、段階的に全部見る」という一本の設計だったことが分かる、というのが講師の読み筋である。
| 領域 | フォーカスの単位 | 貧困問題との接続 |
|---|---|---|
| 消費者の行動 | 個人 | 欲望・満足度という動機の解明 |
| 産業と生産 | 企業 | 富がどこで生み出されるか |
| 需要と供給 | 市場 | 価値がどう決まるか |
| 富の分配 | 社会 | 生み出された富がどこへ行くか |
マーシャル『経済学原理』(初版1890年)第1編第1章の定義は「経済学は、生活のありふれた営みにおける人間の研究である(a study of mankind in the ordinary business of life)」というもので、講師が説明した「人間そのものを研究対象に据える」という読みと一致する。同章は続けて、富の獲得と使用に最も密接に関わる個人的・社会的行動を扱う、と述べており、講師が挙げた「人間」と「富」の二本立ても原典の構成に沿っている。
また、マーシャルが経済学に転じた動機については、彼の関心が当初は哲学と倫理学にあり、社会状況への憂慮と「貧困が多くの社会悪の根源である」という認識が彼を経済学に導いた、という経緯が複数の伝記的資料で共通して記されている。講師の「貧困が出発点」という説明は、この点で公開資料と食い違わない。
行動や生活は抽象的で、抽象的なものは共有しにくい。貨幣を通すと一度具体的になり、共有できるようになる――講師はこの往復運動を、マーシャルが経済学に持ち込んだ最大の技術として説明した。限界革命の効用の議論も、効用そのものを直接見ることはできないが、金額やその動きを通してある程度可視化・数値化できる、という発想の上に立っている。
ただし、可視化できたからといって法則が得られるわけではない。ここでマーシャルの性質規定が出てくる。彼の経済学は「傾向の科学」であって、正解の言及ではない。こういう傾向がありますと言っているだけなので、当然外れることもある。これを象徴するのが ceteris paribus(他の条件が一定ならば)という前提の置き方である。社会の現象は複雑だという認識が先にあり、複雑だからこそ一つに絞って焦点を当てる、という手続きが必要になる。
研究対象は、古典派以前が市場や国家であるのに対し、マーシャルは人間と行動。法則の語り方は、古典派が「これが普遍の法則です」であるのに対し、マーシャルは「この条件においては成り立ちます、こうなりやすいです」。目的は、古典派が国家の富を増やすことであるのに対し、マーシャルは貧困の解消であり、そのためには一人ひとりの教育レベルが上がらなければならないという考えに立つ。同じ経済学をやりながら、見ている点もアプローチも対照的である。
参加者(本間氏)はここに一つの逆転を持ち込んだ。普遍性を主張することは強さに見えるが、実は「自分たちで可能性を限っている」ことでもある。普遍の鉄則では適用範囲が限られてしまうが、条件付きの傾向にすることで適用範囲が限られなくなり、柔軟性を持てる。講師もこれを受けて、マーシャルがやったのは「普遍性を狙う」のではなく「いかに時代に耐えられるか」という視点での理論構築だったのではないか、と応じた。
ceteris paribus という手続きも、経済法則を自然法則ではなく傾向(tendencies)の言明として扱う姿勢も、『経済学原理』第1編で明示的に導入されるマーシャルの基本装置である。講師の説明はこの原典の枠組みに沿っており、独自の解釈を混ぜたものではない。なお ceteris paribus と "cool heads and warm hearts" については前回までの回で扱われているため、本レポートでは繰り返さない。
講師の説明を受けて、参加者(本間氏)から提示されたのが「コンペティションかフェローシップか」という軸である。経済という言葉が指しているものが、国家と国家の富の奪い合い――古典的な戦争、あるいは戦争の資材、それを可能にする経済的枠組み――なのか、それとも仲間意識に根ざした共同なのか。富国強兵のために分配を考えるのは、競争に根付いた見方で経済を見ることである。
これに対しマーシャルの生きた時代は、経済的膨張がある程度の利益を産業にもたらし、生活における貧困や衛生といったインフラに目が向き始めた時代だった。だからこそ共同への期待が持てるのではないか、というのが本間氏の読みである。さらに彼は、この発想の背景に聖書のスチュワードシップ(stewardship)の考え方を置いた。地上の資産は勝手に手に入れたものを勝手に使うのではなく、何らかの秩序を実現するために仮に預かっているものだ、という枠組みである。
ここから議論は、財を物質的なもの(マテリアル)と非物質的なもの(インマテリアル)に分ける論点へ進んだ。マテリアルなものだけが富だという主張には、現代の我々も同意できるところとできないところがある。個人が生み出すリーダーシップ、組織が生み出す富といったものへの理解が進んだ今だからこそ、この区分は生きてくる。講師はこれを受けて、マーシャルの考え方が人的資本やCSRといった現代の概念にかなり直接つながっていることを指摘した。
本間氏は、マーシャルの需給曲線が交わる一点を、二つの自由の重なりとして読んだ。ひとつは主観的自由――自分の倫理や道徳に照らして自分で決定できるという自由。もうひとつは客観的自由――それを可能にしてくれる法律・国家・市場の枠組み。この二つが重なる一点に、社会の発展や人間的な組織の完成という意味での接点を見ていたのではないか、という解釈である。彼はこれを「ある意味キリスト教社会主義と言える」と表現した。
本間氏はさらに、マーシャルに影響を与えた人物としてフレデリック・モーリスの名を挙げた。また、実践理性の二元性――個人の幸福追求という功利主義的な計算と、宇宙全体の調和という功利主義的な考え方――のどちらを起点に統合するかで、ウェーバーとマーシャルの道が分かれる、という整理も示された。ウェーバーは科学的方法という客観性の側で一元化し、マーシャルは個人の幸福追求という計算方法から出発して、それが自由として実現されるところへ持っていった、という違いである。
発言中の「フレデリク・モーリス」は、英国国教会の神学者 Frederick Denison Maurice(1805–1872)を指すと考えられる。彼は J. M. F. Ludlow、Charles Kingsley とともに1848年から1854年にかけてキリスト教社会主義運動を主導した人物であり、この人物同定自体は公開資料と整合する。
ただし、モーリスがマーシャル個人に影響を与えたという因果関係については、今回の調査範囲では直接裏づける記述を確認できなかった。確認できたのは、マーシャルがもともと形而上学・倫理学から出発し、社会状況への関心を経て経済学に移った、という一般的な経歴のみである。この接続は本間氏の見立てとして受け取り、断定はしないでおくべき箇所である。
もうひとつ、対話で出たのがアマルティア・センのベンガル飢饉研究への接続である。本間氏は、飢饉が単なる組織的な食糧不足だったのか、それとも個人におけるフェローシップが発揮されなかったことによる飢饉だったのかを問うた。食料は財としてあったのに物価が上がり、戦時インフレの中で貧しい者が死んだ――これを構造的問題として、単なる市場の問題にしてよいのか。ミクロのレベルで構造を変化させる経済学を立てられなかった側の責任ではないか、という論の運びである。
発言中の「インドの人」「アマルテア」はアマルティア・センを指す。センのベンガル飢饉(1943年)分析の核心は、食料の絶対量が不足していたのではなく、人々が食料を手に入れる権原(entitlement)が崩れたことに飢饉の原因があるとした点にある。「食料はあったのに買えなかった」という本間氏の要約は、この権原アプローチの骨子と一致している。
講師がこの回の結論として置いたのは、マーシャルが「新たな共通言語を作成した」という理解である。経済に関する考え方、認識、アプローチが違えば、世界観が違う。世界観が違えば、それまでの言葉はそのままでは通じなくなる。だから見直して、もう一度定義して、言語を作り直す。言語ができなければみんなで話ができない――これがマーシャルの果たした役割だった、というまとめである。
この「定義し直し」の具体例として、対話の中でコストの扱いが取り上げられた。コストを犠牲や節制として語るのではなく、待機(waiting)という概念に変換する。時間を単なるコストとしてではなく、待つことにおける力として捉え直す。すると同じ現象の定義も捉え方も変わってくる。本間氏はこれを「用語が可能にした経済学の余白」と表現した。
あわせて講師が挙げたのが、合理的経済人、完全競争、代表的企業といった単純化された道具立てである。複雑性を持ったものをそのまま理論化するのは難しいので、単純化した指標を作って見ていく。マーシャルはこの物差しを二つ使い分けたのではないか、という見方が示された。
講師は、マーシャルを読んでいて最も疑問に思ったのが価格弾力性と余剰であり、なぜこの人がここまでこの二つを重視したのかが最初は繋がらなかった、と率直に述べている。東洋子(=おそらく人名の聞き取りで、原意は特定できない)まで調べたが繋がらなかったが、今日の対話(主観的自由と客観的自由の接点という読み)からすると繋がってくるのかもしれない、というのがこの回時点での到達点である。価格弾力性そのものの解説はこの回では行われていない。