熊本コメ農家の事業相談・PLとBSで見える本当の課題
この回のレポートは全4本に分割しています。本ファイルはその1本目、テーマは「財務診断と相談の受け方」です。
このパートは、熊本県でコメを生産する年商3.7億円・EC比率95%の企業に持ち込まれた事業相談の初動を扱う。海外展開の勝ち筋やバイアウト可能な事業単位の切り出しを持ち時間15分で問われた相談者に対し、参加者は売却時期や研究内容に質問を広げたが、経営者陣が最初に求めたのは財務諸表一式だった。売上の話だけでファイナンスが見えない段階で戦略を語る、その順番の誤りが指摘された場面である。
続いて開かれたPLで判明したのが、営業利益率3.2%(約410万円)という薄さである。最大の要因は売上比13.5%(約5,000万円)のプラットフォーム販売手数料で、海外エージェント経由のコミッション約3%との対比で「高すぎる」と断じられた。配送費4%(約1,500万円)、広告宣伝費4.5%(約1,600万円)も合わせて分解し、どこにメスを入れるべきかが議論された。
バランスシートは現預金4,000万円・売掛金5,700万円・棚卸資産700万円・買掛金2,700万円と流動性は健全だが、そのことと企業価値が高いことは別問題だと結論づけられた。売上の99%がオンライン依存という構成が評価額の天井になっており、財務の健全性だけでは買い手はつかないという診断がこのパートの主題である。
講義開始前、運営スタッフとの雑談から場が立ち上がる。同時接続は開始直前で150名、最終的には300名を超えた。ゲストの小山氏を9時半に共同ホストへ引き渡す段取りが確認される裏で、主催者から「今日、事業相談で面白いのが来た」と切り出されたのが、この日の前半セッションの発端である。
相談は主催者の顧客からのもので、その場でアドバイスした内容が、他のビジネススクールや日本のコンサルティング会社から受けていた助言と真っ向から食い違ったという。そこで、いきなり参加者に問いが投げられた。オンライン系のビジネス・無形商材・コミュニティ運営をしている参加者を指名しながら、「あなたが万が一この相談を受けたら、どう回答しますか」と聞く形式である。能力値の高い経営者・研究者はいったん指名から外され、まず若手・オンライン事業者から回答を取りに行った点は、この場の設計意図がよく表れている。到達点を先に見せるのではなく、参加者の現在地を可視化してから答え合わせをする構成である。
熊本県でコメを生産/年商 3.7億円/営業利益率 約3.2%(約410万円)/販売チャネルは EC が約95%、海外が約5%/現預金 4,000万円・売掛金 5,700〜6,000万円・棚卸資産 700万円・買掛金 2,700万円/直近、香港ペニンシュラへの供給が決定/熊本大学とコメの共同研究に着手予定。
この情報だけを渡され、持ち時間15分で「海外展開の勝ち筋」「3年後を見据えた事業構造の組み換え」「バイアウト可能な事業単位の切り出し方」「今後やるべきことの明確化」の4点に答えよ、というのが設問だった。
参加者から挙がった質問項目は、資金回収のサイクル、バイアウトの希望時期、希望売却価格、熊本大学とどんな研究をしてどんな米を開発しようとしているのか、海外の取引先はどこか、借入可能な信用力があるか、自己資本比率と利益剰余金、そして年商3.7億円が米価高騰による一時的なものか複数年の実力値かを見るための過去数年の推移、といったものだった。個々には妥当な質問だが、この場では「今の回答を経営者陣に聞いたら殺される」と評された。理由は、優先順位である。
経営者陣が最初に挙げたのは、財務諸表一式の提出だった。数年分のファイナンスがどうなっているかを一通り出してもらう。売上の話しか出ていない段階で、事業構造の組み換えや売却単位の切り出しを議論しても、根拠がない。加えて指摘されたのが、買い手側の想定である。どういう買い手を想定し、その相手にどの程度の資金力があるのか。類似の売却事例をどこまで収集しているのか。自社の状態を正確に把握することと、相手を正確に見ること——この両方が揃わなければ、そもそも「売る」という交渉のテーブルに着けない、という整理だった。MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)を聞くか、という問いには「聞かない」と即答されている。
① 自社の健康状態(PL・BS・数年推移)→ ② 買い手の想定と資金力・類似事例(マーケットリサーチ)→ ③ そのうえで戦略。
この順番を飛ばして③から入るのが、日本のコンサルティングに典型的な失敗パターンとして名指しされた。
別の角度から入ったのが、ペニンシュラとの提携そのものに着目した見方である。将来的にバイアウトするなら最も面白いのは提携契約の中身であり、それがグローバルに展開可能かどうか。国内で稲作を行う場合、通常は年1毛作であり、供給量は田んぼの確保に規定される。田んぼは1年で簡単に買えるものではないため、サプライがどの確率でどれだけ確保できるかを見極め、キャッシュフローベースで3年後のバイアウト可能性を測るべきだ、という論点だった。そして最も重要な問いとして提示されたのが——ペニンシュラは何を評価してこの会社と組んだのか——である。この問いが、後半の議論すべての起点になる。
セッション中、複数の参加者から「海外で3倍の価格で売れる」「売却も3倍」という発言があった。この数字は公開データとは整合しない。農林水産省がまとめた香港向けコメ輸出の資料では、香港の小売店売価は国内保税庫納入価の約1.95倍、国内希望小売価格の約1.42倍とされている。また香港市場では、同じコシヒカリでも日本産はカリフォルニア産の約1.6倍、中国産の約2.5倍という価格差がついている。
つまり「同一商品の国内価格に対して3倍」ではなく、「国内小売比で1.4倍前後、競合産地比で1.6〜2.5倍」というのが実勢に近い。しかも2025年の国内米価高騰により、この内外価格差はさらに縮小している。日本産米が海外で「安く見える」局面すら生じており、シンガポールでは日本産が5kg 3,500円程度と、日本国内より安いという報告もある。「海外に出せば3倍」を前提に売却額を逆算すると、DD(デューデリジェンス)で必ず崩される。実際の提携条件(ペニンシュラとの取り分)と現地小売価格を実データで押さえるべき論点である。
財務諸表を開いて最初に指摘されたのは、売上3.7億円に対する営業利益率3.2%という数字である。ECで3億円超を売り切っていること自体は評価に値する。にもかかわらず利益がここまで薄いのはなぜか、を分解したのがこのパートである。
売上比率で最大の食い潰し要因が、Amazonをはじめとするプラットフォームへの販売手数料だった。海外輸出を含めエージェントを通した場合のコミッションが概ね売上の3%であることとの対比で、13.5%という水準は「仲介手数料としては高すぎる」と断じられた。上場企業のCFOにこの数字を出せば海外から何をやっているのかと言われる水準であり、この点に疑問を持たないままM&Aを検討しても、まともな投資家はつかない——というのが結論である。参加者からの「サラ金並みですね」という比喩に、そのとおりだ、これを日本の経営者のほとんどが当たり前だと思っている、と応じている。
Amazon.co.jp の販売手数料は商品カテゴリー別に定められており、食品・飲料カテゴリーは商品価格750円以上で8%、750円未満で5%(いずれも最低販売手数料30円)である。したがって「13.5%」は販売手数料単体の数字ではない可能性が高い。
考えられる内訳は、販売手数料8% + FBA配送代行手数料 + 在庫保管手数料 + ポイント原資 + スポンサープロダクト広告費の一部、といった合算である。コメは重量物のため、FBAを使う場合の配送代行手数料はサイズ・重量区分で大きく膨らむ。発言をそのまま「Amazonの手数料が13.5%」と受け取ると議論を誤る——正しくは「プラットフォーム経由の販売にかかる総コストが売上比13.5%」であり、このうち削減余地があるのはFBA部分と広告部分になる。手数料が高いという結論自体は変わらないが、どこを削るかの打ち手は内訳によって全く変わるため、明細ベースでの再分解が必要である。
BtoC向けの個別配送が多いことに起因するコストである。後段で、ペニンシュラのようなBtoB取引であれば一括コンテナ出荷で完結し、パッケージ費・配送費が圧倒的に低くなるという対比が示された。ここは販路構成を変えるだけで直接効いてくる項目である。
過去データを見たところ、新規顧客の契約単価自体が上昇傾向にあったため、広告費を4%台に抑えているのは「あり」と評価された。このパートで唯一、肯定的な評価を受けた費目である。ただし前段の中間手数料13.5%が乗っている時点で構造としては破綻している、という但し書きがついた。
販売管理コストだけで売上の半分近くが持っていかれている。これは価格決定権と顧客接点の両方を他社に預けた結果であり、売上を伸ばすほど手数料の絶対額が増えるという構造そのものが問題である。「たくさんの人が買ってくれるから」という理由でこの構造を受け入れているうちは、利益は改善しない。
バランスシートについては、現預金4,000万円に対し売掛金5,700万円、棚卸資産700万円、買掛金2,700万円という構成で、流動比率としては健全性が保たれていると評価された。在庫比率と買掛・売掛のバランスを見ても数字は悪くない。資金繰りの決済という部分では、そこまで悪い状態ではないという判断である。
にもかかわらず、企業価値についての評価は厳しい。「今やっていることはAmazonで販売しているに過ぎず、こんなものは企業価値も何もない状態」——EC比率95%、ペニンシュラを含めても実質的にオンライン依存が99%という構成が、そのまま評価額の天井になっているという指摘である。財務が健全であることと、高く売れることは別問題だ、というのがこのパートの主題だった。
この「オンラインは売上が上下する」という論点は、後段で改めて強調された。無形商材系ビジネスは売上高の上下動が激しい。一方、大手企業や上場企業は、良かった月と悪かった月がある、といった振れ方をしない。買い手が求めるのは「買収後も必ず売れるだろう」と説明できる経営基盤と売上基盤であり、それはアナログの取引関係によってこそ作られる。だからオフラインの強化が必要になる——という論理である。