生のピッチを見た直後に交わされた、ファイナンス条件の読み方と投資判断の基準についての実務的な会話。プレゼンの水準が調達に直結するという話から、Exitシナリオ、そして「何を見て投資するか」までを再構成する。
この日の後半、ゲストが退出したあとに交わされた会話は、この回で最も実務的な部分である。テーマは、たった今見たピッチをどう値付けし、どう資金を出し、そして何を根拠に投資判断するか、である。
まず出たのは、日本のベンチャーキャピタルにはおそらく来ないだろう、という見立てだった。理由は意思決定の遅さで、特にアーリーステージでは面倒である。したがって、日本で調達するとしても着地はエクイティではなくデットになる可能性が高い、という読みが示された。純粋なデットではベンチャーキャピタルは取らないので、オプションバリューを付ける必要がある。メザニンのような形か、あるいは転換権を付けるか。ベンチャーキャピタルのデットは金利が高い、という現実も併せて語られた。
先方のファイナンス設計に対する評価は高かった。財務データは既にすべて受け取っており、シードで20%程度を放出するという条件も、MOIC で4倍まで持っていった後にデットへ切り替えるという設計も、明確に組まれていた。「その辺のファイナンスのところはすごい」「かなりしっかりしている」という評価が繰り返されている。
そして最も重要な原則が、最後に提示される。投資判断において見ているのは、最初のプランニングの素晴らしさではない。最初のプランは必ずバグを含んでいるし、無理なことも言っているし、非現実的な部分もある。そこを突っ込んでも仕方がない。大事なのは、何かに直面したときにこの人がそれを変える能力を持っているか、あるいはそういうメンバーが揃っているかである。そこにしか興味がない――そう明言された。サービスは市場に流してみないと分からないのだから、最初から完璧なプランを作ることは絶対に不可能だからである。
ゲスト登壇の前、雑談の流れの中で、なぜ自分がここまで高い水準のプレゼンテーション教育を提供しているのかが語られた。率直に言えば、日本のプレゼンでそこまでのレベルは必要ない。スタートアップのピッチに行ったとしても、あのレベルのことをやっている人はいない。それでもやるのは、いずれ必要になる場面が来るからである。
具体例として挙げられたのが、日本の空飛ぶクルマ企業がサンフランシスコに行ってプレゼンで優勝できなかった、という事例だった。プレゼンがうまくなくて調達ができなかった事例はいくらでもある。そういうところに向けて、そのレベルのものを提供しなければ自分がクラブをやっている意味がない――要求水準の高いものを今後も供給し続ける、という宣言である。プロの俳優にプレゼンテーションの演技指導をしなければならない理由がよく分からない、という自嘲を挟みつつ、そこまで細かくやらなければ他のプレゼン合宿と変わらなくなってしまう、という理屈が語られた。
加えて、医療領域で海外と戦っていく参加者がいるという文脈で、そうしたコミュニケーションスキルはグローバル標準に合わせる必要がある、と結ばれている。この日の英語ピッチをそのまま通訳なしで実施したのも、同じ思想の実践である。
発言中の「スカイドライブがサンフランシスコに行ってプレゼンで優勝できなかった」という事例について、公開情報を確認した。
空飛ぶクルマを開発する株式会社SkyDrive は、2022年7月21日に「スタートアップワールドカップ2022 日本予選」で優勝している。同大会はペガサス・テック・ベンチャーズが主催する世界最大級のグローバルピッチコンテストで、世界70地域以上で地域予選が行われ、各地域の優勝者がサンフランシスコで開催される世界大会に進出する。賞金は100万ドル規模の投資である。
つまり、日本予選では優勝しており、その後サンフランシスコの世界大会に日本代表として進んだが、世界大会での優勝は逃した、というのが正確な経緯と考えられる。発言の「サンフランシスコで優勝できなかった」という部分は世界大会を指していると読めば整合する。ただし、優勝を逃した原因がプレゼンテーションの巧拙にあったのかどうかは、公開情報からは確認できない。要確認
なお、SkyDrive はその後も資金調達を継続しており、総額96億円規模の調達を実施、2025年夏の大阪・関西万博でデモフライトを実施している。プレゼンで優勝を逃したことが事業の停滞を意味したわけではない。
ピッチの中で明かされた資金調達の構図は、地理的な二重価格になっていた。現在の提示はプレマネー2,500万。一方でシリコンバレーの投資家と協議しており、そちらではバリュエーションを倍――5,000万へ――引き上げる話が進んでいる。日本側についてはより保守的なアプローチも見ているため、現在の条件を残している、という説明である。
この構図について、登壇者自身がその理由を明確に述べていた点は注目に値する。日本市場もスイス市場も、シリコンバレーのようなラウンドは追わない。より地に足の着いたアプローチを取る。だからこそここでアプローチしている――という説明である。裏を返せば、シリコンバレーでは高いバリュエーションが通り、日本とスイスでは通らないという市場特性を、価格設定に織り込んでいる。
会社と資金調達をスイスに置いている理由も明示された。投資家にとっての投資の安全性という面で意味がある、という説明である。市場そのものは非常にゆっくり動くが、自分たちのスピードはその国では比類ない、という自己評価も添えられた。
主催者側の見立ては、これに現実的な補正を加えるものだった。日本のベンチャーキャピタルに声をかけても、あまり来ない可能性が高い。意思決定が遅く、面倒だからである。特にアーリーステージではそうで、自分もあまりアプローチしたくない。したがって、日本で資金が付くとすればおそらくデットになり、エクイティにはならないだろう、という予測である。ただし「場合による」という留保も付いた。
この回で最も実務的な部分が、資本構成についての短いやり取りである。整理すると次のようになる。
先方のプランでは、シードの段階で20%程度を放出する設計になっていた。そしてMOIC――投下資本倍率――で概ね4倍まで持っていったあとに、デットへ切り替えるという段取りが明確に組まれていた。この「4倍まで来たらデットに切り替える」という設計が明確にできていたことに対し、プランニング自体がしっかりしているという評価が与えられている。財務系のデータはすべて受領済みで、その場で突っ込みも入れたうえでの評価である。
日本で出すとすればデットになる、という予測に対して、参加者から出たのがメザニンという選択肢だった。オプションが入れば出せる、という指摘である。これに対する回答が、この節の核心になる。オプションバリューを付けないと、ピュアデットは取られない。特にベンチャーキャピタルはそうである。そしてベンチャーキャピタルのデットは金利が高い――当然だが、という補足が付いた。パートを転換する、つまり転換権を組み込むという理解でよいか、という確認もなされている。
| 資金の出し方 | 出し手から見た性質 | この案件での位置づけ |
|---|---|---|
| エクイティ(シード) | 上値は青天井だが、全損リスクを負う。シードでは20%程度の持分放出が想定されていた。 | シリコンバレー側で想定される形。バリュエーションは倍の水準で協議中。 |
| ピュアデット | 元本と金利の回収が上限。ベンチャーキャピタルはこれ単体では取らない。ベンチャーデットの金利は高い。 | 日本側での着地として予測されたが、単体では成立しにくい。 |
| オプション付きデット/メザニン | 下方はデットで守り、上方はオプションで取る。転換権やワラントを組み込む形。 | 日本の投資家に対して現実的な妥協点として提示された選択肢。 |
もしこの事業がうまくいった場合の懸念点として挙げられたのが、米国の大手ヘルスケア企業による買収シナリオだった。相手側は情報も持っており、それを展開できるだけのリソースと内部体制がある。本当に良いシステムだった場合、おそらく買収されるだろう――という読みである。
そのうえで、戦略的にはむしろそれが良い、という評価が続いた。欧州である程度広げておいてから買収されれば、それは欧州のプライマリケア領域のサービスシステムごと買われるのと同じことになる。そうなると今度は、大手プラットフォーマーにとって脅威になるようなモデルも組める――という発展形まで語られた。相手はそこまで描いているのか、という問いに対しては、デバイスとの連携まで含めて考えているようだ、という回答が示されている。おそらくシステムのライセンス提供になるので、ある程度契約を取ってしまってから売却する形になるのではないか、という読みである。
買収の主体として名前が挙がった米国大手について、公開データを確認した。
UnitedHealth Group 傘下の Optum は、2025年7月時点で9万人超の医師を直接雇用または契約下に置いており、これは全米の医師の約10%に相当する。ただし内訳は、直接雇用が約9,000人、残る8万人超はリスク契約下の独立系医師である。2023年時点で Optum はサービス量ベースで全米プライマリケア市場の2.71%を掌握し、ペイヤー系プロバイダーとしては最大である。
財務面では、2025年第2四半期の Optum 全体の売上高は672億ドル(前年同期629億ドルから増加)。ただし Optum Health セグメントは前年同期比7%減の252億ドルと減収であり、医療利用の増加、フルリスク契約の価格設定の失敗、メディケア資金の削減が理由とされている。
2025年10月には、9万人の臨床医のエンタープライズを、提携医師中心から雇用医師中心へ再編する方針が報じられている。プライマリケアの囲い込みという戦略の方向性自体は継続しており、欧州のプライマリケアネットワークが買収対象として魅力を持つという読みは、この文脈と整合する。ただし Optum Health の減収は、このモデルの収益性が自明ではないことも同時に示している。
セッション中、「ワンストップで全部サービスを提供できる仕組みは、欧州のソーラーパネルでかなり成功しているモデルだ」「同じような形の太陽光モデルで成功しているので、それに似たメディカル版だと見た」という指摘があった。これは実在するモデルを指している。
ドイツには欧州最大級のソーラー設置スタートアップが2社ある。ハンブルク拠点の 1Komma5° は、既存の設置業者を買収する戦略を取り、ドイツ、オランダ、スウェーデン、デンマーク、オーストラリアで40件の買収を完了。2021年7月の創業からわずか23カ月で、G2VP がリードした2億1,500万ユーロのシリーズBにより10億ユーロのユニコーン評価に到達した。ベルリン拠点の Enpal も2021年にドイツ初の「グリーンユニコーン」となり、これまでにデット36億ユーロ、エクイティ約6億ユーロを調達している(投資家に BlackRock、SoftBank、HV Capital)。
ただし重要な後日談がある。1Komma5° の創業者は、同社が前年に小規模設置業者の買収を停止したことを明らかにしている。市場シェアを築いた手法そのものを止めたということである。両社とも市場環境の悪化に直面しており、ロールアップモデルが恒久的に機能するわけではないことを示している。「太陽光で成功しているモデル」という類推は正しいが、そのモデルが現在も順調かというと、そうとは言えない。類推を使う場合は、元のモデルの現在地まで確認する必要がある。
この回で最も再現価値の高い原則が、講義開始直前に提示された。曰く、大事なことは最初のプランニングが素晴らしいかどうかとは全く関係ない。重要なのは、最初のプランニングがダメでも、この人が最終的にそれを解決する能力があるのかを見極めることである。そこを見なければ投資はできない。
理由は明快だ。最初のプランニングには必ずバグがあるし、無理なことも言っているし、非現実的な部分もある。そこを突っ込んでも仕方がない。大事なのは、何かに直面したときにこの人がそれを変えるような能力を持っているか、またはそういうメンバーが揃っているかである。そこにしか興味がない――と明言された。最初から完璧なプランニングを作ることは絶対に無理である。なぜなら、サービスは市場に流してみないと分からないからだ。
この原則の実例として、医療デバイス企業の話が紹介された。当初この会社が手がけていたのは、医療現場に監視カメラを設置し、患者の危険な行動を把握する、という事業だった。しかしこれはうまくいかず、いったん諦めることになる。
重要なのはそこから先である。この会社は医療機関とのコラボレーションを維持したまま、データを集め続けた。目的はあくまで「危険な行動を極力防止すること」であって、監視カメラという手段に固執していたわけではなかったからだ。そのための手段としていくつかのサービスを立ち上げ、どれが適切かを試しながら、現在も展開を続けている。そういう変化をしているからすごい、という評価で、実際に訪問して見てきたという。
言及された企業は、台湾発のヘルスケアスタートアップ Humetrics Inc. と考えられる。同社は2024年の「H.C.R 第51回国際福祉機器展&フォーラム」に、スマートベッドセンサー「iCue スマートケアアシスタント」を出展している。
ベッドに設置したセンサーで患者の状態と行動を検知するというプロダクトは、「医療現場で患者の危険な行動を把握する」という目的を、カメラではなくベッドセンサーという手段で実現するものである。手段を差し替えながら目的を維持したという説明と、公開されている製品ラインは整合している。ただし、同社が当初カメラベースの事業を手がけていたという創業初期の経緯については、公開情報からは確認できなかった。要確認
「監視カメラで患者の危険行動を検知する」を目的として持ってしまうと、カメラがうまくいかない時点で事業が終わる。プランの精度を上げることに投資が向かい、方向転換の判断が遅れる。
「危険な行動を極力防止する」を目的に据えていれば、カメラが機能しなくてもデータ収集と医療機関との関係は資産として残る。手段だけを差し替えて再挑戦できる。投資家が見ているのはこちらである。
この回の後半は、そのまま本編の講義に入っていく。テーマ設定の理由として語られたのは、視聴者からの問い合わせだった。日本のイノベーションの話をせずにアメリカや海外のことばかり話すのはなぜか、日本のことは嫌いなのか、事例が少ないのは分かるがなぜ話してくれないのか――そういった連絡が相当数届いているという。
そこで提示されたのが、イノベーションの二つの型である。一つは外部から知を引っ張ってくるタイプのイノベーション。もう一つは内部の情報を統合するタイプのイノベーションである。そして後者、内部統合型には、日本にものすごく良い事例がある――そう前置きして名指しされたのが任天堂だった。
参加者から挙がった日本のイノベーション事例は、富士フイルムの化粧品参入(フィルムの技術を化粧品業界に転用したもの)、味の素のアミノ酸技術を半導体向けフィルムに応用した事例、そして青色LEDである。
富士フイルムの化粧品参入:2006年に化粧品事業へ参入し、2007年からスキンケアシリーズ「アスタリフト」を発売した。技術的な接続点は明確で、写真フィルムの材料の約半分が肌の主成分と同じコラーゲンであること、写真の色あせを防ぐための抗酸化の知見、そして成分をナノレベルまで微細化・安定化する乳化・分散技術である。主成分には天然の抗酸化物質アスタキサンチンが据えられた。「写真技術を化粧品に転用した異業種参入」の代表事例として広く引用されている。
味の素の半導体材料:アミノ酸製造技術から派生した層間絶縁材料「味の素ビルドアップフィルム(ABF)」は、半導体パッケージ基板向けで極めて高いシェアを持つ。要確認(今回の検索範囲では詳細データを確認できなかった)
講義は、任天堂の20年間の売上高推移を見ることから始まった。イノベーションが起きたと言われる会社の事例では、まず売上高の推移を必ず見ること――そこで過去に何が起きて、どうなったのかを読むこと。これが方法論として提示された。
2005年から2008年、決算期で言えば2006年3月期から2009年3月期にかけて、任天堂の売上高は3倍規模に成長し、1.8兆円に達した。そして今年の業績は2兆円規模になる見込みで、これは2009年以来の最高額である――ということは、その間に何があったのか気になるはずだ。そこから説明していく、という導入で講義が始まった。
まず過去のピークについて。2009年3月期の連結売上高は1兆8,386億円で、発言の「1.8兆円」と一致する。2006年3月期の5,092億円と比べると約3.6倍であり、発言中の「3倍」は控えめな表現である。
その後の落ち込みも公開データで確認できる。2009年3月期をピークに8期連続の減収となり、2012年3月期には6,476億円まで縮小した。さらに2012年3月期から2014年3月期までの3年間は営業赤字である。2017年発売のNintendo Switchによって回復し、2021年3月期には1兆7,589億円まで戻したが、ハードのサイクル末期にあたる2025年3月期には1兆1,649億円まで再び低下した。
そして発言時点(2025年9月)の情報と、その後の確定値には差がある。会社が期初(2025年5月)に公表した2026年3月期の売上高予想は1兆9,000億円だった。セッション中に語られた「売上目標が2兆円」という数字は、この会社予想をやや上回る言い方になっている。
実際の着地はさらに上振れした。2026年5月8日発表の2026年3月期決算では、売上収益2兆3,130億円(前期比98.6%増)となり、初めて2兆円を突破。2009年3月期以来17年ぶりに過去最高を更新した。当期純利益は52.1%増の4,240億円である。「2009年以来の最高額になる」という発言時点の予測は、結果として的中しただけでなく、想定を大きく超える水準で実現した。