価格弾力性は商品の性質ではなく、売り手が設計できる変数である。その設計思想がもっとも露骨に現れる場所として生命保険が解剖された回。
この日の後半は、価格弾力性という概念を売り手の側から見直す時間になった。前半のウェーバー講義では、弾力性は市場合理性の高低を映す指標として扱われていた。ところが実務の側から見ると、弾力性は与えられた条件ではなく、設計できる変数である。同じ商品でも、買い手の情報アクセスが低ければ値上げしても需要は落ちない。つまり弾力性の高い商品を、弾力性が低いかのように売ることが可能になる。
この構造がもっとも制度的に洗練されている例として、生命保険が取り上げられた。平準保険料という仕組みは、若いうちに本来必要な額より多く払わせ、その差額を将来のリスクに備えて積み上げていく。ところが途中で解約されると、積み上がった分の相当部分が保険会社側に残る。講師はこれを解約余剰と呼び、解約率の高い低所得層が、解約しない富裕層の契約を財務的に支えている構図として説明した。
さらに議論は、2026年1月に表面化したプルデンシャル生命の問題に接続する。フルコミッション制と高額な初年度手数料、そして解約されると手数料が戻される「戻入」の仕組みが、営業員に顧客を解約させないための異常な密着を強いる。関係が深くなるほど、その関係が別の商材を売る導線に転用される。制度が設計された時点でこの帰結は織り込まれている、というのが講師の見立てである。
この日は、前日の面談に講師が途中から乱入した件の振り返りから始まった。参加者から見れば雑談ばかりしているうちに商談が決まっていたように見えたが、当人の説明はもっと身も蓋もない。面談が長引くとゲームができないので、自分が入って速攻で終わらせるつもりだった、というだけである。しかも結果として通常の三分の一以下の時間で終わり、当人はゲームに参加しようとして満員で入れなかった、という落ちがついた。
ただし、そこに実務的な含意がなかったわけではない。講師は「入ったほうがいい」とすら言っておらず、クロージングの手続きを一切していない。それでも相手は入り方を聞きたくてたまらない状態になっていた。話に飲み込まれて前のめりになった瞬間に一言を差し込むだけで、手続きとしてのクロージングを置いておいても心のほうは先に決まってしまう、という説明である。参加者からは、一対多ができるようになると一対一の会話が別物になる、という観察が出た。
もうひとつ、この日に収録されたというコラボ動画の話題があった。相手はPR会社の担当者で、講師が月額60万円ほどを払っている取引先である。100万円でも払う価値があると評価する一方で、その人物が語った内容として紹介されたのが、テレビやメディアに出ている人間の99.9%は偽りの姿であり、本物は絶対に出てこない、という断言だった。何もないところから人物像をどう作り上げるかという手法まで説明されたという。自分のやりたいことをやろうとする人間はうまくいかず、言われたことだけをやり続けた人間がうまくいっている、という趣旨の発言も紹介された。
メディア上の人格が意図的に構築されたものだという話は、この回の後半の主題である情報の非対称性と同じ構造を持つ。作り手は設計していることを知っており、受け手は自然に生じた人気だと受け取る。この非対称が価格(=出演料、講座料金、商材価格)を支える。PART 1以降で扱われる「価格弾力性は思わせ方で下げられる」という論点の実例として読むと、雑談と本題が一本の線でつながる。
参加者の一人が長めに展開したのが、価格弾力性を強者と弱者の関係で読む議論だった。価格弾力性が高い商品は、値上げすれば需要が落ちる。だから普通に考えれば売り手にとって不利である。ところが、需要が落ちることを買い手に気づかせない設計ができれば話は逆転する。何を出しても売れる状態を作れた側がもっとも強い。
本来の意味で弾力性が低い商品を作るには、技術力やブランド、社内の基盤、人材、リソースといった巨大な投資が必要になる。それに対して、弾力性が高い商品を弾力性が低いかのように売るほうが、はるかに安上がりである。そのために最も手っ取り早い方法は何かというと、情報アクセスの低い相手に売ることだ、という結論になる。
| 事例 | 本来の弾力性 | なぜ落ちないか |
|---|---|---|
| AI・ビジネス系スクール | 高い(代替が無数にある) | 中国で無料配布されている水準の内容が数十万円で売れる。内容を比較する情報を買い手が持たない |
| 大手キャリアの通信プラン | 高い(格安SIMという代替がある) | 複雑なセット割と解約金でプラン比較の認知コストが跳ね上がる。「店員に任せます」は代替探索の放棄と同義 |
| 留学斡旋 | 高い(自分で手続きできる) | 英語での交渉と手続きを外注させることで、年間600万円という価格が正当化される |
留学斡旋については、講師自身の体験が具体的に語られた。斡旋会社に頼めば年間600万円かかると言われた一方、自分で高校に何十件も電話をかけて交渉した結果、学費・寮費・食費込みで年間1万ドル弱で済んだという。日本の私立高校と変わらない水準であり、成長期の食費を親が負担しないことまで考えれば安い。にもかかわらず「留学しているのでお金がない」と語られる。差額は留学費用ではなく、情報の非対称性に対して支払われている、という整理である。
ここから議論は生命保険に移る。きっかけは参加者からの、なぜ保険を売って年収1億円、2億円という人が出るのか、という素朴な疑問だった。講師の答えは、生命保険こそ情報の非対称性を使ったもっとも儲かるビジネスだ、というものである。
説明の中心に置かれたのが平準保険料の仕組みである。20代の死亡確率は低く、リスクに見合った保険料は極めて小さい。80代になれば逆に高額になり、そのままの料率では誰も払えない。そこで保険期間を通じて一定額に均した保険料を設定する。若いうちは本来必要な額より多く払い、その差額が将来のために積み上がる。ここまでは保険数理の教科書どおりの話である。
問題はその先だ、というのが講師の指摘だった。積み上げの途中で解約すると、解約控除などによって積み上がった分の相当部分が戻ってこない。そして誰が解約するかというと、目先の資金に困りやすい層である。インフレ、為替変動、雇用不安といった局面で生活が苦しくなるのは余裕資金を持たない側であり、余裕のある側は解約しない。結果として、解約した側が置いていった分が、解約しない側の契約を支える原資になる。講師はこれを「経済的弱者が経済的強者を支える逆方向の再分配」と表現した。
講義で挙げられた「ラプス・サポーティング・プライシング(解約支援型価格設定)」は、保険数理の分野で確立した用語である。定義としては「価格計算において最終的な解約率をゼロと置いた場合に収益性が著しく低下する商品」を lapse-supported product と呼ぶ。つまり、一定の解約が発生することを前提に保険料が低く設定されている商品を指す。実務家の解説では、解約控除や利差の一部を内部で留保し、長期にわたり契約を継続する少数の契約者の条件を良くするために使う、という説明がなされる。また学術面では、死亡リスクが高い人ほど解約しにくい場合に、この価格設定が逆選択のコストを増幅させるという分析(Gottlieb & Smetters ほか)が存在する。したがって講師が述べた仕組みの骨格は、専門用語のレベルでは実在する。ただし「弱者から強者への再分配」という価値判断つきの読み替えは講師の解釈であり、業界側は「長期継続者への還元」および「保険料平準化の副産物」として説明する点に注意したい。
この日、参加者との間で最も具体的に語られたのが、当時進行していたプルデンシャル生命の問題だった。講師の見立ては明快で、問題を起こした営業員はおそらく情報弱者を対象にビジネスを組み立てていた層である、というものである。金融業界出身の参加者もこれに同意し、日本の生命保険加入率が国際的に見て突出して高いこと、そして医療制度のサポートを考えれば多くの人にとって本来は不要であることを指摘した。
ここで構造として説明されたのが、外資系に多いフルコミッション制と、業界で「戻入」と呼ばれる仕組みである。初年度の手数料が非常に高い一方、契約から一定期間内(2年以内など)に解約されると支払われた手数料の返還を求められたり、翌月以降の報酬から差し引かれたりする。つまり営業員には、契約を解約させないという強烈な動機が制度的に埋め込まれている。さらに、他社に乗り換えられた場合には手数料が全額戻されるルールもある。
米国では社内規制と監視が厳しくこうした行為は成立しにくいが、日本は管理体制が甘いために好き放題できた――というのが講師の総括である。金融庁の規制自体は日本にも存在するが適用が徹底されておらず、加えて情報格差が大きいため草刈り場になっている、と参加者も応じた。香港系を含む外資の営業員が国内に多数入っている点にも注意喚起がなされた。
公開情報で確認できる事実関係は次のとおり。2026年1月、同社は営業社員・元営業社員による顧客からの金銭受領、個人的な借入、認められていない投資商品の紹介などを含む不適切行為を公表し、影響を受けた顧客は498名・金額は30.8億円に達したと報告した。同年2月1日付で社長が交代し、2月4日には2月9日から90日間、保険商品の新規販売を自主的に停止すると発表している。金融庁は2025年4月に保険業法に基づく報告徴求命令を出していた。勉強会が行われた2月20日は、この新規販売停止期間のさなかにあたる。講師が語った「投資案件を持ち込む」という展開は、公表された事実関係と整合する。
解約しない層がなぜ解約しないのか、という論点も掘り下げられた。講師の説明では、超富裕層向けにはPPLI(プライベート・プレースメント・ライフ・インシュアランス)のような商品があり、一回の保険料が100万ドルから300万ドルという規模になる。彼らはこれを死亡保障のために持っているのではなく、相続対策、節税、資産ポートフォリオのツールとして使っている。
この使い方をしている限り、解約する理由がない。それどころか、解約すると米国などでは所得課税が発生し税務コストが跳ね上がるため、制度的に解約できないようになっている。一族が何世代にもわたって同じ保険契約を維持する例もある。結果として、解約する層と決して解約しない層が制度的にきれいに分離される。この分離こそが、前節で述べた再分配の構図を成立させている。
この日の議論を理論の側に引き戻したのが、参加者からの質問だった。価格弾力性が低いということは、顧客の思考をロックさせることを意味するのではないか。だとすればプレゼンテーションにおいては、意味妥当性と推論妥当性のどちらかの方向に強く詰めて思考を固定させるイメージになるのではないか、という趣旨である。
講師の答えは、その理解を少し組み替えたほうがよい、というものだった。論点は要するに、どうやって値段を吊り上げるかである。方法はふたつある。ひとつは制度やシステムを作ること。規制を作る、デファクトスタンダードにする。建築基準があるからその工事に金を払わなければならない、という構図がその典型である。ルールを作り、強制力を作り、支払いが発生する仕組みを設計する。今回の講義が扱っていたのはこちらだった。
もうひとつが、相手の受け取り方を変える方法である。本当は価格弾力性が高い商品であっても、いくらでもいいから欲しいと思わせてしまえば、結果的に弾力性は低くなる。プレゼンテーション能力やカリスマ性と呼ばれているものの実体はこれで、弾力性の大きいものを言葉で誘導して弾力性が低いように見せ、購入させる技術である。講師はこれを「道に落ちている石をどうやって高く買わせるか」という問いに要約した。ダイヤも石も同じ石なのに、なぜ価値が違うのか。その差を作っているのが物語である。
講師は、生命保険こそ情報の非対称性を使った最も儲かるビジネスだと応じた。小賀さんからは、日本の公的医療のサポートを考えれば基本的には不要であり、高額な抗がん剤治療などの例外を除けば典型的な情報の非対称性で成立する業態だという見方が示された。生命保険の起源は戦争で夫を失った遺族の生活を支えるためのものであり、第三分野の商品はかなり後に入ってきた、という経緯も補足された。第一生命の上場時に資料を精査した経験から、儲かるビジネスであることは間違いないと感じたという。
講師も同意した上で、富裕層向けのPPLIのように保険が資産管理・相続対策のツールとして使われている実態を説明した。運用収益がどこから来ているのかを遡ると、解約した層が置いていった資金に行き着くという構図である。
講師は、金融の世界こそヒエラルキーだと応じた。例として挙げられたのが、ゴールドマン・サックスの主幹事に入るために各社が必死になる構図である。参加できる枠が限られているため、そこに入れるかどうかで競争が起き、情報が集まる。ディール前にショートが振れるといった実務的な観察も交わされた。今年はIPOが増えるという見通しについては、パブリックなIPOはよいとしても、案件が出た瞬間に群がる構造は変わらないという評価だった。
PART 5 のとおり。制度的ロックインと思考的ロックインという二分法に組み替えたうえで、今回の講義は制度側を扱っていたと整理された。
前田さんは同意し、自分たちも完全にロックインされている側だと述べた。そこから抜けるには知識が必要であり、講師から直接「制度理論とエンベデッドネス理論をやれ」と指示されて以来、その意味が明確になってきたという応答があった。
講師は、以前に土地を使って作った仕組みが構造としては保険と同じ――解約余剰の考え方そのものだと述べ、翌日からのプレゼン合宿の参加者にのみ図面を使って公開すると答えた。オンラインでは話せない内容であり、話すと人間性を疑われるという但し書きつきである。この日のYouTube収録でも同種の話は伏せ字処理になったという。