AIが進むほど、営業という職能の価値は上がる
このセッションの前半で扱われたのはOpenAIの構造的な特異性である。講師の評価は率直だった。あれだけの赤字を出していれば、普通のAI企業ならとっくに終わっている。にもかかわらず生き延びているのは技術力ではなく、サム・アルトマンの営業力によるものだ、と。米国経済を回すほどの資金を巻き上げ、半導体業界のトップ企業と軒並み契約を結び、米国政府の防衛領域にまで入り込んだ。その結果、OpenAIが倒れることは米国が倒れることとほぼ同義になった。潰したくても潰せないところまで自ら巨大化させた——それがアルトマンの凄みだ、という読み方である。
ここから議論は「では、なぜそんな営業ができるのか」へ移る。講師の答えはミッション・ビジョン・バリューだった。米国の典型的な成功したCEOと同じ動きをしている、すなわち「はったりを説く力」が異様にうまく、非現実的なことを言い続ける。すべてのサービスがクラウドで繋がると言って最も馬鹿にされたのがセールスフォースのマーク・ベニオフであり、GPUを掲げて馬鹿にされたのがジェンスン・ファンであり、火星に行くと言って詐欺師扱いされたのがイーロン・マスクである。全員が結果として現実にしてしまった。
後半の主題は、そこから接続される実務論である。新しい産業に入るとき、売り手と買い手のあいだには必ず情報の非対称性が生まれる。買い手は自分のニーズを明確化できず、売り手は自社製品が顧客のどの課題を解くのか特定できない。この曖昧さをどうマッピングするかが営業の仕事であり、AIには代替しにくい。だからこそAI企業やSaaS企業は営業を増員し、逆に販売チャネルが固まりきった製薬業界は営業を削減している。この「増やす業界と減らす業界の分岐」が、人事データから読み取れるという指摘である。
そして議論は、失敗事例と成功しようとしている事例の対比で締めくくられる。MicrosoftのCopilotは売り切りに近い形で投げっぱなしにされ、顧客は何が改善したのか分からないままアップデートを止めた。それを見ていたセールスフォースが今、営業を増やしている——というのが講師の見立てだった。
技術が新しいほど、売り手と買い手のあいだの「わからなさ」は大きくなる。その空白を埋める作業だけは自動化しにくい。だからAI時代の営業とは、製品を売る仕事ではなく、顧客の複雑な状況を再設計し、価値を再定義し、依存度を高めるところまで踏み込む仕事になる。サム・アルトマンがやっているのも、規模こそ違え、まったく同じ種類の作業である。
OpenAIはなぜ「潰せない企業」になったのか
参加者から「OpenAIをはじめとする企業の営業力、人を巻き込む力はどこから来ているのか」という問いが出たところで、講師は身も蓋もない前提から話し始めた。財務だけを見れば、OpenAIはとっくに破綻していておかしくない会社である。売上高に対して、その10倍規模の金額を年間で支出しなければならない状態に、現在の契約上なっている。数年間で1兆ドル規模、日本円にして150兆円が動く流れを作ってしまった。
それでも潰れないのは、潰せる規模を超えてしまったからだ、と講師は続ける。半導体業界のトップ企業と軒並み契約を結び、その結果として半導体株が軒並み急騰した。米国政府とも契約し、防衛領域にまで入り込んだ。中東の資金も巻き込んでいる。そして株式市場は、その契約を織り込んで想像以上に上昇してしまった。だからOpenAIが失敗することは、S&P500を含む米国企業全体が沈むことと同義になる。スタートアップ企業でありながら、ここまで影響力を持った会社は過去に例がない、というのが講師の評価である。
仮にOpenAIが潰れたらどうなるか。講師の答えは二段階だった。まず覇権争いで中国に確実に負ける。もうひとつは、他の米国企業の売上見込みが一斉に崩れる。AMDから6ギガワット、NVIDIAから10ギガワットを購入するといった契約が決まっているなかで、その見通しが消えれば当然株は落ちる。不安感が一気に増す。だからOpenAIはもう潰せない企業になってしまった、という結論である。
📌 Claude補足:契約規模と財務状況を公開情報で確認した
NVIDIAとの契約——2025年9月22日に発表されたレターオブインテントで、少なくとも10ギガワットのNVIDIAシステムを展開し、NVIDIAは各ギガワットの展開に応じて段階的に最大1,000億ドルを投資する内容である。ジェンスン・ファンCEOはこの10ギガワットを「GPU 400万〜500万基相当」と説明した。最初の1ギガワットはVera Rubinプラットフォームで2026年後半に展開される。発言と一致
ただし当日の相関図の説明にあった「1,000億ドルを投資して株式10%を獲得」という部分は、公開されている契約条件では確認できない。発表内容は「インフラ展開に応じた段階的な現金投資」であり、10%の株式取得という条項は公表資料に見当たらない。要確認
AMDとの契約——AMDがOpenAIに対し、1株1セントでAMD株1億6,000万株(約10%)を購入できるワラントを付与し、その対価としてOpenAIがAMD Instinct GPUを6ギガワット購入することにコミットする内容。累積で約900億ドルのハードウェア売上ポテンシャルとされ、最初の1ギガワットの展開は2026年下期に始まる。発言と一致
財務状況——2026年7月時点で年換算売上400億ドル(2025年末は200億ドル)まで到達した一方、2026年単年で140億ドルの損失が社内予測として示され、広範な営業費用を含めたキャッシュバーンは約270億ドルとされる。2026年3月31日に1,220億ドルを調達し、評価額は8,520億ドル。6月8日には非公開でS-1を提出した。アルトマンCEOは1兆ドル未満の値付けを「論外」としていると報じられている。「巨額赤字」「潰せないほど巨大化」という当日の評価は、その後の数字で裏付けられている。評価は妥当
当日は「OpenAIがこけたら米国がこける」という表現で語られた依存構造は、2026年に入って「circular financing(循環的資金調達)」という名前で正面から問題視されるようになった。OracleがStargateとOpenAI向けデータセンターに3,000億ドル規模を投じ、その主要サプライヤーがNVIDIAであり、同時にNVIDIAがOpenAIに1,000億ドルを投じ、さらにCoreWeaveの株式を保有し、そのCoreWeaveがOracleとクラウド契約を結んでいる——という閉じた円環のなかで資本が循環し、見かけの成長率を膨らませている構図である。IMFは2026年7月の世界経済見通し改訂で、AI輸出国の割高なバリュエーションが急激に調整するリスクに言及した。当日の指摘は、その後の議論を先取りしていたことになる。
はったりを説く力——ベニオフ、ジェンスン・ファン、マスク
営業力の源泉は何かという問いに対する講師の答えは、ミッション・ビジョン・バリューだった。ただしその中身は、綺麗な理念というより「非現実的なことを言い切り、周囲を巻き込む」という技術に近い。米国の典型的な成功したCEOはみな同じ動きをしている、という指摘である。
具体例として最初に挙がったのがマーク・ベニオフだった。「すべてのサービスはクラウドで繋がる」と言ったとき、最も馬鹿にされたのが彼である。しかし結果としてそういう時代になった。ベニオフが訳の分からないことを言い、みんなが否定し、現実的に無理だろうと言われているあいだに、セールスフォース自身はどんどんサービスをクラウドに繋いでいった。
ジェンスン・ファンも同じだ、と講師は続ける。GPUを掲げていた時期はみんなから馬鹿にされていたが、結果としてうまくいった。イーロン・マスクも同じで、火星に行くと言った本人自体が火星に行けると思っていたわけではないだろうが、言っておけば金が集まるだろう、という判断からSpaceXが誕生した。そしてずっと詐欺師扱いされ続けた末に、実際に宇宙のトップ企業になってしまった。
ここで講師は、サム・アルトマン自身の言葉を引いた。高い夢を語るのはいいが、それを人に納得してもらうプレゼンテーションが必要である、と彼は述べている。自分だけが納得していても、自分だけが支持していても何の意味もない。どうやって周りを巻き込んでいくかが決定的に重要である——この認識こそがアルトマンの本質であり、それが営業スタイルとして現れている、というのが講師の見立てだった。
ビジョンを語る側のリスク
非現実的な目標を掲げれば、実現するまでのあいだ「詐欺に近いはったり」として扱われる。マスクは長年その扱いを受け、ベニオフも当初は嘲笑された。この期間を耐えられるかどうかが分岐点になる。
ビジョンを語らない側のリスク
資金も人材も集まらない。特に新規産業では、実績で証明できない以上、ビジョンだけが唯一の調達手段になる。孫正義も同じ構造で語られた——「あの人は経営者ではなく営業マンである」というのが講師の評価である。
📌 Claude補足:ベニオフと「グレートリセット」の関係には食い違いがある
後半の議論で、マーク・ベニオフについて「ステークホルダー資本主義を掲げ、グレートリセットという言葉を作った男」という説明があった。公開情報で確認できる事実は異なる。「グレートリセット(The Great Reset)」は2020年6月に世界経済フォーラム創設者のクラウス・シュワブが打ち出した構想で、シュワブとティエリー・マルレによる『COVID-19: The Great Reset』が同年7月に刊行されている。三つの柱として「ステークホルダー経済の推進」「ESG指標を用いた強靭で公正かつ持続可能な再建」「第四次産業革命のイノベーション活用」が示された。発言と公開データに食い違い
ただしベニオフがステークホルダー資本主義の代表的な推進者であり、ダボス会議の常連としてこの思想を強く発信してきたことは事実である。言葉の発案者と、その思想の最も目立つ企業側の体現者が混同された可能性が高い。この点は本人に確認する価値がある。
営業を増やす業界と、減らす業界
ここから議論は、ビジョン論から人事の実務データへ移る。講師の主張は明快だった。これから新規開拓をするのか、それとも供給チェーンがすでに決まりきっているのかによって、営業職を強化する会社と減少させる業界がはっきり分かれている。人事状況を見れば分かる、という。
減らす側——製薬・自動車
製薬業界は、ほとんどの販売経路がすでに決まっている。だとすれば必要なのは営業ではなく効率化であり、実際に営業職を減らす傾向が強い。日本の自動車も同様で、供給先がある程度固まった以上、営業よりも販売店を増やす方向に流れている、というのが講師の整理だった。
増やす側——AI・SaaS・クラウド
対照的に、AI業界やServiceNow、Adobe、セールスフォースは営業職を大幅に増やしている。理由は、今から取りに行く新規マーケットだからである。自社製品がある程度普及するまでは営業を固めたほうがいい、という判断だ。セールスフォースは「営業をまた1,000人、あるいは2,000人ほど増やす」と言っている、と講師は具体的に述べた。
NVIDIA、Google、AWS(Amazon)も同様である。製品が複雑化しているからこそ営業が必要になり、増員している。BYDやテスラ、中国のカーメーカーも、これから新規産業に入っていく以上、営業を強化している。この分岐は「販売チェーンが確立しているか否か」という一点で説明できる、というのがこの節の結論だった。
📌 Claude補足:セールスフォースの増員は事実。ただしその後の株価は報われていない
セールスフォースは2024年12月、Agentforce第2世代の2025年2月ローンチに向けて営業職2,000人を追加採用すると発表した。当初は1,000人としていたものを倍にした形で、ベニオフCEOはこの2,000ポジションに対して9,000件の紹介があったと述べている。さらに短期的にもう1,000〜2,000人の営業を追加する可能性にも言及していた。「1,000人か2,000人増やすと言っている」という当日の発言は正確である。発言と一致
2026年に入ってもこの方針は続いており、ベニオフはAIがホワイトカラー職を削減するなかで「ほとんど誰も採用していないが、営業だけは別」と述べ、2026年4月には新卒1,000人の採用を打ち出している。
一方で株価は厳しい。CRMは2026年に25〜34%下落し、上半期だけで40%超下げた局面もあった。市場が「AIがSaaSの仕事を奪う」と見なす、いわゆる SaaSpocalypse と呼ばれる業界全体の売り込みが背景にある。もっとも実績面では2026年度第1四半期(2026年4月期)に売上111億ドル・前年同期比13%増と過去最高を記録し、AgentforceのARRは前年比205%増の12億ドルに達した。KeyBancはAgentforceの導入の遅さと顧客側のデータ準備不足を理由に格下げしている。会社は250億ドルという過去最大の自社株買いで応じた。「営業増員は正しい方向」という評価は、株価では報われていない
図1:営業職を増やす業界と減らす業界の分岐(勉強会での説明をもとにClaude作図。数値は増減の方向性を示す概念図であり、実測値ではない)
情報の非対称性——営業が代替されない理由
ではなぜ、新しい産業では営業が必要になるのか。講師の説明はここで抽象度を一段上げる。買い手と売り手のあいだには、新しい商品について必ず価値観のずれと理解度のずれがある。買い手は自分のニーズやオプションについて、初めて使うものに対する不確実性を大きく抱えている。この情報の非対称性を埋める作業が発生するからこそ、営業という職能が必要になる。
これがAIにできるのか、という問いに対する講師の答えは「人間が必要になる」だった。単純なニーズであればデジタルツールで十分だが、状況が複雑だったり理解度が低かったりする場合、ニーズを明確化することと解決策を特定することを同時に支援する必要が出てくる。そのためには売り手側も、自社製品が何を解くのかを深く理解していなければならない。
営業プロセスは3段階に分かれる
課題の定義
初期段階で、相手が抱えている課題を定義する。買い手はこの時点で自分の課題を言語化できていないことが多い。
解決策の特定
買い手が具体的な解決策を探し始める段階。売り手はここで「自社の何が、どう当たるのか」を示し、空白を埋める作業に入る。これが正味の価値になる。
合意形成の支援
買い手が製品を評価し、要望を出す。それを既存サービスで解くのか、カスタマイズで解くのか、新しい製品を提案するのか。調整後の合意形成を支援しなければ、評価もコミットも成立しない。
そして講師が強調したのは、購入後こそが本番だという点である。買い手側には購入後も新しい問題が出続ける。売り手はそれを収集し、「今こういう状態になっているから、こう使ってほしい」「それはこの製品で解決できる」「これはこのパッケージを入れれば解決できる」と提案していく。この作業を通じて市場の浸透度と依存度が増していく。依存度が増す局面では、営業が必要になる——これが講師の中核的な主張だった。
相手のリソースを使い、抜けられない状態まで持っていく
さらに踏み込んだ論点として、相手のリソースをうまく使うことも営業の役割だ、という指摘があった。自社が製品を売っていると同時に、相手側もさまざまな技術を持っている。両者の技術を統合すればプロセスがシームレスになる、という状態を作れば、その商品への依存度はさらに増す。これは機械にできることではなく、営業のヒアリング能力が要る、という説明である。
もうひとつ挙げられたのが、顧客の現場スタッフから改善要望を吸い上げる設計である。製品を使いやすいと感じているスタッフでも、Aさんはこの部分があればもっといい、Bさんはこの部分があればもっといい、Cさんはこういうものがあればいい、と考える。これを営業側で収集できる状況を設計してあげると、付加価値は非常に高くなる。オプションとして提供することでさらに依存度が増し、抜けられなくなる状態まで営業が入ったほうがいい。そうすればLTVは上がり、満足度が上がるからアップデート製品も更新してもらえる、というのがこの主張の全体像だった。
参加者は「提案力はどこまでも人的なものになる。AIには難しいところがある」と応じ、潜在的な課題はある程度予測されているとしても、それはコミュニケーションのなかで生まれるものではないか、と確認した。講師は同意したうえで、新しい産業に入るときに必ず生まれるのは「曖昧さ」であり、その曖昧さをお互いにとってどうマッピングするかがまず大事で、それが営業の仕事だと言われている、と応じている。だから必要になるのは洞察力・ヒアリング能力・質問力である。そして営業は販売するだけでなく、複雑な状況を再設計し、価値の再定義を顧客に対して行う仕事になる。
Copilotの失敗と、セールスフォースが学んだこと
この理屈の実例として講師が挙げたのが、MicrosoftのCopilotである。評価は厳しかった。「投げっぱなしだった」——ダウンロードしてそのまま使ってください、という状態になっていたが、使い勝手が悪かった。講師自身も使っていて、たまに何を出しているのか分からなかったり、ひどく的外れな判断をしたりする。資料を作り替えようとすると、まったく関係のないものが出てくることがある。その穴埋めを誰がやるのかというとき、サポートがいたほうがいい。しかしMicrosoftはそこまでやらなかった、という指摘である。
結果として起きたのが、Copilotの改良版が出てきたときに多くの企業がアップデートしなかったという現象だった。講師の説明では、テストでアップデートしてみたものの、顧客側が「何が変わったのか分からない」という状態になり、アップデートを止めていた期間が1年から1年半ほど続いた。参加者はこれを「まさに非対称性ですね」「その改善点が伝わっていないのが一番のロス」と受け止めている。
そして講師は結論を出す。それを見ていたセールスフォース自身が、今、営業職を増やしているのだ、と。
📌 Claude補足:Copilotの導入停滞は、公開データでも明確に確認できる
Microsoftは2026年1月の決算説明で、Microsoft 365 Copilotの有償シートが1,500万席であると開示した。これはMicrosoft 365商用の導入ベース4億5,000万席に対して3.3%にすぎず、市場投入から2年経った時点での数字である。さらにCopilotの有償サブスクリプションシェアは2025年7月の18.8%から2026年1月の11.5%へ低下し、その間にChatGPTとGeminiがシェアを伸ばした。
導入の質も問題視されている。2025年6月2日公表のガートナー調査では、パイロットを完了した組織のうち大規模展開へ進んだのはわずか5%だった。パイロットは大きな失敗として終わるのではなく、静かに拡大が止まる。職場での実利用率は35.8%にとどまり、アクセス権を持つ従業員の4割弱しか使っていない。最大の障壁はデータガバナンス上の懸念とされている。「投げっぱなしで解約が入りまくった」という表現そのものを裏付ける解約率データは確認できなかったが、導入が広く浅く止まったという構造的な指摘は公開データと整合する
週3回会う関係と、半年に1回しか会わない関係
講師は自身のコミュニティを例に出して、この論点を実務に引き戻している。この勉強会は週に3回Zoomで顔を合わせる。これは非常に稀なことで、通常の担当者との接触は月1回、場合によっては半年に1回、3ヶ月に1回である。そうなると相手に隙間を与えてしまう。それが顧客が離れる最大のポイントだ、というのが講師の見方だった。だから情報を吸い上げる営業は、電話だけでもいい。それだけでも十分に違う、と。
そのうえで日本のソフトウェア企業への批判が続いた。売りっぱなしの状態でサポートがまったくない会社が今なお存在する。売りっぱなしでも成立するだけの付加価値をつけられているなら良かったのだが、そうなっていない、という指摘である。
iPhoneは今の時代に出てきたら売れるか
この文脈で講師が投げた仮説がひとつある。Google Pixelが今すごく売れ始めていて、あれはサポート体制が非常に手厚い。では今の時代にiPhoneが新しく出てきたとして、Pixelほど売れるだろうか——という問いである。参加者は「ある意味、囲い込みができている分にしか売れないですよね」と応じた。
講師の整理はこうである。iPhoneが売れた理由のひとつは、スマートフォンの使い勝手というさまざまな問題を解決したからだった。Pixelはずっと後から出てきた。もしAndroidともう一つの選択肢がある状態で、そこにiPhoneというブランドが新規に登場したとして、今の時代に売れるかというと相当疑問がある、と。
📌 Claude補足:Pixelの伸びは事実。ただし規模の差は依然として大きい
Google Pixelの出荷台数は2025年に前年比25%増、2025年上半期にはプレミアムスマートフォンブランドとして世界最速の前年比105%成長を記録した。2025年9月の米国単月販売は前年比28%増で、Googleにとって過去最高の月間実績である。米国のプレミアム帯(600ドル以上)でのシェアは2022年9月の0.1%から2025年9月の7%へ、3年で約70倍に拡大し、2025年上半期には世界のプレミアムスマホ市場でトップ5入りした。「すごく売れ始めている」は事実
ただし絶対規模では、Pixelの米国全体シェアは約3%、世界のアクティブ端末では約1%にとどまる。同じ時期にAppleはiPhone 17で中国シェア25%を獲得し、四半期のiPhone売上850億ドル超を記録している。「Pixelほど売れるか」という問いの立て方には、規模の非対称性を織り込む余地がある。なお2026年のスマホ市場全体は、記録的なメモリ不足を背景に12.9%の減少が予測されており、Pixelの伸びにも影響しうる。
マーク・ベニオフはなぜ叩かれたのか——善人であることのコスト
セッションの終盤、講師は「最近面白いニュースがある」として、米国で最も憧れられていたスーパーヒーロー経営者は誰か、という問いを投げた。答えはマーク・ベニオフである。そのベニオフが今、米国で徹底的に叩かれている、と。
講師が挙げたベニオフの実績は具体的だった。セールスフォースはインクルージョンとダイバーシティを強く推進してきた企業で、男女の賃金格差をなくすために実際に資金を投じている。法人税の引き上げは通常どの経営者も反対するが、ベニオフは賛成した。法人税を上げてホームレス対策などの環境政策に使ったほうがいいと主張したのである。社員のキャリアに使う金額も非常に大きい。そして「1-1-1」という原則がある。利益の1%を慈善活動に、労働時間の1%をボランティアに使う、というものだ。こうした活動を続けてきたことで、ベニオフはずっと民衆の正義の味方だった。
ところが、である。トランプ政権に近いほうが恩恵を受けるという判断から、ベニオフはトランプ大統領を全面的に支持すると発言した。しかも、それをサンフランシスコでやってしまった。参加者は即座に「リベラルの頂点ですもんね」と応じている。結果、1週間にわたって米国中から批判の嵐にさらされた。
講師自身の評価は同情的だった。今までベニオフがやってきたことは本当に評価に値する。だから利益を追求してもいいのではないか、と。しかしベニオフが利益を追求すること自体が、そもそも許されない構造になっている。ダボス会議でグレートリセットの話をしたとき、彼は同時に「世界中の経営者は利益ばかり追いかけて社会的責任を負っていない」と述べ、その場にいた経営者たちを一刀両断した。それが7年後の今になって、少しでも同じような発言をした瞬間に「お前も同じじゃないか」と叩かれることになった。
講師の議論の核心はここにあった。セールスフォースは「人を救う会社」であり、余裕があるから人を救える。しかし今はAdobe、ServiceNow、Microsoftと同じソフトウェア市場で真正面から戦っている、いちばんの勝負どころである。この局面で人員削減を始めれば、異様に叩かれる。善人であることが強すぎたがゆえに、少しでもマイナスの行動を取ると総攻撃を受ける。だから最初から「悪人でいたほうが楽」なのだ——マスクが人員削減をしても誰も文句を言わず「またやってるよ」で終わるのはそのためである。GAFAMも軒並み人員削減をしてきたのに何も言われないのに、セールスフォースだけが「AIを口実に人を切っている」と言われる。実際にやろうとしているのは、他の大手ソフトウェア企業と戦うための経営効率化なのに、である。
さらに講師は、ベニオフ側にも問題があったと指摘した。「トランプ氏を全面的に支持する」という言い方をしたことで、市場はそれを「移民反対も支持する」「その他の政策も支持する」と受け取ってしまった。結果として「お前は敵だ」という扱いになった、というのが講師の分析である。
📌 Claude補足:この炎上はこの勉強会の直前に起き、すでに謝罪と撤回まで進んでいた
時系列で確認すると、この一件は2025年10月に集中して起きている。ベニオフはインタビューでトランプ大統領についてサンフランシスコへの州兵派遣を求める趣旨の発言を行い、「私は大統領を全面的に支持する」「素晴らしい仕事をしている」と述べた。背景にはサンフランシスコで開催した大規模イベント Dreamforce の治安コストへの懸念があったと報じられている。発言と一致
批判は即座に広がり、著名ベンチャーキャピタリストのロン・コンウェイがセールスフォース財団の理事を辞任。ベニオフに宛てたメールで「長年尊敬してきた人物が、もはやほとんど分からない」という趣旨を伝えたと報じられた。ベニオフは10月17日にX上で「サンフランシスコ市民と地元当局の声に耳を傾け、歴史上最大かつ最も安全な Dreamforce を終えた今、サンフランシスコの安全のために州兵が必要だとは考えていない」と表明し、「先の発言はイベントに対する過度の慎重さから出たもので、ご心配をおかけしたことを心よりお詫びする」と謝罪した。
つまりこの勉強会(10月23日)の時点で、炎上・辞任・謝罪という一連の展開はすでに終わっていた。なお1-1-1モデルについては、セールスフォースの公式な定義は「株式の1%、製品の1%、従業員の労働時間の1%を社会に還元する」というもので、発言にあった「利益の1%」は正確には「株式の1%」である。細部に食い違い
質疑応答
講師はまず製薬のビジネスモデルの構造から答えた。製薬で稼げる期間は、ひとつの薬について特許で決まっている。その後はジェネリックに流れていくため、最低でも5年から10年以内に新しい画期的な薬を作らなければならず、そこに莫大な費用がかかる。つまり同じサイクルを延々と繰り返しているにすぎない。
そのうえで、この業界の強さも指摘された。困っている人が必ずいるという点である。困っている人はいくら高くても払う。だから供給さえできれば売上は立つ。肥満治療薬も同様の構造にあり、残された年数のあいだに次を作らなければならない。イーライリリーがアルツハイマーの薬を作ったのはその一例で、それが浸透していけば、また別の領域の薬が必要になる。この繰り返しである、と。
ここから話は日本の低PBR・低PERの話に接続した。日本自体が新薬をほとんど作れていないという問題がある、というのが講師の指摘である。コストがかかって作れない、と参加者も同意した。
これに対し、医療現場を知る参加者から重要な補足が入った。抗がん剤に関しては、この10年で状況が大きく変わっている。ICI(免疫チェックポイント阻害剤)と呼ばれる領域では、1回の使用で数百万円かかるレベルのものがあり、それでも今は非常に売れている。アステラスなどは大きく利益を出している。ただし、そうした新薬かつ新しい領域への新規薬でなければ厳しそうだ、というのがこの参加者の見方だった。日本の場合は国費が投入されている点も現状として指摘された。
さらにこの参加者は、営業についても重要な訂正を加えている。新薬に対する営業は今すごい。営業マンが大量に来て、新しい情報の研究会を週替わりで開催し、年に何回も何百人規模で新幹線代を出してまで招致し、コマーシャルをしている。ただし外資系製薬会社に勤めている人はレイオフになって職を探し直しているケースが多い、とも。講師はこれを受けて「本質が全然違うということですね」と整理した。
📌 Claude補足:製薬の「稼げる期間」と、ICIについて
特許による独占期間の考え方は発言のとおりで、医薬品の物質特許は出願から20年(延長制度で最大5年延長可)だが、承認取得後に実際に販売できる期間は概ね10年前後になるのが一般的である。「10年で巻き取る」という説明はこの実務感覚と一致する。
ICI(免疫チェックポイント阻害剤)についても、参加者の説明は正確である。この領域は本庶佑氏のPD-1発見に端を発し、キイトルーダ(ペムブロリズマブ)などが代表的な製品となった。年間の薬剤費が数百万円規模になることも事実で、この領域が過去10年の腫瘍領域を大きく塗り替えた点も業界の共通認識である。指摘は正確
参加者から「今生まれているAI産業に対する不安やバブル論は、そこ(情報の非対称性)が埋まっていないということですね」という確認があり、講師も同意している。テクノロジーが進むことよりも、非対称性を埋めることのほうが基盤をしっかり作ることになる、という整理である。
製品を提供した直後は便利に感じても、顧客のスタッフはすぐに「もう少し便利になるかもしれない」と考え始める。そこで営業が出ていき、カスタマイズできるサービスをオプションでつければ、さらに生産性が上がる。営業はそこまでやったほうがいい——というのが講師の実務的な回答だった。
講師の答えは短かった。それは社員教育の問題になってくる、そして会社自体のバリューの部分になってくる、と。ミッション・ビジョン・バリューという議論と、現場の営業力という議論が、ここで接続されている。
持ち帰るべき課題
- 自社・自業界が「営業を増やす側」か「減らす側」かを判定する。販売チャネルが確立しているか、これから取りに行く新規マーケットか。この一点で分岐が説明できるという主張を、自分の業界の人事データで検証する。
- 自社の商品について、情報の非対称性がどこにあるかを書き出す。買い手が言語化できていない課題は何か。売り手が理解できていない顧客の文脈は何か。この空白のマッピングが営業の中核だという主張を、自分の商材で試す。
- 購入後のフィードバック収集の仕組みが設計されているかを点検する。顧客の現場スタッフA・B・Cがそれぞれ抱えている「これがあればもっといいのに」を吸い上げる導線があるか。なければ、それをどう設計するか。
- Copilotの失敗から逆算する。自社製品のアップデートについて、顧客は何が変わったかを理解できているか。「改善点が伝わっていない」という最大のロスが起きていないかを確認する。