この回の前半は、前田氏による「効用価値説」の講義に充てられた。前回扱った限界革命の背景論を受けて、今回はそもそも商品とは何か、価値とは何かという定義そのものを解体する作業に入っている。主役はカール・メンガー。そして講義の核心は、たった一行の前提の入れ替えにあった。それまでの経済学は「同じ商品であれば価値は一定である」と暗黙に置いていた。メンガーはここを「同じ商品であっても価値は一定ではない」に書き換えた。この一行が、その後の数理経済学と行動経済学の両方への扉になったというのが講義の主張である。
そのうえで前田氏は、メンガーの「財の4要件」を実務で使える言葉に翻訳してみせた。欲望を満たすことを満足度、利用者がそれを何であるか認識できることを理解度、欲しいときにどれだけ手に入るかを支配可能量と言い換える。この三つの言い換えが、この日の講義でもっとも実用性が高い部分だった。とりわけ支配可能量は、後半の生産量コントロールの議論に直結する。多く作れば1個あたりの価値は下がり、少なく作れば上がる。だから「どれだけ作るのが最も価値が上がるのか」という問いが立てられるようになる。
次に導入されたのが「需給」と「限界効用」である。空腹から満腹に至るまでに必要なおにぎりの数を需給と呼び、そこまでのおにぎりを経済財、満腹後に運ばれてくるおにぎりを非経済財と呼ぶ。効用は経済財にしか存在しない。満腹後のおにぎりには満足度の増分がないから、価値もない。そして満足度のグラフを描いたときに矢印で示される「追加1個あたりの増分」こそが限界効用であり、これが価値を決定する。前田氏はこれを「1個あたりの満足度の変化率」と表現し、質問者の一人が「変化率という言い方だと微分になっていくのがよく分かる」と応じている。この瞬間が、経済学が数学に接続された瞬間の再現だった。
後半は質疑が濃かった。「コストは無視していいのか」という問いに対して、講師陣は因果関係が逆であると答えた。コストがかかったから価値が出るのではなく、需要があるからコストが許容される。深海に潜って命を削って拾ってきた石ころには誰も値を付けないが、道端に落ちていたダイヤモンドは労力ゼロでも高く売れる。日本人の「これだけ頑張ったのに」という感覚こそが労働価値説であり、メンガーはその矢印を反転させた人である、という説明が出た。渡辺氏はさらに、マルクス以前の経済学は政治的支配層が結果を出すための道具だったのに対し、メンガー以降は経済そのものを対象とする科学に変わったと補足し、その背景に民主化があったと述べている。
価値は物の中にはない。価値は「その人が、いま、何個目を、どれだけ理解して手にしているか」という状況の中にしかない。だから価値は測るものではなく、状況を設計することでコントロールするものになる。――この転回が、経済学を数学へ、そしてブランディングへとつなげた。
講義に入る前、雑談のなかで後半の伏線が張られていた。マイキー氏が前夜に長谷川氏・小賀氏へ送った資料についての話である。本人は「あれはまだ未完成品」と断りつつ、いまシステムとモデリングを作っていて、当てはめれば一発でKPIから何から数値化・定量化できるものを組んでいると述べた。周囲から「販売できますね」と言われたのに対し、「販売できるけど販売はしない、作ったら配る」と即答している。理由はメンテナンスで、システムを売ると最大の面倒はアップデートし続けなければならないこと、バグを修正し続ける労力がだるすぎることだと説明した。「誰かに任せては」という提案には、「かなり複雑に組んでいるので、自分の思考をコピーできるかどうか」と答えている。
そして「どうやってフレームワークを作るのかというところから教えます」「大抵の出ているフレームワークはお粗末なものが多いので、しっかりした組み立て方から説明します」と予告した。この予告が、後半のグレイモデル(GRAI)と三次元KPIの話につながっていく。前半のメンガー講義と後半のフレームワーク講義は一見無関係に見えるが、実はどちらも「箱の中身を分類することと、変数で動く構造を作ることは違う」という同じ主題を扱っている。メンガーが商品の定義を4つの要件に分解したのは分類のためではなく、量と認識という変数で価値が動く構造を作るためだった。
冒頭では帯広(北海道)で行われた合宿の振り返りも共有されている。山内氏の成長、緑(みどり)氏への評価などが語られ、次回合宿は2月予定と述べられた。また末尾では、この日のアフターZoomが江藤氏プレゼンツで「AIを使った画像・動画生成」をテーマに実施されること、12月20日に懇親会が予定されていることが告知されている。1月22日の青山でのイベント告知は本レポートの姉妹編(AI導入ロードマップ側)に収録した。
前田氏はまず、経済学で商品を指す「財」の定義から入った。財として成立するには4つの要素が必要である。第一に、そこに人の欲望があり、その欲望を満たすものであること。第二に、それを使う人が「これは何であるか」を認識できること。認識できないものは商品とみなされない。第三に、支配可能量――物が少ないか多いかによって価値が変わるという、量の制約。多ければ価値は下がり、少なければ価値は上がる。そして前田氏はこれらに「因果的・主観的・数量的制約」という補足語を添えた。
ここで前田氏が青字で強調したのは、この4要件のうち右側の2つ(主観的な意識、および数量によって価値が変わるという意識)は、マルクスやそれ以前の理論には存在しなかったという点である。左側の2つは以前からあった。つまり真ん中から左は継承、右側が新しく変わった部分だ、という整理になる。
WebSearchで確認したところ、カール・メンガー『国民経済学原理』(Grundsätze der Volkswirtschaftslehre、1871年)が挙げる「財としての性格(Güterqualität)」の4要件は、原典に沿った英訳では次のとおりです。①人間の欲望(a human need)、②その欲望の充足と因果的に結びつきうる性質(properties capable of being brought into a causal connection with the satisfaction of this need)、③その因果関係についての人間の知識(human knowledge of this causal connection)、④その欲望充足に振り向けられるだけの支配(command of the thing sufficient to direct it to the satisfaction of the need)。この4つが同時に揃ったときにのみ「物」は「財」になり、どれか1つでも失われれば財としての性格を失う、というのがメンガーの定式です。
講義で示された「満足度・理解度・支配可能量」は、①③④にきれいに対応しています。②の「因果的性質」が講義では明示的な独立項目としてではなく「因果的」という補足語のなかに畳み込まれていました。実務向けの言い換えとしては合理的ですが、原典では②が独立した要件であること、そして④が「量」そのものではなく「その量を自分の意思で振り向けられる支配力」を指すことは、押さえておくと後の議論が精密になります。メンガーは「消費財の利用可能量を制約しているのは、事物間の因果関係についての人間の知識の広がりと、それらに対する人間の支配の広がりだけである」と書いており、③と④が対になっている構造がここに現れています。
なぜわざわざこう定義するのか。前田氏の答えは明快だった。この定義でやることによって、同じ品物であっても、商品であるものと商品でなくなるものが出てくるからである。物理的には同一のおにぎりが、状況によって財になったり財でなくなったりする。これが後の経済財/非経済財の議論に直結する。
前田氏はここで理論の射程についても正直に注釈している。この理論が組み立てられたのは産業革命の前後であり、製造業を強く意識して作られている。だから現在のインターネットやAIといった領域に必ずしもきれいに当てはまるわけではなく、そこは考えを変えていかなければならない部分がある。ただし基礎から発展させていくことが重要なので、まずここをしっかりやりたい、という立て方だった。
次に導入されたのが「需給」という概念である。前田氏は空腹から満腹になるまで、おにぎりだけを食べて満腹にするという状況を設定した。このとき、空腹から満腹に至るまでに必要なおにぎりの数を「需給」と呼ぶ。ある数量を境に「もう持ってこないでくれ」となる転換点、その数のことである。
この概念が入ると、価値の定義ができるようになる。空腹から満腹までの間に持ってきてもらうおにぎりには、その人にとって価値がある。しかし満腹になった後にどれだけおにぎりを持ってこられても、それは迷惑でしかない。欲しくない。ということは、満腹になってから持ってこられるおにぎりには価値がない。前者を経済財、後者を非経済財と呼ぶ。価値があるものが経済財、価値がないものが非経済財であり、そして経済財こそが商品である。裏返せば、非経済財は非商品、つまり商品ではない。食欲が満たされた後に持ってこられる食事は、商品にならない。
さらに前田氏は「効用は経済財にしか存在しない」と述べた。効用とは満足度のことである。お腹がいっぱいになるまでに持ってこられるおにぎりには1個1個に満足度があるが、満腹の後は満足が増えない。それ以降は価値がなく、価値がないということは効用がないということだ。ここで効用と価値が連動する。
WebSearchで原典の定義を確認しました。メンガーにおける経済財(economic goods)と非経済財(non-economic goods)の区別は、厳密には「必要量(requirements)が利用可能量(available quantity)を超えているかどうか」で行われます。必要量が利用可能量を上回るものが経済財、利用可能量が必要量を上回るものが非経済財です。非経済財の典型例として挙げられるのが空気で、生存に不可欠でありながらどこにでも潤沢にあるため経済財になりません。非経済財については人は何ら明確な行動を取る必要がなく、経済財についてのみ「できるだけ充足を高めるように節約する」という経済行為が発生します。
講義のおにぎりの例は、個人の満腹という切り口から同じ結論に到達しており、直感的な導入としては優れています。ただし原典の定義に照らすと、経済財性を決めるのは「その人が満腹かどうか」だけではなく「社会全体の必要量に対して供給が足りているか」という関係量です。またメンガーは、経済財と非経済財の分類は永続的なものではなく相対的であり、欲望・供給・生産技術の変化によって経済財が非経済財に、あるいはその逆に変わりうると明記しています。この「分類は動く」という点は、後半のフレームワーク論で語られた「静的な箱ではなく変数で動く構造」という主張と、まさに同じ思想です。
前田氏はここから議論を一段上げた。需要と供給が一致する商品数、すなわちこの「需給」という考え方が、今後「均衡」という発想に変わっていく。なぜこれが重要かというと、以降の経済理論の多くは均衡をベースに組み立てられるからである。以前扱ったゲーム理論のナッシュ均衡もそうで、あくまで均衡をベースにして理論が組み立てられている。この概念が理解できることによって、経済学は数学的な概念へと次々に置き換えられ、進展していく。
講義で「空腹から満腹になるまでのおにぎりの数」と定義された「需給」は、日本語の一般的な用法(需要と供給)とはややずれており、メンガーの用語でいえばBedarf(必要量・所要量)に相当します。メンガー体系では、この必要量と利用可能量の比較が経済財性を決め、さらにその比較が価格形成の出発点になります。講義の後段で「需給という考え方から均衡という考え方に発展していく」と述べられたのは、この必要量と利用可能量が一致する点を均衡と呼ぶという流れであり、理論史的な筋としては正確です。ナッシュ均衡(John Nash、1950年前後)が均衡概念をゲーム的状況に拡張したものである、という位置づけも講義の説明どおりです。
ここが講義の中心だった。前田氏は具体的な数字でグラフを描いてみせた。おにぎりを食べていない空腹の状態では満足度は0。1個食べると満足度が4に上がる。2個目を食べると7まで上がる。ここで矢印が示すのは「どのぐらい満足度が増えたか」である。0個から1個で満足度は4増え、1個目から2個目では3増え、2個目から3個目では2増える。
そして決定的な一文が置かれる。おにぎり2個まで食べた時点で考えると、1個目から2個目に増えた満足度、すなわち矢印の「3」――この増分こそがおにぎりの価値を決める。3個食べたなら、2個目から3個目の増分である「2」が価値を決定する。つまり矢印が示しているのは、追加で1個食べたときのおにぎりの満足度である。おにぎりを食べれば食べるほど、1個あたりの満足度は減っていく。前田氏はこれを「おにぎり1個あたりの満足度の変化率」と呼び、これを限界効用と定義した。
前田氏はこの逓減について「限界効用逓減の法則はまた別途話す」と留保しつつ、こういうことは起こると述べた。そして飲食業の例を出した。1杯1000円のラーメンで、2杯目が500円になることがある。店側が多く売りたいという事情もあるが、食べる側としては2杯目の価値がそれだけ下がってしまうことを想定して、値段を下げるのである。1000円なら売れないが500円なら売れるかもしれない、という判断だ。
質疑の合間に、マイキー氏がもうひとつの例を出している。あなたは死にそうで、目の前に水がある。この水に価値はある。飲んで復活した。2杯目の水が来る。もう元気なので「余っているから料理に使おうか」となる。この時点で価値は下がっている。3杯目、まだ水がある。「じゃあ体でも洗うか」。もう価値はない。最終的に水が余って「鼻に水を通すか」となったときには、本当に価値がない。状況によって価値の捉え方が違う――これがメンガーの話である、というまとめだった。
この水の例が示しているのは、経済学史で「価値のパラドックス(水とダイヤモンドのパラドックス)」と呼ばれてきた問題への限界効用による解答です。アダム・スミス『国富論』(1776年)は、生存に不可欠な水が安く、役に立たないダイヤモンドが高いという矛盾を提示しましたが解けませんでした。メンガーらの限界効用論は、価値を決めるのが総効用ではなく限界効用であること――水は潤沢なので最後の1単位の用途が「鼻を洗う」程度に落ちるが、ダイヤモンドは希少なので最後の1単位の用途が依然として高い――によってこれを解決しました。WebSearchで確認したところ、メンガーは「人々はニーズを順位づけ、財が増えるごとにその追加単位をより優先度の低いニーズの充足に使う。したがって財の価値は、それが適用される最も優先度の低い用途に等しくなる」という形でこれを定式化しています。講義の水の例は、この命題の教科書的な再現です。
キーワードのまとめとして前田氏が改めて強調したのが支配可能量である。これはあくまで、いっぱい物を作っていっぱい売ってしまったら価値が下がるので、逆に言えば自分たちの生産量をどうコントロールするかを見るための概念だ、という位置づけだった。生産量と価値のバランスから「どのぐらい製品を作るのが最も価値が上がるのか」という発想につながる。需給が「欲求を完全に満たすために必要な商品の数」(買い手側の量)であるのに対し、支配可能量は「商品を提供する側が扱える商品の量」(売り手側の量)である。この対比が明確に語られた。
そしてこの転換の帰結が述べられる。価値の概念がここでガラリと変わり、変革が起こった。さらにこれをやったことで、経済学に近代的・科学的、とりわけ数学的な手法を用いるための非常に強力な武器が生まれた。これ以降、数学的な要素がどんどん入ってくる――講義はここで一区切りとなった。
講義後、渡辺氏が独自の切り口で補足を加えた。論点は「認識と支配可能量がなぜメンガー以前には存在しなかったのか」である。
渡辺氏の説明はこうだ。マルクスにとって経済学の目的は歴史的発展だった。メンガー以前、つまりある時期までは、経済学は政治でどう使うかが大事だった。政治家にとって市場がどう変わるか、国家がどう潤うか、どうやって富を生み出すかという「使用的側面」を経済学に期待していた。ところがメンガー以降は、経済そのものが対象になる。結果を出すための道具ではなく、経済そのものを、政治的な目的と切り離して考えようとした。そうすると、それまで政治の目的のなかに埋没していた支配可能量や認識という問題を、独立させて扱う必要が出てくる。
渡辺氏はこれを自動車の比喩で説明した。車の使用者にとって大事なのは、このスイッチを押せばシステムがこう動く、という点である。内部構造も、部品それぞれも、動くための前提も、目的地に到達するだけなら必要ない――車が壊れるまでは。だがメンガーは経済そのものを科学しようとしたので、考え方が自動車の修理工や設計技師のそれになった。部品ごとに音を聞いたらどうか、実際に運転した感じはどうか、あと何万km乗れそうか。そういう車そのものの性質への深い理解が問題になる。これが「科学的に経済を見る」ということだ、と。
特定の時代・特定の場所・特定の市場についての説明理論。政治家にとって「いまが何とか変わるか」が関心事。イレギュラーは存在させない。目的(こう変えたい)が理論に先行する。
いかなる市場・地域・条件でも成り立つ普遍的理論を追求する。再現可能性がある。イレギュラーを想定したうえで一般理論を立てるので、修正も可能になる。自然法則として見る。
参加者の一人が「今まで機能的だったのが演繹に変わる」と言い換え、渡辺氏が「おっしゃる通り」と応じる場面があった。リファレンスがあってそこからこうあると言うだけでは振り回される。それに対して、どうやってイレギュラーを見つけていくか、それを認めていくかという話になる。それ以前はイレギュラーを存在させなかったが、以降はイレギュラーを想定したうえで一般理論とは何かを立てる。それは科学的には健全であり、修正も可能になる――という整理である。渡辺氏はさらに、これはギリシャ的な方法論をもう一度持ち出したものだと述べ、マルクスが人間を哲学したのに対し、メンガーは経済そのものを一つの学問として科学した、という立場の違いに帰着させた。
渡辺氏が説明した対立軸は、経済学史上「方法論争(Methodenstreit)」として知られる論争そのものです。WebSearchで確認したところ、狭義にはカール・メンガーを中心とするオーストリア学派と、グスタフ・フォン・シュモラーを中心とするドイツ歴史学派の間で1883年〜1884年に交わされた論争を指します。メンガーが『社会科学、とくに経済学の方法に関する研究』(1883年)を刊行し、シュモラーが『シュモラー年報』に批判的な書評を寄せたことで火がつき、メンガーは1884年に『ドイツ国民経済学における歴史学派の誤謬』というパンフレットで再反論しました。
争点は、社会科学において自然科学のような厳密な意味での法則が存在するかどうかでした。メンガーは理論的考察の必要性を強調し、シュモラーは当時そのような法則は望めないとして経験的事実の収集を優先すべきだと主張しました。渡辺氏の「普遍的理論を追求するようになった」という説明は、まさにメンガー側の立場です。なお前田氏も講義の質疑のなかで「オーストリア学派とドイツ歴史学派で対立する」と言及し、そこで指摘されたメンガーの弱点が後の理論発展につながったと述べています。時系列としては、『原理』(1871年)の12年後に方法論争(1883年)が起きた、という順序になります。
質疑のなかで最も実務的な緊張が走ったのが、「コストは本当に無視していいのか」という問いだった。中川氏から、メンガーの話をすると必ず出てくる質問として提示されたものである。
前田氏の一次回答は慎重だった。メンガー自身がそこまで踏み込めていなかったと見るのが適切で、まずは価値の定義をすることが主眼だった。コストの話は帰属(imputation)の考え方が出てくる領域であり、規模の経済も後から出てくる。むしろこの捉え方で重要なのは、価値をブランディングの意識とどう結びつけていくかではないか――そう述べた。そのうえで、日本人には「原価に10%、20%乗せる」という考え方をする人が多く、コストから価値を考えてしまうと価値をコントロールできなくなると指摘した。だからコストと一度切り離してみたほうがいいのではないか、というのが前田氏の立場である。
ここにマイキー氏が、より鋭い定式化を持ち込んだ。自分が答えるとしたら、こう言う――「コストがかかったから価値が出る」のではなく、「需要があるからコストが許容される」。因果関係が逆だ、と。日本の商社などは仕入れ値を0.8で割るといった計算方式で値決めをするが、マルクスやリカードは労働時間や材料費が積み上がって商品の価値が決まるとした。メンガーはその逆を唱えた人であり、だから矢印の向きが逆になるのだ、と。
労働時間・材料費・原価が積み上がる → その合計が商品の価値を決める → 「これだけ頑張ったのだから、これだけの値がつくはずだ」
マイキー氏の言葉:「日本人は『僕はこんなに頑張ったのに』と言う。あれがまさにマルクスです」
誰かがそれを欲しがる(需要がある) → だから価格がつく → その価格の範囲でコストが許容される
海底に潜って命を削って拾った石ころには誰も値を付けない。道端のダイヤモンドは労力ゼロでも高く売れる。
マイキー氏が「これを帰属理論、インピュテーションと言う」と述べた点について補足します。帰属理論(ドイツ語で Zurechnung、英語で imputation)は、最終消費財の価値が、そこから遡ってその生産に用いられた高次財(労働・原材料・機械など)の価値を決定する、という理論です。つまり「原価が価格を決める」のではなく「価格が原価を決める」という因果の向きを、生産要素の側から定式化したものです。メンガー『原理』が高次財・低次財の階層として提示した着想を、フリードリヒ・フォン・ヴィーザーが体系化し、帰属理論という名称を与えました。
したがってマイキー氏の「因果関係が逆」という説明と帰属理論を結びつける説明は、理論史的に正しい対応です。ただし用語としては、帰属理論はメンガー自身の完成品というより、オーストリア学派第二世代(ヴィーザー、ベーム=バヴェルク)による定式化である点を添えておきます。前田氏が「メンガーはそこまで行っていない、その弱さが後に発展させられた」と述べたのは、この事情とも符合します。
WebSearchで確認した公開情報では、限界革命の三主著の刊行順は次のとおりです。ウィリアム・スタンリー・ジェヴォンズ『経済学の理論(The Theory of Political Economy)』1871年、カール・メンガー『国民経済学原理』1871年(同年)、レオン・ワルラス『純粋経済学要論』1874年(前半)・1877年(後半)。したがってジェヴォンズとメンガーが同じ1871年、ワルラスが3〜6年遅れて最後という順序になります。講義中の「メンガーが一番早くて、次ワルラス、そしてジェヴォンズ」という発言とは順序が食い違います。
一方で、同じ発言のなかにある「この理論を最初に主張したのはジェヴォンズで、まったく相手にされなかった」という指摘は公開情報と整合します。ジェヴォンズは1862年に英国学術協会で「経済学の一般数学理論についての小論」を報告しており(活字化は1866年)、これはメンガー『原理』の9年前にあたりますが、当時ほぼ黙殺されました。また「ワルラスの主著は2回に分けて出版されている」という指摘も事実です。
推測すると、発言者は「主著の刊行順」ではなく「体系としての完成度の順序」や「講義で扱う順序(メンガー→ジェヴォンズ→ワルラス、と講義冒頭で予告されたもの)」と混線した可能性があります。ただし本レポートでは発言を書き換えず、食い違いとして残します。三者が独立にほぼ同時に到達したという点(マンチェスター、ウィーン、ローザンヌ)は、公開情報と一致しています。
| 人物 | 主著 | 刊行年 | 拠点 | 講義での位置づけ |
|---|---|---|---|---|
| ウィリアム・スタンリー・ジェヴォンズ | 経済学の理論 | 1871年(先行報告1862年) | マンチェスター | 数学的構築と概念的背景の中間型 |
| カール・メンガー | 国民経済学原理 | 1871年 | ウィーン | 数学より概念的・理論的背景を組み立てた人。この回の主役 |
| レオン・ワルラス | 純粋経済学要論 | 1874年/1877年 | ローザンヌ | 数学的構築に特化。次回の主題 |