マルクスの前提整理を終えたあと、講師は講義を一度止めて参加者に問いを投げた。「まず僕が気になるのは、皆さんはこの考え方に対して何を思っているのかな、というのをすごく捉えていただきたい」。みんな平等、資本や資産は全部振り分ける、あるいは中央で全部管理する――そういう社会が本当にユートピアなのかどうかを想像してほしい、と。ここから終盤まで、この日の勉強会は理論解説ではなく討論になった。
講師は自分の立場を早い段階で明かしている。安定していて技術革新もイノベーションも起きない時代、みんなが裕福になる余裕がある時代であれば、分配は極めて重要である。だが産業革命が起き、IT革命が起き、いまAI革命が起きている転換点においては「完全に後者(資本主義で戦う)だと思っている人」だ、と。根拠として挙げられたのがソ連の崩壊と、中国の共同富裕の失敗である。
そこから議論は中国の政策史(毛沢東と鄧小平の違い、先富論、共同富裕とIT企業の停滞)、ロシア革命の成立条件、そして現代のロシア・中国における情報統制へと広がった。参加者の渡辺氏は、レーニンが階級闘争の必然性を「科学的実践」として提示したことが農奴や大衆に対する説得力を持った経緯、そして革命後に多数派教育が間に合わず前衛党による少数派指導へ転じたことが今日まで続く動員体制と情報統制の起源になっている、という筋道を提示している。
そして議論は日本に折り返す。講師の中核命題はこうだ――社会主義的な体制では崩壊が見えないため、変革の条件が揃わない。資本主義では歪みが出やすく、その痛みがあるからこそ人は変わらざるを得なくなる。日本にいま必要なのはその歪みである。この命題から、講師は「公平性のある格差と差別」という強い言葉を出し、教育論・アカデミアと経営者の断絶論へと展開した。討論の締めは渡辺氏の一文である。「平等化した先に何があるかというと、完全競争しかない。完全競争とは奪い合いなんです」。
講師が最初に提示したフレーズが、この討論全体の枠組みになった。「僕はいつも言っているのは、社会主義の仮面を被った資本主義が中国であって、資本主義の仮面を被った社会主義が僕は日本だと思っている」。そのうえで、社会主義という言葉を入れるとバイアスがかかってしまうので、それを抜いたうえでこういう社会は皆さんにとってOKなのかダメなのかどちらか、と問うている。
参加者からは即座に否定の反応があった。「個人的に無理です」。講師はこれを受けて論点を一段深めた。知識も資産として、あるいは物として考えるのであれば、知識そのものを「みんなが分かるように説明すること」自体がどちらに属するのか、という問いである。全員が分かるように説明することは、分配なのか。唯物論で言ってしまうと、知識というものの扱いはどうなるのか。
「転換期には競争、安定期には分配」という講師の枠組みに対しては、経済学側から複数の反論が存在する。ひとつは内生的成長論の立場で、教育・基礎研究・公衆衛生といった公共財への分配的投資こそがイノベーションの前提条件になる、という主張である。北欧諸国が高い再分配率と高い研究開発集約度・特許出願を両立させている点はこの立場からしばしば引用される。もうひとつはダロン・アセモグル/ジェイムズ・ロビンソンの制度論で、彼らは『国家はなぜ衰退するのか』(2012年)において、成長を決めるのは競争の強度そのものではなく制度が「包摂的(inclusive)」か「収奪的(extractive)」かだと論じた。この枠組みでは、格差の拡大は必ずしも変革を生まず、むしろ収奪的制度を固定化する方向に働きうる。講師の主張は「痛みが変革を促す」という因果を置いているが、この因果自体が学術的には決着していない論点である点は明記しておきたい。
講師は中国を、分配路線が実際に何を生んだかの検証例として使った。「今の中国でさえ、全体富裕(共同富裕)というものが失敗しました、はもう習近平がやったわけなので、結果それはもうやろうとはしていない」。むしろ国内産業をかなり差別化しており、中国製造2025に向けてその産業に入っているところには猛烈に資金を投入している、と。
そのうえで講師が挙げた数値が二つある。「全体でゾンビ企業が15%増加している」、そして「中国全体で赤字または赤字すれすれの企業が、各業界50%を超えている状態」である。それくらいにしないとアメリカやヨーロッパと戦えない、というのが講師の読みだった。そして問いを立てる――万が一これを分配させた場合、本当に中国はアメリカとヨーロッパに勝てるのか。
ダラス連銀の2025年12月の分析によれば、中国の非金融部門におけるゾンビ企業の資産シェアは2016年の10%から2024年には16%へ上昇している。業種別では製造業が9%→11%、不動産が15%→40%、サービスが11%→17%である。講師の言う「ゾンビ企業が15%増加」は、この「資産シェアが10%から16%へ(=6ポイント増)」という数値と近い位置にあるが、意味が異なる。「企業数が15%増えた」のか「資産シェアが約15%になった」のかで含意はまったく違うため、発言のままでは検証不能である。要確認
「各業界50%超が赤字または赤字すれすれ」についても、公開データとは差がある。損失を計上している製造業企業の比率は2024年6月末時点で約30%とされ、これは1998年のアジア通貨危機時のピークを上回る水準である。また、グリーンテックなど新興重点分野では上場企業に占めるゾンビ企業の比率が30%に達しているという報告がある。いずれも深刻な数値だが、50%超という水準は確認できなかった。講師の発言を書き換えるのではなく、差分として記録する。講師が業界別の別統計(たとえばEV・太陽光など特定分野の赤字比率)を参照していた可能性はあるが、この日は出典が示されなかった。
参加者の小賀氏から二つの質問が出た。ひとつは、ユダヤ系の裕福な家庭に生まれたマルクスがなぜ資本主義批判に至り、その後共産主義に向かったのかという変遷が理解できないこと。もうひとつは、毛沢東の中国が現在の姿に変わった転換点がどこにあったのか、である。
講師の回答は明快だった。中国はそもそも社会主義的な考え方をしていたわけではない、と。鄧小平が言ったように先富論をやり、まず能力のある人だけを豊かにさせて、その後で分配すればよいという考え方を持っていた。だから中国が資本主義に変わったというより、まずは資本主義でしっかり富を増やそうというほうが合理的である、という判断だった。「いきなりシステムを変えるのは良くないよね、徐々に広げていけばいいよね」という考え方である。
対して毛沢東は「いきなりぶちかましている」ため、働かない人が大量に増え、生産性が大きく落ちるといったことが起きた。中国は鄧小平のもとで技術革新に投資し、工場を作らせ、設計図を写して自分たちで作ってしまうということを繰り返し、現金が貯まる状態まで作った。その後に習近平が共同富裕をやったが、結果としてIT企業を停滞させることになった。今の中国の基盤ではまだ作れないことが明らかになったため、また分配ではないところへ走っている――これが講師の整理である。
先富論は1985年ごろから鄧小平が唱えた改革開放の基本原則で、「先に豊かになれる者を富ませ、落伍した者を助け、富裕層が貧困層を援助することを義務のひとつとする」という趣旨である。重要なのは、鄧小平自身が1985年9月・1990年12月・1992年初頭に繰り返し「共同富裕」という語を使っており、共同富裕を社会主義と資本主義の違いと捉えていた点である。1992年の南巡講話では「先に発展した地区が後から発展する地区を助け、最後にはともに豊かになる」と道筋を示した。つまり先富論と共同富裕は対立概念ではなく、前者は後者への手段として設計されていた。講師の「まず資本主義で富を増やそうという考え方」という説明は、この設計思想を正確に捉えている。
習近平の共同富裕は2021年8月17日の中国共産党中央財経委員会で打ち出された。同委員会では不動産開発・学習支援・ITの三産業について「発展論理は大きな変化に直面し、成長への貢献は低下する」とされ、これが大手民間企業への規制強化と並行した。講師の言う「IT企業を停滞させた」という指摘は、この政策文脈と対応している。
中国製造2025については、日本の科学技術振興機構(JST)の分析が示唆的である。2021年11月から12月にかけて工業情報化部が発表した9産業の第14次五カ年計画のうち、中国製造2025のもとで作られた19の実施計画を引き継いでいるとみられるのはロボット産業の計画のみであり、「中国製造2025は実質的にほぼ死文化した」と判断できる、としている。講師は「中国製造2025というものに向けて」と現在形で述べたが、名称としての政策は既に前面から退いており、産業政策は五カ年計画へと継承・再編されている、というのが公開資料からの理解である。要確認ただし個別産業への集中的な資源投入という実態が続いている点では、講師の指摘する構図は維持されている。
小賀氏のもうひとつの質問に対して、講師はこう答えた。マルクスはドイツ人で、父は弁護士だった(※講義前半の「父がラビ」という説明を、ここで講師自身が実質的に訂正している)。同じユダヤ系のなかでも弁護士のあいだに大きな格差があったと言われており、マルクスはその背景をかなり見ていた。父はプロテスタントに改宗しており、マルクスに対して「宗教とは何なのか」「社会的排除とは何なのか」という問題意識を幼少期から植えつけていた。だから比較的裕福な家庭に生まれても自分の特権的な立場に執着せず、社会的不平等に強い関心を持った――これは幼少期の父の教えだったと聞いている、と。
哲学的な補助線として、講師はヘーゲルを挙げた。マルクスはヘーゲルの思想に強い影響を受け、そこで弁証法、すなわち対立という論法を学んだ。「ここによって新しいものが生まれるのだから、ヘーゲル自身の言っていることを対立させよう」という考え方が強くなった。父の教えとヘーゲルの論法がたまたま共通して、この考え方に入っていった、という説明である。加えて、マルクスがもともと新聞記者で、弾圧の取材に行っていたというジャーナリズムの経験が、不平等な社会を目撃させ疑問を蓄積させた、と補足している。
参加者から、ロシア革命につながる流れはどこから来たのかという質問が出た。ロシアの帝政を壊し、そこにマルクスの社会主義が入ってきたという理解でよいのか、という確認である。講師はマルクスの歴史観として、階級闘争を連続性として捉えた点を挙げた。封建主義から資本主義へ変わり、そして社会主義・共産主義へ進化するという段階論である。年次については講師が即答できず、渡辺氏が「十月革命のことですよね。マルクスの著作を理論的な指針として使用した、1917年ですよね」と補った。
渡辺氏の解説は詳細だった。レーニンやトロツキーといった革命の指導者たちが直面していたのは、ロシアのツァーリ支配における貴族支配と農奴支配が完全にコントロール不可能になっている状態である。戸籍や徴税といった社会システムに中間者が大量に入り込み、貴族が荘園の管理や領主としての管理を果たせなくなっていた。そこに「封建制から資本主義、そして通過儀礼として社会主義へ、歴史は必然的に発展する」という筋書きが提示された。これが農奴や支配される側にとって最も説得力があったのは、それが科学的な実践として提示されたからだ、というのが渡辺氏の指摘である。
1917年のロシアでは二度の革命が起きている。二月革命(ユリウス暦2月/グレゴリオ暦3月)でニコライ2世が退位し帝政が終わり臨時政府が成立、十月革命(ユリウス暦10月/グレゴリオ暦11月)でボリシェヴィキが臨時政府を打倒した。渡辺氏が「十月革命、1917年」と特定したのは正確である。なお質疑のなかで「レーニンの前か後か」という混乱があったが、レーニンは1917年4月に亡命先から帰国して四月テーゼを発表しており、十月革命の主導者である。したがって「レーニンが出る前」ではない。
渡辺氏の言う「科学的な実践としての説得力」は、レーニンが『帝国主義論』(1917年)で帝国主義を資本主義の最高段階と位置づけ、後進国での革命の合理性を理論化したことと対応する。またロシアが西欧より遅れた段階から社会主義に移行しうるとする議論は、マルクス自身が晩年にヴェーラ・ザスーリチ宛の書簡(1881年)で農村共同体ミールの可能性に触れていたことと接続する論点でもある。
ここで講師は、この日のレポート名の由来になる命題を提示した。「崩壊し始めたら変えざるを得ないという状態になる。一番怖いのは、社会主義の国は基本的に崩壊が見えないことがある。なぜかというと、みんな平等になっているから、革命を起こすための条件が揃わなくなる」。
逆に格差社会になると、必ず誰かが死んで誰かが勝ち組になるという状態が生まれ、そこに歪みが出る。国の変革や方針の変更を促すのであれば、何かしらの歪みが必要になる。あるいは戦争で負けて誰かが死に、大勢が困って初めて革命が起こる。「みんなが幸せだったら革命なんか起きない」――だから政治の方向や国の戦略が変更されていく状態になるのだ、と。
中国も歪みが出たから天安門事件のような出来事が起きている。だが歪みが出ない限り変革は生まれない。資本主義の場合は歪みが出やすく、そこに強い痛みがあるからこそ人は変わらなければいけないという状態になる――これが政治・経済・経営の考え方の転換点になる、というのが講師の論理である。
小賀氏から素朴な疑問として質問が出た。ロシアが経済封鎖・制裁を受けているなかで、人民はどう捉えているのか。かつてソビエト崩壊時には、マクドナルドをドルなら買えるがルーブルでは長い列ができても買えない、という状況があった。あの程度まではまだ行っていないのか、それとも抜け穴があるからそこまでの危機になっていないのか。さらに、なぜ中国でも天安門のような動きが出てこないのか。
渡辺氏の回答は、革命の体質そのものに遡るものだった。ロシアも中国も情報統制が行われている点は同じである。だがその根は、革命のなかで多数派と少数派ができたことにある、と。本来は民衆を教育し、教育された労働者が階級意識に目覚め、一人ひとりが歴史を製造するピースとして責任を担う――そういう革命が理想とされた。しかし当時の反帝国主義戦争のなかでは、それをやっている余裕がなかった。中国もロシアも同様である。
渡辺氏はさらに、これがスターリニズムでも指摘されたことであり、それを修正しようとしてゴルバチョフのような人物が出てくると述べた。しかし経済的に問題化してくると、やはり守らざるを得ない状態が出てくる。共産主義であれば自国性を市場よりも別に置かねばならず、歴史性はそれぞれの国において完成するもので市場において完成しないため、愛国的な教育が追いつかなければならない。プーチンが思想統制や官僚に対する愛国教育を極めて重視し、そこから離れるからオリガルヒのような「資本家に騙される人」が出てくるのだというスケープゴート化をしている、というのが渡辺氏の見立てだった。「情報統制と革命というものは一見矛盾しているようで、この発展途上国としての悲しみがあるのではないか」。
講師はこれに技術的な補足を加えた。ソビエト時代の痛みの本質は「ルーブルを交換する場所がなかった」ことである。当時はインターネットがなく、資産を外に持ち出す手段がなかった。だが現在はインターネットと暗号資産があり、民間レベルの資金であればいつでもルーブルからドルに替えられる。ウクライナ・ロシア戦争の際、ロシアの富裕層はほとんどトルコに資金を逃がし、そこからドバイ、イギリス、中国など世界中へ移した。だから「そういうリスクはまず生まれません」という状態になっている、と。
講師は日本を例に引いて、この変化の大きさを説明した。日本でも街中でドルから円に両替できるようになったのはここ数年である。20年前は銀行か空港に行くしかなかった。だから仮に「今日から日本円は使えません、ドルしか受け付けません」となったとしても、昔の日本人なら大騒ぎしただろうが、今の日本人なら「そのへんの機械でドルに替えればいい」「暗号資産で替えればいい」となる。インフラが整っていなかったからこそ替えられないことがまずかったのであって、いまは生活できなくなるわけではない、という指摘である。
講師の指摘は、公開されている調査で強く裏づけられる。2025年初頭にローンチされたルーブル建てステーブルコインA7A5は、TronとEthereum上で稼働し、ロシア経済をグローバルな流動性に再接続する高速・大量のバイパスとして機能した。Chainalysisの報告では、2025年に不正なアドレスが受け取った暗号資産は過去最高の1,540億ドルに達し、そのうちA7A5だけで933億ドル超の取引を仲介した。2026年1月にはローンチから1年足らずで累計オンチェーン取引が1,000億ドルを突破している。
体制との距離も近い。防衛関連企業を顧客に持つ国有銀行プロムスヴャジバンクがA7の49%を保有し、2025年9月にはプーチン大統領がA7のウラジオストク支店開設のオンライン式典に出席した。取引はキルギスのGrinexとMeerに集中し、A7A5はルーブルとUSDTのブリッジ資産として機能している。Aifory Proはモスクワ・ドバイ・トルコで現金と暗号資産の交換サービスを展開しており、講師が挙げた「トルコ経由」という経路とも符合する。
ただし後日談も付記しておく必要がある。2025年を通じて米国・英国・EUが順次制裁を科した結果、A7A5の日次取引高はピークの15億ドルから約5億ドルへ縮小した。EUの第20次制裁パッケージは暗号資産による制裁回避の構造そのものを標的にしている。つまり「制裁の痛みが技術によって回避可能になった」という講師の観察は2025年11月時点では正確だったが、その回避経路自体が制裁対象化されるという次のラウンドが進行している。
質疑の流れを受けて、講師は日本に話を戻した。「僕が今日本に必要なことは、全て革命だと思っている。根本からひっくり返す必要がある。考え方から方針から全部変えなければいけない」。そのうえで、社会主義的にみんなに分配しましょうとなると歪みが出にくく、多少の歪みが出ても生活が担保されているため革命を起こすまでの意識が高まらない、と分析する。
逆に、もし富裕層や優秀な人間だけを徹底的に優遇するようなことを日本国内でやれば、必ず強い歪みが生まれる。排除された人たちは立ち上がらざるを得なくなり、自分たちの生活が危ういとなって初めて革命が起こる。「でもそこまで追い込まないと、多分昔のような革命は日本では起きません」。このまま同じことをやっていると、ずるずる引きずったまま20年30年が経過する、と。
ただし講師は続けて、その革命さえ起きなくなると思っている、とも述べた。生活保護やベーシックインカムのようなものができあがると、黙らせるための仕組みとして機能し、革命が起きなくなる。そして「起きない方がいい。優秀な人だけ優遇して、そうでない人たちを全部養って暮らせるとなれば、それが一番手っ取り早くて、優秀な人が労働社会に残るのではないか」と述べ、その際に「優生学的な感じで」という表現を用いている。ただし本人も「まだ思想自体が出来上がっていない」と留保を置いた。
講師はこの語を、能力に応じた資源配分を指す比喩として用いていると読める。ただし優生学(eugenics)は、フランシス・ゴルトンが1883年に提唱して以降、20世紀に断種法や強制不妊手術という形で制度化された歴史を持つ。米国では1907年のインディアナ州を皮切りに30以上の州で強制断種法が成立し、ナチス・ドイツの人種政策に理論的な口実を与えた。日本でも1948年の優生保護法のもとで、知的障害や精神疾患を理由とする不妊手術が本人の同意なく行われ、2024年7月3日に最高裁大法廷が旧優生保護法を違憲と判断し、国の賠償責任を認めている。同年10月には被害者への補償法が成立した。
したがってこの語は日本の司法が最近になって明確に違憲と断じた制度の名称であり、比喩として使う場合でも、能力主義の議論とは切り離して理解する必要がある。能力に応じた処遇(メリトクラシー)と優生学は別の概念である。前者は成果や努力への報酬配分の問題であり、後者は誰が生まれ、誰が再生産に参加するかを国家が選別する思想である。講師の主張の実質は前者にあるが、後者の語を用いたことで論点が混線している点は指摘しておきたい。なおメリトクラシーそのものにも、マイケル・サンデル『実力も運のうち――能力主義は正義か?』(2020年)のように「能力主義は勝者の傲慢と敗者の屈辱を生む」とする有力な批判が存在する。
講師は、優秀な人だけが揃っているなら放っておいても成長するが、そうでない人が多いのが世の中であり、彼らをどう変化させるかが生産性につながる、と述べた。そして「これは教育の一環として、とことん詰めるまでやらないと変わらない」としたうえで、この日の最も強い一文を置いた。
類例として挙げられたのが東南アジアの英語習得である。教育を受けていないのになぜ英語を覚えられたのか。外国人や旅行客と商売しなければ食えない人がたくさんいたからだ。英語が喋れないと飯が食えないし、着る服もない――そういう時代があったからこそ、彼らは英語を、あるいは日本語を覚えた。「それだけ追い込まれたからやらなきゃいけないという状態にならないと、人の思考は変わらない」。
また政治についても言及があった。講師は当時の高市首相の国会答弁を引き、「あれくらい言っちゃっていいんじゃないか。あれくらいのことを言わないと変わらない」と評価している。ただらだらと国会をやられるくらいなら、はっきり言って撤回はしませんという姿勢のほうがよい、と。今の日本の防衛システムだけで中国を抑止するのは100%無理なので、あれくらいの危機感を持たせるようなことを言ったほうがよい、というのが講師の立場である。
講師が言及しているのは、2025年11月7日の衆議院予算委員会における高市早苗首相の答弁である。立憲民主党の岡田克也議員との質疑のなかで、高市首相は「台湾を完全に中国北京政府の支配下に置くようなことのために戦艦を使って、そして武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になりうるケースである」と述べた。勉強会の4日前の出来事にあたる。その後、立憲民主党の大串博志議員が答弁の撤回を求めたが、首相は応じていない。
この答弁は中国の強い反発を招き、日中間の外交的緊張の引き金となった。評価は明確に分かれている。擁護側は、存立危機事態の該当性について具体的に述べることは抑止力の明確化であり、あいまいさこそが誤算を招くと論じる。批判側は、歴代政権が個別事例への言及を避けてきたのは戦略的あいまいさによって相互のエスカレーションを防ぐためであり、首相が公の場で特定シナリオを名指しすることは外交的な自由度を狭め、経済的な報復を招くと論じる。実際、中国側は日本への渡航自粛の呼びかけなどで応じている。講師の評価は前者に立つものであり、後者の見方も同程度に有力である点を併記しておく。
討論の終盤、話題は日本の知的インフラに移った。講師はまず、参加者の渡辺氏や前田氏のような人がビジネス系スクールで馴染めるかと問い、「どこも無理でしょう」と答えている。他のビジネス系スクールはみんな「ゆとり教育」をしている、と。分かりやすく説明はするが、これ以上は下げないというレベルを決めておかないと本当にゆとり教育になってしまう。「分からないのであれば後で自分で調べてください。また僕に聞いてください」というスタンスである。
渡辺氏はこれを別の角度から支持した。個性を確立しうる個人を救うという目的がそこにある、と。いまの日本における平準化された教育や社会システムで最も苦しんでいるのは才能ある人である。その苦しみをまず回復してあげることの社会的・総合的メリットはどこにあるのか、という問いである。さらに渡辺氏は教育の多様性に踏み込んだ。教育はそれぞれの資質とビジョンに応じて違ったものになるはずであり、極端に言えば全国一律の教育など無理だという教育論もある。沖縄には沖縄の、東京には東京の教育があって、全部違うほうがいいという理論すらある。「カスタマイズ能力というものを、平均化や単一基準化によって私たちはすべて可能性を奪っている」。
参加者から、日本のノーベル賞の数が海外に比べて全然引けを取らないのに、受賞者は外に出ていて日本には帰ってこられない、そこが日本の構造問題を象徴している、という指摘があった。日本で不幸だと思ったら外に行けばよい、日本のパスポートはどこでも通用するのだから、と。
講師はこれを受けて、問題の所在を「学者とコミュニケーションが取れる経営者がいないこと」に定めた。日本には優秀な学者がたくさんいる。学者は研究や論文を通じて時代の方向性を示す指針になる存在である。だが誰がその学者とコミュニケーションを取れるのか。「今の経営者のレベルの人たちが(アカデミックな先生と)会話できると思いますか。無理です。レベルが違いすぎて」。
講師の分析では、日本ではメインバンクシステムができあがった結果、外から文句を言われず、株主からも文句を言われない好き放題な経営が過去50年続いてきた。外部から指摘してくれる研究者の意見は極めて重要だが、それを受け取る体制が日本人にはできていない。研究者は理論値は作れるが資本家ではないので、それを具現化するのは経営者・実業家・企業家である。落とし込む人が何人いるのか――これがいない以上、研究者が外国に出ていくのは合理的だ、と。
2025年時点で、日本人(日本国籍または日本出身)のノーベル賞受賞者は31人である。2025年は化学賞に北川進氏、生理学・医学賞に坂口志文氏が選ばれた。国別ランキングでは米国が圧倒的な1位である。
「受賞者は外にいて帰ってこられない」という指摘には、当たっている部分と当たっていない部分がある。中村修二氏は青色LEDで2014年に物理学賞を受賞したが、研究継続の都合で2005〜2006年頃に米国市民権を取得しており、カリフォルニア大学サンタバーバラ校に所属する「日本生まれのアメリカ市民」である。南部陽一郎氏も米国籍を取得している。他方で、北川進氏(京都大学)、坂口志文氏(大阪大学)、本庶佑氏(京都大学)、山中伸弥氏(京都大学)など、日本の大学に所属したまま受賞した例も多い。したがって「日本人受賞者が総じて海外にいる」という一般化は成り立たない。むしろ問題として頻繁に指摘されるのは、受賞の対象となった研究の多くが1970〜90年代に行われたものであり、その後の日本の論文シェア低下や博士課程進学者の減少が将来の受賞可能性を下げているという時間差の問題である。
なお講師の「メインバンクシステムのもとで株主から文句を言われない経営が50年続いた」という指摘については、2015年のコーポレートガバナンス・コード導入、2023年の東証による「資本コストや株価を意識した経営」の要請、そして政策保有株式の縮減圧力によって、状況は近年大きく変化している。この日の議論はその変化を織り込んでいない点は補っておきたい。
討論の締めは渡辺氏の指摘だった。「平等化した先に何があるかというと、完全競争しかないんですよ」。講師が同意し、渡辺氏はこう続けた。「そのほうがもっと熾烈です。完全競争とは何かって、奪い合いなんですよ」。日本もそこへ向かっており、愛情の奪い合い、お金の奪い合い、モノの奪い合いになっている、と。講師は「完全競争のなかで戦いたいならどうぞ。僕はそれが一番めんどくさいと思っている人なので」と応じ、この討論を閉じている。
経済学における完全競争(perfect competition)は、多数の売り手と買い手、同質財、完全情報、参入退出の自由という条件のもとで、個々の主体が価格に影響を与えられない状態を指す理論モデルである。この定義では、完全競争は資源配分の効率性が最大化される状態(パレート効率)を意味し、必ずしも「奪い合い」ではない。渡辺氏の用法は、経済学の術語というより、差別化の余地が消えた同質競争のなかでゼロサム的な資源争奪が起きる状態、いわば「レッドオーシャン」の比喩に近い。この趣旨であれば、マイケル・ポーターが競争戦略論で警告した「差別化なき競争は消耗戦になる」という命題と整合的である。ただし言葉としては経済学の完全競争と別物である点を区別しておきたい。