エグゼクティブサマリー
理論は正しくても、板が薄ければ壊れる
論点1
因子はどこから拾うか
マクロから入り、ミクロへ絞る
論点2
円高にならない
金利差縮小との不整合=アノマリー
論点4
VaRの自己増幅
変動率上昇→強制売却→さらに下落
論点5
短期と長期が逆向き
減税は株にプラス、財政にマイナス
講師の姿勢
当てにいかない
「傾向がある」としか言わない
この回の後半は、参加者からの「経済学者はどうやって因子(説明変数)を抽出しているのか」という質問から始まり、そのまま2026年初頭の日本国債市場の話へ流れ込んだ。理論の作り方をめぐる前半の議論が、そのまま足元の相場の読み方として試される展開である。
講師がまず持ち出したのは、自分自身が使っている株式の季節性の例だった。過去100年分のデータで上がりやすい月・悪い月を語ることはできる。しかしそれは株価のリターンしか見ておらず、市場参加者の構成をまるごと無視している。インターネットの登場以降、参加者も情報の流れもインフラも激変しており、1990年以前と以後ではそもそもデータの性質が違う。だから経済学ほど不安定なものはない、と講師は言い切った。ここは自分の使い方も含めた自己批判として語られている。
そのうえで提示されたのが、いま起きているアノマリーである。キャリートレードが解消されれば理屈のうえでは円高になるはずなのに、なっていない。なぜかを調べ続けることが、新しいアノマリーの追求にあたる。
もう一つの主題が、日銀のイールドカーブ・コントロールが市場に残す国債の量を減らし、板を薄くしたという指摘だった。買いと売りのバランスで価格が決まる以上、片側が空洞化すれば小さな金額でも大きく落ちる。そこにVaR(バリュー・アット・リスク)に基づくリスク管理が重なると、価格下落→変動率上昇→リスク限度超過→強制的な売却→さらなる下落という自己増幅ループが回る。講師はこれを2003年のVaRショックと同型の現象として説明した。
セッションを貫く1本の線
「理論上は正しい」と「市場で起きる」は別のことである。
理論が想定する条件のうち、どれが現実で崩れているかを特定できるかどうかが分岐点になる。日銀の買入は金利をコントロールできる――理論としては正しい。しかし同時に市場から在庫を吸い上げ、価格形成の土台を薄くしていた。学問の横断とは、この「別の刃」を持つことである。
PART 1
因子はどこから拾うのか――マクロから入り、ミクロで絞る
参加者(小島氏)からの質問はこうだった。経済学の人は何を基準にして因子を抽出し、事象を分解しているのか。ある問題を提起してから分解するのか、もっと漠然とした大元から決めるのか。今日のマーシャルの話は、経済学全体の物差しを最初に数学的に作ろうという分解の仕方に見えたが、近代経済学ではもっと細分化された中で因子を決めているように見える、と。
講師はまず自分のやり方を「ごまかしている」と自己申告したうえで説明した。株式が上がる月・下がる月という季節性の話をよくするが、あれは株式の値動きのリターンだけを見ていて、市場参加者の構成を全部無視している。経済学が扱う対象は、インターネットの登場やサービスの変化によって参加者ごと入れ替わる速度が速い。だからバブル期とAIブーム、ITバブルの時期を単純に比較しても対象にならない――そもそも調べている因子・変数が全部違うからだ。単純化したチャートに合わせて比較して語る議論に対して、自分は粗を突いているだけだ、と講師は述べた。
ここに研究者側から実務的な回答が入った(中川氏)。論文はまずマクロの環境から始まり、そこからミクロへ落とし込んで「ここが自分には分からない」というリサーチクエスチョンを第1段落で提示する。第2章で先行研究を並べ、そこから因子を見つけ出す。第3章で分析に入り、目的変数に対して独立変数がどれだけインパクトを持つかを定量分析する。最もインパクトの強いものが主要な独立変数になる。これが王道のパターンである、と。
さらに、良い論文とはインパクトファクターの強い論文の理論から因子を取ってくるものだ、という補足があった。医療分野の臨床研究における「Nの多さ」「多施設・前向き試験」といった質の階層と同じ構造である、という参加者からの照応もなされている。加えて、上場企業の有価証券報告書における「経営環境及び対処すべき課題」も同じパターンで書かれている――まず円安がどう、ウクライナ情勢がどう、と大きな話から入り、最後に自社に落とし込む――という指摘があった。
講師はこれを受けて、自分は先生を引っ張ってくるのではなくデータの組み合わせから何が最も合理的かを考えているだけだと述べ、一つの因子で決定づけることは無理であり、特にアノマリーには必ず複数の因子が要る、と補足した。そして因子にリーチできるかどうかは、過去にどれだけ膨大な量を勉強してきたかに尽きる、と結んでいる。
PART 2
キャリートレードが解消されても円高にならない
講師が「いま起きている新しいアノマリー」として挙げたのが、円の動きだった。説明の筋は次のとおりである。財務大臣の発言をきっかけに日本の金利が上がり、国債が売られた。日本の金利が上がったことで日米の金利差が縮まる。金利差が縮まればアメリカ国債を持っている意味が薄れ、米国資産が売られる。その原資は円だった――長らく金融緩和で借入コストが安かったため、円で借りて米国で運用するキャリートレードが積み上がっていた。金利差が縮まればこれを解消しなければならない。キャリートレードが解消されるなら、理屈のうえでは円高になるはずである。
ところが円高になっていない
講師はここで立ち止まった。「これはなぜなのかを調べるのが、ある意味その新しいアノマリーなんですよ」。そして追求し続けなければならない理由として、経済学の対象は人の移動も情報もインフラもサービスも変わり続けるため、固定的・普遍的なものがほとんどないことを挙げた。特に1990年以前と以後では、データがアナログかデジタルかという根本的な違いがあり、そのまま比較しても当てにならない。
為替の決定理論についても、講師は整理を示した。金利平価、購買力平価(絶対的PPPと相対的PPP)、そしてアセット・アプローチの三つの段階でまず見る。アセット・アプローチとは各国通貨建て資産に対する需要で為替を説明する枠組みだが、この理論が成り立つにはアメリカの債券も同列に扱えなければならない。経済学者が語っている内容は読者向けに単純化されており、その意味でこの理論も現実には当たらない、というのが講師の見方だった。だから自分は「これが最も妥当だ」と当てにいくのではなく、周囲の状況を見て確率論的に最も蓋然性が高いものを話しているにすぎない、と述べている。参加者からも「いつも“そういう傾向がある”と言っている」と確認が入った。
📌 Claude補足:金利差が縮んでも円安が続いた背景(公開されている説明)
2026年に入り、日米10年債利回り差が約1.5%ポイント縮小したにもかかわらず円高が進まなかったことは、市場関係者の間でも「想定外の動き」として論じられている。公開されている主な説明としては、①日本の政策金利の到達点が低いと見られていること(市場は追加3回程度の利上げで1.6%程度と織り込み)、②FRBの利下げ期待が後退し、2027年の利上げ観測すら出てドル高圧力がかかったこと、③デジタル赤字の拡大による経常収支・サービス収支面での円売り圧力、④家計の外貨建て資産投資の増加(投資信託経由の外貨投資が2022年の1.9兆円から2024年に11.5兆円へ)が挙げられている。
また、為替の決定要因が金利差から、日本の長期潜在成長率や通貨の信認といった構造的要因へシフトしているという見方、および「日本はインフレ下でも低金利を維持する国だ」という認識が定着したことで、円が引き続き低コストの調達通貨として使われているという指摘もある。
つまり講師が「アノマリー」と呼んだ現象自体は市場でも共有されており、複数の説明が提示されている段階にある。単一の因子で決めつけない、という講師の姿勢はこの状況と整合的である。
PART 3
買い支えが板を薄くする――イールドカーブ・コントロールの副作用
講師は、日銀の買入れをずっと危険だと言い続けてきたと述べ、その理由を説明した。発行された国債の半分以上を日銀が買い、その下にいる銀行も買う。銀行が買うのは、日銀が買い取ってくれるからである。しかし1万枚発行されたうち日銀が買い取ってくれるなら、市場に実際の注文が入るのは5000枚だけになる。
チャートの本質は買いと売りのバランスにある。買いより売りが少し多ければ下がり、買いが少し多ければ上がる。ではそのバランスが空洞化したらどうなるか――一気に下落する。これが今回の国債下落だ、というのが講師の説明だった。日銀が買い入れることで市場に残っている国債の数が減り、値段を置いて買いを入れる注文の数も減る。だから小さな金額で大きく落ちてしまう。
さらに、営業能力の問題も指摘された。日銀が買い取ってくれる間、国債は営業をかける必要がない。しかし日銀が買い取れなくなれば、証券会社などの仲介役が買い入れを担い、外部へ営業をかけなければならなくなる。その営業能力が落ちていることが良くない、というのが講師の見立てである。「日銀が買い入れるから大丈夫」という説明は理論上・理想論としては正しいが、板のバランスという観点が抜けている――この批判を、講師は名前を挙げつつ以前から公開の場で行っていたと述べた。
国債等の保有者構成(2025年12月末時点)
単位:構成比(%)/出典:公表統計に基づく Claude 作図。国債及び国庫短期証券 計1,166.7兆円
📌 Claude補足:「債券トレードの6割が外国人」という発言について
講師は「今、債券トレードの6割が外国人だ」と述べた。
保有残高ベースでは、これは公開データと一致しない。2025年12月末時点で、国債及び国庫短期証券1,166.7兆円のうち日本銀行の保有割合は43.1%(503兆円)、海外の保有割合は12.8%(149兆円)である。海外比率は2013年3月末の8.5%から上昇してはいるが、6割には遠い。
日銀の保有比率については、発行残高に占める割合が2025年12月末に49%と3年半ぶりに5割を割り込み、2026年3月末には42.2%まで低下している。日銀が買入額を減らすなか、機関投資家や海外投資家が受け皿として重要性を増しているという構図自体は、講師の説明と整合する。
「6割」という数字が、保有ではなく
売買高(とりわけ国債先物の取引シェア)を指しているのであれば、海外勢の比率が高いという指摘自体は市場でも一般に言われるところである。ただし今回、その6割という具体的な数値の出典は確認できなかった。
要確認
PART 4
VaRという自己増幅装置――2003年と同じ形
講師は、今回の国債下落を理解する鍵としてVaR(バリュー・アット・リスク)を挙げた。金融機関のリスク管理で使われる統計的手法で、一定期間に発生しうる最大の損失額を指標に置く。その計算の主要な入力がボラティリティ(変動率)である。
ここに買入れの効果が効いてくる。日銀が買い支えている間はボラティリティが低く算出されるため、リスク量が小さく見え、金融機関は国債を保有し続ける。ところが買い支えが減ればボラティリティは上がる。そして金融機関には、VaRが一定の水準まで急激に動いた場合には売却しなければならないというルールがある。結果として売りが売りを呼ぶ状態になる、というのが講師の説明だった。
① 低金利・低変動のもとで国債保有が積み上がる(買い支えでボラティリティが低く算出される)
② 何らかのきっかけで金利が上昇し、国債価格が下落する
③ 過去の変動からリスク量を推計するVaRの値が上昇する
④ リスク限度を守るため、複数の金融機関が同時に保有を減らす
⑤ 価格下落と変動拡大がさらに強まり、①〜④が再帰的に回る
📌 Claude補足:2003年のVaRショックと、講師の説明の照合
「VaRショック」は、2003年半ばの日本国債市場で長期金利が反転上昇し、価格変動の拡大を受けた金融機関の国債売却が重なって金利上昇を増幅した局面を指す呼称である。財務省の解説によれば、きっかけは
2003年6月の20年国債の入札結果が芳しくなかったことで、それまで緩やかに低下していた10年国債利回りが0.4%台をピークに反転し、わずか2ヶ月余りで一時1%近く上昇した。
メカニズムは講師の説明とほぼ一致する。低金利・低変動のもとで保有が積み上がったあと、金利上昇→価格下落→VaR上昇→リスク上限を守るための保有削減→価格下落と変動拡大の増幅、という経路である。
ただし発言では、2003年の発端を別の売却要因として語る箇所があった(音声が不明瞭で特定できない)。公開されている解説では
20年国債入札の不調が起点とされており、この点は照合しておく必要がある。
2026年1月に何が起きたか
講師は「今回の債券は過去20年間で最も下落した」と述べ、その規模を1億ドル程度の売りで起きたと表現した。この数字は文脈上、板の薄さを示す比喩的な例示と読むのが自然である。
📌 Claude補足:2026年1月20日の国債急落
2026年1月20日、日本国債市場で価格の急落と金利の急騰が起きた。30年債利回りは一時3.875%、40年債利回りは4.215%まで上昇し、いずれも過去最高を更新した。当日の東京市場は当初静かだったが午後に一変し、市場参加者から「近年で最も混乱した相場」と評された。
背景として挙げられているのは、①超長期国債の国内買い手不足への警戒、②総選挙を控えた与野党の食料品消費税減税での歩み寄りによる財政悪化懸念、③20年債入札の不調と超長期ゾーンの需給悪化である。生保大手の保有国債の含み損も拡大しており、上位4社の含み損合計は2025年9月末時点で11.3兆円(3月末比3割増)に達していた。
発言との食い違い:講師は「1億ドルで過去20年間で最も下落した」と述べたが、公開報道では特定の売り金額と結び付けた説明は確認できなかった。また「過去20年で最大の下落」という表現についても、利回り水準としては30年・40年ゾーンで過去最高を更新したことが確認できる一方、下落率の順位づけは確認できていない。
要確認
📌 Claude補足:片山財務相のダボス会議発言との関係
講師は「片山さつき氏がダボス会議で余計なことを喋って日本の金利が上がった」という趣旨の説明をした。事実関係を整理すると、片山さつき財務大臣兼金融担当大臣は2026年1月20日、世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)の「Japan's Turn」イベントに登壇し、国債利回り上昇に関する質問に対して、財政の持続可能性を維持しつつ支出を増やす方針を語った。日本経済新聞は後日「金利急騰に悩む金融庁、生保に矛先 発端はダボス帰りの片山財務相発言」という見出しで報じており、
発言と金利上昇を結びつける見方が国内報道にも存在する点で、講師の指摘は根拠のないものではない。
ただし
発言と食い違う点が一つある。講師は「日本はプライマリーバランス黒字化を掲げていたが諦めた」と述べたが、ダボスでの片山大臣は自らの政策を「拡張的」ではなく「責任ある先見的」なものと位置づけ、新規国債の抑制と
28年ぶりのプライマリーバランス黒字化を示している。一方で政府試算では2026年度の国と地方の基礎的財政収支は8000億円の赤字となり、25〜26年度の黒字化目標は達成できないとされる。つまり「掲げているが達成できていない」のが実態であり、「諦めた」という表現は正確ではない。この差は確認しておくべきである。
PART 5
選挙結果と減税――短期と長期が逆を向く
参加者から、与党が勝ったことの評価は、いまの議論からすると否定的な方向に流れると理解していいのか、という質問が出た。海外メディアの反応も否定的に見えるが、日本株は上昇している、という補足がついている。
講師の回答は、時間軸を分けるものだった。減税政策を行えば市場に資金が流れやすくなるので、短期的には株価が上がりやすい。しかし債券価格と株式が逆行している。長期の政策としては懸念が大きい、というのが海外の評価だと理解している、と。
数字の面では、プライマリーバランス黒字化を掲げていたが実現していないこと、今回の減税によって政府債務が増え、対GDP比で200%を完全に超えていること、そして債務比率が9%上がることが挙げられた。そこからの筋読みは二つに分かれる。金利が上がるならVaRの問題も含めて金融機関の収益が押し上げられる方向で見られる一方、消費税減税によって消費が活性化し、企業の資金循環が良くなるという見方もできる。どちらを見ているかの話だ、というのが講師の整理だった。
また、選挙結果そのものについては「圧勝したことは海外評価としてかなりプラス」と述べている。首相が適任かどうかを問う論調が海外メディアにあったなかで、圧倒的な勝ちを残したことが評価につながったという読みである。加えて、海外での日本の位置づけが「トラスかサッチャーか」の比較で語られている、という指摘もあった。
📌 Claude補足:2026年2月衆院選と財政の実際
2026年2月に実施された衆議院総選挙で、自民党は465議席中316議席を獲得し、単独で3分の2を超える歴史的大勝となった。高市早苗首相は再指名を経て第2次内閣を発足させ、野田氏は辞任を表明している。公約に掲げた「2年間の食料品消費税率ゼロ」については、超党派の「国民会議」で検討を加速する方針が示された。講師の言う「圧勝」「野田さんが辞任」という事実関係は報道と一致する。
財政面では、日本の政府債務残高はGDPの2倍を超え、主要先進国で最も高い水準にある。2026年度予算案での国債利払い費は13兆371億円で、2025年度補正後と比べ3兆6,745億円の増加。食料品の消費税非課税を実現したうえで政府債務対GDP比を低下させるのは容易ではなく、市場がその困難さを強く意識した場合、意図せざる長期金利上昇と円安を招く可能性がある、という指摘が公開資料に見られる。
「債務比率が9%上がる」という数値については、対応する公表推計を特定できなかった。要確認
講師が繰り返した方法論
国債について「日銀が買い入れるから大丈夫」という理論上正しい説明に対して、講師が持ち込んだのは
チャートの板のバランスと、
海外からどう見えるかという二つの別の軸だった。自分がプロトレーダーとして国債・FX・株式のチャートを扱ってきたから、理論と組み合わせて「それはやってはいけない」と分かる――学問のベースだけで国債を見ていると、そこが見えない。学問の横断とは、この意味で使われている。
Q&A
質疑応答
因子の抽出は何を基準に行うのか。事象を提起してから分解するのか、大元の漠然としたところから決めるのか。(小島氏)
講師:経済学は参加者も情報もインフラも変化が速く、そもそも取るデータが違うため、時代をまたいだ単純比較は成立しない。自分は組み合わせから何が最も合理的かを考えているだけで、粗を突いているにすぎない。因子は一つで決められず、特にアノマリーには必ず複数の因子が要る。そこにリーチできるかは、過去にどれだけの量を勉強してきたかによる。
論文ではどうやって因子を決めるのか。(中川氏の回答)
まずマクロの環境から入り、ミクロへ落とし込んで第1段落でリサーチクエスチョンを提示する。第2章で先行研究を並べ、そこから5つ程度の因子(変数)を見つける。第3章で目的変数に対する独立変数のインパクトを定量分析し、最も強いものを主要な独立変数とする。良い論文はインパクトファクターの強い論文の理論から因子を取ってくる。有価証券報告書の「経営環境及び対処すべき課題」も同じパターンで、大きな話から入り最後に自社へ落とし込む。
マーシャルの時代の因子分解は、いまの仕事より大きく見えるのはなぜか。(小島氏)
中川氏:経済学だからである。国と国のようにマクロから引っ張ってくるため、どうしても話が大きくなる。経営学(会計)はミクロの話であり、粒度が違う。
キャリートレードが解消されるなら円高になるはずでは。(講師の自問)
理屈のうえではそうなるが、なっていない。それを調べ続けることが新しいアノマリーの追求にあたる。為替は金利平価・購買力平価・アセットアプローチの三段階で見るが、アセットアプローチが成立するには米国債も同列に扱えなければならず、単純化された説明はそのまま当てはまらない。
VaR(バリュー・アット・リスク)とは何か。(講師から会場への問い)
一定期間に発生しうる最大の損失額を指標化した統計手法。主要な入力はボラティリティ(変動率)である。買い支えがあるとボラティリティが低く算出され保有が積み上がるが、買い支えが減るとボラティリティが上がり、一定水準を超えた時点で売却しなければならないルールが働く。結果として売りが連鎖する。
自民党が勝ったことの評価は、否定的な方向に理解していいのか。(参加者)
短期と長期を分けて見る必要がある。減税で市場に資金が流れれば株価は短期的に上がる。しかし債券価格と株式は逆行しており、長期の政策としては海外から懸念されていると理解している。数字としてはプライマリーバランス黒字化が実現しておらず、債務は対GDP比200%を超えている。一方で、金利上昇が金融機関の収益に効くという見方と、消費税減税で消費が活性化し企業の資金循環が良くなるという見方があり、どちらを見ているかの問題である。
海外の評価は短期の経済の流れに対するものか、別の視点か。(参加者)
海外メディアには首相が適任かどうかを問う論調があったが、今回圧倒的な勝ちを残したことは評価としてかなりプラスである、というのが講師の読みだった。
MMT(現代貨幣理論)についてはどう見るか。(講師の言及)
デフレのときはいいかもしれないが、インフレになった瞬間に成り立たなくなる。通常は国債で調達したうえで通貨供給が増えるのに対し、MMTは政府が国債によらず発行してよいという主張になる。しかしインフレ下ではそれができず、国債で発行しようにも、これまで日銀が買ってきたことで営業機能が失われており、売れない。ここは論争的な論点であり、MMT論者側の主張とは相容れない。講師の見解として扱うべき箇所である。
宿題・アクションアイテム
次に確かめておくこと・告知
- 2003年のVaRショックの経緯(20年債入札の不調を起点とする金利上昇と金融機関の連鎖売却)を財務省の解説等で確認し、2026年1月の国債急落と構造を比較する。
- 国債の保有者別内訳(日銀・海外・生保・銀行)の推移を確認し、日銀の買入減額に伴う受け皿の変化を追う。「売買シェア」と「保有シェア」を混同しないこと。
- 日米金利差が縮小しても円高にならない理由について、複数の説明(政策金利の到達点、デジタル赤字、家計の外貨投資、通貨の信認)を並べ、どれが自分の見立てで最も効いているかを決める。
- 食料品消費税ゼロが実現した場合の政府債務対GDP比への影響について、公表されている試算を確認する。講師が挙げた「9%上昇」の出所を含めて照合する。
- 告知:出版プロジェクトのチーム編成のため、居住地域に関するアンケートに全員回答すること(データベースとの照合で不足分は個別連絡)。
- 告知:来週土曜からのプレゼン合宿の応募受付中。今回はチーム指導より個人指導が多くなる予定。
- 告知:今週土曜16時から、定期恒例会(小沢サミット)を開催。人数制限あり、参加希望は直接連絡。
- 告知:本の出版先は10日に確定予定。KPIを含めた設計を提出したうえで進行する。
用語集
この回に出てきた語
VaR(バリュー・アット・リスク)一定期間に一定の確率で発生しうる最大損失額を統計的に推計する手法。主要な入力はボラティリティ。
VaRショック2003年半ばの日本国債市場で、金利上昇とVaRに基づくリスク管理が重なり、金融機関の連鎖的な売却が金利上昇を増幅した局面。
イールドカーブ・コントロール中央銀行が短期金利だけでなく長期金利の水準も操作対象とする枠組み。買入を通じて市場在庫を吸い上げる副作用を伴う。
キャリートレード低金利通貨で資金を調達し、高金利通貨の資産で運用する取引。金利差の縮小が解消(巻き戻し)の契機になるとされる。
金利平価/購買力平価/アセット・アプローチ為替決定の主要な三つの理論枠組み。購買力平価には絶対的PPPと相対的PPPがある。
プライマリーバランス基礎的財政収支。国債の利払いと償還を除いた歳出を、税収等でどれだけ賄えているかを示す指標。
MMT(現代貨幣理論)自国通貨建て債務の制約はインフレ率であるとする立場。講師はインフレ下では成立しないと批判的に扱った。
板(オーダーブック)売買注文の並び。市場に残る在庫と注文の厚みが薄くなると、小さな金額でも価格が大きく動く。
季節性アノマリー特定の月にリターンが偏るとされる経験則。講師自身が「参加者構成を無視している」と留保をつけている。
インパクトファクター学術誌の影響力を示す指標。良い論文は影響力の高い論文の理論から因子を引いてくる、という文脈で言及された。