「リサーチだと思っている投資家がバカみたいにいる」
かける期間の目安
リサーチの実態
金を払う手法
対GDP比(約10倍差)
資金調達額(2025年)
経路として指摘
前半の市場構造の議論が「国内しかリサーチできない人と海外までリサーチできる人の間に圧倒的な差が生まれる」という結論に到達した直後、参加者の一人が自身の資金調達の現場から話を継いだ。日本のスタートアップが成長できない根本原因は、本物のバンカーがいないことにある、という指摘である。銀行を競わせようとしているものの、彼らと話すとアホらしくなるほど中身がない。日本のVCに至っては、何のリサーチもしてこない。
この批判の核心は、感情的な悪口ではなく、リサーチという言葉の定義のすり替えにある。日本のVCがデューデリジェンスとして上げてくるレポートは、ネット検索で得られる内容しか書いていない。それは誰でもできることであり、銀行でもアプローチできる情報である。専門家がやる意味がない。そして本当の問題は、それをリサーチだと思っている投資家が大量にいることだと語られた。突っ込みたくなるような中身が一つもない、というのが実感である。
対比として提示されたのが、海外投資家から依頼される調査の中身である。客のふりをして現地に行ってくれ、という依頼を受けることがある。実際に電話をかけて「こういう会社なんですが、どうなんでしょうか」と探りを入れ、従業員が出入りする近くのカフェへ行って彼らの会話を拾う。社内の実態はそこから相当わかる。こうした情報を出すと非常に喜ばれる。これが本当のアナログDDであり、そこには金を使う価値がある。
そもそもデューデリジェンスをやるなら現地がどうなっているかを調べるはずだが、日本のVCのレポートにはそれがない。DDは事業DD、財務DD、法務DD、人事DDといった領域を約20日かけて行うのが通例であり、米国ではリサーチをしながら進めるため相当な時間をかける。日本ではその時間がネット検索に費やされている。
結論として示されたのは、日本の投資家を入れるべきではないという実務判断だった。海外の投資家をつければマルチプルも上がり、エクイティストーリーも彼らがきちんとリサーチした上で組み立ててくれ、海外への販路も広げさせてくれる。メインバンクが紹介してきたベンチャーキャピタルだから会う、という判断は避けるべきである。
資金調達の現場から——「本物のバンカーがいない」
話の入口は、参加者自身が現在進行形で取り組んでいる資金調達の件だった。前回の勉強会で相談した内容を実現しようと動いている最中で、年内に調達しなければならない状況にある。
その現場から出てきた診断が、日本のスタートアップが成長できない理由は本物のバンカーがいないことだ、という指摘である。現在は銀行を競わせようとしている段階だが、彼らと話すとアホらしくなるほど中身がない。そしてVCに至っては、日本のVCは本当にリサーチをしてこない、という強い言葉で表現された。
この認識は今回初めて生まれたものではない。台湾政府とのスタートアップ案件の1回目のとき、日本のVCの対応があまりにひどく「こいつら何なんだ」となった経験が原点として語られた。前田氏や渡辺氏と台湾へ行った際にも、日本の投資家は入れない方がいい、日本で事業をやるのは難しい、ベンチャーキャピタルは役に立たない、という趣旨をずっと言い続けていたという。
日本のスタートアップ資金調達環境について、公開データは発言の問題意識と整合する方向を示している。2025年の日本のスタートアップ資金調達額は7,613億円で、ピークだった2022年の約9,909億円から2割減少。一方、米国の2025年の調達額は約3,280億ドル規模とされる。裏取り済
より本質的な差は経済規模との比較に表れる。対GDP比で見ると日本0.11%に対し米国1.07%と、およそ10倍の開きがある。絶対額の差だけでなく、経済規模に対してどれだけリスクマネーが循環しているかという構造の差である。裏取り済
なお本セッションで語られた「日本のVCがリサーチをしない」という主張自体は、参加者の実体験に基づく定性的な証言であり、業界横断で統計的に検証されたものではない。個別のVCによって差があることは当然想定されるため、一般論として一律に適用するのは適切でない。要確認
「ネット検索の内容しか上げてこない」——リサーチという言葉のすり替え
批判の中核は、日本のVCが提出するレポートの中身にある。デューデリジェンスの一環として上がってくるレポートは、ネット検索で得られる内容しか書かれていない。誰でもできることであり、銀行でもアプローチできる情報である。専門家を名乗る立場でそれを出す意味が理解できない、という指摘だった。
「それ風のレポート」が上がってくる。形式としてはデューデリジェンスレポートの体裁を整えているが、実質はネット検索の集約である。
この文脈で、参加者から「それならば自分の方がまともなレポートを作れる可能性があるのでは」という問いが出され、それに対して「作れている、全然作れている」という即答があった。中間にあるリサーチのハードルは、外から見えているほど高くない。少なくとも、突っ込みどころのある中身を一つも持たないレポートよりは容易に上回れる、というのが実感である。
DDの構造——20日間で何を見るのか
デューデリジェンスの実務構造についても整理された。日本ではDDに概ね20日程度をかけるのが目安である。米国の平均と比較すると、デューデリジェンスにかける時間は相当に長い。リサーチをしながら進めなければならないため、時間がかかるのは当然だからである。
そしてDDの時間の大半は、通常アナログなリサーチに費やされる。メインで実施されるのは事業に関する領域——事業DDである。加えて法務DD、財務DD、人事DDといった領域が続く。
| DDの領域 | 本来見るべきこと | 本セッションで指摘された日本の実態 |
|---|---|---|
| 事業DD(メイン) | 市場・競合・顧客・現場の実態。現地で何が起きているか | ネット検索の再編集。現地調査がない |
| 法務DD | 契約・訴訟・許認可・知財のリスク | 形式チェック中心(本セッションでの深掘りはなし) |
| 財務DD | 数字の実在性・継続性・会計方針 | 形式チェック中心(本セッションでの深掘りはなし) |
| 人事DD | キーパーソン・組織の実態・離職・カルチャー | 従業員の生の声を取りに行く発想がない |
ここで示された論点は明快である。デューデリジェンスをやるなら、現地がどうなっているかを調べるはずである。それがない。20日という時間があるにもかかわらず、その時間がネット検索に費やされている。
「日本のDDは約20日」「米国はもっと時間をかける」という発言について、日米のDD期間を統計的に比較した公開データは確認できなかった。ベンチャー投資のDD期間は案件規模・ステージ・投資家の性格によって大きく変動するため、一律の平均値を示すこと自体が難しい。本セッションでの数字は実務経験に基づく体感値として受け取るべきである。要確認
一方、DDの領域区分(事業/財務/法務/人事・労務/税務/IT/環境)は実務上の標準的な分類であり、ベンチャー投資では事業DDのウェイトが高いという点は一般的な理解と整合する。
アナログDD——客のふりをして、従業員の会話を拾う
本セッションで最も具体的だったのが、海外投資家から依頼される調査の中身である。「ちょっと隠れて、客のふりをして行ってくれ」というデューデリジェンスのリクエストを受けることがある、と語られた。
手法は徹底してアナログである。まず嘘の設定で連絡を取り、電話をかけて「こういう会社なんですが、どうなんでしょうか」と探る。次に、従業員が出入りする場所の近くのカフェへ行く。従業員が休憩中に色々と話している場所がある。そこで彼らがどんな話をしているかを聞けば、社内の実態は相当わかる。
そして「アナログDDが当たり前になっている時代で、それが当たり前だと思う」という感覚が示された。にもかかわらず、ネットで調べてAIで検索してデューデリジェンスレポートですと出されても評価しようがない、というのが率直な反応である。
ここで語られた調査手法は、業界では一般にチャネルチェックやプライマリーリサーチと呼ばれる。ヘッジファンドやPEファンドが、顧客・元従業員・サプライヤー・競合へのインタビューを通じて公開情報にない実態を把握する手法として確立されている。専門のエキスパートネットワーク企業(GLG、Third Bridge等)が仲介するビジネスも成立している。裏取り済
ただし実務上の注意点がある。身分を偽装した調査(プリテキスティング)は、対象国の法制度・業界規制によっては問題となりうる。米国では上場企業に関するインサイダー情報の取得はレギュレーションFDや証券法に抵触するリスクがあり、実際に専門家ネットワーク経由の情報取得をめぐる摘発事例も存在する。また日本の個人情報保護法・不正競争防止法(営業秘密)との関係も個別に検討が必要である。「アナログDDは正しい」という結論と「どこまでやってよいか」は別問題として、自分で線引きを確認すべきである。要確認
なぜ海外投資家を入れるべきか——マルチプルとエクイティストーリー
批判の裏返しとして示されたのが、海外投資家を入れることの実利である。挙げられたメリットは三つあった。
①マルチプルが上がる
海外投資家が入ることで、バリュエーションの倍率そのものが上がる。これは評価軸の問題であり、レポート①で扱った「評価軸が米国に移る」という論点と同じ構造をしている。
②エクイティストーリーが組み立てられる
彼らは本当にリサーチをした上で、ストーリーとしてのエクイティストーリーをきちんと構築してくれる。リサーチがないところに説得力のあるストーリーは作れない。
③販路が広がる
海外の方へ販路も広げさせてくれる。資金だけでなく、事業展開の経路そのものが投資家によってもたらされる。
海外スタートアップは、そもそも「とりあえず会う」をしない
対比として語られたのが、海外のスタートアップの行動様式である。彼らはリサーチをした上で判断し、「とりあえず会う」ということを絶対にしない。自分の時間がもったいないからである。断り方も明確で「今は興味がないし、マネジメントの時間を取りたくない」とはっきり言う。
ただし興味深い補足がある。普通なら会いたいはずなのである。なぜなら、面談を通じて競合する会社に関するサイド情報がリサーチとして取れるからだ。それでも会わないという判断をするということは、その相手からは情報が取れないと事前に判断しているということになる。そして日本の会社からはほとんど情報が取れない、と語られた。
その理由は「目が向いていないから」である。顧客は相変わらず日本だけ。サプライチェーンについては中国のリスクが指摘されているにもかかわらず、いまだに広げようとしない。そういう状態の会社と会っても、得られる情報がない。この批判は事業会社だけでなく、銀行・証券会社を含む金融機関にも向けられた。
リサーチ格差が生む付加価値
レポート①の市場構造の議論と本テーマは、ここで一つに接続する。23時間取引によって時間の障壁と情報の障壁が消えるとき、情報の価値そのものが上がるだけでなく、人が持つ情報の価値にさらに格差が生まれるという見立てである。
国内しかリサーチできない人と、海外までリサーチできる人の間に圧倒的な差が出てくる。そこに新しい付加価値が生まれる。これは投資家個人のスキルの話であると同時に、資金調達をする側にとっても「どの投資家を選ぶか」という意思決定の質に直結する。
本テーマに関する質疑応答
本テーマから持ち帰るべきこと
- 投資家・金融機関を「紹介元」ではなく「リサーチの中身」で選ぶ。メインバンクの紹介だから会う、という判断基準を捨てる。
- 相手が出してきたレポートを、ネット検索で再現できるか試す。再現できるなら、それはリサーチではない。この一点で相手の実力は判定できる。
- アナログな一次情報の取り方を自分の手札にする。現地に足を運ぶ、顧客・元従業員・競合に当たる。ただし法令・規制の線引きは事前に確認する。
- 海外投資家をつけることの三つの効用を評価軸に加える。マルチプルの向上、エクイティストーリーの構築、販路の拡大。
- 自分が投資・分析する会社について「海外に目が向いているか」を判定基準に入れる。顧客が国内のみか、サプライチェーンの分散が進んでいるか。
- 海外の成功事例をストックする。日本人の大半が海外リサーチをできない以上、海外事例を持ち込めること自体が模倣困難な障壁になる。