この回のレポートは全4本に分割しています。本ファイルはその2本目、テーマは「撤退判断と実務への応用」です。
本パートは、戦略の定義が現実の意思決定にどう表れるかを扱う。来日したNVIDIAのジェンスン・ファンCEOが日本の強みを「ものづくりと材料」と評したことを受け、日本はルールメーカーになれるのかという問いが投げかけられる。答えは「無理」——ルールメーカーになれるのは米国と中国だけであり、日本にできるのはサプライチェーンでの供給ポジションを取ることだとされる。SK hynixが営業利益率76.3%という水準を出している事実が、その裏付けとして挙げられる。
続いて、トヨタ/レクサスの次世代EV「LF-ZC」開発中止を題材に、「今儲からないから撤退する」という判断が何を捨てているのかが論じられる。馬車メーカーが「車は作れないから馬車をうまく作る」と言っても生き残れないのと同じ構造であり、液晶・半導体からの撤退も、いったん失った技術を取り戻すには最低3〜5年かかるとされる。半導体の重要性は専門知識がなくても予測できたはずであり、長期的に予測しやすいトレンドを丸ごと捨てたという評価が下される。
最後は中小企業経営者からの質問を起点に、戦略を実務へ落とし込む場面を扱う。短期で売上を作る手段と長期で技術を積む手段は組み合わせるべきであり、どれだけの時間を覚悟し、その間をどう埋めるかを決めていないと長期戦略は取れない。加えて資金調達手段や人的ネットワークといった「自分の資産を広げる」発想も、選択肢を増やす戦略の一部として位置づけられる。
開講前の時間に出たのが、来日したNVIDIAのジェンスン・ファンCEOがフィジカルAI分野で日本の強みを「ものづくりと材料」と評したことをどう見るか、という質問だった。NVIDIAによる日本の囲い込みが進むなかで、日本はルールメーカーになれるのか、という問いに対する回答は端的に「無理」だった。
理由は日本の能力の問題ではなく、ルールメーカーになれるのは米国と中国だけだという構造認識にある。ルールを作る権力と、量で押し返そうとする側の対立が米中構造であり、そこに第三のルールメーカーは想定されていない。NVIDIAが日本に求めているのはサプライチェーンの確保であって、ルール策定の共同者ではない。ただし、これは日本にとって悲観だけを意味しない。SamsungとSK hynixもAIのルールメーカーではないが、HBMという供給ポジションを取ったことで明確に勝ち組になっている。同じ位置取りができれば日本も勝ち組になれる。逆に言えば、ルールメーカーになることは米国が許さない——という整理だった。
SK hynixの2026年第2四半期決算(2026年7月29日発表)は、売上高79兆3,187億ウォン(前年同期比+256.8%)、営業利益60兆5,426億ウォン(+557%)、営業利益率76.3%。世界のテック企業の営業利益ランキングでは第4位に位置し、Alphabetを僅差で上回った。ルールメーカーではない供給者が、ルールメーカー級の利益を得ている実例である。裏取り済
ただしセッション中の「マグニフィセント7を超えた」という表現は部分的にしか正しくない。Alphabet・Microsoft・Amazon・Meta・Teslaは上回るが、NVIDIAとAppleには及ばない。また1位はマグニフィセント7ではないSamsung Electronics(89.4兆ウォン)である。さらに、この決算は市場コンセンサス(売上約84兆ウォン、営業益約64兆ウォン)を下回っており、発表後にSK hynix株は下落した。「絶好調」という文脈だけで引用すると片手落ちになる。発言と一部相違
出典:https://news.skhynix.com/en/q2-2026-business-results/ / https://en.sedaily.com/finance/2026/07/29/sk-hynix-q2-operating-profit-ranks-4th-among-global-tech
雑談パートではこのほか、障害者教育と社会的弱者支援をめぐる議論、『黒子のバスケ』をアニメで観るべき理由(キャラクターが際立つ)、資産運用エキスポ大阪開催の段取りなどが交わされた。社会的弱者の議論では、「入り口が選べなかった人」と「五体満足で生まれて社会から漏れた人」を区別すべきだという立場が示され、前者には支援すべきだが後者は努力不足であるという整理がなされた。この線引き自体は評価が分かれうるが、伝わらない言葉を伝えようとする側と、それを聞き取ろうとする側が一致して初めて意思疎通が成立する、という観察は後半の「外部顧問には説明責任が要る」という議論と呼応している。
参加者から、前回話題に出たレクサスの開発中止車の件は「いいところしか見ない」の例に近いのかという質問が出た。回答は「近いというより、まさにその例」だった。そのうえで、もう一つ考えるべき軸としてメガトレンドが提示された。
今うまくいかないから撤退する、という判断は正しいのか。開発する能力が今ないから撤退する、というのはどういうことなのか。自動車の前は馬車だった。馬車メーカーが「車は作れないから、馬車をもっとうまく作ります」と言ったら生き残れるか。生き残れない。EVがやらなければならないものになっているにもかかわらず、自社の能力で今できないから撤退する、という判断も同じ構造である。
そしてこれは、逆から見れば中国メーカーが日本勢を同じ土俵に上げないシステムを作ったということでもある。中国EVメーカーの戦略に完全にはまっている状態だ、と講師は述べた。
参加者からは液晶の例も出された。当時の利益が上げられないという理由で韓国に譲り渡し、いま中国が来る状況になっても技術が失われ、取り戻すのに最低3〜5年かかる。チャンスがあっても打ち手が取れない。これも当てはまるか、という問いに対しては「当てはまる」とし、加えて日本にとっては半導体も同様だと補足された。冷静に考えれば、情報量は増え、情報処理は高速化する。ならば半導体が重要になることは専門知識がなくても予測がつく。それでも捨てたということは、長期的に予測しやすいトレンドを丸ごと捨てたということになる。理由は「今儲からないから」である。
出典:https://electrek.co/2026/06/24/toyota-scraps-new-lexus-ev-successor-gets-green-light/ / https://electrek.co/2026/07/02/toyota-pays-up-after-canceled-ev-triggers-unprecedented-shock/ 裏取り済
ここから話は長期視点の定義に移った。長期視点とは要するに、企業や組織のゴールの方向性は何か、という問いである。トヨタを「自動車という企業」と捉えるか、「モビリティ=移動手段を提供する会社」と捉えるかで見え方が変わる。長期トレンドとしてEVがほぼ必須化していくことは誰の目にもほぼ否定できない。にもかかわらず、モビリティ企業でありながら最も大きな部分を捨ててしまった。これは本当に長期的な視点に立った判断なのか、と講師は問うた。
ただし一つだけ例外が示された。トヨタ自体が非常戦略を実行し、世界市場でEVを縮小させガソリン車を再拡大させるという作戦を練っているのであれば、それは長期戦略として成立する。だが本当にそんなことができていると思うか——という反語で、この論点は閉じられた。
| 年 | 米国 自動車登録台数 | 米国 馬の頭数 |
|---|---|---|
| 1900 | 8,000 | 18,267,020 |
| 1910 | 468,500 | 19,833,113(ピーク) |
| 1920 | 9,239,161 | 19,767,161 |
| 1930 | 26,749,853 | 13,510,839 |
| 1950 | — | 5,401,646 |
1910年代を境に、約20年で馬の頭数は3分の1に、自動車は約60倍になった。これがこの転換を語る際に最も堅い一次データである(FHWA / USDA農業センサス)。
使ってはいけない類話:「1894年の馬糞危機でタイムズ紙が『50年後にロンドンは9フィートの馬糞に埋まる』と予測した」という有名な話は都市伝説であり、タイムズ紙自身が2018年に否定している。1894年6月8日の実際の記事は馬糞ではなく「塵と泥」への苦情だった。また「ニューヨーク5番街 1900年 vs 1913年」の写真対比も、今回の調査では1900年側の写真の出典を確定できなかった。引用は避け、上記の統計に置き換えるのが安全。
出典:https://www.fhwa.dot.gov/ohim/summary95/mv200.pdf / https://en.wikipedia.org/wiki/Great_horse_manure_crisis_of_1894
中小企業の経営者から、実務に落としたときの質問が出た。長期では技術を得たいし日々研鑽もしているが、一方で1日1日の売上も上げなければならない。いろいろな選択肢が重なっているイメージだが、これでいいのか、と。
回答は「むしろいろいろな選択肢を持たなければいけない」だった。そして選択肢をどう組み合わせるかこそが戦略で重要である。理由は明快で、短期的に有効な手段は短期的に売上が上がりやすいが、すぐに萎む。長期的にかかるものは収益性がより高くなるが、短期・中期では収益が上げにくく、その間は我慢しなければならない。
第一に、どのくらいの時間を覚悟するかという発想がないこと。第二に、その間をどう埋めるかという発想を最初から捨てていること。この二つがあると長期戦略は取れなくなる。
だから短期・中期・長期を細かく繋ぐ作戦がなければ生き残れない。いくらいいアイデアでも、途中で死んでしまえばゲームオーバーで意味がない。戦略とは手段の組み合わせである。
戦略のもう一つの柱として提示されたのが、資産を広げることである。冒頭の新幹線の例に戻ると、金を持っていないから乗れないというのは、自分で手段を一つ減らしている状態である。借りられる相手がいるなら話してみればいい。つまり資金調達手段があると強くなる。もう一つはネットワークで、これがあることによって戦略が強化される。
ここで質問者は「自分は誰々さんから金を借りられる、という選択肢を消した状態で戦略を組んでいた」と気づく。それに対する講師の返しが、この回で最も実践的な一言だった。他人のものも自分のものにしてしまう。「使っていい」と言われているリソースがあるなら、まずどう使うかから考える。イベントに協力してくれる人を集めてもらう、それを別の条件と天秤にかけて交渉する——そういう発想が選択肢になる。
ネットワークとは能力や情報や経験のことか、という確認には、それだけではなく人と人との繋がりそのものだ、と答えられた。繋がりが多いほど選択肢が増える。専門知識を持つ人にアクセスできれば、その情報自体が一つの資産になり、結果として選択肢が広がる。