STUDY SESSION REPORT

戦略論:優位性のつくり方

テーマ:戦略論の定義 / 中国EVの多社併存モデル / 中国メモリ半導体(CXMT・YMTC)
形式:オンライン勉強会(質疑応答中心・約2時間)
レポート作成:2026年8月24日
元動画:中国半導体CXMTとYMTC HBMとXtacking技術 BYDと戦略の選択肢 — https://www.youtube.com/watch?v=6avhWjW4z8s
OVERVIEW / 本レポートの位置づけ

本レポートの概要|戦略論:優位性のつくり方

この回のレポートは全4本に分割しています。本ファイルはその1本目、テーマは「戦略論:優位性のつくり方」です。

戦略の定義
2
選択肢を増やす・適切に選ぶ
ZERO to ONE
2014
ピーター・ティール刊行、競争するな
フライホイール効果
2001
『Good to Great』が原典
センスメイキング理論
1995
Karl Weick、正確さよりもっともらしさ

本パートでは、戦略論の核となる定義から入る。戦略とは選択肢を増やし、その中から適切なものを選ぶ行為であり、戦略そのもので直接勝つことはありえない。勝敗を決めるのは選んだ選択肢を最大化する戦術である。新幹線に乗る金がなければ借りればいい、という移動手段の比喩は、多くの人が気づかぬまま自分で選択肢を削っていることを示す。ピーター・ティールの「競争するな」も、戦略段階でルール違反かどうかを判断した瞬間に発想の幅が閉じるという同じ論点として紹介される。

続いて、相手の能力を発揮させない状況を先に作る手段として、規制の設計・データフライホイール・時間の希少性が挙げられる。特に重要なのは「失敗の定義を先に置け」という指摘で、うまくいくことしか想定しない計画は撤退基準を持てず、足元の穴が広がっても気づけない。さらに情報距離という概念を軸に、業界に近すぎる人には何も見えないことや、外部顧問には知識量ではなく「共通点の正当性を説明できる」ことが求められる点も扱う。

具体例として、Googleにおけるエリック・シュミットの役割や、外部の視点を取り込んで組織を立て直す教材が紹介される。「その業界の話でしょう」と跳ね返されたときは「では逆に、関係ないという根拠を教えてもらえますか」と問い返すという実践的な切り返し方も示される。正確さよりも納得感を重視するセンスメイキング理論が、この説明責任の議論の理論的裏付けとして位置づけられる。

PART 1 / 戦略の定義

戦略で直接勝つことはありえない戦略=選択肢を増やし、選ぶ。戦術=選んだ選択肢を最大化・最適化する。

前回に続く戦略論の冒頭で、講師はまず定義を確認した。戦略とは二つの行為から成る。第一に選択肢を増やすこと、第二にその増やした選択肢の中から適切なものを選ぶこと。この二つが戦略の全体であり、それ以上でも以下でもない。したがって戦略が担当するのは方向性の設計までであって、戦略で直接勝つということは論理的にありえない。「戦略で勝つ」という言い方をする人は、この時点で戦略を理解していない、と講師は述べた。

では何が勝敗を決めるのか。選んだ選択肢を最大化・最適化する行為、すなわち戦術である。戦略と戦術は上下関係ではなく役割分担であり、どちらかが欠けても機能しない。

◆ 移動手段で考える戦略

近所のコンビニなら歩くのが最速。東京から大阪なら、マラソン日本一の選手を連れてきても新幹線に勝てない。ここまでは誰でも分かる。問題はその次で、「金がないから新幹線に乗れない」とした瞬間に、それは戦略の失敗になる。借りれば乗れるからだ。

「夜中0時出発で最速の手段は」と問われて、徒歩は最初からダメ、コミュニケーションは取れない、と前提を置いていけば、選択肢はどんどん削られる。多くの人は自分で自分の選択肢を削っており、そのことに気づいていない。

別の言い方:戦いの土俵に上がらない

戦略のもう一つの表現として提示されたのが、そもそも戦いの土俵に上がらないという発想である。ピーター・ティールが「競争するな」と言うのはこの意味であり、競争を選んだ時点で戦うことが前提になってしまう。それでも戦わざるをえない場合の原則は二つ、自分の力を最大化することと、相手の力を最小化することである。

ボクシングの世界チャンピオンとボクシングで戦えと言われれば、正面から挑めば絶対に勝てない。ならばどうするか。相手が物理的に会場へ来られないようにすれば不戦勝になる。極端に言えば、相手の家族を人質に取って脅す、来る前に手足を折る、といった手段でも勝てる。ここで「それはルール違反だ」と言う人がいるだろうが、戦略の段階でルール違反かどうかをジャッジした時点で、そもそも戦略は組めない、というのが講師の主張である。まず発想の全域を出し、そのあとで実行可能なものを選ぶ。順序を逆にすると、勝てる発想そのものが出てこない。

📌 Claude補足|ピーター・ティール「競争するな」の原意

『ZERO to ONE』はPeter ThielとBlake Mastersの共著、2014年9月16日刊(Crown Business)。原型はスタンフォード大学2012年春学期の講義CS183「Startup」のノート。有名な定式は「Competition is for losers」(同名のWSJ寄稿、2014年9月12日)。裏取り済

ただし注意点として、ティールの主張は「戦うな・逃げろ」ではなく、「模倣的競争(mimetic competition)に巻き込まれるな、誰もやっていない0→1の領域で独占を築け」という趣旨である。「競争するな」だけを切り出すと原意からズレる。

出典:https://en.wikipedia.org/wiki/Zero_to_One

PART 2 / 優位の作り方

規制・データフライホイール・時間相手が能力を発揮できない状況を、先に作っておく。

相手の能力を最小化する具体的な手段として、まず挙げられたのが規制の設計である。自分たちでルールを作り、他者がそのルールの内側に入ってこられないようにする。次に挙げられたのがデータフライホイールで、これは近年より頻繁に使われる。自分たちのところにデータが集まる構造を先に作ると、データがあるから経験があり、同じ能力なら経験値の高いところに仕事が来る。能力そのものは横並びでも、先行しているというだけで発注が集まり、強みが生まれてしまう。論文を先に出す、いろいろな場所に接触してネットワークを組む——それだけで優位が発生する。

最も重要な要素は「時間」

そして戦略を組むうえで最も重要な要素として名指しされたのが時間である。どれほど優れたアイデアがあっても、それがすでに他者に取り込まれた環境では、戦略そのものが使えない状況になっている。後からどんなに優位な戦略を持ち込んでも、それ自体が機能しなくなる。だからこそ、最初からいい戦略を作ろうとするより、いかにちゃんと情報を収集するかが先に来る。

適正な選択肢は、最初からは取れない

ここで講師は重要な留保を置いた。「増やした選択肢から適切なものを選ぶ」と言ったが、適正な選択肢は最初から取れるものでは決してない。多数の失敗の上に積み重なって、はじめて見えてくる。手元に10個の選択肢があるなら、まず1個目が最良だと仮定して動く。うまくいかなければ2個目に切り替える。すぐに切り替えるという発想が戦略に組み込まれていなければならないのは、このためである。

◆ 失敗の定義を先に置け

戦略を組むときに重要なのは、うまくいくことを考えることではない。どういう時にうまくいかないのか、自分にとって失敗の定義はどこかを決めることである。失敗の定義がしっかりしていれば、「これができなかったから撤退しよう」「次の選択肢を用いよう」「この二つを組み合わせよう」という判断が下せる。

逆に、いいところばかり見ていると足元の問題点が見えなくなる。結果として、一時的にうまくいっても途中で穴が広がり、修復も改善もできなくなって倒れる。

📌 Claude補足|データフライホイールの出自 要確認

上位概念の「フライホイール効果」はJim Collins『Good to Great』(2001年)が出典で、巨大なはずみ車を回し続けると自己推進力を持つという比喩。単独論考として『Turning the Flywheel』(2019年)がある。

一方、「データフライホイール」という語そのものの提唱者・初出は特定できなかった。特定の学術論文や書籍に帰属する用語ではなく、AWS・NVIDIA・VC業界などで自然発生的に広まった実務用語である。NVIDIA公式用語集の定義は「相互作用やプロセスから収集されたデータがAIモデルを継続的に改善し、それがより良い結果とより価値あるデータを生むフィードバックループ」。「◯◯が提唱した」と断定する記述は避けるべき。

出典:https://www.jimcollins.com/concepts/the-flywheel.htmlhttps://www.nvidia.com/en-us/glossary/data-flywheel/

PART 7 / 足元の穴に気づく仕組み

情報距離:業界に近すぎる人には、何も見えない外部顧問の条件は「知っていること」ではなく「共通点の正当性を説明できること」。

「いいところばかり見ると足元の問題が見えなくなる」という前半の指摘を受けて、ではその穴を構造的に気づく仕組みを会社にどうインストールするか、という質問が出た。外部の視点を入れ続けること、ミクロとマクロを行き来する定点観測のポイントを持つこと——質問者自身がそこまで整理したうえでの問いだった。

回答は、極力その業界に馴染みのない人の意見を聞き続けること。理由として提示された概念が情報距離である。物理的に見ても、近くにあるものに寄りすぎると何も見えなくなる。全体を見ようとするなら適正距離まで下がらなければならない。ものすごく近い人ばかりで固めると、その距離が調整できない。(講師自身が事業をやらないのは、アドバイスする側の距離を保つためだと補足された。)

ただし、遠い人なら誰でもいいわけではない

質問者はすぐに次の問題を指摘した。遠くの人を入れると、見当外れの意見も大量に混じる。それをどう捌くか。ここで示されたのが、外部顧問に求められる条件である。

◆ 外部顧問の必要条件

他業界と比較すると「うちとは違う」となるのが普通である。だから、なぜそこに共通点があるのかという正当性を説明できる人でなければ役に立たない。

「食品業界ではこういう事例があって」と言えば、多くの経営者は「それは食品業界の話でしょう」と跳ね返す。これに対して「食品業界にはこういうデータがあり、こういう共通点がある。ということはこういう傾向が起きる可能性があるから、そこには準備したほうがいい」と構築して説明できるか。そして経営者側にそれを理解する頭があるか。この二つが合致して初めて機能する。

これはセンスメイキング理論の話でもある。正当性や納得性を、言葉とデータの中でどう構築するか。顧問に入っていて何も喋らない人間は本当にいらない。外のデータ・情報・業界を幅広く知っていて、「この業界ではこうだから、うちもこう準備したほうがいい」と説明し、納得させ、腹落ちさせるところまでできる人材が外部顧問に入ると、効果は極めて大きい。

講師自身の実例として、海外で「その業界の話でしょう」と言われたときの返し方が紹介された。「では逆に、その業界が関係ないという根拠を教えてもらえますか」と聞く。こちらはデータを持っている、そちらの主張は何か、と問うと相手は答えられない。「関係ない」と言っている時点で、そもそもその業界を知らないからである。こうして自分の意見が通る流れを意図的に組んだうえで説得する、という手法である。

参加者からは、Googleにおけるエリックシュミットがまさにこのポジションだった、という指摘が出た。ラリー・ペイジらが凝り固まっていたところに外部から入り、構造を作り替えた。教材としては山本裕典氏がホストクラブ再建に関わるABEMA TVの番組が、外部の血を入れて改革する過程を描いた非常に良い実例だと推薦された。

📌 Claude補足|エリック・シュミットと "adult supervision" 要確認

前職はSun Microsystems(1983年〜、最初のソフトウェアマネージャー)→ Novell CEO兼会長(1997–2001)。Googleには2001年3月に取締役会長、2001年8月にCEO就任。招聘はLarry PageとSergey Brinが、VCのJohn Doerr(Kleiner Perkins)とMichael Moritz(Sequoia)の主導のもとで行った。2011年にPageへCEOを譲り executive chairman へ。

本人はMIT Sloanのイベントで自らの役割を "adult supervision" と表現し、「彼らを『the boys』として、敬意をもって、しかしほとんど父親のように扱った」「早い段階で十分に謙虚にさせられ、彼らの直感を単に退けないことを学んだ」と語っている。ただし「投資家が出資条件としてadult supervisionを要求した」という定番のストーリー自体は一次資料で確認できなかった。確認できるのは「VC主導で招聘された」ことと「本人が事後的にそう語った」ことまで。

なおセッション中で推薦された番組は、内容から山本裕典氏がホスト業界の再建に関わるABEMA系の企画と思われるが、番組名・出演者の正確な特定はできなかった要確認

出典:MIT Sloan

📌 Claude補足|センスメイキング理論の正確な帰属

提唱者は Karl E. Weick(ミシガン大学)。主著は Sensemaking in Organizations, SAGE, 1995年。ほかに The Social Psychology of Organizing(1969年初版/1979年第2版)、"The Collapse of Sensemaking in Organizations: The Mann Gulch Disaster"(Administrative Science Quarterly, 1993年、「宇宙論的エピソード」概念)、Weick, Sutcliffe & Obstfeld (2005) など。

センスメイキングの7つの特性(アイデンティティ/回顧/イナクトメント/社会性/継続性/手がかりの抽出/正確さより「もっともらしさ(plausibility)」)は通常 Weick (1995) に帰属させる。最後の「正確さよりもっともらしさ」が、外部顧問の説明責任の議論と直結する。裏取り済

出典:https://en.wikipedia.org/wiki/Karl_E._Weick