この話題が出たのは、勉強会が終わる直前だった。時計はすでに午後11時を回っており、マイキー氏が「あ、そうだ、あれを話そうとしてたんですよ」と言って切り出した十二分間である。だが内容の密度は、この回で最も高い部類に入る。米大手投資銀行の2025年第3四半期決算をめぐって、決算数値、規制緩和、信用市場の亀裂、香港IPO、そして邦銀の立ち位置までが一気通貫で語られている。
出発点はモルガン・スタンレーの決算だった。マイキー氏の表現では「引当貸倒れ金がゼロだったという化け物的数字を出してきた」。彼はこれを「異常値」と評し、モルガン・スタンレーの顧客がよほど良質であることを意味する、と述べた。この数字自体は正しい。公開データで確認したところ、モルガン・スタンレーの2025年第3四半期の貸倒引当金は0ドルであり、前年同期の7,900万ドルからゼロになっている。同期の純営業収益は182億ドル(前年比+18%)、純利益は46.1億ドル(同+45%)。文字どおり絶好調の四半期だった。
そして彼は、この数字が持つ両義性をきちんと指摘している。貸倒引当金はあくまで予測値であり、数字を動かせる。ゼロと表示したときに、周りが「嘘つけよ、どこか見逃してるだろう」と受け取ればマイナスに働き、「すごいね」と受け取ればプラスに働く。今回はプラスに取られた、それだけの話である――と。これを受けて参加者から「まさにセンチメントですね。プラスに全部が方向性になっているので、逆にブラックスワンが現れると怖い」という応答があった。数字は事実だが、その意味は市場の気分が決める。この回で最も実務的な教訓はここにある。
次に語られたのが、ジェイミー・ダイモンによる「ゴキブリ」発言である。マイキー氏はこれを「銀行が絶好調なのに、水を差すような評価を出しているのが民間信用会社であり、ダイモンがそれをゴキブリ扱いした」という構図で説明した。ここが本レポートで最も重要な食い違いになる。実際にダイモンが「ゴキブリを一匹見たら、おそらくもっといる」と述べたのは2025年10月14日のJPモルガン第3四半期決算説明会であり、その文脈は、サブプライム自動車ローンのトリコロール・ホールディングスと自動車部品サプライヤーのファースト・ブランズという二社の破綻を受けたものだった。叩かれたのは格付け会社ではなく、信用市場そのものである。しかもJPモルガン自身がトリコロール関連で1億7,000万ドルの減損を計上しており、ダイモンは「我々にとって最良の時間ではなかった」と認めている。つまり「絶好調の銀行が外野に水を差された」のではなく、「絶好調の決算を出した当の銀行が、自ら損失を開示したうえで市場全体に警告を出した」というのが実際の構図だった。
この十二分間の議論を貫いているのは、「絶好調の数字と、その裏で進んでいる劣化を、同時に読めるか」という視点である。株式トレード収益は過去最高、引当金はゼロ、香港IPOでは大儲け、規制緩和で資本制約も緩む。あらゆる指標が良い。にもかかわらず、同じ四半期に自動車ローンと自動車部品で二件の破綻が起き、複数の銀行が減損を計上している。マイキー氏が「クレジットがかなりエクスパンドしているので格差は広がる。メインのグローバルハウスはいいが、小さいところは分からない」と述べ、参加者が「行き着くところまで行くのがいつものあれなので」と応じたのは、この二重性を指している。この回は答えを出していない。出しているのは「良い数字だけを見るな」という手続きの話である。
マイキー氏の切り出しはこうだった。「銀行がむちゃくちゃ変わってるじゃないですか、今」。そしてモルガン・スタンレーの決算を読んだかと参加者に尋ね、「引当貸倒れ金がゼロだったという化け物的数字を出してきたんですよ」と述べた。彼はこれを異常値と呼ぶ。「引当貸倒れ金がゼロって結構異常値なんで、銀行からすると。だからモルガン・スタンレーの客が相当いいということですからね。日本の貸倒はいくらよって話なんですよ。」
貸倒引当金(provision for credit losses)は2025年第3四半期に0ドルだった。前年同期(2024年第3四半期)は7,900万ドルである。同社は当四半期の引当が僅少だった理由として、与信ポートフォリオの質の高さを挙げている。マイキー氏の「引当貸倒れ金がゼロ」という指摘は、公開された決算数値と完全に一致する。
周辺の数値も押さえておく。当四半期の純営業収益は182億ドル(前年同期比+18%、前四半期比+9%)、モルガン・スタンレーに帰属する純利益は46.1億ドル(前年同期比+45%、前四半期比+30%)。機関投資家証券部門の純営業収益は85.2億ドルで前年比+25%となり、株式・債券トレードの増加と投資銀行業務収益の増加が押し上げた。ウェルスマネジメントと投資運用を合わせた顧客資産合計は7.5兆ドルを超えている。
「異常値」という評価について。引当ゼロは確かに稀だが、これは会計上の見積りである。米銀は2020年から CECL(現在予想信用損失)モデルを採用しており、引当額は将来の経済シナリオを織り込んだ予測値として算出される。したがって「ゼロ」は「損失が一切出ない」という意味ではなく、「見積り上、追加の積み増しが不要と判断した」という意味である。マイキー氏がこの直後に「予測値なので数字を変えられる」と述べているのは、この会計上の性格を正確に押さえたものである。(出典:Morgan Stanley 8-K 3Q25 Earnings Release/Quarterly Financial Supplement 3Q2025/Investing.com、Yahoo Finance、CNBC 各報道)
マイキー氏はこの数字を、日本の銀行との対比で使った。「日本の貸倒はいくらよって話なんですよ」という一言である。この比較の含意は、この回の後半に出てくる「ヤンキー化」の議論に繋がっていく。米銀は与信の質を高めながら同時にリスクの取り方を攻撃的にしており、日本の銀行はそのどちらでもない位置にいるのではないか、という見立てである。
この回で最も実務的に価値のある指摘が、決算数値の両義性についての説明だった。参加者から「プラスに見られる時とマイナスに見られる時って、何が違うんですか」という問いが出て、マイキー氏が具体的に説明している。
彼の説明はこうだった。誰かに金を貸していて、それが回収できないと見込む金額が貸倒引当金である。これが多かった場合は「お前、誰に金を貸してるんだよ」という状態になる。ただしこれは予測値で出すので、必ずずれる。おそらくこれくらいの見解になるだろうという数字であって、基本的にずっとマイナス方向に置いておくものである。それを今回はゼロだと表現した。予測値なので数字は変えられる。
マイナスに転ぶ場合。「嘘つけよ」「お前それ、どこか見逃してるんじゃねえか」となれば、市場は「計上の仕方が間違っている」と受け取り、株は落ちる。実際、貸倒引当金をゼロと表示したり大きく落としたりすると、逆に「何も見えていないのではないか」という評価につながって株価が下がることもある。
プラスに転ぶ場合。「すごいね」と受け取られれば、与信ポートフォリオの質の証明としてプラスに働く。「今回のモルガン・スタンレーは、ちゃんとそれがハマったという形で」――これがマイキー氏の総括だった。
参加者はこれを一般化した。「まさにセンチメントですね。結局プラスに全部が方向性になって、逆に言うとブラックスワンが現れると怖いなとは思いますけど。」マイキー氏も同意している。そして参加者はさらに、時間軸を切った懸念を付け加えた。「特に半導体は2026年の末までに色々出てくるということなんでしょうけど、タイミング的にそれまで本当にアーニングとのギャップで持つのかどうかが、ちょっといちばん気になるところです。」
決算の一項目を見て「良い/悪い」を判定するのではなく、「この数字は、いまの市場の気分ではどちらに解釈されるか」を一段挟んで読むという手続きである。同じゼロが、強気相場では品質の証明になり、弱気相場では隠蔽の疑いになる。数字は事実だが、株価に効くのは数字ではなく解釈のほうである。そしてセンチメントが全面的にプラスに振れているときほど、逆方向のショックに対して脆い。参加者の「ブラックスワンが現れると怖い」という指摘は、この非対称性を突いている。
マイキー氏が次に挙げたのが、株式トレード運用額の逆転である。「今、銀行の決算がすごく良くて、とうとう株式トレードの運用額でゴールドマン・サックスをモルガン・スタンレーが超えたんですよ」。
モルガン・スタンレーの2025年第3四半期の株式トレード収益は41.2億ドルで、前年比35%増。アナリスト予想の6.6%増を大幅に上回り、同分野のゴールドマン・サックスの37.4億ドルを上回った。近年この分野で優位に立っていたのはゴールドマンであり、テッド・ピックCEOのもとでモルガン・スタンレーが首位奪還を狙っていた、と報じられている。牽引したのは株式デリバティブ収益の急伸である。マイキー氏の指摘は、四半期の株式トレード収益という指標において正確である。
ただし用語には注意が要る。マイキー氏は「株式トレードの運用額」と述べたが、比較されているのは運用資産額ではなく、株式トレーディング業務の収益(revenue)である。両者は別の指標であり、運用資産額(AUM)ではゴールドマンとモルガン・スタンレーの序列は別の話になる。指摘している事実は正しいが、指標名は収益として理解する必要がある。(出典:Bloomberg "Morgan Stanley Stock Traders Beat Goldman in Record Quarter"、CNBC、Global Trading)
マイキー氏は、この好調の背景として二つの要因を挙げた。第一に、資金調達でAIなどのスタートアップに投資し始める、ファンドのような業務を始めていること。これによって収益も上がっている。第二に、手数料収益の伸び。これについては次のパートで詳述される。彼の総括は「収益がかなり伸びている状態である」というものだった。
そして議論の終盤で、彼はこの動きを一語でまとめている。「とにかくブラックロックとかブラックストーンみたいな運用の仕方をしていくという方向性に銀行もなっているので、かなりヤンキー化しているなというのがあるので、僕としては面白いんでね。銀行さん頑張ってくださいっていう。日本ももうちょっとヤンキーになればいいのに、とんでもない、違う方向のヤンキーになっちゃってるから。」
マイキー氏が言う「ヤンキー化」は、伝統的な商業銀行業務(預金を集めて貸す)から、オルタナティブ運用会社(ブラックロック、ブラックストーン)に近い収益モデル――自己資金とファンドを使って直接リスクを取り、手数料と運用益を得る――へ銀行が寄っていく動きを指している。次のパートで扱う規制緩和は、この動きを制度的に後押しする。そして PART 5 で見るとおり、同じ動きが信用市場の隠れた劣化を生む土壌にもなっている。攻撃的な収益モデルと信用の亀裂は、同じ現象の表と裏である。
マイキー氏が「おまけに」として付け加えたのが、香港IPO市場である。「今、IPO市場、香港最強っすね。すごいアメリカの銀行が香港で超儲かっているんで、あの、超矛盾したことしてんですよ。」彼の説明はこうだった。香港上場は、中国の会社が資金調達するために当たり前になっている。そこでJPモルガンとモルガン・スタンレーとゴールドマン・サックスが大儲けしている、と。
2025年、香港は世界一のIPO市場になった。通年で114社が上場し、372億ドルを調達している。香港取引所グループの総括によれば、この年の香港株式資本市場はIPO調達額と追加発行(フォローオン)がともに過去最高で、投資家の参加も活発、業種構成も多様だった。
引受けの顔ぶれが、マイキー氏の指摘を裏づける。2025年の香港フォローオン引受市場は外資系投資銀行が支配しており、ゴールドマン・サックス、UBS、モルガン・スタンレー、JPモルガン・チェース、シティグループ、HSBCの6社が上位を占め、それぞれ引受規模150億香港ドル超となっている。マイキー氏が名を挙げた三社は、いずれもこの上位グループに含まれる。
「超矛盾」の中身。米中が先端技術とデータをめぐって対立し、対中規制が強化されている一方で、中国企業の資金調達の中核的な引受け役を米系投資銀行が担い、そこから手数料を得ている。マイキー氏はこの構図を矛盾と呼んだ。実際、この構図には政治的な緊張が伴っており、北京が自国テック企業に香港上場を強制する方向に動けば、米系投資銀行のIPO手数料は本土系の競合に押される可能性がある、という指摘も報じられている。つまり矛盾は指摘されているだけでなく、当事者にとってのリスク要因として認識されている。(出典:HKEX Group "Hong Kong ECM 2025 Recap"、Tiger Brokers 引受ランキング、South China Morning Post、Reuters/Yahoo Finance 各報道)
この「超矛盾」は、同じ回の前半で講師が提示した矛盾と構造がよく似ている。すなわち「最も貿易赤字が大きい国が、最も世界で富を持っている国である」という指摘である。政治的な対立の構図と、資金の流れの構図が一致しない。金融は国境や陣営とは別の論理で動く、という点で両者は同じ現象を指している。関税と輸出入で世界を分割しても、資本市場の引受け手数料はその分割線をまたいで流れている。
この回で最も詳しく語られ、かつ最も重要な食い違いを含むのが、この論点である。まずマイキー氏の説明を、発言に忠実に再現しておく。
彼はこう述べた。「もう一個ポイントとして、民間信用会社をジェイミー・ダイモンが叩き始めたんですよ。」そして構図を説明する。銀行の決算がすごく良く、株式トレードでゴールドマンを超え、今すごくイケイケの状態であるにもかかわらず、それに水を差すような評価を出しているのが民間信用会社である。「ああいう、あの、評価する会社なので」と彼は補足した。
そして彼は「方程式がある」と言う。金融業界において、ウォール街と民間信用会社は、イケイケの時はお互いに超仲がいいが、データが悪化し始めるとお互いに叩き合うということが起きる。理由も説明された。銀行は基本的に資金調達をして、どこに投資するかで手数料のリターンを得るので、調達能力が重要になる。銀行自体の動きが今すごく良い状態にもかかわらず、民間信用会社の評価がそれほど高くない状態になっている。だから「てめえら水差すんじゃねえよ」とダイモンが怒った、と。
マイキー氏はさらに前史を語った。昔、2020年のコロナ前にJPモルガンが自動車ローンでやられたことがあり、その時も「デューデリジェンスをミスりやがって」とダイモンがブチ切れた。今回も「てめえらのデューデリは間違っている」ということで、民間信用会社をゴキブリ扱いした。そして一社だけを叩いたら「ゴキブリは一匹だけじゃない」と言ってさらに攻撃を仕掛けている――という説明である。
そして銀行側の反撃として、こう続けた。民間信用会社が「リスキーだ」と言い始めたのに対し、銀行の側は「お前らはリーマンショックの時も外しているし、昔のS&L(貯蓄貸付組合危機)の時も、ロングターム・キャピタルの時も外している。お前らの評価なんかアテになんねえよ、ボケ」と言っている。もともとサブプライムローンの時には、あんなクソみたいなCDOを売りまくっていたにもかかわらず民間信用会社がトリプルAを出してくるから「これはいいものです」と言って売っていて超仲が良かった。それなのに今は銀行の方向性と変わっているから、ダイモンが暴れている状態になっている、と。
発言の事実関係は確認できた。2025年10月14日、JPモルガンの第3四半期決算説明会で、ジェイミー・ダイモンは「ゴキブリを一匹見たら、おそらくもっといる(When you see one cockroach, there's probably more)」と述べ、「全員がこの件について警戒すべきだ」と付け加えた。マイキー氏が言及した「ゴキブリは一匹だけじゃない」という言い回しも、この発言そのものである。
だが、何を指してそう言ったかが発言と食い違う。ダイモンがこの言葉を向けた対象は、自動車部品サプライヤーのファースト・ブランズと、サブプライム自動車ローンのトリコロール・ホールディングスという二社の破綻であり、そこから広がりうるプライベートクレジット市場および信用市場全体の隠れた劣化だった。格付け会社(ムーディーズ、S&P、フィッチ)を名指しで叩いたという報道は確認できない。
立場も逆である。マイキー氏は「絶好調の銀行が、外野の評価会社に水を差された」という構図で語ったが、実際にはJPモルガン自身がトリコロール関連で1億7,000万ドルの減損を計上しており、ダイモンはこれを「我々にとって最良の時間ではなかった」と認めている。損失を出したのは銀行側である。さらに他行も損失を開示しており、フィフス・サード・バンコープが1億7,800万ドル、バークレイズが1億4,700万ドル(いずれもトリコロール関連)、ファースト・シチズンズ・バンクシェアーズが8,200万ドル、サウス・ステートが3,220万ドル(いずれもファースト・ブランズ関連)を計上している。つまり「絶好調の決算を出した当の銀行が、自ら損失を開示したうえで、市場全体に対して警告を発した」というのが実際の構図である。
用語の整理。「民間信用会社」を private credit(プライベートクレジット、銀行を介さない民間の与信)の直訳と取るなら、ダイモンの警告の対象として妥当である。ただしマイキー氏はこれを「評価する会社」と補足し、リーマン、S&L、ロングターム・キャピタル、サブプライムのCDOにトリプルAという事例を挙げている。これらはいずれも格付け会社の失敗として語られてきた事例であり、プライベートクレジットの話ではない。つまり「プライベートクレジット」と「格付け会社」という二つの別物が、議論のなかで一つに混線している。
なお、この件については米連邦準備制度理事会のパウエル議長が「より広範な問題があるとは見ていない」と述べており、市場でも「トリコロールとファースト・ブランズの余波を受けたゴキブリ懸念は行き過ぎだ」という反論が出ている。ダイモンの警告自体が、この時点では論争的な位置にあった。(出典:PitchBook、CNN Business、Bloomberg、Fortune、Yahoo Finance、Alternative Credit Investor 各報道)
絶好調の銀行に対し、外部の「民間信用会社=評価する会社」がリスキーだと水を差した。ダイモンがそれをゴキブリ扱いして反撃した。
格付け会社はリーマン、S&L、LTCM、サブプライムで判断を外し続けてきた。だからその評価はアテにならない。
ダイモンの発言は、トリコロールとファースト・ブランズの破綻を受けて、信用市場に隠れた劣化がもっとあるはずだという警告として出された。
JPモルガン自身が1億7,000万ドルの減損を計上し、ダイモンは自社の判断の甘さを認めている。複数の他行も損失を開示した。叩いた側と損失を出した側が同一である。
構図をどちらに取るかで、投資家としての行動がまったく変わるからである。「外野が水を差しているだけ」なら、銀行株は買いである。ノイズを無視すればよい。「銀行自身が信用の劣化を認めて警告している」なら、これは内部からの警報である。絶好調の決算と同時に警報が出ているという事実そのものが、リスクシグナルになる。マイキー氏が「クレジットがかなりエクスパンドしているので格差は広がる。メインのグローバルハウスはいいが、小さいところは分からない」と述べた部分は後者の読みに近く、結論としての警戒感は結果的に正しい方向を向いている。ただし、そこに至る構図の説明は事実と異なる。
ダイモンの警告が向けられた市場の大きさを押さえておく。プライベートクレジット市場の規模推計は情報源によって幅があるが、2025年時点で1.75兆ドルから3兆ドル程度とされる。モルガン・スタンレー自身の見通しでは2025年初時点で約3兆ドル、2029年には約5兆ドルまで拡大する。主要プレーヤーはアポロ・グローバル・マネジメント、エイリス・マネジメント、ブラックストーン、ブルックフィールド、カーライルで、この5社で2025年の市場シェアの42%を占める。ブラックストーンの旗艦BDCであるBCREDは運用資産666億ドルで世界最大のプライベートクレジットファンド、ブルー・オウルのクレジット・プラットフォームは約1,590億ドルである。
成長を促したのは、市場のボラティリティ上昇と銀行への貸出規制だった。借り手が価格の確実性とスピードを求めてプライベートクレジットに流れたのである。そして2025年後半以降、銀行側からの競争圧力が高まっている。次のパートで扱う規制緩和が、この競争構図を変えつつある。ダイモンがプライベートクレジットに警告を発したことには、警鐘であると同時に競合を牽制するという二重の意味がありうる、という読み方も成り立つ。(出典:GM Insights、Mordor Intelligence、Morgan Stanley "Private Credit Outlook"、Blue Owl Capital)
マイキー氏は、この決算の好調を制度側から説明した。「プラス、おまけに、ドッド・フランク法の緩和というのを2024年の末に僕が予想したんですけど、まさにこれが今起きていることで」――株式トレードの運用額が大きくなり、資金調達でAIなどのスタートアップに投資し始めるファンドのようなことを始めて、収益も手数料も上がっている状態である、と。
2025年に実際に動いたのは、ドッド・フランク法そのものの改廃ではなく、資本規制の中核である補完的レバレッジ比率(eSLR)の見直しである。2025年6月26日、米連邦準備制度理事会(FRB)は強化補完的レバレッジ比率(enhanced Supplementary Leverage Ratio)の変更を提案した。これは大手銀行がバランスシートをどう使うかを長らく制約してきた資本規制を緩めるものである。
具体的には、米国のG-SIB(グローバルにシステム上重要な銀行)8行の銀行子会社について、Tier1資本要件を27%引き下げる。eSLRは持株会社について5%から3.5〜4.5%へ、預金取扱子会社について6%から同水準へ引き下げられる。FRB理事の投票は賛成5・反対2だった。あわせて総損失吸収力(TLAC)が5%減、長期債務要件が16%減となる。緩和の名目は、米国債市場における銀行の仲介機能を制約してきた要因を減らすことである。
これに対しエリザベス・ウォーレン上院議員は、FRB・OCC・FDICに対し「ウォール街の規制緩和要望リストの筆頭項目であるeSLRの骨抜き」を認めないよう求める書簡を送っている。マイキー氏が「ドッド・フランク法の緩和」と表現したものは、正確にはドッド・フランク法に由来する資本規制(eSLR)の緩和であり、法そのものの改正ではない。ただし方向性の予想としては当たっている。資本制約が緩めばバランスシートを使う業務(トレーディング、引受け、直接投資)の余地が広がり、決算の好調と整合する。(出典:Banking Dive、Capital Advisors Group、米上院銀行委員会 少数党プレスリリース、FRB)
この規制緩和は、PART 3 で見た「ヤンキー化」と PART 5 で見たプライベートクレジットとの競合を、同時に説明する。資本規制が厳しかったからこそ借り手はプライベートクレジットに流れた。その規制が緩めば、銀行は取り返しに行ける。ダイモンがプライベートクレジットの信用リスクに警告を発したタイミングが、規制緩和の提案から約四か月後だったという事実は、この文脈に置いて読む価値がある。
マイキー氏がもう一つ挙げたのが、金利と手数料収益の関係だった。彼の論理はこうである。普通、金利を引き下げる前は「金利が低くなってから借りよう」となるので、手数料収益は落ちるはずである。ところがこれが上がっている。ということはアメリカ経済がむちゃくちゃ強いという意味になる。消費能力自体が、である。「おまけにクレジットカードの残高と支出額というのもめっちゃ増えている状態なんですよ。なので、アメリカ経済すごい硬いよね、と銀行業界が言って、今いちばんノリノリの時期だから今やるぞと言っている。」
数字そのものは正しい。ニューヨーク連邦準備銀行の家計債務・信用四半期報告によれば、2025年第3四半期の米家計債務は過去最高の18.59兆ドルに達し、前期比1,970億ドル増加した。クレジットカード残高は240億ドル増の1.23兆ドルで、こちらも過去最高である。直近2年間で14%増加している。住宅ローン残高は1,370億ドル増の13.07兆ドル、自動車ローンは1.66兆ドルで横ばい、学生ローンは150億ドル増の1.65兆ドルだった。
だが、この増加の解釈が発言と食い違う。ニューヨーク連銀は同報告で、SHED(家計の経済的健全性調査)の回答を信用データに紐づけた分析として、直近2年間のクレジットカード残高の増加の大部分は、経済的困難に直面している層の増加を反映していると指摘している。さらに、後続の分析では信用市場に「K字型の分断」が続いていることが確認されている。つまり、カード残高の増加は「消費能力の強さ」の証拠であると同時に、「上位層と下位層の分断が進み、下位層が借入で凌いでいる」ことの証拠でもある。
この食い違いは、この回の別の論点と接続する。マイキー氏自身が数分後に「クレジットがかなりエクスパンドしているので、格差というのは広がると思う。メインのグローバルハウスはいいが、小さいところは分からない」と述べている。つまり彼は、同じセッションのなかで「消費が強い」と「格差が広がる」の両方を述べており、後者はニューヨーク連銀の分析と整合する。矛盾というより、同じデータの二つの側面をどちらも見ている、と読むのが公平だろう。ただし「カード残高の増加=経済が強い」という一本の因果で流通させるのは危険であり、レポートとしてはここを明記しておく。(出典:New York Fed Quarterly Report on Household Debt and Credit 2025Q3、ABA Banking Journal、CNBC、Fox Business)
この節の議論を受けて、参加者から本質的なコメントが出た。「相変わらず拝金主義というか、なんていうか、モラルハザードというか」――絶好調の決算、緩和される規制、拡大する信用。それらが同時に進行していることへの、短いが的確な反応である。マイキー氏はこれに対し、以前(5月か6月)に「今後、銀行業界が来るよ」という話をしていたことに触れ、「今回この3日間ぐらいの銀行の株を見ていただきたい。相当上がっているので、仕込んでいた人おめでとうございます」と述べた。さらに「モルガン・スタンレーの話もしてたんでね、僕、年末に」と付け加えている。
参加者から「モルガン・スタンレーは大丈夫なんですかね」という問いが出て、マイキー氏は「クレジットがかなりエクスパンドしているので、格差というのは広がると思うが、そういったメインのグローバルハウスはいい。小さいところは分からない」と答えた。参加者も「分からないですよね」と同意し、「行き着くところまで行くのがいつものあれなので」「行き着くところまで、また行ってほしいなというのがあって」というやり取りで締められている。
議論の最後に、マイキー氏が参加者に問いを投げた。「ちなみに皆さん、モルガン・スタンレーとJPモルガンの違いって説明できます?」そして自分で答えた。ジョン・ピアポント・モルガンという昔の伝説の銀行家がいて、そのモルガンという名前を取ってJPモルガンとモルガン・スタンレーがあった。ごちゃ混ぜにする人がいるが、まったく意味が違う、全然違う銀行である、と。
ここから参加者との対話で歴史の確認が始まった。「あれってグラス・スティーガル法が入ってから分かれたんでしたっけ。それとも、もう前から分かれてましたっけ」という問いに対し、「最初から分かれ」「最初でしたよね」というやり取りがあり、続いて「JPモルガンって確か18世紀とかにできてなかったですか」「モルガン・スタンレーは20世紀ですよね」という発言が出た。そのうえで参加者が「グラス・スティーガル法というのがあって、そこで投資銀行と分離させて」と正しい方向へ引き戻し、「JPモルガン自体が商業銀行業務と投資銀行業務を分離した時に、投資銀行自体が独立した」「だからJPモルガンは総合銀行で、モルガン・スタンレーは投資銀行という違いがありますよ」という整理に到達している。
食い違い①「最初から分かれていた」は誤り。1933年に成立したグラス・スティーガル法により、旧JPモルガン(現在のJPモルガン・チェース)の投資銀行部門が1935年にモルガン・スタンレーとしてニューヨーク州法人で分離独立した。つまり両社はもともと一つの組織であり、法律によって切り離されている。社名の「モルガン」は、分離の際に共同創設者となったヘンリー・スタージス・モルガンに由来し、彼はジョン・ピアポント・モルガンの孫である。この点は、セッション終盤に参加者自身が「商業銀行業務と投資銀行業務を分離した時に投資銀行が独立した」と述べて自己修正しており、議論の中で正しい結論に到達している。
グラス・スティーガル法の中身。1933年制定の米連邦法で、連邦預金保険公社(FDIC)の設立を含む銀行改革法である。銀行が高リスク投資に傾斜することを防ぎ、預金者保護と銀行の健全経営を確保することを目的とし、(1)銀行の証券引受業務と株式売買の禁止、(2)銀行と証券会社の資本系列関係の禁止、(3)証券会社の預金受入業務の禁止、(4)銀行と証券の役員兼任の禁止、という4条文を柱とする。
食い違い②「JPモルガンは18世紀」――だが半分は正しい。J・ピアポント・モルガンが設立したJ.P. Morgan & Co. は1871年で、19世紀である(前身のダブニー・モルガン商会が1864年、フィラデルフィアの銀行家アンソニー・J・ドレクセルと組んだドレクセル・モルガン商会が1871年)。したがってモルガン家の銀行として見れば18世紀ではない。
ただし、現在のJPモルガン・チェースという法人の系譜をたどると18世紀に届く。チェース・マンハッタン銀行の源流であるマンハッタン・カンパニーは1799年、アーロン・バーによって設立されている。表向きはロウアー・マンハッタンへの上水供給を目的とした会社だったが、バーは定款に「上水事業に不要な余剰資本で銀行業を始めてよい」という条項を潜り込ませており、本当の狙いは銀行業への参入だった。1955年にチェース・ナショナル銀行とマンハッタン・カンパニーが合併してチェース・マンハッタン銀行となり、2000年にJ.P. Morgan & Co. を統合して現在のJPモルガン・チェースになる。つまり「18世紀」という発言は、モルガン家の銀行としては誤りだが、現法人の最古の前身としては正しい。(出典:Wikipedia「グラス・スティーガル法」「モルガン・スタンレー」「Manhattan Company」「J.P. Morgan & Co.」「JPMorgan Chase」、コトバンク、Britannica、JPMorganChase 公式History)
| JPモルガン・チェース | モルガン・スタンレー | |
|---|---|---|
| 業態 | 総合銀行(商業銀行+投資銀行) | 投資銀行(現在はウェルスマネジメントの比重が大きい) |
| 成立 | J.P. Morgan & Co. は1871年。現法人の最古の前身はマンハッタン・カンパニー(1799年) | 1935年。グラス・スティーガル法(1933)により旧JPモルガンの投資銀行部門が分離独立 |
| 社名の由来 | ジョン・ピアポント・モルガン | ヘンリー・スタージス・モルガン(J・P・モルガンの孫)とハロルド・スタンレー |
| この回での話題 | ジェイミー・ダイモンの「ゴキブリ」発言。トリコロール関連で1.7億ドルの減損 | 貸倒引当金ゼロ。株式トレード収益でゴールドマンを逆転 |
議論の締めくくりで、日本の話が出た。参加者が「モルガン・スタンレーを一部買ったのが東京三菱、三菱UFJですよね」と述べ、マイキー氏が「そう、三菱UFJモルガン・スタンレーみたいな名前のやつがありますよね」と応じている。
2008年9月22日、三菱UFJフィナンシャル・グループはモルガン・スタンレーに最大20%出資すると発表した。出資額は9,000億円規模である。その後の株価急落を受けて全額を年10%配当の優先株へ組み替え、2008年10月13日に90億ドルを出資して約21%を取得した。リーマン・ショックの渦中の出資であり、モルガン・スタンレーにとっては生存を左右する資本注入だった。
国内の証券合弁については、2010年5月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券が発足している。三菱UFJフィナンシャル・グループが60%、モルガン・スタンレーが40%を出資するMUFGの連結子会社である。参加者とマイキー氏のやり取りは、いずれも事実関係として正確である。(出典:日本経済新聞 2008年9月22日/2018年9月11日、モルガン・スタンレー 2008年9月29日・10月13日 プレスリリース、モルガン・スタンレー日本サイト「日本における証券合弁事業」)
そしてマイキー氏が、より新しい話を付け加えた。「ちなみに、ジェフリーズが買われたんで」――住友に、である。「ジェフリーズの人たちはみんな戦々恐々としています。年内でどうなるのかというのが分からないんで。統合されるオペレーションが基本統合されるんで。」参加者が「みんなハラハラしてます」と受けている。
2025年9月19日、三井住友フィナンシャルグループ(SMBC FG)、三井住友銀行、SMBC日興証券は、ジェフリーズ・フィナンシャル・グループとの戦略的資本・業務提携の強化を発表した。内容は、日本株のホールセール業務をグローバルに統合し、日本に設立する合弁会社を通じて運営するというものである。対象は日本ホールセール事業における株式資本市場(ECM)業務、セールス&トレーディング、株式リサーチである。
三井住友銀行はジェフリーズの無議決権株式を追加取得し、希薄化ベースで経済的持分を最大20%まで引き上げる。ただし議決権は5%を超えて保有しない。あわせてSMBCグループはジェフリーズに25億ドルの資金供給を行うことで合意している。
したがって「買われた」という表現は、正確には「買収」ではなく「出資比率の引き上げと日本株ホールセール業務の統合」である。ただしマイキー氏が挙げた懸念――「オペレーションが基本統合されるので、年内でどうなるか分からない」という現場の不安――は、日本株ホールセール事業の統合が実際に予定されている以上、実態に即している。ブルームバーグは、SMBC日興が将来的に投資銀行業務全般を統合の検討対象とする可能性を報じている。なお2026年5月には、SMBC FGがグループの証券事業を統括する中間持株会社としてSMBC日興証券ホールディングスを設立することを決定している。(出典:三井住友フィナンシャルグループ ニュースリリース 2025年9月19日/2026年5月12日、日本経済新聞、Bloomberg 2025年10月15日)
この二つの事例は、同じ型を示している。日本のメガバンクは、米国の投資銀行機能を自前で作るのではなく、既存の米系プレーヤーに資本を入れて機能を取り込む形を繰り返し選んでいる。三菱UFJはモルガン・スタンレーに21%、三井住友はジェフリーズに最大20%(議決権は5%以下)。いずれも支配権を取らず、経済的持分と業務統合で入る形である。マイキー氏の「日本ももうちょっとヤンキーになればいいのに」という一言は、この構図への評価として読める。PART 1 の「日本の貸倒はいくらよって話なんですよ」という問いかけと合わせると、この回の日本の銀行についての見立ては一貫している。
マイキー氏はこの話題を締めるにあたり、「ちょっとYouTubeで撮っておくんで、皆さん、ちょっと話が長くなるのでもしかしたらYouTubeを二つに分けるかもしれませんけど、お楽しみにしといてください」と述べ、勉強会は午後11時過ぎに終了した。