STUDY REPORT / 2025年9月度 勉強会

希少性と効用最大化の限界――「足りない」から価値が生まれ、「満足」は測れないまま残る

経済学の土台にある二語、希少性(scarcity)と選択(choice)を出発点に、商品価値がどこから発生するのかを組み立て直したセッション。後半は「効用最大化は本当に定量化できるのか」という一つの質問から、記号価値論・満足度の設計主体・マーケティング段階論へと議論が拡散していく。

EXECUTIVE SUMMARY

エグゼクティブサマリー

3大資源労働(時間)・土地(空間)・資本(信用)。いずれも有限であり、そこから希少性が必然的に生じる
無限 ÷ 有限人間の欲求は無限に増大し、商品供給は有限。定義上、欲求は永久に満たされない
What / How / For whom希少な資源の配分を決める3つの問い。それぞれ機会費用・生産性・分配システムに対応する
効用の定量化需要曲線としてグラフ化はされているが、個人・企業の行動原理を説明できる形での数値化は確立していない
使用価値/記号価値機能としての価値は飽和済み。残るのは社会的意味の消費で、これは定量化になじまない
1.0 → 4.0満足の定義がマーケティング段階とともに移動する。段階が違えば「効用最大化」の中身も変わる

このセッションは「希少性」という、一見すると説明の必要すらなさそうな言葉から始まった。だが講師(前田氏)の狙いは語義の確認ではなく、経済学というシステム全体がこの一語の上に乗っていることを見せることにあった。全ての資源は有限である。一方で人間の欲求は無限に増大する。この二つを並べた瞬間、商品が人間の欲求を満たすことは原理的にありえないという結論が出る。有限のもので無限のものを埋めることはできないからだ。

ここから議論は反転する。商品が足りないという状態は失敗ではなく、価値が発生するための前提条件である。物が足りない、少ないという状況があるからこそ人はそれを欲しくなり、そこに価値が生まれる。逆に言えば、希少性が消滅した瞬間に商品価値も消滅する。欲しいという欲求そのものが消えてしまうからだ。この一文が、セッション全体でもっとも強い命題だった。

希少性が存在する以上、人間も企業も選択せざるをえない。何を作るのか(What)、どのように作るのか(How)、誰に渡すのか(For whom)。この3つの問いは、それぞれ機会費用、生産性、分配システムという別々の変数に依存している。そして選択の基準として置かれるのが効用(utility)であり、人は効用を最大化するように行動するという前提が、経済学の議論の大半を支えている。

ところがこの前提こそが、後半の質疑で最大の争点になった。小賀氏が投げた「効用の最大化は定量的に計測できるのか」という質問に対し、講師も中川氏も、需要曲線としての図示はあるものの、個人や企業の行動原理を明らかにできる水準での数値化は自分の知る範囲では存在しない、と答えた。従業員のエンゲージメントのようにアンケートで代替できる領域はあるが、効用最大化そのものは依然として難しい、と。

この「測れなさ」に対して、三方向から角度の違う説明が加えられた。渡辺氏(哲学・思想側)は、使用価値と記号価値の区別を持ち出し、機能としての価値はすでに世界中で飽和しているため、いま消費されているのは社会的意味やイメージという記号価値であり、これは原理的に数量化できないと指摘した。別の渡辺氏(実務側)は、満足度は定義次第で操作可能であり、対象範囲を狭めるほどコントロールしやすく、広げるほど曖昧になる、つまり数字自体が何の数字なのかが曖昧なまま出てくると論じた。そしてマイキー氏は、満足度を社内に置いた時点でその会社は終わっていると断じ、測定主体を外部に移すべきだと主張した。

セッションを貫く1本の線

「足りない」ことは市場の欠陥ではなく、価値が立ち上がる条件である。だからこそ経営者は、自社の顧客の「何が足りていないのか」を特定する仕事から逃げられない。ところが、その足りなさを埋めた度合い=効用・満足度は、いまだ誰も正しく測れていない。測れないものを測ったふりをすると、定義を握った内部の人間がいくらでも数字を作れてしまう。だから測定主体を外部に置け――希少性という抽象論と、日本企業のガバナンス批判は、この一点で接続する。

PART 1

無限の欲求を、有限の商品では埋められない

講師はまず、資源はすべて有限であるという命題を置いた。そのうえで、では人間の欲望は無限か有限かと問い返す。ここで商品と人間の欲求を並べると、商品が人間の欲求を満足させることはできないという帰結が導かれる。理由は単純で、作れる商品の量は限られているのに対し、人間の欲求は無限に増大するからだ。無限のものを有限で埋めることはできない。

この非対称から必然的に出てくるのが、商品は必ず足りなくなるという状態である。商品は人間の欲求を満たしてくれない。満たせないから、常に足りないという感覚が残り続ける。この「人間の欲求を満たせるものがない」状態に対して与えられた名前が、希少性という言葉だった。

ここまでは教科書的な整理だが、講師は続けて逆向きの命題を置いた。希少性は欲求を生み出す、というものである。かつて物が足りなかったり少なかったりする状況があったほうが、人間はむしろそれを欲しくなる。そこで商品の価値が生まれる。つまり希少性は、欠乏の記述であると同時に、価値創出のメカニズムでもある。今回この言葉をテーマに選んだ理由もそこにあり、商品の価値とは何かを考えるうえで希少性が一つのキーワードになる、という位置づけだった。

📌 Claude補足:希少性という概念の系譜

「経済学とは、代替的用途を持つ希少な手段と目的との関係としての人間行動を研究する学問である」という定義は、英国の経済学者ライオネル・ロビンズが1932年の『経済学の本質と意義』(An Essay on the Nature and Significance of Economic Science)で示したもので、今日の標準的な経済学の定義として広く引用されている。講師が「経済学で考える時にベースになっているのは希少性と選択」と述べた枠組みは、このロビンズの定義に正確に対応している。

一方、「希少性が欲求を生み出す」という向きの議論は経済学より社会心理学の領域に近く、ロバート・チャルディーニが『影響力の武器』(Influence, 1984年初版)で整理した6つの影響力の原理のうち「希少性(scarcity)」がこれにあたる。価格理論としての希少性と、購買心理としての希少性は本来別系統の概念であり、セッションではこの二つが一つの言葉のもとで接続されていた点は、読み手として意識しておく価値がある。

希少性が消滅したらどうなるか

講師はこの命題を反転させて確認している。仮に希少性が消滅したとすれば、商品価値は存在しなくなる。なぜなら「欲しい」という欲求そのものがなくなってしまうからだ。空気に値段がつかないのはこの理由による。逆に言えば、価値をつくるとは希少性を設計することにほかならない。

PART 2

労働は時間に、土地は空間に、資本は信用に依存する

商品を生み出すには資源が必要である。講師は生産の3大資源として労働・土地・資本を挙げ、それぞれが何に根ざしているのかを掘り下げた。この分解が、このセッションでもっとも実務的に効く部分だった。

労働は基本的に時間に依存する。労働時間が長いほど生産量は上がる。長い時間労働したほうが商品はたくさん作れる、という単純な関係がまず成り立つ。土地は空間に依存する。実物商品を作るには相応の場所が必要であり、保管する場所も必要で、移動手段にもスペースが要る。そして資本は信用に基づいている。お金というのはある意味で信用の上に成り立っており、もっと言えば信用を生み出せればお金をコントロールすることもできる、という指摘があった。

重要なのは、これら3つがいずれも有限だという点である。時間は一人ひとりに限られている。使える土地の範囲も限られている。資本については信用創造の仕組みによって理論上は無限に作れるという考え方も成立しうるが、一般的に考えれば基本は有限である――講師はこの留保をつけたうえで、すべて有限の範囲に入ると整理した。

資源依存する基底有限性の根拠実務上の含意
労働時間一人あたりの可処分時間に上限がある労働投入量で伸ばす戦略には天井がある。生産性(How)側の改善に移行せざるをえない
土地空間製造・保管・輸送すべてに物理スペースが要る実物商品ビジネスは空間コストから逃れられない。無形資産型ビジネスとの構造差はここから生じる
資本信用信用創造で理論上は拡張できるが、実務的には制約下にある信用を設計できる主体は資本制約を部分的に緩められる。ここが金融と事業の接点になる

📌 Claude補足:生産の三要素と、現代における第四の要素

労働・土地・資本という三分類は、18〜19世紀の古典派経済学(アダム・スミス、デヴィッド・リカード、ジャン=バティスト・セイら)に由来する伝統的な整理で、今日でも入門レベルの標準的な枠組みとして使われている。ただし現代の経済学および経営学では、ここに企業家精神(entrepreneurship)を第四の要素として加える整理が一般的であり、さらに情報・知識・技術を独立した生産要素として扱う議論もある。

講師が「資本は信用に基づく」と述べた点は、現代の管理通貨制度の記述として妥当である。中央銀行が発行する不換紙幣(fiat money)は金などの実物資産との兌換性を持たず、発行主体への信認によって価値が支えられている。また、市中銀行が貸出を行うことで預金通貨が新たに生まれる信用創造の仕組みについては、イングランド銀行が2014年に公表した解説論考「Money creation in the modern economy」が、教科書的な「又貸しモデル」を明示的に否定し、貸出が預金を生むという順序を公式に説明したことで広く参照されている。講師の「信用を生み出せればお金をコントロールできる」という表現は、この論点に接続している。

PART 3

What・How・For whom ―― 希少性が強制する3つの選択

作れる商品が限られている以上、主体が個人であれ企業であれ、選べる商品は限られてくる。しかも商品が限られているにもかかわらず、欲しい人は存在する。だから欲しい人たちの間で何らかの形でシェアが行われなければならない。みんな本当は足りていない、その中でどうやって分配するのか――ここから商品を見るための3つの視点が導かれる。どんな商品を作るのか、どのように商品を作るのか、そしてその商品を誰に渡すのか。

講師はこれを経済学の用語に置き換えて説明した。What は機会費用に依存する。これはひとまずコストと理解しておけばよい。How は生産性に依存する。どのぐらいのものが作れるか、どれだけ効率よく作れるか、という軸である。For whom は分配の問題であり、システムや貨幣といった仕組みに依存する。

そして選択が行われる基準として、満足度が置かれる。希少性のために発生することは選択することであり、商品を選択するときに効いてくるのが満足度である。ここで商品の価値の違いが生まれる。商品の価値はコストをかけるかどうかでも変わるが、それ以上に、いかに顧客の満足度を満たせるかで変わってくる。人が商品購入という選択を行うとき、何をしているかといえば、効用(満足度)を拡大もしくは最大化するように選択している。少ないお金でいかに自分を満足させるかという基準で行動している。講師の言葉を借りれば「言っているのはそれだけ」である。

限界効用逓減と総効用の関係(概念図)

出典:Claude作図・概念モデル。実データではなく、経済学の標準的な限界効用逓減の法則を図示したもの

上図は、講師が「少ないお金でいかに自分を満足させるか」と述べた行動原理の背後にある標準的なモデルである。消費量が増えるほど総効用は増えるが、その増え方(限界効用)は逓減していく。この構造があるからこそ、限られた予算をどの財に配分するかという選択問題が意味を持つ。逆に限界効用が逓減しなければ、人は一つの財だけを買い続けることになり、選択という行為自体が消滅する。

📌 Claude補足:機会費用という概念の出所

講師が What に対応させた「機会費用(opportunity cost)」は、オーストリア学派のフリードリヒ・フォン・ヴィーザーが19世紀末に定式化した概念で、ある選択を行ったことで放棄された次善の選択肢から得られたはずの価値を指す。会計上のコスト(実際に支払った金額)とは異なり、支払いを伴わない機会損失を含む点が要点である。講師が「まずはコストだと思ってください」と簡略化したのはこのためで、厳密には両者は一致しない。

また、What・How・For whom という3つの基本問題は、ポール・サミュエルソンの教科書『経済学』(Economics, 1948年初版)以来、経済学入門の標準的な導入として定着している定式である。講師の説明はこの古典的フレームを踏襲している。

PART 4

効用最大化は測れるのか ―― 質問から始まった三方向の解体

ここでセッションの重心が移動する。小賀氏が「効用の最大化について、定量的に計測できるものはあるのか。分析するときに何かあるか」と問うたのが起点だった。

講師の答えは率直だった。数字として出されてはいる。需要曲線や欲求曲線としてグラフで書かれているものは実際にある。ただ、それを本当に客観的に定量化して、一人ひとりの行動原理だったり企業の行動原理を明らかにするレベルで数値化されたものは、少なくとも自分の知る範囲では存在しない――そう述べた。小賀氏はこれに続けて、企業にしても消費者にしても、どういう選択が一番ベストかはそれぞれ分からない、リサーチである程度ポテンシャルは見えるが、希少性と量を制限して最大化するやり方もあれば、あえて別のセグメントに広げて効用を拡大するやり方もある、と論点を広げた。

中川氏の回答も同方向だった。結局のところ数式でしか最大化を言えない。アンケートで「自分が非常に満足している」という形でリッカート尺度により聴取する方法はあり、人数が多くなればある程度は使える。社員満足やエンゲージメントであればアンケートで対象Nを確保すればある程度は出せる。しかし効用最大化そのものはやはり難しい――そう整理した。講師は補足として、数字や数式は色々と出されているが、それがどこまで現実とのギャップを埋めているのかがはっきりしない、小賀氏の問いの本意はむしろそちらではないか、いかに現実に即したものがあるのかというテーマだろう、と受けた。

測れる領域

社員満足度・エンゲージメントのように、対象が特定でき、質問項目を固定でき、十分な標本数が確保できる領域。リッカート尺度による集計が機能する。ただしこれは効用そのものではなく、効用の代理指標にすぎない。

測れない領域

個人や企業の行動原理を説明できる水準での効用の定量化。需要曲線としての図示は存在するが、それが現実の意思決定をどこまで再現しているかを検証した研究を、講師も中川氏も把握していないと明言した。

📌 Claude補足:基数的効用と序数的効用、そして顕示選好

「効用は測れるのか」という問いは経済学史上の主要な論争点であり、19世紀の限界革命期には効用を絶対量として測れるとする基数的効用(cardinal utility)の立場が取られていた。20世紀に入り、ヴィルフレド・パレートやジョン・ヒックスらによって、効用は比較の順序さえ分かればよいとする序数的効用(ordinal utility)へと理論の重心が移り、さらにポール・サミュエルソンが1938年に提唱した顕示選好理論(revealed preference theory)は、効用を心理量として測ることを断念し、実際の購買行動から選好を逆算する方向へ舵を切った。

つまり現代経済学の主流は「効用は直接測れない」という前提のうえに構築されている。講師と中川氏の「数式でしか言えない」「知る範囲では数値化されていない」という回答は、感覚的な留保ではなく、標準理論の到達点をそのまま述べたものと理解できる。なお近年は、ダニエル・カーネマンらが提唱した経験効用(experienced utility)や、主観的厚生(subjective well-being)指標を用いて幸福度を直接測ろうとする研究系統も発達しているが、これらが個別企業の意思決定に直接使える水準にあるかは、依然として議論の途上にある。要確認

PART 5

使用価値はすでに飽和した ―― 記号価値からの反論

ここで渡辺氏が別角度の説明を持ち込んだ。すでに使用価値と記号価値の区別があるということですよね、という切り出しである。物の機能としての価値はもう世界中で飽和してしまっており、これがなければ困る、これがなければ死んでしまうという需要ではなくなった。そうすると人が消費しているのは、社会的な意味やイメージといった記号的価値でしかなくなっている、と。

この整理は、小賀氏の問いに対する強い解答になっている。定量化できるもの、計量化できるものはある意味で使用価値のほうである。しかし現代の商品のほとんどは、社会的意味であるとか意義であるとか、そういう数量化できないものになってしまっている。だからこそ、それを物語やストーリーという形で表現するしかなくなる。ある意味で数量化できるものではないのではないか――これが渡辺氏の結論だった。

この論点が実務に効く場所

記号価値が主戦場になっているなら、KPI設計における「測れる指標」への偏重は、そのまま使用価値領域への逆行を意味する。売上・シェア・稼働率といった測りやすい指標だけを追うと、価値の本体である記号価値の側を扱えない。ブランド・世界観・物語といった一見ソフトな要素が経営課題として浮上する構造的な理由が、ここにある。

📌 Claude補足:使用価値・交換価値・記号価値の三層

使用価値と交換価値の区別はアダム・スミス以来の古典的な論点で、カール・マルクスが『資本論』(1867年)で体系化した。ここに「記号価値(valeur signe)」という第三の層を加えたのはフランスの社会学者ジャン・ボードリヤールで、『物の体系』(1968年)および『消費社会の神話と構造』(1970年)において、現代の消費は物の機能ではなく、物が担う社会的差異の記号を消費する行為だと論じた。渡辺氏が述べた「社会的な意味やイメージを消費する」という枠組みは、このボードリヤールの議論に正確に対応している。

なお、ソースティン・ヴェブレンが『有閑階級の理論』(1899年)で示した誇示的消費(conspicuous consumption)は、高価であること自体が効用を生むという点で、記号価値論の先行形態にあたる。「希少性が欲求を生み出す」という講師の命題と、記号価値論は、この誇示的消費という蝶番で理論的に接続しうる。

PART 6

満足度は誰が定義するのか ―― 定義権と範囲の問題

もう一人の渡辺氏(実務側)は、まったく別の角度から効用測定を解体した。「効用化って会社の自己満ですよ」という言い方から入り、二つの操作可能性を指摘している。

第一に、何を満足度と見なすかという定義自体を会社が握っている。満足度の高いところを会社が設定してしまえば、高い数字は簡単に抜けてくる。つまりコントロールできてしまう。第二に、範囲の問題がある。どの範囲の利害関係者を対象にするのか。狭くすればするほどコントロールしやすくなり、広くすればするほど曖昧になる。広げてアンケートを取っても、極めて曖昧な数字しか出てこない。

さらにフェーズの問題も加わる。上場企業であれば効用関数の典型パターンは株価やROEになるが、ファミリービジネスなら売上の安定化が満足の中心かもしれないし、スタートアップならまた別の指標になる。企業のレベル、どこまでを対象範囲とするか、そしてどんな質問を立てるかによって数字は動く。数値化したところで、その数字自体が何の数字なのかが曖昧なままである以上、何とでもデータを出せてしまう――というのが結論だった。だからこそ、外部にどうやって診断してもらうかが重要になる。中で定義が変わってしまえば、結局は意味がない。

操作可能な変数操作の方向結果として起きること
定義(何を満足と呼ぶか)都合のよい指標を満足度として設定する高い数字が自動的に出る。改善の実体を伴わない
範囲(誰に聞くか)狭める/広げる狭めれば操作しやすく、広げれば曖昧になる。どちらも実態を写さない
フェーズ(企業段階)上場企業/ファミリービジネス/スタートアップ効用関数の代理指標そのものが変わり、企業間比較が成立しない
質問設計設問の言い回しと選択肢の設定同じ対象からでも異なるスコアが出る

📌 Claude補足:測定指標が目標化したときに起きること

渡辺氏が指摘した「定義を握った側が数字を作れてしまう」構造には、確立した名前がある。英国の経済学者チャールズ・グッドハートに由来するグッドハートの法則で、「ある指標が目標になったとたん、その指標は良い指標でなくなる」と要約される。人類学者マリリン・ストラザーンが1997年の論文で今日広く流通するこの定式を与えたとされる。また同型の議論として、社会心理学者ドナルド・キャンベルによるキャンベルの法則(1976年)があり、社会的意思決定に量的指標を用いるほど、その指標は腐敗圧力にさらされ、測ろうとしていた社会過程自体を歪めると述べている。

顧客満足度の測定手法としては、フレッド・ライクヘルドが2003年にハーバード・ビジネス・レビュー誌で提唱したNPS(Net Promoter Score)が実務で広く使われているが、単一設問で顧客ロイヤルティを代表させることへの学術的批判も繰り返し提出されている。渡辺氏の「範囲を狭めればコントロールしやすい」という指摘は、NPSの運用でも実際に問題になる論点である。

PART 7

満足度を社内に置いた時点で終わっている

この流れを受けてマイキー氏が持ち込んだのが、実在企業の運営支援を題材にした具体論だった。自論を言ってしまえば、満足度を社内に置く時点でその会社は終わっていると考えている、というのが起点である。満足度とは何かといえば、顧客やその会社に関わっている人がどれだけ満足しているかであり、そこが大事だ。自分たちのやっていることには満足しているかもしれないが、外部の人間が満足しているかといえば別問題で、8割以上の顧客が満足していないのであれば高評価も何もない、と。

ここでマーケティング段階論が接続される。数を打って当たるマーケティング、つまり数を売るマーケティングが1.0であり、その後に顧客満足度を上げていくのが3.0、お客さんと何を達成するかが4.0にあたる。ところが対象企業が実際にやれているのは1.0から1.5程度でしかない。マーケティング会社であるにもかかわらず4.0ではなく1.0〜1.5をやっている時点で、マーケティング会社でも何でもない――という評価だった。

ではどうするかという処方箋も具体的だった。4.0まで持っていく構想をまず立て、その構想を達成するには社員がそれを具現化できるようにしなければならず、そのための教育がまずできていない。だから教育の改革が必要になる。さらに、仮に4.0まで持っていかないのであれば、サービスを受ける前にその旨を説明する義務がある。2.0で抑えるなら、そこまでの説明責任がサービス提供の前提として必要になる。そのためのトークスクリプトはすでに全部渡してあり、クレームが減り、批判が減り、満足度が上がる仕組みの初期チューニングは済ませてある。あとは実践するかどうかが先方次第である、と。

説明責任という第三の道

ここで提示された論点は実務的に鋭い。満足度を上げられないなら、上げられないことを事前に説明せよ、というものである。期待水準を事前に合わせておけば、同じ成果でも顧客の不満は下がる。これは満足度を「実績÷期待」として捉える発想で、分子を上げられないなら分母を正直に開示するという、日本企業がもっとも苦手とする種類の誠実さでもある。

📌 Claude補足:マーケティング1.0〜4.0の定義

マーケティング1.0〜4.0の段階論は、フィリップ・コトラーらによる一連の著作に由来する。『コトラーのマーケティング3.0』(原著2010年)では、製品中心の1.0、消費者志向の2.0、価値主導の3.0という三段階が示され、続く『コトラーのマーケティング4.0』(原著2016年)でデジタル環境における自己実現と顧客の推奨行動を扱う4.0が加えられた。さらに『コトラーのマーケティング5.0』(原著2021年)ではテクノロジーと人間性の統合が主題となり、その後6.0へと議論が進んでいる。

なおセッション中では「顧客満足度を上げていくのが3.0」と説明されたが、コトラーの原典の区分では、顧客志向・顧客満足を軸にするのは2.0、価値主導(人間を全人格的存在として捉え社会的価値を共有する)が3.0にあたる。要確認 ただしこれは段階の呼び名の割り当ての差であり、「対象企業は初期段階に留まっている」という議論の骨格自体は影響を受けない。

この一連のやり取りに対して講師は、質問が直接自分に向かうよりも、こうしてどんどん展開してもらったほうがありがたい、アイデアのきっかけになればいいと思っているので、他の方向に進むほうがむしろ議論が広がる、と応じた。質問した小賀氏が「質問して後悔していた」と漏らしたのに対し、講師は「めっちゃいい質問だと思います。僕もそれを出せと言われたら分からないとしか言えない」と返している。結局この部分は、みんなが概念としては知っていても明確な答えがない領域であり、だからこそ多様な視点が出てくること自体に価値がある、という総括だった。

そして講師は議論を最初の問いに引き戻す。希少性で「足りない」と言ってきたが、どの部分を埋めるのか。何を埋めたいのか。誰の何を埋めたいのか。それを補完するのかどうかが重要である。もっと言えば今日のテーマとしては、商品を作るときにそこを考えているか、お客さんの何が足りていないのかに気づいているか――という問いだった。そこに対して「それは日本の経営者にも言えないですか、株主から見たときに」という応答があり、セッションは日本企業のガバナンス論へと橋を渡していく。

Q&A

質疑応答

Q1. 効用の最大化について、定性的ではなく定量的に計測できるものはあるか。分析するときに使えるものはあるか。(小賀氏)

数字としては出されている。需要曲線・欲求曲線としてグラフに書かれたものは実際に存在する。ただし、それを客観的に定量化して、一人ひとりの行動原理や企業の行動原理を明らかにできる形で数値化されたものは、少なくとも自分の知る範囲では存在しない。おそらくそこが経営学をやっている人たちも一番苦労している部分であり、だからこそ次々に新しい理論が生まれ、評価法が違うという話になって論理が発展していく流れになっているのだろう。(前田氏)

Q2. 同じ論点について、経営学の立場からはどう見えるか。(小賀氏 → 中川氏へ)

結局のところ数式でしか最大化を言えない。アンケートで「自分が非常に満足している」といった形でリッカート尺度により聴取する方法はあり、人数が多くなればある程度は使える。社員満足やエンゲージメントであれば、対象Nを確保したアンケートである程度は出せる。しかし効用最大化そのものはやはり難しい、というのが今のところ多くの議論の到達点だと思う。(中川氏)

Q3. 数式やモデルは出ているが、現実とのギャップはどこまで埋まっているのか。

色々な数字や数式は出されているが、それがどこまで現実とのギャップを埋めているのかが自分にははっきりしない。そういうものを見たことがなかった。おそらく小賀氏の質問の本意もそちらであり、いかに現実に即したものがあるのかというお題だろうと受け止めている。(前田氏)

Q4. 効用を数量化できないとすれば、代わりに何を見るべきか。

すでに使用価値と記号価値の区別がある。物の機能としての価値は世界中で飽和してしまい、これがなければ困る・死んでしまうという需要ではなくなった。そうすると社会的な意味やイメージという記号的価値を消費することでしかなくなっている。数量化・計量化できるのはある意味で使用価値のほうであり、いま消費されているものの大半は社会的意味や意義といった数量化できないものになっている。だから物語やストーリーという形で表現するしかなく、原理的に数量化できるものではないのではないか。(渡辺氏)

Q5. 企業や組織の満足度を数値化することの問題点は何か。

効用化とは会社の自己満足である。第一に、何を満足度と見なすかという定義自体を会社が握っているため、満足度の高い項目を会社が設定すれば高い数字が抜けてしまい、コントロールできる。第二に範囲の問題があり、どの範囲の利害関係者を対象にするかで結果が変わる。狭くすればコントロールしやすく、広くすれば曖昧になり、アンケートを取っても極めて曖昧な数字しか出ない。加えて企業フェーズによって効用関数の代理指標自体が変わる。上場企業なら株価やROE、ファミリービジネスなら売上の安定、スタートアップならまた別になる。数字自体が何の数字なのかが曖昧である以上、何とでもデータを出せてしまう。だからこそ外部にどう診断してもらうかが重要になる。(渡辺氏・実務)

Q6. ある企業について、投資家として何をKPIとして見ればよいのか。彼らが何を求め何を伝えようとしているのかが読んでも分からなかった。(小賀氏)

満足度を社内に置く時点でその会社は終わっている。満足度とは顧客や関係者がどれだけ満足しているかであり、8割以上の顧客が満足していないのであれば高評価も何もない。数字的な満足と心理的な満足の両方が必要だが、当該企業ができているのはマーケティング1.0から1.5程度である。マーケティング会社でありながら4.0ではなく1.0〜1.5をやっている時点で、マーケティング会社とは呼べない。4.0まで持っていく構想と、それを社員が具現化するための教育改革が必要であり、そこまでやらないのであれば、サービスを受ける前に「ここまでしかやらない」と説明する責任がある。そのためのトークスクリプトは渡してあり、初期チューニングは済ませてある。実践するかどうかは先方次第。数字という暴力で殴りつけてくるタイプの相手には、数字で納得する人もいるだろうが、自分は数字という暴力を聞かない人間なので無意味である。(マイキー氏)

Q7. 質問が本筋からずれてしまったのではないか。(小賀氏)

むしろ直接ではなくどんどん展開してもらったほうがありがたい。アイデアのきっかけになればいいと思っているので、他の方向に進むほうが議論が広がる。これを真正面からやらなくてよい。非常によい質問だったと思う。自分も「それを出せ」と言われたら分からないとしか言えない。結局この部分は、みんな知っていても明確な答えがない領域であり、だからこそ色々な視点が出てくること自体がありがたい。(前田氏)

ACTION

宿題・アクションアイテム

  1. 自社商品について「誰の・何が・どれだけ足りていないのか」を言語化する。 講師が最後に投げた問いがこれである。商品を作るときにそこを考えているか、お客さんの何が足りていないのかに気づいているか。この問いに一文で答えられない商品は、希少性の設計ができていない。
  2. 自社が使っている満足度指標について、定義・範囲・質問設計の3点を洗い出す。 誰がその定義を決めたのか、対象範囲を狭めていないか、設問が誘導的でないか。3点とも社内で決めているなら、その数字は自己満足の可能性が高い。
  3. 効用の代理指標を、企業フェーズに合わせて意識的に選び直す。 上場企業ならROE・株価、ファミリービジネスなら売上安定、スタートアップなら成長率と、フェーズごとに適切な代理指標は異なる。他社のKPIをそのまま持ち込んでいないか点検する。
  4. 自社の提供価値を、使用価値と記号価値に分解する。 どこまでが機能で、どこからが社会的意味か。記号価値の比率が高いのに測定可能なKPIだけを追っていないか確認する。
  5. 顧客に対する説明責任の水準を決める。 どの段階までのサービスを提供するのかを事前に明示できているか。提供水準を上げられない場合、その旨を事前に説明する仕組みがあるか。
  6. 次回テーマとして予告された論点。 資本と信用の関係(お金がなぜ信用に基づくのか)については、講師が「また時期を変えてやっていきたい」と明言している。
GLOSSARY

用語集

希少性(scarcity)人間の欲求を満たせるだけの資源が存在しない状態。同時に、商品に価値を発生させる前提条件でもある。
効用(utility)選択から得られる満足の度合い。人は効用を最大化するように行動するというのが経済学の基本前提。
機会費用(opportunity cost)ある選択を行ったことで放棄された次善の選択肢の価値。会計上のコストとは一致しない。
生産の3大資源労働・土地・資本。それぞれ時間・空間・信用に依存し、いずれも有限である。
What / How / For whom希少性下で必ず問われる3つの選択。何を・どう作り・誰に渡すか。それぞれ機会費用・生産性・分配システムに対応する。
限界効用逓減の法則消費量が増えるにつれ、追加1単位から得られる効用が小さくなっていく性質。選択問題が成立する前提。
使用価値物の機能そのものが持つ価値。定量化・計量化しやすい一方、現代ではすでに飽和しているとされる。
記号価値物が担う社会的意味やイメージの価値。ボードリヤールの概念。原理的に数量化になじまない。
序数的効用/基数的効用効用を順序としてのみ扱う立場と、絶対量として測れるとする立場。現代の主流は前者。
顕示選好理論効用を心理量として測ることを断念し、実際の購買行動から選好を逆算するアプローチ。サミュエルソンによる。
グッドハートの法則ある指標が目標になったとたん、その指標は良い指標でなくなるという経験則。満足度指標の操作可能性を説明する。
マーケティング1.0〜4.0コトラーによる段階論。製品中心・消費者志向・価値主導・デジタルと自己実現へと発展する。
信用創造銀行の貸出によって預金通貨が新たに生まれる仕組み。資本が信用に基づくという命題の実務的な根拠。
説明責任(サービス水準の事前開示)提供できる価値の段階を事前に顧客へ明示する義務。期待水準を合わせることで不満を構造的に下げる。